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25:情報源はプロの情報屋

「調べてみましたが確かに貴方の云う条件に該当するパーティが一組あります」

「流石スタッド君、仕事が早いですね」


 白ゴーレムの核を納品した後、リゼルは再びスタッドと話していた。

 ちなみに核はやはり多すぎたので、質の良いものから十個程を選んで納品している。

 通常一回迷宮に潜って手に入る核は数個、完全に依頼人の予想した予算を越えてしまったのだ。

 リゼルは十個分の報酬である銀貨百五十枚を貰い、依頼前にスタッドにしておいた頼みごとの結果を聞いて微笑む。

 感謝の言葉と共に撫でられる感触を享受し、スタッドはすっと視線だけで周囲を見回した。


 くっと小さく服を引かれ、リゼルは成程と思いながらスタッドの手元にある依頼書を覗きこむように上体を倒した。

 同時に淡々とした無表情も近付き、向き合ったその薄い唇が小さく動く。

 誰にも聞かれない声量はリゼルだけに届き、リゼルは目を細めて微笑むことで了承を示した。

 スタッドは離れて行く穏やかな顔を目で追いながら預かっていたギルドカードを手渡す。

 依頼終了手続きが終わり、リゼルは再びスタッドに礼を言って後ろで待つジル達の元へと向かった。


「お待たせしました」

「ああ」

「朝も今もやけに話してたけど、何スか?」

「ちょっとした頼みごとです。はい、これ」


 差し出されていた手に乗っていたものにイレヴンは目を瞬かせた。

 輝く銀貨五十枚は今受け取った報酬の三分の一、つまりそういう事だろう。

 横取りみたいで嫌だと渋い顔で拒否するイレヴンに、リゼルは問答無用で銀貨を握らせる。

 盗賊が横取りを嫌がるのか、と呆れた顔を隠そうともしないジルも文句は言わない。元々依頼報酬目当てでは無い二人だが、例えそうで無くとも報酬はきちんと分け与えただろう。

 イレヴンとて金に困っているようには見えないが、それとこれとは別問題だ。


 引かないリゼルにイレヴンは諦めて銀貨を空間魔法に突っ込んだ。

 これからも勝手に付いて行くつもりだが、それも恐らく問題無いだろう。

 正反対に見えてリゼルもジルも実は自分のやりたくない事はやらない人間だ、今回も嫌なら嫌だとはっきり言ったはず。

 何も言わないのだから自分が気にする必要はない、とイレヴンは簡潔に割り切った。元々気を使う人間ではないし、細かいところを気にする性質でもない。


「そういえばあのチョコレート美味しかったですね、何処のですか?」

「分かるッスか! あれ中心街の西門とこにある、」


 雑談をしながらギルドを出ようとした時だった。

 リゼルが開け放してある扉から足を踏み出そうとした時、ちょうど向こう側から入ってこようとする冒険者達と鉢合わせる。

 リゼルの歩みを止めるように手を翳したイレヴンと、腕を掴んだジルによってぶつかる事は無かったが。

 向かい側の冒険者達もたたらを踏んだように足を止める。


「何処見てんだっつ……あ、」


 相手はアインだった。今日は個人で用事があるのかパーティの姿は無い。

 慣れたように威嚇の声を上げかけた姿はリゼルの見知ったものではないが、自分達以外の前ではこうなのだろうと思うと少し微笑ましい。

 ちなみにアイン達の迷宮攻略にリゼル達が関わっている事は隠しておいた方が良いだろうと、今日まで接触らしい接触はしていない。

 悪態をつきかけてヤバイ、と引き攣った顔がどうして良いか分からずそのまま固まっているのを見て、助け船を出した方が良いかとリゼルは苦笑したが、それより前に動いた者がいた。


「何処見てるっつーかてめぇなんざ見る価値ネんだよ雑ぁ魚。雑魚は雑魚らしく端歩けよなァ」

「あァ?」


 リゼルが悪態をつかれたと判断したのか、庇う様に一歩前に出たイレヴンが即行で喧嘩を売った。

 見知らぬ顔にいきなり暴言を吐かれたアインも条件反射のように睨みつける。

 ちょっと悪ぶってる不良達とは違う、本物の戦いを知っている者同士のガンの付け合いは何とも不穏な空気を出すものだ。冒険者に粗暴な者が多い印象もあながち間違ってはいないのだろう。

