天使ですよ
【Vol.13:She is my guardian angel】
大学受験も失敗、親に呆れられ、
なんとか入った滑り止めの大学
4年間で卒業し、やっとのことで掴んだ就職先は
第三志望の中小企業だった
3年前に結婚
子どもが一人
でも、妻は浮気をして、そのまま離婚した
子どもは、妻の養育に入った
それから、何もやる気が起きなくなり、
僕は、会社も辞めてしまった。
ミンミンと煩くセミが鳴く
開けっ放しの窓からは、生暖かな弱い風が入ってくるだけ
汗だくで寝ているアパートの一室
傍らのちゃぶ台の上には、
ついに行くことがなかった同窓会の案内ハガキがあった
『仕事を探しに行かなければならない』
そんな事は分かっている
『何か動き出さなくてはいけない』
そんな事は分かっている
自分の人生は失敗ばかりだった
会社でも大した働きもできなかった
必要ともされなかった
世界は、夏を迎えている
季節は巡る
僕が、どんな風になっても
構わず地球は回っている
気のせいか、ミンミンゼミが静かになってきた
いや、同じか…
夕暮れが迫り、宵闇に包まれ
僕はついに空腹に耐えかねて、外に出た
最低限の身だしなみ
つっかけで、いつもの歩いて7分のコンビニ
昼食でも夕食でもない、何食かわからない食事を買う
帰り道、ふと妙な気配に気づいた
人通りなどほとんどないアパートへの道
僕の後ろに誰かがいた
次の日、同じように、コンビニに行った
夜、八時くらいだっただろうか
その時も妙な気配がした
誰かが自分についてくる
その次の日も
次の日も
5日くらいしたとき、とうとう僕は
そいつを確かめることにした
曲がり角で待ち伏せ
そいつが来たときに飛び出した
「ひゃあ!」
突然飛び出した僕に、そいつは驚いて声を上げた
20代後半?
僕と同じ年くらいの女性だった
ノースリーブに近い白いブラウスに
紺のフレアスカート
シンプルな服だった
ショートボブの髪
驚いて、目がまんまるだったが、美人な部類だと思った
「誰?」
思っていたことが声に出てしまった
その女性は右へ左へ目を泳がす
えと…
「なんでついてくるの?」
あの…
「なんか用?」
畳み掛けてしまった
あの…その…えっと
わ、私、…そう!天使なんです
「はい?」
目が点になった
おかしな人と関わりになってしまったのだろうか?
いや、別に自分は何もしてない
勝手についてきたのだ
ヤバい、ちょっと可愛いけど、ストーカーか?
天使で…そう!
ちょうど、今、キャンペーン中で、
願いを叶えようと、困っている人を募集中だったんです
それが彼女との出会いだった
彼女はその後も、色々説明してくれた
自分は天使で
だけど見習いで
困っている人を助けるように神様に言われて
それで、今ここにいて
それで、僕に目をつけた
と
困っている、と、言えば困っている
ただ、変な人に関わりたくはない
僕は、黙って自分のアパートに向かって歩き始めた
無視が一番…
あの!
自称天使が背中に声をかけてくる
明日も、ここにいますから
困っていることがあったら、言ってください
怪しい者じゃありません
いや、怪しいって
次の日、果たして彼女はコンビニ前にいた
僕に手を振る
僕は無視して、コンビニに入った
帰り道、彼女は追いかけてきた
僕は何も言わずに、家まで帰る
窓からそっと見ると、彼女はちょっとだけ僕の部屋を見上げて
そして、帰っていった
そんなことが数日続いた
ついに根負け
僕は、彼女を、近所のファミレスに誘った
「ねえ、なんで毎日来るの?」
私、天使ですし。
困っている人をほっておけないですし
「俺、困っている?」
ええ、
「なんで分かるの?」
なんと…なくです
彼女は一生懸命だということは分かった
それが分かって
不覚にも、僕は
自分の悩みを、思いを話してしまった
何もうまくいかなかった人生
誰にも顧みられない小さい人間
妻と思った人間にも裏切られ
子どもにも必要とされない
一人で過ごした時間が澱のように胸に溜まっていた
言葉が口をついて出てくる
吐き出すように
吐き出すように
彼女はじっと聞いていた
そして最後に俯いた
話すことがなくなって、僕も俯いた
目の前で最後に頼んだコーヒーが冷めていった
次の日も、彼女は来た
そして、僕に仕事を探しに行こうと言った
なにか、資格を取ろうと言った
何かを目指して、歩こうとするのは久しぶりで
僕はそのやり方をすっかり忘れていた
上手くいかないなんてことないから!
