56:珍しく謝った
スタッドにランクアップを提案されてから少し間が空いたが、リゼルはようやくCランクへと上がった。
同時にイレヴンもBランクに上がっている。スタッドの淡々とした「良いんじゃないですかどうでも」という言葉にひと悶着あったが、Bランクまではギルド職員の判断で上がれる上に手続きはきちんとしてあるので正式なランクアップに変わりは無い。
これでパーティランクもCからBになり、Aランクまでの依頼を受けられるようになった事になる。
その日リゼル達はスタッドとジャッジも交え、いつもの店で祝杯を上げた。
そしてイレヴンのリクエストで早速受けたAランクの依頼、リゼル達は迷宮に潜っていた。
依頼は既に達成している。後は帰るだけだという時に、それを見つけられたのは幸運だったのだろう。
「そろそろ想いに応えてくれても良いと思うんです」
リゼルはいつに無く真剣な眼差しで目の前に鎮座する宝箱を見つめていた。
これぞまさに宝箱、そんな風体なのはこの迷宮が如何にも古めかしい城だからだろうか。
膝を付き、蓋に手を掛ける。中に魔物が入っていたり攻撃が飛びだしてきたりもする迷宮の宝箱なので、後ろではジルとイレヴンが何かあったらすぐ手が出せるように待機しながら全力でニヤニヤしていた。
「ジルが高純度のミスリル結晶で、イレヴンが魔力反射性能を持つ盾」
前回・前々回に宝箱に出会った際、試しに二人に開いてもらった時の戦利品を思い出す。
迷宮深層で出ただけあって高品質なそれらは、冒険者が手に入れれば大手を振って街に帰れる代物だ。売れば金貨、使えば高性能、そんな宝箱の中身に出会う機会など早々無い。
自分もそれらに続けるよう祈りながら、ゆっくりと蓋を持ち上げた。
「二人揃って噴き出すんですよ、ひどいと思いませんか?」
「ぼ、僕は良いと思います……その、“五十年に一度しか芽吹かない白華樹の茶葉”。えっと、入ってる缶も値が付きそうな良いものですし……!」
リゼルはジャッジによって鑑定された茶葉の缶を受け取り、蓋を開けた。
確かに良い香りだ。とても美味しい紅茶が淹れられるだろうし、売れば相応の値段が付くだろう。
しかし冒険者が迷宮に潜って取ってくる代物が茶葉というのはどうなのだろう。何となく釈然としない。
必死に慰めようとしてくれるジャッジに良い子だと微笑む。隠そうともせず大笑いした上に似合う似合うと訳の分からないフォローを笑いを堪えながら入れた彼らとは大違いだ。
「これって俺の運っていうより、迷宮に嫌われてるんじゃないでしょうか」
「いえ、いっそ逆に迷宮が空気を読んでるんだと……」
嫌な空気の読み方だ。
「ジル達には飲ませてあげません。ジャッジ君、一緒にこれでお茶しましょうか」
「良いんですか……! じゃあ、早速……どうぞ、入って下さい」
迷宮の宝箱には、迷宮でしか手に入らない迷宮品だけが入っている訳ではない。
階の難易度相応のアイテムならば通常出回っていたり外でも普通に手に入る物が入っていたりする。
今回の茶葉も一点物という訳では無く、売っている所には売っている物で金を出せば手に入る。惜しむ程でも無いだろう。
リゼルは店のカウンターの裏にある扉から部屋の中へと通された。すぐ裏は取引先などの話し合いにも使われる部屋らしく、勧められた椅子に腰かけてケトルを用意するジャッジの後ろ姿を眺める。
「お店の邪魔じゃ無かったですか?」
「いえ、全然。この時間はお客さんが少ないし、来てもすぐ分かるので、大丈夫です」
「良かった」
微笑まれ、ジャッジははにかんだような笑みを返した。
はにかみながらも手元は途轍もなく手際良く動いているのだからギャップが激しい。
