第九話『デルフィ・世界の中心地』
リカルダス一行は、オリンピアから海を渡りデルフィにやって来た。たいした危険もなかったので、残り少ない術のストックを減らすこともなかった。
【デルフィ】アテネの北西に位置し、ギリシャ最古のアポロン神殿がある。「大地のヘソ(世界の中心)」と信じられていた古代ギリシャの聖地。周囲を険しい山々に囲まれ、神秘的なムードに包まれ、古代より巫女による神託が行われていたという。
アポロン神殿を訪れて、遺跡群を散策していると気になる店があった。
「『魔術屋』がある!」リカルダスは歓喜し脱兎のごとく店内に押し入った。
「誰かいる~! くれ~! くれ~!」すぐに店内で騒ぎ始めた。
「誰だね? うるさいねー!」キトーンと呼ばれる布の服を着た老婆が奥から現れた。
「ば~さん、くれよ~。魔術くれよ~」リカルダスは懇願した。取り乱しているリカルダスに対してエルピーダは、
「リカルダス様・・・」と低い声で話しかけると、リカルダスは落ち着いた。
「・・・うむ。そうだな。冷静になろう。おば~さんや、魔術を売ってくれなさい」気品ともとれる落ち着きを取り戻し、ば~さんに静かに話しかけた。
「ば~さんではなく、ミスティックと呼びなさい。お若いの、礼儀を忘れずに!」
【ミスティック(mystic) 】神秘的なもの、超自然的なものと言う意味。一般的に自らミスティックを名乗ることはない。強そうな人物をスカウトする時だけ存在を明かす。このミスティックと関わったことでリカルダスたちは、今後この陣営と深いかかわりを持つことになる。
「分かったよ、ば~さん」と言うリカルダスの言葉にさゆりは舌打ちをした。
「日本の言葉でさゆりと言う、おしとやかな名前があるのに・・・ミスティック随一の美女ともてはやされた私を舐めるんじゃないよ! ぶつぶつ・・・」さゆりはぼやいた。
「売り物だから、頼まれれば売るけど、どれが欲しいんだい?」動物のはく製や、使い方の分からない金属器、見たことのない魔法道具で店内は埋め尽くされていた。
「リカルダス様、我々は外で待っております。リカルダス様は常に皆さんの注目の的です」と言ってエルデムとともに出て行った。
「目立つ男は辛いね~」と言って、リカルダスの買い物は始まった。
「水晶玉? いらないな~。
杖? 間に合ってるな~。
壺? 何に使うの、これ?
まきびしって、何? いらないな~」一つひとつ見ては、品定めをしていった。しかし、なかなか気にいる物はなかった。そこで、しびれを切らして聞いてみた。
「魔術の本はあるかい?さゆりは、奥から4~5冊運んできた。
「これはどうかい?」
「100匹の昆虫召喚本:1000ドラクマルク」
「毒無しサソリ召喚本:1000ドラクマルク」
「燃えない火の術:1500ドラクマルク」
「こぼれない水の術:1500ドラクマルク」
「軽い金属を出す術:2000ドラクマルク」
「・・・う~ん、どれもしぶいな~。地味だし。これ使えんの?」
「デルフィ名物の魔術だ。文句を言うな!」
「ま~いいか。土産だと思ってひと通り買っとくか?」
「お前さん、本気で買うのかぇ? 初めて売れたわ」
「ん? デルフィの名物じゃなかったの?」
「売れたことのない名物だ!」
「・・・(俺も物好きだわ・・・)」リカルダスはちょっと損をした気分になった。お金を払って店を出ようとすると、さゆりに呼び止められた。
「お前さん、強いのか? 試してみるか?」
「ん? 何を?」
「勝てば、とびっきりの魔術をあげよう」
「やる!」甘い言葉に誘われたリカルダスは、店の奥の円形闘技場に連れて行かれた。
エルピーダは、久し振りに人間の姿になったエルデムと、公園のベンチで冷たいお菓子を食べていた。日差しが強く、風が涼しい一日だった。エルデムは、エルピーダにしきりに
「ありがとう」と言っていた。エルピーダはお礼を言われる理由が分からなかった。エルデムは、お菓子を口にしなかった。
「食べないんですか?」とエルピーダが聞くと、ただニッコリ笑うだけだった。
「?」何か違和感があった。
「ふっ」と、そよ風が吹いた。花びらが舞い散り、エルデムの身体をすり抜けた。
「! (このヒト、実体がない!)」エルピーダは、初めてそのことに気付いた。そして、それを質問することを躊躇った。
円形闘技場は広く、半径10mほどで観客席に取り囲まれていた。観客は多くて100人ほど座れた。
「結構、広いね~」感心しているリカルダスを待っていたのは、半人半馬で弓矢を持っているケンタウロスだった。
「!」リカルダスは仰天した。
「冗談でしょ? これと闘うの?」
「中途半端な旅のものに、大事な魔術の書は渡せないからね。然るべき腕のある者に託すのだよ」
「託されなくていいよ~。売ってくれよ~」
ケンタウロスは、距離を取りながら弓矢を構えた。
