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31:決して非力じゃない

「イレヴンの笑みって時々全力でやらしいですよね」

「何それ。エロいって事スか。嫌味っぽいって事スか」


 リゼルの思いつきの発言に今日も翻弄されているイレヴンに、良い加減慣れろと思いつつ恐らく彼自身楽しんでいるので口には出さない。

 ジルとしては日々周囲から学んで言葉づかいが徐々に砕けて行くリゼルの、間違った言葉の使い方に突っ込んでほしいのだが。誰より常識的に見えて時々とんでもないことを言うからだ。

 特にこの前ふと楽しそうに冒険者らしい乱暴な言葉を口に出してみた時など、それを聞いたジャッジは泣いた。

 どいつもこいつも、と内心溜息をつきながらギルドの扉を開ける。


 扉を潜った瞬間、リゼル達が一瞬ギルド中の視線を受けるのはいつもの事だ。

 たとえいくら見慣れようとも思わず見てしまうような人物。そんな人間の集まりであるリゼル達に視線が集まらない訳が無く、だからこそ三人は慣れたようにそれらを流して依頼ボードの前へと平然と足を進める。

 いつものように一通り依頼を見て行こうとFランク依頼の前に立った時だった。

 取り敢えず全ての依頼に目を通してから受ける依頼を決めるリゼルが、早くも一枚の依頼用紙をボードから剥がしていた。

 珍しいと二人の視線を受けながら、リゼルは詳しい依頼内容を読む。


「んー……力自慢募集、出来るでしょうか」

「ねぇよ」

「ニィサンにやらせときゃ良いんじゃねッスか」

「Fランクだし、今回は一人で受けようかと思ってるんですけど」

「はァ!? 俺イヤっすよ今日は三人で動くつもりで来たのに!」


 言葉通りすごく嫌そうな顔をしたイレヴンは、もしや初めて出来たパーティに結構浮かれているのかもしれない。リゼルに懐くばかりだと思っていたジルは自分も含まれている事に怪訝そうな顔をしている。

 リゼルから見ればイレヴンがジルに対抗心に近い何かを持っているのは明確で、それと同様に焦がれる程の強さを持っているジルにもひねくれてはいるが懐いている事を知っていたのだが。

 笑うリゼルに舌打ちしながらジルは視線を逸らした。


「天下の一刀にFランク受けさせるのもどうかと思います」

「前も受けたじゃねぇか」

「あれは俺のお守りじゃないですか。ジルが受けた訳じゃないです」


 でもまあ問題が無いなら良いか、とリゼルは再び依頼用紙を眺めた。

 その肩からひょいっとイレヴンも顔を出して共に用紙を覗き込む。

 あー……と納得した声を出したのは、どうしてFランクの依頼にリゼルが興味を持ったのか理解したからか。


【回復薬の製作補助】

 ランク:F~

 依頼人:回復薬製造所

 報酬:銀貨2枚(一人当たり)

