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23:チョコは自分用

「盗られたのは迷宮品ばっかッスね。どれも金貨一枚ぐらいの結構な品ッス」


 金貨一枚で結構な品、確かにその通りだがリゼルの若干金銭感覚のずれた考えでは改めて再確認が必要だった。

 何せ通常の迷宮ボスである竜の鱗一枚が金貨一枚。隠しボスの希少種である地底竜(しかも超大型)の鱗一枚が金貨十枚。

 ジルが腕試しに潜っては討伐して来るボスの素材は、軒並み高く買い取られる。あまり売っていないようだが。

 それは最下層のボスを倒せるパーティが殆ど居ない為と、そのパーティでさえ一回の討伐に命の危機がある為だ。

 最近ようやく冒険者としての一般ラインを理解して来たリゼルは、ジルが本当に人間なのか疑っている。

 地底竜と戦っていた際に初めて数発貰っていたのを見て安心してしまった程だ。防御の上からだったので、装備の性能もあり無傷だったが。


 通常、王都で金貨十枚となると家一軒を数年借りられる。田舎だと家が建つ。金貨一枚あれば一家族が慎ましく一月は生活出来るだろう。

 しかし貴族であったリゼルの金銭感覚は、此方に来て一度無一文となろうと変わらない。

 市場価格も一般的な生活資金も把握しているが、把握しているだけで大金を使う事に躊躇いは無い。

 ある意味冒険者として大成しているとも言えるジルも同じく、他に言えば憎まれておかしく無い程に金遣いは荒い。

 金貨一枚の価値を改めて考え直し、成程大金だと頷くリゼルをジルが呆れた目で見ている。


「ジャッジ君の店ってもっと高価なものも扱ってるのに盗らなかったのは、やっぱりバレるからかな」

「あと売る時に間違い無く足が付くッスよ。今もうちの奴らに裏市場探らせてっけど、迷宮品が何点も流れたっつーのは聞かないッスね」

「でしょうね」

「んぁ? それって、どう」

「つうか、何でてめぇが此処に居る」


 何かを見透かしたように頷くリゼルに問い詰めようとしたイレヴンの言葉を低い声が遮った。

 改めてパーティ入りを申し込んだのはつい昨日の事なのに、翌日の今日も何事も無かったかのように夕食を食べようとしている二人の席にやってきたのだ。

 全く別行動をしていたリゼルとジルが偶然外で出会ったので、折角だから一緒に夕飯でも食べようとリゼルが提案した直後の事だった。タイミング的に狙っていたとしか思えないが、ジルは昨日まで張り付いていた監視が外れた事を察している。

 リゼルの方に張り付いていたのかと視線を鋭くしたジルに、イレヴンは態とらしくパッと両手を広げて笑った。


「いや偶然ッスよ偶然! 一通り情報集め終わったんで、また手土産持って仲間入り頼みに行こっかなぁなんてブラついてたらアンタ達が見えただけっつーか」

「随分と親切じゃねぇか」

「元々! それより今度手合わせどうッスか」

「五分持つならやってやるよ」


 適当に返したジルに、イレヴンはニィッと唇を持ち上げた。

 到底かなう相手では無いが、しかしだからこそとても刺激的・・・だ。

 ジル自身強敵との戦いを楽しんでいる節もあり、自分が対等に打ち合える相手が居たならば喜んで挑むだろう。イレヴンが対等と言える程の実力が無いのは知っているが、しかし久々に練習になりそうな相手だ。

 五分、五分かぁと呟くイレヴンを横目に、ジルはリゼルを見た。


「口出さねぇんじゃねぇの」

「まだ何もしてません。それに堂々とって言ったじゃないですか」


 こっそりならセーフ、と悪びれも無く言ったリゼルに呆れる。

 自分の発言にもしっかりと予防線を張っておくあたりが彼らしい。

 リゼルはどうやら連日商業ギルドに顔を出して訴えているらしいジャッジを思い、意外と頑固だなんて微笑んだ。気は少し弱いが元々押しは強いのだ、商人として譲れないものがあるのだろう。

 しかし汚名を着せられたままでは商売に不利だろうと、少し考える。


「明日、依頼を受けに行きましょうか」

「あ?」


 微笑むリゼルが何を思ってその結論に達したのか分からないが、ジルが理解する必要はない。

 必要ならば言うだろうし、どうせ明日ギルドに行けば分かるのだろう。

 リゼルのする事に異を唱えないジルが怪訝そうな顔をしながらも頷くと、隣でイレヴンが俺もー!と声を上げた。






 翌日の早朝、ギルドでリゼル達は依頼を選んでいた。

 パーティランクはC、ランクBまでの依頼を受けられるが、勿論Fランクの依頼を受けられなくなる訳ではない。だが低ランクの依頼を受けた所でギルドに対して何のアピールが出来る筈も無く、それゆえランクアップは望めない。

