閑話:とある弟子入り志願者曰く
109話でジルに弟子入りを申し込んだ冒険者の話。
相変わらず読まなくても本編に支障はありません。
こんにちは、オレはしがない冒険者です。
犬の獣人だからか、周りの冒険者には“犬”って呼ばれてます。別に犬って名乗った事ないし、犬の獣人なんて他にもいるのに。
でも冒険者じゃない女性の人には“ワンコ君”って呼ばれたりもします。もう十八になったのに子供っぽくて恥ずかしいけど、正直キレイな女性にそう呼ばれて構って貰えるのは満更じゃ無いです。ごめんなさい。
こんなオレの一日は、狭い宿から始まります。
「…………!」
目が覚める時は一気です。寝起きは我ながら凄く良いと思います。
二段ベッドの下で頭をぶつけないように起き上がって、クンッと朝の空気を嗅ぎました。昨晩酔って帰ってきた同室者が居たり、そもそも男所帯なので全く良い匂いはしないんですが、それでもその中に少しある朝の澄んだ空気が好きです。
寝てる最中にペタンと張り付いてしまった耳が自然と起き上がっていくのを感じながら、あくびします。柔軟がてら前屈みたいに体を前に倒して、手を目いっぱい前に伸ばすと気持ち良いです。
いびきや寝言も慣れたもの。全然気になりません。
オレはパーティを組んでいないので、同室者は全員同じような冒険者ばかりです。別に冒険者用の宿じゃないけど、狭い部屋に二段ベッドを三つも並べて、通り道といえば人がすれ違えないぐらい狭い空間は明らかに一般的な冒険者向けなのでやっぱり冒険者ばかりです。
パーティを組んでる人はパーティで一部屋借りたりするし、お金を持ってる上位になると二人部屋とか三人部屋とかを二つ三つ借りたりします。早くそうなりたい。
「良しっ」
小さく呟いて、ベッドの低い柵を跨いでおります。他の人はまだ寝てるので、なるべく物音を立てないように準備開始です。
ベッドの下に備え付けられてる大きな籠を勢い良く引き摺り出すと、上の段の人の荷物入れだったのでそっと戻しました。間違えた。こっちかと思いながら隣の籠に手をかけて引き出して、何も無くなってないか軽く荷物チェックします。
盗みなんて冒険者同士だとバレた時に周りに総スカンされるしほとんど無いけど、ゼロじゃないので一応用心のチェックです。わざわざ盗って行くほど貴重なものなんて持って無いけど、むしろ消耗品が一番お金がかかるし盗まれてもバレにくいので馬鹿に出来ません。
別に盗まれたこと無いし、一個二個無くなってても気付かないけど。
「うん」
全部ありました。
ここからは着替えです。貸出の寝巻を脱いでベッドの上に放ります。寝巻きは後で部屋の前にある大きな籠に入れておくと、宿の人が洗っておいてくれます。
インナーから順番に着ていって、でも手足の防具とか武器はまだ付けません。あれ凄く着心地悪いし重くて腰が痛くなるから、身につけるのは本当に出掛ける直前です。
「防具多いと嵩張るなぁ……」
最近、新しく手甲を買った所為かな。
籠から飛び出そうになったそれを押し込んで、籠をベッドの下に戻します。そしてベッドの敷布団の下に手を突っ込んで、お金の入った布袋を取り出します。
革で出来たウエストポーチにそれを入れて、ようやく準備完了です。今ならまだ宿の食堂も空いてるはず。
「んぐぁ……おう、犬。相変わらず早ぇな」
「はよーっす」
部屋を出ようとすると、同室の一人が二段ベッドの上で起き上がってました。
冒険者の朝は早いので、これから皆どんどん起きて来ると思います。欠伸をしながら腹をかいてる相手に小さめの声で挨拶を返して、適当に上げられた手に見送られて部屋を出ました。
パン焼ける匂いがするから、きっと今日はパンとスープのいつものメニューかな。
洗面台に寄って顔を洗って寝癖を押し潰して、到着した食堂にはまだ五人しかいませんでした。全部で四人席が四つあって、たくさんある宿の中じゃ大きい方の宿だけど、混んでる時は座れないから机無しで椅子だけどっかから持って来て食べたりもします。
先に居た五人はやっぱり全員冒険者で、眠そうに食べたり美味しそうに食べたりしてます。目が合えば簡単に挨拶するぐらい。朝は依頼の取り合いだから長々と喋ったりせずにパッパとギルドに行くけど、やっぱりパーティを組んで無いと何時誰と組む事になるか分からないから挨拶もちゃんと返します。
「はよーっす」
「うん、おはよう」
この食堂は壁をくり抜いたみたいに台所が見える構造になってて、覗き込みながら挨拶すると忙しそうながらもパッとこっちを向いての挨拶が返ってきました。これが物凄い混んでる時だと怒鳴ってるみたいな挨拶が返って来るけど、その時はこっちも食事にありつこうと必死だから気にしないです。
すぐに食事が乗ったトレーが渡されて、いそいそと空いてる席につきます。相席はいつもの事なので互いに特に何も言いません。
