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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
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異変 三

ユダイムは大切な仲間、自分のパートナーと合流する事が出来た。満身創痍、焦燥と混濁する意識の中、自分を奮い立たせ、他の仲間の元へと急ぐ。しかしその時、今まさに仲間を撃たんとする銃口を目にする!

 「<ダブル>と思われる一名を発見、現在ローダー一機にて追跡中、応援を……!?」

 兵士の前が閃光に包まれ、その光の膨張に破裂するような空気と衝撃。そして最後まで言い終える前に兵士はいきなり意識を失って、狭い通路、ローダーを壁に引っ掛けて転倒して止まった。

 「はぁ……」

 ユダイムから残光が消えていく。荒い呼吸。

 光る直前まで男だった彼は、長い黒髪の女へと変異していた。覚醒。瞳はそれを示して輝くように、赤く。

 「ふう」

 どれほど息をすっても、胸が苦しかった。そしてユダイムの疲労は、いつもに増して激しくなっている。しかめっ面で舌打ち。もう少し早くローダーに気づいていれば、もっと効率のよいプログラムで済んでいたのに、無駄なエネルギーを消費してしまった。

 油断していたわけではない。憔悴からくる思考の低下。それが集中力を乱し、その直前まで音を立てて近づくローダーに気づかなかったのだ。

 軍隊の基地であるここに、<ダブル>のメンテナンスができる設備などあるわけもなく、プログラムを使えば使うほどひたすら消耗していくのだ。回復のチャンスはない。それが可能なのは、ユダイム達がここに来るまで乗ってきた、メガホイールと呼んでいる巨大な移動要塞だけである。

 ユダイム達にとってこの状況からの脱出、クリアー条件は一つ。それは仲間全員でメガホイールへたどり着く事。力尽きる前に。

 しかし、おそらくメガホイールも軍の管理下にあるだろう。堅固なセキュリティの為、<ダブル>でない人間がメガホイールの内部へ入る事はできないが、その分、軍の厳戒態勢下にあるだろう。取り戻す為、戦う事になる。それも、もっとも憔悴した状態の中で。

 メガホイールの中には、今も<ダブル>が一人いるにはいるが……。

 立ち上がり、ローダーの操作方法をプログラムで読み取る。ローダーを起こす、疲労。乗り込もうとする、疲労。

 「……」

 皆を助けなければならないという思い。

 他の皆が<ダブル>として覚醒すれば、短時間のうちに、メガホイールでのメンテナンスが、絶対必要になる。メンテナンスの、必要がない、自分、だけが、覚醒、による、死の、心配、が、ない、のだ。

 (……)

 急激に、黒く広がる視界の闇。そして、すぐ近くに聞こえてきた、ローダーのエンジン音。

 ユダイムは自分が感じているより、はるかに衰弱していたのだ。冷静な判断はもとより、思考そのもの、ができなくなっていた。

 致命的な見誤り。

 がくりと膝が落ち、細く白い両手で倒れこむのを支えたつもりが、あごが床にぶつかり、頭を持ち上げる事もできない。強力な重力で、押しつぶされているよう。

 全身から抜けていく力。睡魔とは違う、嫌な意識の混濁に、気持ちの悪い細い手が、脳みそを直接握りつぶしていくように感じた。

 べたつく冷や汗。動かない脊髄を、細く細かい虫が這いまわるような悪寒。

 ひどくみだれて、床に広がった髪。

 近づいてくるエンジン音が、もう耳では知覚できない、脳の裏側をこする振動に変わっていた。

 ユダイムはこのまま意識を失うしかなく、次の目覚めはないだろう。この場で撃ち殺されるのだ。そして思考も、黒よりも暗く、音も、光も、ない、世界すらもない……、とのその時。

 地震。

 風までも青く染まるほどの空の下。草原の丘。初めて見る景色。けれど、どこかなつかしいようなくすぐったい感情。ふわりと浮かぶような風に青草の香りが濃く。そして丘の上に一人立っている、女性。長い髪がいくつかの束となって風にゆれている。暖かさ。嬉しさ。それと、涙。誰の涙だろうか。女性のすぐ後ろに気が付くと立っている。髪の匂いが分かるほど近くに。そして抑えきれない衝動。ようやく迎える事のできた、この時、この瞬間。女性にゆっくりと手をのばす。その腕は確かに。