 ただ名指しの依頼に時折適正ランク外のものがあるので、その為だと云える。

 しかしリゼルは基本的に全てのランクの依頼に目を通し、興味を惹いたものを選ぶ事が多いので適正ランク外依頼も少なくない。

 冒険者の中では新人の依頼を取らない事と、単に臆病者だと噂されない為の暗黙の了解で適正外のランクの依頼の受注は避けられているが、そんな事は気にしない。


「宜しいでしょうか。とある学院に通う青年から貴方宛てに“レポートを手伝って欲しい”という指名依頼が入っていますが」

「宿題は自分でするように、と伝えて下さい」

「そのように処理しておきます」


 淡々と近寄って来たスタッドの言葉に微笑みながら返すと、再び淡々と去って行く。

 間違い無く以前一回子供たちが連れて来た青年であるが、しかしリゼルの興味を今回は引かなかった。

 指名依頼は断る事が可能だが、依頼人とのコネを重要視する冒険者達は滅多に断る事が無い。

 しかも今回は有名学院に通う将来を約束された依頼人だろうに、あっさりと断ったリゼルに対し周囲からの視線が集まっている。

 ちなみにリゼルが断った瞬間、ギルドの外で死んだような目をした青年が泣きながら走り去って行ったが、ギルドにいた人々は誰も気づかなかった。


「さっすが、見た目を裏切らず頭良いんスね! ここらで有名な学院とか、騎士学校か隣国の魔法学院じゃねッスか」


 視線が集まるのは指名を断った所為だけでは無い。

 リゼルを挟むようにジルとは反対側に立つイレヴンが、ニィっと愛想が良いとも挑発的ともとれる笑みを浮かべている。

 鮮やかな赤は居るだけで目を引き、細身の体をぴたりと覆うような特徴的な装備も腰に付けた双剣も冒険者ギルドでは目立つ存在だろう。

 ほとんど変わらない身長のリゼルを覗きこむように茶化すイレヴンは、あのジルとリゼルのパーティ入りを望んでいるという冒険者内で注目されている人間だった。


「前見た限りでは魔法学院です。……あ、ジル、この依頼は?」

「【新しい剣の試し切り】、駄目だろ、俺が振ると大抵の剣は数回で折れる」

「だから何本も大剣持ち歩いてるんですか」

「どんだけ馬鹿力! ほんとパーティ入りさせてくれないッスか!」

「駄目です」


 ギルドに入る度に仲間入りしていないとさり気なく会話に出すイレヴンは、本気でパーティ入りを乞うて言っている訳ではない。

 勿論仲間入りしたいのは本当だが、わざわざギルドで口に出すのは周囲へのアピールだ。

 自分はまだ仲間入りしていないと主張する事で、リゼル達が迷惑を被るのを回避している。

 それを理解しているからこそリゼルの断る声も優しく、どこか褒めるような声はイレヴンの通常のニヤついた笑みを浮わつかせそうで毎回懸命に表情筋をフル稼働させている。

 時折取り入ろうとしているのかとイレヴンに喧嘩を売る相手がいるが、まず無事では済まないというだ。


 しかしただの噂なわけが無いだろうと、依頼を選ぶリゼルの隣でジルはふっと視線を投げた。

 リゼルに懐いたように長い髪を蛇の様にしならせるイレヴンは、流石長い間誰にも悟られず冒険者と盗賊の頭を両立しただけある。

 今まで自由気ままだったソロ冒険者がようやく仲間に入りたいパーティを見つけたと、そうとしか見えない様子で無邪気に言い寄る姿に騙される者が大半だろう。

 だからこそ勘違いした者は軽々しく手を出して、猛毒を滴らせる蛇に噛みつかれる。


 ふと流した視線がかち合った。

 細く吊り上った目がジルの意図を察したように更に細まり、唇が歪に歪む。

 依頼を手に取ったリゼルの手元を覗きこむように見ていた顔を微かに上げたイレヴンは、その依頼にアドバイスとも感想ともいえる言葉を吐きながら笑みを浮かべていた。

 深淵から覗かれたような色気と殺意を孕んだ笑みはすぐに消え、無邪気なものに変わりリゼルとの会話を続ける。

 ジルの予想を肯定しながらも笑ってみせたイレヴンは、自分達に迷惑をかける気は無いらしい。確信となったそれに、ならば関係は無いとジルは溜息を零した。


「ジル?」

「……何でもねぇ。それ受けるのか」

「どうです?」

「問題ねぇけど、お前にはどうだろうな」


【白ゴーレムの核入手】

 ランク:B〜A

 依頼人:ツールズ魔道具工房

 報酬:核一個につき銀貨10~15枚

 依頼:白ゴーレムの核を入手して貰いたい。

 ただし魔道具製作に使用するので無傷のものに限る。

 大きさの大小で報酬の変化あり(基準は裏詳細による)


