真実 三
ぎりぎりの状態でアークヒルを目指す、ウルハリオン、エルキューヴィー、そしてトー。
莫大な図書を調べ、真実を知るパスパタルとダッシェルス! そして軍が<ダブル>との協定を無視してまで、戦う事になった理由も!
一体<ダブル>とは!? その正体が明かされる!
夜は座席シートを倒して、あるだけの毛布を敷き詰めて寝て、食事はパックされた保存食と缶詰、そして拾った木で火をおこしてお湯を飲む。
そんな事を続けてひたすら南へ、アークヒルを目指すウルハリオン、エルキューヴィー、そしてトーの三人。
「っ!」
道が一段とひどくなって、ウルハリオンは舌をかんだ。
もっと速度を落として、なるべく平坦な場所を見極めて進むが、トラックのライトが片方壊れたので視界が悪く、おまけに風も出てきてほこりが視界をさえぎっていた。
夜だが、だいぶ南へきた為いてつくような寒さからは逃れられたが、その分道はどんどんひどくなっていき、何度かトラックのサスペンションを取り替える程。
「ウルハリオン……」
横から弱弱しく声がかかる。トーだ。
さすがにあまりのゆれで酔ったらしい。トラックを止めて一度外へ出る。
ほこりはひどいが、冷たい風が少し熱っぽい頭には気持ちよく、ぐるぐると顔に布を巻いて、しばらくトラックに寄りかかる。ウルハリオンも今のうちにと、外へ出てごみを捨てると、荷台から必要なものを席へ運び込んだ。
エルキューヴィはあのゆれの中でもおきる事はなかった、というより憔悴していたのでほとんど気絶に近い状態だった。
「ん」
運転席に入ろうとするウルハリオンの視界に、何か形のあるものがうつった。
夜で周囲に明かりがあるわけではないが、それでも目をこらす。
「何か、ある」
何を言ったのかよく聞き取れなかったが、聞き返そうとしてウルハリオンの視線に気づき、トーもその先を見る。
雲が濃いと空は黒くて分らないが、薄い雲が流れていくと、そこに何かの影が浮かび上がる。その瞬間を待つ。
「あ!」
はっきりと見えた。ウルハリオンが驚いたように反応する。同時にトーもそれに気づいたが、ただの森のようにしか見えなかった。丘の上にある森のよう。
「何ですか?」
「スヴァルトアールヴヘイム」
それはもうひとつの住処としてアークヒルが作られるまで、<ダブル>達の唯一の故郷だった場所。
スノー戦役で仲間だったはずのアークヒルと戦い、そして敗れた、<ダブル>が初めて生まれた場所。
「助かった」
思わず安堵でそうもらしたウルハリオン。せかすようにトーをトラックに乗せると、すぐに発進させた。少し飛ばし気味だっただろうか。
本来は全てを覆うガラス状のドームがあったのだが、スノー戦役の時に崩壊して、今はその中心に巨大なユグドラシルの樹が突き出すようにたっている。
内部でも戦闘はあったがそれ程激しいものではなく、この樹以外の設備は全て生きている状態にあった。
そこへトラックが到着する。
「ここが<ダブル>の」
トラックを降りて、まだ夜であたりは深い影の塊で、広いのでユグドラシルの樹までも距離がある。
暗いのにそうと分るのは、ところどころに人工的な明かりがあって、それがこの場所の奥行きの広さを物語っていたからだった。
「ここの<ダブル>達は」
「もういない」
トーが言葉を言い終える前に、ウルハリオン。
スノー戦役は文字通り総力戦だった。
その当初はスヴァルトアールヴヘイム側が、その規模からアークヒルを押していたが、三つ巴であったもう一つの勢力である軍と、アークヒルが組んだ為、最後には全滅の憂き目にあっていた。
しかし全滅といっても一人残らずというわけではない、ごくわずかではあるが生き延びた<ダブル>も数名はいたのだ。しかし、それも。
「僕達が倒しちゃったから」
「エルキューヴィ」
疲れた声。
だいぶ暖かい場所に下りてきたとはいえ、防寒着の上から毛布を羽織っている。
おそらく、体温調整がうまくいってないのだろう。疲れているとよくある事だが、その疲れ方がいつもよりひどい。
でもエルキューヴィは思った。あの頃、ユダイムに会う前までは、よく実験を受けてこんな疲労感はしょっちゅう体験していたと。
