【二九《一緒に文化祭》】:二
ファミレスのソファーに座って委員長が大まかな事情説明を行う。それを聞き終えた凛恋は、両腕を組んでフッと息を吐いた。
「そんな無責任な奴、放っておけば? どうせ展示の内容が決まらなくて困るのはそいつでしょ? 何でそいつのために凡人と鷹島さんが頑張らないといけないのよ」
凛恋はメロンソーダをストローで吸いながらそう言う。その凛恋の意見は当然のものだ。しかし、委員長は首を振って否定する。
「そういうわけにもいかないわ。クラス委員長としての監督責任があるから」
真面目な委員長は凛恋の意見を否定する。凛恋の意見もそうだが、委員長の意見も立場を考えれば仕方がない。
そうなるとやっぱり何か少人数で出来る展示を考えなければいけない。
「じゃあ、自主映画にしたらどう? 演劇が出来なくて揉めてるんでしょ? 演劇も映画も似たようなものだと思うけど?」
「な、なるほど」
凛恋が何気なく言った言葉に、俺は思わず感心する。俺はあのリア充女子達を省いて考えていたが、凛恋の意見はリア充女子をやる気にさせる方法。
絶対に、非社交的な俺には思い付けない方法だ。
「そうね。自主制作映画なら教室内で上映も出来るし、あの人達も喜んでやりそうだわ」
「でも問題は、その女子が素直に聞くかどうかだな。逃げ出した手前、カズと鷹島さんが提案した自主制作映画に賛同するとは思えないけど」
顔をしかめる栄次の言葉を聞いた委員長は、背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま口にする。
「そこまで気を遣う必要は無いわ。やりたくない人はやらなければいいのよ」
フンッと鼻を鳴らす委員長はどうやらご立腹のようだ。そして、凛恋の方を見て頭を下げた。
「八戸さん、赤城さん、喜川くん、相談に乗ってもらってありがとう」
「私達はいいわよ。それに私は彼氏が困ってたから手伝っただけだし」
ニコッと笑う凛恋に委員長は涼し気な笑みを浮かべる。
「それでもう一つお願いがあるのだけれど」
「何?」
「自主制作映画に三人も出てほしいの」
俺は凛恋を家まで送りながら、隣に居る凛恋の様子を窺う。凛恋は顔を俯かせて手を握り黙っている。
その理由は、委員長が凛恋と栄次と希さんに自主制作映画の出演を打診したからだ。そしてその理由も中々酷い。
委員長は、話し合いを放棄した全生徒に怒っているらしい。だから、放棄した生徒全員を参加させたくないらしい。
気持ちは分からなくもないが、結構酷いというか冷徹な感じがする。しかし、教室内に俺と委員長しか残らなかった状況に腹が立つ気持ちも分からなくもない。
「断れば良かったんじゃないか?」
「だって、凡人と一緒に居られるじゃん」
「一緒に居られるって言っても文化祭の展示を手伝わされるだけだ――」
「凡人と一緒に文化祭が出来るじゃん」
凛恋は頬を赤くし、はにかみながら言う。その凛恋の様子に俺も思わずはにかむ。
俺と凛恋は学校が違う。だから、一緒に文化祭をすることはあり得ない。でも、今回凛恋が自主制作映画に出れば一緒に文化祭を出来るということになる。
中学から文化祭はリア充の祭典で縁のないイベントだと思っていた俺だが、凛恋と一緒に何かをやれると考えれば楽しみに思える。
「でも恋愛物って緊張する」
「……今からでも栄次がやってくれないかな」
「仕方ないでしょ。凡人のクラスの展示なんだし」
栄次のクラスは演劇をやるようで、その準備があるらしく参加を辞退された。まあ当然は当然なのだが、映画の内容に問題がある。
そんなに長い映画は撮らないということで、文芸部の委員長が短編小説を書いて、それを元に撮るらしい。しかし、それが恋愛物なのだ。
恋愛物と言っても、純愛というよりラブコメにすると言っていた。あの堅そうな性格の委員長がラブコメを書く姿は想像出来ないが……。
委員長は大まかなあらすじをその場で考えて教えてくれたが、女の子二人が男一人を取り合うラブコメになるようだ。そして、その男一人を取り合う女の子役が凛恋と希さんで、取り合われる男は俺なのだそうだ。
正直そんな役、俺には荷が重い。
