【二九《一緒に文化祭》】:一
【一緒に文化祭】
世の中、思い通りに行くことなんて何一つない。
そんな当たり前のことは、高一にもなれば誰だって分かることだ。ちなみに俺は小学校中学年の頃には既に悟っていた。しかし、どうやらうちのクラスの女子は現実というものが分かっていないらしい。
そして、俺はそのせいで放課後なのにまだ帰れない。
帰れない理由としては、文化祭の出し物が大きく関わっている。
夏休みが明けてから、高校最初の文化祭がある。
文化祭は別名リア充の祭典と呼ばれ、大いにリア充達が盛り上がる行事だ。
そのリア充の祭典文化祭で、俺達一年は文化祭定番の模擬店は出店出来ない。
理由はよく分からないが、おそらくスペースの問題だろう。
それで、一年はクラス展示をするか演劇をするか二択に迫られる。しかし、その二択も演劇が一学年につき二クラスしか出来ないという制限がある。
リア充の皆様方としては、地味なクラス展示よりも演劇をやりたいらしい。そのせいで、文化祭実行委員に立候補したリア充女子率いるリア充グループの独裁でうちのクラスは演劇を希望することになった。
だがしかし、うちのクラスのリア充が考えることは他のクラスのリア充も考えるわけで、当然他のクラスも演劇を希望したらしい。
複数のクラスが演劇を希望すれば、二クラスという演劇が出来る枠を争わなければならない。
そして、争った結果、うちのクラスはくじ引きで負けたらしい。
くじ引きというのは、普通にやれば公平な抽選方法だ。当然、文化祭の出し物決めでイカサマなんてあるわけもないから、公平なくじ引きで決定したと思っていい。
だから、うちのクラスが演劇ではなくクラス展示になったのは仕方のないことなのだ。でも、どうやらうちの文化祭実行委員の方は納得出来ないらしい。
しかし、ここからもう少し話がややこしくなる。
文化祭実行委員の女子は、抽選で漏れたこと自体は仕方ないと思っているようだ。じゃあ何を納得出来ていないのか、それは『自分が文化祭実行委員であること』だ。
「ウチは演劇をやれると思ったから実行委員になったの。演劇じゃなかったらやる意味ないし」
黒板の前で腕を組みそう口にする女子の真向かいには、真っ直ぐ視線を向ける別の女子が立っている。
彼女はうちのクラスのクラス委員長だ。名前は知らん。
「やりたかった演劇をやれなかったから文化祭実行委員を下りるというのは理由にならないわ」
黒髪ロングで赤縁眼鏡の委員長はそう言う。気持ちが良いくらい正論だ。だが、正論を返されてもリア充女子は納得しようとしない。
そもそも、納得するしないの議論になること自体がおかしいのだが、俺がそんなことを口にすれば火に油を注ぐことにしかならない。
担任教師は早々に退室して教室には居ない。
まあ、そりゃあこんな中学生でもやらない低レベルな揉め事を見れば退室して当然だ。だが、そこで退室出来る教師はズルい。
俺だってさっさと帰って凛恋に会いたいのに……。
「とにかく、ウチはやらないから」
「ちょっと!」
リア充女子はそう言って鞄を持って逃げるように教室を出て行ってしまう。
まさかの責任を放棄した逃亡。考えられる中で最低な行いであることは間違いない。そして、逃げ出したリア充女子の仲間達も後を追うようにして教室から出ていく。
もちろん鞄を片手に。
そうなるともう、他の奴等も我先にと教室から出て行く。
責任者が逃げたのだからいいだろうということなのかもしれない。しかし、そんなことがまかり通っていたら世の中は回らない。でも、現実はかなり無情だ。
首を動かして辺りを見渡すと、見事に俺と委員長以外のクラスメイトは帰っている。
いや、この状況から考えるにメイトとは呼べない。やっぱりクラスの奴等と呼ぶのが正しい。
「カズ、終わったなら帰ろう」
「栄次か」
