43:あとは丸投げ
「魔物を操って上に立ってるつもりとか、お山の大将御苦労さんって感じッスね」
それは大侵攻の初日の夜、イレヴンは静かな街中を歩きながら嘲りを隠さず言った。
リゼルと共に元凶が設置した魔力装置へ向かい、待ち構えていた魔物たちを斬り伏せたリゼル曰く“散歩”の帰り道。寝る前の運動ぐらいにはなったかも、と胸元の服を持ち上げる。
最上級装備は湿った地下通路を歩こうとカビ臭くなる事はなく、それでも動き回ったことに変わりは無い為に微かに汗をかいている。寝る前にシャワーが浴びたい、と思いながらパタパタと服を揺らして風を送り込んだ。
「あの程度の雑魚動かして満足してるようじゃ、リーダーの敵じゃねぇなァ」
「ん?」
「俺とニィサン動かせるのはアンタ以外いねぇってコトっすよ。ね、ニィサン」
「煩ぇ」
ケラケラと笑うイレヴンにリゼルは苦笑した。
勿論イレヴンも揶揄しただけで本心で言った訳ではないだろう、イレヴンもジルもリゼルの下につき従っているつもりなど毛頭ない。それはリゼルも同じだ。
二人を下に見た事など無く、従えようと思った事も無く、常に対等に扱って来たつもりだ。その上で彼らが自分の為に動いてくれる事をいつも感謝している。
それでも周囲には二人を従えているように見えることが心底リゼルは不思議に思っていた。
「満足、してないと思いますよ」
「あ?」
「支配者さん。魔物を操って満足している訳じゃないと思います」
「魔物遣いなのに?」
「魔物遣いを極めたからこそ、です」
出している書籍を見ても分かるが、元凶の気質はどう考えても研究者だ。
魔物遣いとして魔物を従わせる術を極めながらも、王宮付きの魔法使いとなってもまだ探究を止める事無く自らの研究所に引きこもり日夜研究に励む彼が何をしているのか。
誰もが彼を至上の魔物遣いと称するように、これ以上何をする事があるのか。
頂点に辿り着いた彼が見つけた更なる高みへと登る方法は、恐らく誰にも受け入れられる事が無いだろう。
「恐らく彼は人を操る術を手に入れようとしています」
もしくはもう手に入れたのかも、リゼルは静かにそう告げた。
「はァ? 魔物操れたら人もーって出来るんスか?」
「まさか、全くの別次元ですよ。それこそ俺達が使う魔法と迷宮仕様の魔法ぐらい」
似ているようで次元が違う、リゼルが言いたいのはこういう事だろう。
そうでなければ魔物遣いなどとっくに淘汰され、その存在は隠されていてもおかしくない。それ程に人を操る術というのは魔物遣いの魔法とは掛け離れた存在だ。
それならば何故元凶が人の道を外れて禁忌に手を出そうとしているとリゼルは思ったのか。
「頂点を極めた人間の考えることなんて分かりませんけど、多分間違ってないです」
「お前なら分かる気がする」
「ニィサンに同意」
「買いかぶりすぎですってば。気付いたのは、これのおかげです」
じゃん、とは言わないがリゼルは自慢げに何冊かの本を取り出した。
二人は取り出される前から予想がついていたのか、あーと納得した空気を纏っていた為に姿を現した本を見てもリアクションが薄かった。リゼルは若干不満そうだ。
今まで散々展開の先読みを披露してきたリゼルを見ても当然のように受け止めリアクションの無かった二人が、何故今この状況で声を上げて感心すると思ったのか。本が関わった時のリゼルは微妙にその立派な思考がずれる。
「文章は目茶苦茶ですけど、優秀は優秀なので続々と新しい魔法構築について発表しています」
「つか何でわざわざ見つけたもん発表してんスか。人々の生活の為にーなんて奴じゃねぇんだし独占すりゃ良いのに」
「わざわざ自慢してぇんだろ、ガキ臭ぇ」
成程、とイレヴンは素直に納得する。事実ジルの言葉は大いに的を射ているだろう。
自分が優れていると主張することで称賛を浴び、自らが相応しい地位を確固たるものとする。
誰もがへりくだる立場を当然とする元凶にとって定期的に研究成果を発表することで地位を固め、数々の人間が自分を畏れ敬うことは自然なことなのだから。
ガキ臭い、なんとも適切な表現だとリゼルは頷いた。
