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60:無いなら仕方ない

 ジルはあまりに辺境に存在するのでなければ大抵の迷宮に潜っている。

 王都の周りもそうで、馬車が行き来する範囲は勿論。途中馬車から降りて一日程度ならば平然と歩いて向かう事もある。

 リゼルと出会う前は虱潰しに潜っていたし、ソロの癖に迷宮内で夜を明かしてたった数日で攻略する事も珍しく無かった。ちなみに普通ならば一日で次の魔法陣のある場所まで行ければ十分だ。

 そんな王都周りの迷宮で、ジルが行ったことのない迷宮が一つだけある。


「なんだか懐かしいですね」

「来た事ねぇだろ」

「それもそうですけど」


 それはリゼルと行動を共にしてから新しく発見された迷宮。

 アイン達が初踏破を成し遂げた“知恵の塔”と名付けられた迷宮だった。

 リゼルが先日ジルへと土産を渡した際、飲めはしないものの話相手として晩酌に付き合った時に、ジルがこの迷宮にだけ潜っていないと聞いて今日は訪れた。


「割と冒険者の多い時間帯なのに、空いてますね。前は混んでたって聞いたんですけど」

「攻略された迷宮ならこんなもんッスよ」


 発見された直後は人で賑わっていただろう迷宮も、攻略されてしまってからは人も疎らのようだ。

 リゼル達以外の冒険者が二組、先に入って行っただけで他に人はいない。

 やはり謎を解かねば進めないという仕組みが面倒なのだろう。贔屓目に見ても、冒険者は頭脳労働に向いているとは思えない者ばかりだ。

 今ではギルドによる制限も外れ、誰もが自由に入れるようになっている。


「ニィサン時々一人で迷宮ブラついてんのに、此処には来ねぇの?」

「攻略に手間かかんなら面倒くせぇだろうが。コイツがいなきゃ今日も潜らねぇよ」

「頑張ります」


 ジルとて頭が回らない訳ではない。

 しかし一々考えながら時間をかけるのも面倒だし、考えずに突っ切れるならば問題は無いがアインの話を聞く限り謎が解けなければ進めなくなる仕掛けも存在する。

 今まで一人で潜った迷宮内にも一つぐらいそんな仕掛けがある事もあったが、一つ二つ程度なら解いて進むがそれが迷宮全体ともなると面倒にも程があるのだろう。

 更にこの迷宮の魔物も然して強くはないのだし、ジルにとっては意地でも潜りたい迷宮ではなかった。


「でも折角だしジルも一度くらいボスと戦ってみたいかと思って。丁度良く依頼もあったし、迷宮内で一泊も出来るかもしれないし、此処にしてみました」

「しても一泊ってとこがリーダーッスよね」

「え?」


 一日二日で迷宮を完全攻略するパーティが何処に居るのか。

 実は一階から最深層まで一通り攻略した事が無い癖に当然のように言うリゼルは、完全にジルの影響を受けている。まあ出来なくはない、イレヴンは何でもと笑いながら首を振った。


