55:通常依頼でも出てる
リゼルのポーチの中には無数の本が詰まっている。
ジャンル問わず気になったものを買い漁り、読んでも手放さないその冊数は容易に本屋を開けるだろう。むしろ図書館すらも可能かもしれない。
空間魔法と言うものは便利で、ただポイッと入れておけばそれで済む。しかし存在を忘れてしまえば取り出すには一旦全てを出してしまうしかなく、リゼル達のように素材やら何やら好きなように入れていればとんでもないことになるだろう。
読んだ本は決して忘れないリゼルなので本が千を超え万に達しようとそうはならないが、だからと言って入れっぱなしはどうなのか。
「せめてハズレぐらいは整理しておこうかな」
整理が苦手な自分に優しい性能に、しかし甘えてはいられない。リゼルは決意した。
元の世界に戻っても空間魔法が作動するかは分からない、それならば今の内に本を整理しておくのも良い。
自らの屋敷にある随一と言われる“大図書館”(規模が半端無い書庫)に異世界の本が並ぶのは魅力的だろう。だからこそ持って帰れる本に限りがあった時の為に厳選に厳選を重ねねば。
リゼルは思うままに何冊かの本を取り出し、吟味を始めた。
その一時間後、部屋の扉が乱暴にノックされて返事を待たずイレヴンが扉を開ける。
先程までジルを手合わせにと引っ張って行ったのだが、相変わらず勝てなかったようで不満そうな様子を隠そうともしない。今回はその不満も一層深そうだ。
「ちょいマジリーダー聞いて! ニィサン毒効くっつった癖にやっぱり全然効かねぇんスよ。強烈な弛緩毒撒いといたのに違和感あるってだけで全然……何やってんの」
「本の整理を……」
読書週間の再来かとばかりに本を部屋中に積み上げたリゼルが、今まさに読みふけっていた本を見下ろし諦めたように笑った。
「別に内容覚えてんだから売れば良いんじゃねぇの」
「本を売るの、あまり好きじゃないんです。それに内容は覚えてるといっても並べておきたいというか、読み返したくなる時もあるじゃないですか」
「分かんねぇ」
コレクター精神なのか何なのか。
ジルはリゼルの言葉に何一つ共感を覚えなかったが、そう思うなら好きにすれば良いとそれ以上の言及は止めた。
ただし部屋を散らかすのは頂けない、今はジルも手伝って盛大な後片付けが行われている。ちなみにイレヴンは逃げた。
その片付けの最中も手に持った本に惹かれたリゼルが度々読みふけりそうになっているが、一声かけると直ぐに閉じた。恐らく今日の夜は名残惜しく思ったそれらの本を読む為に睡眠を削るのだろう。
「とにかく何も考えず空間魔法に突っ込め」
「せっかく整理してたのに」
「考えるなっつってんだろうが」
リゼルが整理を考えるから片付かないのだとジルは良く知っている。
意外にも片付けを苦手とする男なのだ。普段から女将が掃除に入っていなければ、この部屋は常に本に溢れているだろう。
流石に言い返せないと苦笑しながら本を仕舞って行くリゼルを見て、ジルは隠さず溜息をつきながら今日の予定を思い出していた。確か依頼を見に行くと言っていたはずだ。
もう昼になろうという時間帯だが、受けるだけ受けておいて明日行動すれば良い。所謂キープ。
ランクアップを目指そうと興味の湧かない依頼は避けるリゼルなので、朝一でギルドに行こうと依頼を受けない事も度々ある。その時は依頼関係無く気になる迷宮に潜り、ボス討伐やら何やらするので冒険者として動いてはいるのだが。
その代わり、興味を抱いた依頼は必ず受ける。
ほぼ日替わりな依頼達の中には機会を逃せば二度と出会えない物も多く、休日と決めた日であろうとリゼルは度々ギルドに行って依頼を眺めている。
「片付けが済んだら行くぞ」
「はい」
相変わらず、ジルはリゼルが一人でギルドを訪れるのを好まない。
以前と比べ絡まれる事も減ったと言うのに、有難いことだとリゼルは微笑んだ。
当然と言えば当然なのだが、減ったと言ってもパーティー出席後は若干絡まれる頻度が盛り返している。目立つのも良い事ばかりではない。