すぐに湯は沸き、プロのような手付きで慣れたように紅茶を淹れる。茶葉の量や蒸らす時間を特に計った様子は無いが、恐らく完璧なのだろう。二人分の紅茶が机の上へと並べられた。
ついでに一体いつ用意したのかクッキーまで並べられる。相変わらず尽くし方に妥協が無い。
「ジャッジ君が淹れてくれるなら茶葉に拘らなくても全部美味しくなりそうですね」
「そんなこと……」
照れたジャッジが向かい側に座るのを確認し、リゼルは紅茶に口を付けた。
元の世界では希少な紅茶が常日頃から出て来る地位に居た為に特別な感動は無かったが、久々の何処か懐かしい味はほっと息をつかせるものだった。
これなら宝箱から出ようと充分な価値が有るように思える。紅茶にそんな価値を見出す冒険者などまず居ないが。
「うん、美味しいですね」
「こういうのが上品な味、なんでしょうか……凄く柔らかい味がします」
「俺も不思議と落ち着きます」
その言葉にジャッジが一瞬どうにかこの紅茶を店に置けないかと仕入れルートを模索するが、流石に冒険者向けの道具屋に紅茶は合わないなと肩を落とした。
リゼルの望むものは何だって用意したいが、流石に店主として店の方針を変えてまで強行する訳にはいかない。店に並べなければ良いのかも、とちらりと思いながら向かいのリゼルを窺う。
紅茶を飲む姿が気品に溢れ、髪を耳にかける仕草に穏やかさがある。そんな彼と一緒にお茶を楽しんでいるという優越感にふにゃふにゃと緩みそうになる頬を何とか引きしめた。
「そういえば、パーティ名ってどうなったんですか?」
「保留です。何故か周りから反対される事が多くて……」
「そ、それは……皆、リゼルさん達の事、特別に思ってるんですよ! ほら、だから普通な名前じゃ納得できないっていうか……」
“一刀+α”や“リーダーと赤黒い仲間達”という二つの候補を聞いた時、ジャッジでさえ口元が引き攣った。
周囲を引きつけ、その存在を高みに置き、ともすれば羨望や憧憬を集めるパーティの名前がそれ。どうしても受け入れられないし、何故そうなった……!と誰もが思うだろう。
「色々な人にどんなのが良いか聞いてみてはいるんですけど、何でしょう。皆さん十代の子が好きそうな名前を付ける方が多くて」
「爺様が言ってたんですけど、ハッタリは強い方が良いとか、イメージにぴったりとか、誰とも被らないっていうのが大事らしいです。在り来たりな名前だと危ないし、長すぎても分かりにくいし……だから、自然とそうなるって言ってました」
「“一刀+α”とかその条件に合ってませんか?」
「こ、個人名は、どうでしょう……」
どうにか諦めてくれないだろうかとジャッジが慎重に呟くと、リゼルはやっぱり駄目かと頷いた。名前が入っている当の本人であるジルが割と露骨に嫌がってるし、諦めた方が良いだろう。
最大の危機は脱したと肩の力を抜いたジャッジの耳にふと鈴の音が届いた。こういう時に限って来客があるのだからと慌てて立ち上がる。
「お客さんみたいです、すみません……。でも、あの、まだ……!」
「大丈夫、ゆっくりさせて貰いますよ。行ってらっしゃい」
微笑むと、安堵した表情を隠しもせず店へと出て行った。
どうやら来客は冒険者らしい、幾つか言葉を交わしている声が薄らと聞こえて来る。
気弱そうに見えるが、意外と押しが強いジャッジだ。値切り交渉も許容範囲を超えるような値段は許さないし、一度出した鑑定結果を覆すような事も無い。
流石商人、そう感心しながらリゼルは出されたクッキーを一枚摘んだ。
「(パーティ名、無くても問題無いなら無しで良いかな。名前を売りたい訳でも無いし)」
あればあるで便利だと思うものの、無くても何とかなる。
普通ならば指名依頼を出す時に「ほらあのパーティに、誰誰がいる」と言ってもギルド側は良く分からない。しかしパーティ名があれば特定出来るだろう。
