第85話 続けての左遷と暴走
「お久しぶりです。隅川陸将」
「江川、北島が死んだんだって?」
「ええ、今頃はゾンビになって、浜松市郊外あたりを彷徨っているんじゃないですか?」
「……嫌な役割を引き受けてくれてありがとう」
「なあに、おかげでここに転属になったんです。最高の転属先じゃないですか。すげえ、『魔界への路』が飲めるなんて最高!」
「隅川さん、この人は?」
「江川二佐だ。こいつ、能力だけなら統合幕僚長に最も相応しい奴なんだが、無能な上官にすぐ反抗するから」
「隅川陸将にライバル心を燃やしていた北島陸将が、中村統合幕僚長の意を受けて浜松市の解放に挑んで大失敗したんだ。五百名を超える自衛官が犠牲になったが、江川二佐が北島陸将と喧嘩してまで勝手に撤退指示を出さなかったら、その倍は死んでいただろう」
「それでも、命令違反で水無月市に左遷ですか……」
「アンデッドが出現していなければ、よくて国防隊を放逐だったさ」
戸高さんと隅川陸将は、松代から離れたら国防隊上層部にますます辛辣になったな。
確かに戸高さんの言うとおり、国防隊で命令違反なんてしたら罰則が重そうな気がするけど、それを公表すれば無謀な作戦を強行した北島陸将と中村統合幕僚長の責任問題にも及ぶ。
だから江川二佐を、松代(中央)から水無月市(地方)に飛ばしたのか……。
統合幕僚長を目指すエリート自衛官からしたらリカバーしようがない傷(マイナス評価)だけど、彼はまったく気にしていないようだ。
美味そうに、私が持ってきたお酒を飲んでいる。
「伊作さん、降格したわけではないので左遷じゃないですよ。ここはいい酒も飲めますしね」
「一般人の私としては、レベリストたちの犠牲が少なかったことが幸いです」
「北島陸将は、隅川陸将よりも戦力(数)を揃えたんですよ。中村統合幕僚長も手を貸してね。ですが……」
「レベリストが少なかった。平均レベルも低かった」
人数イコール戦力で質を考慮できなかったのは、現場を知らない旧軍のエリート参謀たちもやらかしたことだから、特に珍しくもないのか。
「そういうことです。彼らは傭兵扱いで、こちらの命令を拒否する権利を有する。北島陸将の功名心を満足させるために死ぬわけがない」
「功名心たって、そのまま作戦を強行していたら全滅だったのは、レベリストたちにもわかっていたことだったのでしょう。だから逃げた」
「北島陸将だけが、その事実を認められなかったのでしょうね」
「中村統合幕僚長肝煎りの解放作戦は失敗し、よほど腹に据え兼ねたが、一番責任がある北島陸将は殉職している。だから彼は、俺をここに飛ばすことで溜飲を下げたのでしょう」
江川二佐なる人物が、隅川陸将の所に転任してきた。
お隣ということで、円滑なお付き合いを始めるために戸高陸将と一緒にお酒を持って水無月市に行ったのだけど、そこで浜松市解放作戦に失敗したことを知らされた。
部隊を率いていた北島陸将以下五百名ほどが殉職……国防隊では戦死とは言わないが、実質戦死だ……そして当然の如く、中村統合幕僚長の責任問題になっているらしい。
「江川が『俺が責任を取る!』と言って、北島陸将の命令を無視して部隊を撤退させたから、この程度の損害で済んだんだが……」
「命令違反は違反だから左遷されたと?」
「子飼いであった北島陸将が殉職したせいで、中村統合幕僚長は怒りの矛先を江川二佐に向けたんだろうな。だが公式に江川二佐を厳罰に処すと、北島陸将と彼の作戦を承認、手を貸した中村統合幕僚長の責任問題になる。そこで江川二佐は彼のキャリアを終わらせようとした」
「よくわかりますね、戸高陸将」
「今の国防隊に、江川二佐をクビにするほどの余裕はない。そうでなくても、五百人も死んだんだから。だが、江川二佐はもうエリートコースを歩めない」
