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181:なんせ今までの奴らは全員酒を出してきた

 見渡す限りの大海原は、煌々と照る太陽に煌めいている。

 抜けるような青空は雲一つなく、船上では潮風を受けた帆がピンと胸を張っている。

 船尾を見れば、まるで船首の人魚像が纏うベールのように白波が広がっている。

 揚々と進む海賊船。その甲板にいるリゼルたちの視線の先にいるのは迷宮のボス。何隻もの難破船を取り込み、歪な化け物と化した巨大なイカの魔物であった。


「あ、これじゃん!? 槍あった槍!」

「それをどうすんだよ」

「多分ここに置いて、ここに根っこを合わせれば……ん?」

「どうした」

「狙いが上下にしか動かなくて……これがデフォルトなんでしょうか」


 三人はそんなおどろおどろしい魔物を前に、ああでもないこうでもないと言葉を交わす。

 彼らの目の前にあるのは甲板に幾つかあるバリスタの一つ。最初に船を探索した際に目をつけていたものだ。この船は通常の大型帆船と変わらず立派なマストがあり、そこに張り巡らされた無数のロープがあり、飾りではあるが舵があり、そして対魔物用の兵器がある。

 その対魔物用の兵器の代表格こそ、三人が手探りながら使おうとしている巨大弩だ。勿論これまでに斬ったり撃ったりもしたが、圧倒的質量とリーチの違いはどうにもならなかった。


「リーダーこういうの詳しくねぇの?」

「俺が知ってるバリスタは魔石粉砕式なので」

「あー、旧すぎるってこと?」

「おい何一人で戻ってきてんだ。槍持って来い」


 途端、ボスから伸びた触腕が甲板の上を薙ぎ払う。

 三人は揃ってしゃがみ、それを避けた。触腕がマストに当たって大きく船が揺れる。


「狙いはなァー……まぁ良いんじゃん? 適当に撃ちゃ当たりそうだし」

「そう、ですね。タイミングだけ、気を付ければ、いけそうです」


 リゼルは巨大なバリスタに掴まり、転がりそうな体を支えながらボスを見る。

 海賊船は独りでに動き、ボスの周りをゆっくりと周回していた。探索の時に舵があるのは確認したが、適当にブン回そうが進路は少しも変わらない。

 素人が操舵してボスから離れていくよりはマシだと思うべきか。幸いボスが積極的に接近してくれるため、手も足も出ないということはない。とはいえボスとこちらのリーチが違いすぎて、半ば一方的な展開になっているのは否めなかった。

 そこで三人は、このバリスタに頼ろうとしているのだが。


「ここ置きゃ良いのか」

「はい、それで、この弦に根元を合わせて」

「固ッ、こんな固ぇの引けねぇんだけど」

「いえ、多分この滑車を回して弦を引くんですけど、これを引っかける金具がないんです」

「えー探さなきゃじゃん……もうニィサンに引かせよ」


 武骨で巨大な金属槍、その先端が太陽の光を反射している。

 そんなものを飛ばそうというのだから、弦の張りはもはや人の手で引けるようなものではない。当然それを引くための滑車がある。よって本来ならば、弦とそれとを繋ぐ金具があるはずなのだが。

 だが見当たらない。どこに仕舞われているのか想像もつかない。


「備品の管理ミスです。しっかりした船長さんだと思ったのに」

「つっても海賊だし」

「怒んじゃねぇよ」

「怒ってはないですけど」


 先程会ったばかりの船長へ不満を零すリゼルの頭を、ジルが下に押す。

 途端、突き出された脚が三人の頭上を通過した。太い脚が影を作り、そこから滴り落ちる海水が髪や頬に落ちる。冷たく、潮の香りが強くする。生臭くはないのが救いか。


「ジル、引けそうですか?」

「あー……」


 考えるように零しながら、ジルはピンと伸びた弦に手をかける。

 片手を台座に押し付け、凄まじい弦の張りに逆らうように肘を引いた。兵器の名に相応しい、剥き出しの木肌を持つ巨大弩が軋んでその身を撓らせる。張りつめた弦は、一つ間違えれば指が飛んでいってもおかしくないほどであった。


「あ、行けそうですね」

「人外ー」

「てめぇは狙いつけてろ」

「はいはい」


 リゼルが火の魔力を込めた魔銃でクラーケを牽制する。

 イレヴンがバリスタの先端からぶら下がるロープに体重をかけながら狙いを定める。

 充分に弓を引き絞ったジルの目がまっすぐに白い巨体を睨む。

 金属槍をジルが投げたほうが早いのでは、という考えも三人には浮かんでいたが知らないふり。折角あるのならば使ってみたい、そんな魅力が“海賊船の巨大弩”にはあった。冒険者は時に、効率よりもロマンを追い求めるものなのだ。


「狙いっつっても何、これ直線で飛ぶ? 曲線?」

「ジルが引いてるなら直線ですよ」

「バリスタじゃなくて俺の性能で説明すんの止めろ」

「じゃあこんくらい。はい撃って撃って!」


 直後、想像したよりも軽い音で鉄の槍が発射される。

 だが軽いのは音のみ。人体に使うには過ぎた威力の一撃は、曲線を描くことなく蠢く巨体へと向かう。

 その槍が、クラーケの纏う難破船へと突き刺さった。けたたましい音を立てて潜りこむ鉄槍に、二本の触腕が弾かれたように持ち上がる。鳴き声だろうか、潮騒にも似た低い音が海に響き渡った。魔物は憤怒していた。

 振り上げられた両腕が勢いよく振り下ろされる。吸盤の並ぶそれが甲板を叩き、大きく船が揺れた。


「これ船壊れんじゃねぇの!?」

「迷宮だから壊れねぇだろ」

「迷宮ルールに救われましたね」


 その気になれば大船の一隻や二隻、容易にひっくり返るだろう攻撃にも船は耐える。

 お陰で右に左にあり得ないほど揺れるも、そこは無類の体幹の強さを誇るジルがいる。リゼルは彼に襟首を引っ掴まれたお陰で転がらずにすんだし、イレヴンはジルの靴と己の靴の側面同士を押しつけるように自力で踏ん張った。


「で、どうなった」

「全ッ然ダメ」

「身まではぎりぎり届いたと思いますけど、致命傷は難しそうです。目とか狙ってみましょうか」

「こんな雑な照準で狙えや良いけどな」


 叩きつけられる触腕を右に左に避けながら、三人は波間から覗くクラーケの瞳を見る。

 丸い瞳孔はどこを見ているのか。剥き出しの水晶体に守られたそれは、大人一人の身長を超えるほどに巨大。的としては大きいのだが、時折水面下に隠れるうえ、上下にしか狙いのつけられないバリスタで射貫くのは厳しいか。


「お、ゲソ引いてく」

「ゲソ?」

「イカの足。これアスタルニアでしか言わねぇ?」

「そもそもイカが出回らねぇだろ」

「あー、そっか」


 三人が眺める前で、甲板を襲っていた触腕が引きずられるように海に沈む。

 攻勢はひとまず止んだようだ。いや、止んだのだろうか。三人はそろそろと柵に近寄り、何やら十本の足を海の中に隠してしまった巨体を眺める。


「目ぇ狙うならニィサン投げんのが確実?」

「そうですね。ロマンはないですけど」

「斬れんなら斬りてぇ……おい」


 ふいに、潮風が冷える。

 ジルが怪訝そうな顔で眉を寄せた。リゼルもイレヴンも同調するようにクラーケを見る。

 パシン、と何かが割れる音がした。懐かしさを感じるには早い、酷く聞き覚えのある音だ。三人は目を凝らす。空の色を映した青い海面、それが巨体に触れている部分から徐々に凍り始めていた。


