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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
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異変 五

 崩壊しそうな軍の基地で、怪しい動きをするマルトア。そしてついに揃ったユダイム、エルキューヴィ、ベスペルハミル、メルカンビア、エシュテンメイン、ウルハリオン、アイシーにアマシアス。残るとらわれの仲間は一人。迫る体力の限界と軍兵士。不気味な存在の局長。そして破壊されようとするメガホイール。自らを救い、全員がそろって脱出をかけて決死の二面作戦!

 「以上がスベンフォールの状況です」

 副官のマルトアが、記号の羅列で埋められたモニターに向かって、報告を終えていた。

 とても狭い空間に、簡素な椅子だけがあり、目の前のモニターに向かって座ったら、身動きできないほど、最小限。そう、ここは軍の正規設備ではなかった。建物の設計上、都合よく、余裕のある壁をくりぬいて作られた秘密の部屋。表から見ただけでは通路の壁の一部でしかないこの場所は、局長ですら知らない空間だった。ここはマルトアがひそかに作らせた通信室。ノイズが外へもれる事もなく、電力もあらゆるケーブルからわずかずつ使用するので、通常の点検ではまず見つからないだろう場所だった。そこで彼はまったくの無断で、外部と連絡を取り合っていのだ。勤めて冷静に。

 マルトアの相手は他の砦の司令官であり、同じ軍とはいえ、いわばライバル関係にある同士。その相手に情報を漏らす事は、重大な裏切り行為であり、軍務規定違反、裁判なしの処分が可能な重罪である。にも関わらずマルトアはまったくの冷静を装う事ができた。先ほどまでの、自分の上司である局長相手の時とは正反対に。

 相手の顔が見えないからだろうか、とマルトア自身思ってみたが、どうやら違うと。あの局長がやはりどこか異常なのだと、彼は考えていた。それに比べれば他所の人間など、取るに足らない小者だと、口元が少しゆがんだだろうか。自嘲ぎみに。


 「二手に分かれるしかないな」

 ぶっきらぼうにわざと言い放つ。もう考え込んでいる時間はないのだ。ベスペルハミルはずっといらいらしていた。キャプテンであるミーメイヤーを救い、自分達の命綱であるメガホイールを奪還するためには、それしか方法はないのだが問題は。

 「誰がどっちに?」

 エシュテンメインがその次の答えをうながす。通常の<ダブル>より、その寿命と引き換えに処理能力を高めていた彼には、その答えは既に出ていたが。

 「私とアマシアスが」

 「僕も」

 ユダイムがミーメイヤーの救出に名乗り出ると、間髪いれずエルキューヴィ。彼が離れるわけがない。

 「駄目よ」

 そう言うだろうと分かっててユダイムも切り替えした。やはり状況がどうあれエルキューヴィの能力はメガホイール奪還のために取っておく必要がある。

 「駄目よエルキューヴィ、言ったでしょう、あなたの力が必要になるって」

 それに最悪の事態、それを想定した時の被害を考えると、数は少ない方がいい。判断は正しいが、アイシーは目でそれに反対を訴えていた。万が一ミーメイヤーを失った場合、次のキャプテンはユダイムしかいないと彼は考えていたのだ。<ダブル>達の中でもっとも年長であり、経験も豊富なのだから。その意味ではミーメイヤーよりそもそも適任だったのだ。

 「……」

 だが口に出してはなにも言わない。そして連れて行くのがキャプテンのパートナーとはいえ、もっとも能力の低いアマシアスである。彼らの主治医でもあるアイシーからすれば、衰弱した今のアマシアスでは、例え覚醒したとしても、大した戦力にはならないと思っていた。

 「ユダイムぅ」

 すぐべそをかく。こんなエルキューヴィにいらいらする事もあったが、今のユダイムには自分を慕う彼がたまらなく愛しい。

 「大丈夫、私の言葉を信じて、私が、一度でも約束を破った事があった?」

 山のようにあるのだが、今はそのどれ一つとしてエルキューヴィは覚えてなかった。彼は彼女の言葉にうんとうなずく。

 今までこうやって信じてきた。そしてそれはこれからも変わらない。信じれば未来が待っていた。それは事実だった。だが、永遠の未来はない。それも、事実であると、彼はいずれ知る事になる。

 「ウルハリオン」

 パートナーであるエシュテンメインが名前を呼ぶ。その一言で彼はすべて理解する。

 「ようし準備は整ったな」

 眉間にしわが寄っているのは、何もいらいらしているだけではないベスペルハミル。

 あまりにも心もとない状況では、助かる可能性もついえてしまう。こんな時、エシュテンメインは常に冷静なウルハリオンをよく頼った。しかしパートナーとして別れてまで彼を危険な救出に向かわせるのは、それだけ信頼しているからだが、同時に、それは無言のメッセージ。

 「ありがとう、エシュテンメイン」

 全員で生きて帰る。その思いが再び強くなるのをユダイムは感じた。

 そして二手に分かれて行動を開始する。

 ベスペルハミルが焦っているのは、この状況下で軍がどう動くか、という事を思うからだった。彼は決して楽観視する事はなかった。守りの堅いメガホイールを、軍は執拗に手に入れようと躍起になっているのだ。<ダブル>でない限り、中に入る事すらできないのに、である。そしてもし再び<ダブル>の手に落ちると知ったなら。奪還されてしまうくらいなら。いかにも単純な発想。そしてそれは当たっていた。


 「以上が基地内の状況です」

マルトアの息は切れていた。電力が回復したとはいえ、いまだ続く余震のためエレベーターなどの移動手段が使えず、崖に建設された基地内の移動は、すべて己の足のみだったのだ。