「っつかリーダーさぁ」

「どうしました?」


 ちょい、と指先でリゼルを呼び寄せる。

 そのまま腕を掴んでジルから数歩離れ、怪訝そうな顔を横目に二人は内緒話をするように顔を近付けた。

 ギリギリまで音量を落とす。流石のジルでも聞こえないだろう。


「まだニィサンの機嫌とってんの?」

「いえ、そうじゃなくても同じ理由でこの迷宮には来たと思います」


 しかしその意図が少しも無いかと言われれば、否定は出来ないが。

 苦笑するリゼルに、ジルが不満を抱いたのがそれ程に予想外だったのかとイレヴンは片眉を上げた。

 基本的にリゼルが対人関係に関わる事を失敗することは無い。自分から仕掛けておきながら機嫌をとるなど有り得ない事だと言っても良い。

 そんなリゼルが今回見誤ったのは何故なのか。


「機嫌とるぐらいなら何で仕掛けたんスか」

「いえ、まさか不満を持たれるとは思っていなかったんです。むしろちょっと喜んで貰えるんじゃないかと」

「はァ?」


 あまりの予想外の返答にイレヴンが心底不可解そうな声を上げた。

 リゼルと離れる事を何故喜ぶのか、喜ぶ可能性など全く無いことぐらいイレヴンにも分かる。むしろ自分がされたらすかさず後を追う。


「だってジルって俺と会うまでは好んで一人でいたんですよ、十年以上も」

「ああ、パーティーで聞いた話じゃそんなもんッスね……」

「なのにいきなり同行者が出来て、本人は意識しなくても絶対にストレスが何処かに溜まってるはずじゃないですか」


 だから息抜きも兼ねて、そう付け加えたリゼルにイレヴンは口元を引き攣らせた。

 正論だ。間違い無く正論だ。イレヴンも心底そう思う。

 貴族であったリゼルは常に人に囲まれる生活を送っていたのだろう。時々一人の時間を作って落ち着いていたのかもしれない。

 だが何故そうなる、とイレヴンは唸りながら上目でリゼルを見た。


「(そりゃリーダー相手じゃなきゃニィサンもストレス溜まりまくんだろうけど……)」

「イレヴン?」

「アンタさぁ……あの銀髪のヘーカとずっと一緒にいてストレスなんか感じんスか」

「まさか」


 当然のように否定したリゼルが、ふいに何かに気付いた様に口元に手を当て考え込む。

 しばらく考え、そして何かの結論に達したのか苦笑してイレヴンを見た。


「……対等って難しいです」


 自分に従う人間と、自分が従う人間に対する気遣いならば完全に把握している。

 勿論ジルが自分と共にいることを負担に思っていない事ぐらい理解しているし、不満に思ってもいない事も知っている。それとは別に一人の時間があった方が楽だろうと考えたのだが、初めて出来た対等な相手に対する気遣いはどうやら失敗だったようだ。

 ジル自身も離れてから気付いた事、というのも人の感情に聡いリゼルが気付けなかった要因の一つでもあるだろう。


「当然のように傍にいて貰うんじゃ従わせてるみたいだし、たまにはと思ったんですけど」

「好きでやってんだから良いんスよ。俺だってリーダーが従わせようとか考えてねぇ事ぐらい分かってっし」


 じゃなきゃ一緒にいない、と珍しく大人びたように目を細めて笑うイレヴンに微笑む。


「有難うございます」

「どーも。俺にもいつか何か仕掛けてくんの楽しみに待ってるッスよ」

「分かりました。積極的に泣かせる方向で何か考えておきます、頑張りますね」

「は? ちょ、待……」


 一体何がと騒ぐイレヴンを流しながらジルの方を見ると、何なんだと言いたげな視線とかち合った。

 もはやその態度は平素のもので、不満そうな態度は微塵も無い。元々いつまでも引き摺るような性格はしていないし、さり気なく行われるリゼルのご機嫌取りに気付いては面白そうにしていたものの、やり過ぎたらやり過ぎたで嫌がるだろう。