「(触れさえすれば勝てるが、懐に入るのが大変だ。ダッシュで逃げられてしまう)」リカルダスは、作戦を練った。
「(3~5mの距離で矢を放たれて避けられるだろうか? ・・・無理だ。懐に入るにはどうするか? 逃がさないためにはどうするか・・・)」
リカルダスが、ダッシュでケンタウロスの懐に潜り込もうとすると、ケンタウロスが射って距離を取るように後ろに下がった。放たれた矢を避けようと、体を横にズラすと矢も軌道を変えてリカルダスの腕に刺さった。
「!? (避けたハズだ! 矢の軌道が不自然すぎる!)」腕から矢を抜きながら、呪文を唱えた。
「これは、使えるんだろうか? 出現!」先ほど購入した金属を加工しながら出現させた。
「ほぅ、薄い金属の盾にしたかぇ?」さゆりは、感心した。リカルダスは確認したいことが一つあった。もう一度、ダッシュでケンタウロスの懐に潜り込もうとする仕草をして矢を射させた。矢の軌道を確認し、盾で防御し、さゆりの様子を確認した。さゆりは、指をクイッと曲げて軌道を指図した。その通りにリカルダスのわき腹に矢は刺さった。
「! (あんの、ばばぁ! やりやがった!)」リカルダスは確信した。
「くっふっふ。操り人形! なぶり殺しの始まりじゃ!」さゆりの目が生き生きしてきた。リカルダスは覚悟を決めた。
「(命はもうない! 一撃で決める!)」印を結んで、呪文を唱えた。
「岩! 禁断の秘術! 掘削!」円形闘技場の形が変わった。リカルダスは自身を中心にすり鉢状に闘技場を掘った。重力で全てがリカルダスに引き寄せられた。
「重力からは、逃れられまい!」さゆりは必死に椅子にしがみついた。ケンタウロスは急斜面を登り切れずに、中心に落ちてきた。そして、リカルダスに捕まった。
「吸収!」ケンタウロスのレベルを吸い取った。
「お前、無駄に持ってんな~。これは美味いわ!」と言って、レベルを45ほど吸収しお腹いっぱいになった。連続でレベルを下げ続けられ、抜け殻のようにぐったりしたケンタウロスが膝から崩れ落ちた。
「ば~さん、勝ったよ~! ご馳走さま~!」リカルダスは、レベルを吸い取ると地形を戻しながら言った。
「呆れた小僧だ!」さゆりは吐き捨てた。
観念したさゆりは、店内に戻ってリカルダスに呪文の書を差し出した。
「ほら、これやるよ」4冊の呪文の書を差し出した。
「お? 4冊もくれんの? ありがとう~」リカルダスは嬉々として受け取った。
「本当は、誰にもやるつもりはなかったんだよ」
「い~の~?」
「ケンタウロスが勝ち切られたのも初めてだ。いいじゃろう。それと、これもやるよ」単発の術のストックをくれた。
「これ、何の術なの?」
「わしが、さっき使った『操り人形』じゃよ。見ているものだけを操れる」
「へっへっへ~。儲けた~」リカルダスはニヤケが止まらなかった。
「単発の術を半額で売ってやろう、どれがいい?」
「な~んだ。やっぱり色々持っていたんだね」
「売る価値の無いものには売らん。お前さんは、特別じゃ!」
「ありがと~」リカルダスは、使い慣れた術を幾つか購入した。
「単発の術を、魔術の書の書き込むといい。永久に使えるようになる書物じゃ。攻撃用・防御用・召喚用・補助用に分けると良いじゃろ」
「え? これ、そんなに便利なの?」
「お前さんのレベルに合わせて書き込める数も多くなる。ただし、魔法使いと違って、窃盗師ならば消滅抽選に当たると、一定期間使えなくなるのは変わらん」
「なるほどね~。全部が全部いいことづくめではないのね~」
「物事には、何でも不便な点が付きものじゃ」こうしてリカルダスは、新しい術を手に入れた。永久に使える魔法の書を4冊も手に入れた。
「お前さん、これからどこに行くのじゃ?」さゆりは聞いた。
「ん~。考えてないけど、エーゲ海を一周してみようと思っていたんだ。仲間が、失われた大陸を探しているんだ」
「! それは、レムリア大陸かぇ? アトランティス大陸かぇ? ムー大陸かぇ?」
「? そんなにあんの? どれだろう?さゆりは震えながら言った。
「三つの大陸が失われたのは、何万年も前じゃ。しかし、その末裔が現代に蘇っているという噂もあるのじゃ」
「? まさかねぇ~」リカルダスは、エルデムのことではないかと思った。
「パナッソス山を通って、テッサリア地方の北へ向かいなさい。神々の山オリンポス山がある。レムリア大陸のことも、何かしら分かるじゃろ。お前さんなら、『神々の試練』を乗り越えて『神のご加護』を受けられるかもしれぬ」
「ん~。そうするよ、ありがと~」翌日、リカルダス一行はデルフィを出発した。
「近くに来たら、また寄りなされ~!」さゆりは大声で叫んだ。
「忘れなかったら、また寄るよ~!」リカルダスは、大声で応えた。
「(ふっふっふっ。お前たちは、私たち一派の仲間じゃよ・・・)」さゆりはほくそ笑んだ。
とても天気の良い、清々しい一日の始まりだった。




