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第2話

 ……こっちは依頼を受けて、真摯に向き合って、きちんと対応させてもらっているのに。


 やれ、あいつの復元は50%の出来だだの。

 やれ、あいつの復元はニセモノしか生み出せないだの。

 やれ、あいつの復元はガサツで気遣いが足りないだの。

 やれ、あいつの復元のせいで世界が混乱するだの。


 こっちはきっちり復元しているにすぎない。


 シミも傷もきっちり復元して何が悪い?

 綺麗なお肌に戻りたいなら生まれたてまで戻るべきなんだ。

 脳みその中身もきっちり復元して何が悪い?

 培った記憶が消えて困るなら若返らせるべきではない。

 元の姿を知らないくせに、復元する方が間違っている。

 知られたくない情報だけ復元するなんて、できるはずがない。

 自分の毛髪で一番メラニン色素が濃い1本を探し出して抜くのがどれほど困難なのか、気付いていない。


 はっきり言ってイライラが止まらない。


「貴方のスキルを生かすことができるのは、私だけなんです!」

「貴方のスキルは研究すべきです!今から保護します!」

「お前のスキルが有る限り暴動が起きる!俺がそれを阻止してやろう!」

「あいつから依頼があってもやるんじゃねえぞ?やったら…国が、滅ぶ。」

「ついてこなければ、今すぐ…ボタンを、押す。」


 俺を独り占めしようと画策する奴らが増えてきた。

 俺を外交に使おうと画策する奴らが現れた。

 俺を捕らえて脅迫して自由にできると確信した奴らが突撃してくるようになった。

 俺を自国に取り込もうとする奴らが不都合なものを握りつぶした。


 俺を利用していた奴らがいなくなった。

 俺を求める奴らが抗争を繰り広げるようになった。


 一人で山にこもっても、ずうずうしい奴らが乗り込んでくる。

 一人になろうと逃げ出しても、頭の悪い奴らが追いかけてくる。


 大勢に囲まれてへらへらしながら、毎日を過ごすのが苦痛でならない。

 大勢に詰め寄られて逆らえない、自分がふがいない。

 大勢に痛めつけられても終われない、呪われた身が恨めしい。


 ……地味に復元スキルが邪魔をする。


 俺のスキルは、人や物に与える復元の場合都度発動させる付与魔法的なものだが、自分に対してはパッシブになっているのが実に厄介だった。

 常に復元状態で、『チートスキル復元』を与えられた瞬間の状態が保たれているのだ。


 中途半端に悪い視力。

 目に入ってウザい長さのテンパの前髪。

 ぶよぶよとした肉体。

 満腹でも空腹でもない微妙な腹具合。

 重い肩、腰、ビールの飲み過ぎでむくんだ顔に、便秘で重たい下腹部、屁が出るケツ。

 三日前に銀歯が取れた奥歯。

 かゆいなと思ってかきむしったら血がにじんだ脇腹。


 髪を切っても、知らぬ間に元通りの長さに戻っている。

 やせようと運動して汗まみれになっても、知らぬ間にザラザラとした肉肉しい肌に戻っている。

 何も食べなくても、空腹になることがない。

 腹が減ってないから、飯がそれほどうまくない。

 クソをしてスッキリしても、いつの間にか腹が重たくなっている。

 シップを貼っても取れない痛み、蒸しタオルで顔を拭いてもスッキリしない顔面。

 歯医者に行ってもいつの間にか穴が開いている奥歯。

 いつまでもじくじくしている、貼った絆創膏すら消えてしまう脇腹。


 肌を若返らせても、視力を取り戻しても、すぐに元通りになってしまう。


 叩きのめされてもいつのまにか元に戻る体。

 切り刻まれてもいつのまにか元に戻る体。

 穴だらけにされてもいつのまにか元に戻る体。

 爆炎に焼かれてもいつのまにか元に戻る体。

 カチンコチンに凍らせてもいつのまにか元に戻る体。


 こんな、復元スキルなど、いらなかった。


 さんざん地獄を見たあと、俺は自分以外にスキルを使わないという選択をすることにした。


 人助けを一切せず、人脈を広げず、有力者達に気にいられず、お姉ちゃんにちやほやされず、贅沢の限りを楽しまず。


 何かを買っても、財布の中身を復元すれば元通りになる。

