11:心から雑用気質
何故世の中に数多の恋人達がいるのか。
自分が好意を寄せる相手も同時に自分に好意を寄せている確率など、ほぼ無いにも拘らず。
それは好意が刷り込めるからだとリゼルは考えている。
相手が自分を好きだと自覚した瞬間から、存在を認識し目で追い、好意を示される度にそれは刷り込まれていく。
好かれたいのなら好かれる努力を、その努力のひとつが相手の好感を得る為の“好意の示し方”なのだ。
一人前になろうと努力する商人には、相手に全てを任せる買い方で全幅の信頼を示す。
甘え方を知らない無感情な職員には、今までに無い惜しみない愛情を手の平で伝える。
最初にはっきりと好意を示して存在を植え付け、その後も求められるものを与え続ければ。
慣れる程頻繁ではなく、失うほどに希有でもなく、自分の好意が相手にとって欠かせないものになれば成功。
リゼルが仲良くなっておきたいと思う相手に出会ったときに使うひとつの手段だ。
まるで卑劣な手段のように聞こえるが、決してそうではない。
仲良くなりたい相手に好意を示すのは当然であり、その好意の示し方をリゼルは的確に選べるだけなのだから。
他人への洞察力がずば抜けており、相手が何を求めているのか分かるからこそ出来ること。
リゼルはその手段に対し何と思われようとさして気にしないが、勘違いしないで欲しい事がひとつある。
自分が送る好意にも、相手が抱いた好意にも、嘘偽りが無いという事だけだ。
「貴方が商売以外愚図なのは分かっていますが出来るだけ早く帰って来なさい」
「グズって……」
「返事はどうしました全く身長ばかり成長して」
「痛ッ」
だからこそ商業国出発を前にしてじゃれ合っているスタッドとジャッジに対して、微笑ましいと思いこそすれジルのように早くしろなどとは微塵も思っていない。
流石にスタッドがジャッジを引っ叩いたときは止めたが。
「スタッドはいつも僕に対して辛辣です」
珍しくはっきりと不満を口にするジャッジに、仲が良いことだと苦笑する。
カタカタと微かに揺れる馬車の中、リゼルはふいと振り返って御者を務めるジャッジの後ろ姿を見た。
前方は見渡す限りの草原、魔物さえ出なければ麗かな陽気に眠気を誘われそうだ。
ジャッジが自ら保有する馬車は当然のように荷物の運搬用だ。
空間魔法のついたカバンに入れれば良いと思うが、リゼルはまだ出会った事が無いが迷宮品の中には魔法全般が効かないものも数多くあるらしい。
そういった商品を運ぶ為にも馬車はやはり必要だろう。
運搬用ながらその外観は乗合の馬車のようだった。
しっかりとした骨組みと、布では無く木組みで覆われた車体。使われた木材は迷宮産らしく、これだけドシリとした外観にも拘らずその重量は幌馬車よりも軽いと言う。
繊細な商品を気遣い、揺れの少ない馬車は一店舗の主が持つには不相応なものだろう。
迷宮品を良く扱うジャッジの店だからこそ、あつらえられる代物だ。
しかしやはり荷物の運搬用らしく窓は無く、座席は御者席と背中合わせになる部分にひとつしかない。
人が三人程並んで座れるような板が壁から生えているのだが、ジャッジの気遣いでそれはもう快適な仕様となっている。
窓は無いが荷物の積み下ろしの為に後部が丸っと開き、御者が荷物を取り出す為に御者席の後ろ部分も開く。
気遣う商品も無い(多少は乗せているが問題のある商品ではない)為、その二か所は全開となっており、微かに土の匂いが混じる爽やかな風が通り抜けた。
ジャッジの方が高い位置に座っている為にリゼル達の後頭部の位置にジャッジの背中があるが、話す事に問題は無い。
踏み固められて出来た自然の街道を馬が踏む音が聞こえて来る。
「もう少し、ほろ馬車みたいなのを想像してました」
「えッ、まさかリゼルさん達をそんなのには乗せられません……!」
「そんなに気遣わなくても良いのに。でもすごく快適です、ありがとうございます」
リゼルの言う通り、冒険者の初護衛依頼としては破格の快適さだ。
余程高位の冒険者でなければ、荷物の隙間のスペースに放りこまれる事など珍しく無い。
安い馬車で揺れから来る酔いと腰の痛みに耐えながら、目的地に着くまで過ごすのが普通だ。
それが、とジルは思いながらチラリと座った椅子を見る。
