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雷鳴世代  作者: 四園 辰
V1
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V1Ch3 神殿の主

二人の指先から同時に魔力が滲み出し、法陣の紋様に沿って、ゆっくりと巡り始めた。

淡い青色の光が、一気に高く立ち上り、二人の姿を完全に包み込んでいく。

「シュッ」——

一筋の閃光が走り抜けた。広場には、踏み荒らされた小さな一角の雪と、ゆっくりと光を失っていく法陣の紋様だけが、残された。

学院長は執務室の窓辺に立ち、その光が消えていった方向を見つめながら、長いため息をついた。

「これでようやく、少しは静かになるか……」

彼はそう呟くと、振り返り、床一面に散らばった惨状と向き合いながら、苦笑いを浮かべて袖をまくり上げた。

「修復よ、我に力を」

掌に浮かんだ光は、あの真っ二つに折れた水晶魔導灯に触れる前に、「パチッ」という音とともに、先に消えてしまった。

学院長はその場で固まったまま、しばらくして、さらに長く深いため息をついた。

「……どうやら、また修理部門に頼まなければならないようだな」

迷宮前の転送陣は、帝国東方国境にある、荒れ果てた丘陵地帯に設置されていた。

あたりは見渡す限り何もなく、まともな木の一本さえ立っていない。地面には、まるで巨獣の鋭い爪で引き裂かれたかのような、深い溝がいくつも刻まれたまま残っていた。

淡い青色の光が消え去ると、伊達と天羽の姿が、法陣の中央に、再び形を成した。

「随分、待たせたな」

低く力強い声が、そう遠くない場所から響いてきた。

声の主は、体格のがっしりとした中年の男だった。裾に泥がまだこびりついた軍用マントを身にまとい、腰には並外れて太い大剣を提げ、眉の上を横に走る古傷が、彼の全体の印象を、いっそう荒々しいものにしていた。

それでいて、顔に浮かぶ笑みは、意外なほど朗らかで、噂に聞く帝国軍の、高慢な貴族将官たちとは、まるで似ても似つかなかった。

「俺はフィッシャーだ」彼は大股で歩み寄り、節くれだった手を差し出した。「東部防衛線の指揮官で、今回の迷宮の掃討は、俺が指揮を執る」

天羽が真っ先に手を伸ばし、握手を交わした。笑顔には、まったく気負ったところがなかった。

「天羽希亜です。よろしくお願いします、フィッシャー将軍」

「お噂はかねがね」フィッシャーは朗らかに笑うと、次に、傍らで一言も発しないまま立っている少年へと視線を向けた。

「お前が例の……一太刀、いや、一発の雷で、B級モンスターを叩き伏せたっていうガキか?」

「……ああ」伊達は簡潔に応じただけで、手は差し出さなかった。

「ずいぶん、そっけないな」フィッシャーは片眉を上げたが、別段気を悪くした様子もなく、自分から手を引っ込めた。「まあいい、雷神様の噂は、俺の耳にも入ってるからな——教授の呼び方すら面倒くさがるらしいじゃないか」

「……お前らの情報網は、いささか発達しすぎじゃないか」伊達は横目で天羽をちらりと見やり、その口調には、珍しく、いくらかの諦めが滲んでいた。

「私のせいじゃないでしょ」天羽は即座に両手を挙げ、無実だと言わんばかりの顔をした。「あなたが有名すぎるだけよ」

フィッシャーも特に気にした様子もなく、手を引っ込めると、豪快に笑い声を上げ、振り返って、背後に整列している兵士たちに向かって、手を振った。

「行くぞ、時間の流速は誰も待っちゃくれない」

一行が迷宮の入り口に足を踏み入れた瞬間、周囲の光は、一気に幾分か暗くなった。

洞窟の内壁には、うっすらと不気味な紫色の蛍光が、呼吸のリズムに合わせるように、見え隠れしながら明滅していた。

「B級迷宮なんて、久しぶりに出たもんだ」フィッシャーが先頭を歩きながら、手に魔導灯を掲げ、感慨深げに言った。「前に見たのは、俺がまだ若い頃だったな」

「一昨日もこの近くでモンスターが出たらしいから、早めに片付けておかないとな」彼は付け足すと、足を止めることなく続けた。「監視所の話じゃ、魔力波動は予想以上に不安定らしい。中の核が、もう『捕食』を始めてる可能性が高いな」

