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庭園の国の少女  作者: ぎじえ・いり
西の街
20/25

彼女の普通、彼の普通

「私に何か言う事はありませんか?」


部屋へと戻り、満面の笑顔で私たちを出迎えたリデルの顔はすぐに固まり、凍り付いた。

どうやらすぐにばれたようだ。

鎧を着て出かけたはずなのに、鎧は無く、そして着ている服はほこりと血にまみれている。

リックの姿も同様だった。

そして私の頬には傷跡まであるのだから、何も気が付かない方がどうかしている。


「ちょっと巻き込まれちゃったのよ」


リックが同意するように、わんと吠える。

リデルは何も言わずに、細めた目で私たちを眺めた。


「鳥の魔獣が出たって話は私も出先で聞きましたけど、まさかモリーアンとリックがその場にいたなんて」


そんな偶然って、と私たちにというよりも自分自身に呟くように言った。


「まあ無事だったのだから良いじゃない。あ、ブーツを新調したのね。似合ってるわよ」


リデルが履いているのは膝まで覆う見た事の無いブーツだった。

それはどこか私のブーツに似ている。


見れば、ベッドの上にはそれ以外にも色々と買い込んできた物が山になっていた。

あれをひとりで運んできたのだろうか?


「ごまかそうとしてませんか?」

「何を?それよりもご飯はもう食べてきちゃった?私もリックもまだなんだけど」


既に夕陽が沈む頃だ。

運動したせいもあってか、無性にお腹が空いていた。

リックは私たちの周りをぐるぐると歩き回っている。

それはお腹空いたので早くしましょうと言っているようにも見えた。


リデルは大きく息を吐いた。


「はーっ、分かりました。とりあえずご飯を食べに行きましょう」


ご飯を食べながら、きちんと話してくださいね。怒りませんから。


そう言ったリデルは、食堂で正直に話した私を怒った。

私とリックはおとなしく、彼女の説教を聞きながらご飯を食べた。






この街には巨大な樹と層を成す区画のせいで影になる場所が多く、それを照らすために昼でもランプが灯っていたので、街の中の方だと外の変化に気付きにくい。


もう既に日は沈んでいたようだった。

日が沈み、酒でも飲んだのだろうか。

陽気に振る舞う小人の一団が私たちの脇を通り抜けた。


リデルの話を聞くと、この街の事を物凄く気に入ったようだった。

何しろこの街には彼女が暮らすのに必要な物、便利な物が溢れている。

そして何よりも彼女と同じ種族の人がいる。

それは彼女がこの世界にたったひとりで流されてきた事実を忘れさせたのかもしれない。


それはどんなに私が気づかっても、どうしようも無い事だったはずだ。


「明日はモリーアンとリックと一緒にいますからね」


まだ残る不機嫌さを隠さずに、彼女は私の目の前を飛び、言う。


私の家で出会った小さな姿の少女は、どこかおどおどとした気弱さが印象的だった。

今思うと、見せる感情はどこか私の事を窺うようだったかもしれない。


今、彼女は自然に怒り、自然に笑い、自然に振る舞っている。

それがこの街に着いた安堵からだけとは思いたくなかった。


思う。

彼女はこれからどうするのだろうかと。


「そうね。明日はリリアンヌの様子を見に行きましょう」


この街に来たいと言った真意を聞くのはまだ良いか。

そう思い直して宿へと戻った。






翌日は、朝食を食べてすぐにリリアンヌを預けていた厩舎を訪れた。

リリアンヌは特に問題なく元気なようだ。

私たちの姿を見ると、少しだけ興奮したような様子を見せた。


「ごめんね。もうちょっとここにいてね」


まだ街を出る予定は無い。

元々この街で何をしたいという訳でも無かったので、特にこの街で何かを成す予定も無いのだけれど。


お金もリデルの散財と私の散財で大分減らしてしまった。

この街でお金を稼ぐ必要もある。

何にせよ、旅の疲れも取っておきたいので、この街を出るのはずっと先の事だろう。


厩務員に言って、リリアンヌに餌をあげさせてもらうと、厩舎を出た。


通りをのんびりと歩く。

今、あの鳥に襲われるのも面白く無いので、街の中心よりを目指す。


鎧の完成には1週間程かかるようだ。