 そんな事を呑気に考えているリゼルを、また何かしょうもない事を考えてるなと呆れた視線でジルが見下ろしている。


 さてどうするかと見守っていると、空気は徐々に重さを増していく。

 そもそも此処はギルドの出入り口、出入りする冒険者達が通れずに静観して徐々に人数を増やしている。

 迷惑になってるかもとリゼルは苦笑して口を挟むことにした。

 何せイレヴンもアインも互いに今にも武器を抜こうという雰囲気を出しているのだ。それはまずい。


「君ではパーティを引き連れても彼に勝てないと思いますよ、アイン君」

「え、は……あー、っと……」

「この前馬車に同乗させて貰って以来ですね。あの時は有難うございました」


 アインは一瞬どういう事かと思ったが、すぐに理解した。

 そういう事にする、という事だろう。またリゼルが恩を売った立場では無く貰った立場だと主張したので、リゼル達とアイン達の迷宮攻略を結び付ける者は減るはずだ。

 仮にも冒険者ギルドの出入り口、周囲に人は多くこれを目撃した人々が勝手に噂を広げてくれるだろう。

 イレヴンはリゼルの言葉に何故か嫌そうに舌打ちをしたが、知り合いだと分かり不穏な空気を引っ込めて態とらしく拗ねた様子を見せている。


 リゼル達は塞いでいた扉からどいて、ギルドの外に出た。

 ちらちらと視線を向ける冒険者達の視線を無視しながら向き合う。

 アインは久々に話す所為か少々緊張した面持ちをしながら、しかし礼儀正しく小さく頭を下げた。

 出会いがしらに悪態をついた詫びだろうか。リゼルの元へと通う内に多少礼儀というものを身に付けたアインだが、今の所その礼儀を示すのはリゼル達に対してだけだ。


「ども、久しぶりッス。何か変な奴にひっつかれてるみたいな噂聞いたんですけど、」

「うっぜ」


 当てつけがましく向けられた視線に、イレヴンは吐き捨てるように小さく呟いた。

 何処までも喧嘩腰な様子にリゼルが一声かけると、むっとしながら口を閉じて横を向いてしまう。

 リゼルは苦笑しながらアインと一言二言言葉を交わし、その場で別れた。アインも軽装だったので、恐らく受けた依頼の報酬を受け取りにでも来たのだろう。

 ギルドへと入って行く彼を見送り、リゼルは微笑んだままイレヴンを見る。


「どうして君はそんなに喧嘩腰なんですか。俺達に懐いてるアピールだったらもう充分貰ってますよ」

「それ冷静に言われるとすっげぇ恥ずいッス……」


 肩を竦めたイレヴンだが、視線を意地でも合わさない辺りリゼルの言葉も間違ってはいないのだろう。

 イレヴンのパーティ入りへのアピールは見逃しそうな小さいものからさり気ないものまで多岐に渡る。今回もいかに自分がリゼル達に懐いているのかを見せたいという思惑が少なからずあったはずだ。

