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22:当然あとで一言ある

 この世界のギルドは冒険者ギルドだけではない。

 主なところに商業ギルドがあり、大抵の商売人は商業ギルドに登録している。

 恩恵の一例としてジャッジが度々利用する“スタッフ貸出システム”があり、ジャッジがマルケイドを訪れる時などはそれを申請して、店番を任せる事が多い。

 高価で貴重なものが多いジャッジの店だが、貸し出されるスタッフにも階級があり、露店での売り子が得意なものもいれば高級店の店員をこなせる者もいる。

 上級スタッフを借りると値段が高くつくが、商業ギルドの信用にかけて店の品位を落とすような真似はまず間違い無くしない。

 鑑定については仕方が無い為休止となるが、店自体を長く閉めるよりはマシだろう。


 こうして完全に閉まっていた訳でもなく、営業を続けていた店の後処理をジャッジは行っていた。

 完全に一点物の迷宮品も少なくないので売れてしまったのなら、また伝手を回らなければいけない。

 幸いにも半強制的に持たされた祖父の土産により売り場が寂しくならない事が救いだろう。

 元々ジャッジへ向けられたものではないのだが、無料で渡そうとした祖父に押し付けるように代金は渡している。


「……あれ、」


 せっせと品物を並べていたジャッジが、店に並べられた商品たちをぐるりと見回した。

 迷宮品の棚、魔道具の棚、冒険者向けの品々が並べられた棚、小物でさえきちんと整理整頓されているのはジャッジの性格ゆえだろう。

 少なくない商品を並びすら把握しているジャッジだが、数か所心当たりの無い並びになっている場所がある。

 借り受けたスタッフが整理してくれたのかと思いながら覗きこみ、じっと数秒見つめて再びあれ、と小さく首を傾げた。


 留守中売れたものが書かれているリストを確認し、もう一度棚を覗きこむ。

 やはり足りない。迷宮品が四点、売れたリストには書かれていないにも拘らず無くなっている。

 よくよく見れば変えられた並びはその空白を隠すようにして並べ替えられており、ジャッジはざっと顔色を青くした。

 泥棒かと思ったがそれは無いだろう、泥棒がわざわざ盗んだ商品を誤魔化す為に完璧に並びを変えはしまい。それにこの店は招かれざる客に容赦はしない・・・・・・

 それならば答えは一つしかないだろう。


「……商業ギルドと、事を構えるとか、怖すぎる……!」


 それでも泣き寝入りする訳にはいかないだろう。

 ジャッジは半泣きになりながら店に“所用により出掛けております”の看板を掛けて、とぼとぼと歩きだした。






「あれ、閉まってる」

「あいつも出掛ける事があんのか」


 いつも店を開けていてせっせと働いているジャッジの姿を思い出しながら呟いたジルに、リゼルは苦笑した。

 確かに仕事ばかりしているイメージがあるが、実際一緒に商業国マルケイドへ行ったり飲みに行ったりしているだろうに。しかしそんなイメージが出来てしまう程ジャッジが働き者なのは確かだろう。


 今日は依頼【迷宮“霧の森”にでる緋色蝶の鱗粉求む!】で迷宮に潜ったときに手に入れた迷宮品を鑑定してもらいに来たのだ。

 簡単そうに見えるがCランクだけあって中々癖のある依頼だった。

 大雑把な者や短気な者はまず無理だろう依頼は、もしジルだったら見向きもしない依頼だろう。

 リゼルは依頼人が料理人であった事と、開発中の新メニューに使いたいという変わった理由が何故か気に入ったらしく依頼を受けた。

 濃い霧の向こう側から絶え間なくウルフやゴブリンが襲ってくる中、蝶を殺さないようのんびりと鱗粉を採取出来たのは偏にジルのおかげだ。


 リゼル達が居ないものはしょうがないと踵を返そうとした時だった。

 道の向こう側から肩を落として歩いてくる人影に、その足を止める。

 道を行く誰よりも高い身長は背を丸めていようと高く、間違い無くジャッジだと分かった。

 明らかに気落ちした様子を不思議に思いながらも、相変わらず一見何の役に立つか分からない迷宮品を手に入れてしまったリゼルは、折角だから鑑定して貰おうかとひらりと手を振った。