「結構最近まで彼は研究書を出してるんですが、その本で発表される魔法式がどうにも不自然で」
「誰も気づいてねぇ訳じゃねぇんだろ」
「勿論気付いている人は何人もいると思います。でもイレヴンが言った通り特に戦闘面の魔法では人に知られたくないと新しい魔法を隠す人は多いですし、そもそも人を操ろうなんて考えてもみないでしょうから不自然には思っても疑いはしないでしょう」
その誰も考えもしない推測にリゼルが何故辿り着いたのか。
頂点に辿り着いた者にしか見えない景色、抱かない願望、それに気付けるリゼルに今更何か思う訳ではないがジルはその理由に察しがついていた。
いつか見た銀の髪を持つ王者の姿は誰もが焦がれながらも跪くような存在だった。研究者や王族などの垣根など関係ないと軽々と焼き尽くして全ての人間の頂点に立つと全身で訴える存在。
そんな人間の隣にずっと立っていたリゼルだからこそ分かる事もあるのだろう。
「誰かさんの父親の所為でぐだぐだだったけどな……」
「ジル?」
「何でもねぇ」
正直リゼルの父親のインパクトの方が強かったが。
リゼル曰く“王様してる時は王様だから良いんです”らしい。相変わらず年下に甘い。
そんな事を考えているジルの横で、イレヴンが首を傾げながら問いかける。
「でも人操ってどうすんスか。動かしたい人間がいるなら金握らせりゃ良いし、脅せば言う事ぐらい聞くっしょ。あ、国王操って国を影で掌握ーとか?」
「操ってわざわざ国を運営するとか、すっごく面倒ですよ? 自分が国王になれる訳じゃないですし、そもそも彼は今も結構好き放題やってます」
流石実際にそれを行っていた人間の言う事は説得力が違う。
良く物語で見られる悪のロマンである国の乗っ取りを“運営が面倒”だと一刀両断されるとは、現実的すぎる意見にイレヴンは複雑そうに頷いた。物語に夢を見るような人間では決してないが、それとこれとは話が別だ。
「理由なんて無いでしょうね。大体の研究者なんて作ってみたいから作るだけだし、やってみたいからやるだけですよ」
「そんなもんか」
「そんなものです」
リゼルが立ち止まった。次の通りを曲がればインサイから借りた店が見える。
あと少しで到着だという時に歩を止めたリゼルを、二人はどうかしたかと振り返った。
「ただ、彼が不可能を可能にしていた場合はとてつもなく厄介です」
それはつまり、人を操る術を手に入れたということ。
リゼルの中では既に明日元凶と相対するだろう予想がある。そうする為に今まで動いて来た。
もっと静かに元凶の企みを潰すことも出来たはずなのに相手を煽る様にわざわざ相手の仕掛けを発動させてから潰し、追いこむように今は発動直前で妨害した。
シャドウは間違いなく選択するだろう。自らの街を守る為ならばとその身を大衆の前に晒すはずだ。
「もし明日、支配者さんがその魔法を発動しようとした時は約束して下さい」
リゼルが一本指を立ててみせる。
「まず一つ目は、発動を止めないこと」
「何でッスか。そもそも会った瞬間ブッ殺しゃ良いんじゃねーの」
「領主様は生け捕りを望むでしょうし、駄目です。仮にも隣国の要人ですよ。それに保身に関しては手を抜かないでしょうし、多分簡単には止められません」
正直殺さなくても発動すらさせない方法はあるのだが、リゼルは口に出さない。
もちろん二人は気付いているが、リゼルがわざわざ言わないのだからその手段はとる必要が無いのだろうと判断して同じくそれ以上の事は聞かなかった。
此処には倫理を守るべきと主張する人間も、被害は最小限に抑えなければならないと正義感を燃やす人間もいない。イレヴンもジルも、リゼルの意見を尊重するだけなのだから。
「じゃあ発動させてそれを強制的にブチ破るっつーこと?」
「もし俺なら奥の手の魔法発動の際には妨害されないようあらゆる魔法式を詰め込みます。それも難しいです」
リゼルが次々と策を打ち破る為にイレヴンは誤解しているが、仮にも相手は他国にも名前が知れ渡る天才魔法使いなのだ。早々簡単に破れるとは思えない。
発動の瞬間に獲物の動きをとめる魔法を幾重にも同時発動し、さらに発動圏に不可侵領域を創造して外部からの妨害も取り除き、自らの影響下で最大限まで相手の些細な反抗すら奪い取る。
