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71:負けたら罰ゲーム

 軍の野営地の安心感は素晴らしい。

 集団での自衛はそもそも魔物を寄りつかせず、更に同行しているのがアスタルニア魔鳥騎兵団という魔物の中ではそれなりのレベルの魔鳥を従えている集団だ。魔物は人には無差別に襲いかかるが自らより上位の魔物に襲いかかる事は少なく、しかも一匹に対して集団でかかる事はあれど此方も群れをなさないはずの魔鳥が集団で羽を休めている。

 警戒の必要は皆無ではないものの、厳戒態勢を敷く必要など無い。

 それはつまり客扱いのリゼル達が夜の見張りで起きていなければいけない理由を根こそぎ奪い去って行くのだから、リゼルは堂々と寝られる。


「(いないなぁ)」


 そんな夜の野営地の中をリゼルはゆったりと歩いていた。

 平原とはいえテントなどが乱立する為に見回せば直ぐに見つかるという訳にはいかない。しかし決して多くない騎兵団なので少しぶらつけば見つかるだろう。

 そこかしこで酒盛りをしている騎兵達から贈られる誘いの言葉にひらりと手を振って返しながら、相変わらず昼夜関係なく賑やかな彼らの横を通り過ぎる。魔鳥車に乗ってほぼ丸三日、誘われる度に飲めないと断っているというのに彼らはめげない。


「(あ、いた)」


 張られたテントを通り過ぎてふと横を見ると、リゼルは探していた人物を見つけた。ジルは騎兵数人と何やら話している。

 初日に挑まれるように差し出された強すぎる地酒を、タダで美味い酒が飲めるなら良いかと若干鬱陶しそうにしながらも飲み干した事もあり、それ以降飲み比べを挑戦される事もあるようだ。酒だけ貰って誘いに乗った事は無いようだが。

 更に“一刀”の名前はアスタルニアでも有効のようで、手合わせを願われる事もあるらしい。ジル相手に委縮しないのは流石だが当の本人は心底迷惑そうだった。


 どうやら今も飲み比べか酔った勢いで手合わせを申し込まれているらしい。

 ジルも他人に興味が無いだけで他人を忌避している訳ではない。怯えもせず国民性か気風良く話しかければ全く無視をして歩き去る事は無く、一言二言返事をするぐらいはする。

 騎兵団に関しては運んで貰っているというのもあるし、リゼルが興味を持っているというのもあるのだろう。わざわざ不平を買う方が面倒臭いと思っているようで毎度上手くかわしているようだ。


「(話し中なら後で良いかな)」


 出来れば早めが良かったがどうせ後で自分達のテントに帰ってくるんだし、とジルの横顔を見ながら頷いたリゼルが踵を返す。しかしその直前、ジルの視線が此方へと向けられた事に気付いた。

 何でも無い、と手を上げようとする前に此方へと歩いてくる黒い姿に良いのかなとその向こう側を見る。先程まで話していた筈の騎兵達はジルが誘いをかわすのはいつもの事なので、やはり駄目かと肩をすくめていた。


「どうした」

「すみません、邪魔しましたか?」

「別に良い」


 当然ジルが突然会話を切り上げることに悪びれる筈が無い。

 平然と歩み寄って来て問う姿にリゼルは苦笑し、まぁ良いかと本来の用事を終わらせにかかる。


「進路について相談したい事があって」

「今更サルスに行きてぇとか言うなよ」

「言いませんよ」


 可笑しそうに笑い、立ち話も何だろうと魔鳥車へと向かう。

 イレヴンによって行われるジャッジの間接的奉仕が火を吹くおかげで、以前にカヴァーナへと向かった際に使用したテントは相変わらず寝心地が良い。しかし本当に寝る為だけにあるものなので、話し合うなら魔鳥車の方が良いだろう。

 何せ改造を施された魔鳥車の椅子の座り心地は言うまでも無く、リゼルが穏やかなティータイムを過ごせるようにと小さな机まで取り付けられ、更には本を読むのに目が悪くならないように優しくも明るい魔道具の灯りが取り付けられている。ジャッジの尽くし方には妥協が無い。


