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夢の国の裏側で  作者: 臥亜


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第1話「裏側の笑顔」

プロローグ


 夢の国で働く。


 それは、夢を与える側になるということだと、夢見太郎は思っていた。


 子どもの頃、何度も訪れた場所。

 笑顔しか存在しないと思っていた世界。


 だからこそ、ここで働けると決まった日、太郎は泣いた。


 ——ようやく、自分も誰かの夢になれる。


 そう信じていた。


 だが、その涙の意味は、少しずつ変わっていく。


 ここは夢の国だ。


 だが同時に、


 夢を壊してはいけない場所でもある。


 たとえ、自分が壊れても。

 最初の一週間で、夢見太郎は三回怒鳴られた。


 一回目は、笑顔が足りないと言われた。

 二回目は、声が小さいと言われた。

 三回目は、動きが“キャラクターの世界観を壊している”と言われた。


 そのすべてが、同じ人物からだった。


「やる気あるの?」


 低く、冷たい声。


 教育係の先輩、早乙女さおとめ凛花は、感情をほとんど表に出さない女だった。


 長い黒髪をきっちりまとめ、常に完璧な姿勢。

 笑顔も作れるが、それは“必要な時だけ出す機能”のようだった。


「ここはね、“楽しい場所”を維持する場所なの。自分の気分で仕事するなら帰って」


 太郎は頭を下げるしかなかった。


「……すみません」


「謝るのはいいけど、改善して」


 言葉は正しい。

 だが、どこか“温度”がなかった。


 休憩室。


 太郎は紙コップのコーヒーを握りしめながら、ため息をついた。


「またやられてたな、新人」


 声をかけてきたのは、同僚の**相沢悠斗あいざわ ゆうと**だった。


 同年代で、少し軽そうな雰囲気。

 だが仕事はそつなくこなすタイプだ。


「早乙女さん、怖いよなー。あの人、昔からああなんだよ」


「……昔から?」


「うん。なんかさ、“絶対に崩れない”って感じ。

 ミスとかしないし、感情も見せないし」


 悠斗は少し声を潜めた。


「でもさ、噂あるんだよ」


「噂?」


「“あの人、一回壊れてる”って」


 太郎は思わず顔を上げた。


「……どういう意味?」


「さあね。ただ、昔はもっと普通だったらしいぜ」


 悠斗は肩をすくめた。


「ここ、長くいるとさ。みんなちょっとずつ変になるんだよ」


 冗談っぽく笑ったが、その目は笑っていなかった。


 午後の業務。


 太郎はゲスト対応をしながら、何度も笑顔を作った。


「こんにちは!楽しんでいってくださいね!」


 子どもが笑う。

 親も笑う。


 それを見ると、少しだけ救われる。


 ——これでいいんだ。


 そう思いかけたとき。


「……笑顔、浅い」


 背後から、またあの声。


 振り返ると、早乙女凛花が立っていた。


「え?」


「口だけ動いてる。目が笑ってない」


 太郎は言葉を失う。


「ここでは、“本当に楽しいと思ってる顔”じゃないと意味がないの」


「でも……」


「でも、じゃない」


 ぴたりと遮られる。


「演じるなら、徹底して」


 その言葉は、妙に重かった。


 “演じる”。


 それは太郎が思っていたものとは、少し違う響きを持っていた。


 その日の閉園後。


 人のいなくなったパークは、まるで別の場所のようだった。


 音が消え、光だけが残る。


 太郎は片付けをしながら、ぼんやりと考えていた。


 ——ここは夢の国だ。


 でも、


 働いている人たちは、どこか無機質だ。


 笑っているのに、笑っていない。


 楽しそうなのに、楽しんでいない。


 その違和感が、少しずつ膨らんでいく。


「……まだ帰らないの?」


 振り向くと、そこにいたのは早乙女だった。


「いえ、もう少しで終わります」


「そう」


 彼女は少しだけ、太郎を見つめた。


 そして。


「ねえ」


 静かに、言った。


「“本物の笑顔”って、なんだと思う?」


 唐突な質問。


 太郎は戸惑う。


「え……楽しいって思った時に自然に出るもの、じゃないですか」


 早乙女は、ほんの一瞬だけ——


 寂しそうな顔をした。


「……そう」


 だがすぐに、いつもの無表情に戻る。


「それ、忘れないで」


 そう言って、去っていった。


 その夜。


 太郎は帰り道、ふと振り返った。


 ライトアップされたテーマパーク。


 完璧に作られた“夢”。


 だがその奥に、


 何かがある気がした。


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