「捕食?」天羽が興味深そうに首を傾げた。

「迷宮の核は、中の生物が死んだ後に残る魔力を吸収して、自らを強大にしていくんだ」フィッシャーが説明する声には、数々の戦場をくぐり抜けてきた者ならではの落ち着きがあった。「ある程度まで肥大化すると、『溢れ出す』ようになって、より多く、より強いモンスターを生み出し始める。核を処理するか、迷宮自体が完全に崩壊するまで、それは続く」

「あまり、いい話には聞こえないわね」

「だからこそ、お二方に来ていただいたわけだ」フィッシャーはガハハと笑い、傍らの若い兵士の肩を叩いた。「若いの、遅れずについてこいよ」

一行は、細長い通路を、ゆっくりと進んでいった。

紫色の蛍光が、彼らの足取りに合わせるように、道の先へと蛇行しながら続いていく。

伊達は隊列の中ほどを歩き、終始一言も発することなく、視線だけを、それとなく周囲の岩壁と地面へと巡らせていた。

天羽は彼の傍らに並び、軽やかな足取りで、まるで目の前のいつ人を呑み込んでもおかしくない迷宮に、何一つ緊張すべきことなどないとでもいうように歩いていた。

「そういえば」彼女は首を傾け、声を落として言った。口調には、いくぶんいたずらっぽい笑みが混じっていた。「さっき転送陣のところで、『疲れた』って言ってたけど——あれ、昨日のことを言ってたの?」

伊達の足取りが、ほとんど気づかれないほどわずかに、止まった。

「……お前には、関係ない」

「あら?」天羽は片眉を上げ、面白がるような口調で言った。「その反応、当たったみたいね」

「お前は暇だな」

「まあね」彼女は肩をすくめ、まったく気にしていない様子だった。「幸い、私は根気強いから、あなたが話さないなら、勝手に想像するだけよ。さっき私が頭の中で考えた版、いくつか聞いてみる?」

「いらない」

「一つ目の説は、昨日あなたが執務室で、うっかり学院長の一番大切なコレクションを——」

「違う」

「はいはい、わかったわかった」天羽は両手を挙げて降参したが、笑みは少しも収まらなかった。

二人がそんなふうに、なんとはなしに軽口を叩き合っていたその時——

「危ない!」

前方を歩いていた一人の兵士が、突然、鋭く叫んだ。

通路の奥、その濃い影の中から、猛然と巨大な黒い影が飛び出し、生臭い匂いを漂わせながら、何の前触れもなく、隊列の先頭へと激しく襲いかかった。

それは、全身を濃い灰色の鱗甲に覆われ、四肢が木の幹のように太い巨獣だった。瞳には不気味な赤い光が揺らめき、巨大な爪が、風を切る音とともに、最も近くにいた兵士へと、まっすぐに振り下ろされた。

「うわあ——!」

その兵士は反応が間に合わず、その力にまともに弾き飛ばされ、背中を岩壁に激しく打ちつけて、うめき声とともに、苦しげに体を丸めた。巨獣の鋭い爪は、すでに高々と振り上げられ、今にも、容赦なく振り下ろされようとしていた。

「どけ!」

フィッシャーが大声で一喝すると、その体は疾風のように飛び出し、腰の重厚な大剣が、「カーン」という音とともに鞘走った。剣光が一閃し、巨獣のその渾身の一撃を、真っ向から受け止めた。

