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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
22/33

崩壊 一

 遂に明らかとなるトーの正体、この世界との繋がり、<歪み>! スプリットフォールとの決戦を前に、覚悟を決める<ダブル>達。着々と準備を進める局長。そして変わっていく、全て……。

 「パスパタル大佐と、トガルナの街東へ七千マイルの地点で、合流する事になりそうです」

 副官のマルトアが局長に告げた。メインブリッジ内。

 現在、スベンフォールの旗艦アシュートを中心とした艦隊の位置からは、一週間ないしもしくは最速で四日というところだろう。<歪み>による地震の為に、どれだけ地形が変わってしまっているかにもよるが、どのみち直ぐにたどり着く事はできない。その間に、スプリットフォールとメガホイールの間で戦闘が開始された場合、局長はぎりぎりでスプリットフォールが負けると予想していた。

 もっとも、局長の考える勝ち負けは、通常の軍人のそれとは異なっていたが。

 「急がせろ」

 短く答えるその態度はいつものそれだったが、マルトアはあの異常な局長の状態に対し、恐怖に近い不信感を持っていた。そして上司である彼に気づかれないように、他の基地へそうした情報を流し続けている。

 気持ちとは裏腹に命令に答え、目の覚めるような敬礼を返すと、直ぐに部屋を出て行った。

 ブリッジはスベンフォールの基地にあった、コマンドルームに似たつくりになっており、前面に巨大なスクリーンを配置して、その周囲にはそれぞれの役割を持ったスクリーンが情報を流している。

 そして大小さまざまにあるそれらの、必ず複数にエラーが表示されるようになっていた。日を追うごとに数は増えているようだったが、誰一人として口に出すものはいなかった。

 こうした機械に囲まれていると、徐々におかしくなっていく世界を嫌でも感じてしまうのだ。メガホイールを追撃して出た巡洋艦クルーザーのうち一隻が、<歪み>によって消滅したと聞けば誰しも不安になってしまうだろう。

 あんな巨大なものまで理不尽に消えてしまうのだ、この世になにがあってもおかしくはないと。

 「……」

 何事もなくただ移動するだけの日々が続いてしまうと、いずれモニターを管理するオペレータの中から、精神をやられる連中も出てくるだろうと、局長は危惧していた。

 人間はそれ程強くはなれない。急ぐよう指示をしたのには、そうした理由もあった。そしてもう一つ。

 「せめて楽に」

 独り言。

 あまりにも小さくて誰にも気づかれない程の。局長が<ダブル>に向けた気持ち。


 「直ぐにはやらない」

 モデルデッキ内で、きっぱりとエシュテンメインが言った。

 スプリットフォールはこちらの位置を知っているのに、反撃を行わないといったのだ。パートナーであるウルハリオンと二人そろって整備で忙しいからと、メインブリッジのアシュタルと一緒にではなく、この場所でこの後の方針について話し合っていた。

 攻撃を仕掛けるべきかというアマシアスの提案に対しての回答だった。

 「何でだよ?」

 聞き返したのはペスペルハミル。

 実際にはアマシアスの提案ではなく、彼の表情を読み取って、話し合いの進行を考えたアマシアスの発言だったのだ。なので、当然それに対する反論には、ペスペルハミルが反応した。しかし。

 「今動けるセットの<モデル>は僕達のだけだ」

 早口で言うと、その意味を直ぐに理解して、しかしむしろ表情が曇るペスペルハミル。

 アイシーとアシュタルを除く<ダブル>全員がここにいるが、今もいじけたままのエルキューヴィをはずして、全員その意味を理解した。

 「やられない」

 そう、負けなければいいのだ。思わず口にしたメルカンビア。

 エシュテンメインの不安は、自分達に万が一の事態が起きた時、もうメガホイールや<モデル>を修理する事はできなくなるという事。そして既にペスペルハミルのデュシャンとユダイムのホッパーは壊れて使い物にならない状態。とすれば、今後、無事にアークヒルへ戻るのなら、それら<モデル>は最低限必要なものであるはず。だから。

