195.小股すり足平行移動かつ真顔
冒険者ギルドは、各国さまざまな特色がある。
それは主にギルド長の個性によるもので、魔物はびこる迷宮見学などの取り組みが行われていたり、冒険者の協調性を競う謎の大会が海で開催されたりと多種多様だ。
ならば、家族経営でアットホームなサルスの冒険者ギルドはどうなのかというと。
「これより冒険者ギルド主催の“大☆草むしり大会”を開催いたしまーす!」
こうなる。
しかも強制的な全員参加だった。
事の始まりは、依頼ボードの上にでかでかと掲げられた横断幕だった。
「何あれ」
「草むしり、ですか?」
白地の布に、力強く描かれた文字にリゼルたち三人は目を通す。
内容は簡潔だった。草むしり大会の開催が決定した旨。その日程。そして赤文字での強制参加の文言で締められている。詳細は書かれていないので、知らない冒険者は職員に問い合わせろということだろう。
周りを見れば、これでもかと目立っている横断幕に呆気にとられる冒険者もいれば、「もうそんな時期か」と渋い顔をする冒険者もいた。
それを見るに、どうやらサルス冒険者ギルドでの恒例行事らしい。
「二人がサルスにいた時はなかったですか?」
「知らねぇ」
「なかった、と思う」
猛スピードで付近の迷宮を攻略し、尽くし立ち去ったジルは勿論のこと。イレヴンもサルスにいた頃は、どうやらあまり冒険者活動に力を入れていなかったらしい。
ならば知らないのも道理だろうと、リゼルは納得したように頷いた。
「後で聞いてみましょうか」
「サルスに土ねぇじゃん、何処の草むしんだろ」
「魔法学院には少し土の地面がありましたけど」
「冒険者全員でむしりに行くには狭ぇだろ」
「草むしりで釣った冒険者が次々と実験の餌食に……とかなったりして」
「彼らは小細工なしで【被検体募集】っていう依頼を出しそうですけど」
「そうだとして誰が受けんだよ」
「誰も受けなかったからそういう依頼を見かけないのかもしれませんよ」
「怖。……お、あれは?」
「あ、良さそうな依頼ですね。ジルもいいですか?」
「ああ」
リゼルたちは雑談を交わしながら依頼を決め、受付へと向かう。
その後ろでは、何処の草をむしるのかという会話に訳知り顔でにやついていた冒険者たちが、何故か魔法学院の闇を覗き込まされて顔を青くしていた。
受付で草むしり大会の詳細を尋ねたリゼルに、職員は快く答えてくれた。
「草むしりの現場はサルス周辺でぇす」
「周辺」
「周辺でぇす」
聞き間違いかとオウム返ししたイレヴンにも、職員はぶれずに断言してみせた。
サルス周辺。サルス国内ではなく、サルス周辺という言い方。つまり湖から外のことだろう。
一国を抱く巨大湖の、外側だ。
「街道に限らずですか?」
「限らずですねぇ」
貼りつけたような可愛らしい笑顔は一切崩れない。
リゼルたちは顔を見合わせた。強制参加の文字の意味を今更ながら悟る。
「あ、でもご安心くださぁい」
そんな三人を見て、職員は安心させるように言葉を付け足した。
できるだけで良い、と言葉が続くのだろう。そうだよなとリゼルたちは安堵する。
「北と西と南の自警団の方々も総出で草むしりするので、四分の一です」
「四分の一っつってもさァ」
「広すぎるだろ」
「日程、一日だけでしたよね」
「終わんねぇじゃん」
「終わらせるんですよぉ」
終わらせるしかないのだという気迫を感じた。
よくよく見れば職員の目も死んでいる。恐らく彼女たちも参加するのだろう。
大会というのも、もはや冒険者のモチベーションを上げるための名目としか思えない。
「ですので、当日は動きやすい格好でサルスの大橋外に集合をお願いいたしまぁす!」
「分かりました」
こうなると冒険者たちに拒否権はない。
リゼルはなんだか楽しそうだと頷き、イレヴンとジルは嫌そうに視線を放り投げた。
そして当日、リゼルたちはサルスの大橋の前に集まっていた。
天候は雲一つない快晴。早朝なので肌寒さはあるが、柔らかな日差しが降り注いでいる。
それを湖が受け止め、水面を煌めかせているのが美しい。そんな爽やかな朝だった。
「草むしり日和ですね」
「眠ィー……リーダーそれ何?」
「麦藁帽子です。ほら、アイン君たちとの合同依頼の時に貰った」
「それは知ってっけど」
「お前は何をそんなに張りきってんだよ」
リゼルは麦藁帽子を取り出し、自身の頭にかぶせる。
なにせリゼルはこれまでにも草むしりの依頼を受けたことがある。その際、依頼人を含めた農家の面々がこぞって麦藁帽子を被っていた。
ならば草むしりのフォーマルは麦藁帽子だろうと、堂々と身に着けるのみだ。
「なんか避暑地来た貴族みたいのが……あ、貴族さんか」
通りがかりの冒険者に何やら言われたが気にしない。
「クァトも頑張りましょうね」
「草むしり、初めて」
「依頼で受けたことないですか?」
「ない」
