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133:兄の許しは得られない

 アスタルニアを出て六日目の早朝、サルスへの使者一行は予定通りの地点へ順調に辿り着き夜を明かした。

 それはパルテダ、サルスの中間地点。両国へ魔鳥ならば半日もかからない場所で、普段から外交で訪れる際にも利用する場所だ。

 見通しの良い平原だが、反対を見れば森が近い。森に入ってすぐ水場があるからだ。魔鳥が集まっていれば魔物も余り近寄らないし、近寄って来ても直ぐに見つけてくれる。


「ここから別行動だっけ?」

「そうですね。俺達だけ王都です」


 身支度を整え、さて何か手伝える事がないだろうかと野営地内を歩いていたリゼルに、欠伸を零しながら眠そうなイレヴンが合流した。

 少し肌寒い草原を、横切る魔鳥や畳まれているテントなどを横目に歩く。

 今日ばかりは日が上れば直ぐに出発という訳でもないので、騎兵達の動き出しも少しばかりゆっくりだ。空を見上げると綺麗な青空が広がり、たっぷり寝て疲れがとれたのか周囲の声も活力に溢れているように思えた。


「朝飯は?」

「多分ジルが何か獲ってくると思うんですけど」


 横切る時に騎兵達から投げかけられた挨拶へ、微笑みながら返す。

 道中の食事は、アスタルニアへと向かっていた時と同じく基本的に自分達で用意していた。騎兵団の炊き出しを一緒に食べれば良いと言われているが、肉食なジルは保存食色の強いそれが余り好きではないらしい。

 ふらりと何処かに出かけては何かしらの肉を携えて帰って来るので、リゼル達はほぼそれを食べている。


「あ、獲れたみたいです」


 森の少し奥からズンッと空気を揺るがす音と共に、多くの鳥が飛び立ったのが見えた。

 魔鳥や騎兵らが何だ何だとそちらを向くも、特に気にすることなく作業に戻る。もはや慣れたものだ。


「ジルって大物狙いですよね」

「俺の為かも?」

「そうかもしれません」


 顔を見合わせ、二人で戯れるように笑みを交わす。

 ちなみに実際の所は小さいのは向かって来ない限りすばしっこくて面倒で、大きい方が見つけやすく狩りやすいだけという勝てる事が前提の強者理論だ。


「騎兵団の方で朝食の手伝いを、と思ったけどジルを待ってましょうか」

「手伝いっつってもさァ……」


 開きかけた口を、イレヴンは無理矢理閉じた。

 確かに見ている限り手伝いである事に変わりはなかった。手伝いに行けばナハスが仕事を割り振ってくれたし、仕事ぶりも十分な手助けとなっていただろう。

 しかし、とイレヴンは思う。


『何か手伝えること、ありますか?』

『ああ、リゼル殿か。丁度良かった、この鍋が焦げないよう掻き回していてくれないか』

『分かりました』

『助かった、そこにかかりきりになれんからな。頼むぞ』

『はい』


 そしてリゼルは気合を入れて、大きな寸胴の前でお玉を手にせっせと掻き回していた。

 火とか危ないんじゃ、と一人の騎兵がこそりとナハスに声をかけていたのをイレヴンは良く覚えている。彼らは我らがパーティリーダーを舐めすぎなんじゃないだろうか。全力で同意する。

