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一つの世界の終わりに  作者: いちのはじめ
13/33

歪み 一

 遂に軍の追手がメガホイールに迫る。本来であれば負けるなどありえない<ダブル>だが、迫る軍はその<ダブル>にエネルギーがない事を知っていた。そして使える武器が付きかけている事も。ユダイムは決断し、エルキューヴィーと迎撃に向かう!

 「警戒態勢、スベンフォールからと見られるノイズ体接近中」

 アシュタルが警報を発した。

 「殆ど全滅したはずじゃあ」

 ウルハリオンのいうとおり、スベンフォールの基地はほぼ壊滅状態にあった。しかし、訓練の為に、戦艦や空母などは基地の外にあったのだ。あの脱出劇の後、どうにか呼び寄せて、エネルギー切れでもたもたしているメガホイールの追撃にあたらせたのだろう。しかし。

 「馬鹿?」

 とはメルカンビア。

 確かにノイズは<ダブル>に対して有効な防御手段になる。それはエネルギーの通りを妨害するからだ。しかし、戦闘開始前にそれを行えば当然、接近を知らせるようなもので、戦術的には意味がないように思えたのだ。

 しかし。

 「まさか」

 そういってユダイムとペスペルハミルが顔を見合わせた。

 「……」

 同じ考え。

 軍隊と<ダブル>達とでは、質量あたりの戦力比が大きく異なる。当たり前だがそれに特化した<ダブル>達の方が、はるかに高い。だがその分、戦術や戦略などに劣り、どうしても力押しで戦う傾向にある。もちろんそれは驕りからくるもので、染みついたその感覚はメガホイールの<ダブル>も同様。しかし、それを認識している者もいるのだ。

 「消耗させる気だ、こっちにエネルギーがないの分かってやがる」

 舌打ちするペスペルハミル。ノイズの中に軍の戦力があるのは間違いない。しかしそれを調べる為にはノイズをかいくぐって調べる必要があり、もちろんエネルギーを消費する。メガホイールがいかに強大な戦力を誇ろうとも、エネルギーがなければただの物に過ぎない。壊れないものなどこの世にないのだから。

 エシュテンメインとウルハリオンを除く、全員がブリッジへ上がる。

 空間へ、アシュタルの開いたコンソールには、かなりの勢いで近づいてくるノイズが映っている。時間がない。ノイズの広げ方もかなりきわどく、やはり、こちらのエネルギーがない事が分かっていると思われる。

 「で?」

 「で?」

 アマシアスがきかれておうむ返し。

 「お前が決めるんだよ」

 つい激しい口調でペスペルハミル。眉間にしわを寄せるメルカンビアからすれば、悩む必要もなく答えは一つしかない。逃げれるだけのエネルギーなんか、ないのだから。

 「え、と」

 思わず全員を見渡すアマシアス。心配そうな顔をしているのはエルキューヴィだけ。そしてアシュタルに視線があう。

 「……」

 一呼吸。

 「戦う、事にする、よ」

 どうにも頼りない。そのまま感情を表情に出すペスペルハミルだが、戦うとなれば戦闘指揮官として指示をする。

 覚醒。

 光とともに女性体に。まったく同時にメルカンビアも。

 「アシュタル、エネルギーは」

 残量しだいでは大きな犠牲が必要となるかもしれない。

 声が低くなる。

 メガホイールを捨ててはいけない。<ダブル>である以上、定期的なメンテナンスが必須なのだ。エネルギー切れで失うようならそれは全員の死を意味している。

 「十二%」

 余裕のある数値ではない。むしろ既にレッドゾーンである。継続して移動し続けるならメガホイールに、最低十%のエネルギーが必要である。今戦えば確実にそれを切る。

 「メルカンビア、敵戦力分析」

 「ちょっ」

 「いい」

 抗議しようとしたエルキューヴィを制してユダイム。ペスペルハミルは正しい。少ないエネルギーで戦うからこそ、情報を得る事が最重要であると知っているのだ。調べる数秒がとても長い静寂に。

