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16:人の恋路に関わらない

 リゼルの寝起きはあまり良く無い。

 だが充分に睡眠がとれてさえいれば早朝だろうと夜明けだろうと目を覚ます事が出来る。

 まだ夜の色を持つ空が明るみ始めた頃、リゼルは目を覚ましてのそりと体を起こした。

 魔力不足の御蔭で泥のように眠った体は多少だるいが、頭はすっきりとしている。


 隣のベッドにはジルが寝ていた。

 リゼルが起きた時にジルが既に用意を整えていない事は初めてだ。

 もしかしたら昨晩リゼルが寝付いた後にどこかに出かけていて寝るのが遅かったのかもしれない、と思いながら静かにベッドから降りる。

 相変わらず何も着ていない上半身の所為で毛布から肩が出て寒そうだ、とそっと毛布をかけ直してやる。

 予想はしていたが、やはりジルはその動きで起きてしまった。


「…………お前にしちゃ早ぇな」

「すみません、起こしました?」

「大体この時間に起きてる」

「寝てて下さい、昨日は大立ち回りしたんですから」

「いや、」


 二度寝を勧めるリゼルに首を振り、ジルは上体を起こした。

 鍛え上げられた上半身が露わになるのを見て、リゼルは折角毛布をかけ直したのにと苦笑しながら着替え始める。

 大立ち回りと云ってもジルは地底竜相手に無傷で済んでいる為、リゼルも休息を強要しない。

 互いに準備を整えながら、さて今日は帰路につく日だと話しだす。


「早すぎますよね、ジャッジ君の家に行くには」

「帰りは昼頃出発っつってたんだ、どう考えても爺が昼飯ぐらいは一緒にとか言ったんだろ」

「仲睦まじくて何よりです」


 リゼルは当のジャッジの祖父に会った事が無いが、ジルの話から聞く彼はなかなかに孫を溺愛しているようだ。

 最後の日も出来るだけ一緒に過ごしたいのだろうと思うと、微笑ましい。

 ジャッジからは昼前に迎えに来るよう頼まれているのだが昼食後の方が良いのではないかと思いながら、ゆったりとした上着をはおる。

 冒険者なんだからジルのようにもう少し体にフィットする動きやすい服にならないだろうかと思うが、元の世界でも似たような服を着ていたので特に過ごしにくい訳ではない。


「時間もあるし、ギルドにでも行きましょうか」






 ギルドの迷宮地図の更新にはメリットがある。

 次のランクへと上がる為の積立、さらに報奨金が少なからず出るのだ。

 報奨金は情報量や有益度に比例するが、リゼルが今回発見したのは隠し部屋であり、更に裏ボスとも云うべき地底竜の存在がある為決して安くは無いだろう。

 義務では無いが、新しい情報を見つけたらギルドへと持って行く者がほとんどだ。


 リゼルにとっては二回目のマルケイドのギルド。

 王都パルテダでは既に見慣れた光景なのでリゼルがギルドにいても騒がれないが、やはり此処だと視線を集める。

 更にジルが一緒となると尚更だ。つい先日絡まれて大立ち回りしたばかりというのもある。

 まだ日が顔を出したばかりだというのに、ギルドの中は多くの冒険者が依頼を受ける為に立ち寄っていた。


「更新ってサポート用の受付で良いのかな」

「さぁな」


 ジル自身地図の更新を行った事は無い。

 地図の世話になる事もないので新しい道を発見したかどうかも分からないし、発見したとしてもわざわざ云いに行く事もないからだ。

 リゼルは苦笑しながら一組地図を購入中のサポート受付へと近寄った。


 サポート受付では地図の販売から魔物・植物図鑑の貸出、冒険者向けの宿の紹介など、その名の通り冒険者に対するサポートの全てを行っている。

 地図も売っているし此処で良いだろうと思って並ぶと、前に並んでいる冒険者パーティの内の一人がびくりと驚いていた。ジルに対してなのかリゼルに対してなのかは分からないが。