鎧が無くては戦えない。

あの鳥に胸をひと突きされたら、さすがに只では済まない。


剣も弓も念のために持ってきてはいる。

それでもこれが必要な状況に陥る前に走って逃げる。

それはリデルに念を押されるまでも無い事だ。


まずは、剣を見てもらえる工房を探した。

話を聞いて回って、評判が良いと噂の工房に預けた。

見た目は傷だらけになっていて、ボロボロだったけれども、どうにか直してもらえるようだ。

剣を預けて、工房を出る。


鎧だけでなく、これで剣も手元になくなった。

ひどく心もとなかった。

腰に手を当て、ナイフがそこに確かにある事を確認する。

大丈夫。

そう自分に言い聞かせて歩き出す。


リデルがどこからか聞いてきたらしい、おいしいケーキ屋さんとやらへと入り、昼食を食べ、雑多な店を覗き、その日は何事もなく終えた。


「毎日がこうなら良いのに!」


ベッドに飛び込みリデルが叫ぶ。

ベルトごとナイフを外して私もベッドに腰掛けた。


最近、あまり使っていなかったので手入れを怠っていたナイフを改めて眺める。


「そうね。でもお金も必要よ」


リデルに答えつつ、ナイフの手入れを始める事にした。

ナイフをいじりつつ考える。


今日は贅沢をしてしまった。

明日もこんな生活を続けていたら、たちまちお金がなくなってしまう。


「う、釘を刺される前に言っておきますけど、分かってますよ」


節約。

そう口にするまでもないようだ。


「私もちょっと仕事を探してみますね」


モリーアンは荒事禁止!

ナイフの刃先を眺める私にリデルが叫んだ。

こっちが釘を刺されてしまったようだ。


さて、そうなると私はどうやってお金を稼いだら良いのだろうか?

手入れをしつつ、ぼんやりと考えても、何も良い考えは思い浮かばなかった。






「それならちょっと弓の先生でもやってみない?」


鎧が無いから、極力危険度の低い仕事はないだろうか?

ギルドで眼鏡の小人にそう尋ねて勧められたのは、意外な仕事だった。

リデルとリックは上の階層で仕事を探しに行ってしまったので、今は私ひとりだ。

階層ごとにその種族ごとに合った仕事を紹介していると言われてしまっては仕方ない。


今、ギルドを訪れ、中にいるのは私ひとりだ。

ギルドの職員も眼鏡の小人だけで、他の職員はたまにカウンターに出ては書類を張り出し、また裏へと戻ったりと動き回っている。


「人に教えるのなんてやったことないわよ」

「そう。なら良い経験じゃない。良く言うでしょ。人に教える方がより勉強になるって」

「聞いた事無いわ」

「ああ、そう。なんだか貴方、噂になってるわよ。他の街でも活躍したんでしょ?」


引き合いに出されたのは、大地の魔獣の話だった。

正体不明の恐るべき魔獣を倒した腕利きの少女。

それは大いに間違った話だった。


「それは私じゃないわよ。私もいたけど、倒したのは魔法使いのみんな」

「ふーん。まあいいじゃない。近頃そういう有名人なんて出て来なかったから、みんな興味津々よ。私もちょっと見てみたいし」

「見せ物じゃないんだけど」


言いながら、どこかで言った科白だなと思った。

それがどこだったかと考える間もなく話は続く。


「この街って魔法を使える人が多いから、あまり剣とか弓とかで腕利きの人って集まらなかったのよね。いても魔法使いの護衛みたいな仕事ばっかりで、人によっては露骨に盾扱いしたりしてね」


できる限り、私たちでもフォローしてるんだけど、どうもこの街だと力を発揮しにくくって。

そう続ける小人の眼鏡の奥はどこか真剣味に欠けていた。

自分自身が魔法使いだからだろうか。


「それで益々この街から離れちゃったりしててね。魔法使い、それも空を飛べるような種族だと大抵の魔獣は結構倒せるのよ」

「それはそうでしょう」


相手の爪も牙も届かない空から攻撃を降らせられれば大抵の敵は倒せるはずだ。

それは何も魔法でなくとも良い。

矢でも槍でも良い。

ただし、今回のあの鋼の鳥だけはそれでは無理だった訳だ。


「さすがに魔獣の方に飛ばれて、しかも魔法を当てるのも難しいってなるとちょっとね。前からもっと剣や弓を使う人を集めて、集まった人たちの腕を上げるようなフォローもって動いているんだけど、一度噂が広まるとなかなかね」