 「巡洋艦クルーザー一隻、ただしジェネレーターにアクセラレーターの可能性」

 「なる程ね」

 異常に広い範囲をノイズで埋める為には、通常より強力なスクリプトが必要になる。それをかいくぐって調べるプログラムのエネルギーも、それなりに。しかも貴重なそれを消費してノイズの中心にいるのが巡洋艦クルーザーでは苦労のしがいがないというものだが、この場合、状況はいつもと異なる。

 <ダブル>が乗り込んだ技術の粋であるメガホイールと戦うのに、たかだか巡洋艦クルーザー一隻である。普通で考えれば自殺行為に近い。しかも通常の移動速度を超えているようでもある。すなわち、重たい装備をしていないのだろう。

 「わざわざノイズを広げているって事は」

 軍はこちらにエネルギーの残りがないのを知っているという、確実な証拠だった。消耗戦である。

 「まともに戦う気がない?」

 首からオカリナを提げたアイシーが。続けてアマシアス。

 「つかづ離れずして、僕達を疲れさせる、の?」

 それは厄介だった。通常の攻撃なら消耗を抑える為に、最接近したところで戦えばいいが、徹底して消耗させることだけを目的とされた場合、その作戦を乗り越えて短期決戦で決着させる方法を見つけなければならない。メガホイールの遠距離攻撃ではエネルギーを消費しすぎる。

 「メルカンビア、実弾は?」

 全てがエネルギー兵器ではない。

 「ミサイルが六発」

 「……」

 果たしてこのノイズの中、命中するだろうか。結局発射するだけでしとめられないのなら意味はない。まあ巡洋艦クルーザー一隻ならなんとかなりそうだが。これもエネルギーが十分なら、メガホイール内の工場システムを動かす事で、生産が可能だったのだが。

 「パスパタル」

 ユダイムがつぶやいた。何それと、エルキューヴィだけでなく他の者も思ったが、メルカンビアだけはすぐに気づく。

 「かれらの英雄」

 そう、かつてのスノー戦役において、ただの兵士に過ぎない身で<ダブル>の一小隊を全滅させ、二機の<モデル>を破壊してみせた、彼らの英雄。

 ユダイムは戦時中のデータベースを全て見ていた事でそれを知っており、メルカンビアにいたっては実際に戦っている。その経歴から、対プログラム戦闘に特化した組織に属していると聞いているが。

 「そうなのか?」

 情報が少なすぎる中、何故そうだと分かるのか疑問に思ったペスペルハミル。しかしユダイムはその可能性をいってみただけで、もちろん確証などない。だがたった一隻の巡洋艦クルーザーで仕掛けてくるのだ。それなりの準備はしているはずである。その準備がパスパタルだとすれば、状況はさらに悪化したとみていい。

 「所詮人間だろっ」

 はき捨てるようにペスペルハミルが言う。確かにそうだが、反論しかけてユダイムは黙った。彼は先の大戦で<ダブル>のエースだったのだ。単に相手を見くびって言った発言ではないのだろう。どの道戦うしかないのだ。悩んでいる暇があったら戦う算段をするべきと、その短い決断。

 {エシュテンメイン聞こえるか?}

 メガホイールのエネルギー消費を抑えるため、通信機も使わない。その為プログラムで直接会話する。ペスペルハミルは無駄と思いつつも自分の<モデル>、デュシャンの様子を尋ねる。

 {出撃なんて無理、当たり前でしょ、死ぬよ}

 無傷で残っているのは、エシュテンメインのアンソールとウルハリオンのカイユボット。ペアで動ける唯一の<モデル>だ。スベンフォール脱出時に一切消耗してないので、いくら強力なノイズの中とはいえ巡洋艦クルーザー一隻沈めるのに、なんら問題はないだろう。

 しかし、それは相手の作戦通りという事になる。エネルギーが絶対的に足りない中、一度出撃してしまえば、無傷でも次回は全力というわけにはいかないのだ。出撃した分のエネルギーは減るのだから。回復前に戦艦で攻めてこられれば、消耗した残りの戦力で乗り切るほかなくなる。だが。