 用件が済み異様にそそくさと立ち去った冒険者達を見送ると、リゼルの番が回ってくる。


「おはようございます、御用件はなんでしょうか!」

「はい、おはようございます」


 荒くれ者ばかりのギルドでは珍しく、女性の職員が元気良く笑みを浮かべて問いかけた。先日地図を購入に来た時には見なかった顔だ。

 出来れば若い女性にサポートを受けたい冒険者達の願いを叶えたのだろうか。

 わざわざこんな場所に若い女性を放っておく訳が無いので、彼女もスタッドのように強烈な自衛能力でも持っているのだろう。

 にこりとリゼルが微笑むと、ぱちぱちと目を瞬かせてぱぁっと輝くような笑みを浮かべている。どうやらあまり挨拶を返してくれる冒険者はいないらしい。


「地図の更新をお願いします」

「はい! 何処の迷宮ですか?」

「水晶の遺跡で」

「え!?」


 職員の驚きに同調するように、会話が聞こえる範囲にいた冒険者達もざわめいた。


「あの迷宮古いから、もう探られ尽くして何年も更新なんて無いですよ!?」

「見つけちゃったんです」

「見つけちゃったんですか……!」


 微笑むリゼルに、ほぉっと感心したように職員も頷いた。

 その瞬間、ちょっと待てと一人の男が声を張り上げた。

 がっしりした体を持った若者は、睨みつけるようにリゼルを見ながら近付いてくる。


「レイラちゃんに良いとこ見せたいってか? ガセネタはリスク高いと思うぜ」

「君の名前ですか?」

「あ、はい!」

「可愛らしい名前ですね」

「うぉっ、ありがとうございます!」

「さっそく口説いてんじゃねぇ!」


 別にリゼルに口説いているつもりはない。貴族社会で身に付いた挨拶代わりのやり取りであり、当のレイラもただ褒められただけとしか受け取っていないだろう。

 しかし男はそうは思わなかったらしい。

 ジルにしてみれば微笑んで褒めるリゼルも喜んで受け取るレイラも、正直爺と孫ぐらいにしか見えないのだが。リゼルに聞かれれば流石に文句を言われそうだ。

 聞くまでもなくレイラに好意を寄せていると分かる男は、彼女の前で良い所が見せたいのか威風堂々とリゼルと向かい合って立っている。


「水晶の遺跡で、しかもてめぇみたいな優男が新しい情報持って来れるはずねぇだろうが!」

「つまり?」

「つ、つまり? つまり……し、証拠を出しやがれ!」


 ジルが何処か楽しそうに微笑んでいるリゼルを見た。

 ジルに関する事では無く普通に絡まれたという事実が嬉しいらしい。普通に絡まれる程度には今の自分は冒険者に見えるのだろう事は、冒険者として振舞っているのに冒険者扱いされないリゼルにとっては喜ばしい事実だ。