 さらに、またある時は。


『ナハスさん、手伝っても良いですか?』

『ははっ、何だ、柄にもなく控えめに聞くな。遠慮せずどんどん手伝ってくれ』

『有難うございます。えーと、俺もこれを切れば良いですか?』

『いや、ここは手が足りてるんだ。そうだな、切ったものをパンに挟んでいってくれると有難いんだが』

『はい、分かりました』

『パンはまだ熱いぞ、火傷するなよ』


 そしてリゼルは火で炙られたパンに、せっせと野菜やら塩漬けのハムやらを挟み込んでいた。

 イレヴンはナハスの対応こそ迷宮対応というものではないかと常々思っている。迷宮対応とは冒険者用語で“全力で空気を読んだ超適切すぎる対応”のことを指す。


「……まぁリーダーが楽しそうだったから良いけど」

「ん?」


 呼んだかと此方を向いたリゼルに、にこりと笑って否定する。

 二人の進路は先ほどとは変わり、自身らのテントへと向かっていた。魔鳥車の近くに張られたそこには、昨晩も使用した焚き木がまだ残っている。

 肉を獲ってきたからには焼くだろう、そこで待っていれば良い。


「俺らは何時出発すんスか」

「ナハスさんには互いの準備が出来たら出発、って言われてます」

「ふぅん。早ぇ方が良い?」

「そうですね」


 騎兵団も明るい内に野営地まで戻って来たいだろう、出発は早いに越したことは無い。

 視界の向こう側へと流れていく風が髪を揺らし、頬をくすぐる。リゼルはそれを耳へとかけながら、雑談を交えつつ体をほぐしている騎兵たちを眺めた。


「でも向こうも今日はのんびりしてますし、そんなに急がないで良いと思います」

「あいつら一日やる事ねぇっつってたしなァ」


 再び欠伸を零しながらイレヴンが頷いて同意する。

 恐らくサルスへ入国許可を取りに行く騎兵は既に出発しているのだろう。返事が帰って来るまでは、易々と魔鳥を飛ばすことすら出来ない。


「お、こんだけ薪残ってりゃ足りるか」


 然程歩かない内に焚き火へと辿り着くと、イレヴンが慣れ切った仕草で積んである薪をほいほいと焚き火跡へと放り込んでいく。リゼルも時々やらせて貰うが、まだまだ時間がかかってしまう。


「そういえば、朝起きるとちょっと薪が減ってますよね」

「あー、夜の間に誰かが足してるんじゃねッスか。巡回とかで」

「成程」


 野営地では焚き火の火を絶やすことは無い。

 騎兵団に同行中のリゼル達は三人とも揃って寝てしまうが、夜中に巡回する兵が気付いた時にポイッと放り込んでくれているのだろう。有難いことだ。


「良っし、完成」


 イレヴンはぱっぱっと手を払いながら立ち上がる。円形に並べられた拳大の石の中でテント型の焚き木が組み上がっていた。

 それを見下ろし、リゼルは微かに首を傾け魔力を操作する。パチッと空気が弾ける音と共に焚き木の中で火が生まれ、徐々に薪を燃やしていく。


「あ、ジルも戻って来ましたね」


 薪の表面を舐めるように広がっていく炎から顔を上げれば、森から歩いて来る人影が見えた。

 見た限り獲物の姿は無いが、空間魔法にでも仕舞っているのだろう。リゼルがひらりと手を振ると、気付いたジルも手を上げた。


「茶でも沸かしとく?」

「そうしましょうか」


 イレヴンが背の高い鉄の三脚、五徳を焚き火へと設置した。

 そしてケトルを取り出し、リゼルへと向ける。リゼルは蓋が閉じられたままのそれに手を当てると、その中を水で満たした。

 三人は各自水入りの瓶を数本持っているが、リゼルがいる時に限り取り出すのを面倒臭がって魔法で解決する。


「リーダー居ると便利ー」

「それ、時々言いますよね」

「だって本当ッスもん」


 けらけら笑ったイレヴンが、適当な茶葉を取り出して火にかけたケトルへと放り込む。ちなみに茶葉はジャッジがイレヴンに押し付けたものだ。彼の間接的奉仕は留まる事を知らない。

 そうして話している内に、ジルが野営地へと辿り着いた。


「お前らにしちゃ早ぇな」

「お早うございます、ジル」

「はよッス」

「あぁ」


 リゼルが起きた時には既に居なかったジルは、相変わらず普段と同じ時間に起きていたのだろう。いつテントを出たのか熟睡していたリゼルは全く覚えていないが。


「何が取れました?」

「雷虎(サンダータイガー)」

「へぇ、見た事ないです」


 ジルは獲物を取り出し、どすりと地面に置いた。

 馬ほどの大きさの巨体を立派な縞模様の毛皮で包み、その額からは真っすぐな角が生えている。リゼルがまじまじとその姿を見下ろし、おもむろに顔の前へとしゃがんだ。

 角へと伸ばした手は、触れることなくジルの声に止められた。


「触んなよ」

「どうしてですか?」

「まだ残ってる」


 何が残っているのだろうと不思議そうに見上げてみれば、毛皮を剥ぐ為だろうナイフを手に直ぐ横に近付いて来たジルが身を屈める。そのまま持っているナイフでキンッと角を弾けば、バチンッと強い音がした。


「これは痛そうです」

「毛皮も止めとけよ」


 近くでそれを見たリゼルには、角とナイフを繋ぐように伸びた細い雷光が確かに見えた。

 そして言われてみれば成程、狩られたばかりでまだ艶の残る毛皮もふわふわと細かい毛が逆立っている。触れば静電気でバチッとするだろう。


「お、血抜き終わってんじゃん」

「首から斬ったからな」

「あー、だから凄ぇ汚れてんのね」


 イレヴンも手際よくグローブを両手に嵌め、そしてナイフを取り出した。

 父親が狩人というのが大きいのだろうか。イレヴンはこういうのが得意で、躊躇いなくさくさくと血に汚れた毛皮にナイフを通している。

 相当な巨体だが二人がかりなら然程処理に時間はかからないだろう。ちなみにリゼルは手伝おうとしても拒否される。


「じゃあ俺はスープをゲットして来ます」

「何のスープって?」

「具沢山って言ってましたよ」

「やりィ」


 昨晩聞いた話を思い出しながら告げれば、イレヴンが機嫌良さそうに目を細めた。

 食事の準備を自分達でしているとはいえ、完全に騎兵団と仕切って考えている訳ではない。これから行うように獲れた獲物と交換して貰うこともあれば、肉だけじゃバランスが悪いとナハスが問答無用で渡してくることもある。


