正しい道
リデルとは時間が合わなくなったので、以前のように話し込む事はしなかった。
宿に戻ると、その日の仕事の事を簡単に報告し合う。
私はなんとなく、ひとりと言われるままに戦って打ちのめした事を言わなかった。
ほんの少し前までの自分なら話したはずなのに。
そう思うとなんだか悲しかった。
翌日、ギルドへ向かうと、細い彼だけがそこにいた。
「今日はマンツーマンですねぇ」
「そうね」
聞けば、筋肉の彼の傷は治療院で塞いでもらったようだった。
ただし、私の頬の傷と同じで完全に直った訳では無いので、すぐに動き回るのは良く無いそうだ。
だから来れない。
細い彼がそう言った訳では無い。
しかし、そう納得できる反面、もう二度と会う事が無いようにも思えた。
鎧の彼は分からないらしい。
別に3人、仲が良い訳でもないらしかった。
ただ、募集の告知に応募しただけ、そんな3人だったようだ。
昨日と同じ場所に向かい、弓の手本を見せ、そして彼の動きを見た。
午後には剣も見て欲しいと言われる。
「意外ね」
「いや、さすがに昨日みたいなのはごめんですよ。ただ、強くなれるチャンスがあるのなら、って思っただけですって」
彼の細く、長い剣の動きを見て、それに合わせて動き、思った事をそのまま伝えた。
それで何が伝わっているのかは、やはり良く分からなかった。
「何か悩み事ですかい?」
大分、日が傾いてきた頃に、唐突に細い彼が尋ねてきた。
考えていたのはリデルの事だったけれども、それを言わずに別の事を話す。
「これできちんと何かを教えた事になるのかなって思って」
それを言うと、彼は笑った。
今まで見た中で一番自然な笑い方に見えた。
「きちんとってのはどうでしょうね。でもそれで良いんじゃないんですかねぇ」
「どういう事?」
「金勘定なら、銅貨何枚と何枚が合わされば銀貨何枚だって間違いのない答えが出るでしょうよ。誰が誰に教えてもそうなる。でも、弓を引くのに、あとどれくらい引けば結果が変わるのか、弓を向ける角度をどれくらいずらせば的に届くのかなんてのは、相手の目にでもなってみなけりゃ分かりませんでしょ。結局、何を言われても信じないといけないのは自分の目だ。それに手だし、体だ」
それはその通りだ。
結局は自分自身なのだから、他人がどう言おうとも自分が良いと思える方法を探すしかない。
ただしそれだと。
「私がやっている事って意味がないのかしら?」
「それは違いますぜ。自分を信じる。言葉にすれば簡単な事でも、人はみんな疑う。正しいと思った事でも信じられなくなる。そういう時に間違ってない、その道の先に何かがあるって言ってくれる人がいるのは嬉しいもんですよ」
「その道が間違っていたら?」
同じ角度で景色を見ていても、見ている物が違う事だってあるだろう。
「それにしたって、何が正しいのか、そういう指針を持たずに進めない人もいるんですよ。進めば進んだ分だけ何かは見える。例え間違っていたとしても、間違っていたと分かれば、少なくとも二度とその道には進まなくなります。俺はそれは意味があると思いますよ」
まあ、俺の場合は面倒な事はなるべくしたくないってだけですけどね。
そう自嘲するように笑った。
そういうものか。
少なくとも、彼は今日、私の元へと来た。
それには価値があると思ったのだ。
ならばそれで良いのだろう。
「私も誰かに言ってもらえると良いのだけど」
そう言うと目を丸くした。
「先生がですかい?その道は間違ってないって?」
そして大笑いした。
「その腕はどう見ても本物でしょうに。この街中の誰に聞いても言われますよ。あんたの腕は本物だ。間違ってなんかいないって」
「そうだと良いのだけど」
私が今、本当に迷っているのは剣でも弓でも無いのだけれどね。
それは、口にはしなかった。
朝起きて、ギルドへと向かう。
するとそこには細い彼だけでなく、筋肉の彼がいた。
なんと言っていいのか分からずに、ただ彼を見ると、彼が頭を下げた。
「昨日は休んですまなかった。今日からまた教えて欲しい」
「いえ、それは良いんだけれど。それよりも良いの?」
「何がだ?」