元は普通の板だった部分に布が敷かれ、背もたれが埋められ、クッションのように柔らかい座席へと変貌している。
ジル自身護衛の任務はあまり好まない為に引き受けないが、これは破格の待遇だと言う事は分かる。
リゼルの初護衛依頼としてはどうなのだろう、と思いながらぐっと顔を後ろへ反らした。
開け放たれた背もたれの上部分から顔を出すと、やはり見渡す限りの草原が見える。
「ジル? 何かいました?」
「……こっちには気付いてねぇな、このまま直進」
「は、はい!」
何が居たのかは全く分からないが、ジャッジは手綱を持つ手に力を入れた。
リゼルも座席に膝をつき身を乗り出すが、何も見えない。
「何が居たんですか?」
「多分風切狼の群れじゃねぇの」
「多分?」
「そんな気配だった」
くぁ、と欠伸をひとつ零して背もたれへと寄りかかるジルに、リゼルはやっぱり分からないともう一度外を見た。
「ジルって良く気配とか殺気って言いますよね、俺全然分からないんですけど」
「慣れだろ」
「どう慣れれば良いんですか?」
「あー……気配が分からねぇと死ぬ場所でしばらく過ごす、とかか」
言って置きながら、ジルは嫌な予感を感じてリゼルを見た。
思った通り真剣に検討している様子に、止めとけとだけ声を掛けておく。
リゼルは賢い癖に平気でアホな事をする人物だと、ジルは今までの経験から身に染みていた。
物騒な会話にプルプルしているジャッジの背中を見て、溜息をつく。
「おい、分かってんだろうな。雇い主」
「え、は、はい?」
「魔物が出たら」
「馬を止めて、馬車の中に入ってます!」
ジャッジとて今まで何回もマルケイドへ向かった事がある。
勿論その都度護衛は付いていたし、往復十日間一度も魔物に遭遇しなかった事は無い。
向かって来た魔物の存在を護衛に知らせる事も出来るし、此方に興味を向けない魔物を素通り出来る度胸も少ないながらついた。
魔物が出る度半泣きで御者席から馬車に逃げ込んでいるので、もう慣れたものである。
大体それが普通か、とジルはリゼルに説明しながら馬車の天井を見る。
ちなみにジルの説明は口調も荒いし脈絡も無いが、要点のみしか話さないのでリゼルには分かりやすい。
「おい、上って開くのか」
「う、うえ?」
「天井」
「あ、はい、押せば開きます……良く分かりますね」
押せば開くの言葉通り、此方側に取っ手は無い。
気密性を重視した馬車に相応しく隙間なんて無いその部分は、リゼルが目を凝らして見ればようやく分かる程度の線が入っている。
上からも荷物を取り出せるように、との配慮なのだろう。
「なら、おい、こっちに気付いた魔物が居ても距離五十に近付かれるまではそのまま走り続けて良い」
「……は!?」
「いちいち止めるのも時間かかんだろ」
ジャッジが信じられないという顔で振り向いた。
普通は魔物が遠くから此方を向いている時点で馬車を止めるし、もはやそれだけで怖い。
それなのに走り続けろという事は、減速すらせずに何事もないかのように進めという事だろう。
ジャッジの顔見知りの冒険者達も決して弱く無いが、そんな事言われた事が無い。
「ま、魔法で遠距離攻撃って事ですか……? でも、連発出来ないし、馬車からじゃ狙うのも難しいって言ってましたけど……」
「魔法じゃねぇから良いだろ。やんのはコイツだ」
「うーん、馬車の上からとかやった事無いんですけど……当たるかな」
「歩きながら適当にパンパンやって命中する奴が何言ってやがる」
背もたれに肘を突きながら呆れたように言い、ジルはリゼルを見下ろした。
出来るかなどと言いつつ顔に不安の色は無い。
話しながら歩いている時でもジルが方角を指示すれば問題無く撃ち貫けるリゼルだ、動いている馬車の上だろうが本人は止まっているのだから余裕だろう。そもそも魔銃本体は宙にあるので、馬車の振動の影響は受けない。
「魔力操作は繊細なんですよ、まったく」
「出来るんだろうが」
「まぁ、出来るでしょうけど」
ブツブツ言うリゼルに反論しながらも、その言葉が間違っていない事もジルは理解している。
通常魔力操作が要される魔法は、大抵その向きまでは限定されない。
攻撃魔法の火の弾など火の弾に前後左右などなく、大抵は目標までの追尾目的で使用される。