 「ユダイム!」

 ひび割れると感じる程、強烈に、ハンマーで頭を叩かれたかのような衝撃で、意識が戻った。

 「 」

 あまりに強烈な衝撃に、ユダイムは反射的な怒り。その反動で上半身を起き上がらせると、瞬間、それは物理的現象ではない事をさとった。

 精神的な、何か。

そして今、自分の正面、目の前に迫るローダー二体が、自分に狙いを定めた瞬間だった。

 瞳孔が急激な変化。時間の流れがよどんだ。呼ばれた事に気づいた。自分がわずかに回復しているとも。

 そして息を。

 兵が、急に起き上がったユダイムに驚き。

 吸い。

 のけぞる兵士。とその後ろの通路に、人。

 込み、プログラムを。

 銃口が光る。

 (間に合わないっ)

 とその時、どんっ、と突き上げる地震!

 最初よりそれは弱かったが、銃弾がわずかにユダイムの脇をかすめていき、次の瞬間、プログラムで二体のローダーを、早回しした映像の様に、人間ごと球状に、潰した。

 「……っ」

 とっさだった。思考列十行を超えるプログラムの同時実行。たかだかローダーを、破壊する為に使うようなプログラムではないが、冷静さよりも感情が、そうさせたのだ。

 「エルキューヴィ!」

 ユダイムは、球状の後ろから駆けてくる相手の名前を呼んだ。

 起き上がると、飛び込んできた相手を力一杯抱きしめる。抱きしめても抱きしめても表現しきれない、今の感情を表現できる、言葉も行動も見つけられない。それがもどかしくて、お互いが肌すら溶けあればと思う程、懐かしい匂いをかぎ、頬を寄せ合った。

 エルキューヴィ。声も姿も愛らしい、まるで少女のそれだったが、しかし少年だった。ユダイムと同じ<ダブル>。覚醒状態では当然、女性体になるが、その変化は瞳の色だけといってよかった。彼は自分達の故郷アークヒルの作り出した、最高の能力をもつ、<ダブル>だった。そして、ユダイムの大切なパートナー。

 力いっぱい抱きしめるユダイム。彼女は、自分の力が回復している事に、気をまわす余裕がなかった。そして回復した理由に、まだ。

 「ユダイム大丈夫?」

 心配そうに声をかけてくる。その顔には疲れが色濃く、目の下に隈までつくっていた。そして涙。ユダイムより頭一つ分小さく細い身体で、けなげにも心配するその姿。ユダイムは泣かず、思わず微笑み。そんな場合じゃないし、でもまた頬をすり合わせて抱きしめる。

 「大丈夫よ」

 それだけを、疲労で声が震えないように伝えるのが精一杯。

 ユダイムは、エルキューヴィの方がよっぽど危険な状態にあると。だから自分がしっかりしなければならない、自分が守り導かねばならないと、ユダイムはどうにか呼吸を整えて。

 「エルキューヴィも、無事でよかった」

 一ヶ月以上放置され、エネルギーも殆ど無いような状況下である。言葉通り、無事とはいいがたいが、それでも生きている。

 彼の表情や作ってみせる笑顔は、その限界を示している。だが絶対に死なせないと、ユダイムは強く誓った。自分のパートナーである彼を、決して死なせはしないと。

 その時、停電のため弱弱しい非常灯の明りから、電源が回復したのか、通常灯に切り替わった。そして遠くで通路が遮断される音。最初の地震からどれくらい時間が経ったのか、もはや感覚は頼りにならず、しかしこうして基地の機能が回復している状況では、一刻の猶予もない。一秒でも早く脱出を。その為には。

 「僕も」

 そう言って、<ダブル>となっているユダイムにならって覚醒しようとするエルキューヴィ。しかし慌ててユダイムはそれをとめた。

 「駄目よ、今覚醒しては保たないわ」

 衰弱した今の状態から<ダブル>になるのは、万全ではない今、急激な衰弱を招く為、危険すぎるのだ。そうはいってもここを脱出する為には、覚醒は必要だろう。どのみち脱出できなければ死ぬ。しかしその後、メンテナンスが受けられないとすれば、やはり死ぬのだ。だから。

 「いい? エルキューヴィ、あなたの力は、メガホイールを取り戻す時に、必ず、必要となるわ、その時まで、……力はとっておきなさい」

 息を整えながらのユダイムに、エルキューヴィは素直にうなずいた。

 わがままを言わない。ユダイムが弱っていると知っていても、それに従った。自分が覚醒すれば、ユダイムの負担を軽くできると知ってなお。それはエルキューヴィにとって彼が世界のすべてなのだったから。