 それに気付いたジャッジがぱっと顔を上げ、小走りに近寄ってくる。


「リ、リゼルさん、すみません、お店……」

「いえ、丁度今来たので。どうかしました?」

「う、あの……」


 じわりじわりと瞳を濡らしていくジャッジに、これは泣くかなと二人が思った時だった。

 ジャッジがグッと歯を食いしばり、きゅっと眉に力を入れて無理矢理涙を抑え込んだのだ。

 そして何でも無いと言いながら力無く首を振り、どうぞと店の扉を開ける。

 弱音を吐かないのなら慰められたくないのだろうと、せめて仕事に打ち込めるようにリゼルはまた今度にはせずあえて鑑定を頼んだ。

 予想通り普段の仕事を行って少しだけ持ち直したジャッジが何とか小さく笑って、リゼル達を送り出す。

 閉まったドアを確認して店の前に立ち止まり、二人は自然と視線を合わせた。


「あの盗賊……じゃねぇな。お前があんだけ怖がらせて何かするとは思えねぇ」

「瞼ぱんぱんになるまで泣いてましたもんね。俺はちょっと注意しただけなんですけど」

「忠告の間違いじゃねぇの」


 胡散臭げな顔で見るジルに軽く笑い、リゼルはふと店を見た。

 聞こえたのは押し殺された泣き声。何かを耐えるようにリゼル達の消えた店内で一人泣くジャッジに、そっとその場を離れる。恐らく彼はリゼル達に聞かれたくないだろう。

 リゼルの前では涙を隠す事をしないジャッジが隠そうとするのならば、原因に見当が付かない事はない。

 何かを考えているリゼルを、ジルはつっと視線だけで見下ろした。


「手を貸すのか」

「んー……今回はちょっと様子見ですね」

「へぇ」


 苦笑したリゼルを、ジルは意外そうに見た。

 普段なんて事ない場面でこれでもかと甘やかしていながら、深刻そうな今は突き放すらしい。

 正直面倒事に巻き込まれたくない為かと思ったが、そうではないだろう。基本的に人に対して入れこまない人物だが、それでも内側に囲った人物には充分気を回している。


「原因ですが、多分お店関係で何かあったのかな。ジャッジ君にも商売人としてのプライドがあるし、俺達が堂々と口を出して良い問題じゃないでしょう」

「そういうもんか」

「プロっていうのは、そういうものです」


 それならばリゼルの誇りはどこにあるのだろうと考えかけて、ジルはすぐに考えるのを止めた。

 言うまでも無い。しかしこの世界にいる間はどうやったって見る事は出来ないはずだ。

 リゼルが真実の誇りを胸に膝を折る存在は此の世界にはいないのだから。

 仮に誇りを汚されたらどうするのだろうと考えかけて、これもすぐに止めた。恐らくイレヴンの時の牽制なんて目では無いだろう。


「大人しい奴ほど怒らせたら怖ぇっつうしな」

「ジャッジ君が怒ってるところなんて想像出来ませんけどね」


 お前だよ、と溜息をついてジルは帰って来た宿の扉を開けた。

 今日の迷宮は“霧の森”だけあって湿っぽく、見通しの悪いジメジメとした中で小さな蝶を探して歩いたので未だに髪や肌が湿っている気がする。

 早くシャワーを浴びたいと、汚れ一つ無い服の首元をぱたぱたと揺らすリゼルに泥臭さは欠片も無い。

 大抵の冒険者が泥だらけで帰ってくる迷宮から汚れなく帰って来たのは、大立ち回りしない事と汚れ知らずな装備のおかげだろう。気品ある顔立ちが泥臭さとは無縁ということもあるだろうが。

 その点ジルに汚れ一つないのは単に実力だ。


「あ、お帰りなさいッス!」


 ふいに届いた声に、ジルは眉を寄せリゼルは苦笑した。

 ジルの背中から覗きこんでみると、仁王立ちをした女将と向かい合っている鮮やかな赤色が、こちらを振り返った拍子に蛇のように揺れていた。

 細身の体を強調させるような服を着ており、しなやかそうな体躯を持つ彼は相変わらず愛想の良い笑みを浮かべて此方を見ている。


 ジルによって潰された手首は回復薬のお陰か回復しているようだった。

 あの日、帰りながらジャバジャバと何かを自分の手にかけていたのが恐らくそうだったのだろう。

 腰に下げられた双剣は存在を主張しているが、腕を折った相手を前にそれを使う気は全く無さそうだ。


「三日ぶりですね」

「ゴブサタっす!」


 最後に会ったのは言うまでも無くギルドでリゼルが(ジル曰く)忠告を行った日だ。

 泣くだけ泣いてふらふらしながらギルドを出て行ったイレヴンとは、泣き始めてからまともな会話を交わしていないが、襲撃も無くなったし周囲に変化もないので忠告は受け入れたのだろう。