 依頼:ひたすら魔石を砕く器具を回すだけの簡単な仕事。

 力自慢募集。三名程。現物支給は不可。


「こっちの回復薬の作り方、一度見てみたかったんです」

「リーダー好きそー」


 イレヴンにはギルドへの説明と同様に“育ち方がちょっと特殊で遙か遠くから来た”とだけ説明してある。

 納得はしていないが、“こっち”という言葉に違和感は感じない程度には嘘だと思っていないようだ。

 人数的には問題ないが力自慢……とリゼルはジルを見た。間違いなく問題は無い。

 そして視線をイレヴンに移す。獣人の特性なのか個人の事なのか、細身の体はどうにも力自慢には見えない。

 視線の意図を察したのか、イレヴンは拗ねたように唇を尖らせる。


「仮にも前衛ッスよ? ニィサン程では無いにしろそれなりに筋肉あるし」

「あんまり俺と変わらない気がするんですけど」

「それ舐め過ぎじゃねッスか」

「あ、イレヴンこそ舐めてるじゃないですか」


 ジルと比べると遙かに劣るが、リゼルとて成人男性の力ぐらいはあるつもりだ。

 特に最近は動く事が多い。前の文系一筋な生活をしていたころと比べて多少は筋力もついているはずだ。

 イレヴンにそれ程言われるような非力では無い。はず。

 リゼルはんーと考え、ふとギルド内に設置されている机へと視線を向けた。


「じゃあ腕相撲しましょう」

「え、マジすか。むしろ勝てるつもりでいるんスか」

「良い勝負はすると思います」


 流石にイレヴンに勝てるとは思わないが、善戦ぐらいはするはずだ。

 呆れたようなジルの視線が向けられるのを感じたが、リゼルは綺麗に流した。

 かなり奇妙な展開にチラチラと周囲から窺われながらも向かい合う様に座り、互いに伸ばした手の平を組む。固い手の平は流石に前衛だけあると思いながら、リゼルはあれやっぱり無理かもと思い始めた。ぐっと握られた手の握力がすでに違う。

 一人横で立つジルが、溜息をつきながらやる気のないスタートをきった。


「始め」

「予想通りなんスけど」


 開始直後、欠片も腕を動かさずに平然と言ったイレヴン。

 勿論リゼルは力を込めている。んー、と苦笑して余裕そうに見えるが本人は割と全力でやっていると気付いているのはジルとイレヴン、そしてさり気なく見ているスタッドだけだ。

 他はこんな所で全力は見せないかと良い様に解釈してくれ、各々依頼の受注へと戻っていった。

 リゼルはしばらくぐいぐいと腕を押していたが、全く動かないイレヴンに諦めたように力を抜いた。パタンと優しく倒された手が何とも言えない。


「俺の勝ちー」

「ちょっとショックです」

「前衛と後衛一緒にしてもらっちゃ困るッスよ」


 機嫌良く笑うイレヴンに、リゼルは流石だと褒める様に微笑んだ。

 ちなみに何故今回リゼルはらしくもなく善戦出来ると思ったのか。

 人を見る目に優れる彼は平然と相手が強者だと見抜くが、しかしその強者たる所以が何処にあるかまでは分からないからだ。

 ジルのように武芸に通じる者ならば相手の何処が優れているか分かるだろう。イレヴンならば人並み外れて関節が柔らかい、スタッドならば歩き方に癖があるなど。そこから得意分野を図る事も可能だ。

 しかし知識はあっても実用されない武芸についてリゼルはそこまで詳細が分からない。


 更に今回はイレヴンが見た事のない、また情報が少ない蛇の獣人である事も起因する。

 イレヴンが細身なのは個人差はあるものの種族特性で、その筋肉たるや量に反してしなやかで強靭な実用性溢れるものだ。つまり見た目では決して分からない。

 イレヴンが戦闘中は技術で斬るタイプで力に物を言わせた事は無いので、リゼルが勘違いするのも無理は無いだろう。

 ジルに言わせてみれば「どれだけ技術があろうとゴーレムなど力が無ければ斬れない」のだが、勿論リゼルは知らない。知らなくても問題はないからだ。


「じゃあジルとイレヴンを差し出してみましょう」

「さっきまでニィサンに遠慮してた人の言葉じゃねッスよ」

「こういう奴だ、諦めろ」

「俺は役に立たなかったら付き添いということで、報酬は貰わないとかだったら一緒にいても良いかな。三人程ってことは、絶対三人じゃなきゃ駄目ってことでも無さそうですし」


 良識的に見えて、実は一番自由奔放なのはリゼルかもしれない。

 此方の世界に来てから好きな事をやろうと決心した通り、本当にやりたいように動いている。

 それを許しているジルも結構甘い、とイレヴンはニヤニヤしながらスタッドの元へと向かうリゼルの背を追った。






「おいジジイ! てめぇまたギルドに依頼出したな!」

「黙れ小娘ェ! てめぇじゃ魔石砕けねぇじゃねぇか! 文句言うんじゃねぇ!」

「出すにしても早ェんだよクソジジィ! まだ前の分の配達も終わってねぇのに次の作ってどうすんだオイ! 魔石砕かせたら直ぐに調合しなきゃいけねぇのに演算も間に合わねぇじゃねぇか!」