「何あれ、死んだ?」

「死にかけが凍ってどうすんだよ」

「あれは……」


 ジルもイレヴンも、まさか本当に仕留めたとは思っていない。

 にもかかわらず、戦闘中とは思えない物見遊山な会話をする彼らの隣でリゼルはクラーケを注視する。

 魔力の流れ、それが直接目に見える訳ではないが、それを捉えるためのコツは知っていた。それに従い観察していれば、クラーケの巨体を巡る魔力が変化しているのが分かる。

 触腕を除いた八本の脚、それらの先端から体のほうへと魔力が集まっている。凝縮された魔力が漏れ出て海面が凍っているのだろう。零れた魔力、と称して良いような魔力量ではないが。

 二つの巨大な水晶体は濁りもせず、纏う難破船の隙間からこちらを見ている。


「魔法攻撃、来るかもしれません」

「こっから更に遠戦とかどうしようもねぇだろ」

「バリスタだけで戦うのきつくねぇ?」


 文句たらたらのパーティメンバーにリゼルが苦笑した直後、クラーケの触腕が蠢いた。

 海上で揺れていたそれが海の中に潜る。白の隆線が数度波打ち、そして再び姿を現した。

 その先端には、まるで流氷を叩き割ったかのような分厚い氷塊。それが大きく振りかぶられる。


「思ったよか力業」

「船沈むんじゃねぇの」

「流石にあれで穴を開けられることはないと思いたいですけど」


 見た目に分からぬ筋力、そして両腕の撓りを利用してその氷塊は投げられた。

 リゼルは数歩、ジル達へと近付く。隣に立ち、視線を投げるだけで魔力防壁を発動。

 質量差がありすぎる、と三重に重ね張りした防壁を二枚目まで破壊して氷塊は甲板の床に落ちた。砕け散るように消えていく氷塊を、甲板に積みあがるようなことにならずに何よりだと眺める。


「片っぽ外れ」

「甲板に傷もついてないし、これに船を壊されることはなさそうですね」

「ならどうすんだよ。次来んぞ」

「どうしましょうか」


 三人は既に二投目を準備しているボスを眺める。


「近付く?」

「方法がありません」

「ひたすらバリスタで削るにも槍たりねぇだろ」

「リーダーが燃やそうとしてもダメだったし」

「つってもこれまでに踏破したパーティいんだしな」

「どうやったんでしょうね」

「弓使うSランクみてぇのがすっげぇいたとか?」

「ヒスイさん、『的は大きければ大きいほど良い』って言ってましたし」


 どのパーティにも共通する悩みだ。遠戦になればなるほど攻撃力に欠けてしまう。

 キロメートル単位で攻撃可能なヒスイは例外中の例外で、流石はSランクだと言うほかない。

 それを思えば意地の悪いボスなのだろう。迷宮なので、近付く手段が全く用意されていないとは限らない。とはいえバリスタが配備されている辺り、完全に遠戦で決着をつけろと言われても不思議ではないが。


「バリスタの槍に爆発系の魔石つける?」

「氷塊でガードされんだろ」

「ニィサン十本くらい一気に投げれねぇの?」

「十本足と一緒にすんじゃねぇよ」


 リゼルは二投目の氷塊を防ぎながら思案する。

 遠戦で地道に攻撃を重ねて決着。そんな戦いを、ジルとイレヴンは望まないので。


「最終手段です」

「あ?」

「リーダー何?」


 船体に打ち付けられた波が飛沫を上げる。

 その飛沫越しに、ジルたちは何やら楽しそうなリゼルを見た。


「あれを使いましょう」

 その言葉と同時に指さされたのは最も立派なマスト、その頂点。

 見上げた先にある見張り台には、一台の伝声管が備えられている。




 迷宮により与えられた唯一の有利性、それこそが他冒険者との会話を可能にする伝声管だ。

 リゼルはイレヴンを伴いながらマストを上り、見張り台へと足を踏み入れた。イレヴンは甲板に残ってもやることがないのでついてきた。


「これリーダー的には最終手段なんだ?」

「報酬の分配で揉めるかな、と」

「つっても他の奴は口出すだけじゃねぇ?」

「俺もアイン君たちに口だけ出して踏破報酬の半分を貰ってますし」

「あー、前聞いたやつ。それはリーダーいねぇとどうにもなんねぇヤツじゃん」


 確かに、今回は相談が必須という訳ではない。

 地道にやればいつかは倒せるだろう。ただ、ジルやイレヴンはそんな戦い方では“揚がらない”。よって他人に口出しされるのが嫌いな二人も、今回ばかりはリゼルの提案に頷いたのだ。

 何より、折角あるのなら使ってみたい。


「三投目ー」

「はい」


 放たれた氷塊をリゼルが防壁で弾く。

 狙いは意外と的確だ。触腕の撓りを存分に生かしたピッチングは素晴らしいの一言。

 戯れにそんなことを考えるリゼルは、ふと見張り台から身を乗り出した。落ちそう、という一言と共に隣に立つイレヴンを尻目に眼下を見下ろせば、ちょうどジルが自分に向けられた氷塊を大剣で叩き割っているところだった。

 そして彼は、甲板の端からバリスタ用の槍を持ってくる。何度か握り直して重心を捉え、柵の手前まで歩いたかと思うと力の限り槍を投擲した。目を狙った一投は、波間に沈んだ的を捉えられずヒレを裂く。


「あんな化けモン相手に投げ合えんのマジ人外」

「槍が有限じゃなければあれを続けるだけで勝てそうなんですけど」


 気に入らなそうに鼻を鳴らすジルに、楽しんでいるようで何よりだとリゼルは頷いた。

 そして、改めて伝声管の蓋に手をかける。隙間からは相変わらず賑やかな声が漏れ聞こえていた。


『あーーもう無理、もう自分が何処にいんのかも分からん全員沈め』

『それよか本と地図がある部屋って本当に何もねぇのか』

『いかにも何かありそうだけど何もねぇ。それよかよ』

「そこ、隠し扉ありますよ」

『貴族さん!?』

『マジかよもう通り過ぎたっつうの!』

『おい何があんだ!』

「この船の船長さんとの会話を楽しめます」

『会話かよ……じゃあいいわ……』

『サンキュー穏やかさん……』


 俄かに爆発したテンションが露骨に急落した。

 リゼル的には、宝箱にも負けない魅力のあるやり取りだったのだが。それに迷宮としてはトップレベルで希少な体験なのに、と不思議に思いつつ冒険者たちへと呼びかける。


「それで、俺も少し助言をいただきたくて」

『は? 俺らがなんの助言できんの?』

『そっちの三人で解決できねぇモンあんなら詰んでんだけど』

『逆に気になってきた』


 恐らく、攻略も折り返し地点を過ぎた冒険者が増えてきたのだろう。

 最初の爆発的な勢いは鳴りを潜め、行き詰まることも増えてきたらしい。気だるげな声も多く、暇つぶしに使える伝声管の前で腰を落ち着けている者も少なくないようだ。

 他の冒険者と言葉を交わせる、そんなギミックをわざわざ付けたからには使わせたいのか、伝声管の周囲には比較的魔物が少ない。もちろん完全に安全とは言えないが、迷宮内で腰を落ち着けるには十分なスペースだろう。


