実体無き魔獣
「だから、レイスとかゴーストみたいな実体の無い魔力体と、ゴーレムのようなかりそめの肉体を持った存在の間の子みたいな魔獣なんですよ」
宿の一室でリデルの講義は続く。
しかし、それはほとんど意味を成さなかった。
聞いた事も見た事も無い存在の話を引き合いに出されても、全く理解出来ない。
「例えば砂で造られたゴーレムなら存在の核たる媒介を壊せば、力場が失われて形を維持する事が出来なくなります。ゴーレムはあくまでも力場の中につめこまれた砂であって、砂そのものは体ではありません。本当に体と呼べるのは核となっている媒介だけです。だからこそ、それを破壊すれば倒せます。でも、オセロットに存在の核たる媒介はありません。それはレイスやゴーストと一緒で自らの体を形成する力場そのものが核になっているからです」
「要は空気が意識を持っていて、しかもその空気自体が体ってことでしょう。でもそれなら空気をばらばらにすればやっぱりダメージを受けるのではないの?」
「その空気をばらばらにする事が、普通の武器で攻撃しても出来ないんですよ。力場そのものの繋がりを破壊するには強力な魔力による干渉が必要になります。勿論、多少なりとも崩された部分の修復に魔力を使いますので、ダメージがゼロとは言えませんが、その方法で倒すには何日続けたら良いのか分かりませんって」
その後もリデルの講義は続いて。
「とにかく、殴っても斬っても穿っても駄目なのは分かったわ」
そうなると、私がやれる事は少ない。
「つまり、武器が必要って事なのね」
「だから、最初に言ったじゃないですか」
なるほど。
確かに言っていた。
「一応、私の持ってるの、見てもらえる?」
万が一にもそうだったら。
そう思い、剣をテーブルの上へと置く。
リデルはそれに触れ、そして首を振った。
「特に何も感じません。素材も普通の物だと思います」
中には魔力を通しやすい素材もあるようだ。
「それならモリーアンの魔力を通して、多少なりともダメージを与えられる状態にする事は出来ます」
そう言われても、これは違うのだ。なら仕方ないだろう。
弓矢は工房で渡された物なので、そういう物じゃないのは間違い無い。
「これは?」
腰からナイフを引き抜いて見せる。
それにも同じように触れて調べて、そしてリデルは首を振る。
「そう。駄目ね」
他には生活に必要な物ばかりで役に立ちそうな物は無い。
せめて魔石があれば違ったのだろうか?
しかし、あれはリデルの杖を作るのに全て使ってしまった。
そこまで考えて思い出す。
「これはどう?」
荷物の中をかき分け、1枚の板を取り出した。
「それは……」
リデルは手を触れもせずに黙った。
前にも一度見てもらっている。
つまり何だか分かっているという事だ。
竜の鱗。
普通の武器では傷つけられない異常な硬さ。
前にもこれについて、魔力がどうこうと言っていたような気がする。
「どうなの?」
「竜の鱗は膨大な魔力を閉じ込め、それを内向きに構成する事でとてつもない強度を発揮します。その硬さを維持するために、常に周囲の魔力を集めて中へと封じる特性がありまして、それをうまく使えば効果が見込めるかもしれないんですが……」
話しつつも、段々とその口が重くなっていく。
「ですが?」
「竜本体から剥がされると、その効果は薄まります。そんなにたくさんの魔力を一度に吸い取ったりはしないんです。ですので、それを直接オセロットに打ち込んだとしても、大きなダメージにはならないと思います」
駄目なのか。
リデルは言葉を続ける。
「ただ、オセロットは多分、それを吸収する事は出来ないんじゃないかって思うんです。オセロットは食べた命を魔力へと分解して吸収します。ですが、竜の鱗を分解するには特殊な魔法でも使わない限り、普通無理だと思うんですよね」
「分解出来ないとどうなるのかしら?」
その質問にリデルは首を振った。
「分かりません。ただ吐き出して終わりのような気もします。でも、もしも吐き出せなかったら、その異物が楔の役目を果たすような気もするんですよね」
「楔?」
「ええ。つまり、強制的に実体として世界に繋ぐ事が出来るような気もします」
それはつまり普通の武器でも効果があるようになるという事だろうか?