「アスタルニアに着いてからか」

「いえ、その前です」


 焚火を囲んで飲んでいる騎兵達から再び投げられる誘いの言葉を断り、歩きながら話し合う。寄りたい所があるとは言っていなかった筈だが、とジルは訝しげに顔を顰めた。


「イレヴンが」

「リーダー呼んだァー?」


 出した名前に、やや離れた場所で飲んでいた別の酒盛りグループから声が上がる。

 鮮やかな赤い髪を蛇のようにしならせたイレヴンが、まだまだ素面な顔で酒を片手に座ったまま此方を覗き込んでいた。“呼んでいない”と“ごゆっくり”の意味をもって振られた手に、了解と片手を上げている。


「あいつ朝飲み過ぎて頭痛ぇとか言ってなかったか」

「言ってましたね」


 タダ酒だタダ酒だと、外面が良い上にノリが良いのは嫌いじゃないイレヴンは毎晩そこかしこで酒盛りの誘いに乗っている。アスタルニアの男たちは一様に酒に強いらしく、ハメを外して鬱陶しく絡まれないので遠慮なく混ざっているようだ。

 しかし一通り楽しんだ後は戦利品と称して機嫌良さそうに高い酒をかっぱらって来てはジルと共に飲んでいるのだが、果たして酒代は勿論自腹な騎兵達は知っているのだろうか。


「アスタルニアの地酒は強いって聞きますけど、イレヴンも相当強いですよね」

「あんだけ水みたいに飲んでりゃ二日酔いにもなんだろ」

「という事は俺もあんな飲み方したんでしょうか」


 ジュースと変わらない薄い酒一口で酔ったとはとても言えない。

 成程と何かを納得したリゼルを無言で見たジルは何とも言えず適当に頷いておいた、酔ってからはそこそこ強いものを飲んでいたし嘘ではない。ただ最初の一口だけでも二日酔いになっていただろう気はするので、完全に肯定して良いかは分からないが。

 その反応にどうやらそれ程酒豪のように飲めていた訳では無いらしいと、リゼルは何となく残念に思いながら微笑む。


「昨日もかなり酔ったのか、俺の毛布に潜ろうとしてましたよ」

「俺は踏まれた」


 辿り着いた魔鳥車へと乗り込む。

 ジルが天井の灯りを付け、リゼルは地図を取り出しながら椅子へと腰かけた。壁に折りたたむように設置された机を広げてその上に地図を広げる。

 一般的に出回っている無いよりはマシ程度の簡易な地図とは違い、レイにより餞別として渡されたそれは尺度や方角、大体の地形がほぼ正確な物だ。簡単に出回ったら困るだろうにと思うが、リゼルにそれを公開する気は無いので問題は無い。

 ジルが向かい側に腰かけたのを確認して、リゼルの指が地図の上を滑る。


「王都から来て、今がちょうど此処らへんです」


 王都パルテダと記された丸い印から今までの行程を辿る。それは直線に違い無く、例え険しい山があろうと深き峡谷が有ろうと一切蛇行しない。

 それが魔鳥の強みで、だからこその五日での到着予定だ。本来馬で行こうと思えば避けるべき地形や行く手を阻む谷だろうと何もお構いなしに進めるのだから移動手段としては恐らく最高だろう。


「夜以外休憩らしい休憩無しなんて、魔鳥はタフですね」

「だから依頼に出されると上位ランクなんだろ。襲いかかってくれりゃ楽だが基本的に飛びっぱなしだし、巣の襲撃ぐらいしか方法が無ぇ」


 ジルにとっては魔鳥も脅威では無いのだろう。

 もし城壁など物ともしない魔鳥が積極的に人を襲うようになれば大変なのだが、とリゼルは苦笑しながら再び指先を動かす。


「予定なら後二日程度でアスタルニアには着くんですが」


 平原を通り、再び現れた山を越えて広大なジャングルを進む。そして辿り着くのが広い川の麓に広がり、海と面する豊かな国アスタルニアだ。

 しかしその手前、広がる森の真ん中でリゼルの指が止まった。アスタルニアとの距離はそれ程遠く無く、半日も歩けば到着するだろう位置だ。


「ここら辺に、イレヴンの実家があるみたいで」

「あ?」

「実家です。ご両親がお住まいの」


 予想外の言葉に聞き返したジルに微笑みながらリゼルは繰り返した。

 蛇の獣人にとって過ごしやすい国のようだし何となく予想はしていたのでリゼルは大して驚かなかったのだが、ジルにとっては充分意外な言葉だったようだ。そもそもイレヴン自体が親の話題を出すような人間には見えないからかもしれない。


