異変 一
異能者<ダブル>とは? 軍とは? <歪み>とは? 少年達は全員で無事脱出できるのか? 限界の連続が、少年達を追い詰める。突如始まった、美しい少年達の脱出劇!
風までも青く染まるほどの空の下、青々とした草原の丘、どこかで見たような景色。なつかしいようなくすぐったい感情が、胸の奥に小さな点となって、いつも自分をじらすのだ。ふわりと浮かぶような風に青草の香りを濃く感じる。そして丘の上に一人立っている、女性。長い髪がいくつかの束となって風にゆれている。そしてどうなっているのだろう。なぜか、そのすぐ後ろに、気が付くと自分は立っているのだ。髪の匂いが分かるほど近くに。そして押さえ切れない湧き上がってくる衝動。感情が、薄くなっていく感覚に逆らうように、自分は相手を抱き締めたいとその手をのばす。そしてその瞬間。
「!」
目の前が赤黒く光ったかと思うと、一転して暗闇の中。混乱、焦燥、不安、恐怖。耳鳴りが痛い。そして頭の後ろに鈍く広がっていく痛みが、それを超えた。
混乱しつつも目をあけて状況を確認しようとした時、ようやく自分のいた状況を思い出しす。激痛とともに。
「う……」
ユダイムは、床に倒れこんでいた身体を起こした。ぱらぱらと背中に乗っていた瓦礫のクズが落ちて埃をたてる。
痛み、混乱、憔悴、焦り。
地鳴りが続いていた。
頭を押さえながら周囲を見渡すと、せまく灰色の壁に囲まれたそっけない部屋が、満足な明かりもないため、余計にみすぼらしくなって視界に入る。
どうやら自分が寝ていたベッド横の壁が崩落して、破片の一部が頭部を直撃したらしい。そしてよく見れば、ベッドの一部が大きくえぐれている。壊れた壁の破片がそこをぶち抜いて落下し、削り取ったのだ。もう少し深く壁際に寝ていたら、腹の半分が引き裂かれ内蔵が轢きつぶされていただろう。しかしこれは彼、ユダイムにとってチャンスだった。
本来の出口に目をやると、丈夫なもので多少へしゃげてはいるが、ちゃんとその機能を果たせる状態、閉じ込めておくという機能をたもっていた。
そう、ここは牢屋の中。それも軍が用意した特別製の強力な牢屋だった。徐々に冷静さを取り戻していくユダイム。よほど大きな地震だったのだろう、照明も全て消え、非常用の蛍光塗料が、弱弱しく光っているだけの状況から、そうと分かった。
繰り返すがここは軍の基地なのだ。多少の揺れでどうにかなるような、やわな構造はしていない。にもかかわらずの状況。
「ふぅっ」
(呼吸が変に浅い)
そう感じて拳を強く握った。軍につかまってから、活動に必要なエネルギーをわずかに切る、意図的な食事制限を一ヶ月近くくらって、衰弱している時にこの一撃である。ユダイムでなければおそらく、――考えるのも怖いが、致命傷ないしそれに近い状況。他の皆が同じような目にあってはいないかと心配、焦燥、恐怖。
ふらつきながらも、身体を確かめる。どうやら他に怪我はしていないようだと、ほんの少しだけ安心する。一呼吸。痛み。
そうして立ち上がった見た目は全くの人間、緑色の瞳と短い黒い髪。均整の取れた美しい顔立ちをした、青年期にさしかかろうかという頃合いだろうか。少し線が細いだけのどこにでもいるような、だが、彼は人間ではなかった。
<ダブル>。
人間とは違う生を受け、人間にはない特殊な力を与えられた者。
脳をアクセラレーションする事によって、思考でプログラムをする事により、物理現象をあやつる異能者。そう、<ダブル>と呼ばれる存在だった。他の言葉でたとえるなら、超能力者、というのが一番近いだろうか。
ユダイムは考える、焦燥、他の皆は大丈夫だろうかと。
「皆を」
助けないと、言葉がかすれる。
なぜか彼のみ、<ダブル>としてのメンテナンスを受けずに活動が継続可能なのだ。理由は不明である。しかし、裏を返せば他の<ダブル>には必ずメンテナンスが必要で、それをおこたれば身体の機能が低下し、いずれは死ぬ。そしてそれが一ヶ月も続いているのであれば、おそらくすでに限界一杯。
痛み、混乱、憔悴、焦り。
「……おさまった?」
頭を強く打ちつけたせいで、本当に揺れが収まったかどうか分からなかったが、体感的なゆれは収まったように感じた。
崩れ落ちた壁から先を見る。薄暗く非常灯の蛍光がぼんやり先をかすかに照らす。出口まで続いているであろうそれが、今のユダイムには姑息な、なぜか恐怖の罠に思える。
巨大な断崖に造られた軍の基地、スベンフォール。本来であれば防御に適した場所だろうが、自然災害、それもここまで大きな地震を想定はしてなかっただろうゆえ、甚大な被害。場合によっては崖ごと基地の一部が谷底へ崩落しているかもしれない。それほど大きな地震だった。
ただの地震ならたとえ大きくても、それなりの対処があってあたりまえなのが軍の基地だが、しかし、ここ近年頻発している地震は、かつてのようにプレート型やマントル型などではなく、発生する一切の理由が、不明の不気味なものだった。自然現象としてはまったく説明できないのだ。人々はいつしかそれを<歪み>と呼ぶようになっていた。誰も正体を解明していないが、エネルギー波形だけは特定されていた。そして、それは地震だけではなかった。
「……」
どうするべきか、ユダイムは考える。頭を強く打ったのはまずかった。じじじと頭の奥で鳴る音に、意識を強くしておかないと、思考をもっていかれそうになる。
「ふぅ」
この際、痛みは無視するしかないと腹をくくる。冷静に考え、そしてあたりまえの結論。脱出するならこれが最後の機会。時間的にもこれが最後。
しばらくの静寂。そしてけたたましく鳴り響くサイレンと警告。動き出す。脱出。
痛み、混乱、憔悴、焦り。