「あー確かに。ゴーレムって魔法あんま効かねぇし、アンタは危ないんじゃねぇッスか」

「でもゴーレムって見た事ないし、一度くらいは見てみたいです」

「好きにしろ」


 ゴーレムは迷宮固有の魔物なので、通常迷宮の外で見かける事は無い。

 全ての迷宮に出る訳でも無いので今までリゼルが潜った迷宮には居なかったのだ。

 本気で危ないのならジルは止めるので危険は無いか、あるにしても充分ジルが捌ける範囲なのだろうとリゼルは楽しそうに笑い用紙を受付へと持って行った。新しいものとの出会いは心躍るものだ。

 先程リゼルに指名依頼の打診をしてから当然のように依頼受付窓口に座って誰も寄せ付けないようにしていたスタッドの元に向かう。


「甘やかしすぎなんじゃねぇスかぁ?」

「……」

「危ないのに見に行くってことは、アンタに守れって言ってるようなもんっしょ。パーティとしてそういうの良くないと思うんスけど」


 それを見送ってAランクの依頼を暇つぶしの様に眺めるジルに、イレヴンはニヤニヤと笑いながら両手を頭の後ろで組んで話しかける。

 リゼルは依頼手続きをしながら、何やらスタッドと話し込んでいる。間違い無く聞こえない距離と音量は、以前のようにリゼルに対して挑発したい訳ではないのだろう。

 ただ疑問に思っているだけなのか、それともジルに対してぬるくなったと愉快に思っているのか。

 面倒そうに無視していたジルだが、依頼手続きが終わってからも何か相談しているらしいリゼルはしばらく帰って来なさそうだ。

 ねぇねぇとニヤついた笑みを浮かべる相手を煩わしい、と温度の無い視線で見下ろす。


「お前に何か関係あるか」

「だってこれから入るパーティだから気になんし! ……それマジもんの殺気ッスか、スンマセン」


 威圧感すら感じる鋭い空気をジルから感じ、イレヴンはそんなに鬱陶しかったかと顔を引き攣らせた。

 ぞくぞくと背筋を這い上がる歓喜を感じると共に、確実に自分の命を摘み取られる危機感も感じる。

 戦った末に自分が勝敗関係なく生き残れるなら更に挑発を重ねるのも良いが、間違い無く殺される勝負に出るつもりは無い。だからこそ手軽な刺激を求めて手合わせ程度なら幾らでも申し込めるが、ガチで殺り合う気はイレヴンには無かった。

 ジルは剣呑な空気を仕舞いながら、ふっと息を吐いた。


「守られる気なら最初から依頼なんざ受けねぇよ」

「あの人がッスか。だぁって魔法効かないんスよ?」

「守らせる気があんならあんな言い方しないで、アイツは強制する」


 答えてくれるなら最初から教えてくれれば良いのに、と唇を尖らせるイレヴンが目を瞬かせた。

 強制、つまり命令という事だろうか。穏やかなリゼルには似つかわしく無い単語だ。

 今もほのほのと笑みを浮かべてスタッドの頭を撫でている様子に、そんな独裁者のような雰囲気は欠片も無い。相変わらず貴族のようだが、高圧的な態度からは無縁な様子だ。


「あの人が強制ねぇ」


 分からんと顔を顰めたイレヴンに、だろうなとジルは内心で零して会話を終了させた。

 経験した者しか分からない感覚だろう。リゼルを守らなくてはいけない者だと刻み込む、あの至上命令を下されたような清廉な威圧を体験したのは、今の所ジルとスタッドだけだ。


「お待たせしました」

「話し込んでたな」

「ちょっとお願い事があったので」


 ひらりとスタッドに手を振ったリゼルを迎え、早速向かうかとギルドを出る。

 どこか納得できない雰囲気を出していたイレヴンはすぐに空気を変え、ニッコリと笑ってその後に続いた。

 朝からギルドで顔を合わせたのはやはり偶然では無かったらしい。どう見てもついてくる気満々な相手にリゼルは苦笑した。

 果たして無断で依頼についてくるのは違反では無いのだろうか。手柄を横取りするなら違反だが、イレヴンにそんな意思は全くない。

 パーティを組んでいないのにリゼル達を手助けしようとイレヴンが依頼を達成した事にはならないし、ギルドの評価も上がらない。雇われていた時のジルのように依頼に関しては彼に利益はない。


