第六話 歴史の真相と偽装
本当に申し訳ありません
今回も楽しんでいってください。
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否を探せ。
そこに事の火種はある。
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国暦505年 8月13日
私は夏の暑い日に生まれた。
名を「エンド」
姓を「メモリ」
ミドルネームを「/」
と呼ぶ。
私は比較的貧しいとある村に生まれた。五体満足だったが、視力が生まれつき優れていないため、小さいときから眼鏡をかけていた。両親はいたが、仕事でいつも夜遅くに帰ってきていた。
国暦520年 3月15日
私は国立の小中高等部大学部すべてが揃った学園に入学することができた。簡単には親にこれ以上迷惑はかけられないと、推薦で入学し入学費用免除。学年で成績上位にいれば、学費も一部免除してくれる制度がある。親に少しでも迷惑をかけたくないからだった。
国暦527年 3月17日
結局、死に物狂いで勉強した私は高等部、大学部、7年間1度も一位以外の順位にはいることはなかった。そして私は歴史学部を卒業し、歴史研究員になることにした。そして親は大学部を卒業した直後、離婚した。
国暦533年 9月30日
ある日、私の研究室にある資料が届いた。石盤だった。古代文字が刻まれており、これを解読してくれとのことだった。位の高い研究員は外で、発掘作業に勤しんでいる。私達のような下っ端はこのような地道で、しかも専門外のことばかりさせられる。
国暦535年 4月7日
歴史学部はいつもこんな感じで、それに嫌気がさした私は古代文学部に編入した。結局1年半ほどかけて解読を試みたあの石盤は初期知識を身に付けるだけで終わり、編入時にそのまま持ってきた。古代文学部は上下関係に落差がなく、楽しいと聞いたのと、丁度この石盤を解読しよう編入した次第だった。
国暦538年 5月
3年間、古代文学部の皆でこの石盤を解読した結果、この国が作られる前。つまり、紀元前に作られたことになる。さらにそこでは何百年と続く魔物との戦いがあったと刻み込まれていた。まるで今もなお続く支配戦争だった。
国暦540年 10月1日
気づけば私はこの古代文学部の研究長をしていた。この日、ある山奥にある巨大な岩に古代文字らしき文字が刻まれているとの情報を手にいれ、向かうことにした。
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それは岩というよりも崖の方が正しかった。今まで情報が出回っていなかったことの方が珍しいほどの存在感。頭を垂直に上げると先が見えないほど高く、真っ直ぐだった。まずこの山を登り、上から私に紐をくくりつけ、読ませるらしい。危険この上ない方法だった。
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さすがに危ないとの判断で臨時的に足場を作ることが許された。足場と一緒に解読拠点を建て、長期間に渡り、解読ができるようになるらしい。もちろん足場を作っている間休むわけにもいかないので前述した方法で読んでいく。読んでは翻訳。翻訳しては文字にする。頂上に戻って報告して、休憩。また読みに崖を降りていく。1日に崖の端から端を行けるくらい。これが数ヶ月続き、やっと見つけた崖に足場ができた頃にはもう年を越し、春の兆しが見える頃だった。
国暦543年 5月4日
崖の3分の1を読み終えた頃だった。急に臨時の足場が崩れ、危うく死んでしまうところだった。これからまた2ヶ月間ほど、補修工事と補強工事により、また紐での解読が始まる。ほんと嫌だった。
国暦554年 9月18日
私達は足場が崩れることや夏の暑さに負け、熱中症になることや、霜焼けでペンを握ることができなくなることもあった。が、今日、ようやく、崖とも言える、この、石盤の解読が、終了した。これから解読した文を整理するという作業が待っている。しかし、これは後の大発見になる。そう私は確信している。
国暦560年 12月10日
私は栄光研究員になっていた。なんと21年かけて私達が解読したあの石盤は紀元前に存在した支配戦争の様子について刻まれていた。しかも驚くことに紀元前に私達のような人間は魔法移植の技術を持っていたことも判明した。まさに教科書の内容をひっくり返すような世紀の大発見に、私はこの名誉ある栄光研究員の称号を得た。
国暦561年 7月9日
栄光研究員の称号を得た私は本を書くことにした。本の原案を半分書いたあたりで胸が苦しくなり、そのまま倒れた。
エンド/メモリ
国暦505年~561年 56歳だった。
そして、
これが俺の6順目だった。
続
いやぁ、夏休み開けてからいきなり実力テストあるとかいつも思うんですけどどうかしてません?おこですよ。結構。蝉の声は静まり、鈴虫やら蟋蟀やらの声が森に響いています。
続きがあるなら続きを。無いなら別シリーズか、出るまでお待ちください。次回も、お会いしましょう。次は無題ですね。