 しかし、全てが全てアピールではない事ぐらいリゼルにも分かっていた。

 今回のアインが気に入らなかったのも本心で、リゼルを庇う様に立ったのも意識してやった事ではない。


「で、何が気に入らなかったんですか?」

「だぁってさァ! アンタがッ……」


 バッと此方を向き言いかけて、止める。

 促すように首を傾げて見せると、イレヴンはパシリと片手で顔面を覆った。

 そのままさり気なく視線を逸らしたが、しかし逸らした先には意地の悪い笑みを浮かべて促すように此方を見下ろすジルの姿がある。逃げ場は無い。

 イレヴンはそのままジリジリと後ずさり、不貞腐れたように「帰る……」とだけ言い残して踵を返した。派手な後ろ姿は直ぐに路地裏へと消えてしまう。


「年下からかうの好きだな、お前」

「ジルこそなかなか楽しそうな顔してますよ」






 その日の夜、おもむろに読書を止めたリゼルは本を閉じて立ち上がった。

 上着を羽織り軽く身なりを整えると自らの部屋から出る。

 月明かりしかない薄暗い廊下では、今まで明かりの近くで本を読んでいた目がなかなか慣れない。

 ゆっくりと階段を下りると、片付けや仕込みを終えた女将が今まさに寝ようとしている様子で欠伸混じりに食堂から姿を現した。

 リゼルの姿を見つけ、怪訝そうな顔をしながら小声で問いかける。


「おやリゼルさん、今からお出かけかい?」

「はい、ちょっと飲みに行ってきます」

「飲めないのにかい」


 ハッハッと笑った女将はリゼルの後ろを見た。

 ジルの姿が無い事を確認したのだろう、心配そうな視線は仮にも冒険者に向ける物では無い。

 いつになったら冒険者扱いして貰えるのかと苦笑しながら、リゼルはお休みなさいと挨拶をする。

 女将は何処か納得いかない表情をしながらも、諦めたように溜息をついて送りだした。


 人のまばらな道をリゼルは迷い無く歩いて行く。

 魔道具の照明があるとはいえ、大抵の人々は暗くなったら活動を止める。

 夕食を食べたら寝てしまう人がほとんどなので、道を歩いているのは遅くまで働いているような人か冒険者が大半だろうが、もちろん例外はある。

 その例外であるリゼルは静かな空気を楽しむかのようにゆっくりと歩を進めていた。

 バーの雰囲気を出しながらもしっかりとした食事が出る少し賑やかな馴染みの酒場、いつもの店に辿り着いて扉を開ける。


「……いらっしゃい」

「どうも」


 寡黙なマスターからの歓迎の声に愛想はないが、向けられた視線にリゼルは微笑んだ。

 机席は二つほど埋まっているがカウンターには一人も座っていないのを確認し、カウンターに座る。

 いつもの席に腰かけたリゼルをちらりと見たが黙々とグラスを拭くマスターは、本当に客商売に向かない。

 もう一人料理担当の従業員がいるらしいが、当の本人も全く姿を現さずリゼルも見た事が無いので大半の人々は料理もマスターが作っていると思っている。

 この店に接客担当は皆無と言って良いだろうに潰れないのは、偏にマスターのバーテンダーとしての技術と姿の見え無い料理人の腕前だろう。


 マスターの背後に隠れるようにあるワインが並ぶ棚の向こう側から料理が配膳され、マスターがそれを机へと運んで行く。

 存在自体あまり知られていない料理人の姿が見えないかとリゼルはさり気なく視線だけで覗いてみたが、見えたのは指先だけだった。

 おしい、と意味の無い感想を抱きながら戻って来たマスターへと視線を向ける。

 酒が飲めないのに申し訳ないと思いつつ、適当に飲めそうなものを頼む。既にリゼルの好みは把握しているのかドリンクを作る手付きに戸惑いはない。


「ちょっと内緒話、良いですか?」

「……」

「いえ、マスターにです」


 ちらりと以前使用した小部屋に視線を向けたマスターに否定の言葉を返す。

 一瞬止まった手付きが再開したのは、了承したのか拒否したのか。

 纏う空気から了承を貰ったと判断したリゼルは、差し出されたグラスの冷たい表面を指先で撫でた。

 ちらりと窺う様に見るとジッと此方を見下ろしているマスターに、微笑んで声を潜める。


「商業ギルドのスタッフと冒険者の組み合わせが、あの部屋を使ったことありますよね」


 胸元から銀貨を数枚取り出して机の上に一枚ずつ重ねて行く。

 机席から見えない角度で音も無く行われるそれをじっと見ていたマスターが、ゆっくりと重ねられる銀貨に溜息をついた。

 リゼルは銀貨を重ねる手を止め、にっこりと笑って見せる。

 マスターが簡単に秘密をばらすような人物だとは思わないが、秘密を暴かれる相手が積んだ口止め料を越えた金額を渡してしまえば、マスターが義理を通す必要は無い。情報を扱うという事はそういう事だ。