 「そう、やられるつもりはない、その為の手はすべて打つ」

 早口。

 エシュテンメインがこうなると、誰のいう事もきかないだろう。結論は出ている。そしてそれは正しいのだから。

 ウルハリオンは黙ったまま。パートナーであるエシュテンメインと行動を共にするから、それは今までどおりだから、黙っていた。

 しかし、自分自身の中に、何かもやもやとした、はっきりしない気持ちがあるのに気づいていた。その理由が分からず、少しだけいらいらしていた。


 (どこも異常はない)

 「ふむ……」

 耐圧服のような完全装備をしたアイシーが、トーを見る。

 静かで暖かい光の中、ただじっとしている。時折さわやかな風とともに、どこか新緑を思わせる香りが漂う。上には青い空に白い雲。まったく理想的な鮮やかさで、まぶしく思える。

 そしてそこにあるベッド。寝ているのはトー。

 ここはメガホイールのメディカルルーム。白い雲が過ぎる、風の音だけが鳴り響く。しかし、今本当の空に青は無い。

 ユダイムが危篤状態に陥った時に使った特別治療室で、覚醒したアイシーがプログラムをいくつも動かしていた。寝台に寝ているトーに異常はないが、それ自体が異常ともいえた。

 これだけの設備とアイシーが、メディカルに関する完全な装備をしているにもかかわらず、トーと名乗るこの女性の一切に、不自由な左足の原因も含め、異常を見つける事ができなかったのだ。

 これで単なる普通の人間だと云えればいい。しかし、こうしてメガホイールの中に入れる事で、その可能性はゼロなのだ。

 スベンフォールで捕まっていた一ヶ月間、軍はありとあらゆる方法でメガホイールへの侵入を試みたが、しかし、方法を見つければ入れるという代物ではなく、そもそも<ダブル>以外を受け入れないシステムになっている。油が水をはじくように、原理的に交じり合う事がないように、メガホイールに人間が入る事はできないのだ。

 だが、トーは入った。エネルギーが十分にある、メガホイールの全てのセキュリティーを無視して。

 (そういえばあの時アシュタルが何か言ってたわね)

 何を言っていたのだろうか。思い出そうとしている時、ブリッジから連絡が入った。

 「何? 結論は出たの?」

 結論が出てモデルデッキからもっどていたアマシアスからの連絡は、どうやってスプリットフォールを攻めるのかという内容だと予想していたアイシー。その為の話し合いをしていたはずだからだ。しかし。

 「<モデル>の修理にめどがつくまで出ない事になったよ」

 アイシーは驚いた。それではただの的にしかならないのは、分かりきっているからだ。

 しかし今後を考えて万全を期するというその理由はもっともで、確かに、他にも軍の基地のそばを通らなければならない事から、そうせざるを得ないだろう。

 食料プラントの回復にはまだ時間がかかるし、その間は街に寄って食料を調達しなければならない。そして街は必ず軍の管理下におかれているのだ。

 「あ、そうだ」

 何か思い出したらしい。アマシアスがデータをメディカルルームへ転送してきた。

 「これは何?」

 複雑な波形が入り混じっていて、すぐには分からないアイシー。

 「この地域の地図と、エネルギーの発生分布図だよ」

 具体的には、ユダイム達がトーと初めて会った時に発生したであろう、<歪み>の分布図だった。

 放射状に飛び出すような線と、内側へゆがみこむ曲線が美しい模様を描いていた。

 発生の瞬間をペスペルハミル達が捉えて、アシュタルに解析してもらったデータである。

 「ブラックホール?」

 それと気づいてアイシーはその女性を見た。


 うっすらとだが、青々とした葉の部分が根元から、赤みがさすようになってきていた。わずかだが蕾も大きくなっている。もうすぐ。もうすぐ。それは赤い花。もうすぐ。もうすぐ。


 「ほら」

 珍しく自分でいれたミルクティーは、いつものそれとは違って雑だった。香りも味も別物といえるほどひどい。

 「……」

 そんな飲み物でもユダイムが自分で作って、エルキューヴィの為に持ってきたのだ。それを自分の部屋でベッドの上、ひざを抱えてうずめた顔のまま上目遣い。

 「俺が悪かった」

 ぜんぜんそんな風に思ってないユダイム。仕方ないから謝っているだけだ。いつもそう。何かあればユダイムから謝ってくる。エルキューヴィの方がわがままだし子供なのだ。そしてとっても簡単な飲み物を手土産に謝りにくる。いつも、そう。