 ガソリン代、消耗品類、家電…、なくなっても、壊れても、何度でも復元できる。

 飯は食わなくても問題はないし、医療費は必要ない。

 さすがに家賃と光熱費はかかるが、金を使う機会が大幅に減った。

 毎日風呂に入らなくても、スキルのおかげで汚れる前の状態がキープされているから、水道代やガス代も必要ない。体の汚れは自動的にリセットされるのだ。

 たまに風呂屋に行ってすっきりするぐらいの散財はするが、微々たるものだ。

 派手な事をせず地道に働いていたら、金がどんどんたまっていった。


 年を取ってくるとごまかしがきかなくなってきた。

 どう見ても33歳なのに、50と言い張るのは難しくなってきたのだ。

 仕方がないので、田舎に家を買って隠居するようになった。


 のらりくらりと誤魔化しながら、隠居生活を続けた。


 ある日、市役所の職員が、ここに89歳のおじいさんが住んでると思いますがと言ってやってきた。

 僕は知らないですで通したら、お前は誰だと言われたので、ずいぶん前に親に捨てられたことにしたら丸め込むことができた。幼い頃に山奥に捨てられ、一人暮らしをしていた爺さんに育ててもらった、爺さんは一年前に出て行ってしまったからどうしていいかわからなかったと言ったら、疑われもしなかったのだ。


 新しい戸籍を手にいれて、再び働き始めた。


 そのうち、どう見ても33歳なのに、50代と言い張るのが難しくなってきた。

 仕方がないので、田舎に置きっぱなしの家に戻って隠居するようになった。


 市役所の職員が、ここに103歳のおじいさんが住んでると思いますがと言ってやってきた。

 僕は知らないですで通したら、お前は誰だと言われたので、ずいぶん前に親に捨てられたことにしたら丸め込むことができた。意外と役所はごまかせるものなのだと思った。


 新しい戸籍を手にいれて、再び働き始め、やがてどう見ても33歳なのに、60と言い張るのは難しくなった。仕方がないので、田舎に置きっぱなしの家に戻って隠居するようになった。


 そうこうしていたら、天変地異が起きて世界が崩れてしまった。

 何もない平野部で、灰と土砂に塗れて暮らすのはつまらなかったので、いったん復元する事にした。


 人助けを一切せず、人脈を広げず、有力者に気にいられず、お姉ちゃんにちやほやされず、贅沢の限りを楽しまず。


 どう見ても33歳なのに、年齢不詳なんですと言い張るのは難しくなってきたから、また田舎に家を買って隠居するようになり。市役所の職員が、ここに97歳のおじいさんが住んでると思いますがと言ってやってきて、僕は知らないですで通し、丸め込み。


 新しい戸籍を手にいれて、再び働き始め。

 どう見ても33歳なのに、実は年寄りなんですと言い張るのは難しくなったから、田舎に置きっぱなしの家に戻って隠居し。市役所の職員が、ここに100歳のおじいさんが住んでると思いますがと言ってやってきたので、僕は知らないですで通して丸め込み。


 新しい戸籍を手にいれて、再び働き始め、33歳なのに、若すぎませんかと身辺慌ただしくなってきたから田舎に置きっぱなしの家に戻って隠居しようとしたら、天変地異が起きて世界が崩れてしまった。何もない沿岸部で、濁った海水に浸って暮らすのはつまらなかったので、いったん復元する事にした。


 人助けを一切せず、人脈を広げず、誰にも気にいられず、贅沢の限りを楽しまずってのも、飽きてきた。


 適度に優しさを振り撒き、あっという間にうわさが広がり、地獄を見た。

 たまに人と触れ合い、あっという間にうわさが広がり、地獄を見た。

 あらゆるところに媚び、あっという間にうわさが広がり、地獄を見た。

 全て人任せにし、あっという間にうわさが広がり、地獄を見た。


 何をどうしても、地獄を見てしまう。


 俺はこの先、何度地獄を見ることになるのだろう。

 俺はこの先、何度復元をする事になるのだろう。


 気が狂いそうだったが、パッシブスキルが働いているからか、いつの間にか状況を甘んじて受け入れて落ち着いてしまう。


 俺は、おかしくなる事も、自分を失う事も、命を投げ出すことも、何もできないのだ。


 できるのは、復元する事だけだ。


 どうして神は俺なんかに、こんなスキルを与えたのだろう?