余所から流れてきたリゼルを知らない者達に時折一人でギルドから出た後に絡まれるのだが、全て撥ね退けるジルが共に来てくれるのなら楽だろう。例え一刀だと知らずとも、いかにも喧嘩を売ったら洒落にならない空気を醸し出している。
「そういえば、以前スタッド君がそろそろCランクへって言ってたんですけど早くないですか?」
「別に良いんじゃねぇの」
リゼルは最後の一冊を片付けながら問いかける。
意外にも返って来た言葉は肯定で、疑問に思い小さく首を傾げた。
Cランクというのはただ冒険者を続けていれば上がれるものではない。アイン達もまだ二十歳そこそこにも拘らずパーティランクがCだからこそ、ジルの耳にも届く程度に今後を期待されている。
「パーティメンバーに恵まれてると出世も早いですね」
「それも実力の内だろ。どんだけ強くても依頼人と上手くいかなけりゃ上に上がれねぇし、対人関係もあいつら見てるからな」
「へぇ」
ジルはガラは悪いものの問題ある対応をする訳ではないし、人間関係が多く必要そうな依頼は避ける上に自分から喧嘩を吹っかけた事は無い。イレヴンも外面は良いし、色々証拠は残さない。
リゼルはと云えば何だかんだで依頼人の依頼をしっかりこなす上に報酬以上の働きをする事も多いし、人当たりに関しては言うまでも無い。
そこらへんが評価されたと思えば、ランクアップが早くとも不思議ではないかもしれない。
「でもまだ半年も経ってませんよ?」
「あ? 俺は半年でBまで上がったぞ」
流石だ。
スタッドも以前“異例”だと言っていたし、ギルド側の事情も若干入っているのだろう。
単身でボスを倒すような人材をいつまでも低ランクに置いておくなど勿体無い。ただでさえ高ランク依頼は常に人手が不足してるのだから。
「スタッド君が贔屓したとかいらない疑いを掛けられるかも、と思ってたんですが問題なさそうですね」
「疑われても開き直るだろうが、あいつは」
貰える物は貰っておくリゼルが何を遠慮しているのかと思ったが、そういう事だったらしい。
片付けも済んだし部屋を出るリゼルに続くように、ジルは後ろからその扉を押さえてやりながら廊下へと踏み出す。
「ランクが上がると、冒険者として実力がついたみたいで嬉しいですね」
「ついてんじゃねぇの。昨日の迷宮で初めの罠自力で避けてただろうが」
「あれちょっと嬉しかったです」
でもやっぱりまだまだ、そうほのほのと微笑むリゼルの目標は一体何処なのかとジルは訝しげに見下ろした。
リゼルの元の世界にも獣人は多くいた。
それは此方の世界でも変わらず、見回せば必ずその姿を見つける事が出来る。
生来身体能力に優れた者が多い所為か、冒険者にも獣人は多い。その分魔力の扱いには劣るが元々武力・魔力兼ね備える者など滅多にいない為に特別不利にはならず、むしろ優秀な前衛として活躍している。
勿論唯人同様、ピンキリではあるが。
「おいおいその依頼は俺らが狙ってたんだぜェ!? 横取りたぁ流石Dランクの癖に城に呼ばれた奴ぁ違ぇなぁゴルァ!」
「そうだったんですか? 申し訳ありません、お返ししますね」
微笑みと共に平然と手に取った依頼用紙を渡され、今まさにリゼル達に突っかかって来た獅子の獣人はポカンとしながらそれを受けとった。
獣人は気性が荒い者が多い。難癖を付ける迫力も中々のものだとリゼルは感心しながら別の依頼を探し出している。元々特別気に入った依頼だった訳では無く、良さそうかと思って少し手に取っていただけだ。
ジルは特に何も思わず彼らを一瞥し、行った事の無い迷宮について質問するリゼルに答えていた。
殺気すら少しも伴わないその視線に恐怖を感じたのは何故か。思わず尻尾も丸まる。
「お、おい、ランクアップが早いあいつの受ける依頼は旨味があるって噂だろ。目的達成で良いんじゃねぇのかよ」
「そ、そうだな……ひィ!?」
ただし、彼らは謀略などには向かない。
蛇や鳥の獣人の様に個体数が少ない者達は例外だが、皆一様に本能に忠実。つまり素直であり、思ったら一直線であり、割と後先考えない傾向が強い。
その性質が今、絶対零度の視線に晒されるという結果を生んでいるのだろう。