食事は予想通りに具だくさんのスープとちょっと硬いパン、後は剥いてないゆで卵が一つとココヤシのミルク。アスタルニアの定番朝食メニューでした。
スープには大きいじゃがいもがごろごろ入ってて、スプーンに乗せて一口で頬張ると外側はトロトロに溶けちゃってるけど中はほくほくで美味しいです。そして熱い。
後は玉ねぎだったり、人参だったり、どれもでかいけど美味しいです。厚めに切られたベーコンはいつも一つだけ、誰のを見てもそうだし毎回そうだから決まってるんだと思います。ちくしょう。
塩コショウだけの味付けだけど具から染み出した味もあって美味しくて、パンとスープを思うままに食べて少し失敗しながらゆで卵も剥いて綺麗に完食しました。おかわりすると一品につき銅貨一枚かかるので我慢します。
「ごっさんでしたー」
「はいはい」
食べ終わる頃には少しずつ人も増えて来て、トレーを返しに行くと忙しそうに返事されました。ちなみにトレーを放置すると凄く怒られます。
食堂を出ると顔見知りの冒険者が前から歩いて来たので、挨拶します。
「おう、犬。今日もギルドか」
「そッスよ、宿の払い日近いんで」
「あー、それなァ……お前この前一発でけぇの当てたとか言ってなかったか」
「手甲新調したら飛んでったッス」
爆笑されながら勢い良く背中を叩かれて、ちょっと食べたものが出そうになりました。
金を惜しむ奴は冒険者じゃないなんて言葉もあるくらい、この程度の事は冒険者の中では良くある事です。そんなに笑わなくても良いのに。
ちょっと奮発して良い手甲を買ったので頑張って稼がなきゃいけません。
「って事で、今日はどうッスか!」
「悪ィな、今日は手ぇ足りてんだ」
笑いながら食堂に入って行く相手を見送って、駄目かと耳の根元を掻きながら部屋に戻ります。今の人はパーティを組んでいて、でも三人パーティなので手が足りなかったりした時にオレも何回か呼ばれた事がありました。
やっぱりリーダーが決定権を持つパーティってなると信頼関係とか色々あって、少数パーティっていうのも結構あります。依頼を受ける時にそういうパーティ同士で組んだりもするし、オレみたいなソロを入れたりして人数を揃えます。
なので混ぜて貰えないかと思ったけど無理でした。別にそんなに期待してなかったので残念でも無いけど。
部屋に戻って、全部の装備を身につけて、昼食用に非常食の入った袋を腰にぶらさげました。冒険者の間で非常食と言えば、冒険者御用達の一粒一食分の栄養が詰まった木の実のことです。
大きめの飴玉ぐらいの大きさで、硬い殻の中には固いバターみたいな実が詰まってます。とにかく美味しくないです。でも殻ごと噛み潰せるから魔物の多い迷宮内では必需品だし、今日も何の依頼になるか分からないから一応持って行きます。
ちなみにお値段はそこそこします。数個しか持っていかないのは一粒がそれなりに重い所為もあるけど、大量に買えない所為でもあります。
空間魔法付きのポーチとか夢だよなぁ……値段的に全く縁が無いし、何処に売ってるのかも分かんないけど。
「おう、いつも早いな」
「はよーっす」
ギルドに着くと、取り敢えず自分のランクの依頼に目を通します。
ギルド職員のオヤジが声をかけてくるのに片手を上げて、まだ冒険者が少ない所為で暇をしてる相手に近付きました。オレも一人じゃどうにもならないので、メンバー募集待ちです。
自分で依頼を持って募集をかけるのも出来るけど、どっちにしろ人が増えてこないとどうにもなりません。募集をかけた人がリーダーになるのが暗黙の了解だし、オレあんまりリーダーに向いてないし。
「どうだ、良い依頼はあったか?」
「あん中じゃナイフバットか緋色蝶が相性良いッス!」
俺が今使ってるのは短剣で、スピード重視な戦い方なので小さくて速いのと相性が良いです。最初の頃使ってたのはナイフで、これからは片手剣とか練習して、最後には大剣とかを振れる様になりたいと思ってます。
まだ重い剣は振れないから、どんどん鍛えてやります。筋トレも毎日やってます。
「ナイフバットなぁ、そういや前に一刀達が受けてたか」
尻尾が思わず持ちあがってブンブン揺れました。
「……てめぇは相変わらず一刀が好きだな」
「だって憧れるじゃないッスか!」
そう、何で大剣を使いたいかって言うと、一刀が使ってるからです。
冒険者になった二年前から、噂だけは聞いてました。でも確かな憧れになったのはつい最近です。
同じ依頼を受けた仲間と逸れたジャングルで、一人じゃ敵わない魔物に襲われて、今にも殺されるって時に現れた黒い影が一撃で魔物を殺した時の多分ギリギリ見えたような気がする太刀筋が余りにも荒々しくて綺麗で憧れました。
ちなみにその後で魔物の断末魔を聞いた仲間としっかり合流出来て、倒れてた魔物の素材はちゃっかり回収してオレ多目で山分けしました。ごめんなさい。
「まぁ一刀にしてみれば、通り道で襲いかかって来た魔物斬っただけっぽいんスけど」