 ただジルからしてみれば男は恋だの愛だので精一杯でリゼルの異質さに気付いていないだけだが、喜んでいるところに水を差すマネはしない。


「地図の更新に証拠って必要なんですか?」

「いえ! 嘘ついてもどうせバレるし、嘘ついたらギルドからの信用もダダ落ちなので誰も偽装なんて考えません。なので証拠とか必要無いです!」


 どどんっと言い張るレイラに男の眉が下がった。

 それと同時にリゼルへの憤りが増す。完全に逆恨みだ。


「別に君に信じて貰わなくても良いんですけど」

「じゃあガセだって認めんだな?」

「いえ、こちらとしてはギルドにさえ信じて貰えれば用事は終わりなので」


 あっけらかんと言うリゼルに男はぐっと言葉に詰まった。

 普通なら他の冒険者に疑われれば反論ぐらいする。変な噂でも流されれば困るからだ。

 だがリゼルに関しては変な噂が流れるのは今更だし、それに地図更新に関しては嘘偽りないので今嘘つきだと言い触らされてもすぐに誤解は解ける。

 しかし此処マルケイドにいるのも今日までだ。最後に悪評を残して行くのも微妙だろう。


「そうですね。折角証拠になりそうなものがあるので、出しましょうか」

「は!?」


 言って置いて本当にリゼルが証拠を持ちだすとは思わなかったらしい男が声を上げる。

 それもそうだろう、普通地図更新の際の証拠など新しい場所につれて行くぐらいしか無いのだから。

 リゼルは驚きの表情を浮かべる男と、此方に意識を向ける周囲をからかうように笑い、一冊の書物を取りだした。

 表紙を見せるように持ち上げてみると、周囲から感嘆と驚愕の声が漏れる。

 攻略本。実際に目に入れた事のある冒険者はあまりにも少なく、真実この場にいる全ての者にとって初お目見えだった。


「納得してもらえました?」

「だ、だがそんな、今更新しく……」

「隠し部屋だったので。残念、宝箱は貰っちゃいました」


 隠し部屋の言葉に周囲から熱気が上がるが、リゼルが付け足した言葉に収束する。

 迷宮内にランダムに配置される宝箱と違い、初踏破の際の最下層にある宝のように隠し部屋などに固定で置いてある宝箱も見つけた者勝ちで、二度と復活はしない。

 今後他の冒険者が隠し部屋に入っても祭壇にあった宝箱は二度と姿を現さないだろう。


「でも、そこにしかいないすっごくレアな魔物がいたので、入る価値はあるかもしれませんよ」

「ちょ、ちょーっと待った!」

「大丈夫、此処までしか言いません」


 慌てたように止めに入るレイラに、リゼルは笑って口を閉じた。

 ギルドとしては地図購入者が減ってしまっては困る。しかしリゼルが言う隠し部屋とレアな魔物の情報が広まれば確実に地図を求める者が増えるだろう。

 だからこそ、この絶妙なタイミングで止めに入ったのだ。これ以上リゼルが情報を漏らして地図購入者が減らないように。

 絶句して固まった男はとりあえずそのままにし、リゼルは攻略本を広げた。


「ココなんですけど、仕掛けとかも話した方が良いんですか?」

「どっちでも良いですよ! 話して貰うと報奨金が増えます」

「じゃあ」

「あ、ちょっと待って下さい! 消音器サイレンサー消音器……」


 周囲に漏らせる情報ではないので、レイラはゴソゴソと机の下を漁って魔道具を取り出した。

 半径一メートルの範囲の音を外に漏らさないようにする魔道具だ。これはリゼルの世界にもあったので特に驚く事は無い。

 むしろ貴族御用達の一部屋全てカバー出来るものをリゼルの家も数個持っていた。

 レイラとリゼルとジルの三人が薄い光の膜に含まれる。

 膜の向こうには再起動したらしい男が何か喚いているが、恐らく彼女に近づくなとかそう言った類だろう。流石に冒険者としてギルドの職務を妨害するようなことは出来ないらしい。


