39.終末の1日
薄暗い廊下。ぽたりぽたりと水滴の落ちる音が身体の中に沁みるように反響する。ふたつの足音が真っ直ぐと進み、そして扉の向こうに消えた。
「はぁ……はぁ……。」
「かなり走ったぞ……。」
「そうだね。かなり走った。」
「お前のせいだからな。」
「私のせいって言われても走らなかったら追いつかれてたよ。」
揺衣が走り出したせいで俺も追いかけるように走ることになったのだ。運動部に混ざっても遜色ない走りをするようなやつに、実質帰宅部の体力で追いつくのは厳しい。ビビりにはビビりなりの配慮をして欲しいと思う。
「なあ、かなり飛ばしたが、ここを出る手がかりがあったらどうするんだよ。」
「……そしたらほんとごめん。」
「まあしょうがないか。揺衣、懐中電灯を渡してくれ。」
「え、やだ。」
「やだも何も無いだろ。俺はもうお前に前を歩かせたくない。」
「……プロポーズ?」
「アホか。今日が人生最後の日だとしてもお前に告白することはない。」
「よかった。」
「良かった……?……ほら懐中電灯渡してくれ。」
俺が手を伸ばすと、揺衣は渋々懐中電灯を渡した。
「この部屋を少し調べよう。」
「……え。」
「なにかありそうな場所は俺が一回見ておくから。いこうぜ?」
「うん……。」
揺衣を説得し、部屋の中を回る。この部屋はどうやら保健室のようだ。薄暗い部屋を見渡すと破れたカーテンがベッドを仕切り、その向こうにぼんやりとした影が見える。ゆっくりと近づき、覗き込む。
「あ、揺衣。見なくていいやつだわこれ。」
「……え?」
「死体死体。」
「……。」
「うんうん、皮とかなくなってるやつ。なんか顔赤くなってて歯茎とかも見えてる感じの。」
「うん。」
「腕とかもえぐれてて骨が」
「うん、わかった。そんなに言われたらもう見たのと変わらないよ。」
「あ、悪い。」
「いいけどさ。」
ちょっとした罪悪感を平謝りで流し、また部屋を調べる。
「累、これ照らしてもらってもいい?」
「ん?」
「これこれ。」
「ほうほう。」
揺衣が指さしていたのは机の上に置かれていた紙だった。紙には資料2と書かれている。
「資料2……?」
「累読んでくれる?」
揺衣が自分の眼鏡をとんとんとしながら言う。……読めないのか。
「あー……この学校はどうやら政府が秘密裏に行う実験に選ばれていたらしい。」
「……実験?」
「身体能力の向上についての実験だな。堅苦しく言えば人工的な人類の進化を起こすことが目的らしい。」
「……。」
「その実験の被検体についての情報だ。兼田夢花という名前で、病弱で学校を休むことが多かったらしい。」
「うんうん。」
「それが原因でクラスに馴染めず、保健室登校だった。」
資料2:兼田 夢花
生年月日:1997年7月15日
年齢:14歳
病弱で欠席多数。クラスに馴染めずに保健室登校をしていた。本薬の性能評価を行うにあたり、効能の現れやすさの予想から、被検体として選ぶに至った。
投薬:保健室が保有している栄養剤と称して薬の投与を行った。
経過1:投薬開始
栄養剤として投薬を勧めたところ、特に怪しまれることなく成功した。本薬の効果は突発的に起こるものではなく、数ヶ月単位での影響を及ぼすものとして設計されている。これからの経過観察に期待する。
経過2:投薬から1ヶ月
健康状態は良好。欠席日数は大きく減少。以前よりも活発な性格になった。クラスメイトとの関係性も良好。本薬の試験は成功と言える。
経過3:投薬から3ヶ月
様子がおかしい。貧血、目眩が多発。栄養失調のような症状が見られるが、食生活の変化は見られない。
経過邨碁℃4:繧??縺??縲ゅぎ繝√〒繧??縺??繧イ繝ュ蜷舌¥縺上i縺?d縺ー縺?°繧ゅ?繧ゅ≧暴走縺セ縺倡┌逅??繧??繧薙?隲ヲ繧∝、ェ蟄舌〒縺吶?縺ゅ?瞳孔が謨ャ縺域噴縺医?繧ケ繝昴Φ繧ク繝死体懊ヶ縺ョ繧、繧ォ繝ォ繝峨▲縺ヲ縺ゥ縺」縺。失敗作縺九→險?≧縺ィ繧ソ繧ウ動く縺?m縲ゅ↑繧薙↑繧薙□繧医?