あの頃は本当に一人きりだったが、今は違う。二人はすぐにエルキューヴィのそばへかけより、支えるように寄り添うように。
ウルハリオンがあたりを見渡して、何かに気づいたのか、そのまま歩き始めた。
「こっちへ」
スヴァルトアールヴヘイムは、アークヒルの原型である。それゆえ施設の配置やつくりに関しては、同じ思想の元に作られており、それと分ってウルハリオンもすぐに医療施設の場所を探り当てたのだ。
アイシー程詳しくないが、単なるメンテナンスならほとんど自動化されているはずと、見よう見まねで施設内に入り込むと、エルキューヴィをベッドに寝かせて装置を作動させた。
「動いた」
「電力は生きてるんですね」
ほっとしてトーが。
正しくは電力ではないのだが、確かにエネルギーは正常に動き始めた。
それは皮肉な事に、ここには<ダブル>がいない為エネルギーを使い切る事がなかったからだった。
モニターにはいくつものステータスが表示され、赤などの危険色で表示されていたが、徐々にそれらが緑の正常に切り替わっていく。
心なしかエルキューヴィの顔色もよくなっていっているようだった。
「ふぅ…… 」
ため息。この時、正直面倒くさいなとウルハリオンは感じていたが、それは、自分ではない感情がわきあがった為だと、冷静に判断できていた。
この冷静さは、自分への戒め。
ユダイムと同様、変化。ここまで気持ちが変化するとは驚く程だが、素直に、それを受け入れるつもりもないウルハリオン。この二人を、ユダイムに会わせるまでは。
「……」
ほんの少し、わずかにはなれて座っているトー。
「 」
過去を振り返り、自分の本来持っていた感情を呼び戻そうとするウルハリオン。
と、その時、いつだったか、メルカンビアが<ダブル>について調べようとしている事を、思い出した。
ここは<ダブル>が生まれた最初の場所、スヴァルトアールヴヘイムである。<ダブル>に関する資料であれば、アークヒルよりもこちらの方がそろっていると考えられる。調べてどうするというものでもない。だが、今は純粋な<ダブル>でないからこそ、不思議に思う事も。
「ウルハリオン?」
トーに声をかけられて、自分がすでに立ち上がっている事に気づいた。
「少し見てくる」
具体的に何をとも説明できず、ここで待つように言うと、一度トラックに戻って銃を手にした。
<ダブル>の時にはなかった、手に伝わる鉄の感触。
ベスペルハミルやメルカンビア程上手に扱えないし、むしろ素人同然だがないよりましだろうと、弾倉の中を確認して安全装置を解除するとそれこそ見よう見真似、トリガーには指をかけないようにして、ある場所を目指した。
スヴァルトアールヴヘイムには、以前に一度きている。それもここに住む、最後の<ダブル>達を倒す為に。
そして倒した。
スノー戦役後の事、メガホイールの主砲を初めて使った戦いでもあり、アシュタルが重傷を負い、パートナーであるフェルトレイが死んだ場所。
その時ウルハリオンは、気になる場所を見つけていたのだ。
ここに住む<ダブル>達が恐れて近づかなかった場所、<知恵の木の森>。
間違いなくそこに図書がある。そこに全ての記録があるだろうと考えていた。そしてその予感は、当たっていた。
「これが本当だとしたら、何の為の戦いだったんですか」
ダッシェルスが悲痛なうなり声。
もはやどれが本当の事なのか真実なのか、分らなくなっている。
子供の頃習った歴史、軍に入ってからの歴史と争い、不思議な街での偽の歴史、そして今ここで開かれた、歴史。
真実なんて言葉を、信じているほどダッシェルスも単純ではない。しかし、自分が慣れ親しんだ世界が否定される事に、冷静でいられるはずもなかった。
紙のにおいが立ち込める、どこなく幻想的な淡い光に包まれた場所。
床も壁も天井も棚も、それ以外も全てが本に覆われた部屋に、パスパタル達はいた。
集光機によって照らされているが、それ以外にもどこからか動力が供給されているのか、スイッチを入れたら部屋に明かりがつく、独立した電力があるよう。
ここに来るまでの通路もそうだが、とても単純な構造をした建物のようだった。