だがリゼル達のパーティにそれが必要かと言われれば一概にそうとは言えない。
「(ジルもイレヴンも他者と混じりようが無いし、まず目立つし)」
一刀がいる、蛇の獣人の、そう聞けば誰もがリゼル達のパーティだと分かる。
ちなみにリゼルは思考から外しているが彼自身も立派に特徴ある人間だ。マジモンの貴族がいる、そう聞けば誰もがまず間違いなくリゼルを思い浮かべるのだから。
やっぱりいらないか、そう結論を付けてシナモンクッキーを齧っているリゼルの耳に再び鈴の音が聞こえてきた。どうやら来客が帰って行ったようだ。
しばらくして、扉の向こうからジャッジが顔を出す。
「お、お待たせしました!」
「いいえ、お疲れ様です」
高い位置にある申し訳無さそうな顔を見上げて微笑む。
ジャッジはほっと息を吐いて再び椅子へと腰かけ、少し冷めてしまった紅茶を飲んだ。
「やっぱりプロですよね」
「え?」
「ジャッジ君、流石は商人だなって思いました」
動揺して思わず噴き出しかけた紅茶を無理矢理飲み込み、ジャッジはリゼルを見た。
リゼルが来ている時に来客が訪れる事は確かに少ないが、今までもジャッジが接客している所は見てきたはずだ。何故いきなり、と熱を持つ頬を隠すように口を拭く。
「リゼルさんも物腰柔らかいし、お店とか出来そう……だと思います、けど」
「それが向いていないみたいなんです」
どういう意味かと首を傾げるジャッジに、リゼルは苦笑しながら建国祭の最中にとある屋台の店番を頼まれた事を話し始めた。
リゼルの泊まる宿は長期宿泊者が多く、建国祭でも特別繁忙期という訳ではない。
しかし稼ぎ時は稼ぎ時なので毎年宿の前に屋台を出して氷菓子を販売し、副業的に利益を上げている。ちなみに宿の仕事も普段と変わらず行えるのだから、女将の手腕は言うまでも無い。
年に一度の建国祭であるというのに今日はどの依頼を受けようかなどと三人揃って話していたリゼル達が宿を出ようとした所、屋台の前でどうしようかと悩んでいる女将に遭遇した。
予想外に売れ行きが良く、材料の買い出しに行きたいのだが屋台を空ける訳にはいかないらしい。
『代わりに買い出しに行きましょうか? 買う物だけ教えて頂ければお手伝いしますよ』
『それが商売人専用の店から仕入れてるからね、私か旦那じゃないと駄目なんだよ。旦那は宿の食事の仕込み中だし惜しいけど一旦屋台を閉めて行って来るしかないね』
『あ、少しの間で良いなら屋台の方を見ていましょうか?』
世話になっているし一時間ぐらいなら平気だろうと、リゼルは自然な流れでそう口にした。
別に良いんだよほら元気に冒険者をやっておいでと遠慮する女将を説き伏せ、晴れてリゼルは初めての商売を経験する事となった。本人がやってみたかっただけではないか、というのはジルの談だ。
興味深そうに屋台の中を色々見ているリゼルを見ながら、イレヴンはニヤニヤと笑いジルは面倒そうに溜息をつく。
『すっげぇ売れるかすっげぇ売れないかどっちかだと思う』
『……中に居るから終わったら呼べ』
果たしてイレヴンの言葉は真実となった。
何せ街中に溢れる人間はようやくリゼルの存在に慣れてきた周辺住民などではなく、祭りの影響で他地域や他国から流れてきた人々ばかり。そんな彼らが屋台の中で浮きまくっているリゼルに注文出来るかと言われれば凄く行きにくい。
手伝い開始早々の閑古鳥にリゼルは女将さんに申し訳ないと何やら考え始め、イレヴンはその横でひたすらシャクシャクと氷菓子を食べては面白そうにしていた。ちなみに彼は勝手に作って勝手に食べている。
勿論あとでリゼルがきちんと金を払わせるので問題は無いが。
『あー、きぞくさま!』
『屋台やってるーおかみさんは?』
しばらく経った頃の事だ。祭りにはしゃぐ顔馴染みの子供たちがわっと屋台の前に集まって来た。