私の表情が期待したものになったのを見たリデルが、あ、と口を開けた。
「勘違いしないで下さいね。それでも普通の武器じゃ駄目ですよ。単に魔法の通りが良くなるっていうだけです」
「そう。残念ね」
一応、竜の鱗を持って行く事にした。
もしかしたら、ただ食べられて、何の変化もなく、なくしてしまう事になるかもしれない。
それでも、何かが起こる事を期待する事にした。
「良いんですか?」
「良いのよ。どうせ何に使う宛てがある訳じゃないんだから」
そう言うと、リデルが変な顔をした。
「何?その顔?」
笑う。
「酷いですね!感動してるんですよ!」
やっといつものリデルに戻った気がする。
実際には、何もかもがいつも通りではないのだろうけれど。
でも、リデルはさっきよりもずっと良い表情をしていた。
一度、弓工房に顔を出して、その後に牧場へと向かった。
着いたのは夜だった。
魔法を使えない戦士もかなりの数が集まっている。
集められた人はすべて、以前に見た大きな建物の中の大きな広間のような部屋へと通された。
どうやらこの建物は馬や牛を育てている厩舎と、ここで働く人達やここを守るために雇われた人が泊まるための施設が合わさっているらしい。
集まった人達はそれぞれに小さな集まりをつくって、小声で話し合っている。
聞くとも無しに聞くと、魔獣の特性の事を知っている者が半分、知らずに取りあえず駆けつけた者が半分といった所だろうか。
誰が魔法を使えて誰が使えないのかは、この時点では私には分からない。
特に誰かが場をまとめる事もなく、時間だけが流れた。
やがて、昼過ぎから来ていたらしい豚顔の男が騒ぎ出す。
「いつまで待たせるんだ。せっかく駆けつけてやったのに、何の説明も無しにただ待たせやがって」
それに同調し一部の者達が騒ぎ始める。
「これ以上、待たせるってんなら俺はもう帰るぜ」
最初に騒ぎ始めた豚男の一言で、急に場の温度が上がる。
同調し、ここまで来て待たせたんだから、その手間賃を寄越せとさらに騒ぐ者達。
それをなだめ、もう少しくらい待てないのかと取りなそうとする者達。
そして、そのどちらにも加わらず、静かに佇む者が極少数。
リデルが見せた、あの美しいまでの決意を感じさせる者はあまりにも少ない。
まるで冒涜されたような気すらした。
黙れ。
一度、心の中で呟く。
リデルが何かを察したかのように私を見た。
そして私ははっきりと声にする。
「うるさいわね。決意が無いのなら帰りなさい」
場が静まった。
静まった部屋の中を見回す。
感情を消し、観察する。
私をほうけたように口を開けて眺める者、顔を赤くし目に暴力の意志を宿す者、そして面白いとでも言うように口の端で笑む者。
他人に左右されずに戦う決意を持った者はあまり多くは無さそうだ。
間抜け面ばかりが並んでいる。
「おい!そこの小娘!誰に向かって物を言っていやがる!」
最初に騒ぎ出した豚男が足音を立てて向かってくる。
いかにも間抜け男が言いそうな科白につい笑ってしまった。
「モリーアン」
リデルが咎めるように声を掛けてくる。
戦う意志の無い者が集まっていては、戦いの場面で邪魔になる。
豚男はいつかの護衛で何も出来なかったあの男にそっくりだ。
言葉も、そして動きも。
そこにはわがまま程度の意志しか感じない。
まるで蛮族だ。
私はこんな奴に足を引っ張られたくはなかった。
「良いのよ。こんな間抜けが場を仕切り出したらそれこそ最悪」
「てめぇ!」
豚男が拳を振り上げた。
それはなんて鈍い動作。
振り上げきる前に、軽く踏み出しただけで豚男の懐に入り込めた。
「な」
豚男の表情が怒りから驚きに変わる。
豚男の背は私よりも少し高い。
しかし、手は十分にその首へと届く。
短いその首は鎧われてはいない。
「ぐ」
その首へと私は手刀を突き入れた。
首に手を当て、豚男は崩れ落ちる。
そして激しく咳き込んだ。
咳き込みながらも私を睨もうとする。
その程度の意志はあるらしい。
しかし。
「帰りなさい。もしも私の邪魔をするっていうのなら、次は抜く」
腰のナイフに手を当てる。
