第83話 左遷
「水無月市及び、その周辺の解放地域を防衛する責任者となりました。よろしく」
「あの……次の統合幕僚長って話は?」
「なくなりましたよ。なんか、前任者に未練ができたようで」
「未練ですか……」
「結果的に、神明町、水無月市の解放は、今の統合幕僚長の功績ってことになってしまい、交代の声が薄れてしまったんです。安城陸将の件を差し引いてもプラス評価じゃないですか。辞める理由がなくなったと思ったようです」
「そういう考え方もあるんですね」
次の統合幕僚長になるかもしれない。
そんな理由で朝山駐屯地と水無月市の防衛を部下に任せて、松代に行っていた隅川陸将が戻ってきた。
結果的に彼は統合幕僚長にならず、朝山駐屯地の司令と兼任で、新明町と水無月市を中心とする解放された地区の防衛責任者に命じられたそうだ。
「統合幕僚長に比べると、完全に左遷人事ですな」
「戸高さん、それは……」
口に出して言うのはどうかと思う発言だったが、隅川陸将の方はまったく気にしていないようだ。
「つまりは、勝手に我々の隣でレベルアップをしていただけという名目でも、『一般大学出である戸高なんかの力を借りやがって! お前は国防大学出幹部の恥さらだ!』と、私の評価が急降下したんですよ。自分はその一般大学出の部下の戦果で統合幕僚長の椅子にしがみついているくせに、いい気なものです」
隅川さんも遠慮することなく、自分が左遷された理由を説明してくれたのだけど、戸高さんには失礼な話だよな。
戸高さん笑っていたけど。
「自分が統合幕僚長の時に、新明町、水無月市と二つの町を奪還できて評価が上がったから。統合幕僚長を降りたくなくなったから、隅川陸将を貶めたんでしょうね」
「中村統合幕僚長らしいと思いますよ。一般人レベリストと、一般大学出の将官が二つも町を取り戻せた。自分たちもやれると、松代にいるエリートたちが続々と地方の基地に転任しましてね。全員、中村統合幕僚長の息のかかった連中です」
「そんな連中の無茶な作戦で死ぬ、自衛官や傭兵たちが哀れですね」
「可哀想ですが、止めることができない。今の私にできるのは、水無月市攻略で一緒に戦ってくれた隊員と傭兵たちを抱え込んで、無茶な作戦で死なないようにするだけです。そんなわけで、よろしくお願いします」
「隅川陸将は、統合幕僚長に未練はないのですか?」
この人、次の統合幕僚長候補と噂されるほどのエリートだけど、本人はあまり統合幕僚長の椅子に興味がなさそうに見えるのが不思議だ。
「別になれたところで、退任後に多少天下り先がよくなるだけですからね。こんな世の中ではその利点も消し飛びました。それに……」
「それに?」
「やれと言われたらやりますが、そのためにはもう少し国防隊も痛い目に遭わないといけないようです。犠牲者が出ないのが最善ですが、それは難しいでしょう」
この発言をした時だけ、隅川陸将は悲しそうな表情を浮かべた。
失敗しないと改まらないことは多いけど、国防隊の場合は人が死んでしまうからだ。
「水無月市解放に参加した隊員と将校、傭兵で、ここに残りたいと希望した者全員を引き取りました。中には、中村統合幕僚長と懇意の将校の所に転任した者もいますが、本人が選んだことですからね」
レベリストになり、アンデッドドラゴンの経験値を得てレベル50を超えた。
私たちや、戸高さんの部隊では弱い部類に入るし、隅川陸将の部隊では平均的な強さでしかない。
だが、他に行けばエース扱いになるので、自ら望んで転任する者もいなくはなかった。
「町を解放する過程でアンデッドドラゴンクラスの特別個体と戦うことになったら、レベル50程度ではほぼ死にますけどね」
「アンデッドドラゴンの気を伊作さんたちが引いてくれたおかげで、我々は遠距離から一方的に攻撃できた。だから犠牲がゼロだったんだが、それに気がついていないのか……」
戸高さんも隅川陸将も呆れていたが、己の野心のために無謀なことをする人にまで気を使っていられない。
早めに気がついて、無茶をやめることに期待するしかないな。
「私の部隊は交代で水無月市周辺に残るアンデッドを狩らせてレベル上げを続けつつ、今は水無月市の復興を優先することにします。新明町もそうですが、じきに人々が移住してくる予定ですから」
「早いですね」
神明町と水無月市の解放に成功はしたけど、住民の移住には時間がかかるものだと思っていた。
「松代にも、他の都市にも、とにかく避難民が多いんです。故郷や以前住んでいた場所への帰還に拘らない人たちは、ここや新明町への移住を希望していますから」
隅川陸将の説明どおり、数日後から避難民たちが水無月市と新明町にやってきた。
同行した役人たちが住む場所を割り振り……元の持ち主云々の話は、今やるとキリがなくなるので、今はスルーするらしい。元の持ち主が戻ってきたパターンもあるけど……避難民たちは生活を始めた。
「その辺のことは役人たちに任せて、私たちは戦備を整えてアンデッドから新明町を守らないと」
北区は、伴龍高校駐屯地に配属されている隊員とその家族が住む住宅地になった。
戸高さんの家族も、北区に引っ越してきたそうだ、
どんな人か、まだ会ったことがないけど。
ようやく落ち着いてきた感じだが、日本どころか全世界ではいまだアンデッドに占拠された町の方が圧倒的に多い。
新明町と水無月市に続けとばかり、松代から地方に転属した将校たちが解放作戦を実施するらしいが、成功する確率はあまり高くないだろう。
なにより一時的にアンデッドたちから町を奪還しても、守りきれなければ意味がないのだから。




