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庭園の国の少女  作者: ぎじえ・いり
大地の魔獣
10/25

リメンバー

牧場からとんぼ返りで街へと戻り、宿で簡単なトレーニングをした。

剣を握り、ゆっくりと振る。

より滑らかに、自然に通る道すじを探すように。


リデルも珍しく杖を手に何やらやっていた。

特に説明を求めなかったので、何をしていたのかは分からない。

ただ、時折、青い光が宙へと浮かび。

そして何か紋様を描き。

そして消える。


特に言葉も無く私は体を動かし、リデルはふわりと何らかの魔法を部屋に浮かべていた。


私がトレーニングを終えると、ちょうどリデルも終わったようで、それを見計らったかのようにリックが吠える。


「そういえば夕食がまだだったわね」

「そうでしたね」


足下までリックが来たので、頭をひとしきり撫でる。

そこにリデルが勢い良く、彼の背中へと飛び乗った。


「それじゃあ行きましょうか」


宿の1階が食堂になっていたので、そこで夕食を食べた。

特に高い料理ではなかったけれども、お腹が空いていたせいか、なかなかにおいしかった。


卓の上にぺたりと座っているリデルを見ると、満足そうに笑っている。

彼女の前に並べられた小さな皿、それでも彼女にとっては大きいそれには既に何も残っていない。


「気に入ったようね」

「私は元々料理には寛容なんです。お腹いっぱい食べられればそれでもう十分ですよ。そういうモリーアンだって、口元が笑ってますよ」

「あら、そう?」


ゆったりとした気分。

湖の街でひとりで食事をしていた自分なら考えられないだろう。


街にいれば自分が鈍る。

少しばかりのお金があれば飢えずに済む。

それはなんて簡単な生活。


今思えばあの時は、そんな自分を嫌悪して、そして焦っていたのだ。

自分にナイフを残して死んでしまった彼を思う。

彼が残してくれたのはナイフだけでは無かった。

それをすべて言葉にするのは難しい。


ただ、その残してくれた何かにどうにか応える術が欲しかった。

何か報いなければ。

そんな思いがあったのかもしれない。


手にしたコップについた雫が手に垂れ落ちる。

それを見て、コップを手にしていたのを思い出した。

ぐいと中身を飲み干す。


不意に鼻をならすように、ふっと息を抜いただけの笑いが聞こえた気がした。


私の勝手な想像。

でも、彼ならきっとこう言うだろう。


好きでやった事さ。


笑ったように聞こえた音は、足下で丸くなっていたリックのようだ。

誰かが落とした食事の欠片だろうか。

何か黒い物が落ちている。

その臭いを嗅いで、むせたのか。


リックから目を離し、目の前にいる小さな少女を見る。


「なんですか?」


不思議そうな顔で私を見る。


「私は弱くなったのかしら?」


思うままに彼女に尋ねた。

彼女は目を丸くし、そして呆れたように首を落とした後に答えた。


「私が知る限りではモリーアンが最強ですよ」


俺もそう思うぞ。


そんな声がまた聞こえた気がして答える。


「女の子に言う科白じゃないわね」


自分で言いながら少し笑ってしまった。





何となくおかしくなって、色々とリデルと話をしていると、不穏な気配をまとった言葉が聞こえてきた。


魔獣が。

北のはずれ。

死人が。


「モリーアン」

「ええ。聞こえてるわ」


リデルも気が付いたようだ。

話しているのは3つ程離れた席に座る、商人風の豚顔の男たちふたりだった。

何でも無い風を装って盗み聞くと、何らかの魔獣が見かけられたようだ。


話は間を置かずに別の話に移ってしまったので詳しくは分からなかった。

しかし、それはどう考えても、牧場を襲う蛮族が増えている話と関係していた。


リデルは不安そうな顔をしている。

それは殺人鬼と戦う事を決めた時に見せた顔。


「明日はちょっと情報を集めましょうか」


何をどうするかはそれからだ。


「モリーアン」

「大丈夫。私はできると思った事しかやらないから。危険だと思ったら、ちゃんとそこから離れるから」


リデルの不安そうな顔は結局、おやすみを言うその時まで消えなかった。






翌日向かったギルドでは何も大した情報は得られなかった。

係員は「そのようですね」という簡単な返事をするだけで、昨日耳にした以上の話が何も出て来ない。


「やる気無いんですかね?」


あまり積極的では無いリデルも、係員のあまりの覇気のない対応に呆れている。


「もしかして、あそこはギルドじゃないのかしら?」


もしかすると、今まで関わってきたギルドとは別の組織なのかもしれない。

そんな風に思えた。


仕方が無いのでギルドを後にし、弓工房へと向かった。

入り口の外でリックを待たせて中へと入る。


「お、昨日のお嬢さんか。今日は何の」


カウンターにいる背の低い人が声を掛け、そして途中で止まった。

昨日、対応してくれた職人だった。

その視線は私が手にしていた弓に留まっている。


弓を見せる事を約束した訳では無い。

ただ、良い矢のお礼のつもりで見せたくなって持って来ていた。


「すまん。ソイツを見せてもらって良いか?」

「ええ。良いわよ」


弓を手渡す。

職人は両手で丁寧に受け取った。

そして黙り、ためつすがめつ、確かめるように見る。


やがて、納得したのか、静かにカウンターの上に置いた。


「俺はコレを前に見た事がある」

「そう」

「その時には腕利きのオーガが持っていた」


そこまで言うと、カウンターから離れ、隅にあったテーブルセットを指す。

勧められるままに腰掛けると、職人も弓を手に移動してきて、テーブルの上に弓を置き、向かいに職人も腰掛ける。

リデルは私の肩に止まっていた。


「順風。例え逆風にあっても、この弓で放たれた矢はまっすぐ飛ぶってな。今はもう途絶えた工房の名作だよ」


簡単には手に入れられる弓では無い。

私の目を見ず、弓を見て呟くように言い、そして改めて私の目を見た。

射抜くように。


「どうした?」


どうやって手に入れた?