「リゼル殿」

「ナハスさん、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 朝食を準備してる面々の元へ歩いていたリゼルに声をかけたのはナハスだった。

 丁度探していたのだろう。良かった、と言いながら近付くナハスにリゼルも足を止める。少し離れた所には彼の相棒もいて、自由気ままに歩き回っていた。


「何かありました?」

「いや、いつ頃出るかだけ確認しておこうと思ってな」

「そちらに合わせますよ」

「そうか? お前らも朝食は……これからか」


 ふっとリゼル達のテントの方へ視線をやったナハスは、焚き火の後ろに毛皮を剥がれた巨大な肉塊が鎮座しているのを見て深く納得した。リゼルは流石に解体が早いなぁと感心顔だ。


「さっき周りが騒いでたのがアレか。またでかい獲物だな」

「雷虎みたいです」

「何だと、近くに居たのか」


 やや顔を顰め、森を向いたナハスにリゼルが問いかける。


「何か問題が?」

「いや、こっちが大人数で固まってればまず近付かないから良いんだが……魔鳥と雷虎は相性が悪いんだ」


 雷虎は、時に空を飛ぶ魔鳥すら獲物にする。

 毛皮に帯電の性質を持ち、それを角に集約させて雷を放つ事が出来るからだ。一時でも体を麻痺させる事が出来れば狩りの成功率は跳ね上がる。後は巨体に似合わぬスピードで迫り、鋭い爪で仕留めるだけなのだから。


「この辺りで出るのは珍しいな」

「そうですよね、俺も見た事なかったです」

「仕留めてくれたなら安心だな。礼を言っておいてくれ」

「ジルにはそんなつもり無かったと思いますけど」

「そうだろうな」


 ナハスは笑い、近付いて来た自らのパートナーを首に手を回すように撫でた。

 もはやジルが朝食前の運動のように一人で狩って来たことに驚く者はいない。雷虎を見た時に周囲が騒いだのは、雷虎が出た事に対してなのだろう。

 例外として、王族付の近衛兵の一人は雷虎を見た瞬間に飲んでいた茶を噴き出したが。


「それで、お前はどうしたんだ?」

「ああ、今日はスープがあるって聞いたから貰いに行こうと思って。あの肉と交換、ということで」

「そうか。うちの奴らも喜ぶぞ」


 交換なんて気にせず持っていけとナハスは常々思っているが、どちらにせよリゼル達ではあの巨体を食べきれないし、ナハスもリゼル達に栄養的な意味で分けてやりたいので同じことだ。

 そして言葉通り、騎兵団の面々も大喜びする。保存が利く様に加工してある肉と、獲れたての生肉ではやはり違う。


「それなら、そうだな……出発は朝食後で良いか?」

「はい」

「また後で声をかけに行くから、準備しておくんだぞ」


 リゼルはナハスの言葉に頷き、また後でと別れて再び歩を進めた。

 騎兵団の食事当番は、野営地のほぼ中央で作業している。幾つか並んだ焚き火は煉瓦が積まれ竈のようになっており、リゼルが手伝った時と同じように大きい鍋が置かれていた。

 持ち出しは厳しく管理されているようだが、騎兵団も一つ空間魔法が使われた入れ物を持っている。


「おはようございます」

「お、来たな」


 魔鳥から外した鞍に腰掛け、手際よく果物を剥いていた壮年の騎兵がにやりと笑って顔を上げた。どうやらもうジルが雷虎を狩ってきた話は広がっているらしい。


「今日も大物だったらしいなぁ」

「スープと交換でどうでしょう」

「そりゃ大歓迎だ、持ってけ持ってけ」


 じっと皮むきの手元を見るリゼルに、騎兵は笑って持っていたナイフで鍋を指した。

 ちょっとだけやらせて貰えないかとも思ったが、邪魔をするつもりは無い。リゼルは幾つか並んだ竈の一番手前、大きな鍋を掻き混ぜている年若い騎兵の元へと向かう。


「お、話は聞いてましたよ。三つで良いですか?」

「お願いします」

「あとちょっとで出来上がるんで」


 柔らかく微笑みながら頼み、ちらりと鍋の中を覗き込んだ。

 ジャガイモやニンジンなどの根菜、良く燻製されたベーコン、それらが大ぶりに切り分けられ細かな油の煌くスープの中に佇んでいる。アスタルニアの朝食に頻繁に登場する定番スープだ。