「どうせ近くまで来たなら挨拶ぐらいはってイレヴンが言っていたし、此処で下ろして貰おうかと思うんですけど」

「何今更良い子ぶってんだアイツ」

「ニィサンはすぐ俺の事そう言う!」


 バンッと開かれた魔鳥車の扉と共に現れたイレヴンは、その手に酒瓶を二本持っていた。

 恐らく今日の戦利品だろう。また強そうな酒を取ってきたものだとリゼルはほのほのと笑って立ち上がった。

 ジルも嫌がっていないようだし、早い内に騎兵団隊長の元へ手前で下ろしてくれるよう頼んで来なければ。恐らくナハスも其処にいるだろうし、魔鳥のスタミナが魔力循環の効率化にどれ程の影響を受けているのか気になったので聞くのも良いかもしれない。

 全くインテリのイメージが無いナハスだが、魔鳥に関しては専門的な内容の奥深くまで説明をくれるから有難い。


「事実だろうが」

「すっげぇイイコじゃん」

「てめぇは自分を過大評価しすぎだろ」


 心底本心から言っているイレヴンにジルは余計に手遅れだと呆れ返りながら酒を受け取り、ちょっと行ってきますと魔鳥車を出ていくリゼルを見送った。






 リゼルは聞こえたざわめきに目を覚ました。

 まだ朝焼けが覗き始める時間だというのに、騎兵団の彼らは軍らしく朝が早い。夜まで飲んでいるのに良く起きられるものだと頬へ落ちる髪を耳にかけながら上体を起こす。

 ジャッジのテントは不思議と見た目に反して中が広い迷宮品で、大の男三人で寝ようとも余裕のある広さだ。それなのに寄り添うように近くにある毛布の塊を見下ろし、相変わらず寝顔を見せない寝方だと微笑む。


「……もう起きんの」


 ふいに毛布の塊がもぞもぞと動いてイレヴンが顔を出した。

 眠そうな目を優しく手で覆ってやり、まだ寝ていて大丈夫だと告げると遠慮なく再び寝始める。もぞもぞと再び毛布へと顔を埋める姿を見下ろして、リゼルは静かに立ち上がった。


「お前にしちゃ早ぇな」

「おはようございます」

「ああ」


 焚火の前に座って剣の手入れをしているジルに挨拶をする。

 どうやら既に一通り体を動かして来た後らしい。焚火の前で焼かれている肉の塊は、そこら辺で剣を振ろうものなら丁度良いから手合わせと言われたり無駄に見られたりする所為だろう。

 何処か適当な場所に行って適当に体を動かしていたら偶然魔物に襲われたようだ。野営地の其処かしこで似たような光景が見えるので食べきれない分は分けたらしく、どれだけ大きい獲物をしとめたのだろうかと眠気の残る頭でゆるりと問いかける。


「何の肉ですか?」

「でかい猪」

「この辺りに出るなら牙猪でしょうか。美味しそうですね」

「ん」


 差し出された肉の塊を受け取る。

 流石に二度目ともなれば迷わず口を付けるリゼルに、見ていた周囲は二度見していた。違和感の塊のような光景だ。

 滴る肉汁を零さないよう食べていたリゼルが、しばらくもぐもぐと噛み続けて飲み込む。


「筋っぽいけど美味しいです」

「そりゃ良かった」


 流石に全て食べきる事は出来ず、もう一度焼き直そうかと焚火を見ているとジルが手を伸ばしてきた。遠慮なく渡して食べて貰う。


「ああ、起きたか御客人」


 ふいに聞こえたナハスの声に、リゼルはそちらを振り向いた。

 魔鳥を引き連れたナハスは良く慣れたものだと内心で自分を褒め称えた。初日に寝起きのリゼルが外で伸びをしていた光景を見たときには、思わず何処ぞの御屋敷の庭な背景が見えたものだ。