「何も今に始まった事じゃない」
伸びたひげをこすりながら、パスパタルが冷たく言い放つ。
<ダブル>がこの世に生まれる前から、人間は常に争ってきた。そして今はその人間より優れた能力を持つ、<ダブル>の登場によって、人間は<ダブル>に対して敵対行動をとる為一致団結した。
人間同士で争っている場合ではない程、強力な生存競争相手の出現によって、人間は軍の統治下、初めて団結したのだ。続く歴史の中に、残る為に。しかし。
ダッシェルスがうめきながら、そのまま大の字に倒れこんだ。食い散らかした食料が散乱する。
「……局長は、知ってたんですかね」
今彼らは軍の戦力半分を、アークヒルに向けている。
パスパタルとダッシェルスの周りには、読み終えた本がいくつも積み重なっており、そのいくつかは雪崩を起こしていた。
その一つに、キルウェルの文字。
他にもミーメイヤーやユダイム、ウルハリオンといった本もある。ここにはそうした全ての本が、スノー戦役の直前まで更新され続けてそろっていたのだった。
「おそらくな」
スベンフォールからの追撃戦の時、結果としてメガホイールは逃げ切ったが、あの時無理にでも戦艦を投入していれば、おそらく次につながる攻撃で、<ダブル>達は全滅していただろう。あの時がもっとも弱っていたのだし、その後につながる現状を考えても結果論ではなく、あの局長がそれに気づかないわけがない。長期間捕らえたままだったのも、<ダブル>を倒す為ではなく。
「救うため、か」
それならば納得がいく。
いや、納得とまではいかないが、今まで不思議に思っていたもの、トガルナの街で<ダブル>達に追いついた時に思っていた疑問に、答えがだせた気がしたのだった。
「大佐?」
パスパタルは一冊の本を持ち出した。
エッダズと読めるつづりの本。
そこに<ダブル>の正体、ダッシェルスがうめいた歴史の一部が書かれていたが。
「大佐!?」
兵士全員に支給されているサバイバルキットから、道具を一つ取り出すと、その本に火をつけて廊下に投げた。
「あっ」
貴重すぎるその本に火をかけたのだ。おそらく本は、その一冊だけで代わりはない。
「……大佐、<ダブル>を人間に戻せる証拠ですよ」
「それは人間を<ダブル>にする証拠だ」
「!」
<ダブル>の正体。
それは人間だった。
かつてユダイムがベスペルハミルにわざわざ説明しなおした内容とは違って、最初から最後まで、今も、人間から作られていたのだ。
「どの道<ダブル>達はもう終わりだ」
静かに、寂しそうに。
「こげくさい?」
他の場所と違って、ここには原始的な電力の仕組みが働いているようで、しかもすでに誰か進入している形跡があった。
なれない銃を構えているが、正直こころもとなかった。
<ダブル>であれば、多少の事にもすぐに対処できるだろうが、その性質がぬけかけた今のウルハリオンには、<ダブル>に戻りたいという欲求すらない。
足音を消して慎重に進むがただの素人、戦う事に長けた、ベスペルハミル達のようにはいかない。
まっすぐ伸びた通路の先、開いた扉から漏れている光、そこに落ちている燃えかす。
「……」
間違いなくそこに誰かいるのだ。
さすがに緊張して、慎重に慎重を重ねてすり足、扉の直前まで十分な時間をかけて、そして、覗き、込む。
不慣れなウルハリオンにしては上出来だったろう。
さして疲れてもいないのに、呼吸が荒くなる。それを抑えようとさらに浅く、荒く。そして覗き込む部屋の中、鼻腔に広がる紙のにおい、本だらけ。その奥に人の気配。
(一人、か)
一度顔を引っ込めて呼吸を整える。そして深呼吸一度。飛び出す。構え。警告。
「そこまで」
「!?」
凍りついたのはウルハリオンだった。
彼に横から銃口を、左目にあてるダッシェルス。
構え方がすでに違う。ずっと銃を扱ってきた者と、とりあえずもってきた者では当たり前の差。
銃を取り上げられ両手を挙げて、降伏する以外なかった。
だがダッシェルスのほうも少々いぶかしがっていた。こんなところに一般人が来るとは思えなかったのだ。あらゆる街から遠く離れており、主要な交通路の上にもないこの場所へ、いったい何しにきたのか。