金属と骨甲がぶつかり合う轟音が、狭い通路の中に、激しく響き渡った。

フィッシャーの両足は、地面に二本の深い溝を、そのまま刻みつけた。虎口はしびれるほどに震えていたが、その顔には、それでもなお、戦意にあふれた笑みが浮かんでいた。

「まったく、礼儀ってものを知らない奴だな」

彼は低く一声唸ると、腕に一気に力を込め、体ごと剣ごと、巨獣の爪を勢いよく弾き返した。その勢いのまま体を寄せ、剣先を返して、巨獣の脇腹へと、鋭く斬りつけた。

巨獣は痛みに、耳を つんざくような咆哮を上げた。分厚い鱗甲に、骨まで見えるほど深い傷が走り、血が紫黒色の体液と混ざり合いながら、どくどくと流れ出した。

兵士たちは素早く前に出て、負傷した仲間を、安全な後方へと引きずり下げた。

その戦闘全体は、ほんの数瞬のことだった。

伊達は、最初から最後まで、ただその場に立っていた。

両手は相変わらずコートのポケットに突っ込まれたまま、その表情は、まるで目の前の生死を賭けた戦いが、自分とはまったく無関係な茶番でもあるかのように、静かなものだった。

彼はただ、静かに見つめているだけで、その瞳には、焦りの色も、手を出そうという意志も、微塵も浮かんでいなかった——まるで、この程度の脅威に、自分が動く必要などないと、最初から確信しているかのようだった。

そして、彼の傍らでは。

天羽の唇が、いつの間にか、ゆっくりと開閉し始めていた。紡がれていくのは、伊達にすら馴染みのない、一連の音節だった。

それは、彼の知るどんな詠唱体系にも、当てはまらないものだった。

決まった詠唱の型もなければ、魔力を積み上げていくような痕跡も、一切見当たらない。

それはむしろ……宣言、と呼ぶべきものに近かった。

彼女の両手は、いつの間にか、極めて淡く、ほとんど透明な白い光暈に、優しく包まれていた。

「規則は、私によって生まれる」

彼女は静かにそう言った。その口調は、戦闘の最中とは思えないほど落ち着いていて、まるで、何か目に見えない存在と、ごくありふれた対話を交わしているかのようだった。

「これはおそらく……彼女の法則の力だ」

伊達の目が、わずかに細まった。頭の中には、無意識のうちに、ずっと昔に封じ込めていたはずの、ある記憶が浮かび上がってきた。

「A級魔法師になるか、剣術を十年練り上げれば、自分だけの『法則の力』を手に入れられるチャンスがあるんだよ」

その年の冬、暖炉の薪が、パチパチと音を立てていた。クロエは揺り椅子に丸まりながら、分厚い書物をのんびりとめくり、まるで語り部のような、ゆったりとした口調で言った。

「何気なく放つ魔法の一つかもしれないし、鋭く研ぎ澄まされた剣技の一つかもしれない。それどころか……」彼女はわざと語尾を伸ばし、足元に座って目を輝かせながら聞いている伊達に、片目をつぶってみせた。「天地を滅ぼすほどの大技、って可能性もあるんだからね!」

「そんなに恐ろしい力が、本当にあるの?」幼い伊達は思わず身を乗り出し、その瞳には憧れが満ちていた。

「かもね」クロエは軽く笑い、手を伸ばして、彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。「いつか、世界がそれを許してくれたなら、の話だけど」

「じゃあ、先生のは何なの?」

クロエは一瞬、動きを止め、それから、その笑みに、かすかな、自嘲めいた色を滲ませた。

「私には、まだないよ」彼女は肩をすくめた。「先生も、しょせん、ごくふつうのB級魔法師にすぎないもの」

「大丈夫だよ!」伊達は考えるより先に、大きな声で言った。小さな顔には、真剣そのものの表情が浮かんでいた。「僕は先生が一番好きだから。B級でも、C級でも、関係ないよ!」

クロエは一瞬呆気に取られ、それから、堪えきれずに笑い声を上げると、彼をぎゅっと抱き寄せ、その毛羽立った髪の頂に、そっと顎を乗せた。瞳の奥には、彼女自身すら気づいていなかったであろう、深く、温かなものが、静かに広がっていた。

「そう……」

「なら、私はもっと、ちゃんと生きなきゃね」

記憶は、潮が引くように、静かに遠ざかっていった。

目の前にあるのは、天羽の落ち着いた、それでいて揺るぎない横顔と、いまだ咆哮を上げ続けながら、白い光に少しずつ絡め取られていく巨獣の姿だった。

「規則、成立」

天羽の声は、決して大きくはなかったが、異様なほどはっきりとしていて、一言一言が、まるで本当に、この世界に対して、抗うことのできない法則を、宣告しているかのようだった。