『で、どうした貴族さん』

「今、ボスと戦ってるんですけど」


 伝声管の向こうから、諦め交じりの痛恨の声が響き渡った。

 踏破を競うなか、誰かがその最終関門にたどり着いていると聞けばそうなるだろう。リゼルがちらりと隣を見れば、イレヴンは止まぬ慟哭が愉快で仕方ないとばかりに唇の端を持ち上げていた。

 リゼルはため息交じりの大声が落ち着くのを見計らい、言葉を続ける。


「そのボスが、イカと船のミックスで」

『そんなサルスネコとアスタルニアネコのミックスでみたいに言われても』

『どんなだよ』

『イカ素材の船? 船素材のイカ?』

「どちらかと言えば後者でしょうか」

『どちらかと言わねぇで良いぞ』


 のんびりとボスを眺めながら回答するリゼルに、すかさずフォローが入る。

 その隣ではイレヴンが外れていく四投目を見送りつつも笑いを耐えていた。


「大型帆船と正面衝突した巨大イカが、ぐちゃぐちゃに混ざり合いながら生きてるような見た目です」

『グロ……』

『でかくね?』

『帆船とか見たことねぇ』

「そう、見上げるほど大きいんです。しかも俺たちがいるのは船の上、大海原をホームにする相手は付かず離れずの距離から攻撃してきます」

『あー、リーチ足りねぇって話か』

『船ぇ? バグりすぎだろ。俺ムリだわ』

『つっても向こうは攻撃して来んだろ。そこ一刀が斬れねぇのか』

「最初は斬ったんですけど、切った足が倍になって再生したので。ジル、嫌そうな顔してましたよ」

『だろうよ』

『再生だ?』

『あ? 何?』


 何やら冒険者たちの一部がざわついている。

 気にかかる部分があっただろうか。リゼルたちは三人とも、触手が再生される点には特に違和感を抱かなかった。もしや攻略の糸口が掴めるだろうかと、何かが引っかかったらしい数人の冒険者へと言葉を促す。

 向けられたのは、驚愕の事実だった。


『穏やかさんそれタコじゃねぇの?』

「え?」

『斬ったとこ再生してんだろ? イカじゃねぇとは言いきらねぇけど、普通タコだぞ』

「白いのにですか?」

『白いタコいんぞ』


 リゼルとイレヴンは顔を見合わせた。

 するとイレヴンがおもむろに見張り台から身を乗り出し、眼下へと叫ぶ。


「ニィサンそれタコかもー!」

「は? ……だったら何だよ」

「何でもねぇけど」


 ただ言いたかっただけのようだ。

 気持ちは分かる、とリゼルもまた感心しながら白い触腕を振るう巨体を眺める。なかなかに衝撃の事実だった。いや、魔物を相手にイカだのタコだの定義づけるほうがおかしいのかもしれないが。とはいえジルも驚いたは驚いたらしく、日差しを遮るように目元を覆いながらボスを眺めている。

 だがジルの言うとおり、イカっぽい魔物がタコっぽい魔物に変わったところで何かが変わる訳でもない。


「あ、リーダー来る」

「分かりました」

『は? 何? 攻撃?』

「一抱えもある氷塊を投擲されるんです。後は、空いた足で薙ぎ払いや叩きつけですね」

『えげつねぇー……』

『一刀離れてんのか?』

「ジルは暇つぶしに槍を投げてます」

『は?』


 リゼルの張った魔力防壁を二枚、氷塊が破壊した。

 ガラスが砕けたような音に、伝声管の向こうから安否確認が飛ぶ。そもそも、ボスとの戦いの最中に伝声管を使う余裕など本来ならばない。待っててやるから引く時は引け、という声が上がるのも当然であった。

 イレヴンに言わせてみれば「随分と親切なことで」の一言。これは、これまでにリゼルが伝声管からのヘルプに対して恩を売ってきた影響も大きいだろう。


「(リーダーただ面白がってただけだけど)」


 恩返しを期待した訳ではないと思うが、全く狙っていなかったかは不明だ。

 手遊びに双剣の片割れを回しながら、イレヴンは隣で会話を交わしているリゼルを見た。


「――――という感じで、今までは凌いでたんですけど」

『バリスタ効かねぇのがおかしいんだ。攻撃させる気なさすぎんだよ』

『つっても負け確な訳じゃねぇんだろ。今までに踏破した奴いんだし』

『近接に持ち込んでも厳しすぎじゃねぇ? 一刀しか無理だろ』

『バグりすぎ』


 ジルがバグに含まれたような気がしたがリゼルは流した。

 だがイレヴンが大笑いしながら大声でジルへと伝えている。その声が聞こえたのだろう、伝声管から焦ったようにイレヴンを止める声が幾つも上がった。

 そんなことでジルは怒らないのに、とリゼルも笑いながら話を先へと進める。


「ひとまずは、あの投擲を止められないかなと。接近の隙を潰されるのは厳しいので」

『そりゃそうだ』

『魔力切れ狙えねぇの? 助教授さんならそこらへん見て分かんねぇ?』

「魔力量がけた違いですし、魔力切れはあまり望めませんね。ただ氷塊は水面下の足のつけ根、その辺りから取り出してるみたいです」

『そこってチンッぐぇ』

『おぁぁあああーーーーーーーー!!』

『馬鹿お前誰が聞いてると思ってんだ止めろそういうの!!』


 何やら声が途絶えたな、と思った瞬間に幾重にも響く叫び声。

 だがリゼルが驚く間もなく、瞬時に動いたイレヴンによって伝声管の蓋を閉じられてしまった。どうしたのかと目を瞬かせるリゼルに、イレヴンは二コリと笑う。彼は音の途切れた伝声管を指先でノックし、そして数秒の後に何事もなかったかのように蓋を開く。


「イレヴン?」

「ん?」

「いえ」


 リゼルとて隠されずとも、とある冒険者が何を言いかけたのかは予想がつくのだが。

 しかし確かに、不特定多数が聞く場でする発言ではないだろう。それを止めた冒険者の必死な様子に、意外と言っては何だがモラルのある冒険者が多いなと感心してしまう。男冒険者が圧倒的に多いものの、女冒険者だって聞いているかもしれないのだから当然か。

 そう結論づけたリゼルと同じく、かはリゼルには分からなかったが、再び声の届くようになった伝声管からは先の話題などなかったかのような会話が続けられていた。


『体んなかで氷作って口から出してんのか』

『あー……いや違ぇだろ。魔力だけ口から出してんだ、トンビに引っかかる』

『ププーッ、海ん中に鳥いねぇってのバーカ!』

『イカの歯のことトンビっつうんだ覚えとけド素人』

『すまん……』

『それ知ってんのアスタルニア民ぐらいだろ……怖ぇんだよあそこの冒険者……』


 トンビだの何だのはリゼルも知らなかった。勉強になるな、と一人頷く。

 こういった会話を聞いていると、意外なところに冒険者の相性の良し悪しがあるのを知れる。様々な国を練り歩く冒険者、出身国などもはやあってないようなものだが、やはり己の育った出身国の影響は強く受けているようだ。