それすら出来る人間は極僅かなのに、リゼルの魔銃はそれ自体に向きがあり、目標までの角度を緻密に定める必要があり、強い反動を制御する必要もある。
それを歩き話しながら行える集中力、複数の事を同時に処理する思考力は並外れているのだろう。
そんな人間がまさか馬車の上だからという理由だけで、目標が定まらなくなる事などないはずだ。
勿論それ相応の疲労もある事は理解しているので、余りにも魔物が出て来るようだったらジル自身が出ようと思っている。
通常の馬車護衛依頼でそれほど魔物が大量に出る事など無いが。
「リゼルさん、それって…………」
ふと固まっていたジャッジが動き出した。
固まりながらも馬は指定通りの道筋を進んでいるのだから、余程信頼関係の強い馬なのだろう。
後ろから当たる風で乱れた髪を耳に掛けながら、リゼルはポーチから銃を出すように見せかける。
流石にパッと出し入れする所を見せて誤魔化すのは難しい。
「見せましょうか、はい」
「え、ちょ、待っ……!」
振り向いて銃を差し出す。
ジャッジは慌てて道が直線である事を確認すると、片手でそれを受け取った。
ずしりとした重さは紛れも無く銃そのもので、ジャッジはこれを武器にしているという言葉に混乱している。
「おい、」
「大丈夫です」
ジルが怪訝そうな顔でリゼルを見ながら、小声で問う。
普通の銃とは違うとジャッジなら看破するだろう。まさかバラすつもりじゃ無いだろうにどういう事だと思うが、リゼルは変わらず微笑んだままだった。
しばらく眺めていたジャッジが、あれっと首を傾げる。案の定だ。
「これ、普通の銃じゃないですよね」
「そうなんですよ、だから使ってるんです」
「弾が水晶……や、違う、魔力かな……でも補充は利かなそう」
見抜くとは思っていたが、あまりにも詳細な鑑定結果には流石のジルも感心していた。
世界が異なる道具でさえその性質を知る事が出来るとなると、素晴らしいの一言だろう。
ジャッジの鑑定する姿を満足気に眺め、リゼルはちょいっとその銃弾を指差す。
「その通りです、魔力入らないでしょう?」
「そうですね……弾が魔力っていうのは聞いた事ないですけど……迷宮品ですもんね」
迷宮だから仕方ない、その法則は勿論迷宮品にも適応する。
どれ程あり得ないものがあっても迷宮だから仕方ないで済むのだから、リゼルにとっては有難い。
「宝箱を開ける時ほとんど魔力吸われちゃったので、多分それがきっかけで俺の魔力しか入らないんです」
「リゼルさんしか……魔力を通す素材には見えないですけど、そういう事もあるんですね」
「(ねぇよ)」
「あ、でも反動とかは……」
「勿論あります、そこは工夫して使ってますよ」
和気あいあいと話す二人に、ジルは心の中でツッコミを連発した。
平然と誤魔化すリゼルにも簡単に信じるジャッジにもだ。
だがしかし、これからリゼルがジル以外の者と戦闘を共にする場合の為に今の内に言い訳を考えておくことは悪い事では無い。
優れた鑑定眼を持つジャッジすら誤魔化せるならば、まず間違いなく他の人間にバレる事は無いだろう。
溜息をついたジルに、リゼルは全て見透かした微笑みを向けた。
「と言う事になりました、ジル」
「了解、俺も一緒に手に入れた場面を見てる事にすりゃあ良いんだな」
「流石です」
ジャッジに聞こえないよう囁いたリゼルに、説得力は必要だろうと頷く。
良い物を持っているとあらぬ疑いを無理やり掛けて来る輩は必ず出て来るものだ。
リゼル相手ならばともかく、ジル相手に文句を言える人間は多く無い。
「あ……」
道具屋としての血が騒いだのか、熱心に銃を見ていたジャッジがリゼルに銃を返して改めて前を向いた時だった。
ふと声をあげたジャッジの手綱を握る手の平に力が籠る。
草原の彼方、ぽつりぽつりと見えるのは徐々に大きくなる魔物の影だった。
リゼルがジルを窺うと頷かれる。此方に気付いて向かって来ているのだろう。
斜め前方に見えた影に顔を青くしたジャッジに、座席からはその顔が見えないが難なく察したリゼルがその背をぽんぽんと叩いてやる。
「守ってあげます、心配しないで」
その手から力が抜けるのを確認し、リゼルは立ちあがった。