 街角にある小さな工房、近くには憲兵の待機所がある為に治安は良さそうだ。

 スタッドの懇切丁寧な説明で迷うことなく依頼の場所に辿り着いたリゼル達だが、問題の場所から盛大に漏れ出る会話にどうしようかと首をひねる。

 とりあえず立っていても話は進まない、とリゼルはノックの為に片手を上げた。


「Fランク冒険者なんざぬるい奴ばかりじゃねぇか! そうそう直ぐに魔石なんざ砕けねぇよ!」

「それもそうだギャハハハハ! じゃあちょっくら憲兵に言って配達」

「どうも、依頼を受けて来ました」


 しかし乱暴に開けられた扉に、その片手は役目を果たさず降ろされる。

 出てきたのはツナギが似合う美女だった。何かで汚れた頬がいかにも職人らしい。

 配達の言葉通り重そうな荷物を担いだ二の腕は逞しく、先程敗北に終わったリゼルは自分より力があったらどうしようと思わず苦笑してしまった。

 その笑みを見て美女はすっと荷物を下ろし、ごしごしと顔の汚れを擦った。余計に広がったが。


「メディです薬士です好みのタイプは知的で穏やかな人です美形なら尚良し。好みど真ん中すぎるから結婚を前提に結婚してくれ!」

「帰るぞ」

「目ェ合わせちゃ駄目ッスよ」

「幸せにする! 幸せにするから!!」

「何しとんじゃあ小娘ェ!」


 メディと名乗った女性の乱心を止めたのは、奥から出てきた大男だった。

 大男という程身長が高いわけではないが、ずんぐりと逞しい体とまるでドワーフのようなヒゲが彼を威圧的に見せている。

 初見ではまず怯えられる様相だが、しかしリゼル達は当然怯えるはずがない。

 メディへと拳を振り下ろした男はそんな三人にフンッと鼻を鳴らして室内へと招き入れた。


「Sランクにゃあ頼んじゃいねぇぞ」

「いえ、Cです。ちょっと個人的に気になったので受けてみました」

「……まぁ良い。依頼に書いた以上の報酬は出さねぇからな」


 Cだと言った瞬間可笑しそうに歯をむき出したのは、先に言った通りC程度にはとても見えないからか。

 職人にしては冒険者に詳しそうな様子に、体格も良いし元冒険者だろうかとリゼルは内心首を傾げる。

 そのまま正気に戻ったらしいメディに任せて男は奥へと引っ込んでしまった。回復薬の作り方はけっして公表されないので、手伝いを任せられる簡単な範囲以外を奥で行っているのだろう。

 見せてはくれないな、とリゼルは早々に諦めた。


「えー、あまりに好み過ぎて取り乱しちまったのは、すまん」

「驚いただけです。気にしないでください」

「敬語ぉぉぉぉ……!」


 メディは作業用の椅子に腰かけ、男らしく頭を下げたまま悶え始めた。

 リゼルとて元の世界では地位と権力を合わせ持ち、更には若いながらも国王の覚えもめでたい優良物件だ。

 貴族として適齢期をとうに越えていながらも独身であった事もあり、日々様々な貴族からやれ娘をやれ妹をと勧められてきた上に、その女性本人にも積極的に言い寄られる立場にあった。

 しかし打算や好意を向けられた事はあっても悶えられたことはない為に流石にどうしようと苦笑している。

 美人なのに勿体無いと三人が似たような事を考えているなど露知らず、メディは気分を変える様にパンッと膝を叩いて立ちあがる。


「おっし! じゃあ依頼説明すっから。時々依頼には出してんだけど、やって欲しいことは魔石砕く過程で……」


 工房の中を歩き、メディは一台の器具の前へと立った。

 形としては石臼に近い。穴に魔石を放りこみ、ハンドル部分を回す事で特殊な鉱石が使用してあるだろう部分が回る。中がどうなっているのかは分からないが徐々に魔石を割るなり削るなりして、最終的に粉状になった魔石が下の器に溜まって行くらしい。

 粉を受け止める器はどうやら魔道具だ。魔石は粉末ほど小さくしてしまうと含む魔力を貯める事が出来ず、徐々に放出してしまうので成るべくそれを防ぐためのものを使用している。