「付いて来ても良い事なんてありませんよ。そもそも一緒に迷宮に入れないんじゃないですか?」

「迷宮の空気読み率ハンパネェから大丈夫ッス! アンタ達が拒否しなけりゃ同行出来るッスよ」

「そういえばマルケイドの観光客の方たちもパーティじゃないのに同行出来てましたね」


 勿論双方が同行する事を知った上で同意している事が前提だが、パーティを組んでいない者でも一緒に迷宮に潜れるようだ。どうなっているのかは分からないが、迷宮だから仕方ない。

 拒否してやろうかと顔を顰めたジルが、嫌そうにイレヴンを横目で見下ろした。

 パーティでは無い奴をつれて依頼に行くのも、迷宮に行くのも言いたい事は諸々あるが、それ以前に。


「てめぇが居ると目立つ。付いて来るなら離れて歩け」

「そういえば今日はやけに視線を集めますね……流石短所になる程目立つ人は違います」

「いやいや普段から目立つって意味じゃねぇし! 隠密行動に向かないって意味で……ッつーかアンタ達元々目立つじゃねぇスか!」


 からかう様に笑うリゼルに反論しながら、イレヴンは「あ、この人達完全に無意識だ」と悟ってしまった。元々目立つという言葉に全く心当たりが無いような表情を浮かべている。

 イレヴンが彼らを探っている時にも思ったが、情報が少ない割に知名度は冒険者の中でも群を抜いて高いのだ。

 通常有名な冒険者といえば、以前のジルのようにその特異な強さから冒険者の中で名前が出回るだけだが、この二人の場合は一般国民の間でも良く知られた存在だった。

 名前は知られずとも二人の特徴を聞けば、あの二人かと大体の人間が思い当たるだろう。


「まず顔が良いってだけで目立つし、それが二人ってのも目立つし、組み合わせが奇妙なのも目立つし、冒険者っつうのも目立つし、しかも超実力者なのも目立つし、これで良く目立たねぇなんて思ってるッスね」

「最近はちゃんと冒険者らしくなったじゃないですか」

「は、それマジで言っ……」


 リゼルの後ろで呆れているジルを見て全てを察した。

 イレヴンは言いかけた言葉を飲み込み、神妙に頷いて見せる。此処でわざわざ突っ込むのも野暮だろう。

 しかもリゼルが少し嬉しげなのが、さらに否定の言葉を呑み込ませる。


「俺はキッカケに過ぎねぇッスよ。これまで視線を送りにくい相手に対する緩衝材っつの?」

「送りにくい?」

「アンタはまぁ、あんま見るのも畏れ多いっつーか。子供と話してようが屋台でモノ食ってようが、なんか住む世界違う雰囲気出してるんスよ。まぁ最近はようやく馴染んで来たっつー評判ッスけど」