彼女は僕の手を引いた
簿記とかいいんじゃない?
行政書士とか?
いやいや…勝手に決めるな
と言いながら、
彼女の持ってきたハローワークの資格取得支援の一覧に目を落とす
僕が遠慮がちに、事務系の資格を選ぶと
彼女は一段階高い目標を示す
結局、なんだかんだと話す中で、
なんとなく目標が決められてしまった
彼女は昼間から毎日僕の勉強と、職探しに付き合ってくれた
誰かが、こんな風に自分のために何かをしてくれること
それは、懐かしいような
初めてのような
そんな不思議な感覚だった
夏が終わり、秋が近づいてきた
夕暮れが涼しくなり始めた
ついに、僕の再就職が決まった
良かったね!
彼女は喜んでくれた
これで、悩みは少し解消されたわけだ
私も天使冥利に尽きるよ
彼女は微笑んだ
僕はお礼を言った
彼女は、天使だから、
これで、天の国に帰るのだろう
なんで彼女が僕のところに来たのか
わからないけれど、
きっと、もう、会うこともないだろう
僕はもう一度お礼を言った
そして、アパートに帰ろうと踵を返す
何故か、胸が痛んだ
分かってるんだよ…
でも、分かっていない
なんだって言うんだろう?
やっぱり気になった僕は
振り返った
「津島だろう?」
彼女はキョトンとしていた
「津島だろう?お前」
『いつ、思い出したの?』
だいぶ前からだった
彼女は、中学生の時のクラスメート
津島美優だった
もちろん天使じゃない
『私、自慢じゃないけど、
影薄かったし
倉島くん、最初わからなかったでしょ?』
確かに、分からなかった
もう10年以上経つ
特に女性は変わりようは激しい
でも、面影はあった
「なんで?」
なんで、天使だなんて変なことを言ってつきまとったのか?
『私、今、大学院生なんだ
一旦会社勤めて、
そこ、すっごい大変で、体壊してさ
1年位何もできなったけど、
もう一回、勉強しようって
大学院入った』
『私、中学生の時、いじめられてたじゃない?』
そうだ、津島はその時はメガネを掛けてて
本ばかり読んでいる子だった
確かに影が薄く、
いじめ、というより、仲間はずれになっていた
『でも、倉島くん
そんなのはいけないよって
一生懸命、クラス会で言った』
ああ、たしかに言った
クラスでいじめがあるのが耐えられなかった
その結果、自分も見事にクラスで浮いてしまった
すぐ卒業だったからよかったようなものの
俺の、黒歴史だった…
『倉島くん、
何にでも一生懸命で、
不器用だけどぶつかっていくタイプで
失敗してもめげなくて、すごいなって
引っ込み思案で、
友達ともろくにしゃべれない
私とは大違いだなって思っていた』
『この間、クラス会あったでしょう?
私、行ったんだ
倉島くんに会いに
私、会社辞めて、もうだめだーってなったとき
倉島くんのこと思い出したんだ
きっと倉島くんだったら頑張るだろうって
それで、大学院入り直した』
『そしたらさ、
噂で聞いたの、
倉島くんのこと
いても立ってもいられなくて、
家まで来ちゃったけど
どうしていいか分からず…』
自称天使は言葉を濁した
それで天使か…
僕は、空を見上げた
なんだか涙が出そうだった
彼女が就職を手伝ってくれたのは嬉しかった
一生懸命になってくれたのも嬉しかった
でも、僕にとって、一番嬉しかったことは
一番のキセキは
僕すら忘れていた僕を覚えていてくれた人いたこと
僕がいたことが、誰かの役に立っていたことだった
秋の夕暮れ
白い街灯に照らされた自称天使
彼女の存在は、
僕にとって、
天使が現れた以上の
本当のキセキだった