「雷虎狩ってくれるなんて大助かりですわ」

「それ、ナハスさんにも言われました。でも亡骸とはいえ、魔鳥の動揺が無いのが意外です」

「そりゃまぁ訓練してるんで」


 誇らしげにそう言った騎兵の視線が、自らのパートナーだろう魔鳥へと向いた。

 陽だまりで羽をたたみ、うとうととしている魔鳥を見る瞳には愛情と信頼が滲んでいる。それは熟練だろうと新人だろうと関係ない、騎兵団全員が持つものだ。


「あ、そういや毛皮はどうするんです?」


 ぱっ、と此方へ向き直る騎兵にリゼルはパチリと目を瞬いた。


「その辺りはいつもジルとイレヴンに任せちゃうんですけど」

「羨ましいですねぇ、あれだけ立派だと金貨何枚いくんだろ」


 くるくると鍋を掻き回していた手を止め、騎兵は夢見心地に呟いた。

 そしてお玉を器用に操り、浮かぶジャガイモを鍋に押し付けるように半分に割る。リゼルには分からないが満足がいくまで煮えたのだろう、ポーチから器を三つ差し出せば快く受け取って盛り付け始めてくれる。


「あの毛皮だと、売ったら何になるんでしょうね」

「俺に聞くんですか。そうですね、装備とかにすりゃ良いモン出来そうだし……あ、お偉いさんが絨毯にしそうですよね!」

「うちには無かったですけど」

「え?」

「ん?」


 二人は数秒視線を合わせたが、リゼルがにこりと笑った所で止まった時間が動き出した。

 騎兵は何だか会話に異常な違和感があった気がするも流しながら、器にスープを盛る作業を再開させる。男所帯の盛り付けは偏りがあると後に戦争を生むのだ、慎重にもなる。


「あ。そういえば一度、成金の商人がコートにしてるの見ましたよ」

「暖かそうですもんね。凄く派手ですけど」

「あれ着こなすってかなり難易度高いですよねぇ」


 リゼルは数度頷き、ぼんやりと想像してみる。

 虎柄のコート、その巨体から大き目のサイズが取れるだろう。思い返してみれば元の世界の元教え子が、とある金持ち商人のドラ息子設定で市井に遊びに行った時にとてつもなく着こなしていた気がする。


「ジルは背が高いし、大柄も似合いそうです」

「迫力あり過ぎて近寄りがたさが跳ねあがりそうですよね」

「イレヴンも派手な柄が似合いそうだし」

「確実に何処かの若頭だと勘違いされそうですよね」


 それは褒めてくれていると判断して良いのだろうか。

 リゼルがそちらを見ると、騎兵は乾いた笑い声を漏らしていた。あまり良い意味では無さそうなので、コートに仕立てるよう提案するのは止めておいた方が良さそうだ。


「俺は似合いそうにないし」

「あー……」


 深く納得されると悲しいものがある。


「ん、出来た。どうぞ」

「有難うございます」


 リゼルはポーチから迷宮品のトレーを取り出し、騎兵へと差し出した。スープを注ぎ終わった器が三つ、トレーの上に慎重に並べられる。

 ちなみにこの騎兵は普段の配膳の際に“多少零しても気にしない”を信条としている事をリゼルは知らない。


「そろそろジル達も終わるでしょうし、後で肉も取りに来て下さい」

「おっ、なら直ぐ誰か寄越すんで」

「はい、待ってます」


 両手が塞がっているので微笑むことで礼を告げ、リゼルはジル達の元へと来た道を戻り始めた。

 聞いていた通り具沢山のスープは揺らせばすぐに零しそうで、気を付けて歩く。元々ゆったりと歩くリゼルにとっては難しい事でも無い。


「?」


 そしてジル達の姿を見つけた時、リゼルは内心首を傾けた。

 茶は既に沸いたのかケトルは取り除かれ、炎の周りには串に刺された肉がぐるりと並んでその身を炙っている。その後ろには一回り小さくなった肉塊があり、騎兵団に渡す用だろう半分は既に分けられていた。