開いた教室の出入り口から顔を出した栄次が、俺の名前を呼んで顔を出す。まあ一斉に教室から人が出てくれば、そりゃあ話し合いが終わったと思うに決まってる。
「栄次、凛恋と希さん連れて帰ってくれ。一切何も決まってないのに、責任者が逃亡した挙げ句にクラスの連中も逃げた」
「えっ!? 本当に?」
「ビックリして当然だ。目の前で見てた俺も信じられないが、この通りだ」
栄次が目を丸くして驚く栄次にそう言うと、栄次が俺の顔を見てニッと笑う。
「分かった。頑張れよ」
「おう、よろしく頼む」
手を振って栄次が帰って行くのを見送り、俺は視線を前に向けた。そこには名前も知らない委員長が立っていて、俺の顔を真っ直ぐ見ている。
「委員長、もうクラスの連中居ないし適当にやりましょう」
「適当にやりましょうと言われても、クラス展示の内容も決まっていないわ」
「でも、さっさと決めないと時間だけが過ぎますしね……」
また急な話だ。だが、実際話し合える時間はあった。
それを、実行委員を下りる下りないの話で浪費しただけだ。
「クラス展示って何でもありですか?」
「何でもというわけでもないけれど、時事問題に関するレポートのような堅苦しいものでなくていいみたい。他のクラスはお化け屋敷をするみたいだし」
「なるほど、ということはお化け屋敷はダメか……」
同じものを出しても、結局どっちがやるかでまた揉めかねない。だったら、あまりベタ過ぎないものがいい。そして尚且つ楽ならもっといい。
しかし、そんな都合の良い展示なんて、俺が思い付く訳がない。
「あの……多野くんは何故帰らなかったのかしら?」
「このクラスの連中はどうでもいいんですけど、俺のことを良い奴だって言ってくれる大切な友達が居るんですよ。なので、その人達は裏切りたくないかなと思って」
凛恋はもちろん、栄次も希さんも俺のことを良い奴だと言ってくれる。なのに、ここで仕事を投げ出したリア充女子に同調したら、みんなの信頼を裏切ることになる。
クラスの連中には一向に嫌われてもいいが、みんなには嫌われたくない。
「……そう。多野くんは印象のない人だったけれど、意外と良い人なのね」
真顔でそう言われるが、その表情と言葉の内容からは褒められている気が全くしない。まあ、今は俺が褒められたのかどうかを考える場合ではない。
何もいい案が浮かばずただ座っているだけになっていると、ポケットに入れたスマートフォンが震える。
ポケットから少し出して確認すると、電話の主は凛恋だった。
なんとなく嫌な予感を抱きつつも、担任教師も居ないし俺は凛恋からの電話に出た。
「もしもし凛恋? まだ時間が――」
『黒髪ロングの眼鏡美人と二人っきり』
「…………栄次にどんな説明を受けたんだよ」
『文化祭のクラス展示を、黒髪ロングの眼鏡美人と二人っきりで決めてるって』
「心配しなくても委員長は大丈夫だって」
『ダメ』
「…………そうは言われても文化祭の展示を決めないといけないんだって」
電話越しでも凛恋が両頬を膨らませて、不満そうな顔をしているのが分かる。しかし、学校行事なのだから仕方がない。
『その人も連れてきて。五人で展示の内容を考えるわよ』
「いや、俺、委員長と話したことないんだけど……ちょっと待ってくれ』
スマートフォンのマイクを手で押さえて、俺は前に居る委員長に視線を向けた。委員長は教室内でスマートフォンを持っている俺に険しい表情を向ける。
刻季ではスマートフォンの持ち込みは禁止されていないが、教室内で使うのはあまり良いことではない。
「委員長、ちょっと話したいと」
「誰かしら?」
「……俺の彼女です」
委員長の表情が更に険しくなる。これは「なんで私が多野くんの彼女と話をしなければいけないのかしら?」ということなのか。それとも「えっ? 多野くんに彼女なんて居たの?」ということなのか、どっちなんだろう?
