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32:もう一人の年下は犬

 ジルとイレヴンの訓練という名の殺し合いは度々行われる。

 ジルに言わせれば殺し合いでも何でもないが、当のイレヴンが本気で殺す気でかかってくるのだからあながち間違いではない。

 勿論イレヴンは本気でかかろうと死なないという前提の上で本気を出しているのだが。

 それでもイレヴンがジルに敵う事は今まで一度も無く、それどころか手加減すらされている事に絶対的強者と戦っている喜びを毎回感じつつも、仕留められない事に毎回不満を露わにしていた。


「ニィサンって弱点無いんスか」

「何本人の前で堂々と探ってやがる」


 依頼の帰り、ギルドへの道を歩きながら質問をされたリゼルは微笑んだ。

 討伐依頼など早々に終わらせてしまう優秀な二人は、広い場所に居るんだからと今日もイレヴンの誘いで手合わせを行った後なのだ。

 ちなみに一度宿の裏庭で手合わせした際に物干し竿を真っ二つにして以来、女将から宿での手合わせは禁止されている。


 今日も手合わせはジルの圧勝だった。

 リゼルは見ているだけだったし見ていても何をしているのか良く分からなかったが、盛大にイレヴンが吹き飛ばされた事だけは分かったのでそうなのだろう。

 真っ向勝負で己を高めるのも良いが、元々罠や奇襲も多用して強者を打ち負かして来たイレヴンだ。もうそろそろどんな手段を持ってしても勝ちたいと思ったらしい。

 強くなる為に強者と戦う事を求めるジルとは違い、イレヴンは自分より強いものを叩き潰すことを好んでいる。

 リゼルは弱点、と呟いて隣を歩くジルを横目で見た。


「何だかんだで一番隙が無いですし。……あ、甘いものとか苦手ですよ」

「それを聞いた俺はどうすりゃ良いんスか」


 戦ってる最中に口に突っ込めというのだろうか、とイレヴンはジットリとリゼルを見た。

 一瞬ぐらいなら動きが止まるかもしれないし、それならそれで効果的だろう。

 しかしまず戦ってる最中口に甘い物を突っ込む方が難易度が高い。

 楽しそうに笑うリゼルにむっと唇と尖らせ、そしてふと何か思いついたかのようにニヤリと笑って見せた。


「リーダー人質にとるとか一番効果的じゃねぇの?」

「だそうですけど?」

「傷つけられねぇ人質なんざ効果無ぇだろ」


 呆れたように言うジルに、イレヴンは声を上げて笑いながら肩を竦めた。元々冗談でしかない。

 例え人質にとろうとイレヴンがリゼルに対して何か出来る訳じゃないし、むしろ逆効果だろう。本気を出したジルに首を刎ねられて終わるだけだ。

 勿論イレヴンが戯れにリゼルを人質にとろうと呆れるだけで済ませる程度の信頼関係はある為、そんな事態にはならないが。

 甘い物かー、と何やら検討を始めてしまったイレヴンにジルが嫌そうに顔を顰めながらギルドの扉を開けた時だった。


「頼む、何とか探してくれないか!」


 聞こえた大声と、いつも以上に向けられた視線の多さに顰めた顔がより険悪になる。

 その視線に見返された周囲の冒険者は一斉に目を逸らすが、しかし先程まで向けられていた視線は普段のように三人に対してではなく明らかにリゼル個人へ向かっていた。

 一体どういう事かとリゼルは淡々とした無表情を探す。いつもならば「お疲れ様です」と声をかけながら依頼終了受付へと案内する姿が無い。

 ちなみに物凄いえこ贔屓だが他から不満が上がらないのは偏に冒険者の持つスタッドへの恐怖心のおかげだろう。


「完全に対応範囲外ですし心当たりもありません今すぐお引き取り下さい」


 探していた淡々とした抑揚のない声が聞こえた。

 居ないと思えば大声を上げて何かを訴えている人物の対応に当たっている職員がスタッドだったらしい。

