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庭園の国の少女  作者: ぎじえ・いり
大地の魔獣
9/25

牧場の街

街の雰囲気は家に一番近い、スルゲリと一緒に最初に訪れたあの街にどこか似ていた。

通りを歩く人の数はこの街の方が多いようだ。

どこか薄汚れた石造りの建物が建ち並び、湖の街よりも行き交う人の喧噪は大きく、騒がしい。


今まで、護衛した相手とは街の入り口で別れていた。

ただ、今回は盗賊の件があるのでギルドまで一緒に向かう事になった。


街の中央裏側、やや大きめの建物に剣や槍で武装した鎧姿の戦士たちが出たり入ったりを繰り返している。

中に入ると、壁一面の張り紙、いくつかの長い机が並んでいて、幾人かがその上で依頼書をまとめたファイルをパラパラとめくり、眺めている。

人の出入りは多い割に妙に静かだった。


依頼を探す訳ではないので、まっすぐに突き当りのカウンターへと向かった。


この街のギルドの係員はなんだかとても無愛想だった。

ここに来る東の道の途中で盗賊に会った事、その盗賊が溜め込んでいた盗品らしき物を持って来ている事などを告げ、その対処を頼むと、そのまま簡単に書類を作り、ひと通り調査を行うので1周間ほどはこの街から出ないで欲しいと告げられた。

泊まる宿を知らせてくれれば、終わった後に声をかけますので、と言われたが、まだ宿は決まってない。

そう言うと、ならば決まった後に早めにしらせて欲しいと事務的に告げてくる。


今までのギルドの係員とやってきたようなやりとりは一切ない。

ついでに護衛してきた商人に依頼書にサインをもらい提出すると、ざっと目を通してすぐに仕舞いこみ、お疲れ様でしたと目も合わせずに呟いて、また自分の仕事へと戻っていく。