「それって親しみにくいって事じゃ……」


 元の世界では言われた事が無い評判に、リゼルはうーんと大袈裟に悩んで見せる。

 元の世界でと言えども、以前は周囲も似たような人々に囲まれて暮らしていたのだ。つまり住む世界が同じ人々の中で生きており、こうして市井で周囲と関わる事は無かった。

 実はリゼルが馴染んだというより周囲が慣れたのだが、普通にしてるはずなのにと首をひねるリゼルには知らされる事が無かった。

 イレヴンはそんなリゼルをケラケラと笑い、今度はとジルを見る。

 嫌そうな顔で見るジルに、ニンマリと唇を引き上げて見せた。


「一刀のニィサンは前は目を合わせたら斬られそうっつー空気だしてたのに、最近は裏町の姉ちゃんだけじゃなくて周りの女の子達も見惚れる事あるみたいッスよ!」

「いらねぇよ」

「あ、でも裏町の姉ちゃん達の中には前のが良いっつー人も、」

「そういえば彼女達が前、“あの空気がクセになるのに”って言ってましたね」

「「!?」」


 思わず真顔になった二人に気付かなかったのか、リゼルは微笑んだまま何事もなかったかのように歩を進めている。

 確かに男だしああいう女性と関わりが合っても不思議ではない、不思議ではないが、とジルとイレヴンは割と衝撃発言をしたリゼルを見た。清廉な空気と全く結びつかない。

 ジャッジが聞いてたら泣くな、と不思議な納得の仕方をするジルと、何それどういう事と内心で真意を探り続けるイレヴンの違いは単に付き合いの長さだろう。

 リゼルのやる事言う事を一々真に受けていたら翻弄されてしまう、適当に流しておけというのがジルが今までの付き合いの中で見出した解決策だ。


「まぁでも、基本的に冒険者って目立つ人種ですよね」

「全身鎧とか時々いるしな、そもそも武器が目立つ」

「それはしょうがないですよ、やっぱり刃物は威圧的だし。装備も一律のものは少ないですしね」


 防具は店で買う場合と、素材を持ち込んで製作して貰う場合がある。

 店で買う場合でも、どんな素材を使ったのかでデザインは変わるのだから全く同じ装備をつけた人間はまずいない。素材を持ち込んだ場合は、製作に支障が出ない範囲で自ら考えたデザインを反映させる事も出来る。

 結果個性的な装備をする冒険者も多く、目を引く存在が多いのだ。それに優越感を感じる冒険者も少なくは無い。


「アンタ達の装備もあんま周りじゃ見ないッスよね。ほとんど布装備とか、どんだけ良い素材使ってんスか」

「君だって軽装じゃないですか」

「俺は身のこなし重視で金属装備ばっかとか重くて嫌ッスもん。当たったらちゃんとダメージ受けるッスよ」


 布装備より金属装備のほうが当然のように身を守るのに有効だ。

 魔物の爪に引っ掻かれるだけで怪我を負ってしまう布装備をわざわざ身につけるのは、最上級装備の場合しかない。どんなに低ランク冒険者でも最低限革装備を備えている。

 国の外に出る為に門番にギルドカードを見せると、もう何度もリゼルを見ている門番は慣れたように送りだした。横に立つイレヴンを不思議そうには見ていたが。


「げ、これミスリルじゃねぇッスか? しかもこの大量に使われてんの最上級竜種の、」

「歩きですか?」

「馬車だ」


 リゼルのゆとりがある服を持ち上げ、まじまじと見るイレヴンは好きなようにさせておく。

 邪魔じゃねぇの、という視線を送るジルに笑い、国の外にある唯一の停留所へと向かった。

 そこにある馬車はギルド所有のもので、国の外にある迷宮を幾つか回って帰ってくるのを繰り返す冒険者御用達の馬車だ。歩きで行ける範囲にある迷宮には寄らないので、近くの迷宮へと向かう時は徒歩でなくてはいけないが。

 今回向かう白ゴーレムがいる迷宮は、馬車で一時間半程の距離にある。歩きでは少し遠い。


 冒険者が迷宮に繰り出す早朝だからか、停留所には多くの冒険者がいた。

 この時間帯は馬車の数も多いのでそれ程待たないだろう、一台に結構な人数乗る事になるだろうが。

 歩み寄ってきたリゼル達に冒険者達は一瞬ざわめくが、すぐに収まる。此処王都パルテダでは大分周囲が彼らの存在に慣れてきていた。

 ただ同行するイレヴンが多少視線を集めたが、彼は特に相手にする事無く掴んでいたリゼルの衣服をぱっと離した。


「白ゴーレムがいるのはこの国だと……“白黒の城”と“箱の洞窟”でしたっけ」

「そッスよ」


 迷宮の内部はある程度決まっている。

 遺跡型、城型、洞窟型、森型など、それに特徴を付けたものが迷宮の名前になる事が多い。

 リゼルはギルドの魔物図鑑も一通り目を通していたので、生息地も覚えていた。


「近い方で良いですか?」

「ああ。そういや最近積極的だな、依頼」

「最近ちょっと運動不足な気がして。だってジルとかひたすら階段登ってても息切れ一つしないじゃないですか」

「一刀のニィサンと比べちゃ駄目ッスよー。この人マジ人間じゃねぇし」

「やっぱりですか?」

「後でツラ貸せ」


 マルケイドから帰ってきて、ジルの言う通りリゼルの依頼を受ける頻度は増えた。

 元々頻繁に受けていたわけでもないので、増えたと言っても通い詰める程ではないが。

 ジルは恐らくリゼルの言葉通りの意味では無いのだと思っている。マルケイドでも言っていたが、パーティリーダーとして自分の方が低ランクだという所に何か思うところがあるらしい。

 気にするなと伝えたはずだが、リゼルには気になるのだろう。ただ一々スタッド以外のギルド職員にリーダーがリゼルで合っているのか確認されるのが面倒なだけかもしれないが。