相変わらず性能の良い馬車の中でふらつく事無く、真上にある戸を見上げる。
両手で力を込めて押すと、僅かな抵抗の後はスムーズに開いた。手入れがしっかりされている証拠だ。
「……ジル、登れません」
「あ? 手は充分届くだろうが」
「誰も彼も懸垂が出来ると思わないでください」
片手で自分の体を持ち上げられるジルには分からないだろう。
手をかけただけで、屋根に乗り上げられる程の懸垂が出来る成人男性がどれ程いるのだろうか。
更に長身のジャッジに合わせて天井が高いのも問題だ、元々中から外へ出る為の戸では無い。
ジャッジはその会話に再び不安を感じてプルプルしている。先程の励ましは無に還った。
「リ、リゼルさん……ッ無理は……!」
「大丈夫ですって、ジル」
「ん」
銃のおかげで少しは戦っている姿を想像出来るようになったジャッジが、やはりそんなリゼルの姿を想像出来なくなった。
そんな事は知らずリゼルがジルに声を掛けると、座ったままに片手が伸ばされる。
まるで椅子へと誘うように差し出された手の意味を察し、リゼルは苦笑した。
「靴、脱いだ方が良いですか」
「いいから早くしろ」
天井の窓に手を付きながら、片足をジルの掌に乗せる。
支えも無く伸ばされた腕は、全体重をかけようともピクリとも動かない。
どういう筋肉を持っていればそんな事が出来るのか。リゼルは服の上からではむしろ冒険者にしては細身にしか見えない腕を見下ろしながら、一気に体を持ち上げる。
腰まで出てしまえば後は簡単だ、とゆるやかにカーブした屋根へと降り立った。
屋根から頭一つ分でているジャッジが心配そうに振り向くのに片手を振りながら、さてと問題の魔物を見る。
先程まで影でしか確認できなかった姿は、しっかりと魔物の判別を付けられるまでに近付いていた。
緑色ハイエナ、実際に出会った事は無いが魔物図鑑で見たので覚えている。
毛皮は光沢のない緑褐色、草原という生息地に棲むからか比較的大きな体を躍動させてこちらへと向かって来ている。
群れなのだろう総勢八匹で駆けて来る様子は狩りそのもので、自分が餌認定されていなかったら美しいと思ったかもしれない。
「リゼルさぁん……」
「そのままですよ、大丈夫」
何度目かの励ましを口にしながら屋根の上を歩き、腰を折ってぽんぽんと頭を撫でる。
照れる余裕も無いらしく、そわそわとリゼルとハイエナの間を視線が行き来する様子は全力で不安がっているのだろう。
そこまで頼りなく思われているのもショックかも、何て思いながら笑って銃を取り出した。
「馬、大きい音は平気ですか?」
「え、はい……大体平気だと……」
直後、ジャッジの耳に澄んだ破裂音が飛びこんだ。
一発目の余韻が終わらない内に再び鳴り響く破裂音に、訳が分からないままジャッジは肩をすくめる。
何が起きたのか分からずに過ぎたほんの数秒、音が止んだ事に気づいていつの間にか閉じていた目を恐る恐る開く。
びくびくとしながら此方を見上げたジャッジの肩を、落ちつけるようにそっとリゼルが撫でた。
「はい、おしまいです」
「え……?」
何を言われたのか分からず、ジャッジはきょとんと先程までハイエナ達が駆けていた方角を見る。
どれほど探してもその姿は無く、良く見れば草原の植物に埋もれるように緑褐色の毛皮が見つけられた。
唖然として再びリゼルを見ると、その横に寄り添うように魔銃が宙に静止している。
「それ、どう……」
「ああ、反動対策です。魔力操作で操ってるんですよ」
訳が分からないまました質問に返って来た回答を、ゆっくりと理解していく。
使い物にならないジャッジの代わりにしっかりと進んでいる馬は優秀だとしか言えないだろう。
元々魔法には詳しく無いジャッジは、混乱している事も相まってリゼルの言葉に素直に納得するしかなかった。
「和んでるとこ悪いが、あと二匹いるぞ」
ふと下から聞こえた声に、リゼルはん、と小さく首を傾げる。
「ジル、どこですか?」
「さっきの奴らの仲間で進行方向寄り、待ち伏せだろうな」
「逃げてくれると良かったんですけど」
ジルの言葉を聞こうと、まだ距離がある先の何処に潜んでいるのか全く見えない。
さすが魔物、と零しながらリゼルは立ちあがって魔銃を構えた。