 どうやら、アスタルニア出身者とサルス出身者があまり合わない。というよりアスタルニア出身者は何も気にしていないが、サルス出身者がややノリが合わないと遠巻きにしがち。パルテダール出身者は得意も苦手もないが、マイペースも崩さないので我関せずの立場を取りやすい。

 とはいえ、それらも個人の性質の範疇を出ない。更には実力主義の冒険者なので、相手の実力が分かればそのあたりの区別などすぐに消える。特別気に掛ける必要もないだろう。


「どちらにせよ、潜って攻撃する訳にもいかないですしね」

『そりゃあそうだ、一刀だろうが魚の餌になっちまう』

『待て、あの一刀だぞ……』

『ジルさん強ぇんだぞ!!』


 幾らジルでも、あのボス相手に水中戦など挑まない。

 リゼルは可笑しそうにそう告げようとしたが、信頼に満ち満ちたアインの声が聞こえてきたので止めた。アインたちはいつの間に伝声管連絡網に参戦したのだろうか。息を切らしたような大声からは、何がどうしてそうなったのか必死に滑り込んできたのだろうと伝わってくる。


『潜れねぇんなら近付きようがねぇだろ』

『獣人いんだろ。そいつ錨に縛って一刀にでも投げさせとけ』

「だそうですよ、イレヴン」

「くたばれっつっといて」

「できるできない以前にやりたくないそうです」


 リゼルの翻訳はおおむね正確だ。

 だが何とか飛びつけないかという提案は、一応リゼルたちも以前に行っていた。飛びつくだけならば幾つか方法がないでもないが、帰ってこられなくなる可能性があって全て却下している。飛びついた途端に潜られて強制水中戦、とでもなれば目も当てられない。


「もし飛びつけるなら、大破した船に宝箱を捜しに行くんですけど」

『イカもどきと同化してぐっちゃぐちゃの船に??』

『まぁ、ねぇって言いきれねぇのが迷宮ではあるが』

『試すだけなら自由だろ。一刀すっげぇジャンプして行ったり来たりできねぇの?』

『あいつ城壁とか普通に飛び乗れそうだよな』


 伝声管の向こうから無数の笑い声が上がる。

 実のところ、城壁からの飛び降りについては可能であることが実証されているが。とはいえ流石に一足飛びで城壁上へ、というのは無理だろう。だがリゼルは一応聞いてみた。


「ジル、もしあそこに宝箱があったら跳んで取りに行けますか?」

「……」


 足元からミシリミシリと木材が悲鳴を上げる音がする。触手がマストに巻きついていた。

 それを意に介することなく突拍子のない問いかけをするリゼルに、ジルは盛大に眉間に皺を寄せる。その手は大剣を振り終えていた。半ばまで断ち切られた白い触手が、身もだえるように暴れながら海の中へと引きずり込まれていく。


「嫌そうな顔をされました」

『すまん』

「なので宝箱は諦めて、討伐に集中しようと思います」

『最初っからしてろよ頼むから』

『つってもイカとかタコの弱点つきゃ良いんじゃねぇの?』

『そんで通用すんならトレントなんて火ィつけて待ってるだけで済むんだわ』

『ファイヤーエレメントに水かけてキレられることもねぇんだわ』

『宝石トカゲの尻尾から第二の宝石トカゲが生まれることもねぇんだわ』


 何やら興味深い生態が聞こえてきたな、と思いながらリゼルも思案する。

 氷塊を生み出す口腔、そこを狙えないのなら両触腕はどうだろうか。何かしら拘束できれば投擲を止められるかもしれない。しかし斬っては再生されてしまう。試したのは足なので、触腕では違う結果が出るかもしれないが。

 とはいえ試すにはリスクが高い。触腕が四本になっては投擲の隙がますますなくなってしまう。


「斬る、以外の方法で腕を潰すとか」

『鉄板は火か。ゲソもクルクル丸まってんだろ』

『リゼルさん燃やせねぇの? 魔法でバーンッて』

「一応試してはみたんですけど、粘液に覆われてるのか効きが悪くて」

『あー、じゃあ難しいか。潜られちゃ終いだしな』

『とっかかりなさすぎねぇ? 船ごと突っ込むとか……は、舵利かねぇんだっけ』

『バリスタ以外に武器ねぇと割に合わねぇだろ』

『貴族さん他になんかねぇの? 仕掛けっぽいのとか』

「仕掛け……」


 ふと、リゼルは一つの伝言を思い出す。

 ただ一室のみ存在する本に溢れた部屋。その中央、海図の下に存在した隠し部屋。そこに鎮座する悪名高き大海賊、絢爛豪華な金銀財宝と海賊帽の似合う船長が残した伝言は、いまだ何にも用いられずにリゼルの記憶の中にある。

 それを何処で使うのか。恐らくここだろう、という予想は既についていた。だが。


「一応、あるにはあるんですけど」

『おおっ!』

「そのヒント、敵対したうえ思いきり煽った相手から手に入れたので」

『おお……』

『助教授さんもそういうことすんのか……』


 罠である確率も無きにしも非ず。

 ここぞという場面で恨みつらみが炸裂する、そんな可能性も決して低くはなかった。強敵を前に試すにはなかなかにギャンブルだろうと、リゼルはジルとイレヴンに判断を仰いだうえで先送りにしていた。

 まぁ他に手がなければ試してみようと、そう結論づけていたのだが。


『リゼルさんなら大丈夫っすよ! 運良いし!』

「声でけえんだよ雑ァ魚」

『引っ込んでろ獣人野郎ッ』

『俺も獣人だぞ』

『獣人差別反対』

『違ぇし!』


 不特定多数が聞いていたお陰でアインは大混乱だ。

 とはいえ揶揄われているだけだろう。他の冒険者を名でなく特徴で呼ぶ者は多い。いちいち自己紹介などすることもなければ、国から国へと移動する冒険者は入れ替わりが激しいからだ。

 呼び名は使っている得物であったり、特徴のある装備であったりとさまざま。例としては“赤いフルアーマー”、“すばしっこい犬”、“ツノついた兜”、“超ロン毛”など、基本的に褒めているのか貶しているのかよく分からないものばかり。

 大体の冒険者は、何と呼ばれようが分かりやすければ良いと気にしないが。とはいえギルド職員にもそう覚えられ始めたあたりでちょっと気にし始める。


「俺、運良いですか?」

「リーダーは運良いっつうか、準備かかさねぇからそうなるって感じ」

「純粋な運の良さだとイレヴンですよね。カードゲームでも引きが良いし」


 アインの根拠のない後押しは、それでも力強く背を押してくる。

 さてどうしようか、とリゼルはイレヴンを横目で確認した。そもそも、リスクは望むところのイレヴン。愉しそうに眼を細める姿に、勝ち目のない賭けではないのだろうと小さく頷く。


『つっても他に手がねぇならやるしかねぇだろ!』

『そりゃそうだ』

『行け行け、屍は拾ってやれねぇけどな』

『無理なら逃げりゃいいんだよ!』


 なんだか世論が傾いてきたな、とリゼルは苦笑する。

 だが、予想はしていたのだ。目の前に勝ちの目をぶらさげられて食いつかない冒険者はいない。そもそも普段の魔物との戦闘だって勝利が保証されている訳ではないだろう。それを思えば、当たりか外れか五分五分という状況はもはや賭けとも呼べない。