 「へ、へへ」

 でもうれしかった。本当に本当にうれしかった。恥ずかしそうに笑うエルキューヴィ。自分が子供っぽい事くらい分かっている。自分でも馬鹿みたいだし単純だと思っても、こうやって自分の大切な人が、すごく適当でも、持ってきてくれた飲み物を飲みながら、頭をなでてくれる。ただそれだけでたまらなく満たされた。

 「……ばか」

 そして彼は小さく、自分に言うのだ。いつもそう。そんな大切な人の隣で座って飲む粗悪なミルクティーが、精一杯甘えさせてくれる大切な時間だった。いつも。

 けど、小さく言ったその言葉は、いつもよりも、少し、低い、声だった、のだが。


 「戦力としては十分だと思われます」

 スベンフォールの旗艦アシュート。

 強襲揚陸艇なので戦艦ほど大きくなく、その分、内部で使えるスペースも限られている。局長とマルトアは上級士官の休憩室の一角を使いきりにして、作戦内容の詳細をつめていた。勿論追撃戦の、ではない。

 紙の書類はなく、小さな名刺サイズのカードからそれぞれの情報が空中へ投影され、マルトアの指にあわせて、情報が常に入れ分かっていた。

 「……」

 マルトアの言うとおり、思った以上に<スクリプター>の能力は高いと考えていいだろう。テストケースとして可能な限りアクセラレーションをした状態だが、急なスペックアップにもかかわらず、そこから導き出される数値は予想よりはるかに高い。

 今回持ち帰った情報を元に調整を続ければ、かなりの戦力として期待できるものなのだ。

 それは<ダブル>達の判断とは、まるで異なる。しかし戦いに関する考えがそもそも違うのだ。軍は勝つべくして勝つのであり、<ダブル>は能力で勝つのである。これは決定的といってもいい違いだろう。

 軍にとってはどれほど貴重なものであっても、それは単なる一つの道具に過ぎない。そう、<ダブル>対<スクリプター>ならどれほど優秀な者を集めても、勝てる見込みはわずかもない。当たり前の結果である。

 しかし、軍はその名のとおり、それぞれの立場や行動方法や攻撃方法がすべて異なり、それらを全て駆使して戦う集団なのだ。そして彼らには切り札もある。

 「得られる結果を図った上で再度検討をいたしますが、非常に使いどころが難しいと考えます」

 <オグマ>。対<ダブル>専用兵器である。

 プログラムを無効化したり破壊する為、使えば軍の方へも被害は出てしまうだろう。スクリプトを使用してないシステムも、またないのだ。

 「アークヒルを攻め落とすのではない、<ダブル>を相手にするのだ」

 そういって局長は書類を投影しているカードのいくつかを取ると、その場所を後にした。

 残されたマルトアは、カード書類をゆっくりとした動きでしまい始める。

 そして、しばらく間を空けてから小声で話し始めた。はたから見ている分には、独り言を言っているようにしか見えないだろうが、誰にも気づかれないように。

 「<オグマ>を一度お預けする事になりそうです……ええ、そうです……ええ」


 こじんまりとはしているが、綺麗にまとめられた白を基調とした部屋で、機能性とデザインとを調和させた、それと分かる使いやすい場所だった。

 入り口から部屋の奥へ行くまでに、機能の全てが分かる程、考え抜かれた部屋。

 「デザイナーズ、でしたっけ」

 トーの独り言。

 言われるままに受けた身体検査は、気分のいいものではなかったが、アイシーと名乗る<ダブル>が可能な限り気を使ってくれている事が分かったので、トーは我慢できた。ベッドへ腰をかける。少しひんやりとして気持ちがいい。

 (不思議)

 トーは今まで経験してきたどの事柄よりも、ここは不思議な場所だと思った。

 それはメガホイールの事ではないし、<ダブル>だけの事でもない。

 この世界・・が、今までの経験とは、まったく、かけ離れたものだと感じていたのだった。

 長い旅をしてきた。

 距離の事ではない。しかし明確に時間の事でもない、何といえばいいのか、それは凄まじくばかげた規模の旅だった。

 四角くガラスで閉じ込められた世界。その外側を別の世界と呼ぶ彼ら。宇宙という概念、空という空間、海という自然法則、それら全てが閉じられているというのに、一体どうやって成立しているというのか。