面倒が無いというのは、それはそれで良い。

しかし本当に大丈夫なんだろうか?と少し不安になった。


ギルドを出た所で商人と別れる。

いやに褒められたので、多少は上乗せしてくれるのかと期待したけれども、報酬は最初の依頼通りだった。


また機会が合えばよろしくお願いします、商人はそう言い残して去っていく。

この街でも多少の商売を行った後、今度は南西へと向かうらしい。

商人の言葉を聞いて、私はちょっと笑ってしまった。


「どうしたんです?」


そんな私の様子にリデルが不思議そうに聞いてくる。


「商人はみんなそう言うんだなって思って」

「そうですか。活気のある街ですね」


リデルはまた楽をしようとしているのか、リックの首にまたがっていた。

そこからふわりと飛び立ち、早速に手近な店の窓を覗き込もうとする。


「まずは宿よ」


日暮れにはまだ早いとはいえ、早々に確保しておかないと。

リデルを放っておいて、リックと共に宿を探すべく歩き出した。


「ああ、待って下さいよ!」


何はともあれ新しい街だ。

リデルにはいつも通りを装ったけれども、私も少しワクワクした。


その日は宿を決めると、早々に横になった。

旅の間は気を張っているせいか、体力的にはともかく精神的にはあまりくたびれない。

それも街に入るまでで、街に入り、宿を取るとぐったりとして気分になる。

ベッドに飛び乗り、はしゃいでいたリデルも気がつくと寝ていた。

リックも既に部屋の隅で丸くなっている。

夕食がまだだったけれども、私も同じように横になり、そのまま眠りについた。






翌日、リデルの希望で街を見て回ると、一軒の工房を見つけた。

今までにも剣や鎧、革細工の工房などは見てきたけれども、初めて見る工房だった。

中へと入ると、見渡すかぎりの壁に弓が掛けられている。


「いらっしゃい。見ない顔だな」

「昨日、この街に着いたばかりだから」

「そうか。新しい弓を探してるのか?」


カウンターの向こうから声を掛けてきたのは私よりもやや低い背で、お腹の辺りまで伸ばした髭が特徴的な男だった。


半袖のシャツに前掛け姿はいかにも職人風だ。

顔には深いシワがいくつも刻まれていて、それだけ見ると老人のようなのだけれども、目つきとそして声が若かった。


「いえ、弓は既に持っているから、矢だけもらえるかしら?」

「弓を見せてくれれば、合った矢を選ぶが?」


そう言われても、今は弓を持っていない。

持っている装備はナイフくらいで、後は宿に置いたままだ。


「今は無いの。この街にはしばらくいるから、次に来た時に見てもらえる?」

「分かった。それじゃあ今持ってくる」


見せてもらった矢はどれも素晴らしい出来だった。

ゆがみが全く無い。

見ているだけで気持ちが良くなるような矢だった。

思わず笑ってしまっていたらしい。


「モリーアン、矢を見ながら笑うのは、ちょっと」

「ああ。初めて会った奴に言う科白じゃないが、危ない奴に見えるな」


唇を引き締めて、必要な本数を告げて買う。


「どこかで射てるような場所はあるかしら?」

「ここだよ。裏で試し射ちできるようにしてある」

「ああ、そうなのね。それでも良いのだけど、狩りが出来るような場所は?」

「この辺にはあんまりないなぁ」


近場に鳥や鹿、イノシシなどが住み着くような森や山はないらしい。


「後でギルドで依頼を探した方が早いかしら」

「仕事が欲しいなら、北の牧場まで行けば、蛮族が出てくるってんで、定期的に人を取ってるぞ」


街から半日も掛からない場所に牧場があるようだ。

そこでは馬や牛を育てていて、それを狙って蛮族が襲ってくるらしい。


「そう。ありがとう。後で行ってみるわ」


また危ない事に首を突っ込むんだから。

工房を出るとリデルがぼそっと、リックに同意を求めるようにこぼした。






午前中に大体の買い物を済ます。

そして昼過ぎには牧場へと向かう事にした。


「私はまだまだ街を見たかったんですけどねぇ」


その呟きには諦めがこめられているのが分かる。


「そう?それならリデルは残ってても良かったのに」


どうせまだまだ街にいるしかない。

いくらお店をぶらぶらと見て回るのが好きなリデルでも、毎日午前中に見て歩けばすぐに飽きるだろう。

1週間は街にいるしかないのだ。

大きな街とは言え、1週間もあれば隅から隅まで見られる。


「意地悪」


そう言うと、私の肩に乗っていたリデルはふわりと浮き上がった。


「でも、気持ちの良い草原ですね。風がとっても澄んでます」


リックに声を掛けて、勢い良くリデルは飛行する。

それをリックが追いかける。

とても蛮族が出てくるとは思えない、見渡す限りの草原。

それは日を受けて、きらきらと輝いていた。


視界は開けているので、神経質になって警戒する必要も無いだろう。


何かあればリックが気が付くだろうし。


弓も剣も鎧も、その必要性を疑うような陽気の中、まっすぐに伸びた道を進み、私たちは牧場を目指した。






「あそこですかね」

「そうでしょうね」


飛び疲れたのか、私の肩に腰掛けているリデルと話す。

道の先にはぐるりと柵で囲われた場所が見えていた。

柵はひとかかえ程もある木で出来ていて、先は削られ、尖っている。

高さは私の背の3倍はあるだろうか。


「牧場と言うより砦ですね。まるで」


道はそのままその砦の門へと続いている。

門も木を組んで造られた、とてもしっかりとした物だ。

押してもそれは開かず、引こうにも引き手が無い。


「開きませんね」


門の脇に、紐が下がっていて、その先に大きな鈴が付いている。

それを引くと、予想以上に大きな鈴の音が辺りに響く。

何度か鳴らして、待った。


「誰も来ませんね」

「そうね。まさか誰もいないのかしら?」

「帰ります?」

「ここまで来たのに?」


日暮れにはまだ時間はある。

急げば何とか日が暮れる前には帰れるだろう。

これならギルドで話を聞いてくるべきだったかもしれない。

弓工房でそのまま行っても大丈夫なような話だったけれども、やはり事前に話を通す必要があったのだろうか。


「そうだ。リデルが魔法で一発」

「押し込み強盗じゃないんですから!」

「いえ、門に撃つんじゃなくて、その辺に向かって撃てば轟音で気が付くかも」

「もう。私の事を、と言うよりも魔法の事をですか。一体なんだと思ってるんですか?」


そう言うと、リデルはふわりと浮き上がった。


「そんな事しなくても、私がちょっと行って見てきますよ」


そして、門の上まで上がると、何かに気が付いてまた降りてきた。


「どうやら大丈夫みたいです」


門の向こうで何かゴトリと音がする。

そうしてやっと、門が少しずつ開いていった。






「いや、すみませんね。ちょうど裏で騒ぎがあったもので」


開いた門から出てきたのは、犬頭の痩せた背の高い男だった。

聞けば、裏門の方に蛮族が出ていたらしい。

それを撃退するのに手間がかかったようだ。


中へ入ると、草原ではなく、良くならされた土の地面が広がっていた。

向こうで馬が犬頭の人に引かれて、ゆったりと歩いている。

さらに向こうには大きな倉庫のような、巨大な建物が見えた。


「最近、妙に多いんですよね。普通、襲ってくるのは決まった時期なのに」


通されたのは門からすぐ近くにあった小屋だった。

物置兼見張り小屋といった風情で、あまり綺麗な場所ではなかった。


ここのところ、蛮族よりも人に襲われる事が続いたので、これは当然かと素直に従った。


いきなり訪ねてきた人がならず者の可能性だってあるのだ。

まずは人となりを確かめたいというのが当然だろう。


蛮族達は、ここからさらに北に行った所にある森をねぐらにしていて、そこにいる動物を獲って普段は腹を満たしているのだが、蛮族が増え、それでは賄いきれなくなってくると、この牧場を襲いに来る。

それには周期があるらしい。

勿論、それとは別にどこかかから流れてきた魔獣や蛮族が襲ってくる事もあるので、この牧場では常に人を雇って警備していた。


「それじゃあ、雇ってもらえるかしら?」

「それが、今、ちょっと経費が嵩んでまして。街の方に補助金を申請している所なんですが、その結果が出るのが明日なんですよね」


続く襲撃で人件費と補修費が嵩んでいるようだ。

それでもこの牧場が無くなると、街の食糧事情に影響が出るのは確かなので、街に資金援助を頼んでいたという事だった。


結局、その日は街に帰ることになった。

馬車で送ってもらえたので、帰りは早い。

馬は、今までに見たどの馬よりも力強く進む。

そしてその体つきはたくましかった。


馬車に揺られながら、ここで馬を見つけるのも悪くないなと、ぼんやり思った。

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