心なしか本気で身が凍りそうな感覚の中、知らない内に命の危険に晒されながらも手に入れた依頼を見下ろした。
【幻のトレントから黄金の果実をゲットせよ】
ランク:B〜A
依頼人:果物愛好家
報酬:銀貨80枚(1個につき)
依頼:“月見えぬ洞窟”に夜中現れるレアトレントから稀に採れる黄金の果実が欲しい。
綺麗な状態で宜しく頼む。
あ、これ普通に受けたら死ぬ。
しかし不幸にもCランクの彼らが「やっぱり受けられるランクじゃなかった参った参った」などと言って依頼から逃げる事など出来ない。そして絶対零度の眼差しが「奪っといて止めるとか許すはずが無い」と言いたげに刺すように向けられている。
逃げ場無く固まった彼らを全く気にしないリゼルはと云うと、髪を耳にかけながら下の方に貼られている依頼を覗きこんでいた。
「迷宮の中で一泊、体験するには丁度良い依頼だったんですけど」
「そんなにしてぇの」
「冒険者なら一度くらいしておいた方が良いかと思って」
「別にやった事ねぇ奴のが多いんじゃねぇの。大抵が迷宮潜って魔法陣無いフロアでどうにもならねぇって時に一夜明かすぐらいだろ」
「そうなんですか?」
なら良いかな、と呟きながら低ランクの方に移動していく。
全ての依頼に目を通すのは相変わらず変わらない。
リゼルがどうしてもと主張すれば獣人たちも命拾いしたが、残念な事にそうはならなかった。その瞬間、獣人達は依頼を受けて旨味を得るどころかリタイアしてギルドの評価を下げる事が決定したのだが、同情は出来ないだろう。
「そろそろもう一回、護衛依頼も受けてみたい気もしますね」
「あー……」
ジルがスタッドを横目で見た。此方を凝視している。
以前普通の護衛依頼を受けるぐらいならジャッジに頼めと主張していたが、あれは本気なのだろうか。間違いなく本気か。
「……近場なら良いんじゃねぇの」
要はリゼルが荷物扱いで運ばれるのが気に入らないのだろう。
ジルはざっとCランクの依頼に目を通した。護衛依頼が受けられる最低ランクがC、護衛期間は長ければ長い程にランクが高くなる傾向があるので近場で探すなら此処だろう。
「近場なら護衛いらないんじゃないですか?」
「場所と人によるだろ」
一枚の依頼用紙を剥がし、リゼルへと向ける。
【魔物を目の前で見てみたい】
ランク:C
依頼人:魔物研究家
報酬:銀貨5枚
依頼:魔物研究家たるもの一度も魔物と邂逅していないなど許されない。
実際に生きた彼らを目にする事で分かる事もあるだろう、何処でも良いので魔物を見に連れて行って欲しい。
尚、小生は戦闘に一切関われない、護衛を願う。護衛中の必要な指示には全て従おう。
「ついに此処まで来ちゃいましたか」
「適当に選んでおいて何だが此れは無ぇな」
二人して依頼用紙を覗きこみながら、各々感想を零す。
以前リゼルが受けた水エレメントの水採取の時と同じ依頼人だ。そして先日も同じく目茶苦茶な依頼を運良くSランクに受けて貰えた人物でもある。
小生とあるし男性かな、と穏やかに話すリゼルをジルは嫌そうに見下ろした。
碌に読まずに手に取らなければ良かった。リゼルは依頼に興味が無くとも依頼人に興味を持てば依頼を受ける事がある。
「戦えねぇ癖に身の程知らねぇ依頼出す奴なんざ面倒だぞ」
「でも指示には従うって書いてありますし」
「研究者なんざ信じてどうすんだよ、大侵攻で研究者の暴走潰したばっかじゃねぇか」
「でもこれには全て従うって書いてありますし」
もはや受ける気しかない。好きにしろ、とジルは溜息をついて依頼用紙を手渡した。
間違いなく地雷臭漂う依頼だが、リゼルは嬉しそうに微笑むと礼を言って迷い無く受付へと向かう。
元々依頼を決めるのはパーティリーダーの権限だ。リゼルのように時にジルやイレヴンの意見を丸々受け入れて「じゃあ今日はそうしよう」という者は少なく、メンバーの意見は参考にする程度だろう。
ジルが一々言葉に出して忠告するのは、まだ冒険者の常識に欠けるリゼルへの助言でもある。リゼルもそれを承知しているから礼を言った。
「スタッド君、お願いします。日時とかどうすれば良いでしょう」
