第86話 内なる敵
「この私を誰だと思っているんだ! 仲村統合幕僚長だぞ! この私が命じているんだ! 浜松市解放は必ず成し遂げてやる! お前らもついてこい!」
「……」
「まさか、この私の命令に逆らうのか? 軍法会議を覚悟するんだな」
「……わかりました」
「浜松市に向けて進撃だ!」
北島陸将による浜松市解放作戦は失敗に終わり、彼に部隊の進撃を命じた仲村統合幕僚長への責任論が噴出。
裏で多くの幹部たちが暗躍した結果、仲村統合幕僚長は身動きが取れなくなった。
その裏には、水無月市を解放したのに左遷された隅川陸将の動きがあったという噂だ。
彼は次の統合幕僚長最有力候補であったが、水無月市開放を一般大学出の戸高陸将補に助けてもらった件で、仲村統合幕僚長に嫌われた。
この功績で、戸高陸将補は一般大学出なのに陸将に昇進してしまったからだ。
戸高陸将は陸将補に昇進した時にも一悶着あり。『今後二度と昇進させない』という裏の条件を作ることで、陸将補に昇進できたという過去もあったくらいなのだから。
この件で隅川陸将のキャリアは終わったと思われたが、仲村統合幕僚長が自分の後継者と目した北島陸将が浜松市の解放に失敗、殉職してしまったことから流れが変わる。
隅川陸将が水無月市から指示を出し、仲村統合幕僚長はなにもできない無力な存在になった。
隅川陸将は、これ以上無駄な犠牲を出したくなかったからだろう。
あとはいつ、仲村統合幕僚長が勇退を口にするのか?
みんなが固唾を飲んで見守っていたところ、突然彼は動いた。
自分が動かせる者たちと共に、突如浜松市へと進撃を試みたのだ。
その動かせる部隊を率いる私は、完全にとばっちりである。
「(たとえ軍法会議になっても、命令無視をしておけばよかった……)」
部下たちが、私に恨めしい視線を向ける。
仲村統合幕僚長はもう終わった人なので、その命令を無視しても問題はないはずだ。
だが、将来統合幕僚長を狙う私としては、たとえキャリア的には終わった仲村統合幕僚長の命令だとしても、その命令に逆らったという傷は残したくない。
日本の組織は、とにかく減点主義だからだ。
「(だが、この戦力で浜松市の解放なんて無理だ!)」
ましてや、主戦力であるレベリストが一人もいないのだから。
中村統合幕僚長もそれを理解しているはずだが、今さら引けないというか、万が一の可能性に賭けてしまうほど追い込まれたとも言える。
それに巻き込まれる私たちはいい迷惑だけど。
「(仕方がない。適当なところで逃げるしか……)」
死に向けて進撃を続けるなか、私は適切なタイミングで仲村統合幕僚長を置き去りにする計画を立てた。
勿論だが、今ここに至っても仲村統合幕僚長を盲信する連中には絶対に秘密であったが。
「(ただ不思議な話ではある)」
仲村統合幕僚長は、国防隊でトップに上り詰めた人物だ。
いくら追い込まれているとはいえ、こんな無謀な進撃をするものだろうか?
「(確実に死ぬというのに、不思議でならない)」
それだけが唯一引っかかっていたが、エリート特有の引くに引けなくなったせいだと思うことにして、私は離脱のタイミングを測っていた。
「見えたぞ! 浜松市だ!」
ついに仲村統合幕僚長が指揮する部隊(私たちを含む)が、浜松市を臨む場所にまで辿りついた。
早速ゾンビたちが迫ってきたので、この機を逃さずに逃げ出すことを決める。
「北島陸将!」
「宗石三佐や石黒二尉たちもいるぞ!」
「加藤……。やはりゾンビになってしまったのか……」
ところが迫りくるゾンビたちの中に、先日、浜松市解放作戦に参加して殉職した北島陸将たちがいたために、私の部隊員たちの足が止まってしまった。
「狼狽えるな!」
私は部下たちに声をかけるが、みんな知り合いが多数ゾンビになってしまった様子を見てしまったショックで足が動かない。
「(早く撤退しないと、我々もゾンビの仲間入りなのに!)」
焦りばかりが募っていくなか、私はある事実に気がついた。
「(どうして仲村統合幕僚長は、先頭に立っているんだ?)」
自分が強行した無茶な作戦だから、自ら前に出る必要があった?