今日はクァトも宿から一緒に来ている。
クァトは低ランクの依頼でも魔物関係を選ぶことが多い。農家繋がりで言うなら、草むしりよりも種食いワームの駆除を選ぶタイプだ。
更には彼の故郷、戦奴隷の集落も草木の生えない荒野にある。草むしりとは無縁だろう。
「優勝目指して頑張りましょうね」
「頑張る」
「そういや大会か」
「賞品とかあんだっけ?」
四人がぐだぐだと話していた、その時だ。
「これより冒険者ギルド主催の“大☆草むしり大会”を開催いたしまーす!」
何処からか聞こえてきた声は、ギルド職員のものだろう。
爽やかな朝に似合う透き通った声は、拡声器でも使っているのかよく通る。集まっていた冒険者たちも、「眠い」「だるい」「帰りたい」の三重奏を止め、職員の名前を呼んだり指笛を吹いたりとヤジを飛ばし始めた。
「まず、細かいルールを説明するのでよく聞いてくださーい」
「草むしりのルールって何?」
「俺に聞くなよ」
冒険者ギルドは大会の体裁を崩さなかった。
少しでも冒険者たちのモチベーションを上げようという涙ぐましい努力を感じる。
「まず、草をむしる時は根っこからでなくて大丈夫です。抜けてしまう分には気にしなくていいですが、なるべく低い位置で刈り取るようお願いいたします。農地とは逆なので注意してくださいね」
「なんで、駄目?」
「地質や地盤の問題でしょうか。専門家の監修が入ってそうですね」
催しの規模の大きさを思えば、本格的な調査が入っていてもおかしくはない。
遠くから似たような説明が聞こえるのは、別方向を担当する自警団らの集まりだろうか。
大会を謳っているのは冒険者ギルドだけらしく、四方面が独立して動いているようだ。
「必要な道具はあちらの木箱に用意してあるので、ご自由にとって行ってくださーい」
「おい嬢ちゃん、木箱と一緒にえげつないモン置いてねぇか」
「あれは魔法学院のとある研究者の方が『ぜひ役立ててくれ』と提供してくださった“全自動草刈り魔道具”です。試運転の時に学院の塀に穴を開け、瓦礫を勢いよく飛び散らかし、暴走のかぎりを尽くしたらしいですが、提供者曰く『広い場所で使えば問題ない』とのことでした。あれは先着一名ですよ!」
爽やかな草原が一瞬静まりかえった。
特に先日のギルドで、リゼルたちによる“冒険者イコール被験者説”を聞いていた冒険者たちなど、あの禍々しいフォルムをした魔道具に食われるのではと想像して絶句している。
「余談ではありますが、毎年貸し出した道具を返してくれない方がいます。ですので今年はそれが判明し次第、そういったことをする方にあの魔道具で延長草むしりをしてもらうという案が出ているので、皆さん道具は使った場所にちゃんと返してくださいね!」
冒険者ギルドが被検体として冒険者を魔法学院に提供する可能性が出てきた。
「草むしり研究してる奴がいんのか」
「国民の生活に根差した魔道具をっていうのは普遍的にあるみたいですよ」
「塀、壊れた」
「出力の調整が難しいんでしょうか。使いながら調整していくしかなさそうです」
「そんで俺らに使えって渡してくんのマジで頭マッドなんだけど」
リゼルたちはひそひそと囁き合う。
流石に魔法学院にあらぬ疑いをかける訳にはいかない。あらぬかどうかは微妙だが。
「さて今大会ですが!」
若干引いた空気感を吹き飛ばすように、職員が元気よく声を張り上げる。
「皆さんには、抜いた雑草の量を競ってもらいます。木箱の隣に麻袋が山ほど積み上がっているのが見えるかと思いますが、それに雑草をこれでもかと詰め込んでもらい、その麻袋の数で勝敗を決定いたしまーす!」
「去年は重さじゃなかったか?」
「石を入れて重量をかさましする方がいたので撤廃しました」
「詰め込むっつっても差は出んだろ」
「あちらにうちのお父さん、もといギルド長が見えますか? 詰め込みが甘い麻袋は叩き返されるのでご注意くださーい。ギルト長が全力で押し込んだ時に、少しでも隙間ができればまだ入る判定です!」
「ふざっけんなよあの筋肉ゴーレム!」
「引っ込め!」
途端に冒険者たちからブーイングが飛ぶ。
リゼルが後ろを振り返れば、筋骨隆々な壮年男性が勇ましく上腕二頭筋を見せつけていた。
そのあまりに見事な筋肉に、アスタルニアでお世話になった職員を思い出した。元気にしているだろうか。
「ギルド長っていう立場の人、初めて見ました」
「俺も、初めて」
「まぁまず表には出てこねぇな」
「あまりギルドにいるイメージもないですしね」
「なんか他所ですっげぇウザ絡みしてくるギルド長見たことある。最初職員かと思った」
「何処だそこ」
「ニィサン知らねぇ? 行く?」
「行きたくねぇから聞いてんだよ」
少し気になるな、とリゼルは思ったがジルのために内心に留める。
どこの国もギルド長は個性豊かなようだ。喧嘩の腕に限らず、他者を圧倒する何かがなければ冒険者たちの元締めなどやってられないのだろう。