「先方の都合を聞き次第お伝えします。ギルド専属の伝令係がいますので決まりましたら宿の方に知らせを出しましょう」
「そうですね、もし居なかったら女将さんに伝言を伝えておいてください」
「分かりました」
ちなみに伝令係と言ってはいるがスタッドは自分が知らせに行く気しか無い。
察したリゼルは忙しいなら無理はしないようにと微笑みながら、登録の為にギルドカードを手渡した。
「ジャッジ君の時とは勝手が違うみたいですし、何か気を付ける事ってありますか」
依頼の受諾処理を待つ間、ジルに問いかける。
友人と出掛けるに等しい気心知れた相手の護衛と、完全に冒険者として接する事となる初対面の相手の護衛は全く違うだろう。
下手に出れば良いのか、何処まで気を遣えば良いのか、相手の行動を何処まで制限して良いのか、相手の希望を何処まで叶えれば良いのか。
リゼルも貴族として常に護衛される身であったが相手は騎士だった。あまり参考にはならない。
「基本的にこっち主体で問題ねぇ」
「そうなんですか? ちょっと意外です」
「守って欲しいなら守られる姿勢見せろっつうことだろ」
忠告を全て無視するような依頼人が居たとして、その結果何かあっても自業自得だ。
何でもかんでも冒険者の所為にされては護衛依頼などギルドは受け付けられない。信用問題に関わってしまう。
そこらへんを勘違いしている依頼人も居ないではないが、それならば早々に依頼を辞退してしまえば良い。評価は下がるが事情を考慮した上での事なので、冒険者にとって致命的な痛手にはならない。
リゼルはふんふんと頷きながら何かを考えている。
「依頼人の勝手な行動の基準って何ですか?」
「こっちも金貰ってるし明らかに横暴じゃなけりゃ付き合う事が多い。限度はあるし、自分から危険に頭突っ込むような馬鹿に付き合う義理はねぇが」
つまり、そうなった場合は見捨てろというのが冒険者側の暗黙の了解だ。
冒険者の力不足の所為で依頼人を死なせたのならギルドは容赦なく処分するが、依頼人側に全ての責任があればランクダウン程度で済む。冒険者にとっては手痛い処分だが命あっての物種だし、依頼人と心中するより余程マシだろう。
勿論厳重な調査の上で処分は決められるので、例え自分達の過失を依頼人に押し付けようとしても間違いなくバレて罪が重くなるだけだ。
はっきりとは口にしなかったジルに、リゼルはその事情を察して頷いた。
まさかギルドのど真ん中で説明出来るものでもないだろう。暗黙の了解だけあって、そういった事情は依頼人側には漏れていない。
とはいえリゼル達のパーティが命の危険を感じる危機に追い込まれる状況などまず無いので、関係の無い事だ。今回の依頼もリゼルは依頼人に問題が無さそうだと感じたからこそ受けている。
「問題があるにしろ無いにしろ護衛依頼なんですし、イレヴンには依頼人の方を守るように良く言っておかないと。シャドウ伯爵の時も言っておかなきゃ守ろうとしなかった子ですし」
「お前より優先しろっつうのは難しいだろうがな」
「貴方より依頼人を優先するような超絶馬鹿だったら私はパーティ入りをもっと反対しました」
リゼルは苦笑し、差し出されたギルドカードを受け取った。
ギルドからの護衛日程についての知らせはすぐに来た。
どれくらい直ぐかと云えば、リゼルが依頼を受けに行ったその日の内に来た。
曰く、ギルド職員が依頼人に知らせに行くと今すぐだという返答が来たのだとか。流石にそれは無茶だったので止めたが、じゃあ明日でとなったのは依頼人を考えれば当然の流れだったのだろう。
朝一で待ち合わせ場所であるギルドの机に三人は座っていた。イレヴンは眠そうに欠伸している。
「護衛依頼ってあんま受けねぇんスよね、つーかニィサンが受けてんのが意外」
「足が欲しい時に受けんだよ、馬車の護衛依頼なら乗ってけんだろうが」
「なーるほど」
机に突っ伏したまま頷く。
盗賊として馬やら何やら持っていたイレヴンは移動手段に困った事は無い。
「でもジルなら別に歩いても行けるんじゃないですか? 一人で野営とかも出来ますし」
「面倒だろ」
「成程」
