第3話『地獄(このよ)を現世(あのよ)と比べれば・・・』
朝なのか・・・? 夕方なのか、夜なのか・・・。
山の稜線は、オレンジ色のまま変わることはなかった。
時おり聞こえる獣の鳴き声や叫び声も、遠くからのものだった。
一体、時間という奴は流れているのだろうか・・・?
佇んでいるだけなのだろうか・・・?
分からない・・・。
その日の見張りは、ゾフォスとクロマだった。
グーファスは少し離れたところで岩に腰かけていた。片目を開けて片目を閉じていた。一時間ずつ交代で開く目を変えていた。不思議な癖だったので、聞いてみると片方ずつ交互に休ませるのだそうだ。脳みそも半分ずつ眠らせているのだろうか疑問だった。最近は、悪虫や死獣が襲ってきても手助けしてくれることはなくなっていた。
「食われないように片付けろよ!」と言われるだけだった。
ゾフォスは昆虫も死獣も一人で退治できるレベルになっていた。クロマは、死獣ならば一度に二頭まで退治できた。ドプレクスは一度に一体しか撃退できなかった。
ここに落とされてからクロマに話しかけても、返事をしてくれなかった。無駄だとは思ったが、今日も一応声をかけてみた。
「毎日毎日、昆虫や獣を食べて辛くないかい?」ゾフォスはクロマに聞いてみた。
「・・・だって、食べるしかないでしょ? 美味しくなくても・・・」ここに来て、初めて声を聞いた。
「運が悪かったね。こんなところに落されるなんて・・・」ゾフォスの精一杯の慰めの言葉だった。
「・・・」
クロマは、輝かしい経歴を思い返していた。兵隊に志願したのは高額な給与を得る為だった。戦死した父に代わりに母と祖父母を支えるために、彼女に出来る精一杯の選択をした。彼女には兄弟がいなかった。事務職を希望していたが、全員が参加する基礎訓練で剣術の才能が開花し頭角を現した。人手不足も手伝って、二年後には100人の部下を率いて前線で戦うようになっていた。戦の度に順調に昇格していった。美貌のため、言い寄る男性が多かったが相手にしなかった。恋愛を楽しむ余裕がなかった。それが今、こんな所に落されている。この男に関わったばかりに。『異界への門』を潜るとき、リカルダスとゾフォスの両方がチラリと脳裏に浮かんだ。
「(少しだけこの男が気になったことが、ここに落とされた原因なのだろうか? 理不尽すぎる!)」何度も考えてみたが、現状がそれで覆るわけでもない。この男に怒りを覚える一方で、この男がこれからどうなるのか気になる自分がいた。嘆いても事態が変わるわけではない。クロマは考え方を切り替え、前向きに脱出する方法を考え始めた。
「・・・アナタはこれから、どうするの・・・?」何気なく聞いてみた。ゾフォスは遠くを見つめたまま言った。
「・・・ここから出る。そして二人の兄を倒す!」力強い言葉だった。
「どうして、そんなに兄さんたちを倒すことにこだわるの? 兄弟弟子なんでしょ? 仲良くすればいいじゃない」
「目障りだからさ。毎日毎日ボクを嬲ってくれたんだ。お返しをしなければいけないね。この手で二人を倒したときが、ボクの長い長い修行のゴールなんだ!」
「修行中の話でしょ? 弱いのは仕方がない事じゃない? 強くなればいいのよ」
「だからここで強くなるんだ! 誰も来ない、誰も体験できない地獄の世界で! グーファスを利用して、どこまでも強くなってみせるさ!」目がギラギラしていた。
「・・・(この人、根っからの悪属性だ・・・。自分のことしか考えていない・・・)」クロマは、黙って聞いていた。そして再び質問してみた。
「あなたは、こんなところに落されてどう思うの? 違う世界に行ってみたくなかったの?」
「・・・、他人とは違う生き方をするのがボクの生き方だ。誰も来ないようなところに落されるなら望むところだよ。ただ、のし上るだけだ!」
「・・・」クロマは共感したが、黙ったままだった。
「(帰りたくないの?)」ゾフォスには、そう聞こえた。しかしクロマは黙ったままだった。
「地獄を現世と比べれば・・・」
「比べれば?」クロマはその先、何を言うのか知りたかった。
「ここは足りないものだらけだし、見たことのない景色や生き物たちばかりだ。グーファスの敵とやらを倒して、とっとと次に行こう!」
「・・・そうだね・・・」そしてまた、沈黙が続いた。
人が四~五人ほど横になれる岩穴の中で、ドプレクスとプーパが消えかけた焚火を囲んで眠っていた。
『(ふふふ・・・。相変わらず不器用なお方ですね・・・)』寝ているドプレクスに話しかけてきた者がいた。
「(誰だ?)」ドプレクスは、ムクリと起き上がってキョロキョロしてみたが、プーパは寝たままだった。どうやら心の中に直接話しかけられているらしい。ドプレクスは再び目を閉じた。
『(お忘れですか? オリンポス山の神殿であなたと契約したアルテミスです)』
「(そんなことがありましたね。懐かしいです)」