 そんな彼がわざわざリゼル達の前に顔を出すとは何か用事があるのかと、リゼルがそう問いかける前に厳しい顔をした女将が此方を向いた。


「ちょいとリゼルさん、またガラの悪いのに絡まれてんじゃないだろうね」

「当たらずとも遠からずです」

「え、ちょっ、」

「ほらご覧! リゼルさんの知り合いとか嘘をお言いでないよ!」


 的確なリゼルの言葉に女将は激昂してイレヴンへと詰め寄っている。

 イレヴンもまさか誤解だと言える立場では無く、ついこの間まで命すら狙っていたのだから否定出来るはずがない。

 アイン達でもアウトだったのだから、更にタチの悪そうなイレヴンが女将を言い含められるはずがないだろう。

 そんなやり取りを笑ってみているリゼルに助けを求めるが、微笑まれただけだった。


「あ、そうだ。シャワー浴びたいから帰って来たんでした」

「俺も」

「俺放置ッスか! え、マジで! ちょっ、俺パーティ入れて欲し……! ああ本当に行っちゃうし!」


 スタスタと階段を上って行ってしまったリゼル達を見送って、イレヴンはがくりと肩を落とした。

 無理に追おうにも女将に立ち塞がられているし、強行突破しようものならどうなるか分からない。

 その程度で怒るリゼルだとは全く思わないが、しかし叩きこまれた恐怖はイレヴンを立派に自制させていた。以前だったら平気で女将を押し退けて追いかけただろうと思えば、リゼルのは相当効果的だったのだろう。


「ほらいつまでしゃがみ込んでるんだい、髪の毛が床を擦ってるよ全く!」

「……俺、嫌われたんスかねぇ」

「あのリゼルさんがどうでも良い人間をいちいち嫌う訳ないだろうに!」

「どうでも良い!?」


 イレヴンの一つに結んだ長い髪が床にとぐろを巻いたのを見て、女将が憤りながら苦言を強いる。

 ジャッジとは違い慰めを多大に期待して零した弱音は、しかし慰めどころか反撃となって百倍返しされた。

 想像以上に沈んだ心に更にへこみながら立ち上がる。でないと絶えず飛んでくる女将からの言葉の暴力が止んでくれない。ならこの宿に泊まれないかと妙案を出してみたが、即座に却下された。