「最近奴らのこと分かってきた上で言うけどな、そりゃそうだろ」
一刀がやってきた方向から去って行く方向まで、俺の前を通過するルートはぶれもせず一直線でした。俺のこと庇ってくれた訳じゃ決してないけど気にしない。
パタパタと揺れる尻尾が尻にぶつかってるのを感じるけど、止めようとしても止まらないのでそのままにします。
そんな事を話している内にギルド内にも人が溢れて来て、ざわついて来ました。
ギルドのオヤジとの話を切り上げて、さてどうしようかと周りを見回します。依頼は早い者勝ちなので依頼ボードの前でちっさな喧嘩が起きてたり、さっさと其処から抜け出して受付カウンターに空いてる内にと進むパーティリーダーもいます。
俺が探してるのはメンバー募集の声です。全くのソロ同士で集まると連携とか報酬の時とかに揉める事が多いので、後一歩攻撃力が欲しいパーティとかに潜り込めるのが理想かな。
普段から立っている耳を更にピンと伸ばして耳を澄まします。朝一だけあって仲間集めの声がそこかしこで色んな声が聞こえました。
「“孤島の迷宮”の地図って幾らぐらい?」
「赤ゴーレムぶっ壊せる奴が……えー……後二人ぐらい!」
「お前ってそこそこ魔力持ってたよな? 魔道具使う仕事があんだけどさ」
「緋色蝶の鱗粉採取ー。すばしっこいの得意な奴ー」
あ、良い感じの発見。
「はいはいはい! 緋色蝶得意!」
「ハイ決定」
ランクも同じCだったし、すんなり決まって良かったです。
入れて貰ったのは三人組パーティで、プラスしてオレの四人で行くみたいです。普通だったら後一人ぐらいは欲しい所だけど、小型の緋色蝶相手だと人数が多いと逆に手持無沙汰になる人が出て来て報酬が割に合わなくなります。
アスタルニアは冒険者の出入りが少ないから、大体の冒険者は見覚えがあります。俺は半年ぐらい前に来て、この人達はその頃にはもう居た筈です。全然覚えてないけど。
「あ、穏やかさんじゃん」
「マジだ」
「え?」
三人の内の一人、リーダーさんが依頼受諾の手続きに行ってる間に話してると、ふと皆の視線が扉へ向きました。
最近は、良くこういう事があります。誰か入ってきたら、そりゃ見る人もいるけど大抵は無意識で直ぐに流すような事なのに、とある人達が入って来ると全員でそっちを見ます。
「今日は三人だな」
「ならランク高めんとこ行くんかね」
今日パーティを組む二人もそっちを眺めて話してます。
あの三人がこれだけ視線を引くのは、やっぱり存在感があるからだと思ってます。空気というか雰囲気というか、勿論見た目もあるんですけど、そうじゃなくて……オーラ?
三人より年上もたくさんいるのに大人っぽいっていうか、余裕がある感じです。冒険者なんて子供ばっかり、なんて女の人から聞いたこともあるのに。
余裕のある落ち着いた雰囲気なのに、何かこう、変則的っていうか。次の瞬間に何をするか分からないトリッキーな空気が余計に目を引きます。
ざわついてて良く聞こえないけど、大人な話をしてるんだろうなぁ。
「お前すげぇ尻尾揺れてんな」
「何、誰? 穏やかさん? あー、一刀か」
依頼ボードの前で話し合う三人を眺めてたら、知らない間に尻尾が揺れてたみたいです。
視線を追われて、誰を見てるのか気付かれました。
「一刀に憧れてる奴って多いよなぁ」
「逆じゃん? 気に入らねぇ奴のが多そう」
「あーね」
ちょっとムッとして尻尾が止まったけど、本当のことなので反論も出来ません。別にこの人達が一刀のこと嫌いって訳じゃないみたいだし。
同業で優秀で目立つとか、やっぱり気に入らない人もいるみたいです。それがランクが上なら当然の事だって皆思うけど、一刀はBだから何かが納得出来ないのかもしれません。
冒険者なんて実力第一なんだから別に良いと思うのに。
「ジル、この依頼は?」
「その迷宮すげぇ遠い」
「なら止めておきます」
それにしても穏やかさん(普段は名前なんて無くても通じるから特に決まった名前で呼んでないけど、二人に合わせます)はいつもメンバーにお伺いを立ててます。
パーティリーダーの立場が弱い所だとそういう風になるみたいだけど、穏やかさんの立場が弱いとかは外から見てても全く無いので不思議です。一刀相手に凄い。そこに違和感が無いのが本当に凄い。
「オレも一刀に話しかけてみたい……!」
「マジか、すっげぇチャレンジャー。俺ムリ」
「俺も。あ、でも穏やかさんと一緒の時ならイケるかも」
確かに一人でいる時の一刀は近寄りがたいけど、そこが格好良いのに。
そんな一刀の隣に並んでるのってどんな気分なんだろう。優越感凄いんだろうなと思います。穏やかさんからそんなの感じた事ないけど。
「せめて挨拶を交わすようになるだけでも良いです! 返事欲しい!」
「その最低限の壁がどんだけ高いと思ってんかなコイツ」
「もういっそ弟子入りしろ弟子入り」
弟子入り!