 普段と代わり映えのしない声だが、リゼルにはその声が明らかに苛立ちを孕んでいると伝わってくる。

 問い詰めているのは冒険者に見えないので、しつこい依頼人に当たってしまったようだと同情するように苦笑した。

 しかしお引き取り下さいとの言葉と共に一瞬向けられた視線に、あれ、と疑問に思う。


「珍しいッスね」


 こそりと耳元で囁かれ、リゼルも同意して頷いた。

 リゼルが訪れれば何があろうと彼を優先するスタッドが対応を続けるのも、リゼルをギルドから出るように勧めるのも今までに一度も無い。

 つまりリゼルが此処にいては不都合なことがあるのだろう。何の理由も無くスタッドがリゼルを遠ざけることなど考えられない。

 出直した方が良いかと窺う様に視線だけで問うジルに、理由ぐらいは知りたいと思っているとその答えはすぐに返って来た。


「劇団“Phantasmファンタズム”の初日公演の演奏を担当した人物など当ギルドは一切何も知りませんし依頼が来たこともありません」

「だが公演前に劇団スタッフが冒険者に向かって演奏を頼んでいたと……!」

「ヤケになって頼んだからって冒険者が演奏など出来る筈が無いと言っているんです。冒険者が演奏していたなどという確証は無いのでしょう業務の邪魔です」


 まるで思考を読んだかのように解答を寄こしたスタッドにリゼルは内心で感心しながらも平然としていた。

 勿論ジルもイレヴンも特に反応を返す訳ではない。内心ではあーあーと思っていてもそれを今顔に出す程愚かでも何でもないからだ。

 特にリアクションの無い三人に、周囲も何だ違うのかと拍子抜けしたようにチラチラと窺っていた視線を散らして行く。ギルドに入った際リゼルに視線が集まったのは、冒険者でヴァイオリン演奏が出来そうな唯一の人物だからだろう。


 あの演奏について知っているのはリゼル達と同席した冒険者達、劇団の団員と演奏の報酬の仲介をしたスタッドだけだ。

 リゼルが正体を知られるのを嫌がっていた事を知っている団員は誰も話さないし、スタッドも当然話す訳が無い。同席した冒険者についてはあの後しっかりと口止めしてあるし、もう話してしまったという事も聞いていない。

 ちなみに冒険者らしくないと思われたくないから、と口止めしたリゼルに冒険者達が顔を引き攣らせていたのをジルはハッキリと覚えている。

 あの表情は“今は冒険者らしいと思っているのか”だ。


 このまま騒動は面倒だという態度でギルドを出ても良いが、そう考えながらチラリとリゼルは受付を見る。

 だんだん声の苛立ちが増すスタッドと、更にその隣で徐々に顔を青くしている職員。

 明らかに苛立ちのカウントダウンを刻んでいるのが分かる。隣の職員はそれを察しているのか、経験からキレるのもそろそろかと怯えているのだ。

 自分の所為でスタッドが不快になるのは可哀想だ、と微笑んでギルド内へと歩を進めた。

 すっと視線をリゼルに移したスタッドに気付いたのか、訴えていた男性がそちらを振り向く。


「ッもしや君が!」

「はーい、ストップ」


 駆け出した男性がリゼルに駆け寄ろうとした直後、伸びた細い腕がその顔面を掴んだ。

 握りつぶさんばかりに力の込められた手の平に男性が小さくもがく。


「うちのリーダーに何か用ッスか?」

「もが……ッ」

「ハハッ、何言ってんか分かんね。でも良かったなぁ俺で。ニィサンだったらその頭トマトみたいにプチッつったかも!」


 パッと放された手の平に男性は思わず後ずさった。

 目を細めて笑うイレヴンに息を呑み、しかし恐怖を押し殺して先程見た穏やかな顔を探す。

 彼だったら演奏出来ても不思議ではない。そんな空気を纏った貴族然とした男にもしやと希望を持って視線を向けようとした瞬間、それを遮る様に立った男に喉の奥で小さく悲鳴を上げた。