出来るからと言って何故時間をかけてまで一人でトコトコ歩いていかなくてはいけないのか。
呆れたような視線をサラリと流し、リゼルは姿勢良く頷いた。
そのままイレヴンにきちんと座るよう注意する。依頼人を出迎える姿勢がダルそうにしているのはどうかと思ったからだ。
「せっかく護衛すんなら男より女が良いッスね」
「男性の方が守りやすいじゃないですか、気も遣いやすいし」
「モチベーションの問題ッスよ。まぁあの依頼内容見た後で美女来てもアガんねぇけど」
何せ魔物研究家。いかにも研究命の研究者。
性別関係無く癖のある人物が来るだろう事は想像に難くない。
冒険者で賑わうギルドの中、そろそろかと思った時に時間を知らせる鐘の音が遠く聞こえてきた。それと同時に先程から何度も開閉しているギルドの扉が開く。
リゼル達が入って来た時以外は誰が来ようと気にも留めなかった冒険者達の視線が集まった。
「時間ぴったりなはずだが……さて、小生はどうすれば良いのか」
視線が集まったのは如何にも冒険者には見えないその出で立ちからだろう。
多少よれてはいるが真っ白い白衣、スラリとした長身痩躯の体格はひどく非力そうで力など少しもあるようには見えなかった。
そして半分顔を覆い、長く伸ばされたあちらこちらに跳ねた髪。その髪は良く良く見ると羽なのだと分かる。鳥の獣人の登場に集まった視線は、しかし依頼人か何かだろうとすぐに散って行った。
中性的な顔立ちと凹凸の無い体にイレヴンは男か女か分からないと思いながら眺めていたが、立ち上がりそちらに歩き出したリゼルを見て察した。女だ。
男だったのなら依頼人がギルドの受付に行き、紹介されるまで眺めているだろう。
わざわざ迎えに行くぐらいはフェミニストなリゼルにとっては当然の事、相変わらずだと思いながら呆れたようなジルと共にリゼルの後に続いた。
一度は散って行った視線が再び集まる。
「お尋ねしますが、もしかしてこの依頼を出された方ですか」
「ん? ああ、そうだ。君達が依頼を受けてくれた冒険者たちか」
「今日は宜しくお願いします」
迷わず冒険者だと言ってくれた依頼人にリゼルの微笑みも二割増しで輝く。
冒険者に然して興味を持っていないからこそ疑問を持たないのだろう事は分かっているが、冒険者と名乗る度に確認をとられるリゼルにとっては素直に喜ばしい。
その笑みに目を瞬かせながら、依頼人はすっと小さく頭を下げた。
「こちらこそ宜しく頼む。いや、これは適切じゃないな。宜しくお願いします」
「普通にして下さって構いませんよ。とりあえず今日の予定を決めたいので、此方へ」
先程の机に戻り、腰掛ける。
依頼人は初めて訪れるギルドと集う屈強な冒険者達に、普通ならばあるはずの気圧された様子は無い。
もはや頭は魔物に行っているのだろう。しかし現状に何も思っていない訳では無かった。
やけに周囲の視線を集める三人組、雰囲気が一線を画する品の良い男、どうにも普通ではない者達に依頼を受けて貰えたようだと白衣に両手を突っ込みながら観察している。
「何処でも良いとの事なので、近場にしようと思いますが良いですか?」
「小生は魔物についてしか良く分からない、君達に任せようと思っていたが希望は聞いて貰えるのかな」
「出来るだけ応えられるように、と思っています」
ふむ、と依頼人は顎に手を置き考える。
冒険者側が簡単手軽な所を考えるかと思っていたが、希望を聞いて貰えるのならば有難い。
実力があるからこそ、なのだろう。変に見栄を張って危険な場所に向かうようには見えないし、それならば自分の事も十二分に護衛しながら戦えるということだ。信じられる。
「ならば獣型の魔物が見てみたい。出来るだけ環境が特異な場所が好ましいのだが」
「じゃあ近くの森に行きましょうか、木が密集していて魔物も特徴的です。平原を歩きながら獣型の魔物を観察して、森に入って比較した方が分かりやすいでしょうし」
「……ああ、頼む」
自らの言葉が理屈的だと自覚のある依頼人は、つい言い方を間違えたかと思った瞬間に適切に返って来た言葉に返答が遅れる。
姿形からは疑問を覚えなかったが、彼女は今更ながらリゼルのその思考に冒険者疑惑を抱く。