投げやりみたいに言われたけど、目から鱗です。あの太刀筋を近くで見れるどころか、自分のものに出来るかもしれないなんて魅力が図り知れません。
でも難しいだろうなぁ。弟子入り出来る程の腕とかより前の問題だろうなぁ。でも弟子入り凄くしたい。
「つーかウチのリーダー遅くね?」
「鱗粉採取用の道具すげぇ値切ってんのウチのっぽくね?」
「マジだ。他人のフリしてよ」
弟子入りかぁ。
「犬、上!」
「はい!」
緋色蝶の出やすい迷宮で、ようやく見つけた魔物は蝶々にしては大きいけど魔物にしては小さいです。羽を広げて五十センチくらい。
今回入れて貰ったパーティはパーティを組んでるだけあって戦闘も安定していて、でも罠とかはちょっと苦手みたいでした。何個か事前に発見した時には褒められました。
緋色蝶はまず足を全部斬り落とさないといけません。ギザギザの刃物みたいな足先は、しがみ付かれると肉を抉られて凄く痛いです。
「二匹同時に相手すんのはキツいッス!」
「儲けが倍って考えろ」
「元気出ました! あざっす!」
口からは変な粘液を吐いて来て、それが体に付くと大変です。
この粘液に緋色蝶の鱗粉がつくと爆発します。鱗粉は赤くてキラキラしてるけど凄く小さいので、上からぱらぱら降って来ると避けるのは難しいです。
だからとにかく粘液だけは避けます。避けたやつが地面にベチャッてなって、それに鱗粉が降って来ても爆発するので足元も注意しなきゃいけません。
その上で上空からの攻撃が来るので、流石はCランクの魔物です。手強い。
「あ、向こうにスライムっぽいの居るかも」
「マジか。音に釣られるとこっち来んな……ハイこっちー、場所移動すんぞ!」
スライムって苦手です。助かります。
「足全滅、触角とって目ぇ潰した!」
「良っし、とっとと口縛んぞ」
場所を移動して直ぐに、二人ずつ分かれて相手をしてた向こうの方が準備が整ったみたいです。緋色蝶は生きたままじゃないと鱗粉がとれないので、出来る限り無力化します。
触角を斬っちゃうとふらふらになるし、目も潰すともうこっちを感知出来ません。こうなると手当たり次第粘液をまき散らして面倒なので、その前に足を全滅させておいて直ぐ捕獲出来るようにしておくのが定石です。
捕獲して直ぐ、針金みたいな感触の口をぎゅっと結びます。こうすると粘液を吐き出せません。
「一人はそのまま押さえてろよ。もう一人はこっちサポート!」
「ヘイお待たせ」
こっちも足は全滅させてるけど、油断は禁物です。
必死な魔物にオレも飛びあがって何とか触角を斬り落とすと、不規則に暴れ回る緋色蝶の目を二人がどうにか潰してくれました。そのまま胴体と頭をのしかかるように押さえつけてくれている間に、硬い口を何とか結びます。
これ実はあんまり好きじゃないんです。手の中でびくびくする感触とか、時々手に粘液つきそうになる所とか、手袋をしてなきゃ怪我するんだろうなと思います。
「良し、じゃあ鱗粉とるぞ。一人は見張り、二人は一匹ずつ固定、一人は針刺し」
「オレ針刺すのやりたいッス! やったこと無いんで!」
「お前不器用そうだもんな」
「器用には見えんよな」
勢い良く手を上げたらボロクソ言われました。その通りだけど。
「まぁ良いんじゃん? 今んとこ魔物出んし」
「だな。失敗だけはすんなよ」
「あざっす!」
こういう所も、パーティを組んでる人達に混ざりたい理由の一つです。ソロの人達もそれぞれ色々な知識は持ってるけど、どうしても報酬を分ける時に誰が何を担当したかで変わってきちゃうので自分しか持たない技術を大切にします。
でもパーティの人達は余裕があれば教えてくれます。勿論そんな余裕なんて無い時の方が多いし、そういうのを嫌がる人も多いけど。
「ハイじゃあ紙しいてー」
「はい!」
鱗粉を採取する為に、魔物の下に大きな紙を敷きます。針とセットでギルドから貸し出されてるやつです。
紙といっても薄い皮と言った方が良いそれは、とにかく丈夫で柔軟です。押さえつけてる魔物の下に滑り込ませるようにズリズリと潜り込ませて、出来るだけ多くの鱗粉を受け止められるように調整します。
「一匹につき三本な。まずそこ、羽の付け根から頭の下通るように肉ん中ぶっ刺して」
「はい!」
「周囲異常なーし」
「俺もう一匹やっちゃうわ、針ちょうだい」
オレはまだ押さえてて貰わないと出来ないけど、慣れると一人で出来るみたいです。
言われた通りに針を刺して、もうちょい奥、とかもうちょい左、とか言われながら頭と胴体の境目を通していきます。それと左右対称になるように、もう一本。
成程、頭の付け根で交差するように針を打つと頭から胴体までが固定されて暴れにくくなるみたいです。やってるのを見たことはあるけど、実際やると良く分かります。
「そんで後は尻んトコ。先すぎると千切って暴れるから、この模様の真ん中ぐらいを」