 漆黒を纏った鋭い眼光が男性を射抜く。自分の命など簡単に狩りとれる存在を前に男性はただ立ちすくむしか出来ない。


「依頼終了手続きをしたいんですけど、取り込み中でした?」

「いえ、問題ありません」


 穏やかな声が場違いのように響いた。

 明らかに取り込み中であったスタッドが即座に否定したのを聞いて、男性は完全に話を打ち切られた事を悟る。

 依頼終了手続きを始め、少しの待ち時間が訪れてようやくリゼルは男性へと視線を向けた。

 察したように横にずれたジルに微笑み、動けなくなっている男性にその笑みを困らせる。


「どうして君達はそんなに怖がらせるんですか」

「いやー、習慣っつーか」

「俺は何もしてねぇ」

「大丈夫ですか?」


 声をかけられ、男性は命の危機に忘れていた目的をようやく思い出した。

 劇団の公開初日に行われた演奏。聞いた事のないその曲が一体何処のものなのか、楽譜に残す為にもう一度弾いては貰えないか、同じく奏者である男性にとって重要な目的だった。

 先程のように勢いをつけて問い詰めると今度こそ頭を潰されるだろう事を考えると近付けなかったが、男性は意を決して口を開く。


「つい先日まで此処にいた劇団の公演初日に演奏した人物を探している。もしやそれは貴方か?」

「まさか。何故か勘違いされがちですけど冒険者ですよ? 弾けるわけないじゃないですか」


 あっさりと否定され、男性は唖然としながらも嘘だと呟いた。

 それ程彼から見たリゼルは冒険者からかけ離れている。リゼルが知ったなら地味にショックを受けるだろう。

 嘘だと言われても、と困ったように戸惑う様子に嘘は無く、ならば本当かと男性は意気消沈した。

 これほど弾けそうな冒険者が違うというのだ。なら他の冒険者がどうして弾けるというのか。

 手掛かりがゼロに戻ってしまった男性は肩を落としながらトボトボとギルドを出て行った。


「本当にしつこくてそろそろ限界でした。ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ」


 差し出されたギルドカードを受け取り、リゼルは褒める様に微笑んだ。

 スタッドに対しては決して言う事はないだろうと口止めをしていなかったが、これ程しつこい相手にも黙秘を通し続けてくれたのだ。これが他の冒険者に関する事だったら機密だろうが何だろうがさっさと言ってしまっただろう。