 そして焚き火の周りを囲むのはジルとイレヴン、そしてもう一人。


「(あ)」


 初めにリゼルに気付いたのは、ちょうどこちらを向いていたイレヴンだった。

 わざとらしい笑みを浮かべて見覚えのない人物と話しながら、その視線を一瞬ジルへと送る。それを受け、ジルもリゼルを見つけ自然な仕草で立ち上がった。

 そして何気なくその人物からリゼルの姿を遮るように間に入りながら、此方へと歩み寄って来る。


「何かありました?」

「別に。王子のお相手」


 何となく声を潜めて問いかけてみれば、ジルがトレーを受け取りながら答えた。

 リゼルはそういえば、と意外そうに一度目を瞬かせる。別に意図した訳でも無いのに、出発以来顔を合わせていない事に今気が付いたからだ。

 そして、ジル達もそれに気付いているのだろう。会いたくないなら、と気を遣ってくれたらしい。


「なら俺からもご挨拶した方が良いでしょうか」


 旅も最後だからと、噂の一刀に突撃してみたのだろう。

 随分と好奇心旺盛な方だなと可笑しそうに笑ってみれば、ジルがため息をつきながら前から一歩ずれた。見通しの良くなった向こう側では、一人の男が後ろ手をつきながら此方を振り返っている。


「お、パーティの最後の一人か? 何だ、焦らしてくれたものだ……な……」


 褐色の肌に、黒く短い髪。凛々しい眉の下にある瞳は好奇を宿し輝いている。快活な笑みが良く似合う男だった。

 その首元を彩る金の装飾が、彼がどういった存在であるかを強く主張している。


「本当に、随分と焦らされた」


 そして酷く楽しそうに深まる笑みへ、リゼルはゆるりと微笑み焚き火へと歩を進めた。






 焚き火の周りには酷く香ばしい匂いが漂っていた。

 焚き火を囲うように置かれているのは森から拾ってきた丸太で、リゼル達はそこに腰掛けて焼きたて熱々の虎肉へと齧り付いていた。


「いや、まさか冒険者だったとはな」

「良く言われるんですけど、とても心外です」


 苦笑するリゼルに、王子が声を上げて笑う。

 そんな彼は先ほど串焼きの肉をそのまま食べるリゼルを二度見していた。そうしておきながら自分はリゼルに勧められるままに肉へと平気で齧り付いているのだから、リゼルには不思議だ。


「建国祭の時を覚えているか? 俺としては忘れて欲しい気もするが」

「ええ。メッセージまでしっかりと」

「お忍びなぞ、さぞ話が合うだろうと式典の時に探し回ってしまった!」


 話が合う、の言葉にリゼル達は酷く納得した。

 アスタルニア王族にしてみれば王都の貴族らは随分と“お堅い”ことだろう。王都からしてみればアスタルニアの方が緩いのだが。


「レイ子爵はお忍びで出てましたけど」

「何やってんのあのおっさん」

「良い年してはしゃぎ過ぎだろ」


 思わずジル達は突っ込んだ。

 冒険者同伴パーティーの話が来たとは聞いたが、普通に使者か何かが来たかと思っていたからだ。まさか街中で会っているとは思わなかった。


「貴族にもツテがあるのか」


 ふいに王子の口から出たそれは、酷く何気なく向けられた言葉だった。

 しかしブチリと最後の肉を串から噛み千切ったイレヴンが、それを噛みもせず飲み込んで口を開く。


「そういうの、要らねぇんだわ」


 嘲るように笑みに歪められた唇から零れた声は低く、その指が空いた串をヒュンッと回す。

 さり気なく王族の後ろについていた近衛兵が眉を顰め、剣へと手を当てた。それに視線すら向けないままイレヴンが王子と視線を交わすこと数秒。滲みかけた不穏な空気は、しかし次の瞬間霧散した。


「イレヴン」


 穏やかな声が、ただ名前を呼ぶ。

 それだけでイレヴンはふてくされた様に唇を尖らせて、乗り出しかけた身を引いた。不満げな視線を受け、リゼルは困ったように笑いながらもその手から空の串を取り上げる。


「あっちが悪ィんじゃん」

「彼の立場を考えれば当たり前のことです」

「でもさァ」

「イレヴン」


 促すように再び名前を呼べば、イレヴンは渋々と反論の口を閉じる。その手に新しく焼けた肉の串を渡してやれば、やけ食いのようにガブリガブリと食べ始めた。

 これはきっと何故自分より王族を庇うような真似をするのかと拗ねてみせているのだろう。きっとフォロー待ちなので後で声をかけておかなければと思いながら、リゼルは視線を前へと向けた。