「はい、どうぞ!」

「そうですね、まず今まで壁だと認識されていましたが、この部分だけ破壊が可能でした」

「ほうほう、破壊できる迷宮とか盲点でしたね!」

「これをジルが蹴破って……ジル、あれって普通の人でも蹴破れるんですか?」

「まぁ出来んじゃねぇの。レンガ造りの家の壁蹴破るようなもんだろ」

「出来ませんけど!?」


 レイラが思わず突っ込んだ。いくら冒険者といえど出来る事と出来ない事がある。

 家の壁を蹴破った事があるんだろうかとリゼルが考えている横で、レイラが綺麗に書き写した地図の隠し部屋部分に“要ハンマー?”と書き加えていた。

 二人は例外で通常の冒険者は空間魔法付きのカバンなど持っていないので、ハンマーが必要ならばひどく荷物になるだろう。


「それで進んだ先に祭壇のある小部屋があって、床に転移魔法陣がありました」

「成程、その魔法陣でさっき見せて貰った深層の部屋に飛ぶんですね!」

「飛ぶというか、落ちました」

「落ちた!?」

「魔法陣が発動した途端床が全部消えて、幅二メートルぐらいの水晶の穴をずっと……たぶん一分ちょっとは落ちたと思います。魔法陣は帰り用だったみたいです」


 ぽかんとしているレイラを、とんとんと机を指でノックして促す。


「そ、それ! 無事だったんですか!?」

「無事じゃなかったように見えます?」

「見えないです!」


 グリグリとメモを取りながらも、混乱しているらしいレイラに笑う。

 外から見ると楽しそうに見えるらしく、ジルがちらりと横を窺うと男が何やら悔しげに大声を上げて髪を掻きむしっていた。

 当のリゼルもレイラも気づいていないので、その様子は周囲からすればいっそ哀れに思えて来る。

 此処までくるといっそ面白い、とジルが内心で思っている間もリゼルの説明は止まらない。


「落ちた先にいるのが地底竜だったので、落下中に炎のブレスが飛んできて逃げ場が無くなるんですが」

「ちょおおぉぉぉぉい!」


 ダァンッと拳を机に叩きつけて勢いよくレイラが立ちあがった。

 あ、と声を上げたリゼルには気付かずに頭を抱えてキャパシティを越えた思いを腹の底からぶちまける。


「数キロ落下して底には地底竜が待ってて落下中に逃げ場無くブレスに襲われるとか鬼畜すぎる!!」


 叫んだ声は、ギルド中に響き渡ってその場に居る全ての人々の動きを止めた。

 心からの主張を終えてすっきりしたレイラが、肩で息をしながらようやく場の異様な雰囲気に気付いたらしい。

 物音ひとつ無くなったギルドの内部をきょろきょろと見ている様子に、リゼルがほのほのと微笑みながら机の上を指差した。

 そこには起動を止めている消音器サイレンサー、先程レイラが机に拳を叩きつけた時に倒れたものだ。

 やっちまったよオイ、という顔をしているレイラに微笑み、リゼルは出していた攻略本を仕舞い込む。


「全身砕ける落下と、途中のブレスと、当の地底竜を何とか出来るなら攻略は可能ですよ」


 本をしまったその手で、リゼルは一枚の鱗を取りだした。

 リゼルの顔程もあるそれは地底竜の巨大さを現しており、翡翠色に煌めく様子は最上位の素材であることを示している。

 横で茫然と此方を眺めている男を横目で見て、にこりと微笑んだ。


「証拠、信じて貰えます?」

「あ、はい」


 もはや敬語だ。血の下がりきった頭で改めてリゼル達を見る。

 見るからに品の良い男は、どう考えても喧嘩を売って良いような人種ではない。

 何故冒険者をやっているのかは分からないが、向かい合っていると膝を付かなくてはと思わせるほど貴族然としている。

 更にその横にいるのはもしかしたら“一刀”ではないのか。

 全身を覆う黒と射抜くような視線、特殊な形状の大剣は噂通りで、今は興味すら持たれていないが敵対すれば命は無いと思わせるだろう。


 さらりさらりと白くなる男に対し周囲から合掌が向けられる。

 その様子に構わずリゼルはレイラに手に持った鱗を差し出した。

 レイラはまるで壊れ物を触るかのように恐る恐るその鱗を受け取って、微笑むリゼルを見上げる。


「一応、証拠として提出しておきましょう。信じない方もいるようですし」

「え、でも、竜でこの大きさでこの色だと、金貨十枚ぽんっと簡単に飛んでいきますよ!?」

「竜も大きかったので、いっぱい取って来たから大丈夫ですよ」


 ジルが、と付け足すリゼル。実際竜が魔力に分解されない内に、とリゼルも手伝おうとしたのだが全然歯が立たなかった。

 鎧のようにびっしりと生えた鱗は固く、めくる所か隙間に指を入れる事も出来なかったのだ。

 簡単にバキバキと毟っていくジルを感心しながら見物するだけに終わった。

 そして竜が消えると共に現れた魔法陣で祭壇の部屋まで戻れたのだが、まさかそっち向きの一方通行だったとは思わなかったとリゼルは笑っている。


「しかし一枚で金貨十枚、一体倒せばそれが大量に手に入るんだから凄く効率の良い稼ぎ方ですね」

「同じ奴と何回も戦ってても飽きんだろうが」

「そういうものですか?」


 不思議そうなリゼルに、頷くジル。そんな二人を見ながら周囲はそんな問題じゃないと真顔で首を振っていた。

 確かに倒せれば冒険者として大成功どころか超成功を収めたと言っても良い。

 しかし閉ざされた部屋で地底竜と戦闘ともなればSランクが六人揃ったパーティがギリギリ勝利を収めるか収めないか、そもそもリゼルが差し出した鱗の大きさから見て相当大きいだろう相手では、そのパーティでさえ全滅の危機が有る。