「傭兵レベリストたちも三十人ほど死にましたからね。俺はクビを覚悟していたんですけど、今の国防隊は特に人手不足だから。中村統合幕僚長からしたら、俺をエリートコースから外すことがクビに等しい罰だと思ったのでしょう」
「江川がそんなことを気にするとも思えないがな」
「こんな状態の国防隊で出世したいんですかね? それなら、ここでノンビリやっていた方がいいですよ。今後松代は、中村統合幕僚長のクビも危なくなったので嵐の予感ですしね」
それをさも楽しそうに話す江川二佐って、優秀だけど出世なんてどうでもいいと思っていそうだ。
「そんなわけで、今松代にいても面倒事ばかりでいいことなんてなにもないですよ。おおっ! 白川の年度限定ウィスキーもある! ハイボール、うめえ。伊作さんはラッキーでしたね。いいお酒を拾えて」
「ええ」
「もはやお酒なんて、アンデッドに襲われながら町から拾ってくるか、目が潰れる質の悪い密造酒を買うしかないんですから」
「メタノールの密造酒って、戦後かな?」
伊作村の屋敷を残してくれた祖父さんが、戦後に質の悪い密造酒が出回り、それを飲んで目が潰れた人の話をしてくれたことを思い出してしまった。
その時は貧しい時代だからだと思っていたが、まさか令和の時代に密造酒が作られるなんて……。
「なんとかアンデッドを駆除した田畑で米や麦を育て始めてますけど、農作業中にアンデッドに襲われる人が出たり、害獣も多くて、以前の収量は難しいそうですから」
穀物に余裕がなければお酒を作れない。
ちゃんと作られたお酒は、もはや貴重品になりつつあった。
「肥料や除草剤、栽培用のF1種子や苗も不足しているでしょうからね。重油がないから、ビニールハウスも使えない」
近代農業には電気と石油、農薬、化学肥料が必須だが、それが不足している分どうしても以前の収穫量を保てない。
有機、無農薬農業が好きな人は大喜びかもしれないけど、基本的な収穫量が足りないので、そういう人たちの口に入るかどうかも怪しい状態なのだ。
「なので、たまにレベリストたちがアンデッドが彷徨う町からお酒を手に入れると、松代の市場が沸き立つんですよ。この白川の限定ボトルなんて、今は一本数十万はするでしょうね」
「定価は二万円しないんだけどなぁ……」
「もう二度と製造されないって思われていますからね」
日本も含めた世界中の醸造所で、今もお酒が生産されている所がいくつ残っているか。
確かに怪しいところだし、私は日本全国にある知る限りの醸造所に行ってみたが、すべて無人になっているか、ゾンビに占拠されていた。
そこに残ったお酒を回収するので精一杯だったのだ。
「一本で月収が飛ぶようなお酒を奢ってもらえるのも、こんな世情になったからか」
「以前なら、過剰な接待にあたるから処罰されるか、賄賂扱いされたかもしれないですしね」
「ここには新聞記者も来ないですからね」
「松代や一部の都市ではまだ新聞が発行されているが、記者も水無月市までは来れないからなぁ」
「車両はともかく、ガソリンがないからなぁ」
そうしみじみと話す、隅川陸将と戸高さん。
厳密にいえば、私のしていることは贈収賄に当たるかもしれないが、こんな世の中なので警察も治安維持に躍起になっていて、その程度の事案を捜査することはない……はずだよね?
プライベートの飲み会なので、贈収賄ではなく。ノミニケーションだと私は思っているし、これも瑠璃さんたちの安全のためなのだから。
「ガソリンは、政府関係者、国防隊、警察、消防、国が指定する事業者や農家が最優先で、民間ではほぼ手に入りませんよ。もっとも、その政府関係者と懇意にしている人たちや家族が私的に使ったり、闇市場に横流ししているそうで、松代の新聞記者はそれを探るのに精一杯だって聞きました」
江川二佐はとんでもない情報を知っていたが、どこから入手したのだろうか?
