第八話『二通りの楽しみ』
オリンピアを出る朝、宿屋でリカルダスはエルピーダに羊皮紙の束で作った本と魔法のペンを渡した。
「これをキミにあげよう」
「何ですか、これは?」
「キミの勉強のために作っておいたよ。読み書きは出来るのかい?」
「あまり得意ではないです」
「そうだろうね。今まで学ぶ機会なんか無さそうだったもの。これからは、時間がある時に勉強すると良い。使い方を教えるよ」
「ありがとうございます」
「この本は、喋った言葉を文字で自動的に記録できるんだ。文字の大きさや字の形は、自分のイメージした通りのものとなる。ページが少なくなったと思うと自動的に増えてくれる」
「すごい、便利ですね!」
「だけど、なるべく自分で字を書いた方が良い。書くことは論理的な思考を培う最も基本的な訓練だ。あらゆる学問の基礎と言ってもいい。これを疎かにする人は、例外なく伸びない」
「分かりました」
「それに、間違えても赤い文字になって教えてくれるから心配しなくて良いよ」
「それはありがたいです」
「そして実践練習は、剣と格闘の両方を鍛え上げよう。魔術を学びたいときは、少しずつ教えるよ」
「ありがとうございます・・・」と、頭を下げた。リカルダスは、エルピーダの言葉の余韻が気になった。何か言いたそうな雰囲気だったので聞いてみた。
「どうしたの?」
「そのぅ・・・」
「俺は心が読めないからね。話して貰わないと分からないよ」
「あ、はい。リカルダスさんは、なぜボクにこんなに良くしてくれるんですか? 奴隷なんかのボクに・・・」
「はっはっは。それはキミが、才能の原石だからだよ」
「ボクに才能があるんでしょうか?」
「それは、分からない」
「分からないのに、優しくしてくれるのですか?」
「今は少しある。あとは可能性の問題かな?」
「可能性の問題?」
「剣術や魔術を学んでいる時は、自分が強くなっていくことが楽しいんだが、ある一定のレベルに達すると別の楽しみが出てくる」
「どんな楽しみですか?」
「教える楽しみだよ」
「教える楽しみ?」
「自分が教えたことで、ひとが成長する姿が見れるんだ。それが楽しみでもある」
「教えたことで・・・成長する」
「それ以外にも、自分が長年信じてきたことが正しかったという確認も出来る。誰かに何かを教えることで、自分の満足にも繋がるのさ」
「なるほど」
「だから何かを教わったら、自分で工夫できるまで真似すると良い。教えた人が喜ぶから。自分なりのやり方が出来たら、そちらを実践すればいい」
「・・・。でもそれは、他の人のメリットにはなるかも知れませんが、リカルダスさんのメリットになるとは限りません」
「そ~だよね~。でもいいんじゃない? そんなケチなことを言わなくても。少なくともそれで得をする人が出てくるんだから。結局世の中は、その繰り返しだよね?」
「・・・そうですね!」エルピーダはリカルダスの人物像や人生信条が分かりかけてきた。
「ところでキミは幾つなのかな?」
「年齢は分かりません。10か11か12くらいだと思います。リカルダスさんはお幾つですか?」その答え方が、ひどく気に入ったので真似してみた。
「俺も忘れたんだよね~。20か21か22くらいだったと思う」
「まぁ、年齢なんてそんなものですよね」エルピーダにようやく笑顔が見られた。
「あまり使わないし」釣られてリカルダスも笑った。ようやく心が通じ合った瞬間だった。
そして、毎日基礎剣術訓練と、格闘と詠唱の訓練が日課になった。エルピーダはどれも得意だった。
・剣術・・・型の訓練。あらゆる態勢から、仮想敵を攻撃する訓練。三十分休まずに剣を振り続ける訓練。リカルダスは、エルピーダの二倍重い剣を使っていた。
・格闘・・・リカルダスは、なけなしの召喚獣「マイムー(maimou)」に相手をさせた。
【召喚獣:マイムー】毛が白い手長猿のような見た目だが、胴と足が短く機敏で筋肉が強い。戦いを好まず逃げることに特化している。相手の攻撃を避けるのがうまいので、滅多に有効打にならない。格闘や追いかけっこの練習に最適な召喚獣。
・詠唱・・・魔術の基本練習。瞬時に描いた映像を具現化する練習。訓練が進んでMPが溜まると魔術師への道が開ける。MPがたまらないと、リカルダスのようにストック召喚獣を操る召喚士になる。