「ここですか!」
「そう、そこ。お前声に気合い出さんで良いよ、でかい」
「さーせん!」
出ちゃうから仕方ないと思います。
「遠くに碧色蝶ー。気付いてないから異常なーし」
「で、そこ真上から針の根元までブスッと」
「はい!」
緋色蝶の体を貫いて、敷いてある紙も貫いて、土の地面に刺さっていく感触がします。
さっきから思ってたけど緋色蝶は意外と硬い感触でした。結構力がいります。
「で、後は放置」
「あざっす!」
かいた汗を手で拭いながら立ち上がって、床に磔にされた魔物を見下ろしました。
頭から尻まで、一直線に固定された緋色蝶は力を込めるようにわずかに身じろぐだけです。羽だけがフワサ、フワサと動いていて鱗粉を散らしています。
でも本当にちょっとずつです。どさっと取りたい。
「ハイ、こっちも終了ー」
「お疲れー」
「飯でも食って待つか」
「あ、俺見張り代わります。非常食だし」
腰の袋から一つだけ木の実を取り出して、口の中に放りながら立候補します。
パーティの人達は最初から緋色蝶の依頼を受けようと思ってたみたいで、お握りを持って来てました。休憩の時間がとれそうな依頼の時は、こういうしっかりした昼食を持ってくる冒険者も多いです。
とはいえ何時魔物に襲われるか分からない迷宮内なので、見張りと休憩を交互にとったりとかして気は抜けません。パーティの人達も流石に休憩がてら座ってるけど、武器は手元にあるし直ぐ動ける座り方です。
「鱗粉ってもっと一気に採れないんスかね」
「方法としてはあんだよな、がっつり採れんの」
「えっ!?」
ならやれば良いのにと思うけど、難しいんでしょうか。
「つっても実際やってる奴なんか見た事ねぇよな」
「ようは滅茶苦茶に羽動かさせりゃ良いんだよ。俺らみたいに必要な場所潰さないで、そのまま鷲掴む」
それが出来たら苦労しないと思います。
飛び回ってるから逃げられるし、そもそも手を近付けただけで足にガリガリ抉られるし、粘液食らった直後に鱗粉がついて爆発なんてのも有るし、運よく捕まえたとしても暴れ回る魔物の口を縛って掴み続けるなんてまず無理です。
でも、出来たら凄くたくさんの鱗粉が飛び散るんだろうなと思います。どうやって集めるんだろう。
「全身鎧の奴しか出来ねぇんじゃねぇの?」
「全身鎧は飛びまわる緋色蝶捕まえられねぇよ」
「なんという矛盾」
「つーか話の出所ドコよ」
そんな事を話している間にパーティの人達はペロリとお握りを食べ終わって、その内の一人が見張りを代わってくれました。やっぱり今まで動きっ放しだから座って休むのも必要です。
ふぅっ、と息を吐きながら座ると随分と足が重く感じました。動いていると気付かなかったけど、やっぱり疲れてたみたいです。
こういうのが戦闘とかに影響して来ちゃうので、とれる時に休憩はとります。
「まだまだかかりそうッスね」
「魔物が寄って来なけりゃ良いんだけど」
「近くで暴れられると飛んでくからなぁ」
緋色蝶が完全に力尽きるまで鱗粉を集めるので、しばらくこの場を動けそうにありません。待っている間に一度魔物に襲われて、ちょっと飛んでったりもしました。
魔物の下に敷いてある紙は、真ん中に切れ目が入っています。そこを下にして折りたたむと集めた鱗粉がサラサラと出てくるようになっているので、無事二匹分の鱗粉を瓶に集めることが出来ました。
そのまま直ぐに迷宮を出て、馬車に乗ってギルドまで帰って、報酬を貰えば依頼完了です。
「ハイお疲れさん」
「も、もうちょっと……!」
「鱗粉採取の授業料は引いといたから無ー理ー」
この金額交渉って、凄く苦手。
それから暫く経ちました。
早めに依頼が終わったぞと揺れる尻尾をそのままにギルドの扉を潜った直後に、もう本能的としか言えないほどに瞬時に尻尾が丸まりました。股の間に潜り込んだそれにオレ自身も気付かないまま、視線は誰かと話し合っている穏やかさんから離れませんでした。
いつも穏やかで、微笑んでて、凄く優しそうな人なのに、何か違って。でも見る限りは何も変わらないけど、でも怖いっていうか……いや、怖くはないのかな、何て言ったら良いのもう分かんない。
「一刀が君にふさわしくないとは言わない……ッ今の君を見れば、そう思うよ」
あれは確か、この国に数組いるAランクの人達です。
今話してる人は、色々な意味で正直って印象でした。別にオレは話したこと無いけど、正直って良いことばかりじゃないんだなって彼を見て思った事があります。
でも実力はAランク相応で、オレではまだ全然敵いません。実力者ばかりのパーティです。
「そうだ、やっぱりそうだ! 分からないかい? 君が、一刀にふさわしくないだけなんだ!」
絡んでる? 引き抜き? 一刀と同じパーティってだけで穏やかさんが絡まれてたって話も聞いたことがあります。どうしよう。