手に貰ったお小遣いを握り、既に祭りを堪能してきたのか戦利品の数々を抱えた姿は無邪気で微笑ましい。
『ちょっとの間お手伝いしてるんですが、全然売れなくて困ってます』
『じゃあおれが買ってやるよ!』
『あたしもー。シロップいっぱいに、フルーツいっぱいね!』
良い子達だ、リゼルはちょっと荒んだ心が癒されるのを感じながら微笑む。
ならば準備をするかと振り返ると、既に完成品を持ったイレヴンが途轍もなく悪い笑顔で子供たちに氷菓子を差し出していた。
『おらよ』
『わー……びっしゃびしゃ! シロップびっしゃびしゃ! 氷とけてる!! フルーツごろごろしてる!!』
『欲張るからそうなんだよクソガキ共、ひとつ賢くなって良かったじゃねぇか感謝し』
『イレヴン』
『なーんつって』
作り直させた。
器用なだけあって綺麗に盛りつけられた氷菓子を、今度こそ子供たちは大喜びで受け取って食べ始める。
屋台の前で笑顔を振りまき、リゼルに話しかける子供たちの姿は上手く緩衝材となったのだろう。
近寄りがたさが無くなった今、遠慮する事は無いとまず屋台に近付いたのはリゼルを知りつつも話しかけた事は無い者達で、そうすれば知らずとも高貴な存在に興味を持っていた者達も続く。
一気に繁盛し始めた店に、どうやら手伝いは成功を収められそうだと微笑んだ。
「全然お客さん来てくれないし、どうしようかと思いました」
「で、でも、最終的には成功したんですし……!」
子供たちが来なかったらどうなっていたかと、そう苦笑するリゼルにジャッジは必死でフォローを入れる。
とはいえもしジャッジがリゼルを知らない時にそんな屋台に遭遇すれば、やっぱり近寄れないだろうが。周囲の反応も理解出来てしまえるだけに何とも言い難い。
「女将さんも満足してくれましたし、屋台的には成功したんでしょうけど」
「屋台的に?」
「俺がちゃんと店番出来たかと言われればちょっと微妙なんです」
混み始めた屋台にいつものペースを崩さないリゼルを前にしたイレヴンの変化が良く分かる台詞ベスト3がある。
『リーダー頑張れー。俺頼まれてねぇからひたすら食ってる』
『……リーダー遅い! 客捌くのおっそい! サービス料とるような店じゃねぇんスからもっと……ちょ、代わって!』
『もうアンタは笑顔振りまいて注文受けんのと金勘定だけやってりゃ良いから! あ、包丁握んなっつの!』
「これです」
「……イレヴン」
どちらに肩入れすれば良いのか。
全力でリゼルをフォローしたいが、全力でイレヴンにも同意出来てしまう。
リゼルとしても特に丁寧に対応した覚えは無いし、極自然にやっていたつもりなのだろう。何が違うのかと不思議そうなリゼルを前に「全部違う」と云える程にジャッジの心臓は強く無い。
何とか話題を逸らせないかと頭をフル回転させ、屋台に関係していなかったと思われる唯一の人物を思い出す。
「あ、そういえばジルさんは……!」
「ジルですか?」
宿の中で待っていると早々引っ込んで行ったジルだが、途中であまりの忙しさに半分キレたイレヴンによって手伝いに駆り出された。もちろん手伝いを頼んだのはイレヴンに言われたリゼルなのだが。
結果、人前に出なくて良いという言葉に嫌々妥協し、裏で黙々と氷を削っていた。
ちなみにイレヴンに追いやられて頼みに来たリゼルを前にしたジルの変化が良く分かる台詞ベスト3がある。
『あ? 知らねぇよ引きうけたなら自分でやれ』
『ですよねじゃねぇよ、お前のその自信はどっから……。おい、包丁握んな、置け』
『これだけしかやんねぇぞ。だから包丁握んなっつうの、いいからお前は得意の接待でもしてろ』
「これです」
「……ジルさん」
「俺って何で二人に料理出来ないって思われてるんでしょう」