 何となく後者の方が合っている気がする、とジルが考えている間に馬車が到着した。

 並んでいた順番に乗って行き、おおよそ十五人ばかりが乗り込める馬車が徐々に一杯になってくる。

 一回ではリゼル達は乗れなかったので、次の馬車を待つことになりそうだ。

 定員に余裕がある事を知っている冒険者達は普通に二十人近く乗って行く。最終的には屋根の上も使って座っている彼らを見送りしばらくすると、割とすぐに次の馬車がやってきた。

 今度はリゼル達もギリギリ乗れそうだが、乗ろうとすると屋根の上になりそうだ。


「この上は初めてですね、結構高そう」

「あ、あー、あー……か、代わるか」

「大丈夫ですよ」


 先に乗り込んだ者達が何故か居心地悪そうに尋ねるのを、不思議に思いながらも微笑む。

 通常の乗り込み口の隣上方に付いた梯子を軽々と登って行くジルと、ひょいひょいと登るイレヴンを見上げ、リゼルも手を掛けた。

 次の馬車を待つ冒険者達が見てはいけないものを見ているようにハラハラと見守る中、リゼルがよいしょと登り切る。微かにカーブを描く屋根の上に余裕で立つイレヴンのような真似は到底出来ず、登り切ったらすぐに腰かけた。

 御者でさえも何処か不安そうに振り返ったが、馬車は予定通りに出発する。


「わ、結構揺れますね」

「落ちねぇよ」


 ガタリと大きく揺れたので咄嗟に隣で胡坐をかくジルの足を掴んだが、振り払われる事は無かった。

 ジャッジの造りの良い馬車と比べ、ギルド所有のこの馬車はしっかりとした造りをしているが、乗り心地に対してはそれ程工夫されていない。

 中で座っている時も思ったが、走行中ガタガタと結構な振動があるのだ。以前は腰が痛くなったので結局立っていた。

 走り出した馬車の上でトコトコと屋根の上を歩いて来てリゼルの隣で足を投げ出して座ったイレヴンが、ポーチを漁るリゼルを不思議そうに見る。


「あった、ジルどうぞ」

「ん」

「君も良かったら」

「クッション? うっわ何これすっげぇ! アンタ何で幻狼の毛皮でクッション作ってんスか!?」

「あまりにも馬車が揺れるので、作って貰いました」

「勿体ねぇ!」


 屋根の上から聞こえた声に、馬車内にいた冒険者達は一瞬耳を疑った。

 幻狼といえばその名の通り幻と言われる程の希少種で、普段は崖と変わらない岩場の急斜面に生息している。

 崖の上から落ちても生きているといわれる程の丈夫さの秘密はその毛皮にあり、衝撃吸収に特化した素材として市場で時々姿を現しては高値で取引されている。

 これで防具を拵えれば一流の冒険者だと言われる素材だが、しかしリゼルにとっては腰の痛くなる馬車対策にうってつけの代物だった。

 勿論リゼル達の装備にも使われているが、その余った分でクッションを幾つか拵えたのだ。


「おー、ふわっふわ」

「でしょう?」


 その威力は驚いていたイレヴンも思わず納得してしまう程で、座った瞬間硬すぎず柔らかすぎない弾力が体重を受け止める。

 ガタンガタンといった振動は感じる物の衝撃として伝わることはなく、まるで揺り籠の揺れのように不快感が消え去った。

 ジルは別に無くても座っていられるが、しかしわざわざ不快な思いをしたい訳ではない。灰色の毛皮のクッションを惜しげも無く敷いている。

 馬車の中で椅子に腰かける冒険者達が良いなぁと思っている事など露知らず、リゼル達は人に揉まれる事の無い屋根の上で割と快適に過ごしていた。

 最悪の座り心地さえ克服できてしまえば、屋根の上も決して悪い物では無い。


 馬車を使用すると平原を突っ切ったり森の中を走ったりするので、やはり時々は魔物に出くわす事もある。

 そういった場合は馬車に乗った冒険者達で対処するのが原則で、誰もそれに異を唱える事は無い。

 ただ違うパーティが混成するので討伐後の戦利品について揉める事があるらしいが、リゼルは見た事が無い。その原因が揉めようとすると出発が遅れる事に対するジルの苛立ちを配慮しての事だと、本人達は気付いていない。