「……何組か居る」

「頻度は月に一回ほど、手荷物があります」

「恐らくだが、それらしい奴等が来る事はある」

「最後に来たのは?」

「一月ほど前だ」


 こんなやり取りをしながらも、別にマスターは情報屋を名乗ったことはない。

 だが便利な小部屋の噂はどこからか陰ながら広まり、口止め料にと幾らか置いて行く者が出てきた。

 本来は小さいながらも特別騒いでも良いパーティールームとして作ったので防音性能も割と高い。

 勿論パーティールームとして普通に使用されているが、度々こういった密談に使われるようになったのだ。

 ただ周囲に話を聞かせたくない人々は多岐に渡り、純粋に商人同士の商談や、フラれて泣き喚く相手を突っ込む部屋としても活躍をしているが。

 あまりにも悪人が出入りするのは嫌なので、もちろん断る事もあるしいざと言う時は憲兵を呼ぶことも躊躇わないが。御蔭であまりに後ろめたい人間は近付かない。


「じゃあ今回はまだかな、そろそろのハズなんですけど。いつも何時頃来ます?」

「……人が少なくなってからだ。丁度、」


 言いかけたマスターの声を遮るように扉が開いた。

 寡黙な表情を浮かべたままいらっしゃい、と視線だけ向けたマスターがちらりとリゼルを窺う。

 その口元に浮かぶ微笑みは先程と何も変わらない。

 僅かに顔を覆う髪を耳にかけ、その整った指先でグラスを持ちゆっくりと口を付ける様子は動揺の欠片も無く、目当ての人物が来たというのに何の反応も示さない。


 来店したのは冒険者らしい一人の男だった。

 真っ直ぐにカウンターへと向かい、その上に銀貨を数枚置いて酒を二人分注文すると小部屋へと向かう。

 了承の言葉を待たずして小部屋に消えた男を見送り、マスターは置かれた銀貨を手にとって近くの瓶へと入れた。店の売上とは一緒にしたくないらしい。

 流石、と内心で賛辞の言葉を送ったリゼルがようやく伏せていた視線を上げる。

 冒険者相手には割と顔が売れてしまっているリゼルだが、然程明るく無い室内では分からないらしい。ただリゼルがこんな所で一人で酒を飲んでいるイメージが無いのもあるが。


「今日明日だと思ってましたけど、良いタイミングでした」

「……」


 囁いたリゼルにマスターは何も言わない。

 ただ周囲から一線を画する印象を持つ客が、想像通りただ者ではないと理解しただけだ。

 色々な人物を見て来たからこそ目が肥える酒場のマスターという立場に置いても、目の前の客の真意は掴めない。

 結局のところ思うのは、酒は飲めないものの金払いも愛想も良い常連の穏やかな男が危険な目に遭わなければ良い。それだけだ。

 何処か見守るような空気を感じ、リゼルは慣れない感覚に苦笑しながらグラスをつついて美味しいです、とだけ伝える。


 それからリゼルがグラス一杯を空けない内に、待ち人の内のもう一人が店にやって来た。

 どう見ても冒険者には見えないような細身の男は、ちらりと店内を見渡してふとリゼルへと目を留めた。