その瞬間。

先ほどまで牙を剥き、獰猛さをむき出しにしていたあの巨獣が——

まるで、どこかのスイッチを押されたかのように、全身の動きを、一斉に静止させた。咆哮の途中だった喉さえも、宙に凍りついたまま、ぴくりとも動かなくなった。

その真紅の獣の瞳には、当惑と困惑だけが満ちていた。まるで、なぜ自分が今、身動きが取れなくなったのか、まったく理解できていないかのように。

「好機は、一瞬だ」フィッシャーの目に鋭い光が走り、彼は迷うことなく、地面を強く蹴った。その体は、弦を離れた矢のように、勢いよく突っ込んでいった。

重厚な剣先が、全身の力を込めて、巨獣の喉を、深々と貫いた。

「ふう——」

フィッシャーは長く息を吐き出すと、剣を引き抜き、後ろへ下がり、しっかりと地に足をつけて着地した。

その巨大な獣は、全身が、目に見える速さで、うっすらと光を帯びた黒い塵となり、空気の中へと、音もなく、跡形もなく消え去っていった。あとには、まだ乾ききっていない、暗い赤色の血だまりだけが、残された。

通路には、再び静けさが戻ってきた。

残っているのは、九死に一生を得た兵士たちの、荒い息づかいと、魔導灯の、頼りなく揺れ続ける、薄暗い光だけだった。

「回復よ、我に力を」

同行していた治癒担当の兵士が、急いで前に出て、巨獣に傷つけられた仲間の傍らにしゃがみ込むと、掌に浮かんだ淡い緑色の光を、いくつも重ねながら、すでに紫がかって腫れ上がった背中と肩の皮膚を、覆っていった。

「うっ……だいぶ楽になった」その兵士は長く息を吐き出すと、仲間に支えられながら、再び立ち上がった。顔色はまだいくらか青白いままだったが、大事には至っていない様子だった。

隊列がひと息つく合間、伊達の視線は、天羽が先ほど術を放ったその両手に留まり、珍しく、自分から口を開いた。

「さっきの技、何て言うんだ?」

天羽は一瞬、驚いたような表情を見せた。彼が自分から尋ねてくるとは思っていなかったようだった。そして、口元を、わずかに緩めた。

「裁決者」

「かっこいい名前だな」伊達が、簡潔に感想を述べた。

「まあまあね」天羽は肩をすくめ、いくぶんぞんざいな口調で言った。「要するに、規則を制定する魔法よ」

「魔力を、多く消費するのか?」

「場合によるわね」彼女は少し考えてから答えた。「制定する規則の合理性によるの。荒唐無稽な規則であればあるほど、払う代償も大きくなるわ」

「そうか」

「それだけ?」天羽はわざと語調を高くし、不満そうな顔をした。「私がこんなに丁寧に説明したのに、あなたは『そうか』の一言で片付ける気?」

「じゃあ、何て言えばいいんだ」

「せめて『すごいな』とか、『さすが天羽先輩』とか、何でもいいから、一言くらいちょうだいよ」

「……すごいな。さすが先輩」伊達は、抑揚のない声で、まるで台本を読み上げるかのように、そのまま繰り返した。

「……そんな言い方されたら、全然嬉しくないんだけど」

傍らで聞いていたフィッシャーが、二人のやり取りに、堪えきれず、低く笑い声を漏らした。

「お前ら二人の会話って、いつも半分くらい言葉が省略されてるんじゃないか?」

「……」伊達は彼をちらりと見やっただけで、返事はしなかった。

「彼はいつもこうなんです、将軍。慣れてください」天羽はため息をつき、「もう諦めた」とでも言いたげな顔をした。

「はっはっは、まあいいさ」フィッシャーは大きく手を振り、隊列を促して、迷宮の奥へと再び進み始めた。「行くぞ、あまり迷宮の中で長居はするなよ」

その後の道のりは、思っていたよりも、ずっと賑やかなものになった。

道中、次から次へと現れるモンスターたちに、誰もが揃って、眉をひそめた——ほぼすべてが、D級、あるいはE級程度の雑魚ばかりで、鋭い牙や爪こそ持っているものの、本当に「脅威」と呼べるような相手は、ほとんどいなかった。