「もうすぐ一つ目の迷宮ですね、俺達は三つ目ですっけ」

「ああ、」

「どうしたんス……あー成程、獣人でもねぇのに良く気付くッスね」


 それは最初の停車場所となる迷宮に向かっている時だった。

 返事をした後ふと馬車が走って来た方角を見るジルに、リゼル達もそちらを向く。

 正確に感じ取れたのはイレヴンだけだったが、二人の反応からして何かあるのかはリゼルにも把握できた。

 何秒か後、走る馬車の後ろから何かの影が猛然と走り寄ってくる。

 幾つかの影は走る馬車に徐々に距離を詰めてきているようで、だんだんとその姿が露わになった。


「凄い勢いで地面を走ってくる大きい鳥の魔物って、奇妙な迫力がありますね」

「あいつら飛べる癖に滅多に飛ばねぇよな」

「走った方が速いんじゃねぇスか」


 流線型の体を持った一メートル程の鳥の魔物“フォレストランナー”が、頭を低くして森の中を疾走してくる。

 その勢いで馬車を突き刺されたら壁など簡単にブチ抜くだろう速さは、鳥なのに速い。

 折りたたまれた翼は駆けるのに邪魔だと言わんばかりにぴったりと閉じられており、鉄のような嘴が光を反射させていた。

 後ろから微かな足音を立てて近付いて来る魔物に馬車に乗る者達はまだ気づいておらず、基本的に屋根に座っている冒険者が見張りとなるので、馬車を止めさせるかとイレヴンが座ったまま身を反らした。

 リゼル達の向こうに座る御者に声をかけようとしたイレヴンを、しかしリゼルが止める。


「ジル、落ちそうだったら頼みます」

「まず落ちそうになるなよ……」


 呆れたように言った言葉を了承と取り、リゼルは屋根の端に寄って馬車の中を覗き込んだ。

 森の中だからこそ余計に揺れる馬車に落ちそうになる体は、ジルが後ろからその服を掴んでいるので決して落ちる事は無い。

 ひょこりと逆さに顔を出したリゼルに冒険者達は一瞬ビクリとしたが、どうしたのかと視線が集まる。


「この中でフォレストランナーと戦いたい人っています?」

「は?」

「特に素材が欲しいとか無かったら、このまま倒して死骸は置いてっちゃいます」


 掛けられた言葉を一瞬考え、そして今馬車がフォレストランナーに追いかけられているのだという結論に達する。

 膝の高さで鋭い嘴を突き出して素早く駆けまわるフォレストランナーは誰にとっても戦いにくい魔物だ。一撃で木に穴を開ける嘴はまともに食らえば足が使い物にならなくなる。

 そんな魔物が足元を俊敏に駆けまわり、しかも集団で襲い来るのだから決して戦いたくない相手だろう。

 しかしこのままだと追いつかれる、と武器を構え馬車を止めさせようとした冒険者達は、しかしリゼルの言葉を思い出して動きを止めた。

 このまま倒して置いて行くと言う事は、つまり馬車を止めないまま倒せると言う事か。


「素材が欲しい人がいるなら、馬車を止めて戦ってもらって良いですよ」

「い、いないなら……」

「このまま俺が対処しちゃいます」


 搭乗口付近でリゼルと会話していた冒険者が、無言で馬車を見渡した。

 誰もが首を振るのを確認し、リゼルに向かって茫然としたまま任せると頷いて見せる。

 分かりました、と柔らかく微笑んでリゼルが馬車の屋根の上に消えた。

 窓付近にいた冒険者は競う様に身を乗り出し、そろそろと馬車の後ろを窺う。

 猛然と迫るフォレストランナーの群れは、もはやその羽の模様さえも確認出来る距離に迫って来ていた。


「君は何か欲しかったりしますか?」

「いらねッスけど、魔法で……ちょ、それ何……!」


 イレヴンの驚愕の声と共に、破裂音が連続して森に反響した。

 音によって魔物を引きつけるだろうが、音を聞きつけた魔物が辿り着いた時には疾走する馬車はとっくに居ないので問題はない。

 窓から後ろを覗きこんでいた冒険者は、破裂音が鳴る度に倒れるフォレストランナーを見て何が起こったのかと目を白黒させている。

 聞こえて来る屋根の上の呑気な声がまた場違いだ。


「あ、避けられました。流石に速い魔物は違いますね」

「あと二匹」

「はい」


 一度途切れ、ふたたび二回の破裂音。

 冒険者達には何をしたのか分からないが、会話を聞く限り今度は避けられる事無く獲物を撃破出来たのだろう。

 リゼルがもう大丈夫ですよと御者に声をかけているのを聞き、襲撃が終わりを迎えたのだと知る。

 見かけからして間違い無く魔法使いなのだから魔法で何かしたのだろう、とざわつく冒険者達の真上では、リゼルが腰の空間魔法に収納した(ように見せた)銃をイレヴンが懸命に覗きこんで目で追っていた。