当然のようにそれに気付いたリゼルは少しだけ落ち込んだ。上げて落とすとかひどい。
「へぇ、迷宮行きたいとか言うと思ってたんスけど」
「理屈に合わない環境だと比較には向かないでしょう? あ、でも迷宮の魔物も一目見てみたいならお連れしますが」
「ふむ、魅力的だ。だが少々体力に不安が有る、今回は先程の君のプランで行かせて貰おう」
今回は。三人は全員その言葉に気付いたが誰も尋ねはしなかった。
「そうか、エレメントの魔力水の採取を成功させてくれたのは君達だったのか」
「はい、何か異常はありませんでしたか?」
「いいや、あのまま今も小生の研究室に残っている。量は減ったけれどね」
平原を歩きながら、リゼルと依頼人は会話に花を咲かせていた。
採取した時の魔物の詳細を聞きたがる彼女にリゼルは丁寧に説明し、同じように研究成果を教えて貰う。
研究者と冒険者という接点の欠片も無い人種だというのに、双方の口は途切れる事無く議論を交わしていた。
「俺リーダー達が何喋ってんのか分かんねぇ」
「アイツも大概知識人だからな」
徐々に増える専門用語、仮定と証明を繰り返す会話はもはや論文そのものを読みあげているようだ。
山ほどの研究書を読んでいる上に常に知的欲求に素直なだけあって、リゼルが少々内容が専門的になった程度で会話について行けなくなる事は無い。
依頼人の羽で覆われた髪がざわりと膨らんでいるのは楽しいからだろうか。落ち着きのある口調の所為で分かりにくいが、話を理解し更に段階を上げてくれる相手がいる事でテンションが上がっているらしい。
「魔力回路の構築をーーー」
「それなら魔核ではなくーーー」
「でも魔力指定が……あ、そこ草原ネズミが掘った穴があるので気を付けて下さい」
「ああ、すまない」
腰に手を当てさり気なく誘導するリゼルに、依頼人はされるがままに穴を避けた。
「君は紳士だな、そんな丁寧に扱って貰わなくとも転んだからといって職務怠慢とは言わないのだが」
「転んだら折角の白衣が汚れてしまいますよ」
「しかし汚す為の白衣だ」
「例え白衣でも女性の服が汚れるのを見過ごす男は最低です」
にこりと微笑まれ、依頼人は目を見開き可笑しそうに声を上げて笑った。
リゼルは彼女のバサリと一度跳ねた髪がゆっくりと元に戻って行くのを、イレヴンの髪の毛も実は感情と共に動いたりしないのだろうかと思いながら眺める。ちなみにイレヴンの髪は本当にただの髪の毛だ、期待されても動かない。
「リーダーって女が敵に回ったらどうすんスかね」
「容赦しねぇんじゃねぇの。配慮ぐらいはするかもしれねぇけど」
これが老若関係無く発揮されるのだからリゼルの紳士っぷりは言うまでもない。
どんな女性にも平等、徹底した平等。だからこそ自分が特別だと勘違いする者はおらず、憧れの視線は送られようと恋焦がれられるような事は無い。
人の感情に機敏なリゼルだからこそ、応えられない想いを相手に抱かせるような節操の無い真似はしないのだろう。
依頼人は何とか収まった笑いに、しかし唇に笑みは残したままリゼルを見た。
「成程、経験した事は無かったが女扱いされるのも中々に良い気分だ。君は大層良い男だな、正直言ってしまえば好みではないのだが惹かれてしまいそうだ」
「光栄です」
片方しか見えない瞳を愉快気に細める依頼人に、リゼルも穏やかに微笑んだ。
ただの言葉遊びだ、どちらも本気ではない。その証拠に、すぐに何事も無かったかのように議論が再開されている。
分かっているとはいえ面白くないとイレヴンは不満そうにリゼルを窺った。すぐに気付き、議論しながらも微笑みを返すリゼルに機嫌は多少直るのだが。
その様子を呆れたように見ていたジルがふと視線を横に流す。何処までも広がる草原を見据え、振り返ってリゼルへと呼びかけた。
「おい」
リゼルは頷いて話を中断することを謝罪し、ギルドで伝えた決め事を再度確認する。
「一応もう一度。魔物が現れた際は指示をするまで一歩も動かないこと、それさえ守って貰えれば何をして頂いても構いません」
「了承した」
あまりにも簡単すぎる指示だ。