 濡れた髪を拭きながら、リゼルは目の前に立つイレヴンを見た。

 笑う顔は喜びに溢れているのが一目で分かり、椅子に腰かけたリゼルの前で礼儀正しく立っている。

 何故彼が此処にいるかと言われれば粘り勝ちだとしか言えない。

 リゼルが降りて来るまでずっと待ってると主張したイレヴンに、女将がシャワーを浴び終わった頃を見計らって、全くどうしたもんかと部屋に尋ねに来たのだ。

 リゼルに会う気が無いなら追い返そうかという女将に、仕方が無いと苦笑しながら招き入れた。もちろん散々心配はされたが。


「椅子、どうぞ」

「はいッス!」


 向かい側にぽすんと多少の勢いをつけて腰かけたイレヴンだが、その優れた身のこなしのお陰か木の椅子は軋む事が無かった。

 座る瞬間下敷きにしないようにか、ピッと髪を弾く動作は手慣れており、細い指が踊る仕草はまるで劇のように芝居染みていた。これで目立つなという方が無理だろう。

 もう水が滴り落ちない程度まで髪が乾いたのを確認し、最後に軽く梳いて整える。

 イレヴンが目を細めて楽しげにこちらを見るので、何が楽しいのかと苦笑しながら首を傾げて見せた。


「それで、用事があったんですよね?」

「パーティ入れてっつうお願いに来たんスけど……駄目っすか?」

「駄目です」


 微笑んだリゼルに、イレヴンは一旦口を噤んだ。

 断られるとは思っていた。何せ自分は一回のみならず命を狙ったのだから。

 完全に敵意が無い事を示すにはどうすれば良いのかとこの三日間呆っとしながら考えていたが、良い案は浮かばなかった。どんな小細工をしようと見破られるだろう。

 だが逆にどんな嘘も見破れるのだから真実だって見破れるはずだと、イレヴンは常に浮かんでいる笑みを消した。

 三日間どうやって仲間に入れるか考え続けて何も思い浮かばなかったが、しかしパーティに入らないという選択肢だって一回も浮かばなかったのだ。


「俺、もう二度とアンタの事傷つけないって約束する」

「大丈夫、そこは疑ってませんよ」


 じゃあ何故、とイレヴンは拗ねたようにそっぽを向いた。

 そしてぱっと顔を上げ、ニヤリと笑ってリゼルを見る。

 何も一度で了承を貰えるとは元々思っていないのだ。リゼル達の顔を見て頭から吹っ飛んでいたが、そういえば今日は手土産を持ってきていた。


「じゃあ賄賂。今日、アンタと仲が良い道具屋のニィサンが商業ギルドと揉めてたらしいッスよ」

「賄賂が情報っていうのは証拠が残らなくて良いですね」

「でっしょ?」


 得意げに笑うイレヴンに、リゼルも微笑んで続きを促した。

 ジャッジが知られたくないと思っているのは知っているが、しかし知っておけるのなら知っておきたい。ようは本人にバレなければ良いのだ。

 別に取引材料ではなく、今回の場合言うならばイレヴンの貢物みつぎものなので、続きを聞くのに条件を吹っかけて来るはずがないだろう。

 勿論イレヴンはリゼルに対してそんな考えを持てる程舐めてはいないため、ただ情報に興味を持ってくれた事に対して喜んでいるだけだ。


「他意は無いッスよ? ただパーティ入りのんで貰うための切っ掛けがないかなーってちょっとだけ周囲を探らせてた部下から聞いた情報なんスけど」

「ああ、それで。ジルが最近敵意は無いのに視線は感じるってイライラしてましたよ」

「マジっすか、襲撃の時の雑魚と違って気配完全に消せる奴使って探らせてんスけど…」


 イレヴンは先程顔を合わせたジルを思い出してみた。

 扉が開いて視線が合った瞬間、苛立ちを込めて眉間に皺を寄せた表情は幼い子供だったら間違い無く泣く程に恐ろしかった。

 本物の盗賊すら腰が引けるガラの悪さは、もはやカタギとは思えない。

 恐らくイレヴンの斥候だと分かっていたからこそのあの表情なのだろう、あそこで斬りかかられなくて良かったと大袈裟に溜息をついてみせた。

 そして、ちらりと窺う様にリゼルを見る。


「……アンタは怒らないんスか」

「視線とか良く分からないし、特に支障はないので怒りませんよ」

「なら、良かった」


 安堵したように笑ったイレヴンは、一瞬浮かべた窺うような視線をすぐに消した。

 いつもの様なニヤニヤとした笑みを浮かべる様子を見ながら、元から本音は隠したい人種らしいとリゼルは心の中で納得する。

 情報の価値を熟知していたり、国の追撃を避ける盗賊の動かし方をしたり、イレヴンはひねくれた考え方をしているが見かけからは窺えない程に頭が回る。

 その捻くれた考え方を真っ直ぐ伸ばすようにさり気なく誘導してイレヴンを誘いだしたのはリゼルなので、彼と相対する際のイレヴンを見た者はその印象をどちらかといれば単純に割り振るだろうが、しかし彼の性根は単純さからかけ離れている。

 難しい子だ、と苦笑してリゼルは再度話を促した。


「道具屋のニィサンなんスけど、なんか留守にしてた間に雇ってた店員に商品何個かってかれたらしいッスね。それが商業ギルド直属の貸出スタッフとかで、しかも上級スタッフだから余計に揉めてるらしいッス」