 ルールを厳守しそうだが躊躇わずナナメ上をいく、それがスタッドだ。

 依頼も完全に終了したし帰って読書でもしようかと遊ぼう遊ぼうと誘うイレヴンの言葉を聞きながら振り返った時、一組のパーティがリゼル達の前へと立ち塞がった。


「今のは感心しないな」






 年の頃はリゼルやジルと同等だろうか。

 正面で向き合う青年が恐らくパーティリーダーだろう五人組は、五人中三人が女性という珍しいパーティだった。

 ランクはA、王都パルテダを中心にこのパルテダールの中を転々としているようで知名度はメンバーの奇異さと実力のおかげで高い。

 とはいえ最近は王都から離れていた為リゼルにとっては初対面だ。

 ジルはどっかで見た事ある気がする。イレヴンは噂には聞いた事ある。その程度だろう。

 どうして誰も彼も目立つというのにギルドで絡んでくるのか。リゼルは苦笑しながら前に立つ青年を見た。


「今の、というのは?」

「護衛頼みで一般の人を黙らせるやり方だよ。君が彼の捜していた人なのかそうじゃないのかは知らないけど、力に物を言わせるのはどうかと思うな」


 青年が苦笑してみせると、女性達が同意するように此方を睨みつける。

 護衛というのはジル達のことだろうか。相変わらず流れている“貴族のような冒険者”の噂を彼も聞いているらしい。一目見てリゼルがその噂の本人だと気付いたのだろう。

 尾鰭がついて広がる噂を聞いているなら、リゼルが身分を隠して冒険者をしている貴族で金に物を言わせて強い護衛を雇っていると思っているのかもしれない。


 それならば先程の光景は悪徳貴族が護衛を使って一般人を甚振っている光景に見えなくもない。

 近付いた一般人を護衛を使って離させ、そして威圧させていると確かに見えるかもしれないが随分思いこみの激しい人間のようだ。

 すぐにリゼルがジル達を止めなかったのがその想像に拍車をかけているらしい。

 リゼルにしてみれば暴走して話を聞かない人間を冷静にしただけなのだが、彼にとっては何かが気に入らなかったようだ。

 見るからに清廉潔白を身に纏う好青年、という印象を受けるのでその通りかもしれない。


「つーか俺が勝手にやった事でなんでリーダーが文句言われてるわけ? 意味ワカンネ」

「ジルとか素でその目付きですもんね」

「うるせぇ」


 いかにも正論言ってます、という表情が気に入らないのかイレヴンが馬鹿にするように言った。

 ジルについては言うまでも無い。ただ見ただけなのに相手が勝手に怯えるのだから。

 可笑しそうに笑ったリゼルに、もはや自分の見た目が全力でガラが悪い事など分かり切っているジルが平然と返している。

 青年は一瞬戸惑ったが、しかし決心したように口を開いた。


「雇い主として護衛の動向には注意して貰わなきゃいけない。護衛の勝手は雇い主の責任だろう」

「さっきから護衛とか言ってますけど、彼らは俺のパーティなんですが」

「お金で手に入れたパーティに信頼なんてあると思うかい? それに、周りのおかげでランクが上がる事に意味なんてないだろう」


 言い聞かせるような言葉に、思いこみって凄いと思いながらリゼルはちらりと周囲を見回した。

 頻繁に拠点を移る冒険者が多いため、ギルドに集まる冒険者の顔ぶれは毎日変わる。

 しかしこの王都に関しては長く滞在する冒険者が多い。治安が良く、人に溢れ迷宮も比較的集中している為に依頼も多く、店も充実しているからだ。

 なので見慣れた顔というのは結構いるもので、今も此方に注目している冒険者の殆どがそうだろう。

 明らかに見覚えのないパーティは青年の言葉に同意してリゼル達に嫌悪を浮かべているものの、大部分がそうではない。


 リゼル達のパーティに喧嘩を売るなんて命知らずな、という視線が大多数。

 その中には青年の勘違いに同情するものも多い。流れた噂は多くの冒険者の耳に入るので、ああ噂を信じちゃったのかという同情だ。

 周りから見てもリゼル達は雇い雇われな関係ではなかった。最初の頃はリゼルがジルを雇っていると明言していたが、パーティを組んでからはそんな噂は聞かない。

 流れた噂も初見の冒険者や、不思議な組み合わせに邪推した周囲が流したものだろう。

 少なくとも彼らを良く知る者達はリゼル達が金で繋がっているような関係だとは思えなかった。そもそもジルもイレヴンも金に釣られるような人物ではない。


「周りのおかげ……」

「そう、冒険者は戦えない人がつけるような安易な職業じゃないんだ」


 呟いたリゼルに、優しく言い聞かせる青年に悪気は欠片も無い。

 ただ、自分が間違っているとは決して思ってもいない。

 こういった人物が心底嫌いそうなイレヴンはガンガンと嫌悪を示すように受付を後ろに蹴っていたが、その背中をスタッドにペーパーナイフで刺されそうになってすかさず避けた。