「そして皆さんお待ちかね、本日の優勝賞品がこちら!」
進行役の職員が何かを掲げたが、リゼルたちからは何も見えなかった。
他の冒険者はなんだなんだ見えないぞと詰めかけているが、四人はのんびり説明を待つ。
「なんと超々高品質の魔石です! 一級品を超えた特級中の特級品! 売れば金貨がざっくざく! 装備に使えば今日から貴方も伝説の武器や防具の持ち主に! これだけの品、滅多に出回りません!」
賞品の価値を全力で主張するあまり、言い回しが物売りじみてきている。
だが冒険者たちからは歓声が上がった。
「そこらの迷宮のボスどころではありません! 選ばれたボスからのみ手に入る至高の魔石です! マルケイドのオークションにでも持ち込めば金貨百枚も夢ではないでしょう!」
「ギルドがそんなもん持ってんのかよ」
「なら普段からもっと冒険者に放出しろーっ」
「誤解なさらず! これは今大会を開催するにあたって優勝賞品に悩んでいたギルド長に、とある関係者から『いつも草むしりしてくれて助かるわ。これ、良かったら使ってちょうだいね』と差し入れされた逸品です! ご厚意に甘えてこれ幸いと賞品にしました!」
「そんな作りすぎたメシ差し入れるテンションで渡されてんのか」
「躊躇えよギルドもよ」
冒険者たちから何とも言えない突っ込みが飛び交う、
だがリゼルたちだけは、一人の老婦人を思い出していた。老輩が冒険者ギルドで剣術指導(という名の遠慮のない斬り合い)を行っているらしいので、確かに関係者と言えるだろう。
恐らく、いや間違いなく宿の老夫婦から提供された魔石だ。
「婆ちゃんもギルドでなんかやってんだっけ?」
「元Sなんだから交流はあんだろ」
「ギルドから相談を受けることもある、っていうのは聞いたことあります」
「? S?」
そういえばクァトは知らなかったか、とリゼルは微笑んだ。
老夫婦も、わざわざ自分から冒険者だったとは言わないだろう。隠してもいないが。
「宿のお二人、元冒険者ですよ」
「!?」
「あの爺が庭で剣振り回してんの何だと思ってたんだよ」
「地元では、普通」
「つか宿屋が襲撃犯返り討ちにした時点で疑問に思えよ」
「地元では、普通」
致命的な常識のズレが今更ながらに発覚した。
戦奴隷の集落では、老若男女がひとまず戦える。ひとまず、というのも基礎を習うようなものではない。ひとまず“弱い魔物程度ならば狩れる”という実践および実戦ありきのものだ。
しかもそれを、子供の手習いの一環として教えられるという。
「なら気づかなくてもしょうがないですね」
「しょうがない」
頷き合うリゼルとクァトに、残された二人は釈然としない顔をする。
だが何も言わない。冒険者教育の前に教えることがあるのでは、などとは言わない。なにせリゼルも大概、最近はややマシになっているとはいえ一般常識に疎いところがある。
別に何か問題がある訳でもないしと、二人はそう結論づけた。諦めたともいう。
「賞品はこの一つですが、チームを組んでいただくのは勿論オーケーです。ぜひ協力して効率のいい草むしりを目指してください。ただ公平を期すため、チームは五人まででお願いいたしまーす! 草の横流しには厳しい処罰を用意しているので絶対にしないように」
草の横流しとは。
初めて聞いたなと冒険者たちの内心が一致する。
「他にも今日はギルドで昼食を用意しているのですが、それまでの成績で選べる食事が決まったりもします。これはサルスの飲食店の皆様のご厚意により実現いたしました。有難うございまーす!」
湖越しにサルスに感謝を告げる職員に、冒険者たちも口々に礼の言葉を叫んだ。
いよいよ大会らしい雰囲気になってきてテンションが上がってきたようだ。ギルドの思惑が完全に成った瞬間とも言える。
「では、これより第二十三回“大☆草むしり大会”を開始いたします! 頑張ってください!」
「意外と歴史がありますね」
「大会名乗る前から続いてそうだよな」
リゼルはふむ、と思案する。
そして一斉に道具と麻袋に向かって駆け出す冒険者を横目に、職員のもとへと歩いていく。
説明を終えて他の姉妹と話し合っている職員がリゼルの姿に気づいてにこりと微笑んだ。
「ご質問ですか?」
「いえ、ちょっと魔石を見せてもらいたくて」
「どうぞどうぞ」
綿の目いっぱい詰まった布袋を開き、職員が魔石を取り出した。
それをじっと見つめるリゼルの横から、ついて来ていたイレヴンとクァトも覗き込む。
「リーダーなんか気になった?」
「どれくらいの魔石かな、と」
「意外と、小さい」
「そうですね。でも魔力量はすごいですよ」
魔石は見た目ではほぼ品質の区別がつかない。
装飾として使うのならば、欠けていたり形が歪なものは価値が下がるだろう。だが魔力量ともなると、よっぽど魔力の扱いに精通しているか、それこそ鑑定士を名乗れるほどの知識と技術が必要だ。
