10 魔王の嫁
ひとまずおしまいです。
お付き合いありがとうございました。
目を覚ますと、またベッドの天蓋が見えた。
起き上がると、黄色のワンピースじゃなくて、柔らかい手触りのネグリジェみたい。シルクさんが作ってくれたのかな……着替えさせたの誰だろう。
っていうか。
起き上がってわかる。視点が高い。
手を見る。見覚えのあるサイズ。顔を触ると、8歳むちむちほっぺじゃなくなっている。
視線を巡らせると、穏やかな眼差しのマキナがいた。
「思ったとおりだ」
マキナが言う。
「おはよう?」
「おはよう、カナン」
思わず挨拶しながら首を傾げると、マキナが答えながら起き上がる。相変わらずイケメンだな。
マキナの少し熱を持った手が私の頬を撫でる。気持ちいい。
触られて気持ちいいって思えちゃうんだからもう気を許してるよなー私。だいぶ。
だって、気付けば私、マキナに触るのに手加減とか何も考えてない。何も怖がらないで触れる人って久しぶりで、それだけで心の特別に入ってきちゃうの、仕方ないと思う。
マキナの手を堪能してから、私は自分の疑問を口にする。
「何が、思った通りなの?」
「お前の姿が」
「私の?」
「ああ」
「大きくなった気がするけど」
「馴染んで、本当のカタチに戻ったんだろう。お前は、本当はこの姿なのだろう?」
マキナの問いかけに、私はひゅっと息を詰めた。
「えっと」
「ああ。嘘をついていたとか、騙したとかそういうことではない。俺は初めからお前があの木から生まれたわけではないと知っている」
「だって最初のときに、『あの木から生まれたお前は俺のものだ』って言ってたのに」
「ああ。そうだな。この世界の体はあの木から生まれたんだろうが、お前の魂自体は、あの木から生まれたわけではなかろう?」
マキナのきれいな赤い目が私を見つめている。
私は、ただ頷く。
「そうか。あの木から生まれた『体』が俺の伴侶だ。お前の『体』は、俺のものだが、お前の心はお前のものだ。
だから、俺はお前の心が欲しかった」
なんかものすごーく詭弁を弄されている気がするけど、この3日間の優しさは本物だと思うわけで。
「私が、この『体』だから、大事にしてくれたの?」
問いかければ、マキナは少し困ったように笑う。
「最初はそうしようと思った。だが、抱き上げたらな、手放せなくなった」
「……え」
「手加減しようとしていただろう。お前は」
「えっと」
「だからきっと、お前も、孤独だったのだろうと思った。常日頃から手加減をせねばならないような、そんな在り方が自然なわけがない。お前は手加減せねばならない状況に、意図的に置かれたのだろう。
それは、俺と同じだ」
マキナはそう言って私の手を取った。
多分、昨日までなら抱き上げていたタイミングで。
「その体では、安易に抱き上げてしまうこともできないな。一応、俺も節度を持つ大人のつもりだ。だから、改めて俺はお前に乞おう。
カナン。俺の伴侶になってくれ。俺とともに、生きてくれ」
多分、ここで断っても、ひどいことはされない。
その確信がある。
だけど。
自信満々に見えた、マキナの眼差しが、今はとても不安げに、縋るように揺れている。
ああ。ほだされている。
これが、ストックホルム症候群とか、吊り橋効果とか、特別な環境で一時的に盛り上がっちゃってる感情だったとしても。
それでも、私は。
この人の手を取りたいと、そう思って、しまったから。
たった三日?
ううん。私には、8歳からの10年間を、埋められると信じたくなる三日だった。
別に抱き上げられたいわけじゃない。
本当は、特別甘やかされたいわけじゃ、無い。
私は。
私は本当は。
「私、すごく、頑丈なの。多分、あの尖塔から落ちても、かんたんには死ねないと思う」
「そうか」
「殺す時は、首を一撃で刎ねてほしい」
「……そうはならないが、分かった。お前の、望むとおりに」
「たまに、未来が見えちゃう。えっと、スキルが重なった結果見えるようになっちゃったって感じで、自分で見ようとしない限り見えないんだけど、命の危険とか、そういう時は、特に」
「俺がそれを望むことはしないと約束する」
「すぐ、神様に呼ばれて、世界を渡るかもしれない」
「ついていこう。俺も世界を渡ることは出来る。どこまでも、探しに行く」
「私、本当は」
「ああ」
「本当は、この世界の生まれじゃなくて、別の世界で、魔力も魔法もなにもない普通の一般人の、それこそ8歳の子どもだったのに、神様が私を勇者にして、違う世界を救えって言って、とても頑張って、なんとかしたら、家に帰ったら腫れ物扱いになって。それからまた次の世界に連れて行かれて、神隠しされやすい子って言われて。行って帰ってくるたびに、私は一人ぼっちになって。だって、魔法もスキルも何もない世界の生まれだったのに、全部持って帰ってきちゃって、だから、私はいつも加減して、いい子で居なくちゃいけなくて、我慢しなくちゃいけなくて、甘えるなんてもってのほかで、神様に呼ばれたら甘えるよりも、助けを求められるから頑張らなきゃいけなくて、頑張ることは当たり前で、世界を救うことが当たり前で、世界を救っても誰も私を救ってくれなかったから、私は、私が甘えてもいい場所に行きたかった」
「俺がそうなろう。俺も、お前と同じくらい頑丈だ」
吐き出しながら泣き出した私に、マキナは微笑んでくれる。
手を伸ばして、頭を撫でて、肩に触れて。
「抱き寄せても?」
「抱きしめて」
力いっぱい抱きしめられても苦しくない。
力いっぱい抱きしめても、マキナは平気な顔をしている。
「苦しくない?」
「むしろ幸せだな」
そう言って笑ってくれる。
とくとくと心臓の音がする。背中に回した手に羽がないのは、朝だからか。
こんなふうに、誰かに自分を委ねるのは、いつぶりだろう。あの抱っこ期間だって、許してたわけじゃないけど。
昨日、あの尖塔の窓から外を眺めた時。
この世界の風と空気を感じた時。
この世界は、私を求めて呼んだわけじゃないって、そう分かったから。
「ここでは私、なんでもなくて、良いんだね」
「なんでも?」
「うん。勇者とか聖女とか救世主とか」
「はっ。そんな称号など置いておけ。お前が持つ名は一つで良い」
マキナは笑う。
「お前は俺の『魔王の妻』であればいい」