 そこでいつもの争いに発展しなかったのは何かあったらすぐに動く為だろう。リゼルに意見する青年にイレヴンだけじゃなくスタッドも無表情の中に嫌悪を浮かべているのだから。


 かくいうリゼルは、さてどうしようかと考えていた。

 このまま適当に話を合わせて「俺、目が覚めました……!」とか言って去っても良いが、噂はともかく面と向かって戦えない癖に冒険者やってんなと言われるとは思わなかった。

 戦えないとは失礼だが、しかし二人に守られているのは本当の事だろう。肯定して開き直って去るのも面白いか。

 しかし年下二人から伝わってくる明らかな嫌悪感、このまま去っては文句は言わないものの不満気な彼らにフラストレーションが溜まってしまう。それは良くない。


「そうですか……」


 考えた末に、ふっとリゼルは視線を伏せた。

 勘違いされがちだが、リゼルは決して正義の人間ではない。その根幹は敬愛する自国の国王陛下にあり、彼が悪の道を進むと言うなら喜んで付き従う程度には平気で悪にも勿論だが正義にもなれる。

 なのでいかにも正義感溢れる青年の前途を、年下二人の嫌悪感を晴らす為に閉ざしてしまう事にも躊躇いは無い。

 伏せた視線をゆっくりと上げ、周囲の視線を釘付ける程のひどく寂しそうな空気を出しながらゆっくりと微笑む。


「俺は精一杯冒険者をしているのに、どうして信じて貰えないのかな」


 瞬間、周囲はぞくりと背筋を震わせた。

 それはリゼルの笑みを見た彼を慕う年下二人が反射的に敵意を持ったからなのだが、一瞬で収まったそれに気付くものはいない。周囲が一瞬の違和感をリゼルの笑みのあまりの切なさの為だと納得したのは幸いだろう。

 ちなみになぜ一瞬でその敵意が収まったのか。

 リゼルの意図を察しているジルがイレヴンの後頭部を見えない速さでぶっ叩き、それを見たスタッドも気づいたからに他ならない。


「いや、君が冒険者をしている事を否定している訳じゃないんだ。ただ、自分も戦って周りと助け合ってこそ本当の、」


 叩かれた後頭部を押さえながら考えること数秒、同じく意図を察したイレヴンが成程と頷いた。

 流して去ることも思いこみの激しい相手に反論するのも面倒だし、いかにも好青年相手に下手に反論しようとするとジルやイレヴンの見た目的に悪役にされかねない。

 なら向こうに非を押し付けてやろうというのだろう。

 此方は気分が晴れる上に周囲の同情まで誘えて、まさに見事なハッピーエンドだ。


「確かに君の言う通り俺の見た目は貴族っぽいかもしれません……でも、それだけで冒険者を辞めなきゃいけないんですか」

「そうじゃない! ただ俺は、」

「戦えないとか、金で雇うとか、見た目だけで判断されて、その上辞めろだなんて……」

「違うんだ! 聞いてくれ!」


 言葉を重ねるリゼルに青年は必死で否定の言葉を吐く。

 そういう時は冷静にならなきゃ言い訳っぽくなっちゃうのに、と思いながらリゼルは眉を落として微笑みながらも周囲を窺った。

 反応は上々、リゼルへと嫌悪を浮かべていた新顔の冒険者達はそれを青年へと向けている。

 見知った冒険者もまた噂を信じて一方的に決めつける青年を見て顔を顰めていた。彼らの中には数少ないもののリゼルと馬車を同じくして、銃は見ていないが彼によって一瞬で魔物が倒れた所を見た者もいる。