 貴族かと突っ込むことさえ躊躇う程の本物具合。彼は今もリゼルが冒険者だというのを信じていない。


「どうだ、これから最愛の相棒マイパートナーと朝の散歩に行くんだが一緒に行くか?」

「良いんですか?」

「勿論だ! 相棒の乗り心地は最高だぞ」


 その羽音は力強くそして躍動する筋肉が云々、と語り続けるナハスの隣では魔鳥がひょこひょこと焚火に歩いて来てふんふんと肉の匂いを嗅いでいる。食べたいのだろうかと思いながらリゼルは自分より余程高い位置から下りてきた嘴を撫でた。

 胸元のもふもふした部分がお勧めだと告げるリゼルにジルはそうかと頷く。其処でじゃあ触ってみようとならない所がジルだろう。


「お前乗りてぇって言ってた割には言い出さなかったな」

「しばらく見てたんですけど、一匹の魔鳥に一人のパートナーっていうのが決まってるみたいだったので。乗れないかと思ってたんです」

「ああ、ある意味正解だな」


 切々と力説していたナハスが話を切り、自らの相棒を呼び寄せる。

 肉に興味津々だった魔鳥はすいっと顔を上げて呼ばれるままにナハスへと近付いた。もれなく賛美の言葉を降らせながらその羽を優しく撫でる。


「ただパートナーと一緒なら大丈夫なんだ。国では子供達を乗せる魔鳥体験だってある。そんな健気なところも可愛いんだが!」

「じゃあ副隊長さんと一緒なら大丈夫なんですね。大人二人でも大丈夫なんですか?」

「その程度の重さなんて物ともしないぞ」


 誇らしげなナハスが魔鳥の手綱を握り、随分と特殊な形の鞍へと足を掛けて魔鳥の上へと跨る。

 丁度羽の付け根辺りに足が固定される作りとなっていて、魔鳥が羽ばたくのに少しも邪魔にならないよう工夫されているようだ。乗りこなすには馬よりもコツが必要だろう。

 確かに一人で乗るのは無理そうだと、リゼルはナハスに指示された場所へと足を掛けながら考える。登るのさえ勝手が違い、高い背の上に跨るのについ手綱を引きすぎて魔鳥から抗議の声を貰ってしまった。


「これ、凄く腹筋が痛くなりそうです」

「慣れると力を然程入れずとも体勢が整うんだがな、体を起こせない内は俺にもたれておくと良い。ん? 馬には乗りなれているんだな、足の使い方は良いぞ」


 意外だ、と告げるナハスに失礼なと苦笑する。

 馬とは違い地面に立つ魔鳥の背は地面と平行ではない。後ろに向かって傾いているので手綱を放せば倒れそうになり、腹筋で体を起こしていなければいけないので地味に辛い。

 軽装なアスタルニア騎兵団から普段窺える立派な腹筋はこうして形作られているのだろうかとリゼルは至極真面目に考えた。何故ならこの短時間で既に腹筋が痛い。


「色気の無ぇタンデムだな」

「魔鳥に乗れるんだし我慢、という事で」


 からかうようなジルの言葉に、可笑しそうに笑って返す。

 確かにこれでリゼルが淑女だったのなら絵になる光景だっただろう。


「でも飛んでいる時は平行でしたよね」

「一度飛んでしまえば楽だな、バランスを取るのにコツはいるが。しっかり手綱を持っていろよ」

「落ちんなよ」

「落ちたら頼みます」


 ナハスの言葉に後ろに傾く体を支える為に手綱を握っていた手に力を込める。

 焚火の前に座りながら良くやる、と言いたげな視線と共に不吉な言葉を贈るジルに微笑み、後ろから伸ばされたナハスの両手が手綱を掴んで軽く引くのを見た。

 ぐぅっと魔鳥が頭を下げる。そのまま大きく翼を広げて数度羽ばたくのを、翼に挟まれながらリゼルは興味深そうに眺めた。

 地面と平行になった背に力を込めていた体が楽になり、ふっと力を抜く。


「飛ぶぞ!」


 しかしナハスの掛け声と共に、リゼルは力を抜いた事を心底後悔した。

 ぐんっと体が落下する感覚の直後、真上へと引き上げられる感覚に肉を全て食べなくて良かったとリゼルはしみじみと思う。急激な落差と急加速は胃に辛い。

 思わずぐらついた体は腹に回されたナハスの腕によってしっかりと固定されていた。


「手綱を掴んでいろと言わなかったか!? あ、いや、掴んでいるな」

「こんなに揺れるとは思わなくて。手綱だけではどうにもなりませんでした」

「そういえば子供たちを乗せた時は最初から支えっぱなしだったからな……言われてみれば最初は揺れるかもしれん」


 前もって言っておいて欲しかった。

 リゼルとて魔鳥が飛び立つ瞬間や飛んでいる姿はここ数日間好奇心のままに観察しているが、ナハス達騎兵団があまりにも軽々と乗っているので然程揺れる印象は無かった。むしろ大きさの割にゆるやかに飛び立つなとすら思っていたのだ。