<ダブル>は民間人からすれば、恐怖の対象でしかないのだから。
「何者だ?」
だがたずねるダッシェルスに答えたのは、訊かれた本人ではなかった。
「ウルハリオン、だったか。メガホイールの<ダブル>だ」
のけぞるダッシェルス。
後ろの本棚にぶつからなければ、そのまま倒れていただろう。顔が恐怖で引きつった。
対照的に冷静なパスパタル。
しかし、ウルハリオンの周りに白いもやがかかるが、薄すぎて誰も気づかなかった。
「君は誰だ?」
口調がウルハリオン本来のものではない。
だがそんな事までパスパタルが知っているわけもなく、スベンフォールでメガホイールを捕らえたときに立場上、一通りの顔と名前に目を通していただけの。
「パスパタル」
「!」
は、答える。
それはウルハリオンに、ある種の畏敬の念を感じさせる名前だった。
メルカンビアが過去に一度戦っており、ウルハリオンはあの追撃戦で、彼だと信じた油断すべきでない人物。
軍人がここにいて、それがパスパタルだとすれば、ここはすでに軍に押さえられているのかもしれないと、ウルハリオンは一瞬そう思った。
しかし、だとすれば自分達がここに到着した時、軍が何の対応もなかったのが、おかしいという事になる。占拠場所の入出確認は基本中の基本なのだ。
「……」
パスパタルも考えていた。
ここにメガホイールの<ダブル>がいるという事は、スプリットフォールが負けたという事で、軍の行っている作戦の半分が失敗した事を意味する。
しかし、そうだとして今この<ダブル>が覚醒しない理由と、他の<ダブル>が駆けつけない理由にはならないのだが。
「……」
お互いが沈黙する。
ダッシェルスが恐怖から、銃を無意識に向ける。それに気づいてパスパタルがゆっくりと、低い声。
「銃をさげろダッシェルス、大丈夫だ」
実際、すでに引き金が引かれるだけ力をこめていたが、なぜか弾は撃ちだされなかった。ダッシェルス自身、それに気づいていない。
「ここで、何を」
言いかけて意味のない質問だと気づくウルハリオン。ここは図書なのだ。理由は一つ。お互いに同じ。
「ここには<ダブル>の個人的な記録まである。スノー戦役までの<ダブル>の記録書どもだ」
本をまるで生き物のようにいうパスパタル。
さまざまな本の名前は、その一人ひとりの<ダブル>、それぞれの歴史。
本棚だけではなく、床や天井にも本が埋められているこの場所に、軽い驚きを感じているウルハリオン。
その様子を見て、この<ダブル>がここに入るのが、初めてであると理解するパスパタル。
「全部調べたんだ」
ウルハリオンの、これは質問ではなかった。
言われたパスパタルもそうだと分っていたので、すぐに本題に入る。
「<ダブル>について調べていた」
いきなり確信をつかれて少しあわてるウルハリオン。
こうしたやり取りでは、年季が違いすぎる二人。
ウルハリオンは、自分の脳の記録にあった<ダブル>では、今ある<ダブル>の状況を説明できない。それといち早く気づいたのだろうメルカンビアは、だからあの時、<ダブル>について調べたいといっていたのだ。
「それで?」
「本は燃やした」
「なっ!?」
その本がいかに危険であるか、パスパタルは分っていた。
今回の軍事作戦に、あれほど各基地が協力し合えるのは、<ダブル>を人間に戻す方法、そこから、人間を<ダブル>にする方法を見つけるためだったのだ。
だからこそ唯一無事で残るアークヒルへ、ユグドラシルの樹が無事に残る場所へ向かったのだ。それが必要だと知っていて。
「隠すつもりはない、知りたいなら全てを話す」
二人のやり取りを見て、ようやくどうにか平静さを取り戻すダッシェルス。苦しいのかえり首を緩める。息が荒い。
さまざまな本がところせましと並べられ、そのほとんどが<ダブル>個人の記録であり、役目を終えた後の記録まで記されていた。
<ダブル>から人へ戻った後の記録。
そう、<ダブル>とは人間から作られていたのだと、その事を明確によどみなく、ダッシェルスは説明した。
「それは昔の話だ! 今は」
ウルハリオンが本能的に否定する。<ダブル>だった時の感情が強く出た。