それが出来る相手なのだ、今回の元凶は。
「でもニィサンなら力技でブチ破れそう」
「だから約束なんですよ」
リゼルの視線が真っ直ぐにジルを射抜いた。ジルは微かに眉を寄せる。
「発動を止めないこと、良いですね?」
自分を何だと思っているのだろうか目の前の二人は。思わずジルは呆れてしまった。
流石にそこまでされれば幾ら自分だって動けなくなる、かもしれない、かは分からないが。
魔法だろうが何だろうが今まで斬ってみたら斬れたジルにとって、可能も不可能も断言は出来ない。しかしリゼルが言うなら出来るのだろうと自分の事にも拘らず相手の言葉を信じ、ジルは舌打ちして了承した。
リゼルが満足そうに頷いて微笑んだ。
「今回は発動してもらった方が都合が良いので発動して貰いますが、ジル」
「あ?」
「狙われるのは貴方です」
ジルは不快そうに顔を歪め、イレヴンが嫌そうに声を上げた。
「今日単身ゴーレムを斬り伏せたことで“一刀”がこの街にいる事は既に知れ渡っています。単騎で場を制圧できる圧倒的戦力、彼が選ぶにふさわしい“駒”です」
「うっわ、ニィサン敵に回すとか怖すぎる。つーか詰む」
「でしょう? 他の誰が操られてもジルが止めてくれますけど、ジルだけは誰にも止められないです」
ほのほの笑いながら言う言葉では無い。
相手が動きだけを支配するのならば問題は無いだろう。ジルのスペックを元凶が生かせるとは思えない。
だが今の魔物たちを見るに支配は思考にも及ぶ、ジルが全力でリゼル達を殺そうと動くのならば間違いなくリゼル達は全員生きてはいられない。
たとえイレヴンが精鋭達と束になろうと、マルケイド中の戦力が集まろうと、止められない。リゼルはそう確信している。
ジルは無意識に手の平を握りしめていた。先程リゼルを斬った感覚はまだ鮮明に残っている。
「だからジルだけは誰を犠牲にしても支配されないように。止めない方が都合は良いですが、どうしても無理そうなら壊しても構いません」
「……了解」
「それでどうにかなりそうだったなら出来れば、」
今度は二本指を立ててリゼルは言った。
「二つ目の約束です。誰を犠牲にしても良いですけど、最優先俺を選んでください」
「出来るかアホ」
「却下。アンタくれてやるとか選択はねぇッスよ」
即座に却下され、苦笑する。
自分も理由なくジルとイレヴンを差し出せと言われたならば当然拒否するが、今回は理由がある。自分じゃなくて良いならリゼルは名乗りあげたりはしない。
「ちゃんと理由があるんです」
「それなら元凶が現れ次第殺す」
「そんなイレヴンみたいに……」
顰められた顔はいつも通りガラが悪いが、これは地味に怒っているのだろうか。
ジルが自分に怒るのは何気に初めてではないかと一瞬状況を忘れてリゼルは感心してしまう。
それを察したのか「おい」と諫めるような声にどうしようかと眉を下げて微笑んだ。
「操られても貴方達なら俺を止めるなんて簡単でしょう?」
「そういう問題じゃねぇ」
「ずっと操られるつもりなんてありませんし、そこそこで止めて貰っても良いですから」
「時間の事言ってんじゃねぇよ」
取り付く島が無い。
別にどうしても操られなきゃいけない訳ではないし諦めてしまおうか、とも思ったが一番これが効率が良いし、何より今まで不可能だった魔法の一端に受ける側でも良いから触れてみたいという好奇心もある。
ジル達ならば無事止めてくれるだろうと思えば一瞬ぐらい遊んでも良いのではないか。
何も言わなくなったイレヴンは拗ね切っているのかと、どうにか味方を増やそうとそちらを向く。
「避難民の中に元凶いるのは間違いねぇし、今すぐ全員殺して来……」
「イレヴン」
いつの間にか集合した精鋭達に何やら血迷ったことを言っている。
まさかの大虐殺が始まろうとしている。流石は元盗賊の頭だと思いつつ少し諫めるように力を込めた声で呼びかけた。だってさァ!と不満を全開にする彼を手招いて、ついでにその手で精鋭達に散会を伝えた。
本気で実行しようとしたらどうしようと、一応やる必要はないと首を振ってみせる。
