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92:そうして彼は絆される

 アリムはいつものように隙間なく布に覆われながら床の上に座り込んでいた。

 最近は古代言語の勉強に集中しており、現に今も師事する相手が作ってくれた資料を手に黙々と読み込んでいたが普通の読書も恋しくなってくる。勉強の間にも新しい本があれば運び込まれてくる書庫には彼が未読の書籍も増えて来ているし、今日リゼルが来ないようだったら久々に全力で読書に励むのも良いかもしれない。

 そう思っていると、ふいに書庫の扉が開いた音が聞こえた。この書庫に入って来る者など時折資料を探しに来る王宮関係者以外にはリゼルしかおらず、堅苦しい口上も無く入ってきたのならば後者なのだろう。

 読書に励もうとは思っていたが、古代言語の教授があるならそれに優るものは無い。笑みを浮かべてごそりと布を引き摺りながら立ち上がり、椅子へと向かって酷くゆったりとした足取りで歩いていたアリムがふいにその足を止めた。


「先、生?」

「こんにちは、殿下」


 向けられる微笑みに布の下で口元を緩めるも、しかしどうしたのかと首をひねる。

 リゼルの腕に積まれた本の数々、それが教授に使われる本だというなら疑問など抱かなかったが明らかに普通にこの書庫にある本だ。ジャンルも様々で統一性は無い。


「すみませんが今日の授業は無しでも良いですか? 場所、お借りします」

「ん、それは、良いけど」


 リゼルが古代言語の教授を全く抜きにして書庫に訪れたことは実は一度も無い。

 教える合間に読書したり本を借りて持ち帰ったりする事はあるが、純粋に読書目的で来るなど珍しいものだと思いながら頷く。良かったと礼を言いながら机を通り過ぎるリゼルに目を瞬かせたアリムの前で、彼は近場の本棚の前で立ち止まりおもむろに座りこんだ。

 本棚に背を預け持ってきた本を隣に置き、そのまま読書を始めてしまう。綺麗な姿勢で椅子に座るリゼルの姿を想像していただけに結構な衝撃だった。


「(何か、あったのか、な)」


 付き合いの浅いアリムでさえそう思わざるを得ない。

 今日はいつもと違う事だらけだ。今までの一連の流れもそうだが何よりいつも必ず誰か一人が付いている付き添いがいない。

 決して分かりやすいとはいえない人物がすでに本へと視線を落としてしまったその表情に笑みは無く、集中している時はいつもそうだが常とは何かが違う気がする。それが分かってしまう事自体が、王族としての観察眼を考慮した上でも異常な事態だろうとアリムはじっとその姿を見下ろした。

 そしてふいに静かに歩み寄り、その正面の床へと慣れたように腰を落ち着ける。布を掻き分け腕だけを露出し、手の届く範囲にあった適当な本を掴んで布の中へと引きこんでリゼルの前で布の塊として本を読むこと数分たったころ。


「いきなりすみません、不躾でしたね」

「先生なら、良い、よ」


 育ちの良さか本来の気質か、アリムの見る限りリゼルは本人の了承をとった上だとしても理由も話さず他人のテリトリーに居座るような人間ではない。話したくないのならそれでも良いかと思っていたが、本人が耐えられなくなったようだ。

 苦笑する姿に、理由を話して貰えるのだろうかと開いていた本を閉じる。


「ちょっと読書に集中したくて」


 対するリゼルは立てた膝の上に乗せていた本を開いたままで、それを見下ろしていた視線だけを此方に向けていた。真正面から人を見る事が多い彼にしては珍しいと布越しの視界で眺めていると、本を支えていたリゼルの片手が無意識らしく本の片隅へと向かう。


「(あー……)」


 丸められた。

 読めれば良い派なので気にしないが。


「好きなだけ、いれば良いよ。おれ以外、ほとんど誰も、来ないし」

「有難うございます」

「うん」


 ゆるく首を傾げながら微笑まれ、アリムも頷く。

 人間何も考えずひたすら読書に没頭したい時もあるだろう。リゼルと同じく幼い頃から数多の本を読み続けてきた彼にはその気持ちがとても良く分かる。

 アリムはごそごそと床の上を這う様にリゼルへ近付くように移動し、徐に手を伸ばした。布の隙間を静かに掻き分けた褐色の腕が外気へと晒され、そのまま真っ直ぐに前へと伸びる。

 長身に相応しい大きな掌は細く長い形の良い指を軽く広げながらリゼルの頭へ一瞬ぽんっと乗せられ、すぐに離れた。手首を飾る金の装飾が澄んだ音を立てながら布の中へと戻って行く。


「ごゆっくり、どうぞ」


 甘く静かに告げられた声と、気を散らさぬよう少し離れた所に移動していく布の塊を見ながらリゼルは苦笑する。知識欲に正直すぎる姿に忘れかけていたが、そういえば弟も多くいる年上なのだから手慣れていても不思議ではない。