ちなみにジャッジがちょっと見て言い当てるのはかなり凄い。他の鑑定士はできない。
「うん」
リゼルは頷き、そしてクァトを見た。
「クァト、一緒にチームを組みましょう。草むしりは人海戦術です」
「組む」
「イレヴンは道具の用意をお願いします。よく斬れそうなのを見極めてくださいね」
「良いけど……」
「ジルは麻袋を持てるだけ持ってきてください、あ、良識の範囲内で」
「根こそぎ持ってくるとでも思ってんのか」
なんだか本格的になってきたな、とジルたちはリゼルを見た。
とはいえリゼルがこういったイベント事で手を抜かないのはいつものことだ。どうせ草むしりはやらなければならず、そして肉体労働のあとの質素な昼食など死んでもご免である。
よって全員、パーティリーダーの指示に従って素直に動き出す。
「優勝目指して頑張りましょうね」
麦藁帽子を被って朗らかに告げたリゼルに、何かが違うような気がするなと思いながら。
そして開始から三十分経った頃。
「つか魔石ぐらいニィサン持ってんじゃねぇの?」
イレヴンが早々に飽きた。
彼は集めた草を抱え、広げておいた麻袋に突っ込む。力の限り押し込めば、一抱え以上もある麻袋がそろそろ満杯になりそうだった。想像以上に入るので、限界まで詰め込むと確実に持ち上がらない。
麻袋が樽型をしているのはそのためらしい。転がせということだ。
「そういうの、違う」
「何がだよ」
「ロマン、ない」
「お前草むしりにロマン感じてんの?」
「……感じては、ない」
「ほらァ」
「うわっ」
イレヴンが馬鹿にしたように抜いた草をクァトに投げた。
草どころか引っ付いていた土まで被り、クァトが勢いよく頭を振る。そして彼は、ケラケラと笑うイレヴンに持っていた草を投げ返した。
「口、入った!」
「は? ふざけんな雑魚!」
「お前が、先に、投げた!」
「おい今の虫ついてただろ!」
勢いよく草を投げ合う二人を尻目に、地味な作業も好んで行うリゼルは順調だ。
手袋をした手で草を掴み、引っ張りながら草刈り窯を引く。とにかく手当たり次第に処理していけばいいので、テンポ良く動くのはコツだ。手元にも慣れが出てきた。
「穏やかさんが草むしりしてる……なんか現実か夢か分かんねぇなコレ……」
麻袋を転がしながら通り過ぎていく冒険者の呟きは気にしない。
「こんな誰も通らねぇとこ綺麗にしても意味ねぇだろ」
「そうでもないみたいですよ」
リゼルがむしった分の草を回収しながらジルがぼやいた。
ひと掴みで大量の雑草を持ち上げ、麻袋に放り込む彼に礼を告げながらリゼルは立ち上がる。
三十分しゃがみっぱなしは流石に、腰が曲がったまま固まってしまいそうだった。
「君たちと説明を聞いた後、改めて詳しい話を聞いたんですけど」
「お前そういうの好きだよな」
「あ、ちゃんと邪魔しないタイミングで話しかけましたよ」
「そうじゃねぇよ」
昼すぎの、暇を持て余している職員シスターズはよくよく雑談に応じてくれる。
勿論、下心がなければの話だが。
「サルスには防壁がないから、見通しを良くしておきたいみたいです」
「対岸の草むらに魔物が潜むかもって?」
「手入れしてるからこそ、今のところ魔獣の住処になってないのかも」
「まぁあり得るか」
「そもそも魔物が寄ってきやすい場所ですしね」
魔物が人を襲うのは、その魔力に惹かれているからだという。
サルスの湖に流れ込む川、その上流には魔力だまりがある。水に溶け込んだ魔力は川を下るうちに薄まり、湖に届く頃には影響のないものになっているが、やはり他の湖に比べると魔力含有量が高い。
特に湖の底のほうなどは、流れてきた魔力の溜まり場となっている。溜まったとしても魔力中毒になるほどではないが、その魔力に魔物が惹かれたとしても何も不思議ではない。
「あとは普通に景観の問題らしいです」
「あ?」
「ほら、サルスは観光にも力を入れてるので」
「ああ……」
水上都市という特異性から、サルスへの観光客は多い。
パルテダールからは勿論のこと、他国から訪れる者もいるという。街中に張り巡らされた水路、所狭しと並ぶ家々は色とりどりで、何より一歩サルスに足を踏み入れれば常にそこは湖の上だ。
そう、湖こそサルスをサルスたらしめるもの。であればこそ、観光客からは湖に面した宿が大人気であり、その期待に応えたのか「ぜひ巨大湖を臨む部屋で癒しの時間を……」というコンセプトの宿がそこかしこにあるので。
「だから景観か」
「大事ですよ、景観」
湖の対岸が草まみれでは格好がつかないのだろう。
ちなみにそういう観光用の宿は割高なうえ、ギルドからも遠いので冒険者は使わない。
「つうことは今もどっかの観光客が草むしり眺めてんのか」
「年に一度だと逆にレアですし、喜んでもらえてるでしょうか」
