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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
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変化 三

 追撃を再開するスベンフォール軍。そして異変を起こす局長。謎の少女との出会い。最大軍事基地スプリットフォールの動き。全ての状況が切り替わっていく中で<ダブル>達は!?

 「局長!?」

 スベンフォールの旗艦アシュート内。

 <ダブル>達の脱出劇でははるか南方へいたため無傷だった、特別に高速化された突撃艦である。普通、こうした海で云うところの強襲揚陸艇を旗艦にはしないが、戦艦程大きくもなく、巡洋艦より耐火性がある事から、局長はこれを旗艦としていた。

 それがようやく<ダブル>追撃作戦に追いついたので、乗り込んだ直後の時、それは起きた。

 崩れるようにひざ立ちのまま、普段なら深くかぶってその表情が見えない程の帽子も落ちて、鉄面皮であるはずのその顔には驚愕か、恐れなのか。

 「きょっ」

 もう一度呼びかけようとしてマルトアは、絶句した。

 (涙……)

 局長の長い前髪の間から流れているもの。焦点の定まらないその瞳をマルトアは初めて見た。局長の口がかすかに動く。

 「青」

 そう聞こえただけで本当にそういったのかも分からないほど、かすかなうめき。それを見てマルトアは何故か恐怖を感じた。

 どのくらいの時間がたっただろう、全てがゆがんで感じて、時間の感覚がなくなっていた。ようやく局長が意識を取り戻したかのように、ゆっくりと、立ち上がり。

 「今のは」

 「……」

 独り言なのか、たずねられたのか分からないマルトアは当惑したまま。

 局長はそんなマルトアの手から自分の帽子を取ると、きちんとかぶりなおして、その時初めてそれに気づき、指で顔をぬぐうと。

 「……艦長へ艦の総点検を伝えろ」

 その言葉の調子はいつもの局長のものだった。

 一体何が起きていたのか起きたのか、混乱したマルトアは直ぐに反応できず、局長に一度怒られるまでそのまま立っていた。

 マルトアがあわてて走り去ると、局長は一人艦の最上階、自分専用のコマンドルームへあがってきた。下を見下ろすと、ここまで仮の旗艦としていた戦艦ギーザから、大型の荷物を運搬してこちらへ載せ変えている作業が見える。特殊なカーゴに入れられたその中身はあのユグラドシルの樹。梱包は局長自ら行っているので、兵士達はその中身を見た事がなく、勿論、それに何が含まれているのかも、誰も知らない。

 旗艦アシュートへ回収後は、このコマンドルームへの直通エレベータで運び込まれ、後は局長が自分で全ての整備をする事になっていた。その為、ユグラドシルの樹については、ほとんどの情報が極秘扱いだった。

 「……」

 ひどく喉が渇くと、局長は簡易バーになっているクーラーボックスからボトルを取り出し、乱暴にふたを開け、一気に飲み干す。かすかにレモンの香りがした。

 「あれは……」

 幻というにはあまりにもはっきりとした映像だった。青い空の下の草原。彼は確かにそこ立っていた。


 乾いた風が、風化して乱立した自然の石柱を通り抜けていく。

 そしてメガホイールの下、仁王立ちのペスペルハミル。その視線の先にはユダイム。既に覚醒は終えて緑の瞳、服はそのまま、向かい合い、にらみ合う。

 「買出しに行って来たんじゃないのか?」

 勿論質問ではない。腕を組んで眉間にしわを寄せている。そのペスペルハミルに対し、平然と悪びれた様子もなくユダイム。

 「うん、だから買ってきただろ?」

 ちゃんと食料は買ってきたし、工具もそろえた。ちょっと食料は足りていないが。だから威張れる状態ではないが、ペスペルハミルに対してはどうしてもこうなる。メルカンビアあたりからすれば、相変わらずの二人というところだろうか。