精鋭達はイレヴンを窺ったが、何も言わずリゼルを向いている事で命令は撤回されたようだとやや残念そうに去って行った。危なかった。
「しょうがないです……別の手を考えます」
「それが良いッスよ!」
これ以上の説得は不可能だとリゼルは諦めた。
ふっと息を吐いて残念そうに言うと、イレヴンは一気に上機嫌になる。
軽い足取りで店へと向かう彼の後に続き、あと少しの道のりを進もうと歩みを再開したリゼルはふと後ろから回された手に額を押さえられて足を止めた。
イレヴンの後ろ姿を見ながらも、されるがままに後ろに引かれて後頭部が何かに当たった。
「良いか」
耳元で聞こえる低い声に、それがジルの肩なのだろうと気付く。
額を押さえる手はそのままリゼルの前髪をクシャリと掻き上げながら頭へと乗せられた。それはリゼルが年下を愛でる為に撫でる仕草に似ていたが全く違う、ただ彼をその場に縫い止める為だけの行為だ。
半分塞がれていた視界が露わになりリゼルが視線だけでジルを窺うが整った唇しか目に入らない。それがゆっくりと言葉を紡ぐのを、まるで希うようだと感じながら耳を澄ませた。
「お前だけは俺を庇うな……絶対に、だ」
「ジルが防げない攻撃に俺が反応出来るはずないじゃないですか」
その言葉に、可笑しそうに声を零すリゼルをジルは横目で見下ろした。
相変わらず静かに笑う男だと、そう思いながら歩みを押し留めるように押さえていた手を離した。ジルの唇をリゼルの髪がふわりと撫でる。
視界の端ではイレヴンが店の扉を開けようとして、向こう側から開かれた扉から店員に出迎えられていた。
「おい」
「言っておくだけなら自由ですよね」
言葉を遮る様に放たれた声に、ジルは怪訝そうに顔を歪めた。
どんな我儘を言おうと許してやれる。やれと言われた事が実現可能ならばいくらだってやってやる。
それでもジルが許せない一線があり、それを知りながら決して約束はしてみせないリゼルに苛立ちは感じないものの微かな焦燥感を覚える。
イレヴンが早くと急かすのに手を振り返し、リゼルが振り返った。いつもの穏やかな笑みがそこにはあった。
「本当に俺が操られる結果になったなら、頼みたいことがあります」
「駒を取り違えたか……しかし、成程」
ふいに元凶がゆらりと両手を広げた。荘厳な音色が響き続ける中、城壁の上を覆った光はリゼルを囲むように浮かぶ魔法陣以外がふっと消失する。
一刀という最大戦力を手に入れられなかった事は残念だが、自らの実験を尽く妨害してきた人物を手中に入れるのは気分が良い。更に、間違いなく初見であるはずの魔法式に介入して対抗できる程の優れた魔法の使い手だ。
そして何より、と元凶はリゼルが支配される直前に確かに動揺を浮かべた者達を見た。
「貴様らが傷つけられない人選のようだ」
笑みを浮かべ笑い声を上げる元凶、そしてジル達から離れるようにそちらへまるで普段と変わらず優雅に歩くリゼル。
悦に浸る元凶には目も向けず、ジル達はリゼルの背を見ていた。イレヴンがとっさに伸ばした手はバチリと魔法陣に跳ね返されて届かず、リゼルは振り返りもしない。
ジジッ、とリゼルを囲む複数の魔法陣が揺れて追従していた。
「結局リーダーの思惑通りってやつ? 別の手考えるっつったじゃん」
「合意とらねぇ事にしたってことだろ。だからテメェあいつ動かすなって言っておいたじゃねぇか」
「ムリムリ、全ッ然動けなかったし」
誰もが、ジルでさえその場から動けなかったのは場が元凶に支配されていたからに他ならない。
本来ならば指一本動かせないはずなのに剣を振り上げ魔法を破壊しようとしたジルが異常なのだ。誰より拘束力の強い場所にいながらまさに力ずくで突破せんとし、リゼルが阻止しなければ魔法の発動は城壁の大破壊と共に防がれていただろう。
そんな状況下でリゼルが動けたのは、発動された魔法の術式を即座に解析して魔力を用い対抗したからだ。そのおかげでジルと入れ替わる事が出来た。出来てしまった。
「怖っえ」
イレヴンはぼそりと呟いた。
冷静な口調をしているし、イレヴンを咎める言葉も軽口と変わりなく怒気の欠片も無い。