「要はそのスタッフが平然と否定して、過失を認めたくないギルドはスタッフを信じて、ジャッジ君が嘘つき扱いされてると?」

「その通りッス」


 見て来たかのように纏めたリゼルにイレヴンはニィッと笑って頷いた。

 インサイの存在が知れ渡っていればギルドもジャッジを無碍には扱えないだろうが、どうやらパルテダではインサイが国一番の貿易業の経営者だとは知られていないらしい。

 元々趣味の為に始めた店だというし、もし知られているならもっと店に人が詰めかけているだろう。

 隠れ蓑といえば良いか。幼いジャッジと共に過ごす為の店は、彼が孫を可愛がる為に造ったようなものらしい。知名度は邪魔だったのだろう。

 それでも今は充分利益を上げているのだから、ジャッジの手腕が窺える。


 さてどうしようか、とリゼルが考えているとふと此方を期待しているように見ているイレヴンに気が付いた。

 価値のある情報を手土産にしたからには、パーティ入りを認めて貰えるか気になっているらしい。

 パーティの事なのでジルと話し合って決めなければいけないのだが、とリゼルは考えているが大体の場合ジルはリゼルが決めた事に反対する事は無い。ただイレヴンについては命を狙われておきながら何故、と心底呆れられるだろうが。

 だがそれ以前に、リゼルはイレヴンをパーティに入れる予定は無かった。


「君は盗賊の首領でしょう? そんな人をパーティに入れたらバレた時に大変な事になります」

「じゃあ盗賊辞める」

「頭のいなくなった盗賊が周囲を荒らし始めたらどうするんですか。それに盗賊の皆さんは君の事知ってるんだから、簡単にバラされますよ」


 拒否されながらもイレヴンは嬉しそうに唇を歪める。

 リゼルの口ぶりでは盗賊関係をどうにかすれば仲間に入れる事も考える、と聞こえるのだ。

 ならばどうにかして自分が盗賊団の首領だとバレないようにしなければ。


「あ、じゃあ盗賊の奴等全員殺してくるッス! これなら大丈夫スよね」

「簡単に仲間を殺すような人を仲間入りさせるとか、怖いですね」

「アンタとあいつら同列な訳ねぇッスよ」


 どこか無邪気さすら感じさせる笑みに、リゼルはさして動揺する事無くからかう様に微笑んだ。

 ニヤリと笑ったイレヴンは本気なのかどうなのか、ただリゼルの反応を窺いたかっただけのようでもある。


「全員って人数覚えてるんですか?」

「……覚えてねぇ」

「取りこぼしがあったら危ないですよ。それに国すら動くような盗賊団が全員殺されたとか、新しい脅威の出現だなんて周囲が多少なりともパニックになっちゃいます」


 ぶっすーと膨れてイレヴンは椅子の上に胡坐を組んで天井を仰いだ。直ぐにリゼルに注意されて椅子の上に乗せた靴を下ろしたが。

 何かにつけて否定されてしまえば、もしやリゼルは自分をパーティ入りさせるつもりは無いのではと思ってしまう。

 どうすれば自分が盗賊を抜けた事になるのか、今になってみると面白いからと成長させてしまった盗賊団が邪魔に思えて来る。


「毒殺なら皆殺しにすんのも疲れねぇのにー」

「それこそ蛇の獣人である君が疑われちゃいますよ」

「心配してくれてるんスか」

「勿論」


 すんなりと肯定したリゼルに、イレヴンは思わずぽかんと口を開けたまま固まった。

 確かに気付いていながら捕縛も通報もせずに盗賊団を自由にさせているのが知れれば、リゼルにとっても危ういだろう。イレヴンがもし捕えられてそれを口に出してしまえば、リゼル達にも何らかの疑いがかかるはずだ。