「このハンドルをひたすら回してくれ」

「うわ、固ッて」

「少しずつでも動くなら大したもんだぜ。筋骨隆々な男共が三人がかりでようやく回せるぐれぇ重いからもしあんた達だけで無理なら、」


 三人の内、二人が肉体的に秀でているとは言い難い見た目をしている。

 それでもイレヴンがゆっくりだが動かしてみたことに感心し、もしかしたらリゼルを除いた二人だけでいけるかもとメディが思った時だった。

 リゼルに促されてジルがハンドルを握ると、滑る様にハンドルを動かし始めた。


「助っ人を……って思ったけどいらねぇなコリャ。てかもうちょいゆっくり! 壊れる!」

「ジル一人で大丈夫そうですね」

「さっすがニィサン、人外疑惑かかってるだけある!」

「うるせぇ」


 涼しい顔をして軽く回しているジルに、メディの顔が引きつった。

 並みの男性じゃ微動だにしないハンドルだ。それをゆっくりどころかグルグル回している。

 こんな速さで回されているところなど見た事がなく、いつもは「もっと早く回せねぇのか!」と逞しい男達に怒鳴るメディも思わずセーブをかけてしまった。


「普通に握っても粉々になんじゃねぇスか」

「砕けても粉末にならなきゃ多分回復薬に使えませんよ」

「俺が魔石砕ける前提で話すのを止めろ」

「魔石は次々入れてくれりゃ良いからな。あの箱に入ってる奴全部やってくれ」


 しかしジル一人で足りるとなると、リゼル達がやる事がなくなってしまう。

 手伝おうとしても間違いなく邪魔にしかならないだろう。今もやらせてやらせてと手を伸ばすイレヴンを鬱陶しそうにしている。

 どうしようかとメディを窺うと、相手も困ったように眉を寄せた。


「魔石が次々出来んならやるこた一杯あんだが……」


 ちらりとその視線が机の上、そして玄関前に置いてある荷物へと向けられた。

 机の上には大量の用紙が積み上がっており、玄関前には先程メディが担いでいた配達用だろう荷物が置かれている。

 さらに床には選り分け途中の薬草までうず高く積まれており、確かにやるべき事は多そうだ。


「どうせジルが終わるまで暇ですし、依頼用紙に書かれた依頼料を頂ければ他の手伝いもしますよ」

「本当か!」


 ぱっと顔を上げたメディに、リゼルはにこりと笑って見せた。

 その笑みに一通り悶え、依頼料が変わらないならば願ってもないとメディはリゼルの申し出に勢いよく了承した。


「アタシ演算が苦手だからやってくれると助かんだが……流石にちょっと一般的から外れるからなぁ」

「見せて貰えますか?」

「うわ……」


 渡された用紙を覗き込んだイレヴンが嫌そうな顔をした。

 それ程用紙にはびっしりと数字が書かれており、流石に材料の名前は伏せられているが材料項目別に表が作られている。

 もう一枚に書かれた計算式に対応する材料の数字を入れるようになっている親切設計は、苦手だと自称するメディの為のものだろうか。

 書かれた計算式は成程、確かに平民が扱う簡単な計算を悠々と越えて行くだろう。実の所彼女もこの式以外の同レベルの問題は解けない。

 パラパラと用紙を捲ったリゼルは、うんと一度頷いた。


「大丈夫そうです。これやれば良いですか?」

「外見を裏切らない知性! アタシの為に毎日朝飯作ってくれ!」

「近付くなっつの!」


 リゼルは慣れたのか、可笑しそうに笑ってジルの元へ行く。

 ただ片腕を回しているだけでは飽きるだろうと暇つぶしに何冊か本を渡しておいた。

 ジルは礼を言いながら、器用に器具の上に肘をついて本を読みつつ魔石を砕いている。