 慰められたのか落ち着かされたのか。堂々と書庫に入り読書宣言した通り隠そうとはまるで思っていなかったが、そんな行動を取らせてしまったのは申し訳ない気もする。

 しかしリゼルは今全力でふてくされていた。正直言えば常の自分でいようと思えばいられるが、わざわざそうしようと思わない程にふてくされていた。


「ジルの馬鹿」


 良い年して喧嘩なんてものをしてしまった相手に小さく呟いた声は、誰に聞かれることもなく書庫の空気に溶けて消える。

 リゼルは本を持ち直し、今度こそ気分を入れ替えるように読書を再開した。







 切っ掛けは些細なことだったのだろうと思う。そして恐らくタイミングが恐ろしく悪かったのか状況が果てしなく悪かったのか二人の運勢が底辺にまで落ち込んでいたのか、もしくは全てが重なり合う様にこの事態を生んだのだろう。

 人当たりが良く相手の感情に敏いリゼルが相手を怒らせる事などわざとでなければ無く、唯一人に対しては何をされようと許容するジルがその相手を意図的に怒らせる事など絶対に起こらない。そして自らの感情を完全にコントロール下に置けるリゼルが相手に怒るならそれは敢えて抑えなかったという事で、唯一自分の感情を揺り動かす事が出来る相手に対して決して感情を荒らげる事の無かったジルが怒るなら無意識に煽られたのだろう。


「勘弁しろよなァ、もぉー……」


 肺の空気を全て押し出さんばかりの勢いで溜息をついたイレヴンは、がしがしと前髪を掻き混ぜながらリゼルの部屋の窓へと凭れかかっていた。窓枠に肘をつき、見える外の景色を何とも無しに眺める。

 夕焼けに染まり始める町は家に帰ろうと歩く人々の声に溢れていて、全く自分がこんなにも頭を悩ませているのに呑気なものだと全てブチ壊したくなってくる。八つ当たりだ。


「あーあ」


 頬杖に体重をかけながら顔を顰める。

 些細な仲違いならばイレヴンは全力で楽しんだだろう。あの二人にとって些細と言うならば仲違いとすら言えない、それこそ遊びの範疇に収まる程度のことなのだから。

 しかし今回は違う。イレヴンは何が原因でこうなったのかなど知らないが、違う事は断言出来る。


『なら帰れよ』


 二人が揃っているようだと、何となく入ってみたリゼルの部屋で聞こえたジルの言葉。

 声を荒らげるでもなく、しかし何かの感情を乗せたいつもより強い声が告げている意味を最初は理解出来なかった。自分の部屋にという意味で無意識に受け取った脳は、しかし直後笑みを消したリゼルを見てその意味を悟った。


『ッに言ってんだテメ……!!』

『分かりました』


 反射的にブチ切れた理性を押しとどめたのはリゼルの酷く冷静な声で、部屋を出ようと歩み寄ってきた彼にすれ違い様に謝る様に頬を撫でられた。伸ばしかけた手はそれだけで動きを止め、追いかけても恐らく意味は無いのだろうと追うのは止めた。

 まさか本気で帰る訳じゃ無いだろうが。と少しばかり跳ねる心臓を服の上から握りしめ、一体何をしているんだと今はリゼル同様に何処かへと消えてしまった黒い背へと舌打ちを零す。


「で?」


 ふいに誰もいない部屋に問いかけだけが落とされた。

 それを受け取る者などいない筈の部屋で、しかし音も気配も無い事以外は至って普通に扉から部屋に入ってきた元盗賊の精鋭一人により返答が寄越される。


「貴族さんは王宮、一刀は迷宮っぽいですね」

「本に埋まって満足すんなら良いけど」


 予想はしていたが、やはり大量の本がある王宮に向かったようだ。

 なるべく付いて行きたいと考えているジル達の意見を尊重するリゼルが何も言わず向かったのなら、一人で没頭したいという事なのだろう。後を追いかけないで正解、とつまらなそうに外を見たまま思う。

 そして迷宮に潜ったジルはさぞ荒れているだろうと少しばかり愉快気に笑みを零す。どちらにどんな原因があろうとイレヴンはいつだってリゼル側の人間なのだから仕方が無い。


「そのまま張っとけ」


 取り敢えずイレヴンは様子見を続行することに決めた。

 両者共にいつまでも根に持つタイプでも自らの非を認められないタイプでもないのだし、落ち着いたら元に戻る筈だ。と信じたい。普段相手が互いでなくとも喧嘩という単語とは無縁なだけに断定が出来ない。


「魔鳥かわすの面倒なんですけど。すぐ反応してくるし」


 ブツブツ不満を垂れながらやはり声以外は無音で部屋を出て行った精鋭へと全く意識を向けることなく流し、窓から離れたイレヴンは休憩と言わんばかりにベッドへと倒れ込んだ。