 「予想以上の被害が出ているといえます」

 そう、<ダブル>どもは疲弊しているのだ。その為にわざとメンテナンスを受けさせなかったのだからあたりまえなのだが、それでもなおあれほどの行動力と被害。<ダブル>達の最後の砦、アークヒルがそのすべてを注ぎ込んだ、メガホイールを任された者達なのだ。確かに一般の<ダブル>より能力が高いとしても、異常といえるだろう。

 <ダブル>と軍が協定を結んでいたとはいえ、その情報は殆ど公開されていない。どうやら<ダブル>という存在を少し甘く見ていたのかもしれないと、マルトアは思っていた。しかし、その責任はこの局長にあるとも。

 「どうされますか」

 その声に険がこもっていたのを、局長は気づいただろうか。見た目に彼が動揺している様子はない。そもそも聞いていたのかも分からないほど、無反応。マルトアはいらいらした。勝手なものである。的確に答えれば無気味に思い、黙れば怒る。そんな自分の感情には気づかずこの瞬間、マルトアは局長を見下して利用する事に決めた。

 「メガホイールを奪われる可能性が高いと思われます、万が一に備え、破壊する準備をすべきかと」

 どうやら彼は自分を偽れないのだろうと、局長は浅く一息。

 勿論、気持ちだけで。感情をストレートに表現しすぎなのだ。しかし副官として今は彼以上に優秀な人材がいない事も事実で、それを局長は許可した。敬礼をして大またで出て行く。その後姿を見送りながら局長。

 「優秀だからこそ」

 危険な存在でもあった。

 後ろを振り返る。周囲からでは高台になっているその場所。奥まって暗がりにあるそれは妖しい光を放っているが、他の誰からも見られない場所。暗さに目が慣れるとその奥には樹があった。基地の中。コマンドルームの奥の司令室。

 その樹は光を表面に走らせ、気づくだろうか、わずかに、脈打つ、鼓動。しかし、温かみを感じる事はない。チューブでできた、人工の樹。<ダブル>が見たら、絶句するだろうその正体。そしてその<ダブル>がもうすぐ、ここに来る。

 「君の仲間だ」

 樹に向かって話し掛ける、キルウェル。いや。

 「救いたいのだと、信じられるだろうか」

 そこには確かに人がいた。首に深い傷を負った、人影。


 「もう弾がねぇっ」

 銃を投げ捨てたベスペルハミル。

 ぼろぼろの状態。一機の強奪したローダーは既に壊れかけ、かろうじて飛んでいるような状態に、元々一人乗りのところへ複数でいるのだから。

 「またきた」

 後ろから新手。ローダーを操縦するエシュテンメインがすぐに狙撃される。

 「!」

 狭い一本道の通路。当たらない方がおかしい。だが。

 「きっちり威嚇射撃か」

 次は当ててくる。限界。恐怖。アイシー。銃口が動く。その時。

 バン!

 空気がはじけた。ベスペルハミルとメルカンビアがまったく同時、目をあわせた瞬間、覚醒したのだ。美しい女性の姿に。

 その勢いでローダーが沈むが間一髪、クラッシュを回避したのは、エシュテンメインの腕があればこそ。振り落とされないようにエルキューヴィーがしがみつく。

 そして白くのばしたベスペルハミルの腕から、プログラム。敵ローダーは瞬間的に防御スクリプトを実行するが、その場で爆発し後続を巻き添えに被害を拡大させていった。

 「ふん」

 強く鼻息。彼らしく、いや、今は彼女らしくベスペルハミルはいつもどおりの態度だった。しかしそれは、意識的だった。内心の焦り。そう。

 (これほど疲れるのか)

 とても簡単なプログラムにもかかわらず、こうまで疲れるのだ。覚醒してしまったからには、それなりの覚悟が必要だろう。だが、同時にこうも思ったのだ。あの時の、戦争ほどでもない、と。

 それを後ろから見ていた、彼らの主治医であるアイシーには分かっていた。そしてこの後、メガホイールを奪取した後も、彼らの力が必要になる事も分かっていた。彼ら、今は彼女ら、二人は純粋に戦闘要員である。戦力として考えた場合、アイシー自身よりはるかに有益なのだ。それに彼にはパートナーが存在しない。だから。

 バン!

 「う」

 目の前で覚醒されて、エルキューヴィ。そして続こうと赤い目。

 「駄目」

 アイシーもあの時言ったユダイムの言葉の通りだと思い、エルキューヴィの覚醒を止める。でも。

 「アイシーが倒れちゃったら誰が皆を診るの」

 もっともな言葉だった。それはベスペルハミル達だって思っている事だが、エルキューヴィには彼らの考え、その先の事まで思い至らないのだ。

 そう。ユダイムの知識なら、アイシーの代わりを務める事ができるだろうと。だから彼にウルハリオンがついて行ったのだ。短命であり、メンテナンスが必要なはずの<ダブル>において、唯一そのくびきから解放されているユダイム。

 「もし、万が一メガホイールが危機に陥ったら、それを救うのはあなたなのよ」

 それは希望。

 「見えてきた」

 がらくた同然なローダーを操縦しながらエシュテンメイン。ようやく崖に造られた、この基地の最外層までたどり着いたようだ。大きく光取りに作られた窓からは、灰色に曇った空。それでも一ヶ月ぶりの空である。そして彼の言葉どおり、その湾曲して進む通路の先、窓から見える、メガホイール。

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