しかしジルは今確かに憎悪していた。その表情は普段のしかめっ面を隠し瞳は静かに薙いでいるにも拘らず、感じる空気はまるで刃物の様にピリピリと皮膚を切り裂くような感覚すら覚える。
整った相貌がぞくりとする程に恐ろしい。リーダー後で怒られなきゃ良いけど、と瞳に暗い色を宿してイレヴンは笑みを浮かべた。
「でもまぁ、大切にしてるモンに手ェ出されんのとか殺したくなるよなァ」
「元凶は殺すなって言われただろうが」
「ハハッ、アンタがそんな顔しながら言っても説得力ねぇッスよ」
腸が煮え繰り返る思いをしているのはイレヴンも同じ事。
ともすればリゼルにも怒りを向けていそうな、誰に対して怒りを感じているのか分からないジルとは違いイレヴンの怒りは元凶に向けられたものだという違いはあるが。
その時ふと盛大に顔を顰めたシャドウが口を開いた。
「人を操る術を持つ可能性は聞いていたが、奴が操られている事について言いたい事がある」
「俺らも不満だらけだっつの」
「ならば良い。しかし敵に回すと恐ろしいな」
リゼルが平常状態の思考を有したまま、通常通り敵に回ったのならば何より厄介だろう。しかし自らの犠牲も厭わない支配された魔物たちを見る限り自我は残らないだろうというのがリゼルの予想だ。
だからひとまず安全だが、しかし彼の武器はその思考だけではない。
しかしイレヴンはシャドウの懸念を鼻で笑った。
「リーダーがあんな卑怯くせぇ武器使ってんのに自分のこと雑魚だと思ってんの知らねぇの?」
「……思っているのか」
「超弱ぇとは思ってねぇと思うけど、戦闘面では足手まといとか言いながら結構俺らに気ィ遣ってっかも」
先程魔銃の姿を目の当たりにし、魔物を次々と撃ち殺していった威力を衝撃と共に目撃したばかりというのもあり、シャドウが危機感を感じるには充分だろう。
そんな武器を使いこなせるリゼルが自らを決して強者だと思わない理由など単純なこと。
ジルとイレヴンが武器を構え、やれるものならやってみろと元凶がバッと腕を振った。
「奴らを滅せ!」
ゆるりと振り返ったリゼルの前に、ふっと銃が現れた。
普段浮かべられた穏やかな笑みの無い表情に魅入る暇も無く開始された発砲に、元凶は目を見開いて狂喜した。予想外の武器、予想以上の攻撃、大した拾い物だと歓喜する。
これならば一刀で無くとも容易に邪魔者を殲滅出来るのではと思った時だった。
「リーダーって変なトコ勘違いしてっからさァ」
重なる発砲音をすり抜けるように聞こえた声、人を逆撫でするような愉悦に浸ったその声は確かにリゼルの攻撃を受けた者の声だった。
まさかと銃を構えるリゼルに見入っていた元凶が視線を向ける。
「俺とかニィサンに効かねぇってだけで、実力不足だと思ってんの」
「基本的に色んな基準に関してはズレてんぞ、あいつ」
リゼルにシャドウを守るよう言われていたジルとイレヴンが攻撃を全て斬り捨て、逸らした。
身構える隙も無い攻撃を軽々と対処してみせた二人は平然と雑談を挟み立っている。
反応出来ない攻撃に反応してみせる二人が居るからこそ、リゼルはわざわざ敵の手中に入りこんで見せたのは間違いない。
「やー、でも冷たい視線のリーダーも良いッスね。なんかゾクゾクするっつーか」
「サドの上にマゾとか救いようがねぇな」
「そーゆー意味じゃねっつの。近いけど」
トントンッとつま先を鳴らしたイレヴンがふいに前へと飛び出した。
地を這うようにリゼルの銃撃を躱し、滑るようなスピードでリゼルへと肉薄する。吊り上がった瞳が元凶を映し、リゼルの足元をすり抜けてその刃を向ける。
すれ違いざまに見たリゼルの瞳は、まるでガラスのように意思を持たずイレヴンを映していた。
「(最ッ悪、ブチ切れそう)」
先程は平然を装って良いもんだなんて言ってみたが、そんな訳が無い。
もしリゼルがリゼルの意思で(有り得ないが)冷たい視線を向けたのならば、本心からそう言って見せるだろう。ジルの言う通りだ、救いようが無い程に魅入られているのだから。
度し難い感情を感じながらイレヴンは歪な笑みを浮かべた。自分でさえこうなのだから、ジルが孕んだ激情は想像を容易に凌駕するものだろう。
「殺すなよ」
それなのに、全霊をかけて冷静を装えるなど何とも理性の強い男だ。
