表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

第2話:背番号6

 少年野球チームの活動が終わり、中学に上がるまでの空白の数ヶ月。野球を続ける子供たちのために、地域で合同チームが作られることになった。


 その頃になると、俺の野球知識も一端の指導者気取りができるほどに増えていた。ウレタンがどうだ、高反発がどうだと調べ上げ、ビヨンドマックスやブラックキャノンといった最新の高価なバットを次々と買い与えた。グローブも既製品ではなく、ツウが好むような聞いたこともないメーカーのオーダーグラブを買い与えた。

 金を注ぎ込めば注ぎ込むほど、自分が「まっとうな父親」になれている気がして、胸がすくようだった。


 その合同チームで、息子はほぼエースとしてマウンドに立ち続けた。

 少年野球の時はライトの隅に押し込められていた我が子が、グラウンドの中心で、全員の視線を浴びて白球を投じている。その姿を見るのが、何よりも誇らしかった。


 だが、中学に上がるとまた別の壁が待っていた。

 それまで少年野球で一緒だった監督やコーチの息子たちが別の中学へ進学したため、地元の野球部は深刻な人数不足に陥ったのだ。結局、野球部自体が隣町の中学と合同チームを組むことになった。


 それでも、息子の才能は止まらなかった。中学二年の頃には、完全に「エースで四番」に君臨していた。その頃には、投球だけでなく打撃まで完全に覚醒していた。


 そりゃあ、そうだ。学校から帰ってくれば毎日庭で素振りをさせ、暇さえあればバッティングセンターに連れて行って球を打たせた。

 こちとら、こいつのためにどれだけの時間と金を費やしてきたと思っているんだ。


 ある時は完封試合で勝ち投手になり、ある時は一試合に複数のホームランをぶち込む。息子の活躍は、俺の人生の乾きをこれ以上ないほどに潤してくれた。


「父ちゃん、今のバッティングフォーム、動画撮ってくれない?」


 いつからか、息子からのリクエストも増え出した。


「もちろん。右からでも左からでも、好きなだけ撮ってやるよ」


 そんなお願いならお安いご用だ。息子が自分から野球にのめり込んでいく姿を見て、俺は自分の「正しさ」を確信していた。


 そして迎えた、中学最後の夏の大会。

 部室から戻ってきた息子が、手渡された背番号の布切れを差し出してきた。


「6」


 それを見た瞬間、俺の心臓が嫌な音を立てた。


「え? ……1じゃないのか?」


 すると、息子はその背番号を激しく畳の上に放り投げた。


「ここ二試合調子悪かったからって、なんで俺が1じゃないんだよ!」


 息子が野球に対して、これほど剥き出しの怒りを露わにしたのはそれが初めてだった。普段はおとなしい奴が、顔を真っ赤にして肩を上下させている。

 かける言葉が見つからず、俺は動揺を隠すように、上っ面のセリフを口走ってしまった。


「ま、まぁ、6だったらさ、ほら、阪神の金本と一緒だし。いいじゃん、ショートの花形だろ」


「金本なんかどうでもいいんだよ!」


 息子の叫びが部屋に響く。俺はそれ以上、何も声をかけてあげることができなかった。大人の事情か、隣町の中学との力関係か。理不尽な力で「1」を奪われた息子の悔しさは、かつて野球を奪われた俺の記憶と痛烈に重なった。


◇◇◇


 三年生最後の試合。

 息子はショートのポジションを守っていた。先発マウンドに立っているのは、普段キャッチャーをやっている隣町の中学の男の子だった。


 対戦相手は、奇しくもあの少年野球チーム時代のコーチの息子がいる中学だった。あいつは、堂々と「背番号1」を背負い、エースで四番としてグラウンドに君臨している。


 試合は最悪の展開だった。

 うちの背番号1が序盤からめった打ちに遭い、四死球を連発した。またたく間に6失点したところで、ようやく息子が急遽マウンドへ呼ばれた。

 息子は不貞腐れることもなく、淡々とストライクを投げ込んでピンチを切り抜け、試合の流れを必死に引き戻していった。


 しかし、非情なタイムリミットは迫る。

 6回ツーアウト、ランナー二塁。一点もやれないピンチで、バッターボックスに向かってきたのは、あの少年野球のコーチの息子だった。


 息子は魂を込めて投げ込んだ。簡単にツーストライクまで追い詰める。

 だが、相手も死に物狂いで粘ってくる。ファウルで逃げられ、運命の数球目。

 ボコン、とウレタンの独特な音が響いた。

 打球は無情にも左中間を真っ二つに破っていく。二塁ランナーがホームを踏み、その瞬間、サヨナラコールド負けが決まった。


 ベンチに整列する息子たちの背中を見つめながら、俺の拳は白くなるほど握りしめられていた。

 おい、おかしいだろ。最初からうちの息子がマウンドに投げてたら、こんな泥仕合にはならなかったはずだ。なんで、なんでいつも俺たちの前には、こんな理不尽な壁ばかりが立ち塞がるんだ。


 試合が終わり、ベンチ裏。俯いた息子が、トボトボとこちらへ歩いてきた。


「俺が金本なんかどうでもいいなんて言ったから負けたんだ……」


 涙をこらえる小さな肩を、俺は静かに抱きしめた。


 ふざけんな! バカヤロウ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