さすがはエリートだ。
その不祥事を知ったせいで、彼がここに飛ばされてきた可能性も捨てきれないけど。
「なんだかなぁ。想像どおりすぎて」
戸高さんは、政府関係者の腐敗が自分の想定から外れていないことに呆れていた。
わかってはいたけど……ってやつだろう。
「それで、中村統合幕僚長はこれからどう動く?」
「責任問題が出ているので、このまま座視していたら勇退は確実ですね。それを阻止するには……」
「どこかの町の解放を目指す、か……」
「だと思います」
隅川陸将の予測に賛同する江川二佐。
こんな予測が当たっても嬉しくないといった表情を、戸高さんと共に浮かべていたが。
「まさか、浜松市の解放は目指さないよな?」
「それはわかりません」
「無茶ですよ。浜松市は水無月市の倍の人口がいるんですから」
つまり、単純計算で倍のアンデッドがいることになるのだから。
水無月市の解放だって大変だったのに、私たち以下の戦力しか用意できないであろう仲村統合幕僚長が、浜松市の解放に成功できるとは思えない。
「それでも中村統合幕僚長はやるでしょうね」
「やるだろうな」
「あの人ならやりそうだ」
隅川さんも戸高さんも、それについて確信しているようだ。
「失敗することは確実なのに、どうして?」
「このままなにもしなくても勇退になるのなら、万が一に賭けるってことさ」
どうせなにもしなくても統合幕僚長を辞さなければならず、それなら万が一に賭けて浜松市解放を命じるということか。
もし失敗しても処刑されることはないし、統合幕僚長をクビになるのは元々だから、デメリットはないに等しい。
そんな風に考えられるエリートってのも考えものだけど。
「そんな事情で犠牲になる隊員たちが可哀想ですよ」
ましてや、自分が前線に立つわけでもないのだから。
こうなってくると、エリート国防隊の将官も戦前の高級将校と違いがないな。
「目をかけていた北島陸将が失敗した浜松市解放を成し遂げて雪辱を果たし、自身も統合幕僚長の地位を守る。拗らせたエリートが考えそうなことだ……」
戸高さんからすれば、そんな上官の相手を続けて疲れたという心境なのだろう。
「さすがに、今回は手を貸せないですね」
これからも続々と移住者がやってくる新明町と水無月市の守りもあるし、浜松市はかなり距離がある。
そうでなくても、車両を動かすガソリンが足りないのだから。
徐々にガソリン車を改造したEV車が増えてきたが、如何せん改造品なので稼働時間に難がある。
電気も、太陽光、風力発電頼りなので、発電力が安定しなかった。
これでは、水無月市のように勝手に援軍を送ることもできない。
「隅川陸将、今すぐ中村統合幕僚長をクビにできないんですか?」
「伊作さんからすると、国防隊の幹部にはロクな奴がいないというイメージだろうが、多くの幹部たちは案外まともで、中村統合幕僚長が再出撃を目論んでいることに反対している」
「止められなければ、外部の人たちは安城陸将、北島陸将、中村統合幕僚長の同類だと思うでしょうけど」
「北島陸将が失敗したせいで、人員の犠牲だけでなく、物資やガソリンも多く消費してしまった。しばらくは守りに徹するしかないのが現実なのに、中村統合幕僚長は無茶をしようとしている。私もできる限り手を回して中村統合幕僚長の暴走を止める工作をしているが、松代にいないのが痛いな」
さすがは、次の統合幕僚長というべきか。
隅川陸将は水無月市に転属しつつも、松代に影響力を残していたのか。
ただ松代にいないせいで、そう簡単に中村統合幕僚長を追い落とせないようだけど。
「伊作さんと戸高陸将のおかげで、水無月市の解放に成功したからこその、影響力の保持なんだがね。とはいえ、私が直接動けるわけもなく、今は松代の仲間たちに期待するしかない」
「ならば、あとはお酒を飲むだけですよ。ワインもいいボトルがあるなぁ。最高!」
江川二佐は、松代の連中に愛想を尽かしているようだけど。
こんな感じで、江川二佐の歓迎会は終了した。
隅川陸将が中村統合幕僚長の暴走を止められればいいけど、これからどうなるかといったところだ。
※※※※
「……留守番つらい……。いいお酒、飲みたい」
伴龍高校駐屯地と新明町を指揮官ナシにできないので私が留守番をしているのだけど、今ごろ伊作さんと戸高司令はいいお酒を飲んでいるんだろうなぁ……。
あと、隅川陸将と江川先輩も。
「今は任務中でお酒も飲めないですし、我慢ですよ。大島三佐」
「……残敵掃討だ!」
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
「アンデッド退治のあとの酒は美味いですからね」
伊作さんと戸高司令が江川二佐の歓迎会から戻ってきたら、私たちもいいお酒を貰えることになっている。
それまでは、部下たちと共に真面目に仕事をしないと。




