9 徳川家康
9 徳川家康
大坂城内の離れの間で二人は夕闇の中、会談に臨んだ。
真柴の顔色に緊張の色が走る。それもそのはず、歴史上に置いて最も重要な人物との会談だからだ。
一つの灯りが煌々と灯っている。その灯りから覗かせる家康は老齢が滲む、しわがれた老人であった。
若々しく前途洋々たる才を覗かせているのは豊臣秀頼に憑依した四百年後の未来の青年、真柴。
一代の巨人徳川家康と対面してその存在の大きさに委縮してしまいそうになるも、留まった。
「家康殿……お話が出来て光栄に存じます。私は徳川家康という人物を完全完璧に知っています」
その真柴の言葉に家康は驚いた様に目を見開く。この時、真柴は家康の興味を引いたことに内心で思い通りと言った。
それは無理もない。真柴は見かけだけは幼年の為、家康に対する知識はないと家康は思ったからだ。
「殿下、儂の事をご存じで……」
家康は珍しく呆けていた。一体この少年は何を知っているのだろうと思いをはせているに違いない。
真柴の事を目の前の家康は買っている。特別な才気をはらんだ神童だと疑わない。
そこを突いて家康の興味を引き、此方の味方に組み入れる策略だ。
そして家康の心を抉るような言葉も用意している。彼の琴線に触れるかは賭けだが。
「ええ、何でも存じていますよ。今川の人質時代。苦労なされたことも。
今川の軍師、雪斎に教えを請い、独立して大名になり、織田と同盟を組み、元禄元亀を生き抜いた大人物。
そして長男の信康を見殺しにしたことも。それで苦しみにさいなまれているのも存じております」
家康は今度は項垂れる。やはり、松平信康の事は彼の琴線に触れた。
身を震わせてトラウマを抉り出す家康。その挙動は不自然なものであった。
「儂は……大切な息子を見殺しにした。信長様との盟約を大事にしていたのだ。
信康……儂のかわいい子。そんな息子を儂は捨て駒にしたのだ。あそこでそうしなければ信長様の怒りに触れる。
儂は最低な父親だ。信康……愚かな父を許してくれ」
いつのまにか家康は号泣していた。人目をはばからずにである。
離れにある密会場なので家康の号泣した声が漏れるはずはないが、それでも恥ずかしいだろう。
「家康殿。信康殿の事、お痛み申し上げます。なれど、家康殿は国家の重鎮。
より大きな正義のために生きなければならないのです。それが出来るのは家康殿だけです。
私と共に天下の安定を目指してくださらぬか?」
真柴はそう言って、右手を差し出した。
世の中、綺麗ごとではやってはいけない。それは現代でも戦国時代末期でも同じ摂理だ。
真っ赤に涙を濡らした顔を搔きむしると家康は涙をこらえてその手を取る。
「この徳川内大臣家康、殿下に忠誠をお誓いします。
共に豊臣の天下を盤石なものとし、逆賊上杉大納言景勝を誅滅しましょう」
ここに主従が成立した。直参の家臣ではないが、有力な味方を得て、真柴は口元を綻ばす。
今回はここまで。
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