第24話:持ち越された“違和感”
目を開けた瞬間、太郎は理解した。
――また、ここだ。
朝のバックヤード。まだ開園前の静かな空気。キャストたちの慌ただしい足音。
何度も見てきた光景のはずなのに、今回は違った。
「……覚えてる」
口に出した瞬間、自分の声が少し震えていることに気づく。
完全ではない。細部は抜け落ちている。それでも確かに“前の世界の残骸”が頭の中に残っていた。
「太郎?何ぼーっとしてるの」
振り返ると、早乙女が立っていた。いつも通りの冷静な表情。
――だが、違う。
ほんのわずか、目の奥に“知っている人間の光”がある。
「……早乙女さん」
「なに?」
「……いや」
試すように、太郎は言葉を飲み込む。
早乙女は一歩近づき、小さく声を落とした。
「“ひび”、見たでしょ」
確信。
太郎の心臓が跳ねる。
「やっぱり……」
「全部じゃない。でも、残ってる」
早乙女は周囲を確認しながら続ける。
「あなたも?」
「少しだけ。でも確実に」
「……そう」
その一言に、わずかな安堵が混じる。
だが次の瞬間、早乙女の表情が引き締まる。
「問題は、“どこまで持ち越されてるか”よ」
「どういう意味だ」
「私たちだけじゃない可能性がある」
その言葉と同時に、空気が微かに歪んだ。
太郎は反射的に顔を上げる。
――いる。
視線の先、遠くの通路。
ミックー・マースが立っていた。
いつも通りの笑顔。完璧な“キャラクターの顔”。
だが。
「……違う」
太郎は呟く。
ミックーは一瞬だけ、こちらを見た。
そして。
ほんの一瞬だけ。
笑顔が、遅れた。
それだけで十分だった。
「気づいてるな」
「ええ」
早乙女も見ていた。
ミックーは軽く手を振ると、何事もなかったかのように去っていく。
その背中を見ながら、太郎は低く言う。
「味方なんだよな……?」
「それも“今回だけ”かもしれない」
「……どういうことだ」
早乙女は静かに答える。
「記憶を持ち越すっていうのは、“安定しない”ってこと」
「つまり?」
「次のループでは、もう別人かもしれない」
太郎は息を飲む。
「じゃあ、今のミックーは――」
「“一番危うい状態”」
その言葉が、重く落ちる。
「味方にも敵にもなれる」
沈黙が流れる。
やがて早乙女が言う。
「動くなら、今しかない」
「外に繋がる方法か」
「それと、“記憶の固定”」
太郎は頷く。
「ミックーが言ってた。“全部繋げる”って」
「なら、その前にやることがある」
早乙女は太郎の目を見る。
「リュミエラとエルナ」
その名前で、空気が変わる。
「……あいつらは」
「今回、“両方いる”可能性が高い」
太郎の背中に冷たいものが走る。
「衝突する」
「ええ。そして――」
早乙女は一瞬だけ言葉を止める。
「その衝突が、“鍵”になる」
遠くで開園の音楽が流れ始める。
夢と希望の一日が、また始まる。
だが今回は違う。
誰もが、少しずつ“知っている”。
そして。
世界のほころびは、もう隠せない。
太郎は歩き出す。
向かう先は一つ。
「……間に合えよ」
その言葉は、自分自身に向けたものだった。