 「エルキューヴィ、いい?」

 ユダイムがゆっくりと手をとって、真剣な眼差しで。ほんの一瞬だけ、おびえただろうか。しかしエルキューヴィは答えた。

 「うん」

 エルキューヴィの<モデル>、ワッツは基地脱出の際に右腕を痛めている。<ダブル>が<モデル>に乗るために行う<契約>は遺伝子を利用した認証だが、より高度に操作する為の一体化の儀式でもある。だからこそあの時エルキューヴィは痛みを覚えたのだし、パートナーとしてつながっているユダイムがワッツに触れている事で、同じ痛みを感じたのだ。そしてワッツはまだ回復していない。

 「いいのか」

 質問ではなく確認。ペスペルハミルが声をかけた。ユダイムが覚醒する事でそれに答える。緑の瞳から赤へ。続けてエルキューヴィも。

 {エシュテンメイン、用意、お願い}

 ブリッジから出て行った。もう誰も何も言わなかった。

 メルカンビアが実弾装てんの準備をする。発射前に発動するプログラムを組み始める。ただ発射しただけでは、おそらく当たらないだろう。なのでミサイルに高度なプログラムを仕込んで、少しでも確率を上げておく。

 アマシアスもキャプテンシートではなくパイロットシートに着く。一番自分が座りなれた場所。今までは後ろから聞こえてくるミーメイヤーの言葉だけを聞いていればよかったが、今では自分で考え、自分でこの巨大なメガホイールを判断して操作しなければならない。胸が急激に圧迫されるような感覚に襲われる。

 吐きそう。

 「おい、戦闘中は戦闘指揮官の指示に従えよ」

 がちがちになったアマシアスを見てペスペルハミル。そしてアシュタルが警告。

 「敵、ノイズ領域拡大」


 モデルデッキではエシュテンメインとウルハリオンが忙しく操作を繰り返している。何故かそこにアイシーが。珍しく<モデル>スーツを着込んだユダイムに近づいて一言。

 「忘れないで」

 一瞬何の事だか分からないユダイム。脇からどうしたのとエルキューヴィ。それでようやく気づく。

 ユダイムは答える代わりに、アイシーの肩を軽くたたいて通り過ぎていった。

 アイシーは言ったのだ。今後一切プログラムは使わない事。それが医者としての警告。

 多分、いや必ずユダイムはプログラムを使い、そして異常な回復をみせるだろう。だが十という器は十でしかない。勝手に二十に増えたりはしないのである。そうした現象がおきているという事は、その増えた分、何かが減っているのだ。それが分からないままでは、いずれ。

 ユダイムがホッパーと<契約>をする。口づけのように、優しく。青白くうっすらと光だす<モデル>に、ユダイムが吸い込まれていった。それを見届けてからエルキューヴィも続く。右手の治っていないワッツと<契約>をすれば、再び切られるような痛みが襲うだろう。

 「……」

 だがユダイムが行くといったのだ、<契約>。

 「敵、状況確認」

 エシュテンメインが<モデル>の準備終了を確認して、ブリッジへ連絡。答えてアシュタルが巡洋艦クルーザーの停止を告げる。どうやら距離をとっているようだ。

 「オーバーテイク準備」

 本来であればメガホイールが<モデル>の射出まで行うが、今はそれすらできない状況なので、<モデル>が自力で出撃する方法をペスペルハミルが指示したのだ。

 「まって、遠すぎる」

 メルカンビア。

 <モデル>にも当然エネルギーが必要となる。出撃し、戦闘を行い、再び戻ってくるとなれば、おのずと行動範囲は限られる。メガホイールより回復の早い<モデル>だが、それだって一ヶ月近く放置されていたのだ。しかも戦ったばかりである。ぎりぎり。