 それ以前に数キロただ落下するだけでもまず死ぬ。

 聞いた以上魔道具や手段を完璧に揃えれば辛うじて可能かもしれないが、それでも途中でブレスが来る時点で死ぬ。


 そんな事態に初見かつ無傷で帰って来た二人は何なのか。

 それこそ喧嘩を売ったであろう男に同情するしか無く、誰もその二人のパーティランクがDだとは思わないだろう。

 実際レイラは地図更新の確認の際リゼルのギルドカードを受け取り、Eランクだと知って白目を剥いていた。

 白目のままギルドカードを返されたリゼルは、初めての事態に流石に困惑している。


「あの、大丈夫ですか?」

「ッは!」


 びくりと痙攣して黒目を取り戻したレイラがこくこくと頷いている。


「えと、もうランク上がる手続きとかしても良い気がするんですが!」

「これでも上がったばかりなんです。まだ冒険者になって二ヶ月も経ってないですし、Eランクが相応しいですよ」

「で、でも! そのうち詐欺で捕まっても文句言えないような気がしないでも無いような!」

「まさか」


 あはは、と笑うリゼルは周囲の惨状に気付いていない。

 Eランクと聞いた冒険者が軒並み白目を剥いている。新しくギルドに入って来た冒険者はその光景に悲鳴を上げていた。


「それに、勝手にランク上げちゃうと拗ねそうな子がいるので」

「へ?」

「いえ、それじゃあ有難うございました」


 リゼルが言うのはスタッドの事だ。

 以前スタッドが忙しそうだったので暇そうに船を漕いでいた職員の受付へと向かったら、無表情のままその職員を椅子から蹴落として何事も無かったかのようにその椅子に座っていた。

 ちなみに落とされた職員は何があったのか分からない顔をしていたが、割愛する。

 今ここでスタッド以外の職員と話しているのも、本人に知られれば淡々と不満を示すだろう事は想像に難くない。

 マルケイドの迷宮なのだからマルケイドで手続きが必要になるのは仕方無いが。


 礼を言ってさて帰ろうと振り返ったリゼルが、思わず動きを止める。

 此方を向いている周囲の冒険者が全員白目を剥いていればそうもなるだろう、余りにもホラーな光景にジルは溜息をついてリゼルを促した。リゼルが消えれば恐らく全員元に戻るだろうとの判断だ。

 此方もようやく周囲の惨状に気付いたらしいレイラの「ひぎゃあぁぁぁ!」という叫び声を背中に受けながら、二人はギルドから退散した。


「でも、ランクは早く上げた方が良いのかな」

「あ?」


 ギルドを出て歩きながらポツリと呟いたリゼルに、ジルは正直意外に思いながら問い返した。

 先程の言葉通り、ランクにがっつくような男でも無ければ周囲の評価を気に掛ける男でも無い。

 突然どうしたのかと見下ろすジルをちらりと見上げ、リゼルはうーんと悩みながら口を開く。


「君のパーティメンバーがEランクだなんて示しが付かないでしょう?」

「気にしねぇよ」

「俺に対して何を言われようと気にしませんが、俺の所為で君の成果も疑われるのは考えものです」

「アホ」


 簡単に切り捨てたジルは、心の底から呆れていた。

 ジルにとってはリゼルと同じく周囲の評価など何の価値も無い。強くあろうという一心で魔物を斬り続け、その過程で金を稼ぐには丁度良いと冒険者となっただけの事だ。

 その評価が下がろうが、それが例えリゼルの所為だろうが何も気にしない。


「お前がSランクだろうとFランクだろうと、国王だろうと犯罪者だろうと関係なく俺はここにいたはずだ」

「流石に犯罪者そこは避けて下さいよ」


 ばっさりと返しながらもリゼルは微笑んだ。

 何があっても裏切らない信頼できる人間は大切だ。見つけようと思って見つかるものではないのだから。


「じゃあ朝食でも食べて、最後の観光をしながらジャッジ君の家に行きましょうか」

「ああ」


 変わらない様子で歩を進めるリゼルに同意し、ジルはチラリと後ろを見た。

 ギルドでの先程のやり取りを早速聞いたらしい冒険者が数名、此方を窺っている。

 その中でも敵意を感じるものは、リゼルが所有しているらしい竜の鱗でも狙っているのだろうか。ジルではなくリゼルならば簡単に御せると考えているらしいその拙い企みを蔑み、ゆるりと唇を吊り上げる。