 「そうじゃねえ、これはなんだってきいてんだ!」

 指差した先に視線をやると、メガホイールの外へ持ち出した医療器具とその脇へ立つアイシー。しかも覚醒中。そしてそこへ寝かされている一人の女性。

 「何だろうな」

 とぼけて答えたユダイムだったが、実際、何者なのか分からない。

 ただの人間ではないのは確かだろう。今まで何度となく見てきたあの幻影のような不確かな景色が、あの時、はっきりと見る事ができたのだ。そして同時に湧き上がってきた、そこへいかなければならないという感情。自分の中から湧き上がった感情とはいえ、不思議に思うのは当然で、少なくとも彼女が何者なのか、その正体だけでも突き止めたいと思うのは、自然な考えだろう。

 しかも景色を見たのはユダイムだけではない。あの場にいた全員が青い空と緑の草原を見ており、ウルハリオンにいたっては、お互い不思議な感覚だったが、まったく同一の思考になったと感じているのだ。人間でなければ<ダブル>でもない、普通の女性ではそれはありえない。では<スクリプター>かといわれると。

 「違うわね」

 アイシーがとりあえずの結果を口にする。

 <スクリプター>であれば脳波を調べれば直ぐに分かる事だし、わずかな変化を見逃すアイシーでもない。

 しかし、やはり普通の人間でもない。左足に何らかの異常があるらしいのだが、それを見つける事ができないのだ。高度に管理された<ダブル>の医者である、アイシーですら分からないのだ。それはおおよそ普通の肉体としては、説明のつかない異常なのだろう。

 「……まあ、それはいい、一通り調べたらほっぽりだしゃいい。けど問題は」

 あんまりよくなさそうだが、そういってペスペルハミルはもっと眉間にしわを寄せた。

 「そこでいじけまくってるエルキューヴィだっ」

 ユダイムのはるか後ろ、ひざを抱えてエルキューヴィ。多分、しばらくは駄目だ。

 「これでまたメシでも作ってくれなくなった時にゃ、どうしてくれんだ、あぁ」

 アイシーより後ろで、くだらない二人のやり取りを見ているエシュテンメイン。

 その直ぐ後ろに立つウルハリオンはずっと、その女性を見ていた。何か、この女性には秘密があるのだろうと、そしてそれが自分に関係しているのではないだろうかと、そう考えているのだが、近づいていけなかった。

 さりげなく自分の身体でその動きを、エシュテンメインが止めているのだ。嫉妬である。絶対にエシュテンメインが口にはしないだろうが。

 そして、少し面倒くさいとおもったウルハリオンは、そんな自分の気持ちに驚き、嫌悪した。今まではありえない事だった。


 「時間も場所も一致するね」

 先ほど確認した<歪み>がユダイム達の出会った現象と、どうやら一致しているらしい。

 ブリッジから下を覗き込むアマシアス。だとすればあの女性が、<歪み>と何らかの関係を持っている可能性があるという事だ。ここへきて、旅の目的である<歪み>に関する初めての手がかりを、得たという事になるのだろうか。

 「アシュタルは?」

 どう思うのかとたずねるアマシアスの頬に、黒い肌の色の指を這わせていたずらっぽく笑うアシュタル。

 「全てが変わるわ」

 「?」

 まるで受け答えになっていない事を言われて、よく分からなくなるアマシアス。けれどその言葉に、何故か不安を感じていた。


 「気がついたわ」

 脳波の変化で、目を開ける前に反応するアイシー。思わず駆け寄るユダイム。その足音に反応しただろうか、思わずエルキューヴィを見るメルカンビア。そして動こうにも動けないウルハリオン。

 女性が身体を起こすと、長く黒い髪が流れるようにこぼれていく。ウルハリオンも長い黒髪だが、それよりももっと長い。腰の下まで伸びているだろうか。

 一番近くに立つアイシーと目が合った。覚醒中のそれは、<ダブル>の象徴である赤い目。しかし、女性がおびえる事はなかった。

 先の大戦以来、人間は<ダブル>を恐れるようになっているのだが、この女性は違うのだろうか。

 「ここは……」

 言いながら何かに気づいたのか、あたりを探り始める女性。そして、ユダイムとウルハリオンの二人を見つけて、うれしいような悲しいような、最後には困惑したような表情をした。