 帰ってしまったらどうしよう。謝る様に頬を撫でられた感覚が今も消えない。


「(でも帰れんならとっくに帰ってるし……ニィサン止めなかったし)」


 あの時、部屋を出るリゼルを引き止めなかった男を思い出す。

 ジルが止めないのなら帰ってしまうという事は無いのだろう。帰れと言いながら彼はきっと、本当にリゼルが帰ろうとするのなら黙って見てはいないのだから。

 ごろりと体を仰向けにし、再びぐしゃぐしゃと前髪を掻き混ぜる。そもそもの前提がおかしい。


「(リーダーが本気で誰か怒らせんのが無ぇだろ、わざとでもねぇのに)」


 相手の感情を容易く悟り、誘導し、初対面の相手であっても不快感を抱かせないどころか好印象を抱かせ自分に興味を向けさせる事すら可能な人間がリゼルだとイレヴンは思っている。恐らくその予想は外れていまい、だからこそ自分もジルも彼の隣にいるのだから。

 つまりジルから出た言葉はリゼルにとって全く予想外のことではなく、しかし想定内の事でも無い。これが一番近い気がするとシーツを被りながら呟いた。


「(リーダー時々ニィサンに対して試すっつーか……反応を見る? なんっか手探りになるもんなァ)」


 対等は難しいと、とある迷宮の前で苦笑していた姿を思い出す。

 今回もそうなのだろう、ならば最悪の事態にはならない筈だ。イレヴンは知らず微かに安堵の息を吐き、取り敢えず明日リゼルの様子を見に行こうと決めながらフテ寝を開始した。







 ナハスがそれを聞いたのはすっかり日も暮れてしまってからだった。

 魔鳥に乗って国の周りを見回り、夜目の利きにくい自らの相棒を労わりながら厩舎へと連れて行った先で恍惚とした賛美を向けながら毛繕いを手伝っていた時、王宮の警備として門番を任されていた兵から聞かされた。

 曰く、いつものように王宮を訪れた冒険者らしくない冒険者がまだ帰っていないらしい事。いつもは二人以上で来るのに一人だった事。これはいつもだが書庫から一歩も出ていないという事。

 何故それを自分に伝えるのか心底疑問に思いつつ、古代言語の教授が長引いているのかと考えながら一応礼を言う。


「ん? 一人だったのか」

「あぁ、珍しいよな」


 確かに珍しい。

 ナハスはジル達が王宮と言う場所にリゼルを一人で行かせたくないと思っていることに気付いている。確かにあの冒険者にしては品の良い物腰は目に付きやすい、このアスタルニアでは王族でさえあれ程までに洗練された品の良さという物は持たないからだ。

 しかし普段から王族が使わないような道を通って案内したし、書庫だって主と呼ばれるアリムしかいない。だが万が一を考えれば同行したがる理由も分からないでも無い。


「なのに一人か。全く、喧嘩でもしたんじゃないだろうな」

「お前って何で時々あの冒険者達に母親目線になんの?」


 やれやれと溜息をついたナハスに真顔で突っ込む兵は、確かに面倒見の良い男だが果たしてこんな奴だったかと疑問を浮かべながら去って行った。

 ナハスはいつも通り魔鳥の世話を終えると、一度顔を出して置こうかと書庫へと歩を進める。時間的に入れ違いで帰っているかもしれないが、その時はその時だろう。

 より人の少なくなった白亜の支柱が並ぶ廊下を歩き、星の見え始めた空を眺めながら中庭を通り過ぎ、昼間でも光の入りにくい暗い廊下へと曲がり階段を下りる。ノックし、一声かけながら入った書庫は相変わらず柔らかい光が灯されていて落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「殿下、今宜しいでしょうか」

「良い、よ」


 本棚の向こう側から返って来た布越しの声は小さかったが、了承を得られたと歩き出す。行く手を阻む棚を幾度も避けながら進んでいくと、真ん中にぽかりと空いた空間に辿りついた。

 最初に視線を向けたのは最近増えた椅子と机。教授の最中ならば大抵そこにある姿が無いことに、やはり入れ違いで帰っていたかと思った時だった。


「……、……!」


 二度見した。


「どうした、気分でも悪いのか!」

「え?」


 見た事のない床に座り込んだリゼルの姿に、思わず駆け寄って目線を合わせるように膝をつく。

 伏せられた視線に顔を上げさせるように肩を掴むと、ふっと持ち上げられた瞳が真っ直ぐに此方を見た。焦点のしっかりした目を確認して特に体調が悪いという事もなさそうだと頷き、それならば何をしていたのかと先程まで視線が向けられていた先を見る。