「手でも振っとけ」
「流石に見えなそうです」
リゼルは可笑しそうに笑い、さてそろそろ再開しようと麦藁帽子を被り直す。
そして汚れた手袋を叩きながら、いまだ草だの土だの石だのを投げ合っている二人を見た。
「ほら、二人とも。あんまり進まないと、俺があの魔道具で駆け回りますよ」
イレヴンとクァトはすぐさま作業に戻っていった。
とはいえ何時間もずっと作業は続けられないもので。
「疲れましたね」
「今どんくらい?」
「麻袋四つくらいです」
「ニィサンがぎゅうぎゅう詰めるから座り心地カッチカチなんだけど」
「座っても転がりませんしね」
「良いことだろ」
リゼルたちは詰め終えた麻袋の上に座り、のんびり休憩中だった。
ただの円柱と化した麻袋は、中身が雑草とは思えないほど硬い。それを横に倒して腰かけているにも関わらず、少しも潰れないので足がつかないし、あまりの重量に転がるどころか揺れもしない。
倒さず立ててある麻袋など、綺麗に自立している始末だ。
「重量じゃなくて個数なんだからさァ」
「足りねぇっつって返されるよかマシだろ」
「そりゃそうだけど」
そもそも麻袋は、相当頑張って中身を詰めなければ転がらない。
つまり非常に思うので、転がして所定の場所まで運ぶのも一苦労だ。そうまでしても、やり直しを宣言されてキレ散らかしながら戻ってくる冒険者を時々見かけていた。
「それに、多少の詰めすぎはクァトがカバーしてくれますよ」
「あいつ何なの?」
「天職じゃねぇか」
クァトは今や、草むしりの才能に完全に目覚めていた。
今も猛然と草の山を築き上げており、そのスピードは他の追随を許さない。
その秘密は彼の指先にある。クァトは戦奴隷の能力を生かし、指から刃物を生やしてざっくざっくと草の根本を切っていく。操作性は勿論のこと、切れ味だって貸し出されている草刈り鎌と比べものにならない。
積みあがる草に、成果が目に見えるのが嬉しいのだろう。
もはやクァトこそ、例の魔道具のライバルと称されるに相応しい存在だった。
「お水いかがですかぁ?」
その時、ふと隣から声がかかる。
そこには水瓶を詰めた籠を肩からかけ、休憩中の冒険者たちに配り歩いている職員がいた。
今日の職員たちは制服を脱ぎ捨て、全員がパンツルックで参加している。その代わりに“ギルド職員”とシンプルに書かれたタスキをかけているので、いろいろな意味で分かりやすい。
「冷えてはいないので、それでもよろしければぁ」
「有難うございます。いただきますね」
「職員もどっかで草むしってんの?」
「私たちは街道を担当しておりまぁす。草むしりと、あと小石を除けたりですね」
職員が指さしたほうを見る。
そこには彼女の姉妹たちが、小さく丸まってちまちま草を抜いたり、大物を引っこ抜かんと腰を据えて引っ張り続けている姿がある。流石に街道は根っこごと抜くのが基本のようだ。
頻繁に馬車が行き来するとはいえ、雑草がまったく生えないという訳ではない。
「この前、街道の草原ねずみ退治が依頼にあったのは……」
「この草むしりに向けての一斉駆除ですねぇ」
ああ、とリゼルは納得した。
やけに一匹残らず駆除しろと念押しされていたはずだ。リゼルたちが受けたのは、大橋から王都方面の街道の駆除だったので、恐らく別方面の街道についても似たような依頼が出たのだろう。
「そういや依頼人匿名みたいなもんだったな」
「ギルドが依頼出したっつうこと?」
「いえ、自警団の統括からです。もともとは自警団の取り組みですのでぇ」
それもそうかと三人は頷く。
草むしり中に草原ネズミが出たとして、冒険者なら「お、草原ネズミだ」と追い払うだけで済む。もしくは襲われようと、大体の冒険者ならば返り討ちにできるだろう。できなくとも、近くで草むしり中の他の冒険者のもとへ突っ込めば何とかなる。
だが、自警団ではそうはいかない。
治安維持を主目的として活動する彼らは、魔物との退治経験はほとんどない。それは強い弱いではなく、歴戦の戦士は全員ねずみ退治が得意かというとそうでもない、というのと似たようなものだった。
「クァト、喉が渇きませんか?」
「ん」
「飲んだ瓶ってどうすりゃいい?」
「回収いたしまぁす」
「おい、飲みきれねぇなら寄こせ」
「有難うございます」
各々喉を潤して、空き瓶を職員に返す。
「それでは、また何か質問がありましたらお声がけくださいねぇ」
「分かりました」
にこやかな笑みを浮かべて去っていく職員を見送る。
リゼルはそのまま周囲を見渡した。草むらに寝転んで昼寝をしていたり、麻袋に仰け反るように寝っ転がって腰を伸ばす冒険者の姿がちらほら見える。
そんな彼らに、職員たちは水を配って歩いていた。声かけで励まし、中だるみを防ぐ狙いがあるのだろう。特に目当ての職員がいる冒険者には効果絶大で、皆一様に元気を取り戻しているように見えた。