「おかしいな」フィッシャーは襲いかかってきた狼型の魔獣を、一太刀で斬り伏せながら、独り言のように呟いた。「監視所は、確かにここをB級迷宮だと言っていたのに、どうして道中、ずっとこんな雑魚ばかりなんだ?」

「本命は、奥の方に隠れてるのかもね」天羽が軽く応じ、「規則、成立」と一言唱えるだけで、岩壁の隙間に潜んでいた、暗紫色の蜘蛛の群れを、一斉にその場に縫い留め、兵士たちに後始末を任せた。

「そうやってずっと使ってて、疲れないのか?」伊達が珍しく、追加でもう一言尋ねた。

「蜘蛛を説得する方が、あなたを説得するより、よっぽど楽よ」天羽は彼をちらりと見やり、からかうような口調で言った。

「……」

「あら、図星をつかれると、何も言えなくなるのね」

「相手にするのが面倒なだけだ」

「はっ!それこそ、後ろめたい証拠じゃない」

兵士たちも、あれこれと軽口を叩き合い、雰囲気は、意外なほど和やかだった。

「おい!また先に手を出したのはお前だぞ!」

「今回は貸しにしとけ、次はお前に譲るから」

「そういや、あの報奨金、まだ支給されてないよな?」

「黙って働け」

そして伊達は、最初から最後まで、相変わらず静かに、隊列の中ほどを歩き続けていた。

両手はポケットに突っ込んだままで、一度も、手を出すことはなかった。

それどころか、彼から三歩以内に、近づいてくるモンスターすら、一体もいなかった。

一人の若い兵士が、額の冷や汗を拭いながら、たまらず彼のそばに寄っていき、不思議そうに口を開いた。

「あの、その……なんでモンスターは、あなたのことを一切攻撃しないんですか?」

その場にいた全員の視線が、ほとんど同時に、興味津々といった様子で伊達へと向いた。

伊達はそう尋ねられ、珍しく、一瞬呆気に取られた。うつむいて自分の姿を見下ろし、それから顔を上げて周囲を見回すと、いかにも当然だと言わんばかりの、困惑した表情を浮かべた。

「知らない」

「知らない、って?!」その兵士は目を丸くし、信じられないという顔をした。

「もしかして」すぐさま別の誰かが口を挟んだ。声を落とし、いかにもからかうような口調だった。「前にあの雷を見て、近くのモンスターたちが、みんなトラウマになってるんじゃないか?」

「なるほど!もしかしたら奴らの間で、こっそり『黒衣の死神』の伝説が広まってたりしてな!」

「はっはっはっはっは!」

一斉に笑い声が、通路の中に、どっと湧き起こった。

天羽さえも、口元を手で覆いながら、肩を震わせて笑いをこらえきれずにいた。

「黒衣の死神……」彼女は小声でその名を一度繰り返し、笑みをどうしても抑えきれなかった。「この二つ名、雷神様よりも、いくぶん厨二病っぽいわね」

「……」伊達の表情は、相変わらず無反応そのものだったが、耳の付け根だけは、こっそりと、ほんのりとした赤みを帯びているようだった。

「黙れ」

「じゃあ、黒衣の死神様、って呼んで欲しいの?」

「……お前がさっき雷神様って呼んでた頃が、懐かしくなってきた」

「はっはっはっはっは!」

隊列がさらに奥へと進むにつれ、それまで空気を満たしていた紫色の蛍光は、次第に、より濃く、ほとんど血の色に近いほどの深紫に染まっていった。

足元の地面も、ざらついた岩肌から、次第に、不気味なほど滑らかな、黒曜石のような質感へと変わっていった。

「そろそろだな」フィッシャーの足取りが、いつの間にか、緩やかになっていた。顔に浮かんでいた笑みも、いくらか、影を潜めていた。

前方、通路が急に開け、まるでスタジアムほどの大きさを持つ円形の空間が、一行の目の前に現れた。

空間の中央には、人の頭ほどの大きさの、幽かな紫色の光を脈打たせる球体が、浮かんでいた。

そして、その核の両脇に。

一頭は、暗い金色の鱗に全身を覆われ、獅子のようにしなやかな体つきをしながら、半透明の蝙蝠のような翼を持つ巨獣が、静かに、とぐろを巻いて座り込んでいた。その瞳には、ただの獣とは思えないほどの、まるで値踏みするかのような、聡明な光が宿っていた。

