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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
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望郷 三

 自分を支えてくれた、自分の全てだったミーメイヤーを失ったアマシアス。誰の説得にも耳を傾けない彼。まだ見える、そして復活しつつある軍の基地。残った<ダブル>達を無事連れて故郷へ帰れるのか!?

 メガホイールの最下層、非常用制御室の暗がりの中、アマシアスは座っていた。ここはメガホイールが万が一ブリッジを破壊された場合に使う、緊急用のコントロールルームである。普段から全く使われる事はないし、出入りするのもアマシアス以外にはミーメイヤーだけだった。でも、彼はもういない。

 「?」

 じりじりと小さく電波のノイズが聞こえた。非常用設備の為、あらゆる防御対処がなされており、当然ノイズにも強いつくりなのだが。

 「アマシアス……」

 「アシュタル!」

 ありえなかった。目の前に彼女が!

 メガホイールに接続されたアシュタルはブリッジから動く事ができない。そしてアシュタルの生命活動はメガホイールに依存している。切断は死ぬ事を意味するのだ。一瞬の当惑と混乱。そして震える指でアマシアスに彼女はそっと触れる。そこでようやく気づく。

 「プログラム」

 アシュタルは自分の姿を視覚できるほどはっきりとプログラム化して、この場所へとやってきたのだ。しかしノイズ対策の為、徐々にその映像が乱れていく。

 {忘れないで……}

 消え行く中、アシュタルが言った。

 忘れないで、何故メガホイールと接続する事になったのか。あの時、アマシアスが何と言葉をかけたのか。

 スヴァルトアールヴヘイムでの戦闘後、瀕死の重傷を負ったアシュタルに対し、一番能力の低い<ダブル>でありながら、しかし、そうだからこそ持ちえたその感情。そうだからこそ強く生きようとしていたその事を。

 そしてアシュタルは消え、再び静寂と闇。

 「……」

 思い出す。

 「……」

 あの時を。

 「……」

 今の自分と、同じ思いをしたであろう、あの時。

 「……っ」

 アマシアスはようやく自覚した。頭では理解している事に。唯一つ、大事な思い。それだけは消えない、思い。それは分かっているが、その気力も何も一切が失われているのだ。その思いがかなう事はもう無いのだから。狂おしい程喉の渇き。自分でも何と言ったのか、思わず声がでるが考えるのも面倒くさくなって、そこを出た。


 月明かりの下、増幅させた光の元とはいえ、普段どおりに料理するにはやはり足りなく、しかもほとんど食材も調味料もない中ではろくな準備もできない。

 がさがさと密閉式の袋を開けて、中身を水で満たしたボールに流し込む。乾燥させておいた豆である。長期保存用で高カロリーで高たんぱくだが、その分、水で戻すのに時間がかかるのだ。

 明日の朝食用に今のうちに準備しているエルキューヴィ。多分しばらくは、豆のスープを続ける事になるので、少しでも飽きないように焼いたり炒めたり工夫をするつもりでいた。

 「あ、ないや」

 元々この場所はキッチンではない。本来のキッチンには明かりが入れられないため、材料と道具を明かりの取れる場所に持ち込んでいたのだが、やはりいくつか忘れてきていた。行ったり来たり道具の用意だけでも、筋力的に貧弱な<ダブル>にはきつい。それでも一生懸命なのは、ユダイムに少しでも喜んでもらいたいから。

 取りに行こうとした時、向かい側から足音。アマシアス。

 「あ、あー……」

 何かいわなきゃと思い、先に声だけが出てしまったが、じゃあ何を言えばいいのかわからないエルキューヴィ。対してアマシアスの表情は固まったまま。

 アマシアスより唯一、年下で、しかし最強のスペックを与えられた<ダブル>であるエルキューヴィ。ユダイムや、スノー戦役のエースでもあるペスペルハミル達を超えた能力を持つ彼に、嫉妬を感じなかった事はないアマシアス。

 目に力が戻る。しかしそれは元気になったからではない。

 「げ、元気?」

 馬鹿な事をいう。そんなエルキューヴィに嫉妬は怒りを通り越して、呆れに変わる。それにさすがにまずいと感じたのか、取り繕うように言葉を続けるが、どれもこれも自爆し続ける彼に、かなり辛辣な嫌味で返すがまるで通じていない。いいかげん疲れてアマシアスもその場を立ち去ろうとする。慌てて。

 「だってミーメイヤーに言われたでしょ、皆をアークヒルへって」

 さすがにその名前には鋭く反応するアマシアス。目に怒り。

 「じゃあユダイム死ねって言われたら死ぬの!」

 「うん」

 即答。

 「……」

 さも当然のように。しかし、それを、当然である事に、アマシアスも気づいていたのだ。彼自身だって。

 「じゃあ、ユダイムが、先に死ぬっていったら」

 声に強さがない。ごくわずかに震えている。

 その質問にはさすがに躊躇して、しかし、答えは決まっていて。

 「ユダイムがそうするっていうなら、そうしろって言われたら、そうする」

 とても当たり前で、自然な事だった。<ダブル>にとっては。

 <ダブル>がパートナーを持つという事は、こういう事なのだ。狂っているかもしれない。人間なら。だが、アマシアスにとっても。だからこそ苦しいのだし、しかし、だからこそ。