 流石は上級スタッフだろう。普段彼が応援に入るような高級店を訪れているようなリゼルに対して、悪印象を植え付けまいとでも思ったのか。

 リゼルも視線に気づいたというように其方に目をやり微笑んで見せると、完璧な笑みで応じて見せた。

 それ以上は興味がないとばかりに視線を逸らしたリゼルに問題ないと思ったのか、革靴を鳴らしてカウンターへと近付く。


「待ち合わせなのだが」

「……来ている」


 当たり障りのない言葉は、本当に後ろ暗い事がない声色で告げられた。

 事情を知らなければ本当に待ち合わせで、静かに飲みたいから個室を使うのかと思ってしまうだろう。

 接客業もプロにもなると役者だ、などと感心しながらリゼルは離れ行く背に視線を向ける。

 確かに完璧な笑みだが、それでもリゼルにはそれが嘘だと分かった。ジルでさえその驚異的な感覚で胡散臭いと判断するだろう。

 まだまだ、なんて思いながらグラスを空にする。


「彼ら、いつもどれくらい居ます?」

「……長くて一時間ほどか、あまり長居はしない」


 飲めないのに酒場で時間を潰そうと思うと少々辛い物がある。

 だが出来れば今日中にけりをつけたい。別に必ず今日じゃなければいけない訳ではないが、絶えず商業ギルドを訪れるジャッジは明日もギルドへと向かうはずだ。

 ああいった主張は回を重ねるごとに対応がひどくなる。今でさえギルドは厄介そうにしているとイレヴンから聞いているのだ。

 自分が認めた存在を理不尽に貶されることをリゼルは好まない。しかも今回の落ち度は相手にある。


「誰か連れてくれば良かったです。折角だから何か頼みます」


 差し出したメニューを微笑んで受け取るリゼルをマスターはじっと見た。

 何を考えているかは知らないが、わざわざ出て来るまで待とうと言うのだから平和的な事では無さそうだ。

 良識ある人物だから店に被害を与えることは無いだろう、そう思いながらマスターは呼ばれた声に机席へと向かう。一組帰るようで、店の中にはリゼルともう一組の客しか居なくなった。

 夕食時だとほぼ全ての席が埋まるが、もうすでに周りは寝静まった時間帯だ。


 頼んだ軽食を食べながらリゼルがマスターと話していると、一時間もせずに小部屋の扉が開いた。

 ちなみに話すと言ってもリゼルが時々話を振るだけだが、マスターはきちんと相槌を打ってくれる。

 開いた扉からは二人揃って姿を現した。出る時まで別々となれば誰であろうと後ろ暗い事があると分かってしまうからだろう。

 一杯とはいえそこそこ強い酒が入った二人は当たり障りのない事を話しながら、カウンターの中から出たマスターに酒代を払った。

 その際マスターの立ち位置が彼らとリゼルを挟むように立っているのは、偶然なのかどうなのか。誰しも変な用事でしか店を使わない輩と、来る度味を褒めてくれる感じの良い常連だったら後者を贔屓したくもなるのだろう。