 「この世界のクオリアね」

 そういって一旦、この世界についての解釈に見切りをつて、両手のひらで顔をたたいた。

 「んっ」

 思いのほか痛くて驚いた。

 考えなきゃいけない事は他にある。ようやく見つけたのだ。自分が探し見つけるべき相手を。

 立ち上がって外を見る。しかし、それは今までと違っていた。今までであれば見つけさえすれば解決できていた事なのに、なぜか今回に限って事態はいっそう複雑になっていたのだ。

 それと気づいた時、うれしさは急激な焦りへと変わり、希望は黒く沈んでいった。

 トーはこの世界の人間ではなかった。

 かといって、この世界の外と呼ばれる、ガラスで区切られた外側の人間でもない。

 そもそも、人間ではない。

 トーという名前も、本当の名前ではないのだ。名前はこの世界の音では発音できず、また、自分が捜し求める相手の名前も同じだった。その相手は自分の力に反応はしたが、記憶を全て取り戻す事もなく、であれば、どうすればいいのかまったく見当もつかなかった。

 お互いが記憶を正しく取り戻し、その意思を持ってすれば、この世界から出る事ができるのだが。

 松葉杖の代わりにつけてもらった、左足のサポータから駆動音。

 もうそれ程時間がないのは、次々起きている異常現象からも明らかだ。

 この世界の人々が<歪み>と呼んでいる現象。

 それは、この次元が本来持っているエネルギーを超えた状態である為、その分を消費しようとする振動現象である事を、彼女は知っていた。

 ベッドへ座りなおす。自分の体温で少し暖かい。

 しかし、どれ程エネルギーを消費したところで、入り込んできた別次元のエネルギー自体がなくならない限り、エネルギーのバランスは崩れ続け、いずれはこの時空が消滅してしまうだろう。その事を知っているのも、今は彼女だけ。

 立ち上がる。駆動音。

 そして自分の存在も、この世界には、あってはならないもの。


 「……」

 いつもよりパートナーの手際が悪い事に、エシュテンメインは気づいていた。焦りや恐怖でない事が分かっていたから、エシュテンメインは機嫌が悪かった。

 感情。

 <ダブル>はパートナーとの結びつきを、何よりも大切にする。

 視線を相手に向けると目が合った。その表情に後ろめたさがあるのがたまらなくいやで、目を背ける。

 まっすぐ立って息を整える。そして目の前の作業に集中しようと雑念を振り払う、そのたびに繰り返し沸き起こる、その感情。

 「!?」

 でも何故か、その時、懐かしい感覚に襲われるエシュテンメイン。

 サポートの為の眼鏡も、いきなりその機能を総動員させる。エシュテンメインの動きが止まる。不自然な体制のまま。

 常に手際よく無駄なく動き回る彼にあって、彼を見慣れている人にあっては、それはあまりにも不自然だった。なのに。

 「エシュテンメイン、手が止まってるよ?」

 声をかけられて我に返った。そしてそのまま見つめ返すその瞳には、感情。ほんの少しの間。

 「しっかりしなきゃ、エシュテンメインが決めた事なんだから」

 多分本人は気づいていないが、その言葉はいつもより調子が強かったのだ。そこに包み込むようないつものウルハリオンの姿はなかった。

 他に気をとられてイライラを隠した、それを無理やり押さえ込んでいるようなパートナーではない、何か別の姿だった。

 「うん……」

 微動だにせず答えるエシュテンメイン。そしてそのまま作業に戻った。

 イライラしたいのはむしろ自分の方だと。イライラなんてものではない。どうして気づいてくれないのか、今の瞬間、心臓に針が刺さったように、本当に心臓が、痛くなった。だって今さっき、自分が感じた懐かしい感情は、間違いなく、<ダブル>の終わりを意味しているあの現象だったからだ。

 <ダブル>はパートナーとの結びつきを、何よりも大切にする。

 (それなのに、気づかないなんて)

 エシュテンメインは初めて泣いた。声もださず、肩も震わす事も涙もながさなかったが。気づかれず、泣いた。

 <ウルズ>という、恐怖を抱えて。

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