聞こえた声を聞こえなかった振りをしてイレヴンは握る双剣を振った。恐らくリゼルはイレヴンが元凶を殺そうと、その所為で隣国との関係が悪化しようと仕方無いと微笑んで許してくれる。
ならば問題はないだろうと、全く反応出来ていない元凶をあざ笑う。魔法障壁などやろうと思えばどうにでもなる。
しかしその攻撃が相手に届くことは無かった。
「退け!」
ジルの声と共に視界に映ったのは自らを向くいくつもの銃口、宙に浮かぶそれらにイレヴンは顔を引き攣らせて咄嗟に全身を引いた。
ギリギリで発砲を避け、逃げ場を無くすように宙を泳ぎ追いすがる銃から逃げるようにジルの元まで後退する。銃はイレヴンが元凶から離れると追うのを止めた。
ヒュン、とリゼルの周りへと戻って行く銃は全部で六丁、いずれも形は違うが魔銃に変わりは無い。
「ッあんなん見た事ねぇけど!」
「俺もねぇよ」
「出来んの!? 何なのリーダー! あーほんとびびった! いって! 何!?」
味方にさえ奥の手を見せない所がリゼルらしい、ジルは顔を顰めながら此方を向き続ける銃口を見た。
いや、と内心で否定する。あれすら奥の手では無い可能性が高い。支配されているにも拘らず最初から全力で此方へ攻撃してこないのは、支配自体が曖昧だからだろう。
言われた事しか出来ない程強力ではないが、指令に全力を持って応える程には応用が利く訳ではない。やはり魔物と人間を操るのは勝手が違うだろう、そう言ったのはリゼルだったが当たっているようだ。
そう考えながら着地の体勢のまましゃがんで心臓を押さえるイレヴンの頭をジルが引っ叩いた。
「殺すなって言われてんだろうが」
「殺したいもんはしょーがねぇじゃん! アンタみたいに大人じゃねぇし!」
「俺だって大したもんじゃねぇ」
ん、とイレヴンはジルを見上げた。装えるだけで十分な気がするが、違うのかと口を開く。
それを遮る様に、ジルがちらりと此方を見下ろした。
「あと20秒」
「あー、了解ッス」
そのやり取りは元凶に聞こえてはいなかった。
怪訝そうなシャドウの前で、二人は未だ表情の無いリゼルを見る。
向けられた銃口は近付くなと言っているのか、攻撃の切っ掛けを待っているのか、それとも。
「主を守る良い駒だ……しかしなかなかの実力者が居るようだし、私はそろそろ退散しよう。その間の盾ぐらいにはなるだろう」
イレヴンの剣が自らに届こうとした事で不利を察したのか、元凶はくるりと踵を返す。
そうそう忘れていた、と態とらしく付け足して笑みを浮かべる。
「私を追う者があれば自害しろ」
表情のないリゼルが立ち尽くしたまま銃を動かした。
その銃口がコツリとその顳顬に触れたのを満足気に一瞥し、今度こそ城壁を去ろうと背を向ける。
ジジッ、と幾つもの魔法陣が揺れた。相変わらず牢のようにリゼルを囲むように浮かぶそれはボンヤリと光っている。
「……むり」
「あと5秒待て」
イレヴンが普段より低い、もはや吐息と変わらない声で呟いた。
平静の声でそれに答えるジルも一秒のずれも無く脳内でカウントを刻みながらその時を待つ。
そしてそのカウントが終わりを迎える、その三秒前。
「あ、出来た」
ふいに穏やかな声が静寂の場に落ちた。
うっすらと開いていただけの唇が緩やかに笑みを浮かべ、何も映さなかった瞳が甘い色を宿す。
浮いていた銃が姿を消し、残ったのは顳顬に当てられた一本。それもフワリとその向きを変えた。
キィンッと鏡が割れるような甲高い音と共にリゼルを囲う魔法陣が一つ一つ割れて落ちる。それらは地面に叩きつけられる寸前に光の粒となり消えた。
笑みを浮かべた唇を、ゆっくりと動かす。
「意識は失わせないように」
驚愕を浮かべた元凶が「馬鹿な」と呟き振り返るのと、一瞬で距離を埋めたイレヴンがそんな彼に向かい笑みを浮かべる事すら忘れて剣を振り下ろすのは同時だった。
あまりの速さに元凶にはまるで毒のような赤色しか見えなかった。気付けば剣が叩きつけられ、その刃先が魔法障壁を貫き自分は吹き飛ばされていた。
パキリと穴を開けた魔法障壁を信じられない思いで見る。何倍にも跳ね上がった魔力で作られたそれは、まさに迷宮のボスの一撃だろうと軽々防ぐ最強の盾だ。それなのに何故。