「すみません、王子殿下」

「いや、こちらこそ短慮軽率な真似をした。つい、な」


 王子はまるで役者のように肩を竦め、カラリと笑う。


「が、意外だな。“一刀のパーティ”って訳では無さそうだ」


 その瞳に映る好奇が強くなり、視線がゆっくりとリゼル達三人をなぞった。

 イレヴンは気に入らないとばかりに鼻を鳴らし、ジルは我関せずと肉を食らい、そして最後視線が止まった先のリゼルはただ微笑む。


「ふむ、成程。アリム兄上が、例え一刀でも冒険者に興味を持つなどと思っていたが」


 その手に持つ串をゆらゆらと揺らしながら、王子が告げた。


「兄上の眼鏡に適ったのは君か」


 王族らしい凛とした瞳は揺るぎない確信を持ち、真っすぐにリゼルを向いていた。

 その視線を受け、リゼルは困ったように微笑む。さらりと髪を揺らしながら小さく傾げられた首が何を示すのか、リゼル以外には誰も分からなかった。


「そう思って頂けているなら嬉しいんですが」

「いや、面白い。帰った時に兄上と話すのが今から楽しみだ」


 声を上げて笑う王子を、ジルは興味なさそうに一瞥して肉を齧る。

 果たして、眼鏡に適ったのはどちらなのか。そう思いながら。


「でもそんなことしたら、王子。アリム様に色々バレますよ」

「む、そうだな。兄上は怒らせると怖い」


 ふいに声をかけた近衛兵に、王子は肉に大きく齧りつきながら難しそうな顔をする。どこか役者じみた表情も彼には良く似合っていた。

 リゼルは新しい肉をせっせと焚き火の周りに差し込みながら、ふと不思議そうに顔をあげる。焚き火を囲む石の隙間に串を差し込んで固定するのだが、これがなかなか難しい。


「アリム殿下、ですよね。穏やかな方だったと思うんですけど」

「穏やか? あの兄上がか?」


 今までで一番意外そうに目を見開く王子へ、リゼルもぱちりと目を瞬いた。

 確かに普段の会話でも、兄弟に対しては遠慮が無かった。しかしそれを差し引いてもアリムは感情を荒らげることは無さそうだったし、アスタルニア国民の賑やかさを思えば十分に穏やかだったように思う。マイペースともいうが。


「何か気に入らん事があると手も足も出す人だ、これがまた痛い」


 流石に兄弟内に限られるし、別に短気でも無い。

 それでももれなく応戦してしまうのがアスタルニア王族兄弟なのだから、アリムが特別という訳でもないのだろう。兄弟喧嘩といえば可愛いが、周囲の人間にとってはそんな可愛いものではないと専ら評されている。


「あの布の塊がねぇ」

「意外ですよね」

「それなりに動けそうだとは思ってたけどな」

「そういえば体つきはしっかりしてましたね」


 知人の意外な一面に、リゼル達はもぐもぐと肉を食べながら頷きあう。

 書庫内では移動すらのそのそとしていたので知る由も無かった。今頃はその書庫でクシャミでもしているだろうか。


「しかし兄上も人が悪い。これほど興味深い相手と知っていれば、移動中語り明かしたものを」

「だからだと思いますよ……」


 心底残念そうに天を仰いだ王子に、正直勘弁してくれと思いながら近衛兵は口元を引き攣らせた。







「お、リーダー見て」

「ようやく着きましたね」


 もっと話をもっと話をと粘る王子に別れを告げ、残る騎兵団に見送られながら野営地をたってから暫く。昼時を過ぎたぐらいだろうか、間近に迫る王都をリゼル達三人は魔鳥車の窓から見下ろしていた。

 魔鳥車をひく魔鳥らが翼を動かす音と共に、高度がどんどんと下がっていくのが分かる。徐々に速度も落ちていき、地面に触れる少し前に停止。そして小さな振動と共に魔鳥車が地面へと下ろされた。


「良し、降りて良いぞ」


 外から閂の開く音がして、ナハスが魔鳥車の扉を開く。

 リゼルが身を屈めながら扉を潜れば、眼前に広がるのは懐かしい城壁だった。迷宮へ行くのに何度もくぐり、そして見送りを受けた場所だ。


「あー、ようやく移動も終わりかァ」

「体ほぐすのに迷宮潜りてぇな」

「それガチで?」


 ジルやイレヴンも続いて魔鳥車から降り、肩や首をぐるりと回している。

 行きもそうだったが、基本的にじっとしているのが性に合わないのだろう。本当に迷宮に潜りに行きそうだなとジルを見ていると、魔鳥車内に忘れ物がないか確認したナハスが扉を閉めた。


「長い移動は疲れただろう、宿のアテはあるのか?」

「取り敢えず、以前に泊まっていた宿を覗いてみようかと思ってます」

「そうか」


 ここまでリゼル達を送り届けたのは本当に最小限の騎兵達だ。

 魔鳥車をけん引するナハスを含めた四組と、朝一で“取り敢えず魔鳥騎兵団が近くまで来るが気にするな”と門番へと伝えに来た先触れの一組。先触れの騎兵はどうせだからと到着を待っていたのだろう、何やら門番と話していたようだが直ぐに此方へと魔鳥と共に合流してきた。