 あるのは一冊の本、本に囲まれ本を見下ろし間違いなく彼は読書をしていた。


「ナハス、先生の読書の邪魔、しないように」

「読……」


 何故座りこんで読むのか行儀が悪いなどと、普段床の上で生活する自国の王族の前で言える訳が無い。出かけた言葉を呑み込みながら立ち上がる。

 見下ろした先では本を閉じる様子を見せないリゼルが髪を耳にかけながら少しだけ周囲を見回していた。


「ナハスさんが来るような時間になってたんですね、気付かなかったです」


 光の入らない書庫では時間の経過が分かりにくい。

 一定の光が確保されている空間を見回し、恐らく自分の様子を見に来てくれたナハスに見廻りも終わるような時間らしいと気付く。随分と読書に集中していたようだ。


「もう外は暗いぞ。帰るなら早めの方が良い」

「帰らないので大丈夫です」

「うん?」


 ナハスはそう言ったきり再び本へと向いてしまったリゼルを見下ろした。

 おかしい。今日は色々とおかしい。付き添いもいなければ床に座り込んでいるし話途中で本へと向いてしまう上に帰らないとくれば、誰でも様子がおかしい事に気付くだろう。

 一体どうしたのかと唯一事情を知っている可能性があるアリムを向くが、布の塊がリゼルと同様に座りこんでいるだけなのでどちらを向いているのかも分からない。ごそり、と顔を上げたらしい動きがあったので近付く。


「良いのですか、殿下」

「好きなだけ良いよって、言ってあるし、ね。事情は、知らないけど」


 この場で一番の権力者に言われてしまえば従うしかなく、どうやらリゼルは今日この書庫から動く気が無いようだ。アリムもナハスも迷惑などとは思わないが、普段さり気なく気を回す彼が珍しい事もあるものだと思ってしまう。

 ならば色々準備もいるだろう、夕食はどうするのだろうかとナハスが見ている前でリゼルはページをめくりながらおもむろにポーチへと手を差し込んだ。本から視線を外さないままに取り出されたものはナハスも見覚えがある。


「何を食べようとしてるんだ、ちゃんと飯を食え!」

「あ」


 口へと運ばれようとする木の実を咄嗟に取り上げた。

 冒険者や兵にとって非常食として有名な木の実は、一粒で一食まかなえると大変重宝されている。しかし非常食は非常時に食べるもので普段の主食にするものではない、不満そうに本を立てて此方を見上げるリゼルを見下ろして譲らない姿勢をとる。


「今、とにかく本を読んでいたいんです」

「駄目だ。飯はちゃんと食え」

「ナハスさん」

「そんな目で見ても駄目だ。少しの時間だけだろう、簡単な食事を用意させるから一旦本を寄越……こら、手を離………手を離せと言ってるだろうに!」


 立てられた本を取り上げようとするも、ぐいぐいと予想外の抵抗にあった。

 両手でしっかりと持ち決して離そうとしないリゼルに、普段ならば言われた通りに本を渡し悠々と別の本を開くぐらいはする男なのだがと疑問に思いながら本のことは諦める。食を犠牲に読書に励む余裕の無いタイプには思えないので、やはり何かあったのかもしれない。

 ならば仕方が無いかと溜息をつき、ナハスは一度書庫を出て行った。黙々と本を読み続ける二人しかいない空間がしばらく続き、そしてノックと共に再び扉が開けられる。

 現れたのはナハスと数人の使用人だった。普段はアリムの食事を用意する者達だ。


「ほら、これなら読みながら食べられるだろう」


 席につけという言葉は恐らく聞いては貰えないだろうと、サンドイッチと飲み物の乗ったトレーを座りこんだリゼルの隣に置く。その後ろでは使用人がアリムの指示によって普段教授に使われる机へと夕食を並べていた。

 いつもならば書庫の隣に備えられている生活スペースで食べるアリムだが、取り敢えずリゼルを見ていようと其処に用意させたらしい。余り周囲に関心を持たない男が良くぞと思いながら、ナハスは小さく息を吐いて本から視線を上げたリゼルを見ていた。

 その表情が苦笑を浮かべ此方へと向けられ、ようやく見せた普段通りの姿に満足そうに頷く。


「すみません」

「良い、気にするな」


 色々な意味を含んだ謝罪に、ナハスも気付きながら平然と首を振る。

 ついでに持ってきたブランケットを置いて立ち上がるとグルリと腕を回した。活動的な彼にとって書庫というのは余り居心地の良い空間では無い。


「ちゃんと好き嫌いせず食べるんだぞ。明日の朝も用意するから木の実は食べるな」

「はい」

「寝床は殿下が自分の部屋を使って良いと言っていたからな。失礼の無いようにしろよ」

「分かりました」

「風邪を引くから此処では寝るなよ、徹夜もするな。…………聞け! 返事は!」


 素直に了承を返していたリゼルから返事が返って来ない事を怪訝に思いながら見下ろすと、もはや既に読書モードに入っていた。ジル達ならばこうなってしまったリゼルには何を言っても無駄だとさっさと諦めるが、ナハスはしばらく粘ってから結局諦めた。

 見下ろした先で視線はひたすらに文字を追いながら片手でサンドイッチを食べていたので一先ず良いだろうと溜息をつく。しかし座っていようと本を読みながらだろうと行儀が悪い癖に綺麗に食べるものだと思いながら長居はすまいと振り返る。