ただし度が過ぎると彼女たちの父親が持ち場を放棄して突撃してくる。
「職員さんに質問に行ったら、俺もギルド長に突撃されるでしょうか」
「下心もねぇくせに何言ってんだよ」
「リーダー紳士だからなァ、下心あってもセーフ判定もらえそう」
「あ。ギルド長、走ってる」
四人の視線の先で、草むしり中の職員にちょっかいを出した冒険者が跳ね飛ばされた。
それから暫く経ってのこと。
特に目立ったトラブルはなく作業は進んでいるも、あまりにも広大な草原に終わりが見えず、なんとなしに冒険者たちのモチベーションが下がってきていた時だ。
「皆さんお待たせいたしましたー! お昼ご飯でーす!」
拡声器によって響き渡る職員の声に、途端に冒険者たちは元気を取り戻した。
しかも心なしか草原を吹く風に食欲をそそる匂いが混ざり始め、彼らの心を浮つかせる。
その匂いの発生源は、考える必要もないほど明確だ。先程からやけに、湖の上を人と荷物が行きかっているなと誰もが気にしていた場所がある。
「昼食ですが、あちらの湖の縁に屋台が並んでいるのが見えるでしょうか。最初の説明でもお伝えしましたが、サルスの飲食店の皆さんが今日のために出してくれた特別屋台です! なんとなんと、皆さんには無料でお楽しみいただけます!」
冒険者たちは歓声を上げ、そちらに駆けだした。
「ただ!」
その勢いも、職員の一喝に少しばかり緩まる。
「お金はかかりませんが、対価が必要ないとはお伝えしておりません……その対価こそ労働、すなわち草むしりです! 皆さん、麻袋を提出していただいた際、ギルド長から貰ったものはお持ちですか?」
「ジル、何か貰ったんですか?」
「ただの木札」
リゼルたちのチームは、麻袋の納品をジルに一任していた。
あの超重量級と化した麻袋を運べるのがジルしかいなかったからだ。イレヴンでぎりぎり、リゼルは無理、クァトはというと草むしりの最高戦力として大活躍。よってジルが自動的に提出ポジションとなった。
「おら」
ジルが取り出したのは、言葉どおりの長方形の木札だった。
手のひらサイズで、表面には焼き印で“Excellent!!”と刻まれている。それが十数枚ある。
麻袋一つにつき一枚貰えるらしく、これならば各チームの結果集計には困らない。
「お持ちの木札の枚数で、利用できる屋台が増えていきます。三枚までは青い旗の屋台を、六枚まではプラスで黄色の旗の屋台を、十枚以上お持ちの方は更に赤い旗の屋台……つまり全ての屋台をご利用いただけます!」
並んでいるのは青い旗が五つ、黄色の旗が四つ、赤い旗が三つだ。
肉体労働が一段落つき、空腹を持て余す冒険者が何十人。さらに無料の食べ放題とあれば、彼らの食欲はさらに加速する。青い旗の五種で十分に満足はできるが、どうせ食べるならば品数は多いほうが幸福度は高い。
暖かな心地の平原に、冒険者たちの落胆と歓喜の声が響いた。
「購入する時に必ず、お店の方に木札を提示してください。十分な食材は容易していただいていますが、なくなり次第終了です。それでは皆様、午前は大変お疲れさまでした!」
「お前荷物持ちな」
「分かった!」
イレヴンとクァトが駆け出して行った。
イレヴンはジルから木札をひったくっての全力疾走だ。
「成程、湖沿いに並べれば船で搬入できるんですね」
「冒険者相手に食いモン売んなら賢いだろうな」
「どれだけあっても余ることはないでしょうし」
とはいえ早い者勝ちであるのは変わりない。
イレヴンたち同様、平原の至るところから冒険者が駆け出すのを、リゼルとジルはのんびりと歩きながら見ていた。自分で選びたいという気もないため、二人に任せておけば問題ないと思っているからだ。
「そういえばヒスイさんのパーティ、いないですよね」
「サルス離れてんじゃねぇの」
「そこはSだから免除、とかじゃないんですか?」
「ギルドがそんな甘やかし方しねぇよ」
「確かに」
FランクだろうがSランクだろうが、冒険者は冒険者だ。
冒険者全員参加を銘打ったからには、ギルドはSランクの首に縄をかけてでも強制連行するだろう。リゼルとて、本気でSランクだから参加を見逃されていると考えた訳ではない。
むしろヒスイならば、面倒くさそうにしながらも当たり前に参加するだろう。
それこそ、冒険者は冒険者だからだ。Sランクという立場は、冒険者だという事実よりも先立たない。
「ヒスイさんたち以外にも、いないパーティがいる気がします」
「サボりだろ」
「ペナルティとかあるんでしょうか」
「あっても大したもんじゃねぇよ。規定にあるもんでもねぇし」
リゼルは納得したように頷いた。
確かに大侵攻での強制招集はギルド規定にあったが、草むしりについての記載はなかった。ギルド規定は全ギルド共通であるはずなので、サルスだけ特別ということもないだろう。
記載のない部分は、ある程度はギルド長の裁量に任されている。