 だが実際に乗ってみると違う。プロというのは素晴らしい。


「だ、だが揺れるのは最初だけだ。見ろ、飛んでしまえば素晴らしい飛び心地だろう!」


 魔鳥の印象回復に若干必死なナハスが、リゼルの腹に回した腕を離しながら言う。

 確かに離しても問題ないぐらい揺れは無くなったようだとリゼルがふっと顔を上げると、其処にあったのは視界一杯に広がる美しい光景だった。どこまでも続く空と、足元の草原。草原の向こう側にある森や山々まで全てが見渡せる。

 時折上下される翼に多少揺れるものの、滑空時は非常に滑らかに空を滑るような心地だ。


「気持ち良いですね」

「だろう! 俺の相棒は特に飛ぶのが上手いと評判だからな。抜群の乗り心地だと思うぞ」


 体の正面から吹く風は強く、少しの寒さを感じるものの最上級の装備はそのほとんどを遮断してくれる。ぐるりと野営地の上を円を描くように飛んでいる為、小さくなった人々が良く見えた。


「高い所が苦手な人は無理そうですね」

「御客人は平気そうだな」

「こんな高い所まで上がった事は無かったんですけど、大丈夫みたいです」


 他にも朝の散歩と称して魔鳥を飛ばしている騎兵達はいる。

 並ぶように飛んで挨拶をし、戯れるように足元を通り抜け前方へと現れ、風の音に紛れて聞こえる魔鳥の声に耳を澄ましながらそんなサービス精神あふれるパフォーマンスに微笑んだ。

 彼らは副隊長であるナハス相手にも気負いせず話しかける。勿論多少口調は丁寧だが、いかにも陽気な様子に良く王都の騎士と連携など取れたものだと感心してしまいそうだ。


「これって急降下とか空中三回転とか出来るんですか?」

「したいのか!?」

「いえ、気になっただけです」


 ほのほのと笑うリゼルに、穏やかな印象の割に突拍子もない事を言う男だとナハスは口元を引き攣らせた。まさか離陸の時の上下について行けない人間がそんな事を気にするだろうか。

 実は急降下も空中三回転も出来るが言わない方が良いだろうと心の中に留めておく。落ち着きある大人しい印象とは裏腹に、告げた途端「じゃあ折角なので」と言うイメージが容易に浮かぶのだから全くもって掴めない人間だ。


「ヒスイが気に入るのも分かるな」

「そうですか?」

「あいつは自分に振り回されない人間が好きだろう」


 いつかリゼルが称した“テンポが独特な自己完結型”はヒスイの本質を上手く捉えていて、そんな彼に振り回される人間は確かに多い。ヒスイもそれを自覚しているが生来の性質を変えてまで周囲に合わせる気は無いので、上手く付き合える者はパーティ以外にいなかったのだろう。

 振り回されず流しつつも受け入れるリゼルと仲良くなりたいと思うのも必然かもしれない。特に同年代だけあってその思いは強かったようだ。


「副隊長さんも仲が良いみたいですが」

「俺はあいつというか、あいつらのパーティに恩があるからな。恩を返させろとついて回ったら話すようになっただけだし、王都であいつから声をかけられた時は驚いた」


 朝の澄んだ空気の中、ナハスは懐かしそうに話す。

 その手は執拗な程に愛しそうに自らの相棒を撫でていた。何となくその恩はこの自分たちを乗せてくれている魔鳥絡みなのだろうと、何処か確信を持ちながらリゼルは風に泳ぐ髪を耳にかけながら思う。