「その、私に教わるのが、よ」
そう言うと、私が斬り付けた腕をさすりながら言う。
「あんたは強い。俺は見た目であんたを判断して馬鹿にした。その報いは受けた。俺だって馬鹿じゃない。強くなる方法を自分なりに探してるんだ。ただ、それに限界が見えてきていた」
そして頭をかいた。
その額には私が蹴り飛ばした痣がある。
「今までのままじゃ、俺はどこかで頭打ちになった強さのままで死ぬだろう。あんたを相手にするだけでも、あんたみたいな強者と戦う時にどうすれば良いかが分かるかもしれない」
頭打ちの強さ。
それにともなう死の予感。
それに焦る彼を笑う事など出来ない。
蛮族にだって強者はいる。
自分よりも小さい魔獣だっているのだ。
大きさは強さの指標ではない。
それを自覚したようだ。
「そう。私こそよろしくね」
「ああ。頼むよ」
そう言うと、筋肉の彼は頭を下げた。
教え、動き、考える。
そうやってお互いの事を見ながら訓練を続けた。
最初は何かを言えば良いと思っていた私も、今では一緒になって色々と動いている。
そうやって動き、話していると、筋肉の彼が私の頬の傷を見て、思いついたように話し出した。
「あの鋼の鳥なんだけどよ、あれって本当にどうにかなんないのか?」
どうやらこのふたりはあれとは戦った事がないらしかった。
実際に戦った私から話を聞きたいらしい。
「そうね。確かにあれは無茶苦茶だったわ」
いくら素早く、そして硬いと言っても、あれがただの1体2体なら何とかなる。
それが群れで襲ってくるのがとにかく厄介だ。
そして、魔力を感知しているらしく、戦える人が大勢集まっている場所には決して現れず、罠にも敏感。
つまり、普通に戦ってなんとかするしかない。
それも少人数で。
「でも先生は倒したんだろう?」
いつの間にか、筋肉の彼までもが私を先生と呼んでいた。
「あれはたまたまよ。それに1体だけだし」
もう一度やれと言われても、出来る保証は無かった。
最後は守るだけで手一杯だった。
そう話すと、筋肉の彼が意外な事を言い出した。
「なら、俺が先生を守ったらどうだ?」
どうせ今はまともに動かせないしな。
そう言って腕を叩き、出て行き、彼が持って来たのは巨大な盾だった。
盾を構えた巨漢の前を横切るように走る。
そして矢を彼に向かって放つ。
矢は盾に弾かれた。
矢は鏃をつぶしてある。
その隙に細い彼が回り込んで矢を放つ。
それも盾に弾かれた。
「駄目ね」
「だな」
あの鋼の鳥から身を守る訓練。
そのつもりでやっていた。
しかし、結局矢は、動く私の動きである程度予測できる。
それに矢を放つのがふたりというのも限界があった。
これではあの鋼の鳥に対応するための訓練にはならない。
「盾を小さくするか」
「そうね。って、あるの?」
「安い奴で十分だろう。それこそ板に持ち手を着けたような奴だって十分さ」
それならば正確に身を守らなくてはならない分、常に周囲を把握し、相手の意を読んで確実に体の部分を守らなければならなくなる。
それはそれで面白そうだった。
「良し。待ってな。ちょっと用意してくるから」
「そう。ならお昼にしましょうか」
3人でどこか食べられる場所を探して、移動した。
ご飯を食べつつも話す。
「なら、こうか」
細い彼が皿の上にちぎったパンを並べて話す。
「数は多くても7、8羽なんだろう?それなら3人が盾を構えて周囲を守る。先生が中央に布陣して、矢で射落とす」
「上からだって来るわよ。それに、矢だってかわされるかも」
いや、それ以前に、弾かれる可能性の方が高いだろう。
射かけられる場所は少ない。
そんな狭い弱点を狙うのに、3人の間から射るのではいかにも狭過ぎる。
「そこは何発か試せば1発くらい当たらないか?」
「正面に当てても倒せるなら出来るでしょうけどね」
例えば、あの竜の鱗を矢じりに出来たなら、可能だったかもしれない。
あれは本当に硬く、丈夫だった。
いや、しかしあれでは軽過ぎるか。
もう少し重さがいるだろう。
気が付くと、自分の頬を手で撫でていた。
まだ少し引き攣れる感じがする。
そう。
例えばあの爪は良かった。