「許してくれます?」


 微笑みながら唐突に告げられた言葉に、リゼル達が何の話をしていたのか察したジルが呆れたように溜息をついた。

 元々大して怒ってはいないし、リゼルがただ面白がって置いて行った訳ではない事ぐらい察している。

 今回はただ変に気遣われた事が気に入らなかっただけだ。ガキ臭いと自分でも思う。


「いつだって許してんじゃねぇか」


 好きなようにすれば良い、常々言っているその言葉に間違いは無いのだから。

 瞳を細めて微笑むリゼルに、慣れない気遣いなんてしようとするからだとジルは満足そうに唇を吊り上げた。

 ちなみにイレヴンは余計な事を言わなければ良かったと頭を抱えてしゃがみ込んでいた。





 一瞬闇を潜り抜けた感覚はもう慣れたもので、ひとりでに開いた門を潜った先は小さな小部屋だった。

 とりあえず三人とも門を潜ったのを確認し、リゼルはぐるりと周りを見渡す。

 出口は入って来た門とは別に一つしか存在せず、その扉はしっかりと閉まっている。


「全員が初見の迷宮って初めてですね、楽しみです」

「魔法陣使わないっつーのが久しぶりッスね」

「依頼も特別何か必要では無いし、今日は攻略を頑張りましょう」


【“知恵の塔”にて謎をゲットせよ】

ランク:A〜D

依頼人:謎愛好家

報酬:10~20階層の謎→銅貨50枚、20~30階層の謎→銀貨1枚(1問につき)

依頼:“知恵の塔”の十階層から三十階層の謎を知りたい。尚、正解とセットで一つとする。

   一問につき規定の用紙一枚を使用し、正解を別紙に書いて見えないようセットにして欲しい。

   

「世の中には色々な人がいますね」

「……選ぶお前も大概だけどな」


 完全に理解が出来ないものを見るような視線を向けられ、リゼルは失礼なと返しながら唯一の扉の前に進んだ。

 いつぞや話に聞いた一度開けたら開きっぱなしの扉だろう。恐らくその先に最初の魔法陣がある。

 分厚い両開きの木の扉に、それぞれ嵌めこまれた石板。そこには見覚えのある暗号が描かれていた。


「これが全員に共通する最初の謎、ですね」

「へー、暗号?」


 イレヴンが扉に嵌めこまれている石板を覗きこむ。


「うっわ、面倒臭そう。ちゃっちゃと進みたいし今回は全部リーダーに丸投げして良いッスか」

「はい、分かりました」

「魔物も強くねぇし、お前はとにかく進む事だけ考えてろ」


 平均的なCランクであるアイン達が攻略出来るこの迷宮は、出現する魔物が大して強くは無い。

 しかし謎を解きながら右往左往し、その都度現れる魔物を対処していたのではCランクだろうと当然いずれは疲弊する。その点、アイン達は早々にリゼルという頭を手に入れた為に負担が少なかった事もあり順調に進めたようだ。


 どちらにせよその程度ならば例えリゼルが棒立ちしていようとジルやイレヴンが苦戦する事は無く、じゃあそうしようとリゼルは頷いた。

 左の扉を三回ノックし、右の扉を開ける。

 鍵がかかっていたはずの扉が容易に動いた。リゼルを先頭に歩き出す。


「何だかいつになくリーダーらしい事を出来てる気がします。こういう時は何て言うんですっけ……“俺についてこい”?」

「止めろ」

「止めて」


 即行で却下され、リゼルはそんなに似合わないかと首を傾げながら扉を通り抜けた。






「いやー、何つーか楽ッスね」

「止まらねぇからな」


 この迷宮は全三十階層からなる。

 その丁度二十階に到達したリゼル達は、ちょうど良いからと昼食をとっていた。

 今日は朝が早かった為に遠慮したが、容赦無く持たされた女将お手製の弁当一式はスープまでついて普通の食事のようだ。勿論美味しい。


「もうちょっと、謎の難易度が高くても良いんですけど。深層に期待ですね」

「リーダー悩まねぇ所か考えもしねぇし」


 進んで、新しい謎が出てきて、それを見たリゼルが普通に解いて、進む。

 それの繰り返しだ。簡単そうに見えるがイレヴンにはまず何をすれば良いか分からない謎すらあったし、そもそもリゼルが余りにも自然に突破する為に二人が気付かなかった謎も存在しただろう。