 ヒスイの事だから本当に意図した事では無いのだろう。恐らく依頼の最中に何かしたらそれが結果的にナハスへ恩を売る形になっただけだ。

 それなのに恩を返そうとするナハスは律儀なのか、それとも意外と借りを作りたくないタイプなのか。


「恩を返したいならお前たちを運べと言うから、俺にとっても渡りに船だったし喜んで了承したぞ」

「そう言って頂けると嬉しいです」

「何だ、遠慮なんてしてたのか? 俺個人に出来ることなら言うといい、ヒスイには客人として丁重に扱えと言われているから」


 何故客人呼ばわりなのかと常々思っていたが、そういった事情があったらしい。

 しかし折角の騎兵への恩を此処で使ってしまうとは良いのだろうかとリゼルは思うが、ヒスイからしてみればこれ以上ない程の有効利用なのだから問題はない。リゼルに恩を売る以上に有益な事は無いと彼は心の底から思っている。

 随分と気を回してくれたようだと苦笑し、今度会う事があれば礼を言おうと頷いた。何か贈るのも良いかもしれない。


「ヒスイさんって何が好きですか?」

「ん? そうだな……恩返しの一環として獲れたてのカジキを一匹渡そうとしたら、心底嫌そうな顔をされて受け取って貰えなかった覚えはある」

「ならカジキは止めておきます」


 参考になりそうで全くならない意見に頷き、リゼルはそろそろ足腰が疲れてきたなと姿勢を正す。これに一日中乗っているのだから慣れというものは凄い。

 それに気付いたナハスの下りるかという言葉に頷くと、魔鳥はゆっくりと円を描きながら降下を始めた。見下ろした野営地では丁度全員朝の支度が終わった頃らしく、あちこち行き来しながら準備を始めている。


「あ、イレヴンが起きたみたいです」

「蛇の獣人は酒に強い者が多いと聞くが、彼も相当だと騎兵達が言っていたぞ。アスタルニアの男が飲み比べに負けるとは情けない!」


 当のイレヴンは眠そうに欠伸を零しながらジルに促されて怪訝そうに上を見上げ、リゼルの姿を見つけて思わず口を開けたまま固まっていた。

 ぶんぶんと振られる手にリゼルが優雅に手を振り返すと、違うとばかりに招くように大きく手を振られる。下りて来いという意味だったらしい。

 「意外と心配症」だなんて可笑しそうに笑うリゼルに、良くぞああも癖のある男を振り回せるものだとナハスはいっそ感心すらしてしまう。数日しか共に過ごしていないがイレヴンの性格が捻くれまくっている事ぐらいは分かる。


「下りる時って揺れますか?」

「飛ぶ時と同じぐらいはな」


 手綱を握り直すリゼルを見ながら、魔鳥の調教師とか天職なんじゃないかとナハスは至極真面目に考えていた。








「イレヴンの実家は森の中なんですよね」


 無事その日も出発を迎えた魔鳥車の中で、本を読んでいたリゼルがふと顔を上げた。

 アスタルニアが近いからか温暖になってきた気候に窓は開け放たれ、少しばかり強い日差しが差し込んでいる。勿論その日差しに本を晒すような真似はしない。


「そッスよ」

「地図では川ぐらいしか目印が無かったですけど、場所は覚えてるんですか?」


 膝に肘をつきながらジルとカードゲームに興じていたイレヴンが顔を上げる。

 ちなみに賭け金は遊びというには気が引けるほどに高レートで、しかし賭けないという選択肢は緊張感が無くなるという理由で排除されている。金に困っている二人では無いが、互いに負けるのは嫌いなだけあって手を抜く事無くその金貨の移動は今のところ平等に流れていた。


「場所はもう忘れてっけど、多分近くまで行きゃ何とかなるんじゃねぇかな」

「目印か何かあるんですか?」

「魔物避けの香焚いてんスよ。あそこに住んでたの俺らぐらいだし辿れば着くはず」


 それって魔鳥は近付けるんだろうかと思いながら、リゼルは成程と頷いた。

 しかし蛇の獣人の集落か何かがあるのだと思ってたが、イレヴンの家族しか住んでいないというのはどういう事なのだろうか。そもそも歩いて半日ほどの距離に国があるのだから、国の中に住んでしまった方が便利だろうに。