「ごちそう様です、お釣りはいらないので」


 姿を消した冒険者達を確認してゆったり席を立ったリゼルが差し出した銀貨に、マスターは不満そうに今度返すと言って送りだした。

 リゼルが彼らを追う事が分かっているのだろう、無理に引きとめて返したりはしない。

 真面目な人だ、と笑ったリゼルを見送る視線に心配の色は無いが、しかしイコール心配していないという訳では無い。


「……気を付けろ」


 付け加えられたように告げられた言葉を背に、リゼルは酒場を出た。

 人通りのない道で探し人を見失うことは無い。店の前で反対に分かれたらしい二人を確認して、その内の冒険者の方へと歩み始める。

 ちなみにリゼルに尾行の経験はない。ただ少し離れて後ろをついていくだけだ。

 しかし堂々としていれば意外にもバレないもので、冒険者用の宿は割と固まって存在している事もあって行き先が同じだろうと判断されることが多い。


 拠点にしている宿に向かっているだろう冒険者の男は、例に漏れずわざわざ尾行しなくてもどちらにせよリゼルが利用する宿と殆ど同じ方向へと歩いている。

 帰る時に楽で良い、などとゆったり考えながら歩いていると、男は路地裏へと曲がって行った。

 リゼルは歩いた範囲ならば地形を把握しているし、近場ならば何も見ずとも地図を書けるぐらいにも何処に何があるのか理解している。

 男が曲がった先にそれらしい宿は無く、これは誘い込まれているらしいと判断するが足は止めない。


 何故バレたのかと首を傾げるリゼルは完全に失念しているが、遠目から見ても彼は冒険者には見えない。

 冒険者の宿が集まる方向へと歩くのは不自然で、違和感を覚えさせるには充分だろう。

 やっぱり適当な尾行じゃ駄目だ、と思っているリゼルは割と自分も冒険者らしくなったと自負しているので、その事実に気付かない。

 わざわざ虎穴に入らずとも虎児を得る方法はあると、リゼルはその路地への入り口をスルーしようとしてふと足を止める。

 まるで空を見上げるように立ち止ったのは、ちょうど路地裏の入り口だった。


「チッ、尾行けられたか…」


 路地の闇から姿を現した男と向き合う。

 腰につけた剣を抜いて此方を見た男は、月明かりに照らされたリゼルの顔を見て驚愕したように眼を見開いた。

 何処かでリゼルの噂を聞いていたか、それともギルドで実際に見たことがあるのか。

 リゼルに心当たりは無いが、しかし一方的に知られているのは慣れている。変わらず穏やかな笑みを浮かべるリゼルに男は警戒したように剣を構えた。


「つけてたっつうことは気付いてんのか」

「気付かれたら都合の悪いことでも?」

「ふざけんなら命の保証はしねぇぞ……“一刀”の腰巾着で冒険者やってるような奴が舐めた態度をとるんじゃねぇ」


 リゼルの評価は未だジルの腰巾着から抜けださないようだ。

 先日のように馬車に同行してリゼルが手を下した事が頻繁ならば違うのだろうが、普段のリゼルはいちいち銃を出して驚かれるのが面倒で馬車ではジルに任せっぱなしな所為もある。

 先日のように屋根の上で人目を気にしなくて良い状況は実は中々無い。

 完全に有利を確信している相手に対して、しかしリゼルは危機感を欠片も感じさせない様子で小さく首を傾げた。


「殺しちゃ駄目ですよ」

「軽い命乞いだッッグァ!」


 せせら笑った男だが次の瞬間、屋根の上から落ちてきた人物に地面に顔面を強く打ちつけられて呻いた。

 ひどく鈍い音が路地に響き渡ったが此処近辺に住居はない。だからこそ男は此処を選んでリゼルを誘い込んだのだろうが、それが完全に仇となった。

 かなりの衝撃音に本当に死んでないのかと思いながらも、男の後頭部を掴んで地面に押し付けたまま、もう片手で腰の剣に手をかけている姿を見やる。


「助かりました、良いタイミングです」

「アンタが一人で変な男に付いてってるっつぅ報告受けて驚いたッスよ」

「あ、俺にはまだ監視ついてるんですか」

「あと、アンタは気付いてないと思うんスけど…」


 場に似合わないほのほのとした笑みを浮かべるリゼルに、イレヴンはニィッと笑いながら視線で後ろを示す。リゼルは不思議に思いながらも振り向こうとした瞬間、後ろから伸ばされた手の平に口を覆われた。

 乱暴な仕草の癖して触れる手の平は優しく欠片の不快感も与えない。その覚えのある感覚にリゼルは目を瞬かせた。

 動きを抑えるように回された手に全く抵抗を見せないリゼルの背後から、聞き慣れた溜息が聞こえる。ゆっくりと口を覆う手が外された。


「ちょっとは慌てて抵抗しろよ」

「ジルだって分かったので」

「お前、つけてたのは気付いてねぇだろ」

「ジルに本気でつけられて、気付けるはず無いじゃないですか」

「気配消してねぇよ」

「しかも俺気付いてたッスよ」


 ハイスペックな二人と一緒にしないで欲しいとリゼルは笑い、今度こそ後ろを振り向く。

 一体いつから居たのか、ジルが呆れたような視線で此方を見下ろしていた。

 イレヴンはリゼルを見つけた瞬間屋根の上から手を振ったので普通に気付き、だからこそ安全の保証された虎穴に入ってみようかと路地裏に誘われてみたのだが、ジルについては完全に気付かなかった。


「いつから居たんですか?」

「お前のヘタクソな尾行の途中から」

「言うほど酷くは無いでしょう」

「いや、相当酷い」


 呑気な会話に耐えきれなかったのか、小さく男が呻いた。

 顔面を潰さんばかりに押さえつけられている所為で満足に喋ることも出来ていないが、イレヴンはヘラヘラとリゼルとジルのやり取りを笑いながらも黙れとばかりに手の力は抜かない。