 謎が行く手を阻めば数秒足を止めて頷いて歩き出す、魔物もジル達にとって手ごたえは無いしまるで散歩をしているようだ。


「このまま行けば迷宮に泊まり込みは無くなりそうですね」

「その方が良いだろ」

「そッスよー。つか昨日の夜そこらへんブラついてたら、何処からか現れたジャッジが俺の鞄に前に借りた野宿セット詰めてったんスけど。あれ何」

「そういえばジャッジ君に一昨日会って、泊まるかもって話はした気がします」

「超ダッシュで来てめっちゃ押し込んで超ダッシュで帰ってったッスよ。アイツ俺のこと怖ぇの? いっそ逆に怖くねぇの?」


 離れた場所から姿を見せた魔物を撃ち抜きながら、リゼルは温かいスープを飲んだ。

 夜に出歩くなんて危ないだろうに、いや危険人物の筆頭であるイレヴンと共にいればむしろ安全か。しかし一応は一言注意しておこうと頷く。


「そういや依頼は良いのか」

「帰ってから纏めて書こうと思ってます。ボスを倒してくる予定ですって言ったらスタッド君が指定の用紙をたくさんくれましたし」

「だろうな」


 それはつまり一階から三十階まで網羅してくるという事だ。

 普通ならば信じないそれをスタッドはリゼル達なら出来ると知っているし、出会う謎の数が多くなることを見越して用紙を用意したのだろう。

 リゼルは貰える報酬は貰う、解いた謎のほとんどを提出するだろうからそれだけの紙が必要となる。


「氷人間と言えば」


 イレヴンがリゼルの唐揚げに手を伸ばしながら言った。

 たくさん入っているし良いか、と差し出すと嬉しそうに一口で食べる。


「変わんねぇッスね、前と」

「変わってますよ」


 可笑しそうに笑うリゼルに、イレヴンは何処がと嫌そうに顔を顰めた。

 ジルもリゼルが帰ったその日の夜に一応話は聞いている。しかし元々あの淡々とした無表情の変化など露骨に示されなければ知り様が無かったし、その変化もリゼルに危害を加えるものではないのなら気にならない。