 迷宮関係のアレコレは考えるだけ無駄だ、という冒険者の本能とも言う。


『迷宮は階層またぎゃ逃げられっから楽でいいよなぁ……』

『外の依頼で延々追いかけられた時の“いつまで走りゃいいんだよ”感すげぇよな』

『最終的にどっかの村逃げ込んでキレられるまでがワンセット』

『この前それやって門番にキレられた』

『実戦を経験させてやってんだから感謝してほしい』

「じゃあ頑張ってきますね」

『は?』


 雑談に流れつつある会話を邪魔しないよう、リゼルは一言だけ声をかけた。

 呆気にとられたような声が重なる伝声管から身を引き、見張り台の柵に手を置いてジルの姿を捜す。先程までは氷塊を金属槍で撃ち落としていたのだが、今は見慣れぬ剣を手に襲いくる足へと斬りかかっていた。

 バリスタの槍置き場には残り二本、決定打のない現状で全て使いきるのは避けたらしい。


「ジル」


 声をかければ、ジルがこちらを見上げた。

 そうしながらも、伸ばされた足を危なげなく斬りつける。手にしている剣は火属性が発現したものらしく、水が蒸発する音と共に見張り台の上まで香ばしい香りが漂ってきた。リゼルの隣に立っていたイレヴンの腹がゴゴゴと鳴る。


「まずそうなのに……」

「匂いは美味しそうですよね」


 本人的には腹が鳴ったのは不本意のようだ。

 リゼルは同意するように返し、ジルへと向けて舵を指さしてみせる。


「そろそろ試してみましょうか」


 声が強い潮風にさらわれそうになる。だがなんとか届いたのだろう。

 ひらりと片手を挙げられた。斬りつけた白い足は先端を捩じらせながら海へと消えていく。


「他の冒険者への連絡はイレヴンに任せますね」

「明らかにリーダーのが適任じゃん」

「舵は俺しか動かせませんし」

「そうだけどさァー……まぁニィサンいるしいっか」


 一人で納得するように柵に肘を乗せるイレヴンに、リゼルは大丈夫だと微笑んでみせる。

 この船の船長と実際に言葉を交わしたのがリゼルだからか。残された暗号の権利はリゼルが持っているらしく、舵はジルやイレヴンが回そうとしてもピクリとも動かなかった。代わりに、リゼルが触れれば右へ左へとゆらゆらと揺れる。

 それこそが暗号の使いどころを示す最大のヒントになった。


「右に三、左に全力」


 間違いなく、そう舵を切れということだ。




 イレヴンはマストの梯子を下りるリゼルを横目に、伝声管を一度だけ指で弾く。


『うるせっ』

『なんの音だ? つか貴族さんどうした』

「リーダーに代わりまして俺が戦況を報告しまァす」

『獣人か?』


 皮肉げな笑みを浮かべながら、戯れるように告げるイレヴンに伝声管の向こうが騒めいた。

 ご丁寧に戦況報告があるのかという笑い声。引っ込めという野次。リゼルの安否を問う声。こちらに全く関係がない攻略に精を出す冒険者の愚痴。リゼルが話している時もさまざま入り混じっていたが、それでも先程までは確かに存在した秩序が途端に崩壊していた。

 ようやく冒険者らしい会話になった、とも言えるだろう。


「リーダーは今梯子降りてる」

『気ぃつけろって言っといてくれ』

「ウケる。ニィサンはリーダー迎えに来てる。げ、火で斬ったとこ治りかけてんだけど」

『一刀いつもの得物以外も持ってんのかよ……』

『贅沢なやつ……』


 イレヴンの視線の先で、海の中から一本の触手が持ち上がる。ジルが斬りつけた足だ。

 粘液に阻まれ、また剣速もあって流石に綺麗な焼き色とまではいかないものの、ある程度の熱が通ったはずの切り口はゆっくりと治りつつあった。切断面が繊維で結びつき、互いを縫い合わせるように塞がっていく。


「あー、でも遅ぇわ、治んの」

『回復まで距離とられたら意味ねぇな』

『一気に全身燃やすぐらいしねぇと駄目なんじゃねぇのか』

『俺らが行けりゃあ全員でたいまつ持って囲んでやんだが』

『山分けの報酬しょっぱくなりそう』

『つか今も協力っちゃ協力してんじゃねぇか』

「そこらへんはリーダーがなんか考えてるっぽい」


 伝声管から無数の歓声が轟いた。

 元々冒険者たちは見返り目当てで助言していた訳ではない。休憩ついでの暇つぶしであったり、リゼルたちがボス戦だと聞いて自力での最速踏破を諦めた野次馬であったり、船内を迷いに迷った末にどうしようもなくなってリゼルたちの踏破に全てを賭けていたりする。

 全く下心がないかというと嘘になるが、それも冗談として口にできる程度だ。そこに予想外の見返りが来たとなれば、歓声の一つや二つ上がるだろう。


「お、リーダーがニィサンと合流した」

『今まで梯子下りてたのかよ』

『遅ぇなぁ』

「は?」

『キレんな、馬鹿にしちゃねぇよ』

『リゼルさんは慎重なんだよ!』

『俺らも一緒に迷宮潜ってっけど言うほど遅くねぇぞ!』

『そんでさっきから誰なんだよお前らはよ』


 途端にうるさくなった伝声管から数歩離れ、イレヴンは甲板を見下ろした。

 ちょうど梯子を下りたばかりのリゼルがジルと何やら相談している。その途中、ボスの触腕が獲物に食らいつこうとするヘビのように迫るも、リゼルの魔力防壁が弾く……前に、ジルが剣で切り捨てた。


「カトラス……じゃねぇか、シャムシール?」


 湾曲した刀身はほのかに赤く色づき、斬撃の瞬間のみその色を強める。

 ボス相手に刃がとおり、その身を焼くほどの高温を持つなどかなりの逸品。属性持ちの武器は基本的に迷宮品なのだが、ジルのものはよほど深層から出たのだと疑いようがない。

 イレヴンは見張り台から身を乗り出して真下へと手を振った。気付いたリゼルがこちらを見上げ、ひらひらと手を振ってくれる。同じく顔を上向けたジルは呆れていたが。


「剣見てぇー」


 追い払うように手を払われる。後で、嫌だ、どちらだろうか。

 その隣にいるリゼルが苦笑しているのを見る限り、恐らく後者であるのだろう。ケチ臭い。


『おーい、そっちどうなってる!』

「ニィサンに蔑ろにされてる」

『貴族さんが!?』

「俺が」

『お前かよ、じゃあいいわ』

「良くねぇよ」


 戯れながら伝声管の隣に戻り、背後の柵へと凭れるように肘を置いた。

 リゼルとジルは早足で舵へと向かっている。心なしかボスの猛攻が激しさを増していた。そこへと向かわせたくないのか、偶然か。これが偶然でないのなら、あの豪気な船長はそれほど自身らを恨んではいないのだろう。


「つかリーダーいねぇと防げね……ッうっわ」


 言うや否や、イレヴンへと向かって氷塊が飛んできた。

 しゃがんで凌ぐ。見張り台を囲む柵が氷塊を止めた。迷宮の不壊の恩恵を存分に受け、極々普通に見える木製の柵は少しも歪まない。ぶつかった氷塊のみがけたたましい音を立てて砕け、落ちていく。