やった事が無いだけなのに、そう付け加えられた言葉に全ての解答があるのではとジャッジは思う。
器用そうではあるし何でも無難にこなせそうだとは思うが、しかし何かの拍子にとんでもない事をしそうだというイメージも拭えない。それがリゼルをより印象強くしている魅力の一つであるとは思うが。
人に振り回されないジルとイレヴンだからこそ一緒に行動出来るのでは、そう感心すらしてしまう。その二人がリゼルに全く振り回されていないかは別として。
「向いていないって分かったからこそ、ジャッジ君は凄いなって思ったんです」
「う、嬉しい、です」
真正面から微笑みと共に褒められ、ジャッジはジルやイレヴンに抱いた同情を全て忘れてふにゃふにゃと照れくさそうに笑った。
穏やかなティータイムを満喫し、ジャッジに見送られて店を出る。
余った紅茶をどうしようかと思いながら歩いていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「リゼル君」
「ヒスイさん。良く会いますね」
「冒険者の行動範囲なんて似たようなものだからね」
相変わらず艶やかな翡翠色の髪が近付いて来るのを、足を止めて待つ。
その手には紙袋が握られている。恐らく中心街の店のものだろう、何処か高級感漂う袋は冒険者の格好をしているヒスイから少し浮いていた。
「お祝いですか?」
「そう。……僕、祝うような事があるって君に言った?」
微笑むだけのリゼルに、末恐ろしいCランクだとヒスイは肩を竦めた。
馬車の時といい、唯のカマかけかと思っていたがこの様子だと間違いなく全て知られている。
恐らく調べたのではない、自分との会話から察したのだろう。そう思えば不快にはならないが、しかしどちらかと云えば隠そうとすら思っていたのに言い当てられるとは思わなかった。
「御成婚のお祝いですよね?」
「そう、うちのリーダーと姉さんのね。いつ気付いたの?」
「パーティーで見た時に何となく二人はそういう関係だなとは思っていました。それでヒスイさんと初めて会話した時にギルドの弱みに興味があるようだったので、もしかしたらと思って」
何故ギルドの弱みが彼らの結婚と関係するのか。
それは冒険者ギルドにとってSランク冒険者が貴重な存在だからに他ならない。
国に一組いれば良い方である程にSランクパーティというのは数少なく、確実に一定以上の実力を持つ者達は増やそうと思って増やせるものでもない。
Sランク冒険者しか達成できない依頼など滅多に無いが、無くなる事も無い。ギルド側としても手放したくない人材でもある。
先日“不可侵の迷路”に向かう馬車の中で出会った時に問題の二人がいなかったのは、ギルドに辞めさせて貰えるよう説得しに行っていたのだろう。
冒険者同士で結婚というのは時々あるが、そのほとんどが冒険者を辞める。
彼ら二人も例に漏れずギルドから退会しようとして、何とか考え直さないかと引き止められているらしい。そこで知るか辞める!とならないあたり流石Sランクなだけあって冷静なのだろう。
「Aランク以上の上位冒険者の退会にはギルド長の許可がいりますからね。会ったことはありませんが、此処のギルド長ってそんなに頑固なんですか?」
「さぁ、見た感じ結構適当な人なんじゃないの? ただ本部の方から絶対逃がすなって言われてるのかもね。Sランクの退会を簡単に許可しちゃ立場ないんじゃない?」
適当な人、スタッドから時折聞く話しか知らないが何となく分かる気もする。
ならばヒスイのリーダー達がギルドに通っているのはただのポーズという可能性もある。断固として退会を認めないのではなく、説得を続けていると見せかけて認めざるを得なかったと本部にアピールする為に。