穏やかさんは何も言いません。微笑んでるだけです。オレはもう完全に穏やかさんの空気に呑まれて一歩も動けません。
冒険者同士の喧嘩なんて普段なら囃したてるのに、誰も声すら出せません。扉を開けた姿勢のままで茫然と成り行きを眺めるしかなくなっていると、ふいに後ろから声が掛けられました。
「どけ」
もう反射でした。今度は完全に恐怖で耳までへたりました。
飛び退るように扉の前から退くと誰かにぶつかったけど、相手も怒鳴るどころじゃ無いです。ゆっくりでも無い、でもゆったりとした強者の足取りで渦中へと歩み寄る黒い影から目が離せません。
「だってそうだろ、君が居たところで……」
一刀が、何かを取り出して問題の机の上へと置きました。Aランクの声が途切れ、一瞬だけギルドがシンとします。
穏やかさんがその何かを嬉しそうに手にとって、その姿を一刀は見下ろしながら肩に触れるみたいに机から遠ざけてあげてて、次の瞬間に反対の手がAランクの頭を鷲掴み机へと叩きつけて思わずビクッとしてしまいました。
机は完全に真っ二つになりました。人の頭って机より硬いんだと初めて知った瞬間です。
その後、リーダーのカタキとばかりに残りのメンバーが襲いかかったけど滅茶苦茶返り討ちにされてました。一刀凄い。Aランク相手に瞬殺だった凄い。
幾ら迷宮品でも、相手が振るう剣なんて普通は斬れません。でも一刀は斬る。凄い。相変わらず荒々しくて美しい太刀筋に、剣を断ち切る程の技術に、相手の全てをねじ伏せる力に凄く憧れます。
目が離せない攻防が直ぐに終わってしまって、茫然としていました。もっと見たいっていう気持ちが止まらなくてどうしよう。そわそわします。
「つうか穏やかさん……ハッ、穏やか様がリーダーっての改めてめっちゃ納得した」
ふいに聞こえた声にパッと顔を上げると、前に緋色蝶の時に組んだパーティの姿が見えました。机にめり込んだままのAランクを見下ろしながら何か話しています。
直後頭を支配したのは、一緒に依頼を達成した日にその人に言われた言葉でした。
『もういっそ弟子入りしろ弟子入り』
何かもう、溢れ出た衝動が止まりません。
色々極限状態。穏やか様の空気に呑まれて、一刀の恐怖で混乱して、憧れを目の当たりにした激しい動悸と訳が分からないまま上がったテンションが収まりません。弾かれる様にギルドを出ようとする一刀達の前に転がり出て、心のままに叫びました。
「今の戦い凄かったです! 俺を一番弟子にして下さい! お願いしゃす!」
ギルドの空気が凍ったことだけは分かりました。
「あ? あいつ確か……マジか、本当に行った」
「勢いって凄ぇなぁ」
ピンと伸びた耳が小さく震えながら、いつにも増して周りの音を拾います。何か色々言われてるけど全神経は目の前の二人に行ってるから何も頭に入ってきません。
パチリと目を瞬かせた穏やか様が、隣の一刀を笑顔で見ます。でも一刀はその笑みに呆れたような視線を返すだけで、何も言わずにそのままギルドを出て行ってしまいました。
穏やか様が、すれ違い様にちょっと苦笑を向けてくれます。そのまま去って行く二人を見送って、真上を向いていた耳も尻尾も気が抜けるように下がって行きました。
その後は、他の冒険者達に「ナイスファイト!」って言われながら滅茶苦茶どつかれました。別に本当に弟子にして貰えるとは思って無かったけど、抑えきれなかったんだから仕方ないと思います。
それから何日か経ったギルドでの事です。
昨日の夜は依頼に同行したメンバーで飲み明かしたので、流石に朝はいつも通りの時間に起きれませんでした。今日はギルドに行くのを止めておこうかと思ったけど、軽めの依頼で良いのがあればラッキーぐらいの気持ちで来ました。
メンバー集めをしてる声にもピンと来るものは無いし、一人で出来そうな低ランク受けるのも恥ずかしいし、今日は買い出しでもしようかと椅子に座って机に懐きながらざわついてる冒険者達を眺めてる時でした。
扉が開く音と一緒に冒険者達の視線がそっちに向けられる、最近では見慣れた光景に体を起こしてそちらを見ます。
そこには穏やかさんが一人、すっとギルド内を見渡していました。
良く見るなって思ったけど、そういえばギルドに来る度に顔を見る冒険者は他にもたくさんいます。目立つ人だから印象に残りやすいみたいです。穏やかさんって冒険者にしてみればギルドに来ない方だし。
すっとした姿勢は気負いが無くて、指先の動き一つとっても品が良くて、冒険者だって知ってる今でも正直信じられません。
「あ」
「げっ」
穏やかさんが依頼ボードへと近付こうとして、何かを見つけたように笑顔を浮かべました。
それに対して引き攣ったような声を上げたのは、依頼の受付待ちをしてた一人の冒険者です。ちょくちょく見るけど、あの人誰だっけ。組んだことも無いし名前が分かりません。
近付いて来る穏やかさんに、順番待ちの彼は逃げ場がありません。