適当にそれらしい場所に何発か撃ちこむと姿を現して襲いかかって来たので、先程と同じように迎撃する。
見渡す限り魔物の姿が無くなったのを確認して、ようやくリゼルは魔銃を消した。
「じゃあ車内に戻りますね、ジャッジ君も御者頑張って」
「は、はい」
「しかし見下ろすと結構高いですよね……ジル、」
「ドコの淑女だお前」
呆れたようなジルの声と共に屋根の戸から姿を消したリゼルを見送り、ジャッジは心此処にあらずな表情で手綱を握り直す。
握り直した所でその役割は果たしていないのだが、優秀な馬が自ら道を進んでくれているので心配はいらない。
ジャッジはふと先日の会話を思い出して、先程の光景に脳内で額をはめ込んだ。
もし絵画になったのなら幾らになるのだろう。
「リゼルさんと、銃…………相当な値段が付きそう、かも」
ぽつりと零した声は当然真後ろに戻ったリゼル達の耳にも届き、「え、売られる?」という会話が発生した事は言うまでも無い。
魔物が確認される度に速度を緩めたり馬車を止めたりする必要が無いため、行程はかなり順調だった。
結局今日はあれ以来魔物にも出会っていないおかげで、予定の行程を大幅に伸ばしている。
夜になる頃には、およそ二日分もの距離を進んでいた。
荷物も少ししか積んでいない馬車は軽く、人三人程度なら高性能の馬車という事もあって馬もまだまだ平気そうだ。
しかし夜中の進軍をする程命知らずでも無ければ急いでもいないため、予定通り夜営の準備を始めている。
「ジャッジ君、何か」
「大丈夫です、座っていて下さい!」
とはいえ準備をしているのはジャッジだけだ。
生き生きと料理する姿は心なしか輝いている、好きなのだろう。
リゼルもどうしても手伝いたい訳でも無く、料理に自信があるかと言われればやった事が無い。
てきぱきと動くジャッジの邪魔をするだけだと大人しく座っているのが、一番無難だろう。
「ジルは料理上手いんですか?」
「……普通に食べれる程度のモンは作れんじゃねぇの」
「凄いですね」
リゼルの言葉にジルは今後一切リゼルに包丁を握らせないと決心した。
基本的にどんな事も器用にこなすリゼルだが時たまとんでもない事をやらかすのだ、その時たまが料理に該当してしまえばどうなるのか考えたくも無い。
出自を知る身としてみれば、貴族だった彼が料理などした事が無いというのは簡単に想像が付く。
どんな事に対しても学習意欲が旺盛らしく、隣でジャッジの真似をしてエア包丁を持ち、エア料理をしている手付きは問題なさそうなのだが。
良い匂いが薫る頃、ジャッジはいそいそと空間魔法のかかったトランクから机と椅子を出した。
それを広い馬車内にセットしていく。
白いテーブルクロスまで掛ける徹底ぶりに、ジルは呆れてリゼルは苦笑した。
これ程至れり尽くせりだと、ジャッジ以外からの護衛依頼が嫌になってしまいそうだ。
勧められるままに座ると、コップと瓶詰めされた水が置かれる。
「いいですね、空間魔法」
「そっちには無いんだったな」
「慣れちゃうと帰った時に怖いです」
料理の様子を見る為にジャッジが外に出た時、リゼルはどうにか持って帰れないかと自らのポーチを見下ろした。
ここまで酷似した世界で異なるならば、どうしても向こうでは不可能な気もするが。
「いずれ空間魔法を付与できる魔法使いに会いに行きましょう」
「……空間魔法使いとか、滅多にいねぇぞ」
「僕も、会った事ないです」
商品を扱っているジャッジが顔を合わせた事が無いのなら、相当大事に守られているのか。
もしや空間魔法が元の世界の転移魔術に該当するのなら、血筋の問題か。
そんな事を考えている間に、次々と料理が机に並べられていく。その料理はどう見ても間違いない。
「フルコースが出て来ましたよ、ジル」
「あいつフライパンしか使ってねぇぞ」
唯一違う所は順番で出されない所ぐらいか。
机一面に並べられた料理は見た目も美しく完璧な宮廷料理と言っても過言ではない。
生き生きとしたジャッジの手で生みだされたそれは、リゼルから見ても何の違和感もない出来に仕上がっている。
これが空間魔法によって運ばれた料理なら何も言わない。
だが料理は実際空間魔法に入らないので、ジルが言った通り真実フライパン一つで作られていた。