襲われた場合は、魔物が多い場合は、と通常ならば細かく指示されて然るべきなのだがそれが無い。
しかし依頼人が不安に思う事は無かった。知能が高い鳥の獣人であろうと、本能が失われた訳ではない。
魔物が来ると察して得物を構えるジル達を目の前にして、彼らが畏怖される程の強者であると分からない程に鈍感でも視野が狭くもないのだから。
しかしそれ以上に、期待に胸が躍る。
物心ついた時から研究を続けてきた魔物が、食材や毛皮として街中で見るような死骸ではなく活き活きと躍動する魔物が、全てにおいて魅力的な魔物が今まさに来ようとしている。
一歩も動くなと言われていなければ駆け出していたかもしれない程の高揚感、こちらに駆けて来る魔物たちの姿から目が離せない。
ああ、何て。
「美しい……ッ」
「そういやさァ、魔物って即行倒して良……は?」
「何て美しい!!」
ばっと両手を開いて空に向かって高らかに叫んだ依頼人に、イレヴンの口元が引き攣った。
ちなみに両手を開いた瞬間その手にわき腹を抉られそうになったリゼルは、さりげなく腕を引っ張ったジルによって無事だった。
「真っ直ぐに此方へと向けられる敵意・殺意・執着! 躍動する体も濁った瞳もその全てが! 小生を! 虜にする! 素晴らしい……ッ何て素晴らしい!! 今日は記念すべき日だ! ハハッハハハハハハハ!!」
ぶわっと翼のように広がった髪が彼女のテンションを物語っている。
平原に高笑いが響き渡る中、リゼル達はどうしようかとそんな姿を見守っていた。
「おぉ、すっげぇ……頭ぶっ飛んでんのにマジで一歩も動いてねぇッスよ」
「理性的なのか感情的なのか、この場合はどちらなんでしょう」
「おい、どうすんだ」
とりあえず魔物は倒さなければいけないだろう。
リゼルは依頼人の両手が届く範囲ギリギリまで近寄り、魔法を展開する。
今回は事前に役割分担を決めていた。ジルとイレヴンで魔物の対処、リゼルは依頼人の保護に集中する。
魔法障壁がぐるりとリゼルと依頼人を囲ったのを確認し、ジルとイレヴンは襲い掛かってくる魔物を斬り捨てた。依頼人の要望に応えるならばなるべく戦闘は長引かせた方が良いのだろう、襲い掛かる魔物を斬るだけで自分達からは決して向かっては行かない。
「ああああ連携をとっているのか! 魔物同士で連携を! 群れの特性なのだろうか素晴らしい! やはり生きた彼らから得るものは大きい大きすぎる!! アッハハハハハハハハ!!」
一歩も動かず全身で歓喜を示す姿に喜んで貰えているようで何よりだとリゼルは微笑んだ。
しかしこれ以降、帰るまでひたすらこのテンションを維持される事を三人はまだ知らない。一つだけ言うのなら、何度目かの戦闘の最中も響き続ける笑い声に最終的にイレヴンはキレた。
「今日は実に有意義な時間だった。感謝しよう!」
「喜んで頂けたのなら幸いです。貴方が真理を掴むのを楽しみにしています」
「アハッハハハ!! また依頼を受けて貰いたいものだ!」
ギルドの前で別れ、高笑いしながら去って行く依頼人の後ろ姿を見送る。
その直後、憲兵に職質されていたが。意気揚々と今日の成果を話し続ける姿は、リゼル達が依頼終了手続きの為にギルドに入り出てきてからもずっと続いていた。憲兵は若干涙目だった。
リゼル達は延々と続く演説を横目に宿に帰ったので知らないが、翌日噂で聞く限りではあの後とある憲兵長が駆けつけて止めに入っていたらしい。
体力が無いと言っていた割に元気なことだ。
「知的でもやっぱり獣人の性質を持っているんですね。感情の起伏が大きいみたいです」
「また依頼出すみたいな事言ってたな……あの煩ぇ笑い声はしばらく聞きたくねぇ」
「イレヴンも嫌がってたし、今度は選ばないようにしましょうか」
しかし後日、選ぶどころか指名依頼として入った彼女からの護衛依頼に、イレヴンは猛烈に拒絶しジルは盛大に顔を顰める事となる。
話は面白かったけど、とリゼルは少しだけ惜しく思いながらメンバーの意思を汲んでその依頼を断った。
獣人の説明回。仲良く暮らしてます。
異世界→異世界だと驚かないので説明の機会を逃す。




