面倒くさい女
「私で良いんですか?」
日に日にリデルは疲れた表情をしているように思えた。
鋼の鳥を全て射ち落とす。
そう話すと、リデルは困ったように目を私から背けた。
「この街には私よりも凄い魔法使いがいっぱいいるんですよ?あの湖の街とは違います。私は特別じゃないんです」
本当に。
彼女は働いている先で何を言われているのだろうか?
床で丸くなるリックを撫でるリデルは何かを堪えるような顔をしている。
「本当にそうなら、とっくにこの街を襲うあの魔獣はいなくなっているはずよ。私はそうは思わない」
「モリーアンは知らないだけですよ。魔法使いの事を知らなかったから、私を凄いって勘違いしているだけです」
顔を上げ、私を見て、力なく笑った。
「私はちっぽけなピクシーです。モリーアンとは違うんです」
怒りが湧いた。
それは蛮族や魔獣に抱くそれとは違う。
どうして彼女は自分を信じないのか?
そう思い、はっとなった。
細い彼が言っていた科白が思い出された。
自分を信じる。言葉にすれば簡単な事でも、人はみんな疑う。正しいと思った事でも信じられなくなる。
それは正に今のリデルだった。
そしてそれは私自身でもあるのだろう。
この街に、リデルと同じような種族の人たちがたくさんいるのを見て、私といるよりもここの人たちといるのが彼女にとって良い事なのではないかと確かに考えた。
階層に別れた街。
同じ街で暮らしていても、そこでは同じような種族の人たちだけが集まり暮らしている。
それが普通。
そう考えれば、全く別の種族、大きさの私たちが同じ部屋に泊まっているのは、おかしな事だった。
「リデル。思っている事を聞かせて頂戴。私たち、なんだかここの所、おかしいと思うの」
「おかしかったのは今までなのかもしれませんよ?本当は私がいなくても、モリーアンはみんな、みんな倒せたのかもしれません」
「リデル!」
思わず発した声に続く言葉は無かった。
「モリーアンはひとりであの鳥の魔獣だって倒してきましたよね。湖の街の洞窟でも、モリーアンはひとりで大丈夫でした。殺人鬼だって、モリーアンなら切り抜けられたかもしれません。オセロットも、私がいなくても、他の魔法使いのみなさんがいればそれで大丈夫だったんですよ」
「それは違うわ」
「違いません!モリーアンの周りには凄い人たちが集まってくるんですから!私は違うんです!間違ってたんです!」
今の彼女はとても小さく見えた。
小さくて、震えている。
「私、スルゲリさんが羨ましいです。私もモリーアンを守って死ねたら良かったのに」
私は彼女に何を言えば良いのだろうか。
私は彼女に何を言えるのだろうか。
リデルはおだやかに揺れるリックのお腹を見ていた。
私では駄目なのだろうか。
誰かが彼女に言ってくれれば良いのに。
彼女に、彼女が自分自身を信じるに足る人だと。
何も間違っていないのだと。
「今まで私を守ってくれたのはリデルだったわ。あの殺人鬼からも。あの大地の魔獣からも。私はいつだってリデルに守られてた。それはリデルにとって嫌な事だった?」
「そんな事はないですけど」
そうだ。
ここには私しかいないのだ。
リックは言葉が話せない。
私が証明しないと。
「私も、この街に来た時に、リデルはこの街で暮らすのが一番良いのかもって確かに思ったわ」
「モリーアン」
「聞いて。リデルがこの街に来たいって言ったのも、もしかしたら自分の居場所を探したいのかとも思ったわ。だから、私は聞くつもりだった。私がこの街を去って、あの家に帰る時に、リデルはこの街に残るの?って」
リデルに言葉は無かった。
考えているのだろう。
実際に、そう言われた時に何と答えるのか、と。
「でも、今は違う」
「え?」
「リデル。帰りましょう。私の家へ。あそこがリデルにとっての家になれば私は嬉しい」
リデルの表情が変わった。
今までの暗く沈んだ顔、何もかもを拒絶するような雰囲気から、私が見慣れたあの今までのリデルの仕草が見える。
「だって、私は、私なんですよ?」
彼女は戸惑いながら、何を言っているのか良く分からない事をもごもごと呟いている。
私は笑った。
リデルに気を使わずに。
しっかりと。