 何度目かの魔物の出現を座ったまま対処し、リゼルはいくつかあったパニーニを食べきって一息ついた。


「スタッド君、余裕が出て来ました。前は少し必死でしたし良い傾向です」

「必死って? あの何があっても無表情崩さねぇ奴が?」


 何かに興味も関心も持つ事が無かったスタッドの興味を初めて引いてみせたのはリゼルだ。

 初めての感覚に戸惑いながらも追いかけ、その切望はリゼルに何かを与えられる度に強くなり、その感覚を離したくないと必死で追いかけ続けていた。

 それが何かはスタッドしか知らないが、先日のリゼルの言葉にようやく彼は掴み取った。

 これからはもう追い掛ける必要はない、自分の手の中にあるのだから。それが余裕に繋がっているのだろう。


「優秀な年下の成長を見るのは楽しいですね」

「更に身内の、が頭につくだろうが」


 微笑みだけを返したリゼルに、こういう奴だとジルは溜息をついた。

 自らと関わりの無い人間の才能を伸ばしてどうするのか、はっきり言ってしまえばそういう事だ。

 国を良くする宰相も、今は一人の冒険者。相変わらず休暇を楽しんで普段出来ないことに挑戦しているようで何よりだろう。


「リーダー、氷人間が何に必死だったって?」

「内緒です」


 いかにもからかってやろうと言いたげにニヤニヤしているイレヴンに苦笑する。

 教えて教えてとねだる声をかわし、リゼルは残った昼食を見下ろした。まだまだ迷宮は続くのだし食べ過ぎるとお腹が痛くなりそうだ。

 食べられなくはない、そう思っているとジルが手を伸ばして来た。遠慮無く渡す。


「そういえば折角練習したのに罠が無いですね」

「間違った道進めばあるんじゃねぇの」

「成程」


 ジルはわざと間違えるんじゃないかと若干思ったが、そうだろうと別に問題は無いかと追及はせずに最後の一口を食べ終えた。






 それは最深層の一歩手前、二十九階層へと登った時だった。

 現れた三つの扉と一枚の看板を前にリゼルが足を止める。いつもなら数秒で歩き始めるはずの足を止め続けている後ろ姿を、ジル達はどうかしたのかと見た。


「ここから先は三人別々みたいです」

「あ?」

「一つの扉につき一人。一人しか通過出来ない扉で、一度出てから入り直すのも不可」

「っつーのがこの訳分かんねぇ文章みたいなのに書いてあんスか」

「あります」


 へぇ、と頷いてイレヴンは三つの扉へと視線を流した。

 これが五人パーティだったら五つの扉になるのだろう、相変わらず迷宮は空気を読んでいる。


「どれ選んでも一緒なんスか」

「特に書いて無いので分からないですけど、制限時間はあるみたいです。誰か一人でも一時間で突破出来なければ全員ここに戻ってくる、だから最悪閉じ込められる事は無いですね」

「じゃあどの扉か悩むだけ無駄ッスね。あ、一応リーダーは真ん中行って」


 イレヴンはスタスタと左端の扉へと歩いていく。

 深層とはいえ魔物は際立って手強くは無い。ランクだけ見ればリゼルは苦戦するだろうが、その実力は普通のCランクとは言い難いので大丈夫だろう。

 更に此処は“知恵の塔”。何が待っているかは知らないが、謎のオンパレードだったならむしろ一番有利なのはリゼルだ。

 それでも心配しない訳ではないので、構造は分からないものの手助け出来ればその恩恵が最大に受けられる真ん中を指名する。


「それが妥当だな」

「少しドキドキしますね。一人で迷宮って初めてです」

「うっわ、それ聞くと一気に心配なんスけど。つか謎だらけだったらむしろ俺が心配、どっかにカンペねぇの」

「自力で何とかしろ」


 三人は扉に手をかけ、足を踏み入れた。


 三人が目にしたのは全く同じ光景だった。

 本当に塔の内部のような丸く広い吹き抜けの空間に、壁に沿う様に緩やかな登りを描く螺旋階段。空間の広さに比例して一周かなりの距離があり、それが幾重にも円を描いて上へ上へと続いている。