有無を言わせない力がその視線にはこもっている。

その問いに答えるのに、迷う理由は何も無い。


「殺し合って手に入れたわ」


端的に、そのままに伝える。

つまりはそういう事だ。


あまりにもな私の言い様に、肩のリデルが声を上げる。


「いや、そうですけど、それじゃあ」


しかし、リデルの気を使うような言とは全く逆の笑い声が起こる。

職人だった。


「そうか。いや、すまん。実は事の顛末は知っている。あのオーガ、随分たくさんの人を殺してたんだってな。それも金なんていうくだらない理由で」


ひとしきり笑った後、すまなかったな、そう言って話し始めた。






「ふらりとここに現れてな。それで手に入れたのは良いが、扱いにくいから何とかしてくれって」


あの殺人鬼にとっても、最初は使いにくい弓だったようだ。


「それで弦を替えて調整した。なかなかこのクラスのブランドの物はお目にかかれない。それもコイツは工房末期の名品だ。それで良く覚えていた」


職人は弓の事以外は詳しくない。

それでも下げていた鉈はアーティファクトなのではないか?と疑うような物に見えたし、何より雰囲気がそこいらの戦士とは違っていた。


「それから随分経って、街にお尋ね者のおふれが出た。そこに描かれていた奴は間違い無くあの時のオーガだって確信した」


自分が直した弓がただの人殺しに使われていた。

そう分かった時には少なくないショックがあったようだ。

所詮、武器とは暴力のための道具に過ぎない。


「それを分かっていても、道を外れた奴が使っていると分かるのは正直堪えるよ」


しかし、そこで職人はふっと息を抜くように笑う。


「ところが、だ。速攻でまたおふれが出て、しかももう狩られたってな。笑ったよ。しかもそれが女子供にやられたみたいな噂まで聞こえてきてな」


どんな馬鹿な話だって、思っていたが、それでも最初に店に現れた私を見た時にまさかとは思っていたようだ。


どんな種族にしたって、熟年の手練には見えない。

どこか幼さの残る骨格にアンバランスな戦い慣れた者特有の身体の雰囲気。

荒んだ目はしていない。

多かれ少なかれ、殺し殺されてきた者に宿る何かが皆無では無い。


それでも意志を感じさせるどこか澄んだ瞳。

体には無数の傷痕。

それを隠さず、しかし誇るでもなく、あるがままにさらしている。


伝説に残る戦女神。

もしも彼女に少女時代があるのなら、それはこんな姿だったのではないだろうか?


突然、話が妙な方にずれていったので、私は思わず笑ってしまった。


「なにそれ?」


私は私だ。


「すみません。私もちょっと、それは思いました。その、モリーアンってあまり見ない種族ですよね?」


こちらに来てから、街でリデルは色々と勉強したようだ。

そして疑問に思ったらしい。


「おじさんはドワーフですよね?モリーアンは最初、エルフかな?とも思ったんですけど、その割には魔力の扱いとか全然知りませんし」


リデルまでその妙な話に参加し出す。


「リデルまで。私は私よ」


そう言いつつも、思った。

街では確かに私に似ている人をあまり見ない。

それこそ、死んだ父や母くらいなものだった。


私は私だ。

しかし。

リデルが庭園の国から来たのなら、私は、私の家族はどこから来たのだろうか?


「それで?結局、私みたいな女子供が何ですって?」


考えても、答えは出ないだろう。

話の流れを元に戻す。


「いや、すまんな。変な話をしちまった。それに長話だった。今、目の前にいるお前さんを侮る気は無い。ただ感謝する、って言うのも妙な話だな」


顎に手を当て、彼は考える。

やがて、考えが至ったのだろう。


「そうか。実際にあのオーガと戦ってくれた奴に会えて良かった。そう。良かったよ」


こんな風に自分が戦った事を良かったと言ってもらえたのは初めてじゃないだろうか?

自分の何が掛かっていなくとも、戦う人には敬意を。

そんな気概が感じられた。

そう思うと、何だか妙に照れくさかった。


「あ、珍しい」


そんな私の表情を見たリデルが声を上げる。

何となく気恥ずかしい。

気を使ってくれた訳では無いだろうけれど、職人がそんな私たちを見て、思い出したように声を掛ける。


「それで今日は何の用だ?今更だが」

「もうほとんど終わったわ。弓を見てもらおうと思って持ってきたのよ」

「そうか。なら、ちょっと直してやろう。どう考えても、あのオーガとお前さんとじゃ調子が合わんだろう」


あの矢を作った職人なら大丈夫だろう。


「そう。じゃあお願いするわ」


私は素直に頭を下げた。

合成弓ビフォア・ザ・ウィンド

冒険者の矢籠ビフォア・ザ・ウィンド

スルゲリのナイフ

橋のトロワ

左手:黒水牛の小手

右手:黒水牛の小手

積層鎧

牛革のベルト

鹿革のブーツ


リメンバーな某曲を聞きながら書いていたら、何かすごく懐かしくて寂しい気持ちに。

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