 ジルがどんな手を使おうと絶対に御せられない人物を、何故あの程度の人間が出来ると思うのか。

 さりげなく剣に手をかけ、敵意を感じる方向へと視線を送る。此方が感じると言う事はあちらにも伝わるという事だ。


「あちこちのポスターの防水処理って魔法なんでしょうか」

「じゃねぇの」


 何て事ないようにリゼルに返答しながら目を細めたジルに、まさにリゼルが一人になったら狙おうと思っていた人物らはぎしりと動きを止める。

 自然と溢れだす脂汗に生命の危機すら感じるが、体は縫いとめられたかのように逃げ出そうとはしてくれない。

 それが殺気だと気付いた時には、すでに殺される事を覚悟して体が自然に震え始めていた。

 どんどんと濃くなる殺気に気絶しそうだと感じた瞬間、それを晴らすかのような穏やかな声が耳に届く。


「ジル」


 その一言で殺気が消えた。

 振り返ったリゼルが不思議そうに数歩後ろに居るジルを見ており、しかしふとその後ろへと視線を流した。

 どこまでも穏やかな視線が震える体で何とか立っている状態の男を捉える。

 微笑みを形作る唇と、整った人差し指が立てられて一瞬その唇を押さえるのを、男は呆然としながら見ていた。


「折角の観光なので、楽しく過ごさせて下さいね」


 無意識ながら頷いた男を了承したと判断し、リゼルは満足げに頷く。

 呆れたようなジルを連れて去って行くその後ろ姿に、もう一度機を窺おうなどと云う思いは浮かばない。

 それがジルの所為なのかリゼルの所為なのかは、男自身にも最後まで分からなかった。






 朝から肉を食べるジルを肉食だなぁと感心しながらリゾットを食べ終えたリゼルと、そんなんじゃすぐ腹減るだろと思いながら食べ終えたジルは二人で気になる店を覗きながらジャッジの家へと向かっていた。