これだけでは無い。全てだ。研究の集大成である人の支配が破られたのも、それ以外も、もはや全てが信じられなかった。
「な、何が…」
城壁に叩きつけられた衝撃で痛む体を動かす。
まだ魔法障壁は無事だ。一部欠けて穴が開いただけ。すぐに修復できる。
もはや冷静を保てない頭で考えられたのは、とにかく逃げる事だけだった。平素の彼だったら決して浮かばない選択に疑問を持てない程に思考は動きを止めている。
しかし体を起こしかけた元凶は地面に座り込んだまま動きを止めた。
目の前に立ちふさがる漆黒の男。
凪いだ瞳はいっそ穏やかにさえ見えるが、その奥に渦巻く何かに元凶は異常な程の恐怖を感じていた。
持ち上げられる切っ先を見ながら、元凶は脳内で次々浮かぶ許しを乞う言葉を口に出すことも出来ずただ後悔していた。彼らを、敵に回したことを。
「言っただろ、大したもんじゃねぇって」
小さすぎる声は誰にも届かず、切っ先は元凶の体へと真っ直ぐに振り下ろされた。
元凶は思考を失った頭で無意識に障壁の前面を強化したが、しかしそれもバキバキと壊れていく音がする。それが自分の体が破壊される音だと錯覚する程の力で体は横たわる城壁へと押し付けられていた。
バキバキッと元凶の背中から城壁に裂け目が広がっていく。
「が、あァァァッ!!」
元凶の悲鳴と共に、城壁は崩壊した。
「うわぁ、すごい怒ってますね」
「おい、止めさせろ! 殺すつもりか!」
城壁の内部へと落下していった元凶とジル、そして巻き込まれて避けもせずに共に落ちて行ったイレヴン。リゼルは崩れそうになるギリギリまで近寄りそろそろと中を覗き込んだ。ガラリと足元が崩れそうになったので数歩下がる。
響く元凶の悲鳴、チラリと見た光景ではジルの剣が彼の腹部を完全に貫いていたのだが大丈夫だろうか。
イレヴンもついて行ったならしばらく悲鳴は止みそうにない。魔物を追ってほとんどの人間が城壁を離れているし、城壁内部で外からあまり見えないのは救いだろう。
良かった良かった、と頷くリゼルの肩をシャドウが掴んで怒鳴るように批難した。
「大丈夫です、殺さないように言ってあるので。……多分」
「却下だ、聞こえている!」
「俺としては二人の怒りが彼に向くのは願ったり叶ったりです。此処で鬱憤を晴らして貰えば、もしかしたら後で俺が怒られないで済むかもしれません」
聞いているだけで気分の悪くなるような悲鳴を聞きながら、しかしリゼルは何も聞こえていないように微笑んだ。シャドウは思わず目を見開いてその姿を見る。
付き合いは短いがリゼルがこういった事を好むような人物とは思えなかった。
心清らかという意味では無い。ただ傷めつけたりする事に意味を感じる人物ではないという意味だ。
もしや、と思い肩を掴んでいた手を緩める。
「……怒っているのか。自分から支配されに行っただろう」
「それは良いんですけど、怒ってるっていうか……いえ、怒ってるのかも」
うーん、とリゼルは考える。
感情の制御に長け、不都合だと感じた感情はすぐに沈める事が出来るリゼル。
そんな彼がはっきりと言葉に出来ない曖昧な、そして完全に制御出来ない感情は。
リゼルは肩に乗せられたシャドウの手にそっと手の平を重ねた。ゆっくりと伏せた瞳に宿す甘さが徐々に薄れていく。
「私の“主”だと、ふざけた事を言ってくれたから」
ぞくりと背中を何かが駆けあがる感覚に、シャドウは咄嗟に押さえられた手を離した。
それは嫌な感覚では無く、素晴らしい芸術品を見たような。美しい音楽を聞いた時のように背筋が粟立つ感覚。シャドウは伏せられたリゼルの瞳から視線を逸らせないまま、先程リゼルに触れられた手へと触れる。
何かを告げようと、自分でさえ何を言おうとしているのか分からないまま開かれようとしたシャドウの口だが、それを遮る様に掛けられた声があった。
「おい」
低く掠れた声、城壁に開いた大穴から姿を出したジルがそこには居た。
その瞬間、清廉と張りつめた空気は霧散する。シャドウはハッとリゼルを見ると、その瞳は元の穏やかな甘さを取り戻してジルを向いていた。
「もう良いんですか?」