 どうやらこの女性がユダイムとウルハリオンに特別な感情を抱いていると、脳波を見ていたアイシーは理解した。しかし、その理由は分からないが。

 「街から少し外れたところよ、具合はどう?」

 いつもならペスペルハミルが真っ先に口を開く場面だが、わきまえたものでそれぞれの役目を奪うような事はしない。ここは医者であるアイシーの出番なのだ。そんなパートナーの様子をみて、一歩そばによるメルカンビア。

 女性は特に具合が悪いという事もなく、だがアイシーが医者だと分かったのか、とりあえずお礼を言う。その言葉遣いは丁寧だった。

 「私はアイシー、あなたは?」

 とりあえず精神的な混乱も大きくないと見て取って、アイシーがたずねる。こうした時は相手を見下ろさないように、自分の視線を下げてから。

 「……トー」

 出だしの沈黙にユダイム達が気づいた。何かを言おうとして、もしくは隠そうとした、そんな沈黙。

 「あ」

 流石にそこは流せないとペスペルハミルが詰問しようとしたその時、トーと名乗った女性がうめいた。

 思わず身を乗り出すユダイムとウルハリオン。流石にウルハリオンはエシュテンメインにぶつかってとまる。驚いて見上げるエシュテンメイン。

 「何か、来る」

 その言葉に反応したのか、メガホイールのブリッジ、アシュタルから。

 {トガルナ方面より直進するエネルギー体を確認}

 トガルナの街の北側には、最大規模を誇る基地スプリットフォールがある。おそらくそこから出てきた何かだろう。しかし、この渓谷だらけの場所を直進できるとするとローダーではない。

 {規模は?}

 直ぐに確認するペスペルハミル。戦艦だろうか、それを確認しているのだ。しかし相手が戦艦だとしてもペスペルハミルの<モデル>はまだ治っていない。

 {規模は、とても小規模なエネルギーみたい、何だろう?}

 アシュタルの代わりに、アマシアスから連絡とデータが直接届く。

 「何これ? ミサイル、エネルギー体?」

 「<スクリプター>」

 顔をしかめるペスペルハミルにメルカンビアが答える。そしてそれにユダイムも同意した。ここが単なる平地なら他にも色々と考えられるが、ミサイル程早くもなくしかし、谷を越えて直線で移動できる程度高速なものをといえば、他に思い当たらない。

 「しかしまあ、なんだろうねえ」

 軽口をたたくベスペルハミル。

 どの程度の<スクリプター>を送り込んできたのか知らないが、エネルギーが小規模すぎる事から大した相手ではないと思ったのだ。

 <スクリプター>の能力は、種類や方法でいえば<ダブル>とまったく同じである。すなわち、周囲の物理エネルギーを全て利用して、その変化によって様々な効果を得るのだ。そしてそうした事のできるスペシャリストが、<ダブル>である。

 今この場には、<ダブル>達の中でもメガホイールの搭乗員として選ばれた、更に能力の高い<ダブル>達がいるのだ。これが軍の攻撃行動だとしたら、まったく意味を成さないだろう。

 「<スクリプター>」

 ブリッジでアマシアスが独り言。

 確かに<スクリプター>ならのこエネルギー量に見合っていると思うが、軍の行動としては何か変だと感じていた。アマシアスですら、このエネルギー量は少なすぎると感じるのだ。他の皆からすれば子猫にじゃれつかれるようなものだろう。でも、だからこそ変だと思っていた。

 そういえば<歪み>の発生率の増加とともに、<スクリプター>の数も増えているという報告を、アークヒルにいた時に聞いた気がする。

 戦闘はペスペルハミルに任せるとして、うめくトーをいたわりながら、プログラムを実行するアイシー。

 わずかではあるが、あのアシュタルよりも早くエネルギーの接近に気づいたのだ。アシュタルは常時覚醒しており、しかもメガホイールと直結して、その探知能力は非常に高いというのにだ。