「誰がなんて言っても、私はリデルを好きよ。何が出来て、出来なくても良いの。ここまで私は楽しかった。リデルは違う?」
「違い、ません。私も、私も楽しかったです」
湖の街のギルドでのやりとりが蘇る。
牧場の街で、見た景色が。
旅の途中で見た何気ない景色。
食事での何気ないやりとり。
「そこにいたのはあなたよ。この街の誰でもない」
リデルへと手を伸ばした。
「私が今、この瞬間に一番信頼しているのは貴方よ。私はリデルに守って欲しいし、リデルを私が守りたい」
リデルはおずおずと、その手に触れた。
「リデル。私と一緒に来て。私のために戦って」
リデルが笑った。
それは自然な笑顔。
私が見てきたリデルの笑顔。
「私、めんどくさい女になってますね」
笑った。
「そうね。でも良いわ。めんどくさいリデルでも好きよ」
リデルは私の顔へと飛び込んだ。
戦う事を決めると、そこからは早かった。
リデルは仕事をやめてきた。
どうせ鋼の鳥を倒せば大金が手に入る。
そう言うと、彼女は笑った。
私が荒事のお金を期待するようになったら、もう誰も止められませんよ。
その科白を聞いて、私も笑った。
もう、誰も私たちを止められないのだ。
なら、後は戦い、そして勝つだけだ。
リデルを加えて、さらに鋼の鳥対策を考える。
今日もまた街に被害が出たようだった。
もう慣れてしまっているのか、大きな被害ではないらしい。
それでも、あれは街にとって脅威なのは間違い無い。
訓練を続けていると、昼過ぎに、久しぶりに鎧の彼が顔を出した。
どうやらギルドで私たちが動いているのを聞いたようだ。
鋼の鳥を射落とすのに協力してくれるらしい。
彼には彼の戦う理由があるのだろう。
そもそも戦う気が無いのなら、鎧など着ないはずだ。
そう思ってみると、彼の鎧も決意の表れのように見えた。
これで頭数は揃った。
後は、装備だけだった。
その時を訓練を続けて待った。
完成した鎧は、青く、美しかった。
魔法により精錬された鉄で造られたそれは、どこか透き通った青をたたえている。
決して上から塗装するだけでは生まれない青。
重く、4層構造の鎧板は今ではたったの2層になっている。
それでも、従来のそれよりも上の対衝撃能力があるらしい。
もちろん硬く、職人はあの鳥の魔獣の爪でも絶対に斬り裂けないと保証した。
身にまとった感じも良い。
なぜか、スルゲリが作ってくれたあの最初の鎧を思い出した。
軽い。
そして動きやすかった。
これなら、あの鋼の鳥が相手でも恐れる事は無いだろう。
そしてギルドへと向かい、私たちはすべての準備を終えた。
1日目は鋼の鳥は現れなかった。
2日目は空振りだった。
現れたのは私たちが待ち構えていた区画とは別の区画。
走り、辿り着いた所で間に合うとは限らないし、それに戦う前に消耗しても仕方が無い。
私たちは辛抱強く待った。
3日目も現れず。
そして4日目。
ついに、鋼の鳥が待ち構える私たちの前に現れた。
現れた鋼の鳥は7体だった。
耳障りな叫び声が通りに響き渡る。
作戦通り、陣を敷き、3人が盾で守る。
それはまるで扉のような盾だった。
それを左右に動かし、時に持ち上げ、縦横無尽に襲いかかってくる鋼の疾風から自らを、そして私とリデルを守った。
3人の間から迫ろうとする鳥には、もう一方の手で持つ剣を鳥と私たちとの間へと差し挟み、阻害する。
あれほどの重く巨大な盾と剣を同時に操る膂力には驚嘆を禁じ得ない。
彼らだから出来る事。
私たちもしなければならない。
私たちが出来る事を。
弓を構え、矢を手にする。
視線の先を横切る鳥は素早く、その動きは追えない。
細い彼と、鎧の彼の間からまっすぐにこちらを目指す1体の鳥が目に映る。
矢をつがえた。
その先には狂ったようにクチバシを開き、決して理解する事などできない叫び声を上げている鋼の鳥。
矢を放つ刹那。
その体を稲妻が貫いた。
動きが止まる。
そこに放たれた矢は、正確に鳥のクチバシの中へと吸い込まれた。
鳥は衝撃を受けて、回転しながら地へと落ちる。
落ちた衝撃で歪んだのか、おかしな方向へと曲がった羽をがちゃりがちゃりと震わせ、壊れた玩具のように転げ回った。
すぐにでも叩き潰したい衝動にかられる。
今はそんな暇はない。
次の敵を、次のチャンスを探した。