もう一頭は、全身が漆黒に染まり、塔のようにとぐろを巻いた巨大な蛇だった。その額には、不思議な光沢を放つ暗い赤色の鱗が一枚、まるで何か古の刻印のように、埋め込まれていた。

「この二頭は……」フィッシャーは眉を強く寄せ、剣を握る手に、無意識のうちに、力がこもった。「妙だな、この気配は、並のB級モンスターのものじゃない」

その言葉が終わるより早く、あの金鱗の巨獣が、突如、両翼を大きく広げ、耳をつんざくような咆哮を上げながら、真っ先に襲いかかってきた。

激しい戦闘が、瞬く間に始まった。

フィッシャーと兵士たちは、黒蛇を必死に食い止め、天羽の白い光は、繰り返し、金鱗の巨獣へと投げかけられ、その法則の力で、なんとかその動きを封じ込めようとしていた。

金属のぶつかり合う音、咆哮、魔力が弾ける音が、入り混じって響き渡った。

そして伊達は。

依然として、傷一つ負っていなかった。

その二頭の巨獣が、どれほど牙を剥き爪を振るおうとも、彼らの攻撃は、常に、見えない結界にでもそっと迂回させられるかのように、伊達を避け続けていた。かすりもしなかった。

戦闘は、しばらく続いた。

金鱗の巨獣は、天羽の規則によって、繰り返し牽制され、次第に、劣勢の色を見せ始めていた。荒い息の合間、ふと、その獣の瞳が、まっすぐに、終始傍観し続けていた伊達へと、向けられた。

「神殿の主よ……」

低く、奇妙な抑揚を帯びたその声が、はっきりと、その巨獣の口から、紡がれた。

「なぜ……私を助けてくれないのですか?」

戦場にあった、あらゆる動きが、ほぼ同時に、凍りついたように止まった。

「神殿……」

伊達は、その言葉を、ぼそりと一度、繰り返した。眉が、わずかに寄せられ、瞳の奥に、彼自身にも馴染みのない、ぼんやりとした戸惑いの色が、一瞬よぎった。

「みんな、いったん止まれ」彼が唐突に口を開いた。声は決して大きくはなかったが、それでいて、有無を言わせぬだけの重みが、宿っていた。

それは、伊達が十一歳のときのことだった。

誰もいない石造りの部屋の中、彼は一人、端がすっかりすり切れたノートに向き合いながら、何度も何度も、剣の稽古を続けていた。

右手には、暗い赤色の光沢を帯びた短剣。

左手には、淡い黄色の紋様が刻まれた長剣。

一つ一つの型に合わせ、時折、小さく呟かれる呪文——物質、時空、波動、振動。まったく異なる四種類の魔法が、彼の手の中で、次々と巡り、彼自身にもうまく説明のつかない、奇妙な旋律を織りなしていた。