『(あなたは、こんな所にいましたか。ここで生き抜くことは大変です。力を貸してあげましょう)』
「(それは、有難いことです)」
『(これからの戦いは、1対1だとは限りません。私は、月と狩猟の女神です。遠くの敵とも複数の敵とも戦えるようにあなたの能力を開花してあげましょう)』
「(お願いします)」
『(お安い御用です。その代わり、いずれは私の力になってください)』
「(なにやら分かりませんが、私に出来ることならば協力しましょう)」
『ふふふ・・・』アルテミスは両手を胸の前で合わせ合掌した。手のひらが膨らんでちいさな光を生み出した。それを優しくドプレクスに浴びせた。ドプレクスが光に包まれてキョロキョロしている間に女神は消えてしまった。
「(ふっふっふ・・・。こんなことで強くなれるわけがない。これは夢なのだ・・・。しかし、悪くはない夢だ。寝よう)」ドプレクスは横になり眠りについた。
「おはよう! 今が朝かは分らんがな!」ドプレクスがスッキリした顔で挨拶をした。
「おはようでやんす」プーパも起きてきた。
「おはよう」
「おはよう」ゾフォスとクロマは挨拶をした。そして、全員が揃ったと同時に襲撃された。
「くぇー! ぐぇー! くぇっくぇっくぇーーー! くぅえー!」
「がるー! ガル! ガオ! グワー! グワーッ!」数羽の鳥と、5頭の死獣が同時に襲ってきた。
「! タイミング良く、敵襲でやんす!」
「鳥は見たことがない! 気をつけろ!」
「死獣は俺が引き受けよう!」
「あたしも!」ドプレクスとクロマが戦闘態勢に入った。
「鼓舞の舞い!」プーパは後方で、ワッペンを構え踊った。三人の士気が上がった。
「追撃雷撃槍!」ゾフォスは、三本の雷撃槍を放った。
「ざっしゅ! ざっしゅっ! ズバッ!」悉く、凶鳥に命中した。空中からの厄介な敵を先制して撃退した。
「軟体甲殻拳! W正拳突き!」二頭の死獣の顔面をとらえた。
「(ほぉ、同時に攻撃が出来たわ。こんなことは初めてだ!)」ドプレクスにとって新鮮だった。
「(お? アイツ二頭同時に仕留めたぞ! 初めてだな)」ゾフォスが感心した。
「旋風撃!」
「虹光斬!」クロマも二頭の死獣を斬りつけた。
「グワーッ」ゾフォスに飛び掛かった最後の死獣をプーパがひっくり返した。
「転ぶでやんす」死獣は空中でひっくり返り、そのまま地面に落ちた。
「電撃!」ゾフォスがとどめを刺した。
獣たちを撃退すると、グーファスが近付いてきた。
「さぁさぁ。朝飯だ。今が朝かは分からんがな。死獣のステーキに、鶏肉のから揚げ付きだ」グーファスが手際よく料理を始めた。
「お? この鳥は、味が薄いな」ドプレクスが言った。
「そーか? ちょっと苦いぞ」ゾフォスが言った。
「わたしも、ちょっと苦いわよ」クロマが言った。
「不味いでやんす」プーパが言った。
「どうやら、ドプレクスのレベルが上がったようだな」ゾフォスが言った。
「今日の死獣と凶鳥退治でか? そんなに急にレベルが上がるかよ」ドプレクスは取り合わなかった。
「(プーパは自分の飲み込んだ死獣をひっくり返した。明らかにレベルが上がっている。クロマも確実に成長している。技が増えている・・・。そして今日、ドプレクスに抜かれてしまった・・・。ボクのレベルも上がっているはずだが実感がない・・・。どういうことだ?)」ゾフォスには不満だった。他の三人が密かに神々との契約を発動させて、それぞれに成長を遂げていたが、いつまで経ってもゾフォスの前にはゼウスが姿を見せなかった。
「回転撃!」ドプレクスの回し蹴りが炸裂した。
「貫通撃!」ドプレクスの正拳突きが伸びて三頭の死獣に突き刺さった。
「気迫連撃!」ドプレクスは気迫を拳に乗せて5m離れている死獣を倒しまくった。ドプレクスは一人で、15頭ほどの死獣の群れを一掃した。
「頼もしいね」ゾフォスは感心した。
「強くなったわね」クロマも感心した。
「出る幕がないでやんす」プーパは、太鼓持ちが板について来た。
「(ボクも少しずつレベルは上がっているが、習得するのは索敵、状態、上昇、・・・。地味な補助魔法ばかりだ・・・。これでは、とてもじゃないが最前線では戦えないな・・・。リカルダスに奪われた召喚獣や火炎魔法が欲しいところだ・・・)」ゾフォスはドプレクスの急成長に焦っていた。
「(ほぉ、コイツがレベル3桁一番乗りか・・・。いったい何があった? 急成長したのぅ・・・)」グーファスは時が近付いてきたことを知った。
食事が終わると不愉快な叫び声が聞こえて来た。
「ぐわっぎゃおー!」目の前に真っ黒な巨大な翼をもった双頭龍が現れた。尻尾は二本あった。
「ほぉ、ようやく来たか・・・」グーファスがニヤけた。
【双頭双尾黒龍】メガラニカ大陸に生息する生きものの中で、食物連鎖の頂点に位置する最強で最悪の存在。メガラニカ大陸で生き残るためには、無傷に近い状態で撃退する力がなければいけない。