 彼らの故郷、アークヒルにおいて、最高の<ダブル>であるエルキューヴィ。しかし、ユダイムがいなければ、彼がいなければ、ゴミとなって捨てられていた。例え話ではない。文字通り、廃棄。

 だから今自分が生きているのは、ユダイムがいるから、彼がいたから、彼の為に。

 エルキューヴィにとってユダイムはただのパートナーではない。それを超えた存在、絶対者といってよかった。だかこそ彼の言葉だけを聞き、その言葉の、その未来だけを信じていればよかった。これまでも、そしてこれからも――。

 ユダイムが、プログラムで周囲の状況を把握する。皮肉にも軍基地が回復した電力で、動き出したセキュリティにより、あちこち閉じられたシャッターでローダーも自由に動けず、少しだけ時間的な余裕ができていた。

 他の仲間が、同じように対<ダブル>用の檻から出られたのなら、ユダイムの、このプログラムによる検索に引っかかるはず。だが地震で壊れかけているとはいえ、あちらこちらに対<ダブル>用にノイズが仕掛けられていた。

 「……」

 徐々に耳鳴りが大きくなっていき、頭の裏を、ざらざらしたなにかでこすられるような、脳がすり減るような嫌悪感に、急激な消耗をしていくユダイム。眉間の奥に、さらにじわりと広がる嫌な痛み。

 「ユダイムっ」

 「見つけたわ」

 声がかすれ顔色が悪くなる彼を、いや今は彼女だが、心配してエルキューヴィ。

 だがユダイムはノイズの砂嵐の中、どうにか逃げ回っている仲間の影を捉えることができた。

 そう、全員ではないが彼らも牢からは脱出していたのだ。わずかだが希望がみえてきた。

 最初に倒した方のローダーに乗り込み、倒れた兵士から武器を奪って、操縦席から蹴おとす。ローダー操縦は、さっきプログラムで読み取っただけの素人操作だ。それをこの狭い通路内で操縦するのは、クラッシュの危険が伴うだろう。

 「」

 乗ってと、声を出したつもりが音にならず、しかしユダイムに続いてエルキューヴィも乗る。

 ゆっくりと動き出す。とてもではないが、スピードを出しての脱出とはいかなかった。

 ユダイムが操縦に集中する為、代わりにエルキューヴィは奪った武器で警戒するが、彼の腕では、さして期待できる効果はないだろう。<ダブル>として優秀な分、他の技術の習得を必要としなかった事が、裏目に出ていた。

 プログラムを使える回数が体力的、正確にはエネルギー的、に限定されている今、ローダーの武装と銃が有効なそのすべてだった。

 「ちゃんと、つかまって」

 一人乗りに二人で乗り込んでいるため、即席のにわかコントロールでは動きが安定しない。嫌な金属音、壁と火花を引きずりながら、狭い通路を引っ掛け進んでいく。

 スピードも出せないし、焦り、ユダイムはいらつく。いや。

 (怖いから、ね)

 重い進みに、背後から忍び寄る恐怖。繰り返し振り返り、それだけで疲労していき、セキュリティの為に閉じられた扉を破壊し、その度に前方から現れるかもしれないという、兵士に対する恐怖。

 「……っ」

 吐きそうになるユダイム。

 軍の施設内、入り組んで狭い通路、恐怖。背後から撃たれればそれで終わる、恐怖。外しようがない、恐怖。

 その現実が、蒼白になっていくユダイムの内臓を締め付けていた。

 トリガーを引く。閉じたシャッターを破壊する。また破壊。更に破壊。

 「……っ」

 吐きそうになるユダイム。

 繰り返し、繰り返し、恐怖。だが、それは仲間への道なのだ。その次の次の扉の先、仲間がいる、分かる、戦っている、直ぐそこ。 爆発。

 「!」

 最後の扉を破壊、しかし視界の拓けた目の前。

 「エル」

 ユダイム達より先に。

 「キュー」

 敵兵のローダーがその銃口を。

 「ヴィ!」

 仲間に向けているっ。それと気づいてユダイムが叫ぶ。しがみつくエルキューヴィ。

 ユダイムはスロットルをい全開。機体が急激にぶれる。金属音、火花。

 銃声。

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