 戦えない貴族という印象は王都に限っては徐々に払拭されつつあるのだ。


 しかし青年はリゼルより余程長い間冒険者をやっている。

 王都でも彼らの姿を見るものは多く居ただろうし、気さくだろう青年を思えば言葉を交わした事がある者も少なくないかもしれない。

 清廉潔白な好青年に悪印象を抱く人間など、イレヴンのように余程捻くれた人間ぐらいだろう。

 それが何故同じく王都を長く拠点としている他の冒険者たちすら、非は青年にあるものの彼に内心でさえも味方しないのか。

 それはリゼルがそういう流れに持って行ったからだけではなく、人の印象は強いもので上書きされるからだ。


「君が彼らに守られているのは事実だし、そういうのは身の丈合わない強敵に会った時に危険だと言っているんだ……分かってくれ、俺は君が心配なんだ」


 片や清廉潔白な青年。

 何年もこの国を拠点とした彼の方が、数か月前に突然現れたリゼルよりずっとこの地に根付いた存在だろう。

 才能ゆえに堅実にAランクまで登りつめ、その真摯な言葉に女性達は彼のパーティならと仲間入りし、良い仲間に恵まれて理想的な冒険者としての道を歩んでいる。

 そんな彼に悪印象を抱く者はいない。


「あんたは何時までリーダーが戦えねぇとか言ってんわけ。この人がどんだけ出来るのか知らねぇ癖に勝手ほざいてんじゃねぇぞ」

「イレヴン、」


 片や見た目は清廉潔白なリゼル。

 数か月しかこの地に滞在はしていないが、しかしそのインパクトは強い。

 完全に貴族らしい姿でありながらそうではなく、品が良いだけならばその強い印象もいずれ薄れてしまっただろう。

 しかし清廉と穏やかで有りながら、時々とんでもない事をやらかして平然と笑っている男なのだ。ランクが上がってからもFランク依頼を受けてみたり、おもむろにギルド内で腕相撲を始めてみたり、地底竜を倒したと思いきや馬車の上からフォレストランナーを即座に退治した事もあった。