鉄の鎧すらも裂いたあの爪は矢じりに向いていそうだった。
後でギルドに相談してみても良いかもしれない。
「そう言えば、魔法を食らって一瞬動きを止めてたわね。あれなら多少はいけるかも」
「妖精の奴らなら、布陣を邪魔する事無く配置できそうだぜ」
そう言いつつも、筋肉の彼の顔がどこか不機嫌そうな顔になる。
見ると、細い彼もそうだった。
「どうしたの?」
「いや、先生が気にする事じゃない。連中、プライドばっかり高くてな」
あんた達なんかいなくても何とかなる。
盾は盾らしく、黙って守りな。
そんな風に振る舞う人がいたようだ。
リデルを思い浮かべた。
彼女は一度として、私を馬鹿にした事は無かったと思う。
大地の魔獣の口の中に落ちそうになった時にも、側にいてくれた。
いや、殺人鬼の時にも守ってくれた。
そう。
考えれば、私は彼女に守られてばかりだ。
「どうした?」
「いえ。それなら私の友達が協力してくれると思う」
「そうか。なら後はもう1枚盾が必要だな」
「あいつは?」
あいつ、とは、来ていない鎧の彼の事だろう。
「知らんな。見るからにチキンだったしな」
「そう言うものじゃないわよ。身を守りたい。それは当然の欲求だわ」
人を募れば、ひとりくらい見つかるだろう。
ひとまずは、小さい盾を探してもらう間に、私がギルドで話をしてくる事になった。
筋肉の彼が手のひらを広げたよりも多少大きいだけの盾を構えた。
その右足、ふとももを狙って矢を射る。
いつもよりは加減して、多少緩くなるように。
最初から全力で放つそれを防ぐのは無理だろう。
矢は盾に弾かれた。
矢じりにはきつく布を巻いてある。
それでも当たれば相当に痛いはずだ。
その間にも細い彼が矢を射る。
どうやら肩を狙ったようだ。
盾の移動が遅れて、身を伏せてかわした。
「避けるなよ」
「ふざけろ」
「そうね。避けられると、つまり私に当たるのでしょう?」
そう言うと、苦い表情になる。
「ほれ、その間にも魔獣は飛んでくるぞ」
そう言いつつも、既に細い彼は矢を放っていた。
私も細い彼も、最初のように動かずに、決まった位置から矢を放っている。
そして、筋肉の彼も足を動かさない。
正確に守る。
そういう訓練だ。
何度か繰り返すうちに、いくつかの矢が彼の体を打った。
それに我慢が出来なくなったのか。
「交代だ。お前が守れ」
「あんたが射るんじゃ、先生ひとりだけから守れば良いようなもんだな」
筋肉の彼が顔を怒りに歪めた。
「言ったな」
「怒らない。油断しない」
ふたりにそれぞれ短く注意を言って、私も弓を構えた。
しばらく繰り返し、やはりいくつかの矢が細い彼の体を打ち、その日は訓練を終えた。
「これがどれくらい身になるかはさておいても、それなりに面白いな」
矢を射る方も、守る方にもそれぞれに得る物があった。
何よりも、動かない的をただ射るよりも面白い。
「要はちいさな砦を作るって訳だ。なんでこれをやらなかったんだろうな?」
思いつけば、大した作戦ではない。
既に誰かがやっていても良かったはずだ。
これまでは魔法使いひとりに、戦士をひとり。
この最小構成で、とにかく魔法使いの数を優先して増やして増やして何とかしようとしていたらしい。
ギルドで眼鏡の小人に話すと、面白そうに笑っていた。
攻撃の手数を増やすよりも、守れる面を増やす。
これは確かに試していなかったらしい。
ただの一撃であの鳥を落とせない以上、いくら守りを固めても意味が無かったからだ。
建物の中から何とかしようとするのはやっていたようだけれども、それでは結局素早く動き回る鋼の鳥を捉えられなかったらしい。
結局は、攻撃者自身を餌におびき寄せて攻撃する。
それをずっと繰り返していたようだ。
「それじゃあ明日もよろしくな」
「ええ。また明日」
それぞれに挨拶を交わして、宿へと帰る。
私が考えた作戦ではなかったけれども、確かにこれなら何とかなりそうだ。
後はリデルに協力を。
宿に帰り、リデルの帰りを待った。
合成弓
冒険者の矢籠
祭儀用の剣
スルゲリのナイフ
左手:黒水牛の小手
右手:黒水牛の小手
牛革のベルト
鹿革のブーツ