俺は演技なんて出来る性格じゃない。そんな俺に女の子に取り合われる役をやれというのも酷い話だ。
「でも相手役が希なら良かった。演技でも凡人に他の女の子が抱き付くの嫌だし」
「まあ、希さんは友達だからいいけど……でも栄次の彼女だし」
「栄次くんは笑って頑張れって言ってたじゃん。大丈夫よ、大丈夫」
凛恋がニコニコ笑ってそう言う。凛恋の言う通り、希さんも出るということになっても、栄次は笑いながら「両手に花だな」と言っていた。
まあ演技ではあるからそういう反応が出来るのかもしれない。
「ねえ凡人」
「なんだ?」
「凡人はやっぱり優しいね。みんなが帰っても一人だけ残るなんて」
「……俺の彼女と友達の信頼を裏切るわけにはいかないからな」
「ありがと。でも、女の子と二人っきりになるのはちょっと考えてほしかったなー」
腕を抱く凛恋はあからさまに唇を尖らせて俺を見る。そうは言われても、取り残されたのが俺と委員長だけだったのだから仕方がない。
「それに鷹島さん美人だったしー」
「そうか? 凛恋の方が愛嬌もあるし可愛いけど」
「えへへっ、ありがと」
はにかむ凛恋の手を引きながら、暗くなった小道を歩く。そして、明日から始まる自主制作映画の撮影を頭に浮かべ、ほんの少し緊張して、凄く楽しみだと思った。
「多野くん、もう少し笑って演技して」
「そ、そうは言われましても……」
デジタルビデオカメラを持った委員長が、真顔で俺に注文を付ける。
次の日の放課後、みんなが帰った教室で、外部協力者という建て前で立ち入り許可をもらった凛恋と希さんを交えながら、四人で撮影を始める。良く言えば少数精鋭、悪く言えば人手不足だ。
「凡人、普通にすればいいのよ普通に」
「そう言われてもどうしろって言うんだよ」
真正面には刻季の女子制服である紺色のセーラー服を着た凛恋がニコニコしながら言う。
俺は机に置いた台本を見て、顔をしかめた。
ほとんど俺と凛恋と希さんが出っぱなしである。更に、物語の大半が登場人物の『凛恋』と『希』が『凡人』を何かに付けて取り合う場面が続いている。女の子に取り合われてばかりって、いったいどういう状況だよ。
「いい? 八戸さんと赤城さんは凄く可愛い女の子。その女の子に取り合われる役は男子にとって、とても羨ましいものよ。それだけでも話し合いに参加しなかった男子への仕返しになるわ。もちろん、楽しそうに映画を撮れれば女子への仕返しも出来るの」
仕返しと明確な言葉を口にした委員長は視線を俺と凛恋から離し、両手で台本を見る希さんに向けた。その希さんは顔を真っ赤にしている。
俺も演技に不向きな性格だが、大人しい性格の希さんも、俺とは違った意味で演技に不向きだ。
「赤城さん、頑張ってもらえないかしら?」
俺に対してとは違い、希さんを気遣う委員長。いったい俺は何の恨みを委員長に買ったのだろう。
「う、うん、頑張る」
健気にコクコクと頷く希さんは、自分の言う台詞を見てまた顔を赤くする。
台本には放課後の教室で凡人を取り合う凛恋と希のシーンが書かれている。もちろん登場人物の話だ。
「希、思い切ってやりなさいよ。どーせ演技なんだし」
「う、うん」
台本を置いた希さんに凛恋がそう声を掛ける。それに深く頷いて希さんが俺の隣に立った。
「じゃあ最初からいくわよ。三、二、一、アクション」
委員長の合図で、凛恋が横から俺の腕をガッと引っ張る。かなり強い力で引っ張られているからか、ちょっと痛い。
「希! 凡人は私と今からカラオケに行くんだから放しなさいよ!」
その台詞を受けた希さんは、凛恋とは反対側から俺の腕を引っ張る。凛恋の力に負けないようにするためか、希さんも結構強めに引っ張る。結構痛い。
「わ、私だって凡人くんとカフェでお茶するの!」
グイグイ両側から引っ張られて、腕が千切れそうな思いをしながらも、必死に覚えたての台詞をなぞる。
「三人で行けばいいだろ。カラオケもカフェも」
「ダメよ!」「ダメ!」
「ダメって言われてもどっちも同時は無理だろ。それに腕が結構痛い」
台詞の最後にアドリブを入れてお願いしてみるが、二人とも力を緩める気配はない。
「凡人は私とカラオケ行く方が楽しいわよね?」
凛恋がいつも通り腕を抱いて顔を近付ける。