「お前達には」


 そちらへと視線を向けながら、ふいにナハスは魔鳥車に手を置き口を開く。


「リゼル殿には感謝している」

「こちらこそ、ナハスさんにはお世話になりました」


 お世話になったというか、世話焼いてくれたというか。

 思わずそう口を開きかけたイレヴンは、ジルに後頭部を引っ叩かれて渋々口を閉じた。そのまま魔鳥車に肘をつくようにもたれ掛かり、傍観の姿勢をとる。


「いや、そんな些細なことじゃない。お前は、俺達騎兵団の誇りを守ってくれた」


 それは、真実を知るナハスだからこそ出た言葉だったのだろう。

 信者による襲撃の被害がほぼゼロで済んだ裏に、誰が居たのか。居なかったら、どうなっていたのか。想像するだけで背筋が凍るような未来をゆるやかに薙いだのは、誰か。

 例えそれが成り行きだとしても、感謝しない理由にはならないのだから。


「心から感謝している。有難う」

「どういたしまして」


 そしてナハスが感謝を選んだなら、リゼルもそれを受け入れる。

 ゆるりと微笑めば、ナハスも口元を緩めた。しかし直ぐに何かを思い出したように魔鳥車に乗せていた手を離し、その手を自らの腰元へと運ぶ。


「そうだ、お前達に渡そうと思っていたんだ」


 色々なものが括りつけられた腰のベルトを漁り、その手が何かを握ってリゼルへと差し出された。

 緩く開かれたナハスの掌から、ストンと何かが落ちる。指先に絡められた紐によりぶら下がったそれは、滑らかに表面が削られた小さな笛だった。


「魔鳥笛だ。そうだな、同じ国の中ならまず俺の相棒が気付ける」

「そんな大切な物を貰って良いんですか?」

「気にするな」


 これは予備だからと、本当に何てことなさそうに言うナハスからリゼルは笛を受け取る。

 まるで工芸品のようなそれは軽く、艶やかだ。何かの骨か木を削って作られたのだろう。


「最近は少なかったが、騎兵団は他所の国に飛ぶことも多いからな。見かけたら知らせてくれれば、力になれる事もあるだろう」


 何となく何らかの騒動の渦中にいる事が前提で話されている気もするが、取り敢えずリゼルは微笑んで頷いておいた。再会を望んでくれているのだと思えば素直に嬉しい。

 貸して貸して、と手を伸ばしてくるイレヴンに笛を渡してやる。すかさずヒュイッと鳴らされたそれに、その場にいる魔鳥が不思議そうに顔を上げていた。


「何で今鳴らすんだ……」


 全く、と言いたげにそちらを見たナハスが、大丈夫だと自らの魔鳥に声をかける。

 他の魔鳥が不思議そうに首をひねり顔を逸らす中、首をひねりながらもじっとイレヴンを見ていたのがナハスの魔鳥だ。どうやら、それぞれの魔鳥の音というのがあるのだろう。


「ナハスさんに直通なんですね」

「悪戯で鳴らすんじゃないぞ」


 そう付け加えたナハスが、まるで何かを切り出すのを躊躇うようにふと口を噤んだ。

 行き場の無くなった手をそのまま首元に宛がい、逸れそうになる視線を自ら叱咤するようにリゼルへ戻す。珍しく、何処か落ち着かない姿をリゼルは意外そうに見た。


「まぁ……好き放題するなとは言わないが、あまり敵を作るなよ」

「気を付けます」

「返事だけは良いからな、全く」


 少し厳しい顔をしながら、ナハスがジル達の方にも顔を向ける。


「お前達にも言ってるんだぞ。タチの悪い事は控えろ」

「心当たりぜーんぜん無ぇ」

「もう喧嘩はするなよ。結局周りが振り回されるんだからな」

「……」


 にやにやと笑うイレヴンと、嫌そうに顔を顰めて視線を逸らすジルにナハスは仕方なさそうに溜息をついた。

 そして再び何かを言いかけて開いた口を、隠すように自らの手で覆ってしまう。そのままゆっくりと息を吐きながらリゼルへ向き直った顔は、指の隙間から見える口元と共に困ったように笑んでいた。


「いかんな」


 何かを諦めたような声は、ただただ優しい。


「どうにも離れがたい」


 その言葉に、リゼルは目元を緩めて可笑しそうに微笑んだ。

 リゼルから見たナハスは、何処までも国に仕える兵だった。持ち前の面倒見の良さが前面に出てはいるが、根本には常に騎兵の一員としての一線があった筈だ。

 しかしたった今告げられた言葉は、その瞬間だけは、その一線を踏み越えた。


「有難うございます」

「ああ」


 目を細め笑みを浮かべたナハスが、口元から降ろした手を自然とリゼルへ向けた。

 その手がポンとリゼルの肩を叩き、離れかけ、しかし再び触れて肩から腕へとゆっくり撫でて離れて行く。まるで自身の魔鳥を撫でるような仕草は、慈愛の籠った掌の温度も伴いただただ温かい。