「それを思うと、逆に参加率が高すぎる気もしますね」
「まぁ何かしらはあんだろうな」
ちなみに大会をサボった冒険者は、しばらく職員たちから塩対応を受ける。
それを知っているからこそ、何度か大会を経験している冒険者たちは必ず参加するのだ。ずっと笑顔で対応していた職員が、自分の番が来た途端に笑顔を消した瞬間の恐ろしさたるや。
よって今日不参加を決め込んだのは、サルスでの冒険者活動歴が少ない者ばかりだった。
「後日の居残り草むしりとかでしょうか」
「あの魔道具の実験台にでもされんじゃねぇの」
「サンプルは多いほうがいいですしね」
「お前もう魔法学院行くな」
そんなことなど知る由もない二人は、穏やかに雑談を続けていた。
そろそろ屋台も近い。我先にと詰め寄る冒険者たちを眺めていれば、その隙間を縫うように動き回る職員たちの姿を見つけた。彼女たちもここで昼食を買うのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「はいそこ木札の合算は駄目でーす」
「今をもって配る木札が変わります。屋台で使えるのは午前の木札だけなので、今から麻袋を運んできたとしても昼食には行かせないことご了承ください。お昼の号令の少し前に、午前分の集計が始まるから提出できる麻袋は持ってくるようにってちゃんとお伝えしましたよ。はい、間違いなくしました」
「少々よろしいですかぁ? 今後ろ手に隠したものを出していただいても?」
次々に不正が取り締まられていた。
職員たちも忙しいなと話しながら、リゼルたちはやや離れた場所から先行した二人を探す。
「次そっちの店。後ろの船に乗ってんの肉? それ全部ちょーだい」
「まだ、持てる」
イレヴンが絶好調だ。
荷物持ちにされているクァトも一見可哀そうなことになっているが、本人はまだまだ余裕だと張りきっていた。大量の食糧で両手が塞がっている横で、イレヴンが悠々と串焼きを齧っていることに対しては恨めしげだが。
「あ、リーダーこっちこっち」
当のイレヴンは、上機嫌にこちらを手招いている。
「何がありました?」
「肉、野菜、パン」
「基本はパンにいろいろ挟んで食えってことかも。青旗がベーシック、黄色旗が変わり種とか凝ったやつ。赤旗は串焼きとかの単品料理でちょい贅沢できるって感じで」
確かに、屋台のメニューはどれもパンに挟みやすいものばかりだ。
青い旗の屋台、その一番端で、半分に割ったパンが手に入るらしい。もちろん挟まず、ウインナーやベーコンなどの具材のみを食べてもいいが、テーブルも椅子もない平原では挟んで食べるのが手っ取り早い。
よく考えられているなと、リゼルはひとしきり感心した。
「じゃあクァトが背負ってるのはパンなんですね」
「こっち、青の具材、こっち、黄色の具材」
クァトは中身がパンパンの布袋を背負い、両手に大皿を四枚持っていた。
大皿にはこんもりと具材が盛られ、手のひらと腕で上手くバランスをとっている。
「おうい、焼けたぞ」
「おっ、美味そう」
そして今まさに大量の串焼きが盛られた大皿が、クァトの頭の上に置かれた。
流石に神妙な顔をしているクァトに、ジルが頭の皿を引き受けてやる。無抵抗で置かれるなよと、後にジルは語る。この時はどこから突っ込めばいいのか分からず無言で通した。
「リーダー何食う? 一応好きそうなの選んでっけど」
「どれも美味しそうですね」
こうして四人は大量の戦利品を手に入れ、ピクニックさながらの昼食を楽しんだのだった。
昼食後も続く草むしり。
冒険者たちは好きに休憩を挟みながらも、延々と作業を進めていく。
もう見飽きたと言ってもどうにもならない。腰が痛いと言ってもどうしようもない。
もう全部燃やそうぜと呟いた誰かの声に大歓声が上がるも、ギルド長に鎮圧された。魔法でなんとかできねぇのと言われた魔法使いがキレ散らかしては、ギルド長に鎮圧された。
そして同じく草むしり中の自警団と一触即発になり、ギルド長に鎮圧されること幾度目か。
「これでどうでしょう」
「足上がんねぇだろ」
「ん」
「もう上がんなくていいじゃん、すり足で」
リゼルたちはというと、クァトの魔改造に取り組んでいた。
今のクァトは両足首から外側に向かって二対の刃を生やし、足の間にそれらに繋がる機構を組んで、左右で連動させて動くようにしている。クァト本人は何も分からないまま、刃を伸ばしたり曲げたり何やら複雑な形にしているだけだが。
「これで歩くごとに左右の刃物がスライドして、草を刈り取ってくれるはず……」
「あー、動く動く」
「噛み合わせもうちょい詰めるか」
つまり、流石に飽きて横道に逸れてきていた。
優勝を狙って賭けに出たともいう。終わらなさすぎて危機感を覚えたともいう。
「刈り取り部分もうちょい長くできねぇ?」