 イレヴンの言い方から聞いてはいけない事では無いと悟り、気になるし聞いてしまおうかと本を畳んだ。


「副隊長さんも数少ない蛇の獣人の特徴を知ってたし、過ごしやすいって事はアスタルニアには蛇の獣人も何人かいるんですよね」

「俺は会った事ねぇけど、多分」

「イレヴン達は国の中に住まなかったんですか?」

「ガキん頃に一回聞いただけだからうろ覚えッスけど」


 何だっけな、と唸りながら手札を捨てるイレヴンはどうやら森暮らしに不満は無かったようだ。

 それもそうだろう、安全が保障されていた国の中でイレヴンの欲求が満たせるかと言われれば不可能なのだから。彼の刺激への欲求は環境に左右されたものでは無く、全くの生まれつきなのだからどうにもならない。


「なんかずっとあそこに住んでるし、特に不便とか無ぇし、まぁいっかみたいな理由だった筈」

「軽ィな」

「重いよか良いっしょ」


 新しく引き直した手札を机の上に晒して、イレヴンは舌打ちした。

 引きが悪いと言いながら取られていく賭け金を見送り、拗ねたように唇を尖らせてリゼルの肩へと凭れかかる。慰めるように髪を撫でる手を甘受して尖らせていた唇を吊り上げるのだから元より大して拗ねてなどいないのだろう。


「でもまぁ買い物とか結構行ってたし、年に何回か避難したりで全然関わりねぇって訳じゃねッスけど」

「避難?」

「魔物が増える時期とか、スポットが移動してくる時期とかあんスよ。大抵一週間ぐらいで通り過ぎてくけど」


 どうやらそれらを察する事が出来るイレヴンら家族は、アスタルニアに重宝されていたようだ。長年住んでいたからこその経験則というべきか、気を付ける時期が分かれば普段からジャングルに入って活動している者達を止められるのだからある意味命綱と言っても良い。

 そのお陰で普段の買い物は森の中で手に入れたものを売った金で行っているが、避難時の宿は無料で提供されていたらしい。


「今は大丈夫なんですか?」

「見てみなきゃ分かんねぇけど、多分だいじょぶ」


 頭から離れていこうとする掌を捕まえ、イレヴンは得意げに言いながら擦り寄った。

 掌に押しつけられる鱗の感触を感じながら、リゼルはならば大丈夫かと微笑んで片手で本を開き直す。しかし魔物避けの香は気休めでしか無い筈だが、随分と優秀なものを使用しているようだ。

 家のオリジナルならば薬士の血筋というのもありそうだと思いながら、本へと視線を落とした時だった。険しさを感じさせる魔鳥の鳴き声に、どうしたのかとリゼルは開け放たれた窓の外を見る。


「前方から魔物五、此方に気付いているぞ!」


 どうやら魔物である魔鳥と遭遇したようだ。

 四日間何にも遭わず順調すぎる行程だったのだから、やはりかという思いのが強い。リゼルは平然と頷いて見物するように窓から顔を出した。


「いくら積極的に襲いかからない魔鳥でも、空で鉢合えば向かって来るんですね」

「つかもし落ちたらどうすんの。ニィサン以外助からねぇんだけど」

「俺も助からねぇよ」


 のんびりとした会話は、間違い無く落ちないと確信しているからに過ぎない。

 王都で見た公開訓練での騎兵団はひどく洗練されていて、飛竜にでも遭わない限り間違い無く余裕の勝利を収めるだろう。小型の魔鳥五体程度ならば苦戦もしまい。

 それに戯れのように落ちたらどうすると話しているが、実際落ちたとしても恐らく何とかなるだろう。使いたくはないがその手段は用意しているし、もし用意出来ないのならば恐らくリゼルは魔鳥車に乗るのを考え直している。


「御客人、危ないから顔を引っ込めていろ!」

「副隊長さんの魔鳥の勇姿が是非見たくて」

「ならば仕方無い!!」


 今日はナハスが魔鳥車を引いていない。魔鳥への負担を考えてローテーションなのだろう、誰が引いても安定した飛行は何とも有難い物だ。

 えー……と言いたげな視線が魔鳥車を引く騎兵達から飛んでくるが、リゼルは綺麗に流した。


「第二小隊、行くぞ!」


 ナハスの号令に魔鳥車の横を飛んでいた数人の騎兵達が背負っていた槍を構えた。

 日の光を反射する槍は当然長く重そうで、しかし振ろうと構えようと魔鳥の飛行に少しの乱れも見せないのは騎兵の技術だけではなく互いのコンビネーションがあってこそなのだろう。