 ちなみにイレヴンが初めてジルの読書シーンを見た時は、イメージ的には全く想像出来ないけど実際見てみると意外と似合うとのたまった。そういう本人は一冊も本を読まない。


「机借りますね」

「ぜひ! 本持ち歩いてるとかインテリすぎてやべぇだろ! あ、眼鏡は!」

「視力は良いんです」


 露骨にがっかりした様子に駄目だっただろうかと思いつつ、イレヴンを見る。

 基本的に飽き症な彼がこういった単純作業が出来るとは失礼ながら思えない。やったとしても途中で飽きたと騒ぎ始めるだろう。

 それなら、とリゼルはペンを持った手で玄関の横に置いてある荷物を指した。


「イレヴン、配達を手伝ってあげてください。どうやら物騒なことがあるみたいですし、工房に部外者おれたちを残して彼女が留守にする訳にはいかないでしょう」

「物騒って?」

「知ってんのか!?」

「いえ、さっき配達に行こうとしてた時に憲兵の名前を出したので何かあるのかと」


 リゼルの予想は当たっていたようで、メディは苛立ちまぎれに最近回復薬の配達中に襲われた事を話した。

 回復薬は貴重だ。(小)とはいえ効果は高く、持っているのといないのとでは生存率が大きく変わる。

 危険が身近にある冒険者ならば必ず欲しいものだが、一本の値段が低ランク冒険者の一日の収入では足りないだろう事も相まって数を持っている人間は少ないだろう。

 一般の家庭で保有することは無い為に競争率は低いと思われがちだが、数自体少なくはないものの決して多くはない上に出回る店も限られているために買占めが起こると手に入らない者も多い。

 それを逆手にとって仕入れた回復薬を高値で売る商売上手もいるらしいが、製造者の反感を買うと品が回ってこなくなるので転売目的の商人は決まって闇商人ばかりだ。


 メディの工房は決まった店舗に決まった数を納品しているらしい。

 当然治療院や、変わったところでは建築業者など。契約した個所を回るために、この工房の回復薬が世間一般に売りに出されることはないようだ。

 どんっと一気に金が入る事はないが、信頼関係の上に成り立った定期的に決まった収入が入る良い商売方法だとリゼルは納得する。

 襲撃犯はその配達中の回復薬が目当てらしい。

 以前この工房が襲われたのは先程の大男もとい親方が配達の時だったので無事だったそうだ。襲撃者もあの親方相手に良く襲いかかろうと思ったものだ。


「アタシ達以外の薬工房も狙われてるらしいし、全くどこの盗賊だってんだ!」


 リゼルとジルの視線がさり気なくイレヴンを見た。

 イレヴンは一瞬真顔で何か考え込んだが、すぐにへらへらと笑って首を振る。

 国と国を行き来するような大きい商会の荷物を丸ごと奪って回復薬を手に入れた事はあるが、国の中を行き来する荷物を狙った事は無い。

 今も残る数少ない精鋭達もこんなリスクの高い事はしないだろう。多分。

 上に立てども統治せず、イレヴンは精鋭達が指示した時以外何をやっているのかいまいち知らない。


「君なら襲われても返り討ちに出来るでしょう?」

「そりゃ勿論ッスよ。んのは?」

「ダメです」

「りょーかい」


 イレヴンは頷き、箱詰めにされている荷物を抱えて出て行った。

 軽々と抱える姿に流石だ、と思いながらリゼルはペンにインクを付ける。

 大量の用紙を前にペンを構えると元の世界を思い出した。仕事溜まってたらどうしようと考えたくもない事まで浮かんでくるので、すぐに思い出しかけた諸々を脳内から放りだしたが。