 見上げても、果ては無い。


「これリーダーやべぇんじゃねぇの」

「体力ついてきたっつってたが……ギリギリだな」

「“知恵の塔”の癖に、どうしてこういう事するんでしょう」


 顔を合わせてもないのに同時に漏らした感想は、似たようなものだった。

 とにかく螺旋階段を何段か登り始める。手摺の外側に手を伸ばそうとすると透明な壁にはばまれた為、素直に階段を登って行くしかないようだ。

 しかし此処まで来て謎が無いという事は無いだろうと思っていると、片側に面している壁に見慣れた石板が嵌めこまれていた。


「パズル……?」


 並べられている正方形の板をスライドさせて、ぐちゃぐちゃに並べられた絵を完成させるというもの。

 成程、時間を使わせたいのだろうとリゼルは迷わず板をスライドさせる。とりあえず一つ目の謎だからか全員挑戦はしていた。

 最初に終えたのは恐らく最短手順で一分もかからず並べ終えたリゼルで、最後の板をスライドさせると同時に石板が光る。

 パリンッとガラスが割れるような音が後ろから聞こえ、振り返ると螺旋階段の端と端を繋ぐ階段が出現していた。


「成程、俺はこっちの方が良さそうです」


 緩やかな傾斜の螺旋階段とは違い、階段は結構急だ。その代わり向かい側の螺旋階段の数段上へと繋がりショートカット出来る様になっている。

 恐らく上がり切れば、再び謎が待っていて新しく階段が出現する筈だ。

 長距離をぐるぐる回るよりは余程マシだろう、リゼルは現れた階段の手すりを撫でて大丈夫か確認しながら登って行った。


 リゼルから少し時間を空けて、ジルはパズルを解き終えた。

 限界まで眉を寄せた顔でパズルへと向かう姿は、もはや人を殺した直後だと言っても誰もが信じるだろう。真正面から見れば子供どころか大人も泣く。

 ガラスが割れるような音と共に振り返り、現れた階段を登りながらまだ見えぬ天井を見上げた。


「これのが楽か」


 そう呟いておきながら次以降は謎に挑まないのだから、その言葉は自分に対する言葉では無かったのだろう。

 謎を解くより螺旋階段を進んだ方が早いか、そう考えながらジルは黙々と足を進めて行った。


「遊びっぽい奴なら出来るけど、マジで知恵試されんのとかホント無理」


 そしてその頃、現れた階段を上り切って次の謎を見つけたイレヴンが顔を顰めていた。

 暗号とか来られても無理。暗号の下にある数字の書かれたボタンを分からないまま適当に押してみると、聞き覚えのあるガラスの割れるような音と共に手すりの外から蝙蝠に似た魔物が飛び込んで来た。