 全体の速度が少し緩やかになると同時に、槍を構えた数騎がナハスを先頭に一気に加速して魔物へと向かっていく。


「お、すっげぇ速い」

「あれが最高速度なんでしょうか。俺だと飛んでいきそうですね」

「お前飛ぶだけで落ちかけてたしな」

「マジで!?」


 ナハス達は空を縦横無尽に駆け、連携をとって魔物を撃破していく。

 全く危なげない様子に出番は無いようだと、特に構えはしないものの何かあれば動けるようにしていたジルやイレヴンは完全に見物へと戻った。例え空中だろうと何だろうとやり様は幾らでもある。

 やはり人を率いるのが上手いとナハスを見ながらリゼルが考えている間に、五匹の魔物は地へと落ちて行った。


「機動力は言うまでも無いですけど戦力としても優秀ですね。ただ兵と魔鳥共にここまで育てるのはかなりの時間と手間が必要でしょうし、量産も無理でしょうけど」


 ジルとイレヴンにはリゼルの言葉の続きが聞かずとも分かった。

 国家機密だとしてもどうにか知れないかと言いたいのだろう。まず間違い無く不可能だろうが、リゼルならば出来るんじゃないかと二人揃って思ってしまったのは仕方無い。

 ううん、と何かを考えている様子にまた変な事を考えていなければ良いがとジルは溜息を吐いた。


「御客人、見ていたか! 俺の親愛なる相棒の勇姿は正しく見惚れてしまう程のものだろう。普段はどちらかと言えば大人しく謙虚なコイツが勇ましく敵を屠る姿のギャップはコイツの魅力を最大限に引き出していると思わないか! ああ、やはり俺のパートナーは最高だ!」


 ふいに魔鳥車に並走するようにナハスが姿を現した。

 労わる様に自らの魔鳥を撫でながら力説され、リゼルは微笑んで同意する。正直普段が謙虚だというのも戦っている時のギャップも分からなかったが、その戦いぶりが素晴らしかったのは確かだろう。

 そうだろうと大興奮のナハスが戦っている時の魔鳥の魅力を一から話し出すのは予想の範囲内に過ぎなかった。戦う騎兵団が見れたのだからそれぐらいどうってことはないと、リゼルは窓にもたれながら聞く体勢を取る。


「そう、重要なのは勇ましき鳴き声だ……! 普段は俺の心を癒す声が一転して心を高揚させる声になるのが分かるだろう!!」


 リゼルは微笑んで頷いた。


「そして目付きの鋭さにまさに心臓を打ち抜かれる心地になる!! あの星の輝く澄んだ夜空のような目が強い光を宿して太陽へと変貌する瞬間の美しさ!」


 リゼルは微笑んで頷いた。


「更には逆立つ羽だ! 流れる水のように慎ましい羽が警戒と共に持ちあがる様子はまさに激流!! 内に宿した熱情がまるで」

「はいリーダー読書タイムだから終了ー」

「何故閉める! まだ途中だぞ!!」


 全てを受け入れる微笑みが閉められた窓の向こう側に消え、ナハスは悲痛な声を上げる。

 何せ最近は自分の話をまともに聞いてくれる者がいない。聞いてくれるのは「いや俺の相棒の方が可愛い!」という同類や誰の話でも聞いてくれる事に定評があるバーのマスターだけだ。

 不満そうな声が窓の向こう側から聞こえてくるのに苦笑し、リゼルは隣に座りながら身を乗り出すように窓を閉めたイレヴンを見る。


「イレヴン」

「良いんスよ、ああいうのは放っときゃ何時まで経っても終わんねッスよ。それよりリーダーもこれ」


 悔しそうな声で去っていくナハスの声を窓の向こう側から聞きながら、まぁ良いかと微笑んでリゼルは差し出されたカードを受け取った。

 目的の場所まではおよそ丸一日。リゼル達は空の旅を優雅に楽しんでいる。



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― 新着の感想 ―
罰ゲーム、何をしたんでしょう。 この人たち、けっこうノリで何でもやりかねないな(笑)
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