リデルはそんな私の視線の先を飛んでいた。
私が見る先を一緒に見つめている。
彼女の道と私の道は今、一直線に繋がっていた。
知らず、口元が動いていた。
戦いの最中なのに、訪れたのは満足感だった。
次の1体が盾を嫌って天へと飛び上がる。
はっきりと羽の脇が見える。
見上げた時には既に矢が弓へと。
そして弓は引かれていた。
意識が離れている。
凶暴な気持ちは無い。
ただ、自然に矢の先を見ていた。
放たれた矢は、鳥へとまっすぐに飛び、矢はそのまま鋼の身体の薄いそこへと突き立つ。
矢じりには鳥の爪。
そして毒。
矢を受けた鳥は落ちる。
鳥が落ちると、少しだけ騒ぎがおさまる。
喧しい。
黙れ。
そう罵る私は今日はいない。
弓。
矢。
私。
それすらも無く。
ただ視線は漂い。
そして気が付けば、飛ぶ鳥はいなくなっていた。
「静かね」
呟いたのは自分か。
そう思った時には、リデルが私の首に抱きついていた。
3人はそれぞれ剣を、盾を合わせ打ち鳴らしている。
「そうか。終わったのか」
状況は既に終わっていた。
「これは驚いたわ」
「そう?」
「そうよ。増えていなければ、これでこの街を悩ませていた魔獣がいなくなったんだから。貴方何者?何て種族?」
「知らないわよ。私は私」
ギルドにみんなで向かった。
現れたのは第2階層だったので、そのまま第2階層のギルドに向かうと、いつもの眼鏡の小人が対応してくれた。
「それよりも報酬を頂戴。みんなで分けないと」
細い彼と筋肉の彼がニタニタと嫌らしい笑いを浮かべていた。
鎧の彼は理由は分からないけれども、ギルドの外で待っている。
「これで先生の授業分の依頼を安く受けるって話は無しだな」
「俺たちは力を示したんだからなぁ。それが当たり前だろう」
振り返る。
「今回はうまくいったけど、それで調子に乗って変な魔獣に突っかからないでね」
調子に乗るな。
釘を刺すと、ふたりは笑った。
分かっているんだか、いないんだか。
報酬は代表して私が受け取った。
それをその場でみんなで分けた。
「そこのあなたも戦ったの?ギルドに登録は?」
眼鏡の小人がリデルに話しかけた。
思わず吹き出してしまった。
それはどこかの街のトカゲ頭の男の科白と全く一緒だった。
リデルが笑顔で答えた。
「していませんよ。それにするつもりもありません。私が戦うのはモリーアンのためなんですから」
勿体ない。
私の目も曇ったのかしら?
そんなに魔力を持っているようにも見えないのに。
私たちに対してではなく、ぼそぼそと眼鏡の小人は独り言をこぼす。
それを聞いて、リデルが笑った。
「気が晴れた?」
「何がです?」
「いえ、良いの。私の勘違いよ」
ギルドを出た。
この街で、彼女を笑う人はいないだろう。
それに、3人の戦士達のことも。
いや、この3人だけじゃないかもしれない。
この街もこれがきっかけで何かが変わるかもしれない。
戦士だから、魔法使いだから。
魔力が多いから、少ないから。
それだけで何が分かるのだろうか。
私が剣を、そして弓を取る事で変わる事があるのなら。
変われば良いな。
そんな風に思えた。
「さて、リックを迎えに行きましょうか」
リックは宿で留守番をしている。
今頃きっとお腹を空かせているだろう。
「リリーの事も見に行きましょうよ」
「そうね」
「先生、メシ行きましょうや。それに酒だ!」
「馬鹿だな。先生に酒はまだ早いだろう」
「私は、これで」
「お前なー、付き合えよ!俺ら3人の伝説のオーガの門出だぞ!」
緩んでいた顔を引き締めた。
「なにそれ。調子に乗らない。何かを成した後にこそ、思い返しなさい。自分の動きを。相手の動きを。強くなりたいのなら」
言いながら、途中から笑ってしまった。
駄目だ。
やっぱりおかしい。
楽しい。
今日くらいは良いだろう。
こんなにも楽しいのだから。
「とりあえず、使った体力を取り戻しましょうか。どこか良い店ある?」
私たちは笑い合いながら、歩き出した。
合成弓
冒険者の矢籠
祭儀用の剣
スルゲリのナイフ
左手:黒水牛の小手
右手:黒水牛の小手
積層鎧 → 改修 →青の鎧
牛革のベルト
鹿革のブーツ
リデルが男なら恋愛タグをつけなくてはいけない所でした。ふー、危ない。