「お久しぶりです。最近はどうですか?」
「お、おぅ、どうって言われてもな、別に普通」
「もう直ぐファンタズムの公演も終わりですね」
「そっちかよ! 思い出させんじゃねぇよ悲しくなるから!」
微笑む穏やかさんに、彼は痛恨の一撃を食らったように叫びました。
ファンタズム? 聞いた事ないし分からないけど、公演とか言ってるから大道芸とか劇団とかそういうのだと思います。そういう人達が国から国を渡り歩く時は護衛依頼が出るので、公演が終わりっていうなら依頼が出るんでしょうか。
護衛とか一度やった事あるけど、依頼人に我儘言われたし一日中移動で体が痛くなったので余りやりたくないです。
「……その、公演の終わりぐらいに、祭りがあんだが」
「この国ってお祭り多いですよね」
「小さいの数えるとな。いや、そうじゃねぇ」
それにしても穏やかさんって結構周りと話したりしてます。
冒険者同士の情報交換って凄く大事だし、繋がりを持っておくのも大切です。一刀とか獣人とかはやらないけど、三人のパーティが周りの力なんて必要無いのに孤立しないのは穏やかさんのお陰なのかも。
「その祭りじゃ、男が女を踊りに誘うんだよ。だから俺も、あー、魔王の子をだな、誘おうかと思ってんだ」
「一緒に踊ると恋人同士になれるってジンクスとかがあるんですか?」
「あっちゃ悪ィか!!」
行動だけ見てると意外と冒険者らしい人なんです。本当に意外だけど。
だから俺たちも受け入れられるっていうか、冒険者のこと舐めてんじゃないかってムッとするとかそういう反感は湧きません。むしろ本人が冒険者に見て貰えない事を不思議がってるって噂も聞いたことがあります。そんな無茶な。
「でも、良い切っ掛けになりそうですね」
「だろ! そこで一つ相談があんだが……」
「はい」
「その、女を踊りに誘った事なんざ無ぇし、どう誘いや良いかをな……!」
乙女チック冒険者、と囃したてる声に怒鳴り返しているのを聞きながら、机の上に顎を乗せて穏やかさんを見ます。
確かに、女性の扱いに慣れてそうです。遊んでそうって意味じゃなくて、男としての完璧なエスコートを見せてくれそうって意味で。
同じ祭りで同じく誰かを誘おうと思ってるのか、何人かの冒険者が助言を掠め取ろうとじりじりそっちに近付いてます。オレはまぁ……うん……と、年上の人で気になる人がいるけど、そんな……さ、誘うのも有りかなぁ……。思わず全力で耳を澄ませます。
「そうですね……君の言葉で誘うのが一番だと思いますけど」
「あんな繊細そうな子を俺みたいなのが誘っちゃ怖がらせるかもしれないだろうが! 其処をなんとか上手くだな、お前みてぇな奴の誘い言葉なら行けるかもしれねぇし」
穏やかさんの笑みに輝きが増してます。何で?
言い訳するみたいに早口になる相手に、穏やかさんは考えるように髪を耳にかけました。見えたピアスがちょっと意外です。ああいうのするようなタイプには見えないけど。
「なら、やっぱり普通が一番じゃないですか?」
「普通っつーと……やっぱ、俺と踊」
「I kiss your hand, Lady(お手をどうぞ)、とか」
ギルドの時が止まりました。普通とは何ぞや。
「お、お、おま……」
「あ、知りませんか? こういう名前の曲があるんですけど、前に劇団のバイオリン担当の方が弾いてたんです」
「は……え?」
「魔王の子も当然知ってるでしょうし、こういう劇に使えそうなシーンが好きそうですよ。普通に誘うよりは確率が高いと思います」
「……、…………え?」
不思議と物凄い説得力があるけど、オレはやれと言われても出来ません。でも穏やかさんがやるとネタにすらならずに滅茶苦茶似合いそうです。凄い。
言われた相手は茫然としながら来た順番に依頼申し込みを始めて、穏やかさんは微笑んでそれを見送って何事も無かったかのように依頼ボードの前に行きました。
ほのほのしてるのに、時々こういうのを突っ込んでくるから油断できません。知らずピンッと立ったまま凝り固まった耳の根元をぐにぐにと掻きます。
「ふぁ……」
欠伸をしながら、上体を反らして伸びをしました。
やっぱり今日は買い出しの方が良いかもしれません。ちょっとダルさも残ってるし、良い機会だし剣も研ぎに行こうかな。
「あ、やっぱり前の子ですよね」
むせた。
「大丈夫ですか?」
「だ、がふっ、だいじょ、げっほ、大丈夫です!」
スッと机に手をついて、此方を見下ろす姿に思わず直立しました。
直後感じるのはピリピリとした感覚で、ギルド中から此方に向けられた視線の感覚だっていうのを数秒たってようやく気付きました。こんだけ注目浴びてて良く普通でいられるなと、身を以って体験した今となっては物凄い尊敬します。
音も無く微笑まれて、あんまり縁が無い静かな笑い方に緊張して視線をずらしてしまいました。周りは面白がってニヤニヤしてます。ちくしょうめ!