『おいすっげぇ音したぞ!』

「氷塊こっちに飛んできて柵にぶち当たった」

『ああ、壊れねぇから壁になんのか』

『でもさっきまでそんな音してなかったけど……』

「あ、だからか。てめぇらビビるからリーダーが壁張って止めてたっぽい」

『き、気遣い……!』


 会話をするのに煩かろう、という理由でリゼルは逐一防壁を張っていたようだ。

 ボスの攻撃を受け止めるような防壁はそれなりに魔力を使う。だが助言を受けると決めた時点で、必要なコストだと割り切ったのだろう。会談の場を整えたがる、そういった職業病かもしれないが。


「リーダー舵に到着」

『お、ようやくか』

「でもちょい悩み顔。頭気にしてるし、船長から海賊帽借りりゃ良かったって言ってんのかも」

『そりゃ必要』

『海賊船で舵握ろうってんなら必要』

『必要でしかない』


 冒険者はロマンを追い求める。

 だが測量室の地下にいた段階では、まさか暗号をここで使うとは思ってもみなかった。分かっていればリゼルも借りていただろう。失敗したなと残念そうなリゼルだったが、こればかりは諦めるしかない。


「あ、ニィサンが兜かぶせてやってる。ツノついたやつ」

『兜?』

『一刀バグった?』

『あー、ヴァイキングか。確かにそっちも船のイメージあんな』


 帆船とヴァイキングという組み合わせにやや違和感はあるも、海と船っぽい雰囲気は出た。

 ただし果てしなく兜が似合わないせいでリゼルが浮いている。むしろ兜なしのほうが船団を護衛につけた貴族っぽさがあって馴染んでいた気がする。ジルも自分で差し出しておきながら「これはどうなんだ」という顔をしている。若干面白がっているような気もするが。

 とはいえあちらの世界でできなかったことを全力で楽しみたいのがリゼルだ。帆船を手配して諸国漫遊、もとい外遊外交など取り立てて珍しいものではないだろう。海賊やヴァイキングのロールプレイのほうがよっぽど楽しいはずだ。


「でもリーダー残念似合わない!」

『やっぱか……ッ』

『そりゃそうだ……ッ』


 それはそれとして爆笑はするが。


「はいリーダー意気揚々と舵を回すー」

『つかヒントってなんだったんだ』

「右になんとか左になんとか、とかそんなメモ。あ、なんとかは数字」

『ああ、回せってことね。それどこで手に入んの?』

「リーダーが船長脅した」

『貴族さん、脅迫までできるようになったんだな……』

『穏やかさんにそういうのしてほしくないっていう気持ちともっとやれって気持ちが半々』

『助教授さんそういう人なのか意外すぎる……』


 イレヴンはへらへらと軽薄に笑いながら、慎重に舵を回しているリゼルを見守った。

 本当は大胆に回したいのだろうが、回す回数を間違えたらどうなるのか分からない。何もないかもしれないし、直下で空いた落とし穴に落とされる可能性もある。迷宮だから仕方ない。


「お」


 回し終えたのか、リゼルが舵から手を放す。

 同時に、触れていない舵が独りでに回り始めた。何かが聞こえた気がして、イレヴンは身を乗り出しながら耳を澄ます。どうやら舵の真下から音がしているようだ。

 それは歯車がかみ合うような音だったり、ロープが軋む音だったり、いかにも何らかの仕掛けが稼働している音だった。ジルが訝しげな顔で一歩後ろに下がり、リゼルがさりげなくその後ろに隠れているのが見える。


「おー」


 直後に段上にある舵の足元、甲板と地続きにあった扉が勢いよく開いた。

 最初の探索の時にも気付いていたが、開かなかったのでただの飾りだと思っていた扉だ。


「下の扉開いたー!」


 リゼルたちからは見えないだろうと、イレヴンは指さしながら大声で伝える。

 お礼に、と手を振ろうとしたのだろう。持ち上げられかけたリゼルの片腕をジルが掴み、そのまま階下へと飛び降りた。一瞬後、日の光を遮るほどに持ち上げられていた触腕が先程まで二人のいた場所へと振り下ろされる。

 船が大きく揺れるほどの衝撃があった。ゆっくりと持ち上げられる触腕から、砕けた舵の破片がパラパラと落ちていく。不壊という法則を逸した光景に、ひくりとイレヴンの口元が引き攣った。


「舵壊れた」

『駄目じゃねぇか!』

「仕掛けは解放済みだから多分だいじょぶはだいじょぶ。つうか船壊れんの?」

『でも見張り台は何ぶち当たろうが壊れねぇんだろ』

『まぁ、用なしになったから壊れたってだけだろうなぁ』

「あー、そゆこと」


 船が沈められることがあれば即行撤退するが、迷宮のこだわりならば納得だ。

 リゼルとジルは新たに開いた扉の中を覗き込んでいる。何があったのだろうか。あの船長のことだから一撃必殺の兵器でも付いているかもしれない。

 いや、ただの金銀財宝かもしれないが。ボス戦の最中に貰っても困る。


「何あったー?」

「樽がたくさんありました。中は……」


 部屋から顔を出して返事をくれたリゼルが、部屋の中へと一言二言声をかける。

 中身はジルが確認しているのだろう。樽を素手でこじ開けられる人間代表がジルだ。

 そうして確認を終えたらしいリゼルが、嬉しそうに破顔しながらイレヴンへと声を張った。


「油です」


 成程なと、イレヴンは握った拳を数度上下してみせる。

 了解兼、勝利を確信して喜びを分かち合うために。それに応えたリゼルが、ふと再びジルと話したかと思えばイレヴンへと向き直る。


「何の油かは分からないそうです」


 そのあたりの詳細は特に求めていなかった。


『おい、何があったって?』

「油だと。すっげぇ大量にあるっぽい」

『おっ、ならそれを』

「ちなみに油の正体は謎」

『正体が分かったところで何なんだよ』


 だよなァ、とイレヴンはボスへと視線をやりながら頷いた。

 ボスは白い巨体の動きを止め、触手だけを水面で波打たせている。何かを察して様子を見ているのだろうか。雲一つない青空でありながら、まるで嵐の前の静けさのような落ち着かない空気に満ちている。

 一瞬、強く吹いた海風にイレヴンの髪が大きく揺れた。


「(あ、見てる)」


 ふいに視線を落とせば、こちらを見上げるリゼルの姿。

 この赤色がお気に入りだと惜しみなく伝えてくれる相手が、眩しさに微かに目を細めながらも青空を背景に泳ぐ赤を見つめている。その視線が酷く柔らかなものだから、イレヴンも緩んだ頬をそのままに手を振った。

 リゼルもにこりと笑って手を振り返すと、軽々と樽を運び出しているジルの手伝いへと向かう。


「油ぶっかけて燃やすっつってもあの樽どうすんだろ。ニィサン投げんの?」

『一刀でもなぁ、限界まで油詰まった樽は重ぇぞ』

『港の荷運びの依頼で似たようなもん運んだけど投げんのは無理だろ』

「重さはかなりあんのかも。リーダーも持ち上げようとしてその場で揺らしてるし」

『揺らしてるって言ってやんなよ可哀想だろ』

『横にして転がせって教えてやれよ』

『樽は転がすためにあの形してんだよ教えてやれ』

「ニィサンが普通に抱えて運ぶから……リーダー横にして転がせってー」


 助言に気付いたリゼルが、右に左にゴトゴトしていた樽を傾けていく。

 中身が液体というお陰もあって、さほど派手に倒さずに済んでいた。そのままゆっくりとジルのところまで転がしていくリゼルの顔は心なしか得意げだ。当のジルには何とも言えない目で見られているが。