この街はどうやら戦士系の人からはあまり良く思われていないらしい。

その結果、益々魔法使い系の人ばかりが集まり、戦士系の人は離れていく。

豊かなようで、この街にも色々な問題があるようだ。

ここのギルドが狭いのも、もしかしたらそのせいなのかもしれなかった。


「まあ良いわ。それで?私はどうすれば良いのかしら?」


そう言うと彼女はニヤリと笑い、実は、と前置いて2枚の書類を出した。


「もうほとんど用意しちゃってて、今日来なかったら宿を探して呼びに行くつもりだったのよね」


そこには既に、私に対する弓を教えるという依頼書と、そして教わる側に向けた告知が記されていた。

思わず息を吐いた。


「用意が良いのね」

「まあね。そうじゃなきゃ、ここじゃ働けないから」


言われるままにサインをした。

これで明日からひとりでも人が集まれば、毎日人に教える事になる。


「今日は特に何も無いのね」

「無いわ。ゆっくり休んだら」


そう言って、眼鏡の小人は自分の頬を指差した。

思わず私も手を自分の頬に当てた。

そこに残った痣はまだ消えていない。


「そうね。それじゃあ、また明日来るわ」

「よろしくねー」


ギルドを出た。






「ええー、良いなぁ。私なんて、食堂の給仕ですよ」


どうやらあまり良い仕事は無かったようだ。

お互いに荒事禁止で探せば、たくさんお金をもらえる仕事はおそらく無い。

そう考えていたのに、私の方はそれなりに高い報酬が貰えるようだ。

勿論、何人集まるかにもよる。

それでもリデルに比べれば、かなりの差があった。


「まだ上手くいくとも限らないわよ」

「1日で生徒が誰もついてこれなくなるんですね。分かります」


そう言うとリデルは笑った。


「モリーアンが出来ると思う事を、誰でも出来ると思ったら駄目ですよ。私からのアドバイスです」

「ちゃんと人は見ているつもりよ」

「モリーアンはろくでもない人か、凄腕の人か、普通の人かの3種類でしか人を見ていないと思います」


失礼な。


「そんな事はないわよ。それだとリデルはそのどれにも当てはまらないわ」

「え?そうなんですか?自分では普通の人のつもりなんですけど……」


私程度の魔法を使える人なんて、この街だとごろごろいますし。

そう続けるリデルの声はちょっと落ち込んでいた。

どうやらギルドで何か言われたようだ。


リックを思わず見ると、リックは部屋の隅であくびをしていた。

あまり興味ないのだろうか?

手を振って、呼んでみたけれども、そのまま伏せて見上げるように私を見るだけで、近づいて来なかった。

あまり機嫌が良くないのかもしれない。

置き去りにした事をまだ恨んでいるのだろうか?


「リデルはリデルよ。誰かと同じとか違うとか、そんな事を比べても仕方無いじゃない」

「そういう考え方が普通は出来ないんですってば」

「良く分からないわね」


普通。

あまり良く分からない。

いや、言葉としては分かる。


「私はリデルと会う前は、ひとりでいるのが普通だったわ」


そういえば、彼の事はリデルに話した事があっただろうか?


「庭で少しの作物を育ててたけれども、それだけじゃ足りないから森に行って食べる物を探して、無ければ川へ行って、家に帰れば食事の用意。日が落ちれば眠るだけ。それが私の普通」


リデルの顔がぎょっとした表情になる。


「それって」

「ずっとそういう生活をしていたわ。それが変わったのは、彼に会ったからよ」


ナイフを取り出す。

それをリデルに見せる。


「名前はスルゲリ。彼に会うまではずっと世界に他人がいるなんて事を忘れてたわ」


出会いと別れ。

私はそれをリデルに話した。






話し終えると、リデルの目には涙が浮かんでいた。


「彼にとっての普通は何だったのかしらね」


今でも彼が望んでいたのが何なのか、良く分からない。

彼がいたから家を出た。

彼がいなくなったから街を出た。

それが今ではこんな遠くの街にいる。


何だかそれがとても不思議に思えた。


「私は」


リデルは、そこまで口にして、そこで口を閉ざした。


「何?」


なかなか続きを口にしない。

そんな私たちの間にリックがとことこと歩いてくると、そこでお座りして私たちを見た。

私はリックを撫でてあげながら、待った。


「私は邪魔じゃありませんか?」

「どうしてそうなるのよ」


彼女の目に涙はもう無い。

そこには決然とした表情が浮かんでいる。

どうにもおかしな風に取られたようだ。


「今の私の普通は、あなたと、リックと、リリアンヌといる事よ」

「モリーアン」


リデルは黙ったままだった。


その日は静かに夕食を食べ、そしてそのまま眠りについた。

合成弓ビフォア・ザ・ウィンド

冒険者の矢籠ビフォア・ザ・ウィンド


祭儀用の剣

スルゲリのナイフ


左手:黒水牛の小手

右手:黒水牛の小手


牛革のベルト

鹿革のブーツ

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