「か、凡人くんは私とお茶する方が楽しくて落ち着くよね?」
希さんは俺の腕に抱きついて、真っ赤な顔で台詞を言う。顔の真っ赤具合が実にリアルだ。演技だとは思えない。……まあ本当に恥ずかしいんだろうけど。
「カラオケ!」
「カフェ!」
「はい、カット」
委員長からカットの合図が出ると、俺は引っ張られた両腕をグルグルと回して関節をほぐす。そして、凛恋と希さんに視線を向けた。
「二人とも引っ張り過ぎだ。腕が千切れるかと思ったぞ」
「ああいうのはちょっとオーバーにやるくらいがいいのよ」
「凛恋と力の釣り合いを取らないといけないと思って。ごめんね凡人くん」
ニッと笑う凛恋と、ニコッと笑う希さん。まあ、ラブコメなのだからオーバーにやるのはいいのだが、俺の体が壊れるのは勘弁だ。
映画の撮影と言っても、一〇分程度の短い物になるらしく、撮影も簡単に済ませることになっている。
そして、委員長脚本の台本をなぞって撮影をこなし、やっとラストシーンとなった時、委員長が椅子に座る俺達三人を見て言った。それは主に凛恋と希さんに向けてだった。
「最後は二人が告白する場面よ。この同時の告白で答える直前で終わり、ということになるから、多野くんは黙って聞いてて」
「分かった」
最後は俺は突っ立ってるだけでいいから楽だ。
「じゃあ私からやるわね。ちゃんと私が言ったらすぐに希も言うのよ」
「う、うん」
凛恋が俺の正面に立って、ニコッと笑う。希さんは台本をまた睨み付けて頷く。まあ台詞と言っても、希さんの性格で告白するというのは恥ずかしいだろう。される側の俺も恥ずかしいし。
「では、行きます。三、二、一、アクション」
委員長の合図で凛恋が一歩踏み出し、明るい笑顔で俺の顔を見る。
「凡人! 私、ずっと前から凡人のことが好き! だから、私と付き合って!」
凛恋の台詞の後、希さんが遠慮がちに一歩踏み出して俺の顔を見た。相変わらず真っ赤な顔をしている。
「か、凡人くん! 私もずっと前から凡人くんのことが好きで……。あ、あの……その……つ、付き合って下さいッ!」
「カット」
若干、やけくそな感じで希さんが台詞を叫んだ直後、委員長がカットを入れる。そして、ビデオカメラに付いたモニターで映像を確認すると一度だけ頷いてモニターを閉じた。
「ありがとう。これで大丈夫よ。編集の方は私がやっておくわ。八戸さん、赤城さん、今回は本当に協力してくれてありがとう」
「ううん、私は楽しかったから大丈夫!」
凛恋はニコニコ笑って元気そうだが、希さんは困った笑顔を浮かべながら手を振って大丈夫だと意思表示をする。
しかしこの四人で撮った映画、日の目を見ることはない。
何故、日の目を見ることがないかというと、これは文化祭のクラス展示にする映画ではなく、クラスの連中に見せるための映画なのだ。
委員長は確かに怒っている。だが、このままクラス展示に参加したクラスの人間が二人だけという状況にする気はないらしい。
委員長の考えでは、試しに撮ったと言って俺達が撮った映画を見せれば、やる気が出るのではないかと思っているらしい。
俺はそんなに上手く行くとは思わないが、クラスのトップが言うのだから下っ端の俺は従うしかない。
「本当にこんなことに協力してもらってありがとう。これを見ればみんなもやる気になると思うわ」
「気にしなくていいって。文化祭の当日は私達も見に来るから」
「ありがとう」
凛恋と希さんに改めてお礼を言った委員長は俺の方に視線を向けて、ジッと俺の顔を見る。
「何か?」
視線に耐えられなかった俺がそう聞き返すと、委員長はフッと笑った。
「私、多野くんのことを勘違いしていたみたい。学校行事にも消極的でクラスの輪にも入らない非社交的な人だと思ってた」
「……いや、概ね合ってるぞ」
「今まで勘違いしててごめんなさい」
「謝られても困るんだが……」
深々と頭を下げた委員長に俺が頭を掻いてそう言うと、横から凛恋に脇腹を突かれる。
「次の自主制作映画も頑張りましょう」
本当はもう演技なんてうんざりだ。と言いたかったが、ニッコリ笑って言う委員長を見たらそんなことも言えず、俺は短く「分かった」と答えるしかなかった。