「元気でな」

「貴方も」


 友との別れを惜しむ瞳がまっすぐに此方を向いているのが、リゼルには嬉しかった。


「ナハスさんが駄々をこねるなんて珍しいですね」

「本当にな。情けないことだ」

「俺は嬉しいんだから、そんなこと言わないでください」


 戯れるように交わされる会話に先程の名残は無く、ナハスは自らの魔鳥を呼んで労わる様にその体を撫でた。

 魔鳥車に繋がる装備がその身の負担になっていないかしっかりと確認し、周囲へと出発の声をかける。元々、長居はあまり好ましくない。


「じゃあ俺達はそろそろ行くが、大丈夫か? ギルドの手続きもなるべく早くやるんだぞ」

「ギルドに関心もつ兵士ってのも珍しいよなァ」

「冒険者でも無ぇのにな」

「気が利く人ですよね」

「聞いてるのか! 困るのはお前達なんだぞ!」


 三者三様に返事をしながら、リゼル達は数歩魔鳥車から離れた。

 直後、魔鳥が大きく羽ばたく。四隅を牽引する魔鳥らは暫く低空で羽ばたき高さを揃えていたが、ナハスの合図と共に一斉に上空へとその身を持ち上げた。

 一糸乱れぬ連携に綺麗に地面から浮いた魔鳥車が、リゼル達の目線の高さで静止する。


「色々と有難うございました。お気をつけて」

「ああ、行ってこい!」


 風の音に消されないよう、少し声を張るリゼルにナハスも力強く返した。行って来いとは、言う方が逆じゃないかとリゼルは可笑しそうに笑う。

 他の騎兵達も大きく手を振ってくれたので、リゼル達も手を振り返したり見送ったりで送り出した。何だか騎兵の内の一人が泣いているように見えたのは気のせいだろうか。


「魔鳥も暫く会えないと思うと寂しいですね」

「あれだけでけぇのは滅多に居ねぇしな」


 騎兵団は大きく旋回しながら高度を上げていき、そして進路を来たばかりの方角へと定めた。

 見上げれば太陽を背負い眩しい彼らを、リゼルは手を目元にあてながら見上げ続ける。高く高く、何処までも響くような魔鳥の声が青い空に美しく鳴り渡ると同時にナハス達は王都を離れて行った。

 そして離れて行く影を最後まで見送ることなく、リゼルは微笑み王都の門を振り返り歩き出した。







「ジルは本当に迷宮行くんですか?」

「行きてぇってだけだ。今からだと微妙だろ」

「つか俺腹へったんスけど」


 王都に居た頃は何度も出入りした門を、リゼル達はギルドカードを提示しながら通り過ぎた。

 そのカードを見るでもなく目を見開いた門番が、微かな憧憬を孕んで呆然としながら三人を目で追う。懐かしいと、穏やかに思うには彼らの印象は強すぎて。


「じゃあこのまま何処かに」


 城壁が作り出す影を潜り抜け、すぐに差す日の光にリゼルは一度だけ瞬きながら言いかけた口を閉じた。

 そのまま数歩足を進め、そして止まる。行き交う人々の視線を集めながらも気に留めることなく、目の前に立つ懐かしい二人の姿に甘く柔らかく微笑む。


「あ、あの、リゼルさん……その、おか」

「お待ちしていました、お帰りなさい」

「ちょっとスタッド! 出迎えの時は僕が先って散々言ったのに……!」

「貴方が鈍くさいからでしょう第一声は譲りました」


 淡々と告げるスタッドに半泣きで抗議する姿は何とも見慣れたもので、リゼルは苦笑しながら早く再会を喜ばせて貰おうと二人へと歩を進めたのだった。




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― 新着の感想 ―
ナハスさんの 「離れがたい」 目頭があつくなりました。 贈り物が魔鳥の笛というのも、これまでの事の感謝となんにもかえがたい友としての情、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ!(また会える)っていう気…
ナハスさんはリゼルに何を受け取ってもらいたいと望むのかと楽しみにしていました。笛を渡す想いと、別れを惜しむ姿にじんわりしちゃいました。彼は真っ直ぐな人ですね。 そしてリゼルは、別れに涙を流すのではな…
ナハスさん、良い人だったなあ。アスタルニア編面白かったです。特に迷宮の個性が笑
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