「殺せねぇなら一発入れりゃ気は晴れる。お前に対して以外はな」
「ジルだって約束破ったじゃないですか。貴方だったら誰か身代わりに出来たはずなのに即行壊そうとするし。それに俺は約束を守るなんて一言も言ってません」
「そういうのを屁理屈っつーんだアホ」
ジルがリゼルの胸倉を掴み上げた。
咄嗟にシャドウが止めようとするのをリゼルが手で制し、僅かに身を屈めたジルの顔が近付いて来るのを目を逸らさずに眺める。コッ、と軽い音を立てて額と額がぶつかった。地味に痛い。
「んな作業中に言うつもりはねぇ、後で覚えとけ」
「肝に銘じておきます」
至近距離でゆるりと微笑む眼元に、ジルはチッと舌打ちして手を離した。僅かたりともリゼルがぐらつかないのは偏にジルがそう配慮したからだろう。
怒っていても相変わらず、そう頷きながらリゼルは未だに絶えず響く悲鳴にイレヴンがまだ遊んでいるのだろうかと首を傾げる。意識を飛ばさないように悲鳴を上げるほど痛めつけ続けるなど難しいだろうに、流石だと思いながらもう一度下を覗き込んだ。
「……生きてますよね?」
「んあ、声聞こえるっしょ」
「いえ、一応確認だけ」
何と云うか、悲惨だ。共に覗きこんだシャドウが全力で嫌そうな顔をしている。
「まぁ、意識だけ残ってればどうにでもなります」
「そういえば先程一刀が作業中だと言っていたが、関係があるのか」
「まさにそれです。でもなかなか難しくて」
リゼルがストンとしゃがんだ。微笑んだままじっと元凶を見る。
崩壊した城壁ぎりぎりにしゃがんでいる為に足元がかなり危ないが、真後ろにジルが立っているので問題ないだろう。いざとなれば後ろ首を掴んで助けてくれるはずだ。
シャドウが砂塵を被った肩を叩きながらそれを見下ろす。
「何をしているんだ」
「さぁ」
「貴様は先程知っているようだったが」
「してぇ事してんのは分かるだろ。それが何かなんざ知らねぇよ」
正気まで失わせちゃ駄目ですってば、えー、なんて呑気な会話からは何をしてるのか分からない。
しかしリゼルが何をしているのか、それはしばらく経つと明らかになった。
荘厳な音色が奏でられる中央広場、その方角から聞こえてきたどよめきは徐々にその大きさを増している。人の声、そして地響きの音。
「何匹か漏れてるかもしれません、流石に完璧にとは……あ、攻撃されると俺には無理です。制御から外れます」
「もう私は貴様が何をしても驚かない」
「それは残念」
先程、人々の絶望と共に街に流れ込んだ魔物たちが此方へと向かっていた。
横から攻撃された魔物は矛先をそちらへ向けるが、それ以外の大部分の魔物は憲兵や冒険者に気付く素振りすらせずに疾走している。
崩れ落ちた城壁から次々と魔物が出て行くのを、誰もが茫然として見送っていた。
それがただ一人の仕業なのだと気付く者は一人もいない。シャドウは討ち洩らしを仕留めるよう指示を出しながら、ふるりと首を振り立ち上がるリゼルを見た。
「話は後で聞かせて貰う」
「それが良いですね。逃げちゃうかもしれませんけど」
「却下だ」
やりそうだと、苦々しげに吐き捨てたシャドウにリゼルは楽しそうに笑みを浮かべた。
冗談ですよと付け足しリゼルは服を払い、未だ狂ったような悲鳴が聞こえる階下を覗き込む。
「イレヴン、行きますよ」
「えー、これからだっつーのに」
「それ以上何をやるんですか、何だかぐちゃぐちゃですし。ちゃんと綺麗に回復させて、あ、昏睡するぐらい寝て貰ってください」
「はーい」
上位の回復薬もイレヴンなら持っているだろう、綺麗に治るはずだ。
シャドウに元凶の捕縛を頼んでリゼルは中央広場を見ると、美しい歌声と光の円蓋は未だに消えていない。
身軽に城壁の穴から這い出たイレヴンがやや消化不良のような顔でリゼルを見る。未消化分が此方に来なければ良いが、とリゼルは苦笑した。
「何処行くんスか」
「美しい人達のところですよ」
大侵攻は続いているが、やるべき事は終わったとばかりに三人はのんびりと歩き出す。
背後では唯一最後まで残った巨大ゴーレムがゆっくりと西門へと歩み寄り、破壊された城壁を塞ぐようにその身を崩れさせた。