「おまえは、鈍感で良い、ね」

「はい?」


 ふいに零された甘い声に足を止める。ゆったりと、食事の用意が済んだ机へとつくアリムの言葉の意味が分からなかった。

 鈍感というのはどういう意味なのか。気配には敏い筈だがと疑問を浮かべるナハスにアリムはうふふ、と笑いを零す。その視線は真っ直ぐにリゼルへと向いていた。


「良い意味で、だよ。高貴だとか、上位だとか、畏れ多さすら感じるのに、それをちゃんと理解した上で、それでも引かないし、委縮しない」

「それは……」

「分からない、でしょ? だから、鈍感」


 意識してやっている事では無いのだろうと、アリムはもう一度笑った。

 何も知らない国民とは違う王族に仕えるナハスが、自らを従えるような存在に気付かない筈が無い。それなのに平然と世話を焼き本心から説教が出来るというのは矛盾しているが、本人は全く気付いていない。

 だから気に入ったんだろうけど、とリゼルに向けていた視線をナハスへと移す。訳が分からないと口を噤む相手にヒラリと手を振ると、退室許可だと取ったのか一礼して書庫を出て行った。


「理想は、気付いてる癖に、平然と並べること、かな」


 今はいないリゼルの隣に立つ二人を思い浮かべながら両手を目の前の布に差し込み、さて食事をとろうと幾重にも重なる布を左右へと割る。

 露わになった彼の口元には、静かな笑みが浮かんでいた。







「リーダー、昨日帰ってきてねッスよ」


 二階の柵から此方を見下ろし欠伸を零すイレヴンを一瞬だけ見て、ジルは直ぐに風呂へと向かった。まだ時間はようやく朝焼けが見え始めた頃、早朝というにも早すぎる時間だ。

 ジルも昨晩は宿に帰ってはいない。一晩中潜り続けた迷宮で、夜中だろうと何だろうと今まで止まる事無く淡々と攻略を進めていた。

 汗ばんだ肌に舌打ちを零し、誰もいない風呂の扉を開ける。狭い脱衣所で手早く服を脱ぎ捨て、張り付いた髪が鬱陶しいと言うようにぐしゃりと一度掻き混ぜた。


「……、……」


 眉を寄せ、一瞬立ち止まりながらも風呂へと足を踏み入れる。

 感じる汗の感覚が不快だ。最近のアスタルニアは特に暑い、一過性のものらしいが暑さが苦手なジルには堪えた。

 だからだろうか、暑さとそれ故の寝不足で言うつもりの無い言葉を言ってしまったのは。切っ掛けが何だったかなど覚えていない、口論と言う程に激しくはないがいつのまにか会話は不穏なものになっていた。


「(ぬりィ……)」


 シャワーに手をかけると出てきたのは温い水だった。熱を持った体には熱いより良い。

 ざっと頭から被り、水気をとるように額から後頭部にかけて掌を滑らせる。閉じていた瞳を開いて思い浮かんだのは、温度の無い瞳で此方を見るリゼルの顔だった。

 その瞳が一瞬だけ揺れたような気がしたのはきっと気のせいではない。微かに顔を顰めながら簡単に汗を流していく。


「(被害者面すんじゃねぇよ)」


 何をしても許してやるし何を請われようと叶えてやるが、自分の行動に口出しされる謂われは無い。それを理解しているからこそ普段のリゼルはジル達を放置しているし何かを強要したりもしない。

 しかしリゼルもそうかと言われると違う。彼は好き勝手動いているように見えてジル達の意見に従う事が多い。何を言われようと反論せずに頷き、それは冒険者として教えを請う場面以外でも変わらない。

 周囲を従わせる姿が容易に想像できる彼のイメージに反するそれが元の世界の国王の影響かどうかは知らないが、つまり今回の諍いはリゼルにとってわざとだ。わざとだからこそ、ジルも引かなかった。


「(意外と形から入りたがんだよアイツは)」


 分かりやすく対等でいたいのか何なのか、とる手段は割と力技のリゼルだ。

 勿論遊びや試しに、などではなく狙ってはいただろうが素で感情のままに言葉を紡いだに違いない。貴族として敵対する相手との口論など慣れたものだろうに、感情のコントロールを全て外し言葉を交わすことも会話の予測を全くしないことも慣れていない。

 その結果拗ねているんだから世話が無いと、ジルはシャワーを止めて風呂場を出た。備えられているタオルを手に取り水気を拭き、服を軽く着込んで脱衣所を出る。


 明らかに寝起きでとんでもない寝癖を披露しながらふらふら歩いている宿主の隣を通り抜けて階段を上る。水滴が落ちそうな髪を軽く掻き混ぜることで散らし、昨晩は帰らなかったと告げられたリゼルの部屋を一瞥して自室へと入る。