それは受け入れられない事だった。すでに<ダブル>としての性質を、ほとんど失っているウルハリオンですら。
何故なら、人工的に一から作られているのが<ダブル>であり、その為に得られた能力であり、その為に起こった今までの争いであり……。
「では能力に差があるのは何故だ」
質問ではない。
しかし、すでに<ダブル>としての特性を失いつつも自我の、自分自身を作ってきた記憶であり、自分自身である<ダブル>であった部分が、それと冷静にさせない、気づかない。
「それは複雑な手順による初期値鋭敏性のためで」
「では見た目の年齢差があるのは」
「それは……」
明確に答えられない。
「一から作り出すなら何にせよ統一しておいた方が、簡潔で小売りが良いはずだ。それをしない理由は」
「……」
「では逆に、何故統一された年齢が存在する?」
アマシアスの世代の事だ。
統一、非統一、どちらの状態でも今の、今までそうだと信じていた<ダブル>では説明できない事だった。
いや、説明のつく理屈を考えている時点でおかしいのだ。
それと気づいて絶句するウルハリオン。
「ここの記録がすべて説明している、<ダブル>は人間から作られている。その全ての記録がここにある」
「それは……」
「そうだ、両親は誰でいつどこの生まれでといった情報全てだ」
のけぞり、力なくよろめき、本棚に背中からぶつかり、その場にへたり込む。
今、全てが壊れた。
皮肉にも、この状態でなお冷静な部分があるのは、ウルハリオンが<ダブル>としての性質を失っているからで、これがベスペルハミルあたりだったら、正気を失っていたかもしれない。
「……軍は、知っているのか」
わずかな沈黙、ウルハリオンにとっては、そしてしぼり出す言葉。
実際にはかなり長い間の沈黙。
軍の一部、上層部と呼ばれる連中は知っているのだろう。それを先導しているのが、スベンフォールの局長だとパスパタルは考えている。そしてその為に、人間を<ダブル>に改造する装置として必要なのがユグドラシルの樹で、ここスヴァルトアールヴヘイムのユグドラシルの樹は、すでに枯れてしまっているからこそ、軍の半分の戦力を持ってアークヒルへ向かっている事を説明した。
何が見えるでもない、天上をあおぐウルハリオン。
ユダイムだけが何故<オグマ>について知っていたのか、何故<ダブル>の数が減ったまま増えなかったのか、そうした事が現実となって理解できてしまった。
全ての<ダブル>の記録があるというなら、ウルハリオン自信の記録もあるのだろう。いつ、どこで、両親が誰で、そうした全ての記録。
「ユダイムの記録もある?」
「!」
いつの間にか、そこには覚醒したエルキューヴィがいた。トーも一緒に。ダッシェルスはのけぞり、パスパタルでさえ一瞬息をのんだ。そして感じる違和感。
「エルキューヴィッ」
何をどう話せばいいのか困惑するウルハリオンをよそに、エルキューヴィはユダイムの記録を探し始める。
「年代順、名前順だ。自分の、に興味はないのか」
平静をたもつ為、反動的に強い口調になるパスパタルだが、エルキューヴィは気にしない。
「スノー戦役までしかないんでしょ? 僕のはないもん」
それを聞いて、ウルハリオンは何もいえなくなった。
「最初から、全部聞こえてたんです、一人じゃ危ないだろうからって。ウルハリオンの事、ずっと」
そうトーが話すと、パスパタルはようやくその違和感に気がついた。
彼女の目が赤くないという事は、普通の人間の女性であり、では何故その普通の女性が<ダブル>達と行動をともにしているのか、理由が分らなかったから。
一般市民には、<ダブル>は恐怖の対象なのだ。
「あった」
思わずうれしそうな表情になるエルキューヴィ。
でもそれはかつてあったような満面の笑みではなく、どこか寂しさとやさしさを含んだもの。
少しばかり大きすぎるそのファイルを、大事そうに抱える。しかし。
「もっていかないの?」
しばらく抱きしめていたそれを、再び本棚に戻すエルキューヴィに、トーが不思議に思って。
思い。
「会わなくちゃ」
決意。
「アークヒルで、ユダイムに会わないと」
強い意志。
そしてアークヒルへ。