「どうぞ、食べて下さい」
にこにこと促されるままに食べた料理は、言うまでも無く美味しかった。
「リゼルさん……似合いますね……」
「いえいえ」
「(本職だからな)」
給仕に徹しようとするジャッジを座らせ、共に食事をとる。
席についた途端生き生きとした雰囲気は鳴りを潜め、いつもの少し気弱なジャッジへと戻った。
見かけは完璧にフルコースだが、気にする者もいないので遠慮なく会話に花を咲かせる。
「そういえば夜営ですよね、寝ずの番とかもやっぱり必要ですか」
「馬車に魔物避けは付いちゃいるが必要だな」
魔物避けは気休めでしかない。
何となく行きたくないと魔物に思わせるだけの効果しかなく、そんなの関係無いという魔物も当然いる。
外には馬も繋がれているし、寝ずの番はやはり必要だろう。
「ぼ、僕が……」
「一日馬車を動かしてたんだから、ゆっくり休んでください」
ジャッジが立候補したが、却下する。
もちろん依頼人が複数いる場合は依頼人も寝ずの番をするが、ジャッジは一人だけだ。
一日御者を務めるジャッジが潰れてしまっては元も子もない。
「俺を先にして下さい、熟睡してる時に起きれる自信はあんまり無いです」
「え、意外です……」
「こいつ基本的に寝起き悪ぃぞ」
「失礼な、悪いって程でも無いですよ」
リゼルとジルは馬車の中で交互に休む事も出来るので、当然二人が見張りをする事になる。
リゼルは果たして自分が見張っていて役に立つのだろうかと思う。
魔物の姿が目視出来れば問題は無いが、気配だの何だのは全く分からない。
ジルは別に昼間寝るから自分一人で良いと言ったが、リゼルが拒否したのでその案は無くなっている。
当然のようにリゼルが先に見張りをする事になり、夕食の片づけは再びジャッジ一人で終わらせた。
リゼルは片づけくらい手伝おうと思ったが、やはり生き生きとしたジャッジに拒否される。
そういえばジャッジの店を訪れる度に彼は商品を磨いたり整理したりしていたが、何かしら動いていないと落ち着かない人種なのかもしれない。
馬車の中に引かれた厚手のマットと毛布を見ながら、その素早い動きに普段とのギャップを感じていた。
「彼は尽くす人ですね」
「料理だの何だの、意外と多才だな」
広い馬車内に敷き詰められたマットは途轍もなく寝心地が良さそうだ。
こんな事を知られれば、彼が護衛依頼を出す度に食い付く人々が溢れかえるだろう。
依頼を受けておいて良かった、と思いながらリゼルは焚火の横に置かれた椅子へと腰かけた。もちろん座り心地は最高だ。
「リゼルさんを地面に座らせるなんて……!」と置かれた椅子だが、言い方からすると今までの護衛へは出していないのだろうか。
もしやこれまでの料理やその他の至れり尽くせりも今回が初、と考えてそして考えるのを止める。素直な良い子は素直な良い子のままでいて欲しい。
「本くらい読んでいて良いと思いますか?」
「のめり込まなきゃな」
「じゃあジャッジ君、しっかり休まないと駄目ですよ」
「は、はい」
「おやすみなさい」
「お、おやすみなさい!」
本を出しながら、未だに申し訳なさそうに此方を見るジャッジに微笑む。
気兼ねしてゆっくり休めなかった、などと言う事が無いように釘を刺す事も忘れない。
照れたようにそわそわと馬車の中に潜るジャッジを見送り、ジルにもひらひらと手を振る。
「何かあったら呼べよ」
「貴方もしっかり寝て下さいよ、じゃないと交代しません」
「アホ」
呆れた声で一声零し、ジルは馬車の中へと入った。
高身長が二人並んで寝ている姿を想像して、覗いてみたくなる衝動を抑える。
どうせ交代の時間になれば見れるだろう、楽しみだと思いながら半分閉じられた後部の扉から視線を外した。
読みかけの本を開く。
微かな土の匂いと弱く吹く風が心地よい。
聞こえるのは木々の葉が擦れる微かな音だけ、夜の闇は無音を強調して静けさを醸し出す。
ちらりちらりと揺れる炎は少し読書には向かないが、こういうのもたまには悪くないとリゼルは静かに微笑んだ。
料理は料理でもタッパーか何かに入っていたら空間魔法に入ります。
そのまま入れると入れる時も出す時もびちゃってなるか、皿は無く料理だけが出てきてびちゃってなります。微妙な不親切設計。