 「ね、メルカンビア」

 覚醒していないアマシアスが、遠慮がちに声をかけた。

 「メガホイールを高台に寄せたら、どうかな?」

 確かに一つの手段である。高台からなら滑空をする事で移動距離を稼げるのだ。だがそれはメガホイールを無駄に動かす事になる。

 「そんなに、使わないんじゃないかな、あの、そこの高台とか」

 言葉は遠慮がちだが、何気にすごい事を言っていた。

 メガホイールは巨大である。それが水平で移動する分には確かにいいが、上へ移動させるとなると、巨大な位置エネルギーが必要となるのだ。それを。

 「うん、大丈夫、かな、うんいけるよ」

 「……」

 メルカンビアがペスペルハミルを見る。

 「やれよ」

 「うん」

 ずっと見慣れていたシーン。今までは彼の後ろにミーメイヤーがいた。違うのはそれだけ。

 故郷のアークヒルを出てからスベンフォールの基地までの長い距離を、彼はずっと操作してきたのだ。この巨大なメガホイールを。

 ペスペルハミルは即答した。当然の事だった。

 移動。アシュタルが敵の状況を確認。メルカンビアがエネルギーの消費率を計算。モデルデッキではユダイムの<モデル>、ホッパーを軽量化していた。エネルギーの無駄な消費を抑える為である。

 {いい? 装甲は完全に無いも同然だから白兵戦は禁止}

 エシュテンメインがユダイムに忠告している間、ウルハリオンはエルキューヴィのワッツに鎮痛剤を打ち込む。設備がろくに使えない今ではこれが精一杯。

 {ありがとう}

 効くまでにはまだ時間がかかるし、完全に痛みを消してしまっては麻痺してしまう。それではうまくプログラムを使えない。少し、顔が青ざめたままのエルキューヴィ。今は女性体の白い肌がさらに白く。

 これが先の大戦であれば、薬を使って<ダブル>をドーピングしたところだろう。しかし、それは効果が高いだけに危険で、だから、誰も使いたがらなかった。この状況ですら。

 メガホイールの移動をデッキ内でも感じる。しかし振動はしない。機械的な制御によるものだ。プログラムによって、外の様子を確認する。ユダイムはすぐに気づいた。

 {高台? 高さは?}

 四百三十三フィート、更に正確な数値で答えるアシュタル。

 結構な高さに登るらしい。ユダイムの<モデル>、ホッパーには滑空のための花びらも葉も、<モデル>では羽とは表現しない――、付いていない状態なので、エルキューヴィのワッツにつかまって移動する事になる。しかし、それでも帰りの距離を計算してやはり、戦うエネルギーに余裕は無い。

 相手がパスパタルだと仮定して、ユダイムは巡洋艦クルーザーの破壊をすぐにあきらめた。求めるのは全力を使い確実に実行して得られる最高の結果、を。

 {動力を破壊する}

 言われてペスペルハミルが反論しようと、しかし、一呼吸、今度はメルカンビアを見た。特に反応するでもなく見返すだけ。

 {……分かった、行け}

 メガホイールの頭頂部が開いて、新しい芽のように二体の<モデル>。

 <ダブル>はプログラムを使い、さまざまな力を及ぼす。それはかつて魔法や超能力といわれた、空想の世界の出来事だったかもしれない。しかし今、この世界で現実に起きている現象でもある。戦い方も何もかも、かつてとは違っているのだ。

 対<ダブル>戦闘において、情報と動力を守る事は基本中の基本であり、あらゆる行動においてそれらは、やはり基本である。それゆえもっとも強固に守られている部分でもあり、対<ダブル>に特化している防御だけに、そこを打ち破る事は簡単ではない。

 {エルキューヴィ、今回だけは私がディフェンスであなたがオフェンスよ、いい?}

 驚くエルキューヴィ。いったいどういう事なのか分からない。

 強力な対プログラム防御を突破して破壊するには、ユダイムではなく、やはり<ダブル>最強であるエルキューヴィの能力がもっとも有効なのは間違いない。

 負傷している<モデル>とはいえ、当人のエネルギーは完全に近い状態である。エルキューヴィならできるだろう。

 しかし問題は残る。激しいノイズの中で行う戦闘なのだ。しかもただ黙ってやられる軍でもない。エルキューヴィがオフェンスならその軍からの攻撃を守るのはユダイムである。装甲をすべて取っ払い、ノイズの中、エルキューヴィを守る盾となるのだ。

 {ユダイム}

 思わず強くいうエルキューヴィ。しかし他に方法はない。アシュタルのスタンバイを告げる声がやけに無機質に聞こえた。

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