「あいつ大丈夫なのかよ。あのひたすら魔石砕いてる奴のがよっぽど強そうだぜ」

「大丈夫ですよ、腕は立ちます。それより砕いた魔石はすぐに処理しなきゃ駄目とか聞こえたんですけど……」

「そうだけど? ……ゲッ、すげぇ溜まってんじゃねぇか! 早ぇよ! インテリさんは演算終わった用紙すぐに渡してくれ! それ魔石の必要量だすやつだから!」


 とりあえず自分で計算しただろう数少ない用紙を手に粉末魔石へと向かうメディに苦笑し、リゼルは数字と向き合った。






「たっだいまー……眼鏡ッッ!」

「おかえりなさい、早かったですね」


 配達を無事に終え、工房へと帰って来たイレヴンの視線を縛り付けたのはメガネをかけたリゼルだった。

 用紙に向き合い、落ちる髪を耳にかけながら向けられた視線は思わず叫ぶ程度には衝撃的。

 似合いすぎる、と空箱を放ってまじまじと見慣れない姿を覗き込んだ。


「何コレ、伊達?何でかけてんの?」

「かけたらやる気が出て作業効率が上がるって言われたので」


 誰が、とは言うまでも無い。

 リゼルのまん前を陣取って今にも涎を垂らさんばかりの表情で薬草の仕分けをしているメディだろう。

 少し邪魔そうに眼鏡をいじる指先は、確かに慣れていないのだろうことが伝わってくる。

 とりあえず奥にかけすぎ、と微調整してやるイレヴンも目が悪い訳ではないが変装目的で時々つける事はある。リゼルよりは扱いに慣れていた。


 ちなみに言うだけで作業効率が上がらなければすぐに外そうと思っていたが、何故か本当に上がってしまったので外す機会を失ってしまった。

 何故あれ程此方を見ているのに手元に狂いが生じないのか。作業スピードが段違いに上がっていることも不思議だ。

 地面に座り込んだメディから送られる視線はひたすら強いが、元々視線を気にしないリゼルなので平然と作業を進められている。

 リゼルの姿を隠すようにまん前に立ったイレヴンにメディはようやく気付いて、空になった箱を確認し頷いた。


「配達票、サイン貰えば良いんだよなァ?」

「おう、ひーふー……無事届けられたみてぇだな。襲撃には合わなかったみたいで良かったぜ」

「いや、襲撃はされてっけど」

「はぁ?」


 あっさりとメディの言葉を否定したイレヴンに、彼女は疑問で顔を歪めた。

 出る前から何も変わらない姿と、全ての配達を終えた証明であるサインが書かれた配達票からは襲撃があったなどとは考えられない。

 リゼルは走らせていたペンを止め、いつも通り微笑みながらイレヴンを見上げた。


「どうでした?」

「まぁ普通にボコボコだけど。あれは盗賊とかじゃねッスね、小遣い稼ぎの悪ガキが調子乗っただけ」

「転売目的の商人に唆されたかな。それでその襲撃犯たちは?」

「動けないようにして放置。あ、でも帰る途中で前リーダーの宿に来た憲兵見つけたんで、一応後よろしくっつってきたッス」


 ようは丸投げしてきたのだろう。

 彼も間が悪い、と微笑むリゼルを確認してイレヴンはこれで良かったようだと満足する。

 襲撃犯を適当に痛めつけて跡を追わせれば繋がっている商人も特定出来ただろうが、そうして欲しければリゼルは“返り討ち”ではなく“一網打尽”とでも言うはずだ。

 イレヴンはリゼルの何気ない言葉にも意味が込められているのを知っている。

 いつかの事だが「洗脳しても良いから」と言われたことを尋問最中に思い出して何となく実践してみたら、後々短時間で盗賊団に仕立て上げることが出来て大いに役立った経験があるからだ。


 非合法な商人など一人消そうときりが無い。そういう事だろう。

 その程度の事にイレヴンや精鋭達を使わないのが何よりの評価だ、と唇に笑みを浮かべる。

 聖人君子などには興味がないのだから。


「襲撃犯捕まったんなら他の薬工房にも教えてやんねぇと」

「お、信じんの」

「インテリさんの言う事に間違いはねぇ」


 普通ならばイレヴン一人で襲撃を捌いたなどと簡単には信じられないだろう。

 あっさりと信じたメディに聞いてみれば、斜め上の回答が返って来た。

 キリッとした顔にあっそ、とだけ返して座りこむ。やる事が無くなってしまった。

 こんもりと盛られた薬草を適当に手に取り、ぺいっと放る。すぐに邪魔するなと怒鳴られ、リゼルにも注意されてしまえば止めざるを得ない。


「ちと聞くけど」

「あ?」


 ひたすら視線をリゼルに向けていたメディが珍しく小声で問いかける。

 座りこみながら薬草の葉っぱを毟っていたイレヴンは怪訝そうに声を上げた。ちなみに毟っていた葉っぱは仕分けされ終えたもので、どうせ後で毟るらしく止められる様子は無い。