スタッドに聞けば教えてくれるだろうが、そこまで興味があるかと言われればそれ程でもない。
自由が代名詞の冒険者も楽ではないなと思いながら微笑む。
「だからギルドの弱みを知りたがってたんですよね。彼らを退会させてあげる為に」
「十年も世話になった人達だし、恩返しするのは当然でしょ?」
「その為に俺に接触したんですね」
「そう。弱み知ってるなら教えて貰いたかったし、ギルドに無理を通せるなら頼んで貰おうと思ってた」
やっぱり、そう頷くリゼルをヒスイは見た。
利用したかったと明言したというのに少しも気にしていない。それは目論見を知っていただけではなく、恐らく知らずとも彼は平然と納得して見せたのだろう。
話しやすい相手だ、そう思いながら少しだけ湧きおこる悪戯心に唇を吊り上げる。
「一度は君を人質に交渉しようとか思ったんだけどね」
「冒険者ギルドにですか? 俺に人質としての価値は無いと思いますけど」
「もし本当に貴族だったらの話。それにあの絶対零度のお気に入りでしょ? 何度かパルテダに来てるけど、彼が誰かに懐くなんて考えもしなかった。絶対零度を動かしてギルド長を説得させようと思ったんだけど、無駄な考えだったね」
ヒスイは楽しそうに瞳を細めた。
「馬車の中で、実は一度出来るかどうか試してみようと思ったけど全然無理。指先一本動かしただけで一刀と獣人に殺されそうになったよ」
向けられた視線と牽制の殺気、Sランクになって久しく感じていない死の感覚を正面から浴びせられた。
単純に出来るかと思い付いただけで、特にリゼルを害そうという意図が無かったからこそそれだけで済んだのだろう。もし害意があれば馬車の中で首が飛んでいたはずだ。
そんな事が、とあの時を思い返しているリゼルをやや首を傾げて覗きこむ。
「今だったら出来ると思わない?」
「本気で思っている訳でもないのに怖い事を言わないでください」
可笑しそうに笑うリゼルに、確かにと姿勢を正した。
彼に手を出して良い事など一つも無い、自分と周り全てを犠牲にする愚行だろう。それが分からない程に鈍く無いし、リゼル達をランクが下だからと舐める程に傲慢でも無い。
そもそも人質に、と考えたのはパルテダで貴族らしい冒険者がいると聞いた時。あの夜、城の広間で全てを支配した姿を見た後にそんな事を考えられる訳が無いのだから。
「やるやらないじゃなくて、出来る出来ないって話。言ったでしょ? 隙だらけ」
「流石にSランク相手に太刀打ち出来ませんよ」
隙があろうと、その隙を突けるかどうかは別問題だが。
気配に敏感な方である自分ですら曖昧にしか分からない存在が複数、最初出会った時は監視されているのかと思ったがどうやら違うようだとヒスイはさりげなく視線を流す。
監視というよりは、護衛。今リゼルに手を出そうとしたら即座に姿を現すはずだ。
一人二人なら人質を抱えていても捌けるだろうが、恐らく居るのは四人。その全員を相手にするのはSランクだとしても無謀だろう。
リゼルを人質として有効利用すれば話は別だろうが。
リゼルも気付いてはいないが察してはいるのだろう。もし彼らの存在が無ければヒスイと会話しないとまではいかないものの、今の物騒ともいえる話題は平和的なものに誘導されていたはずだ。
「君の思考が止まる時ってあるの? 僕の方が確実に強いのに、どう考えても勝てる気がしないんだけど」
「何ですか、それ」
微笑んだリゼルにヒスイは相変わらず不機嫌そうな顔で笑った。
太刀打ち出来ないのは此方だと、Cランク相手に有り得ない事を思いながら。
ちょっと短いですがキリが良いのでここまで。
活動報告にて頂いたイラストと拙い小話を掲載しております。
そういうのが大丈夫な方は是非美しいイラストを御堪能くださいませ!
(顔出し注意。苦手な方はご遠慮下さい)