 襲い掛かってくる複数の魔物を斬り捨て、ピッと剣についた血を振り払いながら暗号を眺める。


「間違えたらこうなんのね。まあリーダーなら間違えねぇし、押し間違いとかしてもこの程度ならなんとかするか」


 長い螺旋階段を登るしかないらしいと、イレヴンは面倒臭い面倒臭いとブツブツ言いながら軽い足取りで進んで行った。






 喧しく開かれた一番端の扉に、ジルは呆れたように溜息をついた。


「何これドア? っつーことはゴール……うっわニィサンに一番とられた!」

「順番は関係ねぇだろ」

「そうだけどさァ……どんくらいでクリアしたんスか」

「四十分かかんねぇぐらいじゃねぇの。大して考え無くて良さそうなヤツは解いてきた」

「あ、やっぱ中は一緒だったんスね」


 少しもペースを落とす事無く登り切ったのは二人に共通しているが、その分謎を解いてショートカットをいくつか利用したジルの方が早かったらしい。

 ちなみにイレヴンはジルのおおよそ十分遅れ、両者共に四十分ほどもハイペースで階段を上った割に少しも息切れを起こしていないのは流石だ。

 ジルとイレヴンがいる場所は次の階へ向かう階段の前で、この階層は今の仕掛けで終わりらしい。

 イレヴンは未だ開かない扉をちらりと見た。


「さくさく謎が解けんのに遅ぇとか、やっぱ階段きついんスかね」

「短い分急だからな。それでも普通に螺旋階段登るよか早ぇんだからそっち使うだろ」

「迎えに行ってやれれば良いんスけど」


 イレヴンが入口と同じく三つならんだ扉の内、真ん中の扉に手をかける。

 押せども引けども開かず、蹴りつけようが斬りつけようが微動だにしない。迷宮ルールが例外なく発揮されている。

 思い切り靴底を叩きつけ、イレヴンは小さく舌打ちした。


「ニィサンがやっても無理?」

「全力で蹴っても開かねぇ」

「あ、もう試したんスか」


 なら待つしか無いかと思った時だ。イレヴンのすぐ後ろでガチャリと扉が開く音がした。


「はっ……」

「あ、良か……おお、リーダーが今まで見た事ないくらい余裕ねぇ」

「は、間に合わないかと、思いました」


 肩で息をするリゼルが、苦笑しながら髪を耳にかける。

 わずかに覗いた首筋に汗が滲んでおり、イレヴンの肩に手を置いて息を整える姿は余程急いで来たことが窺える。

 体力がついたと思っていたがまだまだだ、と思いながら気遣うように張り付いた前髪をよけてくれるイレヴンに礼を言った。


「ショートカット使えんなら途中で休んでも余裕で間に合うだろ」

「ぼうっと休んでたら、一番下からやり直しになったんです。それが無ければ、二十分ぐらいでいけました」


 恐らく五分の区切りで休んでいたらやり直しになるのだろう。

 一番下に戻された時、リゼルはその優れた頭で瞬時にそれを理解したものの受け入れたくないあまり一瞬きょとんとした。

 そして休まず急な階段を上ること二十分、普通の人間なら疲れきって当然だ。

 休めと二人揃って言われた言葉に甘え、リゼルは階段に腰掛けながら整ってきた息をゆっくりと吐いた。


「はぁ、やっぱりもう少し体力はいりますね」

「特別無ぇって訳じゃないんだし良いんじゃねッスか。まぁ冒険者の中じゃ低い方かもだけど」

「やっぱりですか?」

「後衛なら普通じゃねぇの」

「あー、確かにこんなもんッスね」


 一番身近な基準が最上級の前衛二人、後衛と言われてもいまいちイメージが浮かばない。

 二人が迷惑に感じないなら良いけど、と頷いた。例えリゼルが時間内に螺旋階段を突破できずとも二人は少しも気にしないだろう。

 しかし個人的には折角冒険者をしているんだから体力はもう少し欲しい。


「走り込みとかどうでしょう」

「止めろ」

「止めて」


 相変わらず即行で却下され、果たして自分のイメージは一体どうなっているのかとリゼルは首を傾げた。

 しかし二人が嫌がるなら止めておこうと直ぐに考えるのを止め、そういえばと自らが座っている階段の先を見る。

 残るはボスのみ、迷宮内での泊まり込みは出来そうにない。


「ついでにボスの説明もしちゃいましょうか」

「えー、知らねぇ方が楽しいじゃねッスか」

「知ってた方がもっと楽しくなるかもしれませんよ」


 リゼルはギルドでボスについての情報を一応調べ、更には偶々顔を合わせたアインにも話を聞いた。

 この迷宮のボスのランクはB、頑張ればBランクが勝てる強さだ。もちろん負ける可能性もある。

 ボスは最初に一問の謎を投げかけて来る。制限時間は三十秒。

 正解すればボスの強さは一ランク下がる。間違えれば一ランク上がる。


「あいつらCだろ、勝てたんなら正解したのか」

「どうやら答えなければBのまま、らしいです。アイン君曰く“最初にランクアップとかダウンとかの説明してたけど全然動かないし猛ラッシュして足二本潰した頃にようやく動き出した”ようで」


 どうやら制限時間内は動かないボスのようだ。

 この“知恵の塔”を最深部まで来れた者達なら十分に頭が回る。謎が解けるかもしれないと、ボスを一ランク下げる可能性に賭けるだろう。

 答えが分からなければ黙っていれば良い。それでもランクは変わらないのだから。

 攻撃すれば襲い掛かってくる可能性は高く、制限時間いっぱいを頭を振りしぼって過ごすはずだ。


 しかしアイン達は即行考えることを放棄した。リゼルという頭を頼った自分達がどうせ分かるはずなどないと即行開き直って「煩ぇ知るか」と一ランクダウンを少しも夢見ず襲いかかった。

 例えBランクでも、足を潰されれば必死のCランクに負けてもおかしくない。

 しかし良く反撃の可能性がある中で躊躇なく襲いかかったものだ。思い切りが良いと言えば良いか、無謀だと言えば良いか。


「若さですね」

「馬鹿なんだろ」

「雑魚なのに運は良いんスね」


 アインもまさか酷評を受けているとは思うまい。


「じゃあ俺らは間違えりゃ面白くなるっつーことッスね」

「行けるか」

「はい」


 Bランク程度のボスでジルやイレヴンが満足するはずがない。

 十分に休んだリゼル達は立ち上がり、そろそろ行くかと先程に比べればずっと短い階段を上る。

 意気揚々とボスの部屋へと繋がる扉を開けるイレヴンと剣を抜くジルの背中を見ながら、リゼルは楽しそうで何よりだと微笑んだ。






「あ、アイン君」

「リゼルさん、お疲れッス」

「先日は迷宮の情報を有難うございます」


 迷宮から帰って来てそのままギルドの机に座り、解き明かした謎を用紙に書き込んでいたリゼルがひらりと手を振った。

 イレヴンはお腹が減って仕方が無いと先に帰っているため、ジルと二人だ。

 アインは隣に座るジルに口元を引き攣らせながら、リゼル達にしか発揮されない礼儀で軽く頭を下げる。

 リゼル達と会話することで集まる色々な視線には慣れないものの、優越感を感じないかと言われれば嘘になる。それと同時にジルを前にした時の恐怖で精神力はガリガリ削られていくが。