それを見ると、豚男の顔は今度こそ恐怖に歪んだ。
豚男は逃げるように立ち去った。
豚男のもともとの知り合いだったのか、それを追うようにさらに何人かが部屋から出て行く。
確認はしなかったけれども、あの中に魔法を使える人がいたとしたら戦力の低下だ。
しかし、この程度の事で逃げ出すようなら、最初からいない方がマシだろう。
「逃げるなら今よ。魔獣を相手にするのに、戦い始めてから逃げられるなんて思わない方が良いわ」
静かに、でもはっきりと言う。
そして私は黙った。
豚男とのやり取りと、そして私の最後の言葉を聞いて、さらに何人かが出て行く。
「何だか詳しそうだな」
声を発したのは1羽のフクロウだった。
壁際で目を瞑っていたフクロウが羽を広げると、私のすぐ前へと飛んでくる。
驚いた。
てっきり、私たちがリックを連れているように、誰か飼い主がいるのかと思っていた。
「ああ。なんか失礼な事を考えていそうだな。だが、私は心が広い。許そう」
大きなフクロウだ。
私の背の半分くらい。
どう見てもフクロウとしか言いようが無い姿。
ただ、普通のフクロウと違っているのは頭に金色の冠を被っていた。
「それじゃあお嬢さんに場を仕切ってもらおうか。お嬢さんが間抜けじゃない事を証明してくれたまえ」
そう言うと、笑うように目を細めた。
後に残ったのは、フクロウも含めて、最初から我関せずを決めていたであろう5人と、あまり頼りになりそうにない気弱そうな数人だけだった。
魔獣が北の森で確認された事。
ひとりを残して調査に向かった者はみんな死んだ事。
今は斥候が出ていて、それが戻ってくるのを待っている事を伝える。
その程度の事は、残った者は既に承知しているようだった。
リデルに譲り、魔獣の説明をしてもらう。
「そのオセロットという魔獣を私は知らない。いや、ここにいる誰も知らないようだ。本当にソイツなのかな」
フクロウが疑問を口にする。
「違っているなら、それに越した事はありません。その時には普通の攻撃も効くので、より簡単に倒せるでしょう」
リデルの言葉に継いで話す。
「その場合は私が責任を持って倒すわ」
「お嬢さんが?確かにそれなりに場数は踏んでいるようだけどな」
口にしたのはカボチャ頭の奇妙な男。
男と断じたのは声がそうだった。
使い込まれた黒い金属鎧と、深い青のマントがいかにも手練のように見える。
カボチャの目は、三角形にくり抜かれた穴。
その中は闇で何の感情も窺い知れない。
しかし、その言葉は疑問ではあっても、嘲りではなかった。
カボチャの疑問には、前に頭は猿、体は虎の化け物と戦った事があると伝えた。
「キメラか」
「それが本当なら、何も文句は無い」
フクロウがホーと感嘆するように鳴いた後に続け、カボチャもあっさりと引き下がった。
「もしかして、お嬢さんは賞金首のオーガをやったっていうアレか?」
今度はフクロウと同じくらいの背の、鎧に身を包み、兜でほとんど頭を覆った男が話す。
その兜には左右に三角形の突起があり、そしてその前面は開いていた。
そこに収まっているのは猫の耳。
そしてその顔も猫のそれだ。
手で兜の間から伸びたひげを撫でている。
その手は猫のものにしては指が長く、人のものにしては獣っぽい。
「私ひとりじゃないわ。リデルがいたから、それにリックもいたからよ。あと、そのお嬢さんって言うのはやめて。モリーアンよ」
私の言葉に、今まで何も言わなかった犬頭の男と、ひとつの頭に3つの顔がある男が、おぉ、と声を漏らした。
「何にせよ、後は斥候が戻ってくるのを待つ事ね。情報が無い事には動きようがないわ」
そう言って、締めようとすると、リデルが声を上げた。
「あ、待って下さい。魔法を使える方っていらっしゃいますか?」
その言葉に、フクロウとカボチャ、それに猫男が応えた。
「じゃあ、どんな魔法が使えるか教えてもらっても良いですか?」
リデル達はそこから実際にどう戦うかの検討に入った。
私と犬頭と3面男は部屋の隅に腰掛けてその話を聞き、気弱そうな数人もその周りでおどおどとリデル達の話を聞きつつ、ただ静かに待った。