「今日は依頼を受けないんですか?」
「はいッ、出来そうな募集も無さそうなんで!」
ちょっと不思議そうな顔をされました。何故。
「じゃあ、ちょっとお時間頂いても良いでしょうか」
「お願いしゃっす!」
反射的に答えると、可笑しそうに笑われました。
混乱のまま勢いで答えたけど一刀のリーダーとか凄いですし、話せるなら話したいです。周りから見られてるのは居心地悪いけど。
向かいに座った穏やかさんに促されて、さっきまで座ってた椅子にまた座ります。もう背筋はまっすぐです。ついでに尻尾も真っ直ぐです。
「残念でしたね、弟子入り」
「いえ! その、本当に出来るとは思ってなかったので!」
「もし出来たら多分イレヴンに凄く苛められると思いますし、言い方は悪いですけど良かったかもしれません」
赤が印象的な蛇の獣人を思い出します。
あの人は凄く気まぐれっぽいです。一人でギルドに来る時とか、穏やかさんの話してると「何ソレ」って言いながら会話に入って来て聞いてたと思うと、話の途中で「それは聞いたことある」ってどっかに行ったりします。
日によって態度が変わることも良くありますけど、穏やかさんと一緒だと愛想良いです。勝手なイメージだけど、蛇の人達って怒らせると何されるか分かんないイメージがあります。
「冒険者になった二年前から一刀の噂は聞いてて、最近初めて見て浮かれてたので、ご迷惑を……!」
「いえ、気にしないで下さい。ジルも時々あるって言ってたし、気にしてませんよ」
「良かったです!」
やっぱり時々あるのかと、納得して頷いた時でした。
こっちを見ている穏やかさんが、ふと小さく首を傾けます。
「俺よりベテランなんですね。すみません、前に見た時は正直なったばかりかと」
「良く言われるから大丈夫ッス!」
冒険者にしては変に貫禄のある一刀と獣人を見慣れてれば当然だと思います。
あの二人とは比べられたくないです。申し訳なさそうな穏やかさんに必死に大丈夫だと訴えます。
駆け出しに間違われるのも本当です。割としょっちゅう勘違いされます。
「落ち着きが無いとか、余裕が無いとか、Cランクらしくしろとか言われますし!」
「あ、同じランクなんですね」
マジかと思いました。
「だから、余計に一刀に憧れてまして!」
「だから、ですか」
不思議そうな穏やかさんに、上がるテンションのままに尻尾がブンブンと揺れます。
とにかくあの太刀筋に強く憧れますけど、それだけじゃありません。冒険者としての威圧感というか、あのいかにも強者みたいな振舞いにも凄く憧れます。
オレはただでさえ若いからと舐められる事が多いので、せめて強そうな空気が出せれば舐められる事も減るかもしれません。
「危なそうな雰囲気の大人の余裕が凄く格好良いです!」
品良く噴き出されました。何故。
その後もオレが一刀の憧れてる部分を話す度、穏やかさんは微笑んで聞いてくれました。ちょっと震えてたような気もするけど、やっぱり身内のこと褒められるのはくすぐったいのかもしれません。
穏やかさんは凄く聞き上手でした。オレが一方的に話しても全然嫌そうな顔しないし、話をかぶせたりもしないし、もっと言いたい事があると促してくれます。
凄くたくさん話したいことが話せて、ギルドにいる冒険者も少なくなった頃、満足感にほくほくしているオレにふいに穏やかさんが口を開きました。
「君の冒険者としての理想がジルなんですね」
「そうッス!」
机の上に置いた手をするりと組んで、穏やかさんは微笑みます。
「そんなジルと対等な位置に俺がいること、どう思いますか?」
思わず固まりました。思ったのは、一刀が下とは言わないんだってこと。
穏やかさんがリーダーで、一刀がメンバーで、普通なら上下で仕切っても不自然じゃありません。人としての上下関係って訳じゃないけど、やっぱりリーダーの指示には従う事が多いし。
でも、上って言っても誰より許されるような人が対等って言っているのが、ちょっともう訳分かんなくなってきました。助けて。思わず耳もへたれます。
「それ、は」
向けられた瞳は何処までも清廉で、誤魔化しを許さないみたいで、ごくりと唾を飲み込みます。
溢れる冷や汗をそのままに周囲を見ると、同じく冷や汗を流した面々が一斉に顔を逸らしました。あ、やっぱりこれって試されてるっぽいです。尻尾は完全に椅子の下に丸まりました。
「し……!」
「し?」
普通は、気に入らないとか思うんだと思います。
だって見るからに冒険者っぽくないし、上位者の空気は凄いけど強者っぽくはないし、金で一刀雇ったって噂が流れるのも納得出来そうだし。憧れてた人の隣にそんな人が居れば、許せないとか思う人も出ると思います。
オレは決意して、椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がって叫びました。
「しっくり来ます!!」
でも穏やかさんだとしっくり来るんだから全力で問題無いと思います。「それは無ぇだろ」みたいな視線が集まって、やっちまった感が凄いです。どうしよう。
恐る恐る穏やかさんを見ると、いきなり立ち上がったオレに引きもせずに変わらず柔らかい微笑みを浮かべてました。いつも通り過ぎてちょっとこっちの方が恥ずかしいです。
「そうですか」
穏やかさんはちょっと嬉しそうにそう言って、良かった良かったと立ち上がりました。
そして話に付き合ってくれて有難うと礼儀正しく礼を言って去って行きます。特に受けたい依頼は無かったみたいです。
一体何だったのかと固まる俺に、ふいに残っていた冒険者が近付いてきました。ぽんっと肩を叩かれます。
「お前すげぇ遊ばれてたな」
ただの話し合いで遊んでくる余裕がオレも欲しいです。
その後、穏やかさんは時々声をかけてくれるようになりました。
そのお陰か他の冒険者たちにも顔を覚えられて、メンバー募集の時に声をかけて貰える事も増えました。万々歳です。
ただ一つの失敗と言えば、一刀を連れてる穏やかさんが声をかけてくれた時でした。そういえば名前を聞いて無かったと、呼び掛けようとしてちょっと不便そうな穏やかさんに思わず宣言してしまいました。
「犬って呼んで下さい!」
普通に名乗るつもりが一刀を前にしてテンパりました。
「じゃあ、犬くん。質問があるんですけど、犬の獣人って」
普通に受け止められました。強い。
でもそのまま質問を続ける穏やかさんの後ろで、一刀も獣人もドン引きながら此方を見ていました。泣きたい。質問に答える声も思わず消えそうになります。
「それで、こっちの回復薬の製造には嗅覚が重要なことも多いらしくて……犬くん?」
「はいッ、犬です!!」
半泣きの俺をやっぱり何も気にしない穏やかさんは、ある意味一刀より強いなと思いました。