俺が差し出したスマートフォンを受け取った委員長は険しい表情のまま応対した。
「もしもし、クラス委員長の鷹島由衣です」
委員長の名前は鷹島由衣というらしい。初めて知ったが、これからも委員長と呼ぶのだから知っても意味はない。
凛恋と電話をする委員長から目を離し、文化祭の展示について考える。とりあえずあの感じからすると、実行委員のリア充女子は文化祭には関わらないだろう。
責任を放棄して逃げ出したのだ、展示内容が決まってから、じゃあやりますと言う訳がない。更に、リア充女子と仲の良いグループの女子はもちろん、その女子グループと仲の良い男子グループの連中も協力するとは思えない。
そして更に、その雰囲気にめんどくさいことをやらなくて済むと同調する輩が出る可能性もある。
そうなると……。
「一〇人居ればいいところか……」
このクラスに仲の良い人間なんて居ないから、俺関係で手伝う人が居る訳がない。ということは、委員長の友達しか居ない。しかし、この教室内に残っているのが俺と委員長だけということを考えると、委員長の伝手も無さそうだ。
そうなると、罪悪感に耐えられなくなるくらいの良心を持った人間くらいになるが……そういう人は一〇人も居れば良い方だろう。
凛恋と委員長の電話の間、出来るだけ簡単なものを考えていると、俺は正面から肩を叩かれる。視線を上に上げると、委員長が俺のスマートフォンを差し出していた。
「もしもし?」
スマートフォンを受け取って耳に当てる。
『話は終わったから早く鷹島さんと一緒に来て。校門前で待ってるから』
「分かった。今から行く」
電話を切ってスマートフォンをポケットに仕舞うと、鷹島さんが俺をジーッと見ている。
「えっと、何かありましたか?」
「いえ、八戸さんとお友達にもご迷惑を掛けてしまってごめんなさい」
「いや、凛恋が良いって言うなら良いと思います。栄次と希さんも多分快く考えてくれますし」
「そう。それよりも、何故多野くんは私に敬語を使うのかしら?」
「そ、そんなに話したことがないですし」
俺は夏休みを終えても、このクラスに親しく話す人は居ない。
委員長が委員長をしているのは知っていたが、日頃の俺に委員長に話し掛ける理由はなかった。
それが何の因果か人と話さなければいけない状況に追いやられた。
日頃、凛恋や栄次、それから希さんとしか話さない俺は、人と話す経験が圧倒的にない。そして、ただでさえ印象が悪い。だから、とりあえず初対面の相手には敬語を使って、低姿勢で接するのが無難なのだ。
「同級生から敬語を使われるのは嫌なの」
「そ、そうですか」
「嫌なのだけれど」
「そう言われましても」
「…………敬語を止めてくれない?」
「わ、分かりま――分かった」
キッと鋭い目で睨まれると、危うくまた敬語になってしまいそうになる。
俺と委員長は教室を出て、無言のまま校舎も出る。
クラス展示の内容決めということなら話のしようもあるが、テーマも決まらず会話を広げるなんてことは俺に出来るわけがない。
かなり気不味い雰囲気をヒシヒシと肌に感じながら、俺はやっと校門に辿り着く。そして、正面には腕を組んで立っている凛恋が見えた。
「初めまして、八戸さん。多野くんのクラスメイトの鷹島由衣と言います」
委員長は俺の隣から離れて前に向かって歩きそう挨拶した。……希さんに向かって。
「えっ、えっと……初めまして。でも私は赤城希で、隣に居るのが八戸凛恋です」
希さんが困り笑顔を浮かべてそう言うと、委員長が首を傾げて希さんの隣に居る凛恋を見る。凛恋は腕を組んだ姿勢のまま、顔を引きつらせていた。
「私がさっき電話した”凡人の彼女”の八戸凛恋です」
若干、凡人の彼女という言葉を強調する凛恋。それに委員長は少し驚いた様子で頭を下げた。
「ごめんなさい。多野くんとあまりにもタイプがかけ離れているものだから、てっきりこちらの方がそうなのかと」
「まあ、初対面だし大丈夫。それよりも、詳しい事情をファミレスで聞かせて」
凛恋はそう委員長に言うと、俺の方にツカツカと歩いて来て、思いっ切り俺の腕を抱き寄せた。
「凡人」
「分かった分かった。今日は俺のおごりだ」
隣に居る凛恋にそう言うと、凛恋は満足そうに頷いて、俺の腕を引っ張りながら歩き出した。




