第25話:二人の“存在”が重なる場所
開園直後のパークは、いつも通り賑やかだった。子どもたちの笑い声、音楽、キャラクターたちの軽やかな動き。だが太郎の目には、それらすべてが“薄い膜の向こう側”にあるように見えていた。
現実が、少しだけズレている。
「……こっちだ」
早乙女が足早に進む。向かっているのは、普段は使われない裏ルート。キャストしか通らない通路の奥、さらにその先。
「本当にいるのか」
「気配がある。“二重に”」
その言葉が意味するものを、太郎は理解していた。
リュミエラと、エルナ。
同じ場所に存在してはいけない二つ。
通路の奥に進むほど、空気が重くなる。音が遠ざかり、温度が下がる。
やがて、扉が見えた。
古い、使われていない施設の一室。
「ここ」
早乙女がドアノブに手をかける。
「開けるぞ」
太郎が頷いた瞬間、扉の向こうから声がした。
「……来たのね」
その声は、リュミエラだった。
だが、同時に。
「……遅いよ」
もう一つの声が重なる。
エルナ。
太郎の心臓が強く打つ。
早乙女が静かに扉を開ける。
中は、光が歪んでいた。
一人の少女が立っている。
だが、その輪郭が“二重”になっている。
金色の髪と、淡い銀の光。
優雅なドレスと、どこか壊れかけた姿。
リュミエラとエルナが、同じ場所に“重なって存在”していた。
「……やっぱり」
早乙女が呟く。
少女がこちらを見る。
その目は、二つの意思を宿していた。
「来ないで」
リュミエラの声。
「来て」
エルナの声。
同時に発せられる、矛盾。
太郎は一歩踏み出す。
「どっちなんだよ」
少女が、苦しそうに笑う。
「わからないの」
リュミエラの声が揺れる。
「でもね」
エルナの声が続く。
「消えたくない」
その一言に、空間が軋む。
「私は“物語”として作られた」
リュミエラが言う。
「私は“消された存在”として残った」
エルナが言う。
「どっちが本物?」
「どっちが間違い?」
声が重なり、ぶつかり、空気が裂ける。
太郎は叫ぶ。
「どっちもだろ!」
一瞬、静寂。
少女の動きが止まる。
「……え?」
「お前ら、どっちもここにいるじゃねえか」
太郎は一歩、さらに近づく。
「消される理由なんてない」
早乙女が息を呑む。
「それは――」
だが太郎は止まらない。
「選ばせるなよ」
少女の瞳が揺れる。
「選んだら、どっちかが消えるんだろ」
沈黙。
それが答えだった。
「だったら」
太郎は手を伸ばす。
「選ばなきゃいい」
その瞬間。
空間が、完全に歪んだ。
少女の輪郭が崩れ始める。
「無理だよ」
エルナの声。
「この世界は、“どちらかしか許さない”」
リュミエラの声。
床にひびが走る。
時間が崩れ始める。
「来るぞ……!」
早乙女が叫ぶ。
強制的な“補正”。
存在の矛盾を消す力。
その中心にいるのは、彼女たちだ。
「太郎」
声がする。
振り返ると、そこにミックーが立っていた。
笑っていない。
「今だ」
短く言う。
「二つを“固定”する」
「できるのか!」
「一回だけ」
ミックーの目は、覚悟で満ちていた。
「でも失敗したら、両方消える」
空気が凍る。
少女が、かすかに笑う。
「……いいよ」
リュミエラが言う。
「どっちかじゃなくていいなら」
エルナが続く。
「やって」
太郎は一瞬だけ目を閉じる。
そして。
「やれ」
ミックーが手を上げる。
その瞬間。
世界が、止まった。