 ジャッジの家は商業国マルケイド有数の大商家だ。

 しかもマルケイドの発展に一役買った古株でもあり、元は貿易業でその地位を築いている。

 ジャッジの祖父がその伝手を使って道具屋を始めて王都パルテダで成功を収めてからは、純粋に貿易一筋では無くなっているようだが。


 マルケイドの有名商店が並ぶ通りにある一軒の店がジャッジが今回滞在している場所だ。

 本家はもう少し商品輸送の交通の便が良いところにあるらしいが、祖父が拠点としているのが此方のようで、ジャッジから教えられた住所は確かに此方を示している。

 パルテダにあるジャッジの道具屋の大きい版、といえば良いだろうか。

 あちらがジャッジ一人で経営できる範囲であるのに対し、此方は数人の店員を配置している。

 店に入ると数人の「いらっしゃいませ!」の声が飛んだ。接客教育は徹底されているらしい。


「これはなかなか……あ、でも品的にはジャッジ君の店の方が質が良いかな」

「客層の違いだろ」

「確かに」


 ジャッジの店は冒険者向けに質と実用性を兼ねた商品を扱っている。その質の良さゆえに冒険者以外の職種の人々も来店する程だ。

 だがこの店内には観光客が多く、商品も多種多様に及んでリーズナブルになっている。

 店の大きさはまるで違うが、売上的には同じかジャッジの店の方が高いかもしれない。だからこそ自慢の孫なのだろうが。

 誰に声を掛けるべきだろうかと忙しくなさそうな店員を探している時、一人の店員がふっとリゼル達を見た。

 店の中では一番責任者らしい中年の男性は、失礼で無い程度にリゼル達を観察して近づいてくる。


「もしやリゼル様とジル様ですか?」

「はい、ジャッジ君から聞いてますか?」

「ええ、いらっしゃいましたらご案内するよう仰せつかっております。こちらへ」


 店員に案内されるままに店内の奥へと連れて行かれる。

 どうやら二階が商品の在庫置き場で、三階が居住区になっているらしい。

 まるで貴族の屋敷のような階段を登りながら、先を進む店員を見上げる。


「良く分かりましたね」

「ジャッジさんがおっしゃっていた通りの方々でしたので」

「ちなみに何て言っていたか聞いても?」

「“貴族みたいで優しく微笑んでる人と、真っ黒な服を着た強そうな人の二人組”だそうですよ」


 ふふっと笑いながら言った店員は昔からジャッジの事を知っているのだろう。

 微笑ましげに言って、ジャッジさんが良くして頂いているようでと付け加える様子はまるで親のようだ。

 リゼルは後ろから階段を上っているジルを見下ろす。真っ黒、と言われた服に以前から目立って仕方無いと零すジルは嫌そうな顔をしていた。

 強そうだと褒めて貰ったのだから喜んでおけば良い物を、と笑いながら取り敢えずフォローを挟んでおく。


「全身鎧よりは目立たないと思いますよ」

「うるせぇ」


 残念ながらそのフォローも効果を現さなかったが。

 階段を上り切ると改めて扉がある。その向こう側が居住スペースなのだろう。

 店員が数回ノックすると、扉の向こうからパタパタと速足で歩いてくる音がした。

 キィと小さく音を立てて開く扉の向こうから、何やら慌てているらしいジャッジが顔を出す。


「リゼルさん、ジルさん、すみません……本当は下で待っていようと思ったんですけど……!」

「そんな、良いですよ」

「依頼人なんだから威張っとけ」

「そ、そんな事はしません……」


 片目のモノクルを外した姿は完全にプライベートの姿だろう。

 ふわふわした栗色の長髪も纏めていない所為か広がり放題で、体の大きさから臆病なライオンを彷彿とさせる。


「来るの、早かったですか?」

「い、いえ! その、爺様がお土産にって色々用意してくれて、その……」

「ジャッジ! ほれ、これも持っていけ!」

「も、もう良いってば……!」


 成程、出発準備も出来ない程祖父に絡まれているらしい。

 家の奥から何やら変わった魔道具をもった老人が顔を出して、ジャッジに呼び掛けている。

 その視線がリゼルを捉え、そしてジルを捉えてぴたりと動きを止めた。

 嫌そうに顔を顰めたジルがさり気なく視線を逸らしているが、もはや遅いだろう。


「ジルか! ジャッジから話は聞いてたが変わらんの」

「喧しい」


 ドカドカと近付いてくる老人に、リゼルの首は徐々に上を向く。

 ジャッジの祖父に相応しい高身長。年を経ても少しも背が曲がらないその姿は恐らくジャッジと同じか、もしかすれば高いかもしれない。

 栗色の癖毛は白髪交じりだが薄れる事が無く、覇気のある若々しい雰囲気はジャッジの祖父ではなく父と聞いても納得できそうだ。

 その視線はしっかりとジルが腰に下げている大剣に固定されている。


「儂が選んでやったんだから当たり前だが使っとるな。不壊・不劣・不研磨の加護がついとるとは云え、手入れは怠って無いじゃろうな」

「当たり前だろうが」

「ならば良し! で、そっちが……」

「リゼルです。今回の訪問では初日にジャッジ君のお時間を頂いてしまい申し訳ございません」

「ううむ、文句のひとつも言おうと思っとったが先に謝られてしまったわ」


 リゼルを庇おうかとワタワタしているジャッジを横目に、微笑むリゼルを見下ろす視線は鋭い。

 此処でリゼルがジャッジに害を与える存在だと判断したのなら、彼は容赦なくジャッジが泣こうともリゼルを引き離すだろう。

 軽い口調とは裏腹に重い視線に、しかしリゼルは平然とそれを受け流した。

 優秀な商人を前に自らを偽ろうと見破られるだけだろう、ジャッジに関わるのも別に他意など無いのだからいつも通りにしていれば良い。


「ジャッジ君、昼食食べて帰るんですよね。大体の時間でまた出直しましょうか?」

「いえ……! リゼルさん達のことを話したら、爺様が一度話したいって……お昼ご飯、一緒に食べてもらえませんか?」

「光栄です」


 ぱっと笑みを浮かべるジャッジににこりと笑って、改めてジャッジの祖父を見た。

 いつも通りにしていれば良いと分かっていても難しい事を平然とやってのけるリゼルに、彼はニヤリと笑った。

 片手を差し出され、握り返す。身長に見合う大きな手はリゼルの決して小さくない手をしっかりと包み込んだ。


「見かけによらず図太いの。インサイという、孫が世話になっとるようじゃ」

「俺が世話になっている方ですよ、ジャッジ君のお店には助けられています」

「そういえば冒険者か、見えんの」


 はっきりとそう言ったインサイにリゼルは苦笑し、ジャッジは爺様!と声を上げた。

初の名前付き女キャラの元気が取り柄系女子レイラさん(10代:肉弾戦派)

ちなみに絡んで来た男については何とも思ってない。良く喋るひと。再登場の予定は無い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのほのと微笑みながら 「ほのほの」初登場?! 造語?(聞いたことがなかったです) 初めて見たときは??となりましたが、リゼルの微笑みはコレなんですね、と見ると嬉しくなった表現です。 …
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