「あの黒い奴すげぇ淡々と器具回してるけど何なんだ。あいつより体格が良い奴三人で回してた時も汗だらだらで十分おきに休憩してたぜ」

「あの人のことはもう全自動ハンドル回し魔道具とでも思っとけよ」


 実は聞こえていたリゼルが、思わず笑いそうになるのを耐える。

 流石に自分が勝手に受けた依頼を任せている身で平然と笑うのは憚られた。


「もう一個聞くけどよ」

「何」

「あのインテリさん、さっきから途中の計算も全部暗算でやってんだけど何なんだ。アタシがやると一回の計算に用紙二枚ぐれぇかかるんだけど」

「我らがリーダーは凄ぇの」


 光栄だ、と微笑み計算に戻るリゼルを確認してイレヴンは手元の薬草を千切った。

 メディの視線は相変わらずリゼルを見つめており、時々ハァと溜息を吐いて見せた。

 美女の仕草のはずなのに全然色っぽくならないのは何故なのか。つくづく残念な美女だろう。

 メディが実は何か呟くように口元を動かしているのに気付き、イレヴンはこいつ怖いと思いながらも耳をすましてみる。


「あー……眼鏡色っぺぇし、肌綺麗だし、ストイックなのに色気があるたぁ何て矛盾。だがそこが良い」

「おっさんか」


 心底呆れた声で呟いたイレヴンなど何も気にしていない。


「インテリさんの好みってどんな奴?」

「知らねぇよ。これで清楚系とか答えたらどうすんの」

「アタシより清楚な女子を全員排除する」

「女滅亡させんな」


 どういう意味だゴラと声を上げたメディに、そのまんまだけどと返してイレヴンはリゼルを見た。

 敵対すれば恐らく容赦ないだろうが、女性に対しては分け隔てなく紳士な人間なのでそういった話題といまいち結びつかないのだ。

 好みを聞いてもはぐらかされそう、という予想は恐らく当たっているだろう。

 ジルとならそういう話を、と思いかけて止める。どう考えてもあの二人の会話にその手の話題は出ない。出てたらいっそ面白い。


「あの禁欲的な顔をアタシの手で…」

「あーあーあの人に対してそーゆー話題出されんの俺すっげぇイヤ」

「もういっそアタシが」

「イヤっつってんだろうが死なすぞクソ女ァ!」

「イレヴン、女性に対して言葉が悪いですよ」


 理不尽だ。立ちあがったままぶすりと膨れたイレヴンは再び座りこんだ。

 腹いせのように持っている薬草の山を崩したら、やはり怒鳴られて注意された。ついでにジルから心底呆れたような視線も貰った。

 理不尽。






 当初の目的である魔石の粉砕作業が終わり次第、リゼル達は記載通りの報酬を受け取った。

 ちなみにリゼルの眼鏡はメディの私物であるので返してある。何故かイレヴンは金は払うから返すの止めようと猛反対したが。

 盛大に惜しむメディの見送りを受け、三人は無事帰路についている。


「あー……疲れた」

「配達のあとはずっと休んでたじゃないですか。ジルなんてずっと回してたんですよ」

「流石にダリィな」

「俺のは精神的な疲れッスよ! 何あの肉食系……や、肉欲系女子。俺今超ウマイこと言った気がする」


 自画自賛しているイレヴンは放っておき、リゼルは今日見た事を思い出した。

 回復薬の作り方、リゼル達が携わったのはほんの些細な部分だろうが部分から全体を想像する事は出来る。

 特にリゼルは元の世界での回復薬の作り方ならば頭に入っているのだ。

 作業工程や材料、リゼルが演算で使用した計算式などを見る限り元の世界との違いはあまり無い。

 違いが無いことが分かった事が今日の収穫だろう。


「満足か」

「はい」


 微笑んだリゼルを見て、なら良いとジルは視線を前へと戻した。

 結局イレヴンは別れるまで文句を言い続けていたが、リゼルが夕飯に誘うと機嫌を直していたので問題は無いだろう。



肉食系…もとい肉欲系女子メディさん。只今婚活中。再登場の予定は無い。

ちなみにリゼルの筋力は平均(冒険者を含まない)。

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再登場ないのかぁ、残念
[良い点] メディさん面白いです! 最近読み始めまして、大変楽しく拝読しています。 こんなステキな作品を作ってくださいまして誠にありがとうございます! [気になる点] メディさん再登場の予定無いとの…
[良い点] まだここまでしか読んでないのですが、 毎度、サブタイトル読んで、本文読んで楽しくて、サブタイトルの事は大抵忘れてしまう残念頭なので、次のページに進んでから、あ!っと思って前に戻り、サブタイ…
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