 扉を閉めた直後、腕を扉に叩きつけそうになったのは無意識だった。咄嗟に気付き寸前で止めなければ宿の扉は大破し、階下にいる宿主の悲鳴が響き渡っていただろう。

 扉に触れるか触れないかで握られた拳に力が入る。ギシリと骨が軋む程に力の込められたそれが、直後ふっと力を失い下げられた。トン、とその扉にジルの背が押しつけられる。


「……だからってアレは無ぇだろ」


 片手で顔を覆い、ずるずるとしゃがみ込んだ。

 余りにも珍しい姿に、もしリゼル達が見ていれば囃し立てただろう。慰める気など微塵も無い。

 運が良い、と言っては本末転倒だがリゼルは今王宮にいるようだしイレヴンは風呂に入っている間に珍しく朝から出かけていたので呟きを拾う者はいない。深く長い溜息をつき、消えた表情の中で一瞬揺れた透き通った瞳を思い出す。


「あー……」


 自責の念を散らすように低く唸る。

 良く良く考えれば別に苛立つことでも無かった。自分がとんでもなくガキ臭い反応を返してしまったと酷く自覚している。

 穏やかなリゼルの枷を外された珍しい感情の揺れに煽られ、普段ならば頷き了承されて終わる会話が長引き、特に相手が喧嘩腰ではなかったと言うのに暑さと寝不足で苛立ち、後は言うまでもない。

 誰にどんな暴言を吐かれようと苛立つ事無く流せるというのに、何故たった一人に対してはこの程度のことも流せないのか。本心など含まないと知っている癖に揺れた瞳に多少の優越感を感じているのだから我ながらタチが悪い。


「(……ぜってぇふてくされてる)」


 抑えていた掌から顔を上げ、彼にしては緩慢な動作で立ち上がる。

 帰ってきていないと言っていた。恐らくはどこぞの書庫で本に埋まっているんだろうと溜息をつき、とりあえず仮眠をとろうと羽織っているだけの上着を脱ぎ捨ててベッドのシーツへ手をかけた。







「(ハイ皆さんお待ちかね、リーダー寝起きドッキリの時間でーす)」


 リゼルより早く起きる事が珍しく、少しテンションが上がり戯れるように心の中で呟いてイレヴンは書庫へと潜り込んだ。ちなみに無断侵入だ。

 書庫は相変わらず優しい光が灯されていて朝と夜の区別がほとんど無い。無いとは思うが徹夜していたら容赦なく寝かせようと一つ頷く。


「(床で寝かせてたら消す)」


 真顔でそんな事を思いながら、いつもリゼルがいる書庫の中心地へと向かう。

 せめぎ合う様に立ち並ぶ本棚と本棚の隙間の何処かにいるなら厄介か、と思ったが開けた空間の隅に人一人を囲う様に積み上げられた本の山を見つけてその可能性を消した。恐らく其処で座りこみながら読んでいたのだろう、珍しいことだと空間を通り過ぎる。

 迷路のような本棚の道を抜け、壁際に辿りつくとひっそりとした扉があった。前に聞いていた王族の引き篭もり用生活空間は此処らしいと遠慮なく扉を開ける。


「見っけ」


 部屋は特別狭くも広くもないが、意外ときちんと王族らしかった。

 ほぼ吐息だけで呟いて、奥に置いてあるベッドを無視してソファへと近付く。流石に王族をどけてベッドに寝るという事にはならないらしい、と上下する毛布の傍へ自らの髪を弾きながらしゃがみ込んだ。

 柔らかいソファの上で柔らかいクッションに頭を乗せ、静かに寝息を立てているその顔に疲労は無い。どうやら徹夜では無かったらしい、と事が然程深刻ではない事と合わせて確認し安堵する。

 じっと見ていても起きる様子は無い。顔にかかる髪を指先でつまんで眺め、おもむろに紐を取り出し何やらごそごそと手元で動かす。

 そしてすぐに良し、と頷きながら立ち上がった。寝起きドッキリと戯れに思ってはみたが元々起こす気など無い、確認すべき事もしたしと入ってきた時と同様にイレヴンは無音で書庫を出て行った。








 ナハスは朝食が必要かの確認をしに、朝から延々と本に向き合うリゼルを見下ろしていた。

 昨晩はそろそろ寝ただろうかと一応覗きに来た書庫で黙々と読書に励むリゼルを見つけ無理矢理寝かせたのだが、寝た時と格好が違うし最低限の身支度も済んでいるので寝て起きて読書を再開したのだろう。

 此方に気付かない程読書に集中しているのは昨日と同じだが、一つだけ決定的に違う点がある。


「前髪が跳ねてるぞ」

「うふ、ふ」


 あらぬ方向に一房飛び出た前髪は、恐らく直そうとしても直らなかったのだろう。

 きちんとした身なりを好むらしい彼が寝癖をそのままにしておくとは思えない。いやそもそも寝癖なのだろうかと疑問に思いながら、笑い声を零したアリムを見る。


「起きたら、先生の髪が結ばれてて、笑ってた、よ。真紅のかれの所為、だって」


 不法侵入された。王族の寝室に忍び込むなど下手をすれば厳罰ものだ。

 リゼル達は既にほぼ顔パス状態なので正面から入っても止めないというのに、何故わざわざ無断で入り込むのか。その理由が“何となく雰囲気が出ると思って”だけだとナハスには考え付かない。