 噂ほど危険な人物では無いと知りはしたが、怖いものは怖い。


「役に立ったなら良かったッス」

「今日行ってみたんですよ。ボスの出す謎に間違えたら二足歩行になって襲い掛かってきたから驚きました」

「あの獅子っぽいやつが立つんッスか。へぇ……、……」


 アインは感心して、そして固まった。

 今日行ってみて、ボスと戦い、そして今ギルドで何かを書いている。

 確かに冒険者のギルドへの依頼終了報告ピークは過ぎ、遅めの夕食のような外も暗い時間だが、まさかそんな馬鹿なと思いつつ信じざるを得ない。

 それが出来るようなリゼル達だと、アインは知っている。


「(一日で攻略しやがった……!!)」


 ショックなような、いっそ誇らしいような。

 複雑な思いに駆られるアインを見て言わない方が良かったかと苦笑し、リゼルはポーチを漁った。

 有益かどうかは分からないが面白い情報を貰ったのだし、此方が貰いっぱなしという訳にはいかないだろう。


「何かお礼でもと思ったんですけど、アイン君が気に入りそうなものが何か……」

「は、や、良いッスよ! 大したこと話してないんで……!」

「駄目でしょう? “成果に相応しい報酬”は渡さなきゃ」


 いつかと同じ台詞にアインはぐっと口を噤んだ。

 その様子に微笑み、さて何を渡そうかとリゼルは考えた。ボスについては正直ギルドで調べれば分かったが、ボスが三十秒の制限時間の間動かないと言うのは貴重な情報だろう。

 何せギルドにも提供されていない。アイン達も実力じゃないと言われるのが嫌だったのかもしれない。

 それなのに教えてくれたのだから(最もアインにとってリゼルへそれを教える事に何の葛藤もなく、むしろ隠している事も忘れて自然と話していたが)色をつけた方が良いだろう。


「じゃあアイン君にはこれをあげます」


 果たしてあのリゼルが渡すものとは、と期待と緊張を抱くアインの手にリゼルは取り出したものをそっと置いた。


「……」

「ジャッジ君に鑑定して貰ったら、銀貨五十枚にはなるそうです。良いものですよ」


 “知恵の塔”のボス、そのミニチュア人形。

 魔物フィギュアは時折宝箱から出るが、それがボスともなると希少価値が高まる。

 確かに銀貨五十枚の迷宮品ともなれば深層からしか出ない。アイン達もCランクとして活動するのは主に中層なのでそこから手に入れる迷宮品と比べれば格段に良いものだろう。


「あ、りがとうございます……」


 辛うじて礼を口にして去って行くアインの背中は哀愁漂っていた。

 可笑しそうに笑うリゼルに、ジルは呆れたように溜息をつく。


「相変わらず年下からかうの好きだな、お前」

「やだな、本当に良いものじゃないですか。売れば良いお金になりますよ」

「売れりゃあな」


 恩のあるリゼル手ずから渡された品を、軽い気持ちでひょいひょいと売れるだろうか。

 むしろ機嫌を損ねるのを恐れてそんな事は出来はしまい。今頃はギルドの外で「どうしろと……」と呟いているだろう。

 確かに人の目もあるし、安易に見るからに上級迷宮品を渡す訳にはいかないというのもあるが。


「もう少しマトモなもんがあるだろうが」

「俺に限っては無いんです」


 少し拗ねたような声色に、それもそうかとジルは納得して頷いた。

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― 新着の感想 ―
そのミニチュア人形、謎というかギミックがあって二足歩行に変形できるとかかな?ww
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