 基本の印象がいつまでも変わらないからこそギャップのある行動の数々は何かある度に話題になり、存在に慣れるどころか強くなっていく一方だった。


「もう良いんです」


 そしてリゼル達三人は目を引く存在だ。

 話題に上っているから視線を集めるというレベルではなく、それは個々が持つカリスマ性によるものだろう。

 同じ空間にいるだけで視線を集める存在、見慣れた存在というものはより馴染みやすい。

 この数カ月存分に周囲の視線を釘付けたリゼルは、畏れ多い感情とは裏腹に最近とんと留守にしていた青年よりも余程馴染みの存在だった。

 人はどうせ味方になるなら、より馴染みのある方に味方するはずだ。


 更に、高貴であるということはそれだけで周囲を引き寄せる。

 主君に忠誠を誓う騎士のように、主人に従う使用人のように。それ程までいかずとも人は従うなら同じ平民より高貴な者を選ぶし、その発言を信じる。

 悲しんでいるのならその悲しみを取り除きたいと、男二人のどちらに対して思うのかなど言うまでも無い。

 無意識でもそれを感じている周囲がリゼルの側に付くのは当然と言えた。


「君達さえ信じてくれるなら、それで良いんです」

「リーダー……!」


 微笑んだリゼルに、イレヴンは吹きだすのを必死で堪えながら両手を広げた。それは背後でさり気なくその長い髪を掴んだスタッドによってつんのめるだけに終わったが。

 演技過剰、ぽつりと呟いたジルだがそのジル自身演技しようとも思っておらず、目の前で行われたやり取りを詰まらなそうに見ていただけだ。

 あまりにもリゼルが戦えないと信じ込む青年に若干イラついていい加減にしろと思ったのは別だろう。


 仲睦まじい様子に青年は戸惑ったように眉を寄せた。

 もう話は済んだ、みたいになっているが解決したとは到底思えない。

 いつもはもっと援護してくれるはずのパーティの女性達を見るが、彼女達も今日は口数が少ない。

 それもそうだろう、見た目麗しい男が三人もいるのだ。例え自らのリーダーに恋焦がれていようと美形を醜悪に罵れないし、綺麗なものは数が多いに越した事は無い。

 しかも今回言い含める対象は顔が良くても品も誠実さも無い冒険者とは違い、噂で想像していた姿とは真反対の穏やかな男性だ。そして派手さはないものの清廉な美形。

 そんな彼に切なげに微笑まれてしまえば、やはり女性にとって責めるにはハードルが高い。


「ギルドから言わせてもらえば彼が貴族に関係がないのは明らかです。そもそも貴族に関連する方は登録を断っているのだから其処を疑われるのは甚だ遺憾です」

「え、」

「第二に彼は戦えないどころか結構な実力者です。ギルドカードの討伐情報に地底竜の討伐記録もきちんと表示されています」


 たたみかける様に紡がれた批難ともいえる言葉に青年は思わず立ち尽くした。

 そしてようやく周囲の視線に気づく。

 向けられる批難の視線は全て自らに向いており、先程まで青年が言い聞かせていたリゼルにはひとつたりとも向いていない。

 向けられた事のない視線と、援護の無い仲間に彼は自分の味方が一人もいなくなった錯覚に陥る。


 そもそもリゼルのように度々クセのある行動を起こす清廉さとは違い、正しいことを正しく行う清廉潔白には常に完璧な正しさが求められる。

 それは一つの間違いが見つかれば、一気に印象が覆りかねない程のもの。そんな人物が犯した過ちに対し、周囲が向けるのは過剰な程の失望か嫌悪だろう。

 青年は顔面を蒼白に染めながら意味をなさない言葉をいくつか呟き、速足にギルドを去って行った。

 慌てたようにそれを追うパーティメンバーを全員見送った後、誤解が解けてすっきりとしているスタッドの髪を撫でながらリゼルは微笑む。


「さぁ、彼はこれからも正しくいられるかな」

「興味ねぇんだろうが」

「まぁ無いですけど」


 くしゃくしゃと掻き混ぜ、その所為で乱れた髪を梳いて直す。

 サラサラのスタッドの髪は欠片も癖がつくことなく真っ直ぐに戻った。

 俺も俺もと肩口にぐりぐりと頭を擦りつけるイレヴンの頭をもう片方の手でポンポンと叩いてやりながら、リゼルはすでに青年の事など考えてはいなかった。

 ジルの言う通り、彼のこれからなど興味は無いのだから。


 なら何故リゼルはあえて相手にしたのか。

 イレヴンやスタッドが誤解されたままでは不満そうだったのもあるが、面倒だと思ったらすぐに流すリゼルがわざわざ相手に付き合った理由は。

 ジルは察しがついているのか呆れたように溜息を吐いていた。

 冷静で常に穏やかなリゼルだが、感情が無いわけではないのだ。でなければ相手の感情の動きを察することなど出来ないのだから。

 単純そうに見えて複雑で、しかし複雑なくせに変な所で単純、そうジルは思いながら年下二人を猫と蛇を相手にしたように構うリゼルを見下ろした。


「お前、戦えないって信じ込まれて不満だったんだろ」

「はい、ちょっとむっとしました」


 噂に踊らされた罪のない青年を追い詰めた理由など、それだけの事。

 それを聞いて流石リーダーと唇を引き上げたイレヴンも、それなら仕方ないと納得するスタッドも同じような人種なのだろう。

 興味のない人間がどうなろうが関係ない、バラバラの性格の割にこういった点は共通しているのだから残念な人間ばかりだ。

 ジルはやはり同じ穴の狢、と小さく笑みを浮かべた。


「同感だ」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「帰り用でした」に続き暫しぽかーんとなったタイトル「もう一人の年下は犬」でした(p^-^)p
[良い点] 昨日検索してたまたま見つけて読んでいるところです。 頭が凄く良い人に、周囲が動かされている感じ好きなので、読んでいてとても楽しいです。 ここ数話で副題がなるほど、と思ってましたが、「…
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