 これは一度きつく言わなければと思いながら膝をつく。とりあえず今はリゼルの事だ、この調子だと朝食もここで食べるのだろうが事情ぐらいは聞いておきたい。


「御客人、聞きたいことがあるんだが」


 見下ろしている本に手をかけ呼びかける。

 リゼルはふっと視線を上げ、ようやく気付いたとばかりにナハスを見た。


「おはようございます、ナハスさん」

「あぁ、おはよう」


 微笑みながら寄越された挨拶に頷いて返す。

 どうやらひたすら読書に意識が向いていた昨日に比べ若干の余裕が出てきたようだ。まだ座りこんで読書モードに入っているので普段通りという訳でも無いようだが。

 そんな二人の傍にアリムも近寄って来た。数多の布から足元だけを覗かせてゆったりと歩み寄り、近くの床に話に加わるように座りこむ。


「聞きたいこと、ですよね」


 苦笑するリゼルは当然ナハスが何を聞きたいか理解している。

 今この状況で問われることなど一つしかない。何故自分が一人で書庫を訪れ黙々と読書に励んでいるのか。

 言いたくないと言えば引いてくれるだろうが、心配して貰っているのだろうし特別言いたくないという事もない。リゼルはあっさりとその理由を口にした。


「ジルと喧嘩しまして」

「お前らはどうしてそれだけの事を大事に出来るんだ」

「当事者にとってはそれだけの事じゃありません。だから全力でふてくされてます」


 ナハスは確かにと納得しそうになるが、すぐに否定する。どう考えても屁理屈だ、普段話一つで他者を納得させる話術を持っている癖に時々堂々と屁理屈を混ぜるのだから油断できない。

 ふてくされるのに王宮の書庫を使うなだの使うなら席に着けだの食事時ぐらい本を置けだの言いたい事はあるが、取り敢えず置いておく。隣ではアリムが成程と頷きながらリゼルの積み上げた本へと手を伸ばしていた。


「分かった、とりあえず朝食は用意させる」

「有難うございます」


 王宮関係で特に何かがあった訳ではないようだとナハスは息を吐き、言い聞かせるように早く仲直りしろと告げて書庫を出て行った。王族の傍にでもいなければ危ない事態にでもなっているのかと危惧していたらしい。

 相変わらず面倒見の良い人だと思いながら本へと視線を落そうとして、ふと直ぐ隣に座り込んでいるアリムがそのまま留まっている事に気付く。昨晩は何だかんだで近過ぎず遠すぎない距離に座りこんでいたので、何か話でもあるのだろうかと問う様にそちらを窺った。


「殿下?」

「あなたから、仲直りするのかと思った、けど」


 ナハスのような言い聞かせるものとは違い、甘く低い声はただ純粋に問いかけていた。

 強要はせず、ただ少し促してはいるのかもしれない。特に悪意がある訳でも無く、ただ普段とは違う状況に自分の行動を観察したいというのも有るかと思いながら苦笑する。

 仲直り。言われて見れば普段ならば自分から波風立てないよう立ち回る事が多い気がする。

 しかし敵対した他国の使者と対面することはある、戦場で殺意を向けられたこともある、自らの王の敵になるならと容赦なく処分を下したこともある。けれど。


「喧嘩、したこと無くて」


 アリムは目を瞬いた。

 昔から書庫に引きこもりがちな自分だって数多い兄弟と喧嘩した事は多々ある。それこそアスタルニアの男らしく殴り合いになった事もある。彼の応戦は主に蹴りだったが。

 些細な仲違いを含めて喧嘩と言うなら、それこそ覚えていない程にあるのではないか。


「俺が余計なこと考えたからかなっていうのは分かってるんですけど」

「うん」

「でも、あそこまで言うことないと思います」

「(あー……)」


 ぐりぐりと再び捲られるページの角に、少しだけ楽しみながら心の中で声を零す。

 ふと見た際、曲がってしまったページをせっせと直していたので完全に無意識なのだろう。ページに視線を落としながらも読んではいないらしく、不満そうな口元は動きを止めない。

 しかし言葉通り自分にも落ち度があることは分かっているのだろうと、弟の多い王族は察しながらも好きに吐き出させることに決めた。彼にとってどちらに落ち度があるかなど問題ではなく、ただ普段は穏やかに古代言語を教授してくれるリゼルの変化がひたすら興味深い。


「大体ジルなんて俺がいないと迷宮内で迷う癖に。確かに彼なら容易に攻略は出来ますけど、勘で進むなんて効率が悪いと思います」

「そう、だね」

「甘い物だけじゃなくて実はキノコもあまり好きじゃないからって、俺の皿に乗せてくるんです。嫌いじゃないなら食べれば良いのに」

「気持ちは、分かるけど」

「前なんて見張り交代で私を起こす時に枕を顔の上に乗せてきたんですよ、微妙に押さえられてて凄く苦しかったです」

「(わたし……?)」


 気が済むならそれで良いと、アリムはうんうん頷きながら聞いていた。

 普段ならばとっくに聞き流して本を読み始めているがその手は持っていた本を閉じている。彼にしてみれば破格の待遇だろう、何せ実の兄の国王の愚痴さえ彼は開始数秒で流し始める。