 そうしてようやくリゼルは地面へと倒れ込んでいる男を見た。

 持っていた剣は投げ出されており、その剣はジルに踏まれてあっさりと真っ二つに折れる。

 必死に周囲を探ろうとしていた男がそれを見て抵抗を止めた。


「で、誰だコイツ」

「ほら、お店の商品盗んで行くスタッフが居たでしょう? 彼と繋がってる人です。盗んだ商品を何処かで売ると足がつくから、冒険者に渡してギルドに売りさばいていたんです」

「あー、だから裏市場探してもねぇんスか」

「迷宮品ばかり盗んだのも、冒険者が持ちこんで不審に思われない為でしょうね」


 上級スタッフが店番につくのは高級店ばかりだ。

 慣れた様子に度々盗みを繰り返したのだろうことは想像に難くなく、ならば迷宮品も度々冒険者を通じて売って金を得ていたのだろう。

 高級店が扱うような迷宮品は迷宮でも深層からしか出ず、しかし高位の冒険者は危ない橋を渡らずとも自ら潜って迷宮品を手に入れる。

 だからリゼルはスタッドに“ランクに相応しくない迷宮品を度々持ちこむ冒険者”を調べて貰っていたのだ。意外と該当する冒険者はいるが、複数回繰り返して複数個を持ちこみ、店売りしていそうな迷宮品に限定して探してみると当の男のパーティしか該当しない。


 ちなみに完全なるギルドの個人情報なので、リゼルはスタッドの名前は出さない。

 情報の横流しとなると流石に違反だろう。スタッドのことだから何か上手く誤魔化せるだろうが。

 そういう事情もあり、昼間リゼルが情報を聞く際に周囲を警戒してこっそりと伝えられたのだ。

 リゼルが悠然と男に近寄り、見下ろす。頬を滑る髪を耳に掛けながらリゼルはにこりと微笑んだ。


「ひとつ、お願いがあります」

「……」

「明日、朝一番に商業ギルドで今までの事を告白して貰えますか?」


 問いかけに、男は何も言わない。

 それもそうだろう。認めてしまえば男達のパーティは間違い無く厳重処分を受ける。

 ギルドカード一時剥奪か、それとも冒険者ギルドを永久追放か。前者は一定期間依頼を受けられなくなるだけだが、後者はもう冒険者として活動出来なくなる事を意味する。

 過去のジルの様に所属しなくても迷宮に潜って素材で利益を出せる者はそうそういない。彼ら程度ではとても無理だろう。

 無言を貫く男にイレヴンが剣を抜こうとするが、リゼルがそれを止める。

 彼ら本人達に商業ギルドまで出向いて貰わなくてはいけないのだ、変な傷をこさえて行かせれば変な想像をされる。


「どうしましょう、俺こういう相手への尋問とかって苦手なんですけど」

「お前が尋問とか違和感しかねぇな」

「調教とかなら何となく想像つくんスけどね、跪いて足を舐めさせるーとか」

「教育的指導しますよ」


 ケラケラ笑ったイレヴンは、リゼルの言葉に押し黙った。何をされるのかは知らないが良い予感はまるでしない。

 確かにリゼルは口先に自信はある。

 会話を誘導して欲しい情報を手に入れる事も出来れば、相手の失言を誘導することも出来る。

 しかしこうして決して口を割らないと会話すらしない相手にとる手段は、やはりイレヴンの言う通り痛い目を織り交ぜた尋問しかないだろう。

 ちなみにジルには任せられない。相手が死んでしまう未来しか見えないからだ。

 どうしようか、と眉を落としたリゼルにイレヴンはひらひらと手を上げた。


「良かったら俺やるッスよ」

「え?」

「明日の朝までで良いんスよね。だーいじょぶ、見えるトコに傷残さねぇから」


 ニッコリと笑う姿に、男はぞっと背筋を這い上る悪寒を感じた。

 リゼルはジルを見上げたが、ジルは問題なさそうにしている。元々自分と関わりが無い他人がどうなろうと関係ないと平気で見捨てる男だ。

 それはこちらの世界におけるリゼルも違わず、特に今回はジャッジが被害を被っている。


「なら頼んじゃいましょうか」

「頼まれちゃうッスよー」


 まるで買い物を頼んだかのように軽い会話は、この場では逆にひどく浮く。

 ジルはこんな会話で自らを左右される男を哀れだと思うが同情はしない。

 リゼルのものに手を出すから悪いのだ、怒りを買わなかっただけマシだろう。もしリゼル自身の怒りを買っていたのなら、この程度・・・・で済むはずがないし、済ませる訳が無い。