「こいつの筋力じゃ長くするとスピード出ねぇぞ」
「あー、そっか」
「クァト、ネジで固定したところは痛くないですか?」
「痛くは、ない」
ちなみに戦奴隷的にどうなのかというと、クァトとしては全く問題ない。
何故なら、足元で複雑に組みあがった刃の機構が格好良いからだ。ロマンを感じる。
「ちょっと歩いてみましょうか」
「ん」
クァトは肩幅に開いたまま固定された足を一歩踏み出した。
足は左右へ移行にしか動かせず、さらに靴底を持ち上げることも叶わないので、歩き出しこそ酷くぐらついたがクァトの体幹は耐えきった。
やがてコツを掴んだのかスムーズに歩き始める。足を踏み出すごとに鳴り響いていた金属の擦れ合う音が、一定のリズムを刻んでいた。
「おっ、切れてる切れてる」
「やっぱり小股が安定しますね」
「羽虫がすげぇな」
「あいつ地面しか見てなくてねぇ?」
「クァト、人とすれ違う時は注意してくださいね」
「分かった」
これは例の魔道具を超えた存在が生まれたのでは。
そう成功を喜んでいたリゼルたちだったが、ふとクァトが足を止めた。そのまま上体を右に倒し、左に倒し、ひたすらに謎の動きを繰り返すクァトに、どうかしたのかと近づいた時だ。
「曲がれない」
機構に重大な欠陥があることが判明してしまった。
やはり専門家に張り合おうとするのは早かったなと反省する。例の草むしり魔道具だって、暴走はするかもしれないが曲がれないということはないだろう。
「じゃあ曲がる時はジルに持ち上げてもらいましょうか」
「ん」
「あとジルには、刈った草をひたすら麻袋に詰めてほしいです」
「分かった」
「イレヴンは俺と、刈り残しの処理や雑用担当でいいですか?」
「りょうかーい」
そしてリゼルたちの進撃が始まった。
やけに腰を落として異様なほど平行移動しているクァトと、その後ろをついて回る他三人は、周りの冒険者の目をもの凄く引いた。時折ジルが、クァトを持ち上げて方向展開する姿が何とも言えない。
だが、視線を集める理由はシュールすぎる光景だけではない。
四人が通りすぎた後には芝生のように整えられた地面が広がり、目いっぱいに膨らんだ麻袋が次々と乱立していく。その光景は、終わらない草むしりに途方に暮れていた冒険者たちの心に希望を灯した。
「よう、何か手伝わせてくれ」
「この麻袋持ってってやるよ。木札は勿論ちゃんと渡す……重ッも!」
「あ、有難うございます」
力自慢が我こそがとばかりに、美しい円柱と化した麻袋を運んでいってくれる。
リゼルたちの想像以上に順調に草が刈れるため、運ぶ暇がないなと思っていたところだったので有難かった。中には新しい麻袋まで持ってきてくれる冒険者までいる。
「おいお前ら、これなら終わるぞ」
「ラストスパート気合い入れろぉ!」
風澄み渡る平原に、勢いを取り戻した冒険者たちの雄叫びが轟き渡った。
そうしてリゼルたちは、誰もが認める圧倒的な優勝を掴むことができたのだった。
その翌日のことだ。
「クァト、大丈夫ですか?」
「痛い……ッ」
最大の功労者であるクァトが筋肉痛で撃沈していた。
昨晩の四人での祝勝会の時、すでにその片鱗は見せていた。延々あんな歩き方をしていたのだから不思議ではないが、クァトの筋肉痛はどうにも様子が違っているようだ。
「足首が痛いんですよね?」
「痛い……」
「逆になんで足首だけなんだよ」
「知らない……」
リゼルは己のベッドに寝転ぶクァトの両足首に、そっと氷嚢を置いてやる。
ジルの言うとおり、足首以外は少しも痛みがないというのだ。歩き方が原因だというなら、真っ先に内腿がやられているはずなので、通常の筋肉痛とは何かが違うのだろう。
むしろ、なぜ普通の筋肉痛にならないのかがリゼルには不思議でならなかった。
「捻ったとかじゃないんですよね」
「違う」
立ち上がることもできず、ただ天井を見るしかないクァトが情けない顔で首を振る。
「言い切れんなら経験はあんだろ」
「クァトが過去に筋肉痛になったのはどういう時ですか?」
「んん」
クァトが思い出すように視線をうろつかせる。
ちなみにこの場にイレヴンの姿はない。彼は早朝、立ち上がろうとして悲鳴を上げたクァトを見捨てて遊びに出ている。
「刃、出した時……んん、違う、出して、こう」
「武装する時?」
「その、前。いろいろ、形とか試した」
自らが惹かれた獣を真似て、刃で武装するのが戦奴隷だ。
それが完成するまで、紆余曲折あったのだろう。ただ剣を腕から生やすのとは訳が違う。
つまり、そういうことだった。
「まさか複雑な変形に筋肉を使ってるなんて」
「どこをどう使ってんだよ」
「無理をさせてすみません、クァト」
「俺も、知らなかったから、いい」
その後クァトは至れり尽くせりの看病を受け、翌日に完全復活を果たした。
若い子は回復が早いわね、というのは宿の老婦人の談である。