ときどき、エルデムが姿を見せたが、旅が進展していないことを知るとまた消えてしまった。ある日、エルピーダはリカルダスにたずねた。
「ひとつ質問があります」
「何かな?」
「リカルダスさんと、エルデムさんは、どのようなご関係なのでしょうか?」
「・・・」この質問は、リカルダスを沈黙させた。
「旅の仲間だよ・・・」
「恋びととか、大切な関係とか・・・」エルピーダは聞きづらそうだった。
「キミの、心配しているような関係ではない・・・」少し緊張しながら言った。
「・・・失礼な質問で、済みませんでした・・・」
「まぁ、男女が二人で長い時間いれば、そういう関係にもなるだろう。だが、違うんだ」リカルダスの言葉が良く理解できなかった。
「自分が強くなっていくこと、弟子が強くなっていくこと。二通りの楽しみがある。それと同じかもしれない。ひとを好きになること、ひとを愛すること。二通りの楽しみがあるんだ」と話すリカルダスは男前だった。すぐに鼻くそをほじってしまっていたので、折角のいいセリフが台無しになっていた。この時エルピーダは、二人が恋人になりかけの状態だと思っていた。だがもっと深い、魂の仲間のようなものだと気付くのは、もっと後のことだった。
海を渡る前に、一回だけ図書館に入れる機会があった。エルピーダは、リカルダスに術をかけてもらい本を読みに行くことにした。
「言語。 これで、どこの国の言語でも、昔の文字でも読めるようになるよ。楽しんできな」と言い残し、リカルダスは術を探しに街なかに消えた。
頭上を黒いハトが飛んでいたことに二人とも気付いていなかった。
「(くっくっく。索敵成功! 見つけたぞ、リカルダス! こんな所まで逃げて来ていたか! 俺の限界突破に付き合ってもらうぞ!)」目つきが鋭く、犬歯を剥き出しにしていた。邪悪なオーラを身にまとった全身が筋肉だらけの男だった。武闘家らしかったが、巨大な剣を背負っていた。
エルピーダにとって新しい体験だった。半日過ごしたが、飽きることはなかった。世の中の、歴史・文学・地理に埋め尽くされ至福の時間を過ごしていた。夕方リカルダスと合流し食事をした。
「リカルダスさん、とても楽しかったです」
「それは良かったね~」リカルダスは肉を食い散らかしながら言った。そして、
「ぶほっ」とデカい一発をかました。そこでエルピーダは閃いた。リカルダスの顔をまじまじと見詰め、
「リカルダスさんは、本当に男前ですよね~」と言った。
「そ~か~? 俺はそうは思わないんだが」まるで気に留めなかった。
「パンクラチオンの大会でも、黄色い声が多かったです。モテる証拠です」
「そ~なのかな~?」エルピーダは畳みかけた。
「リカルダスさんの名前には、『偉大なる王』の意味もあります」
「『記憶』じゃないの~?」
「国が変われば、言葉の意味も変わるのです」
「そうなの~? 気付かなかったな~」エルピーダの作戦の軌道に乗った。
「リカルダスさんの職業は『窃盗師』ですよね?」
「そうだよ~」
「物を盗めば盗賊ですが、技を盗むから『窃盗師』です」
「そうだね~。窃盗師ってなかなかいないよ~」
「それならば『国』を盗めばどうなるのでしょうか?」
「どうなるんだろう?」リカルダスは腕組みしながら考えた。
「国を盗めば『偉大なる王』になれるのです。リカルダスさんの名前に相応しい目標です」エルピーダの作戦通りに事が運んだ。
「そうか~。『偉大なる王!』悪くないね~」
「これからは、人目を気にした方が良いかもしれませんね。オナラやゲップや鼻ほじり、耳ほじりは『偉大なる王』に相応しくありません」
「なるほどね~。キミは良いこと言うね~」
「『偉大なる王』の弟子ならば、私も鼻が高いです」
「よっし! 一つ本当に『偉大なる王』を目指してみるか! 盗める国を探そうぜ!」
「はい!」と返事をすると、エルデムが現れた。
「きゅ~」
「お~、エルデムちゃん。久しぶり~」エルデムは、エルピーダに甘えてご機嫌を取っていた。
「わっはっは」
「エルデムさんは、カワイイですね~」
「きゅ~」久し振りに三人が揃った愉快な夜だった。リカルダスの名参謀エルピーダ誕生の瞬間でもあった。