 ふてくされた表情で髪を耳にかけながら愚痴るリゼルをじっと眺めていると書庫の扉が開く音が聞こえた。朝食を用意して戻って来たにしては随分と早いようだが、と二人でそちらを窺うと予想に違わずナハスが立っている。

 しかしその手には何も持たれていないし、背後に使用人も連れていない。どうしたのかと窺っているとナハスが神妙な顔をしてリゼルを向いた。


「一刀が来てるぞ。ついでに言えば会話は扉まで聞こえていた」


 外の雑音が一切入らない書庫では些細な音も響く。愚痴は入室許可を取るまで待っているだろうジルに丸聞こえだったようだ。

 リゼルは真顔で頷き、ぱたんと本を閉じる。


「隠れたら怒られるでしょうか」

「ここ、入る?」


 ぱさりとアリムが重なり合う布を掻き分け前面を広げた。

 形の良い輪郭と口元までが露わになる。相変わらず輝く金糸のような髪が肩を滑り、初めてまともに見た彼の服装はアスタルニアの王族らしい服装だった。

 つまり他の大部分の国民と同じく腹が丸出し。鍛えられたようなしなやかな体つきと薄らと割れた腹筋は王族の武術的教養のお陰だろうか、引き籠もりなのにと思うが量相応の重さのある布を平然と被り続けていられるのが納得できる。


「魅力的な申し出ですけど」

「そう、残念。居心地良い、のに」


 うふふ、と笑いアリムは布を閉じた。

 そのままゆっくりと立ち上がり、ナハスに一言良いよと告げて本棚の奥へと消えて行く。ナハスが気遣わしげに此方を見るのに苦笑しながら頷いた時だった。

 ふいに本棚の間からリゼル達のいる空間へと黒い長身が現れた。アリムの許可が聞こえていたのだろう、真っ直ぐに此方を見下ろしながら近付いてくる。


「ジル」


 リゼルは手に持った本を横へと置く。

 座りこんだまま近付いてくる姿を眺め名前を呼ぶと、ふいに背をかがめ手を伸ばされる。長い指が微かに額に触れ、指先を滑らせるように前髪を梳いて離れるのを目で追った。


「寝癖」


 呆れたように告げられ、リゼルは少しばかり拗ねたように見上げてみせる。


「君だって起きたばっかりでしょう、ちょっと跳ねてます」

「俺は良いんだよ」

「俺だって寝癖じゃないです」


 前髪を撫でた手が立てと言わんばかりに腕を掴み引き上げる。

 抵抗なく立ち上がったリゼルは、軽く服を払いながらナハスを見た。茫然と此方を眺める姿に微笑む。


「朝食、食べられなくてすみません。機会があれば是非また食べさせて下さい」

「あ、あぁ」

「本、そのままで、良いよ」


 床に積み上げた本を片付けようとした時、姿の見えないアリムの声が聞こえた。

 リゼルには何処から聞こえたのかは分からなかったが、ジルが視線を向けた方に向けて礼を告げる。返って来たのは微かな笑い声だった。


「勉強は良いのか」

「はい、殿下も読書に気が向いているみたいですし」

「つうか嘘言うんじゃねぇよ、キノコ食ってるじゃねぇか」

「でも時々大きいのを俺の皿に乗せてくるじゃないですか」


 話し合いながら書庫を出て行く姿を見送り、ナハスはそれで良いのかと突っ込んだ。

 しかし二人にとっては何も問題は無い。経験など無いが誰と仲違いしようと決して自ら動こうとはしないだろう男が迎えに来て、そしてそれに気付いているリゼルには充分伝わったのだから。

 そしてジルも分かっている。そもそも自分に落ち度を感じていなければリゼルは書庫になど籠らない。


「まぁあいつらが仲違いしてると落ち着かない……というか何か起こりそうな嫌な予感で落ち着かないからな。元に戻ったなら良かった」


 良し、と頷いたナハスは思う。


「ナハス、本、片付けて」


 しかし何かある度に此方に影響を与えるのは止めて欲しい。

 リゼルと関わって以来アリムに拘らず王族との関わりも増えたのだから悪い影響ばかりでは無いのだが、と溜息をつく。どちらにせよ、迷惑などとは一度も思った事は無いし、関わりたくないと思う事も決して無いのだから。






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― 新着の感想 ―
殿下地味に酷い〜、それでも本人は、全部迷惑と思ってないというのがびっくり過ぎる…
リゼルさんとジルの喧嘩回、珍しくてとってもよかったです! お互いに自分に落ち度が多少あることはわかっていて、その上でジルは1人で後悔して結局自ら動き、リゼルさんは読書に没頭しつつも殿下に愚痴をはく、…
『なら帰れよ』『分かりました』は結構ショックでした。仲直りできて良かった…
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