 「」

 アマシアスが何か言いかけたところに、エルキューヴィの言葉が重なった。

 「だって嫌われたくないもん。僕の所為で困らせたくないし迷惑かけたくないし」

 異常かもしれない。だが<ダブル>にとっては。

 そしてアマシアスも、ようやく理解した。思いなんて常に一方的なもの。でもこのエルキューヴィのように相手を慕い、相手に尽くす。お互いがそれをして、初めて<ダブル>はパートナーなのだ。

 アマシアスは確かに失った。決して失いたくないものを。しかし、それは彼への思いを捨てる事ではない。

 「……」

 当然の事だが、今の瞬間まで、アマシアスは自分の事だけを考えていたのではないだろうか。あまりにも単純な思いに、アマシアスはようやく気づいたのだ。

 「……」

 この喉の渇きを潤す思いは、もう満たされる事は、決して無いだろう。

 「……」

 それでも彼が、パートナーだったミーメイヤーが見つめていた、希望だけは……!

 そして彼もかつて、アシュタルに同じような思いをぶつけた事があったのだ。パートナーを大切にし、仲間を大切にする。そうして、この世界に小さいながらも特殊な共同体をつくっている。彼らは高度に造られたゆえ、個人では生きられないし、多くの助けを必要とする。

 話しているうちにエルキューヴィにも何となく考えがまとまってきて、これならアマシアスを説得できると深呼吸。もちろん、ろくな理論ではないが。

 「アマシアス、僕思うんだけど、あっ、ちょっと」

 急に駆け出していくアマシアスに、もう説得の言葉は要らなかった。


 いつものように、うす曇りの白い空。望みの太陽は一向に姿を見せなかった。メガホイールがいくら自己完結型のシステムを持っているといっても、エネルギーがあっての話である。太陽の光り、熱エネルギー以外、空気や磁気などあらゆるものをエネルギーとして取り込めるように設計されているが、やはり、今は太陽こそが一番必要だった。もっとも、<歪み>が観測されて以来、鮮烈な太陽は、殆ど世界に姿を見せていなかったが。

 だが、その日の朝、なぜかメガホイール内のエネルギーが急激に上がるのを<ダブル>達は感じた。

 「ユダイム!」

 調理の為のエネルギーも、けちって作業していたエルキューヴィにもそれが分かった。

 味見係をしていたが、気づいて直ぐに立ち上がるユダイムの後を追って<モデル>が格納されているデッキへ。

 そこにはエシュテンメインとウルハリオン、そしてアマシアス。すぐにユダイムは気づいた。

 「何でアマシアスが」

 エルキューヴィはまだ気づかない。すると後からペスペルハミルとメルカンビア、アイシーも駆けつけて同じように気づく。

 「いいの?」

 アイシーがアマシアスに。

 「うん、いいんだ」

 その声が、思ったより明るかった事に驚く。彼が見上げる視線の先、彼がともに戦ってきた<モデル>、シーレ。それが今メガホイールに接続されて、エネルギーを弱々しい太陽から吸収していた。そしてもう一体。

 「クリムトも」

 それはアマシアスのパートナーである、ミーメイヤーの<モデル>だった。

 <ダブル>は<モデル>に契約という行為を行って、初めて乗り込む事ができる。一度契約すると、その<モデル>に他の<ダブル>が乗る事はできない。

 ミーメイヤーを失ったアマシアスにとって、クリムトには彼を最も感じる事のできる、彼の匂いが残る大切な場所でもあった。

 「ミーメイヤーならきっとそうすると思うんだ」

 大切な人。パートナー。つらくないといえば嘘になるし、今、笑顔を作る事はできないけれど、あの時ミーメイヤーは自分に言ったのだ。それを守る事が、今では唯一の絆であり、その為に。彼ならなに一つ迷う事なく、受け入れてくれるだろう。大切な笑顔で。

 「これで最後だ」

 疲れの所為か、少し目がかすむエシュテンメインがつぶやいた。そう、過去にも一度だけ、この行為を行っていた。

 アシュタルのデキリコ。<モデル>はその全ての素材がエネルギーの触媒足りえる、高度な有機物である。だが、<ダブル>達にとって<モデル>はそれだけの存在ではない。自分の一部なのだ。だから。

 「最後……」

 エルキューヴィがその言葉の意味を知ってか、小さく呟いた。


 そしてこの時、スベンフォールの基地から追撃隊が近づいていた。

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