 しかしイレヴンがどれだけリゼルの真意を探ろうと、そんな意図は見えてこない。

 相変わらず何を考えているのか分からない穏やかな顔は、しかしだからこそ本当にイレヴンを心配しているのではないかという希望を抱かせる。

 希望ってあれ自分何考えてんだアレ、なんて絶賛混乱中のイレヴンを見て、リゼルはふとその開かれた口を見た。


「そうか、毒殺出来るんでしたね」

「え、ああ、ラクショーッスよ」

「口の中の分泌腺から毒物を排出できる者もいる、でしたっけ。一種類だけですか?」

「これ結構秘密っつーか、奥の手なんでホイホイ言うようなもんじゃ無いんスけど……」


 書物で読んで知識だけは持っているリゼルだが、実際に質問してみたい事が幾つかあった。

 元々個体数が少なく、住んでいる地域が限られている為に身近には見ない蛇の獣人だ。

 本に書いてあった情報も他の獣人に比べると少なく、リゼルにとっては充分とは思えなかった。

 割と興味を露わにするリゼルに、これだけ興味を抱いて貰えるとはと感動しつつ、さてどうしようと内心で打算を持つ。

 パーティ入りして仲間になったら教えるとでも言ってみようか、いや駄目だ普通に「じゃあいいです」とか言われる、と考えていた時だった。

 ツゥ、と顎を滑る指先の感覚に全ての意識が持って行かれた。


「口を開けて」


 穏やかな優しい声に、しかしイレヴンは従ってゆるゆると口を開いた。

 思い出すのは恐怖を覚えさせられた日、顎に添えられた手で自分の全てを支えられた記憶。

 獣人だからこそ唯人ただびとよりも強い本能が、目の前の存在に服従を示したばかりか、自分の全てを明け渡してしまった記憶が蘇る。

 添えられただけの指が優しく微かに顎を引くと、イレヴンの意思など関係ないとばかりに体は勝手に椅子から腰を浮かせて、机に両手をついてリゼルに口元を差し出していた。

 指先が唇の中へと潜り込んで、鋭く尖った一対の歯を撫でて出て行くのを、どこか心を奪われた様子で見送る。


「どうしました?」

「ッ!?」


 掛けられた声に、イレヴンはぱっと意識を取り戻した。

 不思議そうに見るリゼルは、自分がイレヴンの本能を従わせたなどと思っていないのだろう。

 ただ口を開けて見せて欲しいと頼んだら、やけに素直に従ってくれるので、どうかしたのかと思っただけらしい。

 本でしか知識の無いリゼルは、獣人の持つ獣の本能の存在を知っているかどうかすら怪しい。言葉で言い表せない為に獣人同士でしか理解できないものだ。


「……別に、何でも?」


 イレヴンは跳ねる心臓を押さえながら、分からないのなら知らせる訳にはいかないと何事も無かったかのように常の笑みを浮かべた。取り繕ったそれは当然バレるだろうが、しかし真実を知られるよりマシだ。

 自分が目の前の相手に服従しているなどと、イレヴンでさえ今気付いたばかりなのだから。


「そんなに知りてぇならしょうがねッスから、どうぞ」

「良いんですか?」

「知ったからにはパーティ入り考えといて欲しーッス!」


 机に乗り出したままパカリと口を開けたイレヴンに、リゼルは何か誤魔化したのを察したがまぁ良いかと再び指を伸ばした。

 唯人に比べて少しだけ薄く丸みの無い歯と、鋭く尖った一対の犬歯(蛇だと思うなら牙か)は噛まれたら痛そうだ。

 分泌腺は犬歯の裏、という知識を元に歯を伝って指を口の裏側に潜らせる。

 笑っているのか目を細めて此方を見下ろすイレヴンに微笑んで、その口の中を覗き込んだ。


「根元に切れ目、これが分泌腺ですか」

「ふぉっふ」


 開けっぱなしになった口から発せられた言葉はいまいち分からなかったが、微かに頷いたからそうなのだろう。

 触るか触らないかの強さで殊更優しくその切れ目をなぞると、イレヴンが喉を鳴らして笑う。くすぐったいようだ。

 歯を伝いながら右から左へ、左右の切れ目をなぞったが貼りつくように閉じているのが分かる。

 普段から流れっぱなしも危険だし、やはり自らの意思で毒を排出出来るようだ。


「そのまま、何か出せます?」

「あー…」


 口を開けたまま何かを考え、イレヴンは片手で頬を指差した。出してくれるらしい、と毒々しい程に赤い口を覗きこむ。

 歯の根元にある切れ込みがパクリと口を開け、切れ込みというよりも穴と言った方が良い状態になった直後、そこから少し粘度のある透明な液体が少しずつ漏れだした。それは鋭くやや長い牙を伝い、ゆっくりと牙の先端に水滴を造り出す。