 ……神の気まぐれが、この状況を生み出したのだとしたら。


 もしかしたら、いつか、神はまた……気まぐれを起こすのかも、知れない。


 もしかしたら、破壊スキルを持つ誰かが現れるかも、しれない。

 もしかし、俺の復元スキルを、破壊してくれるやつが現れるかも、しれない。


 自分でどうこうできない以上、誰かに頼るしか、ない。


 もしかしたら、破壊スキルを持つ奴は、もうこの世界にいるのかもしれない。


 ただ、出会えていないだけかも、知れない。

 どこかで、隠れているのかもしれない。

 まだ、生まれていないのかもしれない。

 復元スキルを使う事で、出会う直前まで行ったのに全部パアになったのかもしれない。

復元スキルを使わない事で、出会う直前まで行ったのに全部パアになったのかもしれない。


 疑い始めたらきりがない。


 もういっそ、文明が無くなり人類が消え、新しい生命体の楽園が生まれるまで隠居でもしていようか、そんなことまで考えるようになったある日、ふと、気がついた。


 スキルを得る前の状態に復元したら、どうなんだろう?


 全力を振り絞れば、この忌まわしいスキルを得る前の状態に復元できるのではないだろうか?


 ……そうだ、いっそのこと、子供のころまで戻って、英語を勉強したり売れる株を買っておいたり、出世する奴と仲よくなっておいたり、すればいいじゃないか。なんで俺は、今まで気が付かなかったんだ!


 俺は、今まで溜め込んでいた全魔力を注いで復元することにした。


 ……さすがに長い時間を遡って復元するのには、時間がかかるらしい。


 風景が、絵の具のように流れてゆく。

 時を遡るというのは、こんなにも幻想的なのか。


 自分のスキルの偉大さに、少し…怖くなってきた。


 これって、もしかして、タイムマシン的な使い方もできるって事なのでは?

 フルに復元しようとすれば、星が誕生する前の状態になるんじゃないのか?


 ……そうだな、こんなつまらない星など、生まれないほうが良かったような気もする。


 俺はずいぶん、ひどい目に合ってきた。

 何年も、何年も…、ひどい、目に。


 ……おかしい、ひどい目に、いやというほど、遭っていた?


 俺は、孤独に、生きてきた……?


 ……まずい、これは…復元の、影響だ。


 復元は、元に戻す……スキルだと。


 俺の中から、記憶が抜けて…いや、消えてゆく。


 そうだ、復元したら、今まで経験したことはすべてなかったことになる。若返らせて、記憶を失くした爺さんがいたはずだ。しかし、あれは…、スキルを駆使する、使い手である俺は、俺自身は…ええと……。


 ……俺は、今、全力でスキルを使った、どこまで、戻る?


 神に文句を言った瞬間に戻る?


 ……いや、あの時、俺は。


 復元スキルが、思考する力を邪魔する。


 俺のスキルは、復元だ。

 復元するということは、元に戻るということだ。


 ……何もスキルを持たなかった自分に、戻る?


 スキルは、スキルを持っていなければ、使えない……。


 という事は、つまり……。


 スキルを持つ自分自身は、自分の能力を越えて復元することが、できないのでは?


 まずい、記憶が、どんどん曖昧に……!!!


 頭の出来が悪いのでよく分からないが、スキルを持たない時間まで遡って復元しようとすると、スキルを持たない自分になるわけで…能力が使えず……。


 能力が……。


 ……能力?


「……という事で、君にチートを与えたよ、ほらわかるでしょう、魔力の存在が!今から君はね、僕の作った世界を最後まで見届けるために協力を……」


 ……なんだか、ずいぶん、ぼんやりとする。


 色々と目の前の神が話をしているけど、何言ってんだか、全然わかんねえな。

 さっきからずっと、意味不明のことをずーっとしゃべってて、いい加減、飽きてきた。


 俺がこの星の魔力を全部使い放題ってのはわかった、つまりチートを使って好き放題して良いって事だろ、話が長すぎるんだよ、ああ、めんどくさい。

 正直…難しい話は、聞きたくないな……。


 もっと理解力のあるやつを選べばよかったのに、ホント見る目がないというか。


 復元スキル持ちなんだからこの先ずっと金には困らないし、生きていくぶんには何の問題もないんだから、さっさと開放してくんねえかな。こんな何もないところで難しい話をし続けるくらいなら、元の世界に戻ってチート能力を試してみたいんだけど。


「世界がぶれたみたいだから、その辺も解析したいんだけど良いかな?辞退したくなったら、いつでもその時は…

「へいへい、わかったよ、話が長すぎる!難しすぎるし!悪いけどもう行くから、じゃあね!」」


 俺はまだ何かもごもご言っている神を振り切り、住み慣れた、凡人どもの溢れる世界へと……戻ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] そして、また繰り返される。 あぁ、復元なんて、いいことないですよね。何事も、一回限りがいいんですよね。うん。おそらく。
[良い点] どう転んでもやはり地獄だったという恐ろしいオチに震えました。 神様って残酷だなぁ……
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