「……やばくね?」
「うーん、やばいかも。」
「あとちょっと思ってるんだが」
「わかってる、うん。わかってる。」
「資料1飛ばしただろ。」
「……マジでごめん。」
「まあいいや、とにかく進もうぜ。」
「……うん。」
部屋を出るとまた薄暗い廊下。前を照らしながら歩く。
「お、学校だよりじゃん。」
「……そうだね。」
「なんで学校だよりって保健室の近くにいつも貼ってあるんだろうな、あんまり近く寄ることないのに。」
「それこそ保健室登校の生徒が読むんじゃない?」
「あー……盲点だったわ。」
そんな雑談をしていると少し揺衣も落ち着いた様子で、気がつけば2人の足音は重なっていた。ひたひたと足音。ぽたりと雫。少しぬるい風が先へ向かって流れていく。
突如、ガタリと音が鳴る。
「痛。」
「どした?」
「ロッカーに肘ぶつけた。」
「だいじょぶか?」
「ん、普通。」
「普通か。」
「普通だ。」
「累ビビってた。肩がビクって。」
「いやいや、ビビってないね。」
「んーん、ビビってた、もうビクッて音が聞こえたレベル。背中が怖いよーって言ってた。」
「背中で語りすぎだろ。」
「あははは!!」
「ちょ、声でか……あーあ。」
後ろを振り向くと曲がり角の向こうからゾンビみたいなのがこちらへ向かってくるのが見えた。その姿は先程見た死体と似ていて、違いとしてはボロボロの服を身につけていることぐらいか。さっきもこいつに追いかけられたのだ。
「出てきちゃったよ、ゾンビくん。」
「うわあああああ!!!!」
「ちょ!掴まるな!!動きにくい!そのまま走るな!!腕もげる!!!!」
揺衣は俺の左腕を掴んで走り始めた。当然俺も引っ張られる。景色がどんどん流れていく。
「行き止まり行き止まり!机積み重なってる!階段のぼれ!!」
「うわあああああ!!」
「階段やば!!うおおお!!顔面ぶつける!!」
階段を上り終え、二人で物陰に隠れる。
「おい、またやったな。」
「いやいやい〜〜!」
「うるせえ。」
手で揺衣の口を無理やり塞ぐ。息があらすぎて手の平に熱がこもる。なんか水蒸気って感じでやだ。
「またきたらどうすんだよ。」
「……。」
揺衣の呼吸が少し落ち着いたのを確認して手を離す。
「……。」
「……。」
「……落ち着いたか?」
「……落ち着いた。」
「OK。話をしようじゃないか。」
「……。」
「マジで階段がやばかった。顔面階段にぶつかりそうだった。三つん這いだぞ、片手をお前に取られたからな。ほぼ犬猫の上り方だった。」
「……ごめん。」
「……近くの部屋に入るか。多分平気だろ。」
「……。」
近くの部屋に入る。そこには先程のように紙があった。それを懐中電灯で照らして見てみる。
資料4
「また1つ飛んでんじゃねえか。」
「ほんとごめん。」
華麗な二の舞いをキメた。
「あー……死ぬかと思った。」
どうにか二人で廃校からの脱出に成功した。
「ほんとにね。」
「ほんとうにお前のせい。」
「ごめんね?」
「お前足速すぎるんだよ。」
「だって怖くてさ?」
「……というか、くっつきすぎじゃね?」
「……。」
気がついたら俺の腕に揺衣が抱きつくような感じになっていた。お互い急いで距離を取る。
「わざとだね!累。」
「なわけない!!お前がくっついてきたんだろ!!半べそかきながら累〜累〜って小さく言ってきてなあ!!!」
「〜〜っ!!!」
「とりあえずわかった、お前とお化け屋敷に行くべきではない!!やってることがインターバル走だ!!走って!隠れて!繰り返し!!」
「それはさあ!!ほんとうにごめん!!」
「あらヤダ素直、許しちゃう。」
「キモ。」
「なんだお前。」
週末、揺衣から生徒会選挙の前報酬として、前から気になっていたお化け屋敷を奢ってもらった。そしてこの1回で俺はもう揺衣とお化け屋敷に行かないことに決めた。謎解き考察する暇もなかった。
「じゃあジェットコースターのる?」
「悪い、俺ジェットコースター怖くて乗れん。」
「情けない。」
「お前だ!!」