 助けを求めるように必死に視線を送る男を見下ろし、リゼルは慈愛を感じさせる笑みを浮かべながら目を細めた。


「最後のチャンスです。明日、商業ギルドであのスタッフの男性とのやり取りを告白してくれますか?」

「ッする! するから、離し……ッ!」


 ふっとリゼルが苦笑した。

 その視線に色は無く、まるで興味が無くなったと言わんばかりに視線を外す。

 リゼルの行動の意味を察したジルとイレヴンは薄暗い闇の中射抜くような視線で男を見下ろした。

 彼に口先だけの嘘が通じる筈が無いだろうに。殺気すら込められた視線に男の喉がゴクリと震える。


「残念です」


 恐らくこの場を逃れたらすぐにでもパーティを引き連れて王都パルテダを出るつもりだったのだろう。場合によってはこの国パルテダールの外にまで逃げる予定かもしれない。

 それ程冒険者にとってギルド証剥奪は重く、それ以降の人生など考えたくも無い程に落ちぶれるしかなくなる。

 様々な恩恵を受けてきて裏切るなど愚の極み、そう判断し違反者には容赦しないのが冒険者ギルドだ。


「軽くですよ、軽く。素直に、自分から、罪を告白してくれないと駄目ですから」

「分かってるッスよー」

「パーティメンバーもグルです。彼らの居場所も聞いておいて下さい」

「了解ッス」

「絶対脅して言わされたってなっちゃ駄目ですよ。場合によっては洗脳しても良いから恨みは残さないように」

「分かってるっつの!」


 念を押すリゼルに拗ねたようにイレヴンが言う。

 しつこかったか、と思うがイレヴンに対しては念を押しすぎても足りないとリゼルは考えている。放っておくと好き勝手やりそうな空気が今まさに出ているのだ。

 リゼルの予想は大概当たり、イレヴンはリゼルがやっちゃいけないと言った事以外は何をやっても平気だと判断してその唇を吊りあげた。

 素直にする方法も恨みを残さない方法も山ほど知っているし、試したい事もある。伊達に毒持ちの獣人では無いのだ。


「これ運んで。あー……第二拠点が音漏れないしソコ行く」


 おもむろに立ちあがったイレヴンから男が逃げ出すより早く、屋根の上から数人の人影が降り立った。

 イレヴン曰く“気配完全に消せる奴”だろう彼らにリゼルは全く気付いていなかったが、ジルは気付いていたようで反応はない。

 拘束されていく男にもはや意識を向けることなく、リゼルは興味深そうに彼らを見ていた。

 この内の誰かが自分を監視していたのだろう、姿は覚えたから今後は気付けるだろうか何て思いながら男を担ぎ上げる盗賊を見る。


「じゃ、明日の朝には解決してるッスから!」


 目を細めて笑いながらひらひらと手を振って去って行くイレヴンを見送り、リゼルは首を傾げた。


「今更ながら、任せちゃって良かったんでしょうか」

「良いんじゃねぇの。勝手についてくる詫びだと思ってやらせとけ」


 成程、と頷いたリゼルはジルと共に宿に向かって歩き出した。

 道中何故男達があの酒場を利用していると分かったのかと尋ねられたが、リゼルは笑ってその質問に答えようかどうか考えた。

 なぜなら、朝さり気なく仄めかしたらジルにしろイレヴンにしろ真顔になったのだ。あれは引かれたのか何なのか。

 結局その質問は流すことにして、秘密ですと楽しそうに答えたリゼルにジルは溜息をつく。


「つーか一人で行くなよ」

「やだな、ジルが来る事前提ですよ」

「気付かなかった癖に良く言う」


 ハッと笑ったジルに、リゼルもにこりと笑って見せた。




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― 新着の感想 ―
きわどいお姉さん方からなんか情報もらってたのかな?
普段おちゃらけてるやつがかっこいいのっていいよね…
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