石室の壁には、彼には読み解けない、古めかしい銘文が、隙間なく刻まれていた。

彼は、いつだったか、誰かが口にしたのを、うっすらと覚えていた——ここは、確か「神殿」と呼ばれていた、と。

記憶が、一瞬の閃きのように過ぎ去っていった。

伊達の手が、無意識のうちに、コートの内ポケットへと伸びていた。

「空間よ、我に力を」

古めかしい造りの、全体に暗い金色の光沢を帯びた、鍵のような形をした一つの品が、聞き慣れた電流のような音とともに、静かに、彼の掌の上に、姿を現した。

その金鱗の巨獣と黒蛇は、その鍵を見て取った、ほとんどその瞬間——

そろって、攻撃の姿勢を解き、巨大な体を、ゆっくりと低く沈め、その場に、恭しく跪いた。

「……ん?」

戦場には、死んだような静寂が広がった。

フィッシャーは剣を杖のように突いたまま、大きく口を開け、しばらく閉じることを忘れていた。

兵士たちは互いに顔を見合わせ、一人残らず目を丸くしたまま、息をひそめていた。

「あれは……」黒蛇がゆっくりと頭を持ち上げ、その声には、信じがたいほどの畏敬の念が、滲んでいた。「この世に、たった一つしかない、S級迷宮の証だ」

「S、S級だと?!」フィッシャーの声が、裏返った。

傍らの天羽は、数秒間呆然としていたが、やがて何かに納得がいったように、「ぷっ」と噴き出した。

「どうりで、どうりでさっきここに入ってきた時から、ハエ一匹すら、あなたに近づこうとしなかったわけね」彼女はこめかみを揉みながら、なんとも言えない苦笑いを浮かべた。「黒衣の死神どころか……真の『神殿の主』様だったなんてね」

「……黙れ」

「はっはっはっはっは、いいえ、この二つ名の方が、さっきのより百倍は厨二病っぽいわ!いっそ名刺でも作ったら?『神殿の主 伊達瀧雪』って印刷してさ」

「お前はうるさい」

「後輩君、照れてるう、あはははは~」

驚愕と哄笑が入り混じった奇妙な空気の中、黒蛇はゆっくりと口を開き、同じく鍵の形をしながらも、全体に深い紫色の光を纏い、質感がまったく異なる一つの品を、吐き出した。

「これが……迷宮の核だ」黒蛇は、それを、そっと伊達の足元へと押しやった。

「これが、核か」伊達は身をかがめ、紫の光を帯びたその鍵を拾い上げると、小さく呟いた。その口調には、彼自身も気づいていないような、わずかな得心の色が滲んでいた。

一行は、驚きと疑問を胸に抱えたまま、再び迷宮の入り口へと足を踏み出した。

転送陣の前では、雪が、依然として、静かに舞い続けていた。

伊達は振り返り、様々な表情を浮かべる兵士たちとフィッシャーへと視線を向けた。口調は淡々としていたが、拒絶を許さない響きが、そこには宿っていた。

「みんな、口外しないでほしい」

誰も異議を唱えようとはせず、一人また一人と、真剣な面持ちで頷いた。

フィッシャーは彼の肩を軽く叩き、何か言いかけたが、結局は、意味深長なため息一つに変え、振り返って、隊列を率いて先に去っていった。

雪の上には、伊達と天羽、二つの並んだ人影だけが、残された。

「それで」天羽は語尾を伸ばし、にこにこと笑いながら、彼に近づいた。「この件について、何か言いたいことはあるの?」

「……説明するつもりはない」

「あら?このまま『神殿の主』のことを、一人で胸に抱え込むつもり?」天羽はわざと声を落とし、いかにも興味津々といった顔をした。「それでいいの?そんな大きな秘密を、抱えたままで」

「……何が言いたい」

「別に。ただ、あなたのその『神殿の主』も、万能ってわけじゃないのね、って思っただけ。自分のことすら、どう話せばいいか、わかってないみたいだし」

「お前とは、違う話だ」

「どう違うのよ」天羽は興味津々に問い詰めた。目には、面白い見世物を待つような光が浮かんでいた。

「……」伊達は数秒間、黙り込んだ。珍しく、すぐには言い返せずにいた。

「答えないってことは、認めたってことね?」

「……街に行く」彼は視線を逸らしながら、曖昧にそう言い捨てると、真っ先に歩き出した。その足取りは、いつもより、幾分か速かった。

天羽は目を瞬かせると、すぐに笑いながら、足早にその後を追った。

「あら?後輩君、私にご馳走してくれるってこと?」

「考えすぎだ」

「じゃあ、街に何しに行くのか、聞いてもいい?」

「……気分転換だ」

「気分転換に、私まで連れて行くの?」

「……黙れ。ついてくるのか、来ないのか」

「行くわ、もちろん行くわよ」天羽は目を細めて笑い、軽やかな足取りで、彼の歩調に追いついた。「どのみち、雷神様の気まずそうな顔を見るのは、なかなか面白いもの」

雪は、依然として静かに降り続け、次第に遠ざかっていく二人の、並んだ足跡を覆い隠していった。かすかに、道すがら軽口を叩き合う、遠ざかっていく話し声が、聞こえてくるようだった。

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