 その水滴が口内に落下しようとした瞬間、指の腹でリゼルがその水滴を受け止めた。

 目を見開いたイレヴンが一瞬動きを止めたのを気にせず、粘度のおかげで指先でドーム型を崩さない液体を見ていたリゼルが、徐々に指を伝って落ちて行く毒に唇をつけた。

 ちゅ、と小さな音が鳴ったことで覚醒したイレヴンが、ばっとリゼルの片手を掴んで口から離す。


「な、にやってんスか!」

「何の毒かと思いまして。ん……ちょっと指先痺れてきました」

「そりゃそうッスよ麻痺毒ッスもん! あーもうこれ飲んで解毒剤!」


 服の内側を漁ってどこからか取り出した解毒剤の瓶の蓋を開け、イレヴンはリゼルへと押し付けた。

 口を開こうとしたリゼルにその隙を与えず、さあ飲めと口元に押し付けられた解毒剤を受け取ろうと手を伸ばす。

 じんじんと痺れる指先は危うかったが、何とか握って解毒剤を流し込む。

 致死毒以外には大抵効く解毒剤は高価だろうに良いのだろうかと思いつつ、恐らく盗品だろうそれを飲み込んだ。

 何ともいえない味だ。回復薬といいどうして薬はこうもダメージを与えそうな造りなのだろうか。


「マジ信じらんねぇって! 致死毒だったらどうすんスか!」

「麻痺毒だったじゃないですか。でも毒に強いはずの君が何で解毒剤を?」

「交渉用! だいたい無色透明の毒を見分けれるはず無いのにちょっと警戒心足りねーんじゃないッスか!」


 何故か憤るイレヴンを見て、しかしリゼルはにこりと微笑んだ。

 解毒剤の効果は素晴らしく、痺れの消え去った指先で持っていた瓶を机に置く。

 髪を拭っていた仄かに湿ったタオルで指先を拭い、このタオルはもう使えないなと適当に畳んで机へと乗せた。


「大体致死性の皮膚吸収する毒だったらアンタ今頃……!」

「心配してくれるんですか?」

「そりゃ……、…………ッ」


 先程のやり取りを繰り返すように言葉に出したリゼルに、イレヴンは止まった。止まってしまった。

 いつもの彼ならば「勿論ッスよ!」と得意のニヤケ顔で返す筈だ。

 それを戸惑ったのは心配していないから、まさかそんなはずは無い。

 遊びで返すのを忘れてしまうほど、心底リゼルの言葉に肯定しているからに他ならない。

 駄目だコレ絶対バレた、とぐっと口を噤んだイレヴンに追い打ちをかけるようにリゼルはゆるりと微笑んだ。


「君が俺に対して危険のあるものを出さないって、信じていますよ。言ったじゃないですか、約束するって」


『俺、もう二度とアンタの事傷つけないって約束する』

 伝えた言葉をまさか信じて貰えていたのか、実はあの時本当に自分を心配してくれていたのか、低い筈の体温がぶわりと上がる感覚に鳥肌が立つのを感じて、イレヴンはガタリと椅子を押し退けながら後ずさった。

 精一杯まで逸らされた顔が彼の心情を現しているようで、笑いながらリゼルが声をかけようとした時、イレヴンはガタガタと音を立てながら部屋から出て行ってしまう。

 帰るのかという予想は、しかし直後聞こえてきた声にかき消された。


「ちょっと一刀のニィサン聞いて欲しいんスけど! あの人にどういう教育してんスか! 毒だって知りながら口に入れるなんてちょっと冒険者としておかしくねッスか!」

「ドア叩くな煩ぇ……お前顔赤ぇぞ。照れ隠しで俺に当たんじゃねぇよ」

「濡れた裸の上半身の色気がパネェっすねヒュー流石! っつか照れてねぇしね! 俺全然照れてねぇし!」

「普段の余裕ヅラぐっちゃぐちゃじゃねぇかクソガキ煩ぇよ」

「俺ガキじゃねぇッスよちょっと何閉めようとしてんスか!」

「構って貰えなくて癇癪起こして叱られて泣き喚いた奴の何処がガキじゃねぇんだ」

「それを言われたら否定できな……ッてちょ、何閉めてんスか! あの人の教育方針についてちょっと話し合いをっつってんじゃないスか!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐイレヴンの声に、リゼルは照れ隠しなのかと可笑しそうに笑った。

 ジルが相手を放置したのに喚いている限り、まだ照れは引いていないのだろう。発散方法も随分と賑やかだ。


「しかし言っちゃいましたね、怒られそう」


 後でジルと顔を合わせたその表情はきっと顰められているのだろうと思いながら、リゼルはゆっくりと苦笑した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大好きすぎて読み返し4周目なのですが、このときのイレヴンの可愛さ、たまらないですね…! 現在のイレヴンも知っているからこそ、この頃の不器用さが改めて愛しいです。 岬さまの書かれる物語は、不思…
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