「ちょ、それ何……いや、知ってっけど!」

「これは普通と違って魔力を込めるタイプです」

「なんか浮いてんし!」

「反動対策です」

「もっかい見せて欲しいッス!」

「ダメ」


 食い付きを見せるイレヴンを軽くあしらい、リゼルはクッションを整えて落ち着いたように座る。

 ふぅっと息を吐いたリゼルに怪訝そうな視線を向けるジルの肩に、凭れかかる様に頭を置いた。

 これぐらいで疲れるような奴じゃないのだが、と眉を寄せるジルに肩をすくめて見せた。怪訝そうなジルの顔は、すぐに呆れたものへと変わる。


「酔いました……」

「酔ったのかよ……ジャッジの時は平気だったじゃねぇか」

「あの時はこんなに揺れて無かったじゃないですか」


 リゼルは今まで数回馬車を利用したが、いずれも酔いはしなかった。

 だからこそ意外そうな視線を送るジルだが、しかし今までは魔物と遭遇こそすれリゼルが戦闘に参加することはなく、そもそも戦闘になると馬車を止めてしまう。

 結構な揺れの中、進行方向とは逆向きに集中して狙いを付けたのが仇となったらしい。

 元の世界では振動など全く無い上流階級御用達の馬車に乗っていただけに、慣れない事をした所為で酔ってしまったようだ。

 急激な変化をする森を見ない様に空に視線を投げるリゼルに、流石に今は質問出来ないかとイレヴンは自らの空間魔法を漁った。


「大丈夫ッスか、はい」

「ん?」

「チョコっす」


 わざわざ包装を解いて差し出されたチョコを受け取ろうとして、避けられる。

 目を瞬かせたリゼルにニンマリと笑いその口元にチョコレートを持って行くと、リゼルは仕方なさそうに苦笑してそれを咥えた。予想に反して甘さが控え目なそれが頭をすっきりとさせる。

 希少で高価なはずの空間魔法付き入れ物だが、まさかこんな場所に三つも揃っているとは誰も考えないだろう、とどうでも良い事を考えながらジルの手が襟元を緩めてくれるのを享受した。

 ふとイレヴンがリゼルの手を取って、その手の平から腕にかけてグニグニと揉みだすのを不思議そうに見る。


「それって何のマッサージですか?」

「酔い止めっつー話だけど、正直効果あるかは知らねッス」

「へぇ、初耳です」


 酔い止めに効果があるのかは分からないが、確かにマッサージだけあって気持ちが良い。

 わざわざ読みたいとも思わないのでそういった系統の本は買っていないが、一冊ぐらい読んでみても良いかもしれない。

 相変わらず揺れる馬車の上だが、それ程酔いに弱い訳でも無いので徐々に回復してきた。

 お礼を言いながらイレヴンのヒンヤリした手を止めると、一つ目の迷宮が見えてきたのか徐々に馬車の速度が落ちて行く。


「何だか至れり尽くせりですね、大分良くなりました」

「どッスか。俺結構役に立つと思うんスけど!」

「そうですね、凄く良い子です」


 微笑むリゼルに、イレヴンはぐぅっと喉を詰めた。

 元々打算があってやった事ではないが、やった後でそれもおかしいかと打算染みた返答を返したのに、それさえ見通したように素直に褒められると何も返せない。

 あー、だのうー、だの唸って頭を抱えてしまったイレヴンを可笑しそうに笑い、リゼルは頭を預けていたジルの肩から頭を起こした。

 止まった馬車から数人の冒険者が迷宮の門へと近付くのを見送り、此方に向かって魔物退治の礼なのか軽く手を上げた冒険者達に笑みを返す。

 通常なら迷宮から出てきた冒険者が帰る為に乗り込んで来るが、今の時間はまだ迷宮に潜る冒険者ばかりだからいないだろう。


「中、空きましたけど、どうされます?」

「折角座れるし、このままで良いです」


 場所は空いただろうが席は空いていないだろう。

 声を掛けてくれた御者に断りを入れると、間も無く馬車が再び走り出した。

 リゼル達の目当ての迷宮までは後三十分程か、天気も良いし席が空いたとしてもわざわざ馬車の中に入る必要は無い。まだ早朝なので少し涼しいが、日差しは暖かいから問題はないだろう。


「白ゴーレムの核、何個ぐらい必要なんでしょう」

「手に入った分全部持って帰りゃ良いだろ」


 呻くイレヴンの横で、平和な会話が交わされた。



イレヴンはまだ慣れてないので翻弄されてます。怒られるの怖いし。

なので怒られないラインを見つけてもうちょっと慣れたら、多分元の掴み所のないキャラに戻る。はず。

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