 {シールドを解け}

 アシュタルへペスペルハミルが。ビーム兵器などに対処する為、常時張っておいたシールドを切らせたのだ。でなければ<スクリプター>がこちらに近づけないし、こちらも攻撃が限定される。

 そしてまったく同時にメルカンビアが覚醒する。二人はいじけたエルキューヴィの横を通って、一番外側へ立った。

 人影。

 「へぇ」

 切り立った柱のような岩の間、全身黒尽くめ、大きすぎるヘルメットのようなものをかぶった、それは三人いた。

 <ダブル>達を見下ろすように空中で制止している。メルカンビアはその姿に感心した。少なくとも、空中で静止できるだけの能力はあるのだと。だがそれは子猫がおもちゃに飛びつく事ができるのに、感心する気持ちと変わらなかった。

 ぶん、と鈍い音と同時に一直線、<スクリプター>が落下速度を利用して突撃。

 はじく、一人、ペスペルハミル。二人、はじく、メルカンビア。パートナーに一度視線を送ると理解して、一歩前に出るペスペルハミル。今の攻撃で相手の攻撃量を測ったのだ。相手は再び空中に。さっきよりも低い。

 「無理にアクセラレーションされてるね」

 いつの間にか覚醒していたエシュテンメインが、眼鏡をいじりながら。

 恐らく過度な能力向上を狙ったのだろう。アイシーもこの<スクリプター>達は、そう長くないと分かっていた。

 「ちっ」

 舌打ち。

 完全なスケープゴート。だが何の為に? それをいちいち考えるペスペルハミルではないが、こうした事自体がとてもいらいらと嫌な気持ちになる。メルカンビアが真後ろに寄り添うように立つ。

 再度、<スクリプター>達の攻撃。単純な突撃。というより、無謀な特攻。メルカンビアによるプログラムの高速化補助によって、強烈な攻撃を放ったペスペルハミル。三人の<スクリプター>達は空中で一瞬はじかれ、グニャグニャになって落下した。そして落下の衝撃で、一人は大きすぎるヘルメットが首ごと身体からもがれた。

 小石をどけるのに大砲を使うようなまねだったが、誰も文句は言わなかった。

 この時、トーの脳波が激しく乱れるのをアイシーは確認していた。しかし何故そうなるのか、これは少し真剣に考える必要があると思いはじめていた。

 {微弱な反応、トガルナへ移動中}

 アシュタルから。

 「なる程、ね」

 ようやく理解してユダイム。この軍の行動は攻撃なんかではなく、<スクリプター>のスペックを調べる為の実験だったと気づく。

 今移動しているのは、そのデータを持ち帰る、恐らくこれも<スクリプター>だろう。

 {追うか?}

 ペスペルハミルがユダイムを見ながら、キャプテンであるアマシアスに確認をする。アシュタルが示した地図上にはトガルナの街と、その先にあるスプリットフォールが見えていて、移動するマーカーがゆっくりと基地へ向かっている。

 {やめよう}

 しばらく間があってそう答える。基地へ戻る前に追いつけるだろうが、その時はトガルナの街で戦闘する事になる。ただでさえ<ダブル>に対する人間の感情は悪いのに、それを悪化させては今後の行動に支障が出る。まだ食料も十分とはいえないのだ。ユダイムも同じ考えだった。

 そして覚醒の解除をする、ベスペルハミルとメルカンビア。

 既にスプリットフォールには、こちらの存在が知られてしまった。このままでは街を利用する事はできないだろう。

 また移動するにしてもこの基地は最大規模、追撃戦を仕掛けられたらスベンフォールの比ではない。戦う必要がある。それもなるべく早く。もう遅いかもしれないが、相手に与える準備の時間は少ないほどいいはずだから。ユダイムのため息。恐らく、総力戦。

 「さて取り急ぎ片付いたんで、当面の問題は」

 軽い口ぶりでペスペルハミル。エルキューヴィを見ようと思ったが、流石に冗談が過ぎると思ってやや真剣な目で、トーを見た。

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