それが答えだと認めることに私が違和感を覚えた時、私の疑問に勘づいたかのように、仲村統合幕僚長が後ろを振り返った。
今にも、北島陸将たちのゾンビたちが迫ろうかという時にだ。
「仲村統合幕僚長?」
「ふははははっ! 山崎一佐、共に高等な存在になって、この世界に君臨しようではないか!」
「仲村統合幕僚長? あなたはなにを?」
「見てわからないか?」
「……っ!」
あらためて仲村統合幕僚長をマジマジと見ると、なんと彼の肌色がゾンビ特有のものになっていた。
「まさか、仲村統合幕僚長はアンデッドに……」
ゾンビは話せないので、この前報告書で読んだリッチーに……いや、リッチーも話し方でわかってしまうか。
仲村統合幕僚長は、人間の時の知性を保ったままのアンデッドになっていた。
「いつからだ? いつから中村統合幕僚長は……」
「さあて、いつだったかな? それにしても人間とは間抜けな生き物だな」
「……もしや、北島陸将に無謀な作戦を許可し、援助までしたのは……」
自衛官たちをわざと負けさせ、ゾンビにするためなのか?
だとしたら、これはとんでもないことだ!
「(人間のフリをしたアンデッドが、他の人間がアンデッドになるように仕向ける。現に、安城陸将、北島陸将が殉職して、隊員にも千名を超える犠牲者が出ている……)」
アンデッドが秘かに統合幕僚長をゾンビにしたとなると、これは一度日本政府や国防隊の偉い人にゾンビが混じっていないか探る必要がある。
これを放置すれば、国防隊が内部から崩壊してしまう。
いや、国防隊だけではない。
警察や消防、役所、なんなら総理大臣がアンデッドで、日本政府自体が内部崩壊してしまうかもしれないのだから。
「(それを伝えるためにも、私たちは逃げ出さないと……)みんな!」
「山崎一佐、私が逃がすと思うか?」
「……」
「(誰か一人でいい! ここから逃げ延びてもらい、事の真相を日本政府と国防隊に伝えさせないと!)」
となると、私は命を懸けて仲村統合幕僚長以下、彼によってゾンビにされていたと思われるシンパたち、申し合わせたかのように姿を見せた北島陸将たちを足止めする必要がある。
私は銃を構えた。
「田中一尉、なるべくバラけて逃げろ」
「山崎一佐は?」
「いくら上官命令とはいえ、仲村統合幕僚長の言いなりになってここまで君たちを連れてきてしまった責任を取る。人間と見分けがつかず、統合幕僚長にまで入り込めるアンデッドは脅威だ。必ず上に報告をあげてくれ」
「……わかりました」
副官の田中一尉に部下たちのことを任せ、私は距離が近いゾンビから銃撃していく。
部下たちが私から離れていくのを見て安心した。
元は同じ国防隊員で顔見知りも多いが、引き金を引く手を躊躇するわけにいかない。
一体、二体、三体と倒していくが、やはり多勢に無勢だ。
「私の命もここまでか……」
四体、五体まで倒したところで、元自衛官のゾンビたちが目前まで迫った。
もう銃は撃てないので銀製の剣を構えて覚悟を決めたその時、突然ゾンビたちが燃え上がった。
彼らはわずか数秒で燃え尽きると、その場には骨だけが残った。
「なにが起こったんだ?」
「何者だ?」
「謎の助っ人参上!」
すんでのところで私を助けてくれたのは、なぜか布のマスクを被った六人組だった。
体型や身長から見て、男性二人と女性四人というところか。
「君たちは?」
「早く逃げて、仲村統合幕僚長の件を上に伝えてください」
「……大島三佐か?」
「……違います!」
体の鍛え方具合からして同業者っぽく、どこかで会ったことがある雰囲気を醸し出していると思ったら、やはり大島三佐だったか。
前に松代郊外で、巨人ゾンビを倒した人たちも覆面をしていたという報告を思い出した。
彼らの中の一人も、大島三佐だったと聞いていたから。
「私は謎のマスクマン!」
「わかったよ」
つまりは、深く追及してくれるなということか。
彼が大島三佐だとすると、伴龍高校駐屯地から勝手に離れたことになる。
それは処罰の対象になるから、彼はここにいないことにした方がいいのだろう。
「助かったよ」
私は急ぎその場から離れ、松代へと走っていく。
仲村統合幕僚長とその取り巻きたちが、ゾンビになっていた。
この件を確実に、国防隊上層部と日本政府に伝えなければ。