「お、バリスタ使うっぽい」

『おお、それならぶっ飛ばせるなっ』

『引けんのか樽なんて』

「そこはニィサンがなんとかするからイケる」

『一刀しかなんとかできねぇなら俺らがボス行った時にゃどうすりゃ良いんだよ』

「来れてねぇのに考えて意味あんの?」

『くたばれ!』


 さて、とイレヴンは手にしたままの剣を器用に回した。双剣の片割れだ。

 ただ警戒しているだけの時に二本揃って抜くことはあまりない。戦闘になろうが余裕ならば一本で十分。理由は単純、それで済めば手入れの手間が減るからだ。

 だがボス相手に出し惜しみはしない。リゼルが何やら巨大弩の構造を弄り、ジルが樽を設置し、滑車を回してロープを巻き上げるように弓を引き絞る。


「(あ? さっきまであんなんできなかった……あー、部屋ん中にあったのか)」


 リゼルが見当たらないと言っていた金具は、どうやら樽と一緒に隠し部屋にあったようだ。

 つまり三人はフライングでバリスタを使っていた。そして今再び、想定されていなかっただろう使い方で樽を投擲しようとしている。できることを自由に片っ端から試す冒険者らしいと言えなくもないかもしれない。


「(なんかなァ)」


 本来ならば、まるで手の尽くしようがないボス相手だ。

 それを思えば討伐補助があっても不思議ではないが、こうまでして倒し方を限定されているボスも珍しい。イレヴンに言わせれば、お行儀よくお手本をなぞるような戦闘など反吐が出る。いつもならそう言っただろう。


「変な迷宮」


 だが、そもそも迷宮自体があまりにも例外的すぎるのだ。

 前触れなく数多の国で同時出現、同時消滅。更に船長らしき存在と意思疎通も可能。極めつけは迷宮内で他冒険者とコンタクトがとれる。迷宮に慣れた冒険者からしてみれば、どれもこれもがあり得ない。

 異例に異例のオンパレード。全てが想像の範疇を超える。何でもありにもほどがある。

 ――だからこそ、逆に迷宮らしいんじゃないかと臆さず挑みにかかる冒険者たち。


「迷宮的な祭りなのかも」

『あ? なんだって?』

「なんも。樽装填、リーダーをスポッターにしてニィサンがショット……お、命中」

『穏やかさんがスポ? ああ、いつも魔法飛ばすからか』

『魔法使いが全員そんな計算しながら火だの何だの飛ばしてるワケねぇだろバーーカ!!』

『脳みその出来なんざてめぇらと変わんねぇよ脳筋野郎!!』

『それ自分も脳筋っつってるけど良いのか』

『良いよ!!』


 何やら伝声管の向こう側が荒れている。


「あー、ボスすっげぇキレてる」

『そりゃしゃあない』

『俺だって油ぶっかけられたらキレるわ』

「すかさず次弾装填、からの樽ぶっ飛ばし、ははっ、ぬるっぬるのボス気持ち悪ィー」


 巨大な魔物は自らの体を覆う油を嫌がるように、ぬぐってはその触手を海に叩きつける。

 無数の水柱が上がった。黄味を帯びた油交じりの水滴が太陽光を強く反射する。それは容赦なく船体にも降り注いできた。

 油臭くなりたくない。そして油臭いリゼルというのも想像したくない。だが防ぎようがないなと、イレヴンの目が若干死んだ時だ。


「あ」


 周囲を魔力の壁が覆う。

 見れば、咄嗟に被せられたのだろうジルの上着をそのままにリゼルが手を振っていた。

 防壁は二人の周りにも展開されており、バリスタと樽も無事のようだった。脂ぎったものを触りたくなかったのだろう。


「さっすが気が利く」

『何が?』

『リゼルさんだろ! 俺らん時もここぞって時に――』

「うっせぇ雑魚」


 イレヴンは伝声管の蓋を閉じた。

 彼はいまだにリゼルがアインたちと迷宮に潜ったことに納得していない。実は他にも、それこそ最初に顔を合わせた時から気に入らない理由があるのだが、それは一生口に出す気はなかった。

 そして数十秒。静かになったか、という頃を見計らって再び伝声管の蓋を開く。


「で、海も油塗れんなって樽終了」

『いきなり消えんなよ』

『どうなった? 火ぃ着けたか? 貴族さんなら一発だろ?』

「今まさにリーダーがボスの頭んとこに構えてぇー……はいドーン! 熱ッッッつ!!」


 火の海になった。


「ニィサンさっさとリーダー連れてきて早く!」


 幸いなことに船は燃えないが、甲板にいれば火の壁に囲まれるようなもの。

 これは退避しなければ、と早々にリゼルを引っ掴んだジルも見張り台へと向かってくる。

 イレヴンは、先に上れと押しやられたリゼルを迎えた。リゼルは不思議そうな顔をしている。


「下が海面だし、燃えてもボスだけだと思ったんですけど」

「思ったよか派手だったんだ?」

「派手でした」

「暑ぃ」

「俺に言われても」


 どうしようもないことをリゼルに訴えかけるジルを尻目に、イレヴンは苦笑するリゼルの隣へと並んだ。海面から巻き起こる風に前髪が大きく持ち上がる。

 三人の視線の先には、大海原の真ん中で炎に巻かれるボスの姿があった。

 炎はその身と融合した帆船を中心に勢いを増していく。のたうち回る幾本もの足が、リゼルたちの乗る船に何度もぶつかっては船体を大きく揺らした。見張り台の上はよく揺れる。


「あっ、あー、燃えるゲソが這い上がってくる、あー!」

「マストは巻きつきやすそうですしね」

「どうすんだよ」


 見張り台の構造的に、真下から這い寄る触手に剣は届かない。

 驚かせば引くだろうか、とジルが投擲用の大剣を取り出した。だが、それを投げる直前。


「ジル」


 リゼルの手がジルの腕を引いた。

 下がれ、という意図を持ったそれ。どれほど力を入れていようがジルの体幹は揺らがない。

 だがジルは下がった。身を乗り出していた体を引き、まっすぐに大海原のボスを見据えるリゼルの横顔を見る。イレヴンもまた、翳された手の意図を察して控えたままでいた。

 途端、ボスの動きが変わる。

 露出した水晶体が薄っすらと光を宿していた。燃え上がる水面の中、巨体が縮こまり、一度だけ大きく震えた。炎のチラつく二本の触腕を大きく持ち上げ、そして。


「うっわ、海凍った」

「よっぽど熱かったんですね」

「これ船も止まってんな」


 巨体を中心に海が凍りつく。分厚い氷に覆われるように炎は姿を消した。

 同時に、触腕以外の足が凍り付いたボスも、氷に巻き込まれた船も身動きがとれなくなる。


「道ができた、って考えても?」

「良いんじゃねぇの」


 冷気を遮断した魔力防壁を解くリゼルに、ジルの唇が好戦的に歪む。

 船とボスとを繋ぐ氷の地面。波に揺られても割れずにいるのならば随分と分厚いのだろう。


「イレヴン、行ってきますか?」

「あ、マジ? 行く行く」

「じゃあ代わりますね」

「リーダーは意地でもそれやりてぇのね」


 ジルが大剣を手にマストを飛び降りる。

 イレヴンもそれに続いて剣を両手に握り、柵の上に乗り上がる。マストに巻きついたまま凍りついている触手を見下ろし、躊躇なく海面の氷を踏んだジルを眺め、そして最後にリゼルを振り返りながらも飛び降りた。


「イレヴンもジルと一緒に遊びに行ったので説明を代わりますね。海面を巻き込んで燃えたボスが、対抗してか魔力暴走を起こして周囲を凍てつかせて――――」

『遊びに行った!?』


 語弊が生まれていた。




 攻撃の手が二本に減り、更に地に足をつけて戦えればこちらのもの。

 楽勝とは言わないものの、三人は無事にボスを倒すことに成功した。特に踏破報酬などがなかったのは、踏破される度に消えては現れるという謎の特性からだろうか。つくづく、お祭り感のある迷宮だったように思う。


「変な迷宮だったな」

「楽しかったですね。冒険者としての名誉が報酬でしょうか」

「俺それよかなんか欲しかった」


 踏破を終えたリゼルたちはというと今、沈みゆく海賊船の甲板に立っていた。

 湖を挟んだ対岸にはサルスの町並み。迷宮を脱出し、元の湖に浮かぶ海賊船へと戻ってきたのだ。海賊船を見物していただろうサルス民たちが、踏破を察して歓声を上げている。

 そして眼前には大パニックの冒険者たち。そう、甲板は同じく迷宮に潜っていたサルスの冒険者でいっぱいだった。踏破と同時に全員一斉退去させられたらしい。


「おい沈んでんぞどうすんだよ鎧沈む! あ、助教授さんたちおめでとうな!」

「おう、サルスで踏破出たっつったらギルドの嬢ちゃんたち喜ぶぞ! おい小舟呼べ!」

「装備だけ布で包んで投げろ! んで泳ぐ!」

「小舟急げ頼むからー! 俺泳げねぇー! いや爺さん笑ってねぇで急いでー!」


 大混乱だ。


「そういえば防水布が売られてましたね」

「こうなんの知ってんならもっと気合入れて売りに来いよ」

「俺らどうする? ニィサンに荷物投げてもらって泳ぐ?」

「ジルなら届くでしょうけど、勢い余ったら岸辺の家に被害が出ますよ」

「ないとは言えねぇな」


 ある程度の投擲はこなすも、精密さを求められてはジルは門外漢だ。

 ジルがヒスイの弓を使ったとして、彼ほど使いこなせるかというと難しい。よって今回も、良い感じに放物線を描いて誰もいない場所に落とせるかは賭けになる。周りの冒険者は気にせずぽんぽん投げては、家屋の壁にぶつけていたり届かずに湖に落下させたりしているが。

 なにせ小舟が圧倒的に足りない。更には今もずんずんと海賊船が沈んでいる。


「できるだけ空間魔法に入れて、軽装になって泳ぐしか……」

「ほら貴族さん小舟来たよ、乗って乗ってぇ」

「え?」


 我先にと小舟に群がる冒険者たちを尻目に、リゼルたちは流れるように小舟に乗せられた。

 成程、これが迷宮踏破者に向けられる冒険者なりの敬意。そう納得するリゼルの横で、ジルたちはまぁ当然だろうと真顔だ。冒険者大水泳大会の中にリゼルが交じってちゃぽちゃぽしているほうが怖い。


「ほい、お代銀貨一枚」

「行きより高ぇじゃねぇか」

「ぼったくりじゃん」

「はっはっ、稼いできたかぁ冒険者さんら」


 サルス民も逞しい、と船代を支払ったリゼルたちはゆっくりと海賊船から離れる。

 沈みゆく海賊船というのは不思議な魅力があるな、とリゼルはその全容を静かに眺めていた。その海賊船から雄たけびを上げながら続々と飛び込んでいく冒険者たちの姿は置いておくとして。

 ちなみにリゼルたちの足元には、せめて装備だけでもと頼まれて載せた荷物があった。


「あ」


 それは幾つもの小舟が海賊船から離れ、船上に冒険者の姿が一つもなくなった時だった。

 湖底に沈みかけていた船がぴたりと止まる。傾いた船首で天を仰いでいた美しい人から、雪のような光が無数に浮かび上がる。サルスの街から感嘆の声が幾つも聞こえた。

 光は船首から甲板へ、太いマストを駆けあがって帆を滑り、やがて船の全てを包む。見上げるほどに立派な海賊船、船尾から沈もうとしていたそれが、まるで湖に押し上げられるように波音を立てながら平衡を取り戻した。

 船は湖上の風を受けてゆっくりと水面を滑り、そして光に溶けるように消えていく。


「航海の再開ですね」

「湖だけど」

「消え方も派手だよな」


 リゼルたちはそれを、とある船長に思いを馳せながらのんびりと見送った。




 その日の夜のことだ。

 三人揃って宿で夕食をとっていたら、意気揚々とした老輩が話しかけてきた。


「よう、海賊船行ったって?」

「はい」

「爺さん行ったことある?」

「当然だろうが、何十年も前だけどな。それよか船長の奴は元気だったか?」

「骨だろ」

「覇気の溢れる立派な方でしたよ」

「そりゃあ良かった! なんせなかなか話が通じる奴だろ。口で勝負っつうから、そんなもん冒険者としちゃあ飲み比べてやるしかねぇ。大笑いでノッてきただけあって、まぁまぁイケる口だったじゃねぇか。なぁ!」


 なぁと言われても、とリゼルは思った。

 ジルとイレヴンは全てを察して、笑うべきか同情すべきか考えていた。


「酒で負けちゃあ海賊の汚点っつってな。いざとなりゃ手ぇ貸してやるっつって消えたかと思いや、ボスん時に手下引き連れて油樽ぶっ放してくれるじゃねぇか。ありゃあ盛り上がったろ」


 盛り上がったろと言われても、とリゼルは思った。

 ジルとイレヴンはそんなリゼルを見ながら、老輩の会話にどう返事すべきか考えていた。


「悪党の癖に義理堅ぇなんざ、面白ぇ奴だったよな」

「そうですね」


 これぞまさしく完璧な笑み、そう思わせる微笑みを浮かべたリゼルが頷いた。

 老輩はそれにニッと笑い、老婦人の呼び声に背を向けて去っていく。隠し部屋に気付いたことを疑いもせず、お前らが踏破したのだろうと当たり前のように、世間話のような流れで声をかけてきた筋肉質な背中が扉の向こうへと消えた。

 そうして三人だけになったムニエルの香りも香しい部屋で、リゼルがぽつりと零す。


「……そこそこ恨まれてましたね」


 ジルとイレヴンはひとまず同情しておくことに決めた。

 最終的にボスは倒せたのだから問題ない、そう形ばかりの慰めの言葉を口にしながら。




お待たせいたしました…!

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― 新着の感想 ―
今回の迷宮も最高でした!! ジルが強いとこいっぱい見れて大満足です。 バリスタ手で引いたり、槍投げたり、ゲソ切ったり(笑) モンハンのハンターさんかな!? 伝声管で実況中継、面白い! リゼルさんから…
[良い点] 感想の返信ありがとうございました! [気になる点] 「探索の時に舵があるのは確認したが、イレヴンが適当にブン回そうが進路は少しも変わらない。」 「舵は俺しか動かせませんし」 「残された暗…
[良い点] 前回タイトルも酒置いてけですし、何食ったらこんな天才的な伏線貼れるんですかほんとすこ。
感想一覧
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